SWITCHインタビュー 達人達(たち)「浦沢直樹×佐野元春」 2014.04.05

30年以上にわたって日本のロックシーンをけん引し続けてきたカリスマだ。
そんな佐野が会いたいという相手とは?メガヒットを連発してきた。
佐野元春の心をつかんだ「PLUTO」。
手治虫の「鉄腕アトム」をリメークした作品だ。
「地上最大のロボット」という単行本1冊分のストーリーを8冊に膨らませ陰影に富んだ物語に仕上げた。
(佐野)びっくりしました。
23歳でデビューした佐野の少年時代の夢は漫画家だった。
手治虫の仕事場に押しかけていった事もあるという。
そして佐野も「鉄腕アトム」にささげる曲を作っている。
実は浦沢もかつては漫画家ではなくミュージシャンを夢みていた。
佐野の音楽をデビュー当時から愛聴し続けてきたという。
そして佐野が浦沢の仕事場を訪ねる事になった。
そうした方の現場を見るなんて事は僕あまり経験ないですから。
都内にある浦沢の自宅兼アトリエ。
こんにちは。
(浦沢)こんにちは。
初めまして。
こんにちは。
楽しみにしてました。
ありがとうございます。
どうぞ。
じゃあ上がっていいですか?じゃあお邪魔します。
静かな所ですね。
そうですね。
こちらかな?そうです。
こちら開けるとこういう子がお迎えするんです。
ああ。
そして?こちらが仕事場です。
アシスタントの方。
こんにちは。
(アシスタント)こんにちは。
初めまして。
お邪魔します。
浦沢は現在2つの雑誌に連載を持つ。
アシスタントは総勢4人。
ホントにハッて気付くと何時間もずっと続けてたりしますからね。
やっぱり集中力はすごいんでしょ?何時間ぐらい?昔はひどかったですよ。
昔はホントに締め切りに追われてる時は。
月6本マンガを仕上げなきゃいけなくて。
漫画家になりたかったミュージシャンとミュージシャンになりたかった漫画家の初顔合わせ。
10歳11歳の時に…2人の才能は少年時代から明らかだった!?当時は毎日…。
佐野が初めて見せる中学時代の詩のノート。
いいね。
1972年か。
ちょっと恥ずかしいね。
2人は想像を絶する生みの苦しみを経験していた。
「もうやめてくれ」って。
なぜだろうという…。
2人のカリスマの対話は更にヒートアップしていく。
10代20代の頃っていうのは…これが僕が今下書きを入れてるとこで。
まず浦沢さんがこうして下書きで…。
現在連載中の…左にあるのはネームと呼ばれるいわばマンガの設計図。
コマ割りやセリフなどをスケッチしたネームを基に原稿を仕上げていく。
深いディテールは浦沢さんの頭の中にあるんですか?明快なものは。
あるしこの表情の方がこの表情より僕はいいなと思ってるんですよね。
このイメージに全てを近づけていくという?そう。
それがすごく難しいんですよ。
それをちゃんと商品として人様に見せる形に直す時にこの持っている何かが失われないようにするっていう。
分かります。
自分の音楽の創作も似てますね。
バンドがどういうふうに演奏してるかとか。
今度バンドにそれ伝えていく時は…彼らが今やってるようなものですよね?ベースはこうキーボードはこう。
ものを作るというのは。
今お話を伺って同じようなプロセスなのかなと思いました。
そうですね。
僕はよく言うんですけど最初に自分で水をすくってここに水がたまってるのをここから少しずつこぼれるのを…それぞれのキャラクターによる言葉の遣い方とか雰囲気はこれは浦沢さんの中で決定してるの?もっと手っとり早く言ってくれと思えば1コマで済むのにこの人は絶対に言いよどむんだとなると3コマぐらい使うんです。
佐野が深い感銘を受けたという「PLUTO」。
浦沢が敬愛してやまない手治虫。
「鉄腕アトム」のリメーク作品だ。
人間から愛されていた優れたロボットたちが無残に破壊される事件が続発する。
一体誰が何のために?事件を追う人型ロボットの捜査官ゲジヒトはアトムに警告する。
謎の脅威がアトムに迫る。
かつてない破壊力を持つ恐るべきロボットプルートゥ。
プルートゥが生まれた背景には何があるのか?やがて人類史上の巨大な悲劇が明らかになっていく。
憎しみの連鎖。
翻弄されるロボットたち。
アトムの悲しみが描かれる。
浦沢さんの「PLUTO」を読んだ時にはびっくりしました。
続きを。
うん。
そして…。
もう一度幼い頃に見たあのプルートゥの初めての印象に引き戻されるかのような。
これがとても不思議な感覚でしたね。
プルートゥは手治虫の「鉄腕アトム地上最大のロボット」に登場する。
「世界各地にいる七体のロボットを破壊せよ」とある王族に命じられたプルートゥ。
アトムとも壮絶な戦いを繰り広げる。
アトムは戦いに翻弄されるロボットたちの運命に涙する。
創作…プロダクションノートっていうのがあるんですけど。
浦沢がリメークを思い立った時最初に描いたイメージ画を見せてくれた。
アトムは初めオリジナルに近い姿をしていた。
だが手の長男眞に見せると思わぬ言葉が返ってきた。
「好きなようにあなたの絵で描いてくれ」と言うんでそれもまた大プレッシャーで。
これはえらい事になった。
そこからいわゆる極秘裏に連載開始プロジェクトは進んでいくんですがそこから…そんなにプレッシャーでしたか。
それでもう具合はどんどん悪くなってくるし。
こういうネームを描く作業1話目が始まってももう何か何て言うんですかねこの辺から…本当の手ファンの人たちというのはうるさい手ファンがいっぱいいるだろうというのを自分でず〜っとそれを考えていた。
手ファンの呪いのようなものがず〜っと襲いかかってたんですよね。
ある時フッて気付いたんですよ。
自分の中でぐるぐる回りだしちゃったからそれでこんな激しいじんましんに襲われてるんだと。
リメークする際にオリジナル作品のここは残さなきゃいけないここは変更していいというような線引きみたいなものはご自身の中で明快にあったんですか?5歳ぐらいの時に読んで…いわゆる勧善懲悪でもないし戦う事が切ないっていう事に着地するドラマなんてそんなの見た事ないっていう感覚をなぜか僕は5歳ぐらいの時からずっと抱き続けて。
それがゆえにマンガの中で中央にいつも鎮座してる作品だったんですよ。
これを作るにあたって読んでみたら…これはもう迷う事なく…そうする事によって僕の中で育ったプルートゥであってでもそれは原作を損なうものではないだろうと。
だからそれに従うしかないなという事で。
しかしそれをずっとずっと大人になるまで僕は浦沢さんもそうだと思うんだけど持ってきた。
大人になっていろんな言葉を知り考え方を知りようやくこうなのかなと思うのはやはり…アトムが抱えていた切なさというのは…実は佐野も「鉄腕アトム」へのオマージュ作品を作った事がある。
幼い頃にアトムから受け取ったさまざまな感情を織り込んだ「僕は愚かな人類の子供だった」。
・「幼い僕は笑った」・「君が失敗したとき」・「なぜなら僕もよく失敗したから」・「やがて君は英雄になった」・「君は愚かな人類のために犠牲を払い続けた」・「君はその愚かな人類の仲間入りをしたいと願った」・「君がいなくなったとき幼い僕は泣いた」・「さびしかったからではなく」・「なぜなら僕は愚かな人類の子供だったから」何なんでしょうね?僕は子どもの頃未来っていうのはもっとよくなるもんだと思ってた。
戦争もなくなり科学は人のために正しく貢献し人々は憎しみ合う事なくだんだんよくなっていくんだと思っていた。
でもだんだん悪くなっている。
すごく悲しい。
飛行機雲を描いて飛ぶアクションを描いて涙が出てたんですよ。
そしたら「何だこれ?」と思って。
何でこの子飛ばなきゃいけないんだろうって思うと僕らの夢と希望を乗せて飛ぶんだという事をしているこの子に僕は…未来都市を描いても今新宿とか東京中がすごいビルが建って。
そういう未来を目指すっていう事自体が全部がとっても切ない感じが。
最新作…壮大なスケールの歴史SFミステリーだ。
歴史をつかさどる力を持つ謎のコウモリ。
限られた幾人かにはなぜかその姿が見える。
彼らはその力を手に入れようとする人々の陰謀の中に巻き込まれていく。
ケネディ暗殺下山事件世界史上のあらゆる事件が絡み合い時空を超えた物語が展開する。
さぞかし緻密にストーリーを組み立てているのかと思いきや…。
「運転手さんそのキャラクター好きなの」。
「ええ娘がね」。
「あたしは大っ嫌い」。
「やだ雨が雪になってきたわ」。
もうこれはスクリプトは完成してるよね?ある瞬間。
こういう作品がこれから完成されようとしているけど…まずこういう一瞬のイメージが浮かぶ訳ですよね。
それを描きつけておく?描きつけとく。
それで…。
後でこれを組み合わせる訳ですか?そうです。
先ほどのイメージは実際にはこんな場面になった。
女性は花嫁姿。
白人男性と結婚しようとして親族全員に拒否されたという。
駅に向かう道すがら雪が降り始める。
最終的には「あの感じ」というのがここにある。
「あの感じ」はあるんですよ。
これはどうなんですか?ご自身の中で煮詰まるような事はないですか?「もうやめてくれ」って「その事を考えないでくれ」って。
それで気絶してスッと目が覚める時に「あ出来た分かった」ってなるんですよ。
浅い眠りで音が聞こえてるんですよ。
台所で料理作ってる音とかうっすらテレビの音とかそれは分かるんですけど。
スッてなって「あ分かった出来た」っていうのはうちの妻は何回も聞いてるんですよ。
何かそれがそうすればなんとか解決できるという経験値なのかな。
なんとなく怖くなくなってきたんですよね。
やはりこれは商業作品ですから自分のリズムとは関係なくない?相手が締め切りを設定してくる訳でしょ?その中で自分を当てはめていくというか。
これは苦痛ではないですか?当てはめないと描かないですよね。
逆に制限を加えられた方がやる気が出るって感じ?いざ仕事でドラマを考えろっていう時は…違うスイッチを入れるって感じ?うん。
昔のテレビでいうチャンネル変えるガチャンみたいな。
ああいう感じをするとストーリーマンガをつくるモードにガンッて変わるんですけど。
すごいつらいんですよそれが。
という浦沢だが…。
小学校低学年にして並外れたストーリー作りの才能を発揮していた。
これはよく学校で使ってたノートですよね?ああ。
もう色もついて。
画風は「巨人の星」ですね?そうですね。
地底に捕らわれている人々の存在を知った主人公は彼らを救おうと立ち上がる。
悪の組織と戦い救出に成功するものの地底深くで命を落としてしまう。
穴の外で待っている警察官が「もう一人出てくると言ったのに誰も出てこないじゃないか」と言って帰っていくんですよ。
この最後の2ページだけ絵のタッチが違いますね。
ちょっと違いますね。
ここまで劇画調。
これ若干ここで…。
若干そうですね。
僕思い出すのは…フランス映画みたいな雨の中…。
キャラクターが遠ざかっていく。
それが描きたくて。
それがあったからこそ最後まで描けたような気がするんですよね。
アメリカ映画で言えば「シェーン」のようなラストシーン。
ああ。
僕はマンガにも興味ありましたけれどもマンガからいつの頃からか興味が音楽にズバッと変わったんですね。
というのは…10歳11歳の時に…もうペン使ってたんですか?使ってました。
苦労してこのストーリーマンガを描いてたんですよ。
投稿しようと思って。
そしたら翌朝…もうショックでしたね。
次にいった興味が音楽でしたね。
そうですか。
佐野が詩を書き始めたのは中学生の時だった。
当時は…ソングライティング始めてね。
最初のページに貼られたボブ・ディランの写真。
子どもだしどうやって曲を書いていいのか分からない。
ディランのレコードを聴いて…とりあえずささげたんですね?もうこれささげたんです。
自分の詩のノートの一番トップに。
そして…。
うわ〜すごい。
「メロディはぼくがやろうとしている事に手助けをしてくれる。
そしてこの状態がいつまでも続くことを望む。
願う」。
これは宣言ですね。
これいくつの時ですか?これは14歳。
すごい。
14歳のノートには後の佐野元春をほうふつとさせるクールなタイトルの詩が並ぶ。
いやでもこれはすごい熱量ですよね。
当時日本の曲というとそこで歌われてる内容ってアイ・ラブ・ユーユー・ラブ・ミーの世界たあいもない世界なんですよ。
僕は…ですのでほとんどラブソングはなく。
日本のそれまでの歌の中の詩というのは叙情が多かったんだけど…それを僕のスタイルにしようという事でそうしたスタイルの詩をたくさん書いてる。
2人は10代にして既に浦沢直樹であり佐野元春だった。
浦沢直樹の名を一躍世に知らしめた「YAWARA!」。
青年誌での連載で主人公が女子柔道選手という異例の設定。
柔は物語の最初から既にほぼ世界一という強さ。
メダルなど目指す気もなく恋愛もして普通の女の子として暮らしたいと願っている。
いわゆるスポ根ものの常識をことごとく覆しながらも大ヒットした。
「YAWARA!」っていう作品をやるにあたって知り合いの漫画家から電話がかかってきたんですよ始める前に。
うわさが流れたんでしょうね。
そしたらちょっと後輩だったんですけど。
ああ〜。
それで言ってきたんで「僕が描くんだから大丈夫だよ」と答えた記憶があるんですよ。
「そういう事にはならないと思うよ」という。
いかに僕の持っている…。
「YAWARA!」というのは僕にとって…日本のいわゆるスポーツ根性ものっていわれるスポ根っていうともう汗と根性ですから。
ではない…分かります。
それは明らかに…どのくらいメジャー感…おかげで何か僕は…僕も当時同じような事を考えていましたね。
自分が考えているような音楽自分がロック音楽に求めてるビジョンなんていうのはものすごく普通じゃなくて。
これを日本の歌謡曲とアイドルで占められたヒットチャートの中に自分の曲をハプニングさせる事なんて到底無理。
メインストリームでみんなに聴いてもらうためにはどうしたらいいのかって事を工夫した。
しかしそこで自分のすごくユニークなアイデアを曲げる事はしなかったですね。
一緒にプレゼントを贈る時にリボンの掛け方をちょっと工夫したみたいな感じかな。
よく電車に乗っててつり革つかまって僕こういるとこの人が僕のマンガを読んでる事があるんですよ。
それでこうやって「そうそこで」と思った瞬間にピタッと止まったりめくって「そこで」戻ったり。
僕が「そこで…ウッ」とやるとなってるんですよ。
もううれしいですよ。
マンガっていうのはライブで人前で演奏とかそういう読者との交流がないですから。
電車の中でとかラーメン屋さんでとかそういう機会しかないんですよね。
だからたまたま何回かあるんですけどあれは面白いですね。
逆に僕のページになったらバ〜ンって飛ばされちゃったりとか。
「ああ…」。
10日後。
再会の場所はなんとニューヨーク。
全然変わんない。
佐野にとってニューヨークは20代後半の1年余りを過ごした街だ。
ボブ・ディランやジミ・ヘンドリックスが出演していたライブハウス。
いいですね。
佐野が当時毎日のように通っていたというレコードショップ。
これは一日いますね。
Wow!Thisismyfavorite.Good.佐野のミュージシャンとしての歩みの中でニューヨークでの暮らしは大きな転機となった。
・「プロムナードにたむろしてる」・「望みを失くしたボップコン・ガール」・「今晩誰かの車が来るまで闇にくるまっているだけ」・「オーアンジェリーナ」・「君はバレリーナ」「アンジェリーナ」でデビューし「SOMEDAY」でスターダムにのし上がった直後の1983年。
27歳の佐野は周囲の反対を押し切って日本を飛び出しニューヨークに渡る。
いち早くヒップホップの要素を取り入れたアルバム「VISITORS」をレコーディング。
その変貌ぶりに賛否両論が巻き起こった。
グリニッジビレッジの一角。
1950年代から芸術家や文化人の集まる場所としてにぎわってきた店。
佐野は時折この店に足を運んでは詩を作っていた。
とにかく僕は…それでニューヨークに来ました。
創作の場を変える事によって自分の中に何か…この街に来る前まで大体こんな曲をやろうかなというストックはあった。
だけどこの街に来て暮らして…浦沢は佐野の「VISITORS」を発売当日に買い求め冒頭の曲「コンプリケイション・シェイクダウン」でどぎもを抜かれたという。
・「つかの間の自由をビートにまかせて」・「転がり続けな」・「センチメンタルなギャツビー気取ってじょうずにシェイク・ダウン」・「すべての使い古されたブーツ窓から投げ捨て」・「新しいマッチに灯をともしてアップタウンからダウンタウン」あれを聴いた時に…「VISITORS」ね。
当時の勃興していたヒップホップのこするスクラッチの。
ジカジカジカジカっていうああいう音が作れるんだと思ってホントにびっくりしたので。
「これだ!」っていう相当な天啓とかひらめきがあったのではないかというぐらいの変貌というかね。
それは自覚はあった?メロディを乗り越えたいという気持ちがあった。
1984年この街に僕が乗り込んできたらストリートレベルでいわゆる…そうすると僕と同じぐらいの年格好の若い連中がドイツからもオーストラリアからもフランスからも来て…。
そこでダンスミックスを作って当時いろいろなクラブでこの街のクラブで「コンプリケイション・シェイクダウン」がかかってた。
それでねフロアで…みんな日本語分からない。
この街の人たちはそれに合わせてダンスしてる。
それを感じましたね。
だからそれだけでもその体験ができただけでもこの街に来てよかったなって思いましたね。
いやあれを大音量でかけたら今も全然機能しますよね。
ニューヨーク滞在中にセントラルパークで書き上げたという…佐野は2011年に発表したセルフカバーアルバムの中で曲名を「日曜の朝の憂鬱」に変え歌詞も日本語に書き直している。
「日曜の朝の憂鬱」になって英語部分が日本語になった。
はい。
その心はどういう心なのか聞きたかったんです。
それはなぜかと言えば…あるいは僕自身のソングライターとしての何か変化があったのかもしれない。
大ざっぱに言うとさ10代20代の頃っていうのはまあ…それが何語だっていいじゃないかっていう話。
でも少し年齢を経ていろいろと自分でいろんな試行錯誤をしてくると…あ〜何かその感じ分かるな〜。
大丈夫でしたか?それはよかった。
あの時代まあセルフカバーをして日本語に開いたところなぜか自分にもしっくりきたんですね。
だからああいう形にしました。
佐野元春というアーティストはホントに変貌を遂げているように見えるんですよ。
「前のアルバムと同じ事はしません」という事をやり続けているという事が佐野さんなりのビートなのかなという感じもするんですけど。
成功した形をまた同じようにすればもっともうかるのにって。
そうかもしれないんだけれどもその時代が持っている多くの人たちに受け入れられる…それいつも自分の音楽を古びさせたくないっていうのと常に新しい時代の自分より若い聴き手に聴いてもらう可能性を捨ててないから。
佐野はデビュー間もない頃から日本語ロックの変革者として高く評価された。
そんな佐野が新たなインスピレーションを得た場所がある。
ダウンタウンの一角にある教会。
佐野はここで忘れ難い経験をした事がある。
Hello.CanIcomein?大丈夫。
大丈夫?ああ。
毎年このセント・マークス・チャーチでは年末から年始にかけて街の詩人たちが集まって夜通しポエトリー・リーディングのパフォーマンスを広げるんだね。
周りにギャラリーがいて一人一人あの壇上に上がって思い思いの詩を…。
朗読する?そう。
佐野もこの教会で自作の詩を朗読したという。
1950年代から1960年代ビートジェネレーションと呼ばれた作家や詩人たちが若者の熱狂的な支持を集めた。
小説「オン・ザ・ロード」で知られるジャック・ケルアックや詩人アレン・ギンズバーグ。
佐野は既存の価値観に異議申し立てをした彼らの言葉を独自に捉え直そうとした。
とにかく大人たちにやられっ放しだ。
ああしろこうしろってやられっ放し。
そこで思ったのは…そして浦沢さんもディランの音楽やビート音楽が好きでしょう?言い得て妙っていうね。
ポ〜ンって言い放つ言い方とかね。
そう。
僕1980年代に「ガラスのジェネレーション」という曲を書いてやっぱりご機嫌な何かパンチラインが欲しいと思って…・「ガラスのジェネレーションさよならレヴォリューション」・「つまらない大人にはなりたくない」・「Soonemorekisstoonemorekissto」・「onemorekisstome」でもさコミックというのは毎週毎週続いて1年も2年も3年も読者の要望に応じてストーリーというのはどんどん進んでいくでしょ?僕がやってる歌は大体3分か4分ぐらいで終わっちゃうんだよね。
この3分…たった3分か4分間の間で何かましな事を歌おうと思うとすごく苦労する。
なのでできるだけ多くの情報量を詰め込みたいという事になると言葉数がどうしても多くなる。
いきなり浴びせかけてくるなと思ったのは「人間なんてみんなバカさ」で始まるやつだね。
最新アルバムは言葉とビートの関係を追求してきた佐野の一つの到達点だ。
・「人間なんてみんなバカさ」・「いくら語ってもたりないぜ」・「人間なんてみんなバカさ」・「やがて海は燃えるだろう」・「やがて森は枯れるだろう」あれで感情を…「人間なんてみんなバカさ」って出てるかなりパンチの効いたラインだよね。
だけど聴いてくれて分かると思うんだけど音楽は柔らかいR&Bの傾向のサウンド。
何か少しため息をつきながら嘆いているような感じ。
だから「人間なんてみんなバカさ!」ってすごい激しいビートでシャウトしたらものすごい強いインパクトとして人々にパンチを浴びせるけれどもただし柔らかいR&Bの雰囲気の中で歌うと僕自身が嘆いているかのように「人間なんてみんなバカさ」って。
同じラインでも音楽や和音やその雰囲気によって響き方届き方が違ってくるそこが面白い。
詞というのは「人間なんてみんなバカさ」で始めるそこで感情をどう喚起させるかというそういうのと…だけど何か人を揺さぶろうとしたというね人の頭をぐっと揺さぶろうとした感じ何となくそれは同じ行為なんだろうなと思うんですよね。
なるほどな。
そうかもしれない。
翌日は記録的な大雪。
そんな中2人はある場所に向かった。
途中で「降りてくれ」という事になるのが一番嫌ですよね。
あ〜うん。
マンハッタンから車で北へ3時間半。
行けるかな?ようやくたどりついたのは…。
うわ〜。
何の変哲もない一軒家?だが実はロックファンにとっては聖地のような場所だという。
浦沢も一度は訪ねてみたいと思い続けてきた。
ボブ・ディラン。
少年時代の佐野と浦沢に決定的な影響を与えたカリスマだ。
ディランの音楽人生の転換点となる2枚のアルバムがここで生まれた。
サイケデリックロック全盛の1960年代後半。
何とものんびりしたこの音が世界に衝撃を与えた。
中に入ってみます。
・Hi!Hello.Nicetoseeyou.現在の持ち主が特別に招き入れてくれた。
(浦沢佐野)Wow!当時のままなんですよね。
こういう梁とか当時のまま?何かやっぱり独特のものがありますね。
Specialfeeling.僕本当これはねとっても今佐野さんに聞いてみたい疑問というか質問なんですが…一番新しいのがいいよなってやっぱり思うんですけどね。
いつも新しいレコード作る時には自分にとって新しいものを求めますよね。
たとえ前の作品が世間に認められたとしてもそれをもう一度やるよりか自分にとって新しい何かをやりたいとまずは思います。
こうしてインターネットが発達してまたコピーが社会問題となるくらいに広がるのと同時にライブの重要性といったものもまたみんな認識し始めている。
音楽の本質はライブにあるんじゃないかって多くの人たちが今言い始めてるよね。
だからそれを考えるとねマンガを描いている側からするととっても何かね羨ましく見える。
そうですか?僕その場で…そういうのをやった事があるんですけども。
ライブペインティングみたいな事やってた?そうですね。
きっと漫画家の手から線が生み出される瞬間ってみんな見たいだろうし見たらほれぼれするような事が起きるんだろうなとかも思うんですけどもね。
今の世の中になるとインターネットってすごい広いのに実はもしかするとともすればもしかしたら…僕らの時代は考えた事をメジャーのシーンに乗せないとみんなの所に届かないといった一つだけしか手段がなかった。
その辺どう思いますか?あまりに多くの創作に関わる情報が整理整頓されてきれいに並んでいっぱいあると…そういうちょっと面倒くさい工夫が必要なのかなと思ったりしますね。
ロックンロールもマンガもねこうしてこれだけ長い歴史を経てくるとだんだんと知的になりすぎたり複雑になりすぎたり難しくなって。
やっぱマンガ描くのってそれなりの技術がいるんじゃないかとかね。
音楽やるのでもいろんな音楽理論やなんか学ばなくちゃいけないのかななんて思っちゃう人がいると思うけれども決してそんな事はなくて…そういう作業をやられてるんじゃないですか?実はね僕のも複雑に見えるんですけど一個一個のシーケンスに関してはすっと誰でも分かるというつもりで描いてるんですね。
そうか。
複雑そうに見えても一つ一つのシーケンスはシンプルに表現してる。
この人の感情…最終的にはダイレクトに胸にくるものがここにあるかどうかという事ですから。
そこだよね。
そんな事を…。
そういうシンプルな事なのかもしれないですよね。
新しいっていうさっきの話もそうなんですよきっと。
一撃食らわせるのが新しい一撃かどうかというとこがあるんですよねきっとね。
まあそれ考えちゃうと大人になって大人たちに一撃を食らわすっていまだにやってんのかというのも面白い話ですよね。
そうなんだよな。
漫画家になりたかったミュージシャン。
そしてミュージシャンになりたかった漫画家。
少年時代に感じたドキドキを超える何かを目指して2人の手は新しいものを探し続ける。
2014/04/05(土) 22:00〜23:00
NHKEテレ1大阪
SWITCHインタビュー 達人達(たち)「浦沢直樹×佐野元春」[字]

「20世紀少年」「YAWARA!」などメガヒット連発の漫画家浦沢直樹と日本のロックシーンをけん引し続けてきた佐野元春。二人の天才クリエイターが、東京でNYで激突

詳細情報
番組内容
少年時代に漫画家を夢見た佐野とミュージシャンを目指した浦沢。2人を出会わせたのは「鉄腕アトム」。幼い頃の感銘を基にそれぞれオマージュ作品を発表している。何と小3で書き上げた本格ストーリー漫画、中学時代の詩のノートを本邦初公開! 「まずある場面が浮かぶ」という浦沢、「最初に曲の完成形が聞こえる」という佐野、2人の驚きの創作術! 時代とは?新しさとは何か? 舞台をNYに移し、対話はさらに深まっていく。
出演者
【出演】漫画家…浦沢直樹,ミュージシャン…佐野元春,【語り】吉田羊,六角精児

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

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