(小林)一人の旅人がパリを発つ汽車へ乗り込みました。
向かったのはパリの北西30キロにある自然豊かな小さな町です。
麦わら帽子を被った旅人はパイプをふかしながらキャンバスを手にしていました。
太陽の光を全身に受けたひまわりや燃え上がるような糸杉を描いてきたあの画家です。
オーヴェールには彫刻家ザッキンの手による銅像がたてられています。
絵の七つ道具を体に縛りつけているのは…。
37歳の春人生最期の70日間をこの地で過ごすことになります。
そして画業の集大成ともいえる一枚を描きあげるのです。
見るものを圧倒するあの教会を。
画家が魂を込めて描きあげた教会はオルセー美術館にあります。
今日の一枚…。
強烈なオーラを放つ教会の絵です。
そのオーラは背景の深いブルーが発しています。
中心には歪んだ教会。
手前にうららかな日差しがこぼれ教会の影がくっきりと浮かび上がっています。
二手に分かれる道の左側を何かを暗示するように歩いていくのは1人の女性。
教会の屋根は紫やオレンジ水色など何種類もの絵の具が塗り重ねられています。
ひと際目を引くのがステンドグラスの窓の濃いブルー。
空のブルーに呼応しているようです。
背景の空が発するオーラに後押しされるように。
異様な存在感を放つ教会。
画家はなぜこのような描き方をしたのでしょうか?オーヴェール滞在中画家が住んでいた部屋が今も当時のまま残っています。
カフェレストランの薄暗い屋根裏部屋。
天窓が1つだけの小さな部屋です。
画家が息を引き取ったのもこの宿でした。
もしかしたら葬儀を終えたあとこんな忘れ物があったかもしれません。
パパ大変!おおどうした?アドリーヌ。
フィンセントさんの絵がまだ残ってたの。
弟さんが持っていくのを忘れたんだな。
今度送ってやろう。
ほう教会の絵か…。
空は暗いのに芝生には太陽の光が当たってる。
なんだか変な絵ね。
うん確かにヘンテコな絵だな。
目の調子でもおかしかったんじゃないかアハハハッ。
あんなことになる前だったから不安な気持を絵で表したのかもね。
例の拳銃事件か…。
あの教会をこんなふうに描くなんてホント不思議。
ラヴー亭の脇から小道に入っていくとそれは見えてきます。
13世紀に建てられた石造りのカトリック教会です。
このどこにでもありそうな教会。
ゴッホが描いた絵とは少し違った印象を抱きませんか?作品を仕上げた直後ゴッホは妹にこんな手紙を書いています。
綴られた色彩は実際の教会とは異なりますがそこには迷いがなくすべて計算しつくしたと言わんばかりの配色です。
(銃声)この作品を描いた1か月後ゴッホは自ら命を絶ちます。
不安をあおるような暗い空に芝生を照らし出す明るい日差しの矛盾。
そこにどんな思いが込められているのか…。
オーヴェールへやってきたゴッホは70日間で70点以上の油彩を描き上げます。
それは1日1枚以上という恐るべきペースでした。
なかでも『オーヴェールの教会』は画家にとって特別な一枚。
それにしても毎日こんな田舎の風景ばかり描いて変わった人だったなあの人も…。
あら肖像画も描いてたわよ。
そうかそうか。
お前も描いてもらったことがあったな。
うんあんまり似てなかったんだけどね。
これだってあの教会とはあまり似てないと思うんだけど。
あの教会とは色も違うしだいぶ大きく見えるよな。
建物の絵は役場を描いたりもしてたけど存在感がまるで違う。
そうなの!実際の教会と色とか形が違うってだけじゃないの。
なんだか教会が迫ってくるように見えるのよ。
青で塗り込められた空を背景に見るものの視線をとらえて離さない強烈な存在感で佇む教会。
それまでのゴッホを知る人物であれば不安や孤独の心理描写だと感じるかもしれません。
しかしオーヴェールに来る前のゴッホをさかのぼっていくともう一つの真実が見えてくるのです。
オーヴェールの教会を描く4年前ゴッホは生まれ故郷オランダからパリへやってきます。
そこで印象派やジャポニズムに出会いました。
芸術家のユートピアを作ろうと移り住んだ南仏アルルでは太陽の光溢れる作品を描きます。
しかしゴーギャンとの共同生活で心を病みサン・レミの病院へ。
入院中に描いたのは曲がりくねった空と糸杉でした。
歳を重ねるにつれ荒々しいほど情熱的になる画風にオーヴェールで変化が訪れます。
サン・レミとオーヴェール。
それぞれの場所で描かれた農家の絵です。
激しく渦巻く線と強烈な色彩はオーヴェールに来てだいぶ制御されています。
そしてオーヴェールへ来て2週間後に描かれたのが今日の一枚。
この絵にもサン・レミ時代によく見られた荒々しい色彩やタッチは存在しません。
激情的な表現を抑制し静かに圧倒的な存在感を放つ教会を描き上げたのです。
その描写について美術史家のボナフーさんに伺ってみると…。
荒々しさや激しさを抑えそれではゴッホはいったいどんな仕掛けを使いこの強烈な教会を表現したというのでしょうか。
まだ考えてたのか?アドリーヌ。
ほらもう手伝って。
は〜い。
あら?これ上半分だけ見ると夜の空みたい。
っていうことは…。
どうした?やっぱり。
下だけ見ると昼の絵。
上だけ見ると夜の絵になるのよ。
昼と夜が1枚にまざってるってことか?そうみたい。
気づかなかったな。
空は暗い気持を表してるんじゃなくて夜の空だったのよ。
でもなんでそんなことを?上半分は光のない深い夜の空。
下半分はあたたかい日ざしがこぼれる昼間の情景。
確かに上下で分けて見ると別の時間に描かれた絵のようです。
『オーヴェールの教会』の模写を手がけたことがある画家のシャンピオンさんはこんな分析をしています。
また同じブルーでもまるで南仏アルルで発見した照りつける太陽の黄色とサン・レミで生み出した深く吸い込まれそうな青が1枚に描き込まれているようです。
更に構図においても…。
ゴッホは2つの視点を1枚の絵に混在させ夜の空を思わせる深く濃いブルー。
それはじっと見つめていると太陽の光を際立たせる豊かなブルーに見えてきます。
ゴッホは色彩や構図に強烈なコントラストを加えるという新たな表現でドラマチックに描きあげているのです。
いやぁ夜と昼の絵って聞くと一気に見え方が変わるな。
そうね。
あら?でもこの教会の前を歩いている女の人ちょっとおかしくない?外で描いてたら人の1人や2人通るはずだろ。
でもこんな格好の人この町では見たことないわ。
そうだな…。
これ頭巾でもかぶってるのか?アドリーヌが見たことがないのも仕方ありません。
実はこの女性オランダ農婦の衣装を着ているのです。
ゴッホはなぜいるはずのない故郷オランダの農婦を描き込んだのでしょうか?サン・レミの病院にいた頃からゴッホは北へ帰りたいともらし始めます。
その心の動きと『オーヴェールの教会』に描かれたオランダの農婦の姿は実はつながっているのです。
いったい何がゴッホの心を揺さぶったのか?謎を解く鍵はオーヴェールの町並みにありました。
サン・レミから治療環境を変えるためにやってきたオーヴェールでゴッホが目にしたもの。
当時すでに珍しくなっていた古い藁葺きの家々…。
それはまさに故郷オランダの情景だったのです。
画家はオーヴェールの町を精力的に描きます。
なかでも故郷への強い思いを込めオランダの農婦を描き込んだのが今日の一枚。
そしてこの絵には単なる郷愁を超えたゴッホの特別な思いが込められていました。
その習作とはオランダのニューネンで描いた古い教会の絵のこと。
ゴッホはこの教会の絵を思い浮かべ描いたのです。
牧師として教会につとめていた父親の死の直後に描かれた一枚でした。
画家として自立できず父親とは衝突を繰り返し確執を残したまま父の死と接したゴッホ。
そんなゴッホにとって教会は父親そのものでした。
故郷に似たこの町で教会と向き合ったとき父の記憶がよみがえってきたのでしょう。
そして描くのです。
故郷を離れフランスで積み上げてきた持てる技術のすべてをつぎ込んで。
深遠なるブルーとまばゆい黄色のコントラストのなかで教会が輝いています。
まるで最後まで認めてもらえなかった父に自らの成長の報告をするように。
だからこそ見るものに迫ってくるような圧倒的な存在感を放つのです。
この教会をここまでの存在感で描いたのはお父さんへの敬意を示してるのかもな。
お父さんを表した教会か…。
確かになんだか教会が生きてるみたいね。
フィンセントさんが絵の具を使って石の教会に命を吹き込んだみたい。
あぁそうだな。
パパ!やっぱりテオさんに送るのやめよう。
私この絵気に入っちゃった!コラ待て!ちゃんと送らないと…アドリーヌ!!教会の裏で今もゴッホは眠っています。
故郷オランダに似た藁葺きの町オーヴェールで…。
暗い空を背景にしながら太陽の光を浴びる教会はよりいっそう輝きを増して見えます。
故郷そして父を思い描いた一枚は画家の色彩表現の集大成でした。
フィンセント・ファン・ゴッホ作『オーヴェールの教会』。
強烈なコントラストで浮かび上がる命の輝き。
2014/04/05(土) 22:15〜22:45
テレビ大阪1
美の巨人たち フィンセント・ファン・ゴッホ『オーヴェールの教会』[字]
毎回一つの作品にスポットを当て、そこに秘められたドラマや謎を探る美術番組。今日の一枚はゴッホの『オーヴェールの教会』。画業の集大成とも言える一枚に迫ります。
詳細情報
番組内容
今日の一枚はフィンセント・ファン・ゴッホ作『オーヴェールの教会』。フランス・パリの北西30キロにある小さな町に実在する13世紀に建てられた石造りの教会。ゴッホ特有の荒々しいタッチや色彩は、この作品では見られませんが、絵の中に様々な仕掛けを施しています。この絵が完成したのは、自ら命を絶つ1ヵ月前のこと。この時にゴッホが絵を通じて伝えたかったことは何だったのでしょうか?
番組内容続き
ゴッホが最期に抱いた想いをひも解きます。
ナレーター
小林薫
音楽
<オープニング・テーマ曲>
「The Beauty of The Earth」
作曲:陳光榮(チャン・クォン・ウィン)
唄:ジョエル・タン
<エンディング・テーマ曲>
「終わらない旅」
西村由紀江
ホームページ
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/
ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
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