137億年の物語【フランスからやってきた英国王室物語】 2014.04.05

スリリングな歴史物語を探していて迷い込んでしまったあなた。
さあこの扉を開けて旅に出よう。
そう本来歴史はとてつもなくおもしろい。
今日の物語は11世紀。
世界で最も有名な王室の意外な歴史に迫ります。
イギリスロイヤルファミリーの元祖…。
ウィリアム1世となる。
実は…。
この人物なかなかの乱暴者だったんだ。
相内君。
はい!そこには日本人の知らない歴史がありました。
ヘヘヘ大家さん紅茶が入りました。
本場イギリスのものです。
そうありがとう。
いえいえ。
博士いくらなんでもあの大家さんにペコペコしすぎなんじゃないですか。
だいたいあの紅茶だって私が博士のために買ってきた英国王室御用達の逸品なんですからね。
わかってますよ。
だけど家賃をまた支払い忘れちゃってね大家さんは大事にしないとね。
あらおいしいわこれ!ヘヘヘそうでございましょう。
オレンジペコって申しましてですねこれは俺んちでペコペコするからオレンチペコペコなんつって…。
(テレビの音)テレビがつきましたですね。
去年7月待望の王子が誕生したイギリスロイヤルファミリー。
ジョージ王子の母キャサリン妃はファッションでもイギリスのみならず世界中の女性から注目を集めています。
しかしそのファッションに義理の祖母エリザベス女王が苦言を呈したというニュースも。
…と指摘したと言われています。
あんなことで小言言われるなんて嫁と姑の関係はどこも同じね。
そうですね。
キャサリン妃はとてもオシャレで自分のスタイルがいちばんよく見えるスカート丈は膝上5センチっていう持論があるそうなんです。
あなたはちょっと足出しすぎね。
ファッションです。
ファッションファッション…風邪かな。
ねっねぇ〜!しかしやはりイギリス人にとってロイヤルファミリーというのはよくも悪くも欠かせない存在だな。
じゃあ今日は…。
世界で最も有名な王室。
イギリスのロイヤルファミリーの歴史を見ていこう。
楽しみ!始まりは現在のフランスから来た男が築いた。
ロンドンの南100キロのところにイギリス王室始まりの場所があります。
私の後ろに広がっている海はドーバー海峡です。
イギリス南部の港町ヘイスティングスにやってきました。
なぜここがロイヤルファミリーの原点なのでしょうか?専門家に話を聞きました。
ナイストゥーミートユー。
ここでこの場所に軍を率いたのは戦いに勝利した彼はイングランド王に即位。
ウィリアム1世と名乗り征服王と呼ばれました。
今のロイヤルファミリーと関係はあるんですか?ええもちろんです。
イギリス王室の始まりはイギリスだけでなく世界中で注目されるロイヤルファミリー。
その始まり物語。
私の後ろのこの大きな建物はウェストミンスター寺院です。
イギリスの歴代の国王の戴冠式がこの場所で行われています。
また結婚式そして埋葬などロイヤルファミリーにとってなくてはならない重要な場所なんです。
2011年に結婚したウィリアム王子とキャサリン妃。
その結婚式もウェストミンスター寺院で行われました。
そして1953年今の女王エリザベス2世が戴冠式をしたのもこの寺院。
ロンドン市内のお土産屋さんをのぞくと…。
そこにはロイヤルファミリーの商品。
『ザ・ロイヤルベビーブック』。
歴代の王妃とその赤ちゃんたちの本ですね。
ダイアナ妃もいますし。
現在だけでなく…。
イギリスの歴史に名を残した歴代の国王のチョコレートです。
へぇ〜。
ロイヤルファミリーは今も昔もイギリス人の注目の的。
今イギリスのロイヤルファミリーのホープといえば去年産まれたジョージ王子だな。
ジョージ王子のおじいちゃんがチャールズ皇太子。
ひいおばあちゃんはエリザベス2世。
さあそこからさかのぼること1,000年近く。
ず〜っといきます。
ず〜っといきます。
さかのぼります。
まだまだいきます。
まだまだいきます。
1,000年近く。
そして始まりはウィリアム1世となる。
彼はノルマン人と呼ばれる民族です。
もともとはデンマーク出身のバイキングでしたがフランスの北西部に住み着いていました。
じゃあウィリアム1世はバイキングの子孫なのね?そう。
彼はノルマン人が住むこの辺りを治める貴族でした。
でもなんでイギリスを征服なんかしたの?領土が欲しかったからとか?いいえ。
そこには深い訳がありました。
その頃イギリスにはゲルマン系のアングロ・サクソン人が王国をつくっていました。
そこの王様とウィリアム1世は仲がよくもし自分が死んだらウィリアム1世を王様にすると約束をしていたんです。
ところが王様が亡くなるとアングロ・サクソンの貴族たちは別の人物を後継者にしてしまう。
まぁ…ウィリアム1世は約束を破られたのね?彼は猛反発し1066年戦いの火ぶたが切られました。
ウィリアム1世率いる勇猛なノルマン人たちがドーバー海峡を渡りイギリスに攻め入った。
迎え撃つはアングロ・サクソンの兵士たち。
4日間の戦いの末…。
おりゃ〜っ!ウィリアム1世が勝利をおさめイギリス王となった。
それが今のエリザベス女王やそのひ孫ジョージ王子の始まりなのね。
うんそうですね。
王となったウィリアム1世はアングロ・サクソンの貴族たちの領地を没収し自分の部下に与えました。
おかげでイギリスに強い王様が誕生した。
これがロイヤルファミリーの歴史に脈々と伝わっていくことになる。
ウィリアム1世…すごい人だったのね。
でもいったいどういう人物だったのかしら?興味がわいてきたわ。
すばらしいですよ大家さん!歴史を考えるとき人物に注目するのは大切なことです。
うんこの人物なかなかの乱暴者だったんですよ。
相内君。
はい。
ではここでウィリアム1世物語!ウィリアム1世は先代の君主がある職人の娘に産ませた子供でした。
しかしその才能を見込まれ後継者になったんです。
このあとが乱暴者ウィリアム1世の本領発揮だ。
彼の嫁取りの話も欠かせない。
ロマンチックな話でもあるの?残念ながらはずれです。
彼がまだフランスにいた頃伯爵の娘に求婚をしたが断られた。
そしてそれから7年後ウィリアム1世は一度フラれたはずのその伯爵の娘を襲いました。
礼拝を終えたばかりの彼女の三つ編みの髪を掴むと泥道に引きずり出して殴る蹴るの暴行を加えたんです。
ひどいなんて乱暴なのね。
ところが彼女は求婚を受け入れた。
公衆の面前で自分を殴るとは勇気ある男らしい人物ねと思ったらしい。
ちょっと信じられないけどその時代は強い男がいちばんだったのかしらね。
やっぱり時代によって女性の理想の男性像っていうのは変わるんですかね?歴史は生き物だ。
さまざまなファクターが日々変化する。
だから歴史はやめられないんだ。
ロイヤルファミリーの元祖ウィリアム1世。
イギリスロンドン博物館で彼の肖像画を見つけました。
こちらにウィリアム1世の絵が描かれています。
実際はとても乱暴だったといわれているんです。
乱暴者はどうやって王様になったのか?歴史の現場となったのはイギリス南部ヘイスティングス。
これを見てください。
これはいったいなんですか?想像してみてください。
そして勝利を収めたのです。
アングロ・サクソンからノルマン人へ権力が大きく変わった歴史の現場がまさにここなんですね。
イングランドの歴史が大きく変わった…。
その象徴となるような場所がここまさにここなんです。
丘の上の砦に陣取ったのは守るアングロ・サクソン軍。
一方丘の下から攻め込んだノルマン軍。
戦いは1万3,000人ほどで行われたった4日間で決着。
イギリスの歴史は大きく変わったのです。
戦いの舞台を歩きました。
この坂をウィリアム1世が上ってきてハロルドを倒したわけですね。
当時は階段はありませんでした。
それにもっと急な坂でした。
敵の本陣を目指して攻めました。
建物の奥には戦いの舞台となった丘が広がっていました。
950年前ここにフランスからやってきた男たちの軍勢が陣取ったのです。
馬に乗って丘を駆け上がったノルマン軍。
しかし丘の上より下のほうが不利に思えませんか?実はウィリアム1世を勝利に導いた決定的な武器とはいったい何だったんでしょうか?それはこの剣!いえいえ違います。
この大きな斧でした。
というのも…残念違います。
その勝利に導いた決定的な武器とはこの弓だったんです。
イングランドの一方ノルマン軍はフランスから弓を持ち込み丘の上に陣取るアングロ・サクソン軍を倒したのです。
アングロ・サクソンの王ハロルドも目に弓が当たって死んだといわれています。
弓で勝利を収めたウィリアムはその後ロイヤルファミリーの祖先は海の向こう側のフランスから船を使って渡ってきたノルマン人だったんですね。
ロイヤルファミリーの元祖ウィリアム1世。
彼はただの乱暴者ではありませんでした。
ウィリアム1世がイギリスを征服したのは1000年代後半のことだが画期的な行動に出た。
イギリスで初めて住民調査をし土地台帳を作ったんだ。
彼はきちんと税金を納めるためには正しい土地台帳が必要だって気づいたんです。
そこには土地の広さや価値だけでなく暮らしている家族の数水車の数はたまた羊の頭数までこと細かに書かれていた。
つまりこの土地台帳って豊臣秀吉の太閤検地みたいなもの?鋭い!日本史とつなげるとはさすが大家さん!ああ…でしょ!太閤検地のはじまりはたしか1582年。
その500年前のできごとか。
やるわねウィリアム1世。
彼はそれまでのイギリスの文化も変えてしまった。
はい。
イギリスにフランスの宮廷文化を持ち込みました。
料理芸術建築。
そして言葉も変わった。
王族や貴族はフランス語を話すようになり公文書もフランス語で書かれた。
じゃあ英語は?庶民の間では今の英語の原形になるような言葉が使われていました。
貴族はフランス語庶民は英語と別々の言葉が使われていたんです。
その2つの言葉が徐々に融合し15世紀以降現在の英語ができたんだ。
英語って結構最近の言葉なのね。
はい。
フランスの文化が取り入れられたイギリス。
『137億年の物語』の著者ロイドさんが王室の食文化を教えてくれました。
獲物を捕まえるのは私が王様だと。
それに広い土地を持っていないと狩りはできませんからね。
王様の力を誇示するための食事だったんですね。
ウサギ?ふ〜ん!やっぱ小さい生き物の肉が貧しい人たちが食べていて大きければ大きいほど上流階級の人が食べているという感じだったんですね。
ええまさにそうですね。
そしてこの馬に乗って弓を使い動物を狩る。
それを上流階級のステータスだと考える文化自体もノルマン人がイギリスに持ち込んだものなんです。
なるほど。
でもすべての食文化が一緒ではないんですよ。
例えばノルマン人によってさまざまな文化がもたらされましたがイギリス人は独自の文化を持っています。
ちなみにイギリス人はフランス人のことをカエルを食べることからフロッグと呼びフランス人はイギリス人をローストビーフと密かに呼んでいるそうです。
でもイギリスのロイヤルファミリーのはじまりがフランスから来た人物だったっていうのは意外な話ね。
まあそこのところイギリス人に聞くと今でも複雑な心境になるそうですよ。
まあ世界のどこでも隣の国との関係っていうのは難しいんでしょうね。
イギリス人は1066年ウィリアム1世が負けていたら今のイギリスはどうなっていたかよく話題にするという。
実は日本でも似たような歴史がある。
鎌倉時代中期西暦でいえば
今のモンゴルにあたる元が大陸から日本へ攻めてきた。
しかしこのとき台風がやってきた。
元の船の多くが沈没し日本は助かった。
まさに神風。
歴史に「もし」はないがそのとき負けていたら日本は今頃どうなっていただろう?
歴史は偶然が重なってつくられているのだな。
このあとは次回の見どころを紹介。
イギリス王室は王位継承をめぐって血なまぐさい戦いを繰り広げたんだよ。
幽霊が出るという処刑の現場を取材。
今週の「おとな旅あるき旅」は兵庫県・加古川をぶらり散策
2014/04/05(土) 18:00〜18:30
テレビ大阪1
137億年の物語【フランスからやってきた英国王室物語】[字]

今回の主人公は「ノルマン人」。宇宙が始まってから現在までの歴史を描きます。池上彰の監修で、寺脇博士と相棒の相内助手がわかりやすく、ドラマ仕立てで解説。

詳細情報
番組内容
英国王室は実はフランスからやってきたのです。ノルマン人のウィリアム1世は1066年、フランスからイギリスに侵攻。アングロサクソン人を追い落とし、征服します。ノルマン人のルーツは実はヴァイキング。英国王室はヴァイキングの血が流れているというのです。ノルマン人が勝利した決め手は武器!弓だったのです。
この番組は…
話題のベストセラー本「137億年の物語」を映像化。「137億年前に宇宙が始まってから今日までの全歴史」という壮大なテーマを紐解く。
寺脇康文が扮するちょっと変わり者の寺脇博士が模型やイラストなどを駆使して、わかりやすく歴史を解説。世界史が大好きな大家の宮崎美子、世界中の歴史現場を取材する助手の相内優香。ドラマ仕立ての不思議な歴史報道番組。
出演者
【博士役】
寺脇康文
【研究室の大家役】
宮崎美子
【寺脇博士の相棒・助手役】
相内優香(テレビ東京アナウンサー)
【著者】
クリストファー・ロイド
監修
池上彰
ホームページ

http://www.tv-tokyo.co.jp/137/

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ニュース/報道 – 解説
ドキュメンタリー/教養 – 宇宙・科学・医学

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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