徹子の部屋 2014.04.01

全身を強く打って重傷です。
現場の交差点は、南北方向には車用の信号機がなく、事故が多発していたということです。
お聞きになりましたか?今。
正午の時報でございます皆様。
『徹子の部屋』は今日から正午から放送でございます。
とってもうれしくお昼に皆様にお会いできることになってその第1回目のお引っ越しのお客様が今日こちらにいらっしゃいます水谷豊さんでいらっしゃいます。
おめでとうございます。
どうもありがとう。
まあどうも。
ハグ友で…ハグ友。
ハグ友!ハグ友です!ハグ友で。
ハグ友で。
ありがとうございました。
どうもお花ありがとうございます。
可愛いお花を頂いて。
はい今日からお引っ越しの第1号のお客様。
その前にさっきからそこに何か箱があるんですがこれは何が?これはですね本当にあの…お引っ越し祝いを。
えっ!お祝い?これ。
ええそうです。
えっ!大変な大お引っ越し。
まあ引っ越しです。
すごいですよ。
すごいお引っ越しだっていうんで3つ僕お引っ越し祝いを用意させていただいたんです。
あっ3つも!どれから開け…。
おっきいの。
あっおっきいのから。
ちょっと私大きいのがいいかなってすぐ思っちゃうたちなんですけど。
大きいのを。
じゃあ開けて…いいですか?これ横から取れるようになってましてね。
なんかよさそうなもんだと思う私。
あっなんか可愛いみたい!何だろう。
僕が開けさせていただいて…。
ええいいです。
お願いします。
何でしょうね皆さんね。
プレゼントなんて久しく頂いてないんですよ。
あっ…ああ!可愛い!これ帽子?そうなんです。
これこうなりまして帽子なんです。
どうしましょ。
可愛い!なんてこれ可愛い!皆さん今ちょっとこの頭にどうかしらと思うんですけどこういうふうになって…。
あっそうですね。
すごい可愛い!これ可愛い。
でこれがどこへ垂らしてもいいんだけどこういうふうに垂れるように…。
ああいいですね。
いいですか?こんな感じで。
いいですねえ。
あらちょっと今この頭は違う。
今度あなたいらしたとき全然違う頭にこのお帽子かぶってきますね。
ありがとうございます。
まあでもこんな可愛いお帽子…。
どっかで売ってたの?アンティークなんですけれども…。
ええうれしい。
徹子さんというとまずは帽子をいつも…。
そうそう。
よくお会いするときお帽子ねかぶったりしています。
すごくうれしい。
すごい喜んで…。
チュッチュッ!ありがとうございます。
すっごい可愛い!これは。
すごいお帽子です皆さん。
やっぱり大きいのにしてよかった。
じゃあ次はどれいきますか?次は小さいのにしようかな。
小さいのいきます?はいでは。
何だろう。
こんな可愛いお帽子ですよ皆さん。
これも僕開けさせていただいてよろしいですか?ええお願いします。
僕はね徹子さんというとこれ!いつもこれをイメージするんですよ。
これを見かけると徹子さんを思い出すんですね。
何でしょう。
全然わかんない。
ああ!マカロンなんです。
すっごい可愛いマカロン!色が可愛い。
すごいですねこの色が。
僕はあの…徹子さんが色々な所へ旅をしたり外国へ行ったりなさってるときに着てる洋服がいつもとても色鮮やかな色んな色の洋服を着てらっしゃる。
でこれがマカロンの色。
じゃあこれこれ…。
マカロン。
ブローチ。
すごい!だけどこのマカロンキレイな色ね。
そうなんです。
ですからマカロンを見ると徹子さんを思い出すんですね。
ありがとうございます。
頂きました。
1人で全部食べます。
スタッフね…スタッフにあげても足りないと思うの。
123456…。
ああぎりぎり6個で…。
18個ですね。
ちょうどぐらいですね。
1人に1個ずつあげれば。
1人ずつ1個あげるか誰にもあげないかどっちかですね。
でも頂いてありがとうございます。
うれしい。
本当にマカロンっておっしゃっていただいて…。
大好きなんです。
見るだけでも好き。
ではそれは…。
これは最後の…。
真ん中のやつ何だろう。
最後のプレゼントですが。
そんなにあなた色んなものを買ってきてくだすったの?えっ?えっとですね今年はその…。
ええ何かしら?あっああ!可愛い!あらっすごい!うま年。
そうなんです。
うま年なのでこの大きなお引っ越しがうま年に徹子さんが引っ越したということを覚えておけるようにと思いましてね。
可愛い!私こんなの持ってないです。
この模様大好きですけど。
どっか飾らせていただいて。
もうぜひ記念に。
馬を…馬。
どっか飾りましょうか?どっか僕。
じゃあそこの花瓶の横に今一応ちょっと置いていただいていいかしら。
そうするとみんながそこに馬があるってわかるじゃない。
ここでよろしいですかね。
ええ。
なんか徹子さんに似てますね。
私に顔が似てる。
私「そんな長くない」って言われますがでも可愛いと思うすごく。
いいですか?はい。
あのねあなたは私びっくりしたんですけど知らなかったんだけど北海道でお生まれになったって?生まれそうです。
北海道ですね。
それであの…その後でしょうけどなりたいものがびっくりした私。
あなたがなりたいものってスキーの選手とかそういうのかなと思ったら全然そうじゃなくて。
ぜひどうぞ。
僕は小さいときにその…お相撲さんになりたかったんです。
すごいでしょ皆さん。
お相撲さんになりたかったんですって。
これ不思議なんですけれどもね。
お相撲さんか絵が描くのが好きだったので漫画家になろうと。
それはわかりますよね。
漫画家はね。
でもお相撲さんってすごいと思う私。
僕はあの…大鵬。
ああ!北海道のほうですもんね。
大好きでしたね。
うん!私も。
あの声もとても好きだったんですね。
ちょうどこんなころ?このころですこのころです。
可愛い可愛い。
であの…大鵬のその土俵入りというのが僕全部当時マネして。
できたの?今もできる?今は全部は覚えてないですけど。
こんなキレイなお相撲さんはいないなって。
大鵬の土俵入りっていうのちょっとやってみていただいて…。
何が違うかっていいますとね大鵬さん…。
やるんですか?今。
ちょっと…。
大鵬さんっていうのは普通のお相撲さんというのはこう…こうなりますよね。
ええ。
それでこうなってこういうカクッカクッとなるんですね。
ところが大鵬さんは全部こういうふうに。
でこうなってこうなって。
で手打って開いたときに最後にこうスーッと伸びるんですよ。
ええ!これは大鵬さんしかいないんですよ。
全ての…。
なんかリズム…バネがあるような。
所作が全部スースーッと伸びていくんですね。
それを見てて子ども心にすごいもう…好きでしたね。
じゃあお相撲になったら横綱になって…。
あれをやりたかった。
うんわかります。
でも結局はならなかったの?なれなかったですね。
でも強かった?やったとき。
お相撲やったとき。
スポーツが好きでしたからね。
相撲をとるのも好きでしたし。
今写真映って…。
可愛いあなたの写真が映ってたんだけどこれ可愛い。
そうですねああいうころ…。
これも北海道?いえもう7つから東京に来たものですからね。
それであの東京にいらっしゃったときになんか近所のおばさんが。
これ面白いんだけど。
あなたが俳優におなりになったきっかけ私全然知らなかったんだけど近所のおばさんが?ええええ。
僕を見ててどうもこの世界に入ったらいいんじゃないかというので児童劇団のパンフレットを僕に持ってきたんですね。
12歳のときに。
で「こういう所入ったらいい」って。
でも面白いね。
近所のおばさんがあなたを見ていて「こういうとこ入ったらいい」って児童劇団のパンフレットを。
当時アメリカのドラマそれから日本もドラマがちょうどテレビがこうちょうどこう…。
始まったときで?始まったときで。
そうそう。
ものすごい勢いでテレビが普及してくるときでして。
でそのころにとても…やっぱり好きだったんですね。
ドラマの世界であったりこういう…テレビの中の世界。
面白そう。
それに興味を持ってるのを知ってたんだと思うんですけどね。
そのおばさんが…近所のおばさん。
そのおばさんがもしパンフレットを…。
くださらなかったらね。
ええええ。
違う職業の人になってる…。
可能性ありますね。
たぶんお相撲にはなってないとするとね。
それでそのまあ児童劇団にお入りになったらそこで割と早く岸田今日子さんとか山努さんとか?はい。
14歳のときだったんですけれども山努さんが初めてその主役をやった舞台というのが。
それに呼ばれて1か月東京で。
で1か月地方公演というのが。
それでそういうすごい俳優さんたちと一緒に旅もしたの?そうなんですね。
であるときに…今日子さんがね。
岸田今日子さんが僕はまだ14歳だったんですがあるときもう…『男性たちと女性たち』って結城美栄子さんも出てらっしゃったんですね。
で「あなたね」って「男の部屋行くと悪くなるからもう行くのやめなさい」って言うんですね。
「私たちの部屋にいらっしゃい。
遊んであげるから」って言われて旅行って毎晩毎晩…。
旅先で?そうなんです。
遊んでくれるんですね。
岸田今日子さんが。
うん。
あの声で?「あの声」ハハハ…!「遊んであげるわよ」って。
うんそうそうよ。
今日子さんと私も友達でしたけど。
そういう声だったから。
うん。
「駄目よ。
男の人たちの話聞いてると悪くなるからいらっしゃい」って言ったんでしょ?そうです。
それで?うん。
それで今日子さんたちの部屋に泊まったりしてたの?そうなんです。
可愛いがられたの?本当によくしていただいて可愛いがっていただいて食事から…それでもうトランプで遊んでくれたり。
本当に?そうなんです。
それでお話を…色んなお話を聞かせてくれたり当時してくれましてね。
すごいじゃない。
ラッキーでしたね。
ラッキーでしたね。
今思うとよくあんなことできたなと思うんですけどお風呂入って浴衣を着てから行くわけですね。
気がつくと「入んなさい」って言って今日子さんの横に入って一緒にトランプやったりしてるんです。
お布団の所で?寒いから?ええ14歳で…。
そうね。
今思うと…。
今の14歳はもっとませてるかもね。
そんなことを…そうですね。
すごい。
あなたのお帽子さ今のせたんだけど全然わかんないぐらいにここに同化してますよ今の帽子ね。
こんなに本当の花と同化してるお帽子も珍しいですよ皆さん。
ここに…。
わかりますかね。
わかんないでしょう?すごいすごい。
うれしいです。
ところでそれであなたその後も色々あって『バンパイヤ』というのにお出になったり。
変身ものなんですって?それ。
そうですね。
手治虫さん原作の月を見るとオオカミに変身する少年という。
すごい。
これですか。
あっそうです。
すごい。
これなら本当に少年だわね。
こういうのやったりなんかして色々あったんですけどそれで50年近く俳優生活続けてらっしゃるときにここぞ自分の人生のターニングポイントになるっていうものをいくつかお伺いしたんですけどまず最初が…。
『傷だらけの天使』という…。
そう。
『傷だらけの天使』。
あれはみんなびっくりしましたよね。
あなたのこと拝見したときに。
「ええ!こういう俳優さんいるんだ」って。
あれもすごい人気だったでしょ?そうですね。
放送しているときよりも再放送で火がついたっていう。
すごいですよね。
「日本中の学校が空になる」って言われたぐらいだったんですけど若い人たちが好きで。
そのときあなたは何となくまだ…バイト感覚っていうかアルバイトみたいな感じだったんですって?そのときもまだ。
そうです。
ちょうどあの学校落ちて。
あっ大学受けたんだけど落ちたんだ。
そのころね。
色んなことがあってバイトをしなきゃいけないようなうちの状況なりましてね。
うちからはそうそうお小遣いをもらえないというようなときが我が家にありまして。
でバイトしなきゃいけないと。
で僕は一度辞めたんですね。
子役のときにさっきみたいのやってましてね。
辞めて普通の生活をしようと思ってたんですよ。
大学を受けて大学生になろうと思ったらそれ落ちたんで。
いずれにしてもバイトしなきゃいけないというところからちょうどたまたま声がかかったんですね。
前に知ってるプロデューサーから。
テレビのほうで?「いい年齢なんじゃないか。
この役に」ということで。
声がかかって。
じゃあバイトをやるんならばもう辞めたんだけれども。
そうか。
かつてやってたことのほうがいいかと思って。
でバイト感覚。
じゃあバイト感覚でおやりになった『傷だらけの天使』ちょっとご覧いただきます。
「どうしたんだよおい。
ぼろぼろじゃないの」「兄貴も?実は俺もなんだよ」「フフフ…。
俺よ決めたんだ」「ヒモになることに」「ヒヒヒ…。
兄貴俺もとうとうやったぜ!おい!」「あのよマリさんによハハッ!筆下ろししてもらいてんだよ。
アハハ…!」可愛い。
だけどこのころってなんか寝不足だったりなんかして?なぜああいうキャラクターを考えたのかということをよく当時言われたんですね。
でもあれは偶然のあの…。
産物?産物でしてね。
当時僕頸椎ちょっと…異常があったんですね。
ちょっと寝不足とか続くとしびれてくるんですね体が。
あら!でも若いですからね。
飛んで歩いてばっかりいたので当時は。
まあバイトだしいいやって思ってそんなに一生懸命じゃなかったんですね。
初日の…『傷だらけの天使』の初日の撮影の前日にやっぱり寝ないでうちへ帰ってきて。
でも行く前にセリフだけやっとこうと思って。
でセリフを台本読んだらろれつが回らなかったんですよ。
こうしびれてて。
困ったなと思いながら。
でもちょっと待てよ。
このろれつの回らない感じいいなと思って。
どうせバイトなんですから。
そう思ってろれつが回らないまんま…。
それがよかった。
大当たり。
それで本当魅力的ですもんね。
ああいう若者いそうっていう感じがするじゃありませんか。
本当に。
ちゃんと寝てたらああいうふうにはならなかった。
もっとちゃんとしゃべってたと思うんですね。
それではそれがケガの功名。
『傷だらけの天使』。
次は?『熱中時代』ですね。
『熱中時代』あるんですけどコマーシャル挟んでいいですか?で見せていただきますね。
うれしいですね見せていただくのね。
ちょっとコマーシャルです。
『熱中時代』。
これもすごかったですよね。
ちょっといいですか。
拝見いたしますね。
「先生の名前は北野広大」「広大とは広くて大きいという意味だ」「兄貴は大河。
大きい川という意味だな。
うん…。
」「先生のお父さんはでっかいことが好きなんだ」「だから妹にもでっかい名前を付けてやった」「さてわかる人!」「はい!」「おお!よし」「3番目言ってみろ」「象!」「アハハ…!残念でした!」「ほかにいるか?」「はい!」いいわね。
でもこれあれなんですって?後で伺ったことですけどなんかあなたの本当の学校の先生にちょっと似てるとこがあったんですって?高校1年生のときの先生が担任の先生ですね。
地理地学の先生だったんですけど。
その先生…ヒロニシ先生とおっしゃるんですけど。
その先生のしゃべり方が「おお何とかだな。
何とかだな」「本読んでるか?本読めよ」「母さん元気か?ああそっか。
ああそっか」とか言うそういう先生だったんですね。
その先生のイメージがもうとても大好きな先生だったので。
その先生とあの…ひと方。
2年生のときの数学の担任の先生がムロヤ先生っているんですけど。
この先生が黒板に何か書いて振り返りざまいつも「いっか?いっか?」って言うんですよ。
この「いっか」が好きで好きで。
これ合わせてしまおうと思いましてね。
すごいですね。
その辺あたりね。
そんなああいうの取ってこういうの取ってこうやってみようっていうそこんところがねやっぱりすごいと思いますよね。
ですからそれもその先生に会ってなかったらあのキャラクターにはどこかならなかった…。
あれも評判になったでしょ。
面白いって。
そうですね。
で元気がいいとこが面白かったですね。
あなたがね。
そうですね。
それでもう1つ次のあなたのターニングポイントは決まってるような気がするんですけど。
今の…。
『相棒』ですね。
『相棒』です。
これはどういうことから始まったんですか?『相棒』。
これはですねあの…何かもちろん何か作ろうとしたときに一緒にやろうとしてた脚本家の輿水さんっていうこの脚本書いてる脚本家なんですけども。
作った方がね1年以上空いてなかったんですね。
で僕が1年以上待つかどうかという。
そうなの?でもまあまあそんなにすばらしい方なら…。
仕事したことないんだけれども待ちましょうということで。
ええっ珍しいですね。
テレビの台本待つのに1年…。
1年以上待ちましたね。
彼が時間ができるのを待って。
なおかつ監督は和泉聖治さんって決まってたので一緒に待ってそれで始まったのが『相棒』なんですけれども。
待ったかいがあったというぐらいすばらしい脚本を…。
よかったですね。
だってこういうふうな刑事ものってたくさんあるじゃないですか。
独特なあれですもんね。
キャラクターからいっても設定からいっても。
かつてこのような刑事もの警察ものというのはなかったんじゃないかって僕もものすごい感激したのを覚えてますね。
監督和泉さんっていう方はどういう方なんですか?監督はですねとても不思議でしてね。
僕と…台本に関して話をするってほとんどないんですよ。
この方ですか?今映ってる。
ああそうです。
あっ台本読んでますね。
フフフ…。
読んでますねそれは。
でお互いにあまり打ち合わせしないのに何か向かう世界がいつも合うんですね。
ちょっと実はですね今日あなたがお出になるにあたって和泉監督からお手紙をちょうだいしております。
本当にそれでご丁寧にねステキなお手紙を書いてくださったんですよ。
読みますね。
はいお願いします。
「水谷豊様『相棒』の撮影も終わり…あっまたすぐに『劇場版