続きは4月7日夜11時からの放送です。
よ〜い!
(カチンコの音)4月の「未来塾」は…。
(一同)「映像のチカラ」見てね!岩手県宮古市田老地区の野原。
かつて津波の危険地帯とされ住む人はほとんどいませんでした。
しかし昭和30年代から高さ10mの巨大堤防が建設され急速に宅地化が進みました。
ここで暮らしていた…夫婦は自宅を津波に流されました。
昭和51年2人はこの場所なら津波に襲われる危険はないだろうと考え念願のマイホームを建てました。
あの日夫の正清さんは高台の宿泊施設で働いていました。
一人で家にいた陽子さんは地震発生からしばらくたって不思議な音を耳にします。
陽子さんはとっさに裏山を駆け上がります。
高台に避難した陽子さん。
家が濁流にのみ込まれたのはその直後でした。
巨大堤防は津波の圧力に耐えられず決壊しました。
やがて引き波が始まりほとんどの建物が沖合へと流されていきます。
震災後これから住む場所を巡って2人の意見は分かれました。
津波を目にしなかった正清さんは再び同じ土地に家を建てたいと考えていました。
しかし津波で恐ろしい体験をした陽子さんは田老を離れる事を望みます。
おまけの果てには…「あんたはあんたの人生。
あんたは行け」と。
2人は歩み寄り田老は離れずに今後造られる高台の住宅地に移る事になりました。
どうしても…2014/03/31(月) 23:50〜23:55
NHKEテレ1大阪
あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「宮古市 赤沼正清さん、陽子さん」[字]
田老地区の野原は昭和30年代から高さ10mの堤防が建設され宅地化が進み、赤沼さん夫妻もこの場所に住宅を建てた。しかし津波は巨大堤防を越え自宅は濁流に飲み込まれた
詳細情報
番組内容
東日本大震災に遭遇した方々の「あの日」の証言。岩手県宮古市田老地区の野原で暮らしていた赤沼さん夫妻。野原は昭和30年代から高さ10mの巨大堤防が建設されて宅地化が進み、赤沼さんもこの場所に住宅を建てた。あの日、夫・正清さんは勤務先の高台の宿泊施設にいた。一人で家にいた陽子さんは地震発生後、不思議な音を耳にして、高台に避難した。その直後、津波が堤防を越え、自宅が濁流に飲み込まれた。
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz
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