ピンイン(拼音)について
中国語を学んでいて、発音についてかなり手こずった。理由はピンイン(拼音)の存在である。当初、ピンインを発音記法だと思い込んでいたからだった。もちろん、そう思い込んでいても間違いではないのだが、記法の記号を一対一に対応しても実際の発音は構成されない。つまり、発音記法ではあっても発音記号ではない。
手こずったのは、今学んでいるピンズラー方式では、実は発音訓練というのは存在しないこともある。これは創始者ピンズラーの直観が関係しているのだろう。結論からいうとそのあたりがなるほどと理解されつつもある。中国語に関して言うと、初学者がピンインから入ると発音がうまく習得できないという思いもあるのだろう。敷衍していうと、そもそも音記法は言語習得の邪魔になるとピンズラーは考えていたとしてよいだろう。
そういうわけで、自分については、基本はまず耳に聞こえた音で学ぶ、それからピンインや漢字を見るというふうにして中国語を学んでいる。が、いずれにせよ、ピンインを避けるわけにもいかない。
そしてピンインは一見するとやさしく見える。例外は例外として丸暗記すればなんとかなる。それはそれでいい。
だが、どうにもこれは不合理な体系ではないなあ、というあたりで、ああ、これは発音記法ではなく、正書法の一種なのだというふうに理解を変えた。それでも発音記法的な正書法なのだから、発音という点から見てどうなのか。
先日のアーティクルにも書いたが、まずここに引っかかっていた(参照)。
そういう点で普通話の音韻体系を眺めてみると、捲舌音あたりに奇妙なComplementary distribution(相補分布)みたいなものがあって気になった。これ、つまり、qとchiというのは、phoneme(音素)としては独立してないんじゃないかという疑問がちょっと浮かんだわけだ。もちろん、La linguistique synchronique(言語の共時制)として見ると、体系としては、phonemeとしてよいのだろうが、それにしても、これはなんだろと思った。
そのおりはこれは学習上の便宜ではないかと思ったし、書かなかったが正書法として歴史を反映しているのではないかと思っていた。
中国語概論 |
ああ、またかあという感じである。自著に高校生時代、英文法が不合理で専門書を読んだらわかったという挿話を書いたが、ここにも似たようなことがあった。
結論からいうと、音韻論的には「そり舌音」(zh ch sh r)と「舌面音」(j q x)を独自に書く必要はなさそうだ。「歯音」(z c s)をベースに、それぞれ、/zr/ /cr/ /sr/と/zy/ /cy/ /sy/ そして/y/を加えれば、それで簡単にComplementary distribution(相補分布)が整理できてしまう。なーんだという感じである。
もちろん、ゆえに現状のピンインを改良せよとまではいわないし、無理だろうが、学習者には、ピンインに入るまえにこの構造を教えておいたほうがわかりやすだろうとは思った。というか、自分ではようやくこの部分はすっきりした。
ただし、すっきりするためには、発音論と音韻論の差違が前提になる。一般的に書くためには、そこをきちんと説明しないといけないのだが、これはけっこうテクニカルなんで、英語に関して以前書いてもなかなか理解されなかったが、やはり一般的には理解されないだろうと思う。
関連して、/zr/や/zy/の表記からわかるように、/i/の範列では、/si/ /sri/ /syi/となる。これだと日本人的には/si/が「し」のように思えるが、実際には、/si/は「すー」のように聞こえる。とはいえ、この問題は基本的に現在のピンインでも同じではある。
有気音についてはそうした分布がないので、ピンインのpとbをウェード式のようにphと音韻表記はできないが、発音表記としてはウェード式のようでもいいようには思った。が、実際の音を聞くと、ピンインのdaは「だ」のように聞こえるので、どういじくっても日本人のような外国人には難しい。ついでに/h/だがこれは、牙音ではなく喉音。やっぱりね。
先の音韻整理で、/sri/ /syi/が出て来たが、ここから想像がつくように、尾音も範列的に整理できる。/φ/(なし) /n/ /ng/ /y/ /w/である。
これがどういう意味かというと、uとiが消える。理由は二面あって、まず韻母がより簡素に整理されるからだが、関連して、oの必要がなくなることだ。
尾母は次のようになる。
/i/
/a/ /ә/
/ay/ /әy/
/aw/ /әw/
/an/ /ang/
/әn/ /әng/
尾音のついでに子音として/w/が独立すると、/wi/ができるが、これがピンインのwuに相当する。同様に、/yw/ができる。
というふうに音韻論的にまとめると中国語の音韻はかなり簡素になってしまう。
とはいえ、「中国語概論」でもそのまま音韻論的に提示しても学習者は戸惑うだろうとして、/w/ /y/を/u/ /i/にした折衷案の韻母表を提案している。それでも私の印象ではかえって混乱を招くだろう。
いずれにせよ、音韻論的に整理しても、/si/などは「し」ではないわけで、それなりの訓練は必要になるだろう。
個人的には、音韻論的にはかなりクリアになった。ピンインはやっぱり正書法だな。学習上は、尾音の/u/ /i/は母音じゃないし、子音の扱いの場合にも要注意。/e/は英語のシュワのようなものなので、「え」にひっぱられないようにしよう、とも思った。
できたら以上の話を体系的に学習者に提示できるようにまとめるといいだろうとは思うけど、僕なんかにできることではない。当面は、ピンズラー的にできるだけ、原音に注意して学習しようと思う。というか、耳を信じよう。
ゼロから始める 「中国語の発音」徹底トレーニング |
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