官々愕々「避難計画」なき原発再稼動

3・11事故後の福島第一原発〔PHOTO〕gettyimages

「原発再稼動」が最終プロセスに入った。原子力規制委員会は3月13日、再稼動審査中の10原発のうち、九州電力川内原発(鹿児島県)の審査を優先的に進めることにした。これで、この夏の川内原発再稼動がほぼ確実となった。

遡ること3年、東日本大震災直後の2011年春。経産省では、官僚たちが、原発再稼動のための戦略ペーパーを作っていた。その後、新設される「原子力規制委員会」をどのようにして「再稼動のための組織」にするかが大きな課題になるのだが、彼らは見事にそれを成し遂げた。

まず、規制委の人選を国会ではなく、関西電力大飯原発再稼動を強行した野田内閣が行う仕組みにした。原発を止める人は入らなかった。第二に、2年はかかると言われていたのに、日本の原発を動かすための甘い規制基準案をわずか半年で作らせることに成功した。第三に、規制委を設立後1年近く再稼動の準備に専念させた。福島第一原発の悪い情報は上げず、関心をそらした。その結果が汚染水問題の深刻化と事故収束の遅れだ。

第四に、これが実は非常に大きいのだが、原発事故の避難対策は規制委の仕事ではないことにしてしまった。安倍政権は規制委が規制に適合していると認めた原発は、地元がよいと言えば再稼動させるという立場だ。その結果、避難対策には規制委も政府も責任を持たず、地元自治体に丸投げされることになった。地元自治体は再稼動最優先のところがほとんどだ。まともな避難対策はできない。つまり、日本では、過酷な事故で放射能が放出されると想定しながら、それから逃げるための避難対策が著しく不十分なまま原発を動かすことが出来ることになったのだ。

ある民間の研究所が行った原発ごとの試算では、住民の避難に必要な時間は8時間から63時間だった。試算がある自治体の数字とも符合する。しかし、試算の前提は、「すべての道路が壊れていないこと」。大地震では道路は寸断される。しかも、大雪や台風、さらに、逃げ遅れたお年寄りや病人を高濃度汚染されている地域に誰が行ってどう助けるのかなども「想定外」のままだ。実際の避難には、数十時間から100時間以上かかるだろう。

一方、メルトダウンは2時間で起きる。規制委はフィルタベント(原発事故時に蒸気を、放射性物質を低減してから外部に逃がす装置)の設置を義務付けているが、放出される放射能濃度は人体に有害なレベルでもよいことになっている。これらから言えるのは、事故が起きると多数の住民が深刻な放射能被曝に遭うということだ。

逆に言えば、避難対策をきちんとやれと言うと、日本の原発は全て再稼動できなくなる。だから、規制委は避難対策は無視することにした。田中俊一規制委委員長は、東電の廣瀬直己社長には会うのに、泉田裕彦新潟県知事の面会要求を拒否している。泉田知事の避難対策に関する質問に答えられないからだ。

安全でないのに安全だと見せかけて再稼動につなげるという難しい任務を背負わされた規制委には同情すべき面もある。自民党の原子力ムラの議員や経産相らから「早く審査しろ」と圧力がかかる。さらには、安倍首相らが、原発が止まって化石燃料輸入が増えて貿易赤字になったと喧伝する。全部規制委のせいだと言わんばかりだ。

規制委も政府に反撃すべきだ。例えば、電力会社に損害賠償保険への加入を義務付けるよう経産省に勧告したらどうか。誰も保険を受けなければ、安倍さんお得意の経団連への要請をしてもらえばよい。安全だというのだから、経団連企業で引き受けてくれるだろう。

『週刊現代』2014年4月5日号より

原発の倫理学(税別価格:1400円)
話題作『原発ホワイトアウト』著者・若杉冽氏推薦! 「霞が関には古賀さんを隠れキリシタンのように慕っている官僚たちがいる。原発の裏も表も全部わかる必読書」

原発は「倫理的」に許されないエネルギーだという議論をすると、それは「感情的」あるいは「主観的」な議論であるというレッテル張りをされる傾向があります。経済論や技術論は受け入れられても倫理論は受け入れられないのが現状だと言ってよいでしょう。しかし、倫理の問題は、経済や技術の分野でも非常に重要な問題です。二人の元総理(小泉氏と細川氏)が期せずして脱原発を「人の生き方の問題」「倫理の問題」として語り始めたことは、極めて重要な意味があります。私が小泉氏や細川氏に期待するのは、大きな哲学、「脱原発の倫理観」を国民に提示し、国民的大議論を巻き起こすことです。議論の末、国民の大多数が新しい日本の生き方、「脱原発と再生可能エネルギーで、自然とともに生きる国日本」を目指すという共通の目標に到達すれば、その時初めて、脱原発が可能になるのだと思います。――<「はじめに」より抜粋>

※本書は2013年5月に先行発売した電子書籍『原発の倫理学 古賀茂明の論考』の内容を大幅にアップデートした上で再編集したものです。
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