ロシア、クリミアを経済特区に決定:カリーニングラードと同様に?

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編集部注:本記事は翻訳家・平井和也氏の寄稿。同氏は、人文科学・社会科学分野の日英・英日翻訳をおこなっている。

本稿では、ロシアのメドベージェフ首相がクリミアを経済特区にするという考えを表明したというニュースについて取り上げたいと思う。まず最初に今月24日(月)にイタルタス通信が報じた内容から見てみたい。

 

メドベージェフ首相がクリミアを経済特区にすると表明

ロシアのメドベージェフ首相は、クリミアに経済特区を設ける必要があると考えている。同首相は、クリミアの長期的な開発に向けた見通しについて検討する必要性を訴えており、新たにロシア編入が決まったクリミア共和国とセバストーポリ市に対して優遇策を取る必要があると考えている。

ただ、ロシア経済開発省地域経済開発局長であるアンドレイ・ソコロフ氏は、この考えについては現時点では憶測の域を出ず、交渉中であり、まだ具体的な提案は出されていないとしている。

 

経済団体もクリミアを経済特区に指定する考え

ロシアの中小企業を代表する民間団体である「ビジネス・ロシア」(Delovaya Rossiya)はクリミアに経済特区を設置する必要があるという考えを表明している。同団体は既にクリミアに事務所を開設しており、クリミア共和国とセバストーポリ市の実業界の代表を集めたいと考えている。ビジネス・ロシアは現地のサービス業、インフラおよび農業振興を目的とした大規模な投資プロジェクトについていくつもの計画を立てている。

ビジネス・ロシアのアンドレイ・ナザロフ共同代表は団体として、クリミア政府当局と地元の実業界に経済開発計画を提出し、地元企業への優遇策を実施したいと述べている。また、期間限定の自由貿易地域設置や減税・免税措置も講じたいとしている。この計画については、今年の6月にクリミアで開催されるビジネス・ロシアの大会合で発表される可能性がある。

また、ロシアのビジネス日刊紙「ヴェドモスチ」の報道によると、クリミアの経済特区はロシアの最西端にあるカリーニングラード州と同じようなものになる可能性があるということだ。カリーニングラードと同様に、巨額の投資を考えている大口投資家への税制上の特典を設けるために新たに法律を策定する必要がある。

 

自由経済特区に指定されたカリーニングラードと同じ待遇

このカリーニングラードとクリミアへの経済特区設置について、ブルガリアのソフィア通信(Novinite.com)は次のように伝えている。バルト海に面したカリーニングラードは1991年に自由経済特区に指定された。住民は経済特区になってからの最初の6年間は財産税と所得税を免除されるという優遇措置の恩恵を受けた。また、カリーニングラードでは特別な財政制度が2031年4月1日まで有効だ。

クリミアが経済特区になった場合の具体的な制度設計についてはまだ詳しい話は出ていないが、優遇制度の有効期間は49年まで延長されると見られている。ロシアのドミトリー・コザク副首相がクリミアの開発責任者を務めることになっている。今回のアイデアについては、クリミアのセルゲイ・アクショノフ首相が以前提唱したことがある。

ロシアの通貨ルーブルがクリミアの公式な通貨として採用されることが決まっている中で、クリミアの経済的・財政的な調整作業が始まっているようだ。ルーブルは給与や税金、保険の支払いなどに使われることになっており、ウクライナ通貨フリブナの流通は2016年1月1日で打ち切られる。

ここまでがイタルタス通信とソフィア通信の報道のまとめだが、ツイッターのロシアに詳しい方たちが集まっているロシアクラスタのある方の最新のツイートによると、27日(木)のロシア国営放送局の報道で、クリミア共和国全体を経済特区に指定し、中小企業の活動や外資投資の活発化を促すことが決定したと報じられていたという。

 

カリーニングラードとはどんな場所か?

今回ご紹介した記事で、カリーニングラードという多くの日本人にとってなじみのない地名が出てきたので、BBCの解説サイトにもとづいて、この都市についてここで詳しく見ておくことにする。

カリーニングラードはバルト海に面した都市であり、ロシア共和国の飛び地である。南はポーランド、北と東はリトアニアと国境を接している。第二次世界大戦後の1945年にドイツに対する戦後処理を決定したポツダム協定でドイツから旧ソ連に併合された。それまではずっとドイツ領だった。

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Photo : Wikipedia

ソ連時代は、最も固く閉ざされた軍事区域の一つであり、軍事が主要な経済の財源だった。ソ連が崩壊すると、ソ連軍が大幅に削減され、それに伴って経済的な見返りもなくなった。

 

ロシアにとって戦略的に重要なカリーニングラード

カリーニングラードは現在でもロシアにとって戦略的に非常に重要な場所だ。ロシア海軍バルト艦隊の母港バルティスク港があり、ここはロシアが欧州に持っている唯一の不凍港だ。2008年には、米国がポーランドとチェコにミサイル防衛基地を建設するという計画を強行した場合、カリーニングラードに短距離ミサイルを配備するとロシアが恫喝したことがある。

カリーニングラードはかつてはケーニヒスベルクと呼ばれていた。13世紀にドイツ騎士団によって建設され、ハンザ同盟に加盟し、16世紀にはプロシア公国の首都になったこともある。哲学者のイマヌエル・カントは生涯をこの都市で過ごし、同地で1804年に亡くなった。

カリーニングラードは、行政上はロシア連邦の一部となっているが、ソ連時代はリトアニア共和国、ラトビア共和国、ベラルーシ共和国の三国によって、東に300km以上離れたところにあるロシアから隔てられていた。リトアニアがEUに加盟してからは、少なくともEU加盟国一国を通らなければ陸路ではカリーニングラードに達することができなくなった。国境の通行に関する規定を巡って、特にロシアとリトアニアとの間で摩擦が続いている。

 

ソ連崩壊の影響で荒廃したカリーニングラード経済

ソ連時代、カリーニングラードの基幹産業は農業だった。ところが、ソ連崩壊によって、カリーニングラードの農産物を買っていた市場が解体されてしまい、1990年代前半に経済が急下降した。その中で、失業率が急上昇し、特に地方では貧困が蔓延した。犯罪組織と麻薬が大きな社会問題になった。

そこで、その問題に対処するために、1996年にロシア政府はカリーニングラードを経済特区に指定し、投資家を呼び込むための税制上の優遇策を導入した。カリーニングラード経済はこの政策の恩恵を受けた。(筆者より:ソフィア通信の報道では経済特区に指定されたのは1991年とされているが、カリーニングラード市の公式サイトで確認したところ、1991年が正しい情報だと判明した。したがって、このBBCの説明にある1996年は不正確な情報だ。)

カリーニングラードは空前の好景気を迎え、2007年には4,500万ドルをかけて新しい空港ターミナルが完成した。EU諸国との貿易も増え始め、経済成長と産業生産力も上がっている。

しかし、2008年から2009年にかけての世界金融危機の影響がカリーニングラードを襲い、2010年の初めには失業率が10%を超えた。そういう中で、公共交通機関の料金が高騰し、推定1万人がゲオルギー・ボオス州知事の解任を求めて大規模な集会を開いたが、これは過去10年間のロシアにおける最大の抗議デモの一つに数えられる。

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Photo : BBC

 

ここでも明らかになるロシアのしたたかさ

上記の解説の中で、カリーニングラードは現在でもロシアにとって戦略的に非常に重要な場所であり、ロシア海軍バルト艦隊の母港バルティスク港はロシアが欧州に持っている唯一の不凍港だという説明があったが、このことからロシアが戦略的に重要な拠点をしっかりと抜け目なく確保していることがわかる。

18日の寄稿で、ロシアにとってクリミアが戦略的に重要な拠点であるという点について触れたが、今回もロシアのしたたかさをうかがい知る機会となった。

 

【参照記事】

Itar-Tass News Agency: Medvedev: Special economic zone should be created in Crimea

ソフィア通信: Crimea ‘Could Be Special Economic Zone,’ Says Russian PM

BBC: Kaliningrad profile

カリーニングラード市の公式サイト: Is Kaliningrad’s ‘offshore’ status symptomatic of a “hollowing out” of the Russian state?

 

Photo : RT.com