記憶に遠い一人の作家がいま、読まれている。佐藤泰志(やすし、1949~90)。80年代、芥川賞や三島由紀夫賞候補に6度挙がりことごとく選に漏れた。東京都国分寺市で作家生活の大半を送り、最期は命を絶った。そこから20年余。絶版の作品が相次いで文庫になり、特集本が刊行され、映画化される。今なぜ、佐藤泰志なのだろう。

 佐藤は北海道函館市に生まれた。大学受験で2浪した後に上京。国分寺などに住み、アルバイトをして大学に通い、同人誌で執筆を続けた。79年「草の響き」でデビュー。81年「きみの鳥はうたえる」が第86回芥川賞候補になった。

 「空の青み」「水晶の腕」など計5回芥川賞候補になるもすべて落選。「そこのみにて光輝く」(89年)が第2回三島由紀夫賞候補となり落選。88年から「海炭市叙景」を文芸誌「すばる」に発表。41歳で自ら命を絶った。

 その20年後、佐藤の作品が突然注目される。

 きっかけは2010年の映画「海炭市叙景」(熊切和嘉監督、出演・谷村美月、加瀬亮ほか)だ。同年のキネマ旬報ベスト9位にランク。原作は函館を思わせる「海炭市」を舞台にした18作の連作小説。91年に刊行され、映画封切り年に小学館文庫で再刊。現在6万部を数える。同文庫は11年、「移動動物園」「黄金の服」も刊行した。

 河出書房新社からは11年に文庫化された「そこのみにて光輝く」が3万部。同社から他に「きみの鳥はうたえる」など3冊が文庫化。今年2月には、ゆかりの人々が語る特集本「佐藤泰志 生の輝きを求めつづけた作家」も刊行した。

 映画は昨年、佐藤の生涯を描くドキュメンタリー「書くことの重さ~作家佐藤泰志」(稲塚秀孝監督)が公開され、この4月19日からは「そこのみにて光輝く」の同名映画(呉美保監督、出演・綾野剛、池脇千鶴ほか)が全国公開される。同作は短編の多い佐藤の作品群の中で唯一の長編だ。

 いま、なぜ佐藤泰志は注目されるのか。小学館コミュニケーション編集部のプロデューサー村井康司さん(56)は「作家の死後、20年を隔てて読まれる、まれな例だと思う。佐藤が描いた閉塞(へいそく)した空気感と、今の感覚が合っているのではないか」。

 河出書房新社営業第二部の辻純平さん(29)も「彼の作風は現代的でかっこよく、ハードボイルド。佐藤泰志を知らない人は多いと思うが、非常にレベルの高い作家だと思う」と語る。

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 「書くことの重さ」自主上映会と「そこのみにて光輝く」支援イベントが5日午後2時から、国分寺エルホール(JR国分寺駅マルイビル8階)、定員200人、参加費800円。稲塚、呉両監督のトークショーなど。12~18日には渋谷アップリンクで「書くことの重さ」を上映。いずれも、イベント主催者の井田ゆき子さん(090・7724・6311 Eメールupas@nifty.com)へ。(大脇和明)

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