高頻度取引描いたマイケル・ルイス氏の「フラッシュ・ボーイズ」

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  • PHILIP DELVES BROUGHTON

 2007年春、ロイヤル・バンク・オブ・カナダのニューヨーク支店で株式トレーディング部門を率いていたブラッド・カツヤマ氏はマーケットの動きがおかしい、と感じた。インテルの株式1万株を1株22ドルで買おうと「買い」ボタンを押したとたん、売り注文が消えてしまったのだ。まるでマーケットが彼の心を読んで彼が買う前に売り注文を変えてしまったかのようだった。その見方は当たらずとも遠からずだった。

 ウォール街は常に多くの詐欺師やならず者を引きつける。マイケル・ルイス氏は新著「フラッシュ・ボーイズ」で、高頻度取引業者は、高度なコンピューター技術や光ファイバー、マイクロ波の電波塔を悪用して数千分の1秒単位で他の投資家に先がけて取引を執行し、大手の投資家も悩ませる今日的な市場の無法者だと語る。彼らは証券取引所を過去に例のない大きな変動を繰り返すコンピューターの化け物にしてしまった。

 かつて投資家は株取引をするにはトレーダーに電話をしたものだった。そしてトレーダーは、取引を可能な限り有利な条件で執行するために他の生身の人間に話を持って行った。コンピューター化によって、このプロセスから少しずつ人間が消えていった。その代わり、買い注文・売り注文はコンピューターのサーバーの中で出会うようになった。立会場で派手なジャケットを着て大声で叫ぶ男たちは時代遅れになった。

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 2002年には米国の株式取引の85%はニューヨーク証券取引所で行われていた。残りのほとんどはナスダックだった。2008年の初めには、公共の取引所は13に増えた。その多くは厳重に警備されたニュージャージー州北部のビルの中にあるコンピューターのサーバーだけの存在だ。

 あなたがマイクロソフトの株式1000株の買い注文を出すとする。以前ならその注文は取引所間のネットワークを伝わって各取引所で最も安い価格を探しながら少しずつ株式を買い入れ、1000株になるまでそれを繰り返す。ところが今では、あなたの注文が最初の取引所に着くと、すぐに高頻度取引業者がそれを知り、あなたに先駆けて他の取引所でマイクロソフト株を買い、若干利ざやを上乗せした価格であなたに買わせるのだ。このすべては1000分の1秒の間の出来事だ。それを1日に何百万回も何百万という投資家を相手にやっている。ルイス氏は、そのような小さな利益が積み重なってゲッコーやシタデルの巨額の利益として積み上がっていくと指摘する。

 これはウォール街に昔からある「フロントランニング」と呼ばれる不正行為のようだと思われるかもしれない。まさにその通りだ。ただ、これは完全に合法的だ。ルイス氏は、高頻度取引業者の戦略は、善意から行われた規制緩和の意図せざる結果だと指摘する。

 2005年、証券取引委員会(SEC)は投資家間の公平性を高めると信じ、重要なルールを変更した。かつては、ブローカーが義務づけられていた「最良執行」とは、価格だけでなくタイミングなども最良であることが求められていた。だが、SECはこの年、「最良執行」とは、当局が古ぼけたコンピューターでさまざまな取引所の買い注文と売り注文をチェックして決める「最良価格」で取引することというルールに緩和した。だが、高頻度取引業者はこの最良価格の分析を、独自のネットワ-クを使ってもっと速く済ませることができる。彼らは投資家が発注してからSECが最良価格を決めるまでの間に取引を執行してしまうことができるのだ。

 10年後、高頻度取引は急拡大し、証券取引所の業務に影響を及ぼすようになった。取引所は高頻度取引業者の発注に対して手数料を課し、その収入に依存するようになった。大手投資銀行が「ダークプール」と呼ばれる独自の取引所を運営するようになったことで、こうした傾向は一段と強まった。

 高頻度取引業者は、取引所に株価を従来よりも小刻みにすることを要求した。1セントの1000分の1の値動きによって細かく利益を得られるようにするためだ。取引所はその要求を受け入れた。ルイス氏は「2013年の夏までに、世界の金融市場は高頻度取引業者と一般の投資家の衝突が最高潮に達した。そのつけは一般投資家に回された」と語っている。

 「フラッシュ・ボーイズ」は、ルイス氏のソロモン・ブラザーズ時代の経験に基づいて1987年のブラックマンデーに至る証券市場の狂騒を描いた1989年の「ライアーズ・ポーカー」のようにはちゃめちゃでもなく、サブプライム・ローンの崩壊を描いた2010年の「世紀の空売り」のように読みやすくもないかもしれない。だが、米国の金融業界に議論を喚起するという意味では、この2作よりも重要な作品になるかもしれない。ルイス氏は登場人物の一人に「証券取引所は『ばかばかしさが詰まったパンドラの箱』になってしまった」と言わせている。

 しかし、ルイス氏は、市場が単にばかげた場所になってしまっただけでなく、操作されていると指摘する。この本のヒーロー、カツヤマ氏は高い技能を持った人々でチームを結成し、高頻度取引を寄せ付けない「IEX」という取引所を設立した。大手ヘッジファンドや銀行が支援しており、ネットスケープの共同創業者でルイス氏の1999年の「The New New Thing」に描かれたジム・クラーク氏も一役買っている。

 ルイス氏は、彼のヒーローたちの市場についての深い洞察を描く一方、悪者にされた高頻度取引業者については全く弁明の機会を与えていない。完全に一方的なのである。

 しかし、実際には高頻度取引によって市場の流動性が高まり、値付けが効率的になった面もある。また、投資家はルイス氏がいうほどに損害を受けたわけでもない。高頻度取引は歴史的な強気相場と表裏一体となって拡大してきた。高頻度取引業者は、ルイス氏が革命的なアウトサイダーとほめたたえる本を書いたとしてもおかしくない人々だ。革新的なコンピューター・エンジニアであり、その多くは移民だ。金融システムを手玉にとって金融危機のがれきの中から立ち上がった人々だ。もちろん、ルイス氏は「フラッシュ・ボーイズ」が金融イノベーションのバランスの取れた解説本だと言っているわけではない。これは1つの論点から書かれた主張であり、その手のものとしては非常によく出来ている。

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