http://bokurasha.hatenablog.com/entry/2014/04/01/115953
受けた寂しさの、程度の差は相当あるけれど、
私達と同じようにモデルケース不在の中、
私達と同じ、「幸せ探し」に迷走した女のひとりです。
私たちはもう大人で、愛し愛される対象を自分で探すことができる。
それが
※とりあえず改行うざいので若干詰めました。文字・文章等はいじってません。
結構ひどい母娘関係から脱出して今に至るんだが、これはちょっとなーと…まぁまちがっちゃないんだけどさ。順番が!順番が違うのよ!
あのですね。
子供の頃から「変な人」に育てられると、まずほぼ物心がついた時もしくは十代のうちに「自分ちは人んちとはなんか違う」という衝撃を受けます。つまり認知の順番としては
自分の育った環境を否定するというのは結構難しいし、体力を使うことなんですね。一番簡単なのは「普通の環境で育ったにもかかわらず自分はおかしい人間に育った」と自分自身を貶めること。これが自己肯定感の低下の原因です。人と違うとか、うまくいかないというのは確かに自己肯定感を低下させることもあるかもしれませんが、自分原因のものであればある程度比較的容易に回復可能です。方法を変えればうまくいくからです。また環境が変わり、そもそも諦めてしまうことで回復することもあります。毒親に育てられた場合は全てにおいて親に否定をされ、しかも社会ともうまくやっていけないことが多いため、回復できず結果的に自己肯定感が縮退していくのです。
また虐待児に関しては普通によく知られている話ですが学童期までは、子供は自分の親に従順で疑うことはあまりありません。特に抑圧されたタイプ(被虐待児は特に顕著ですが)は親が世界の絶対だと思い込んでいるので、多少周囲と違っていることはもちろん認識していて、ちょっとしょうがない親だなとおもいつつも信頼しようと努力するものです。逆に平和な家庭で育った同級生などが親のことを詰ったり喧嘩したとか言ってると、もう少しおとなになったら?お母さんも疲れてたんじゃない?などと言ってしまうタイプが自己肯定感の低い人です。抑圧する親に育てられた子は、その親の親代わりをしているのでそういう発想が出ます。
なお、親を憎むほどひどい抑圧を受けた場合はけっこう早いうちに限界が来て親から離れ、その後寛解することが多いですが、耐えられない程ではなかった人ほど気づくのが遅れ、三十を過ぎてからもしくは子供が生まれてから苦しんだりもします。全然気づかずに子に連鎖する人もいます。いわゆる虐待の連鎖です。随分たってから苦しむのもつらいですし、下の世代に負の遺産が引き継がれるのも避けたいものです。これを防ぐには早い段階で「うちの親はおかしい、自分は間違ってない、親から離れるべきだ」と気づくのが大事です。「親も人間だから」「それでも愛してくれてはいるはず」とか言ってたら手遅れになります。とっとと親離れして、また親に子離れをさせて、正常な人間関係を取り戻さなければなりません。
許す必要はありません。許したら離れられなくなります。ただ事実を事実としと認め、許せないなら許さない、腹が立つなら腹をたてる、近寄りたくないなら近寄らないを徹底するのが自己肯定感を取り戻すための最初の一歩です。憎みたくなかったら別に憎まなくてもいいですが、憎みたかったら憎んでもいいんです。また離れるべきは母親だけではありません。父親もです。憎むのは母親だけではありません。そんなあなたと母親を放置した父親もです。父親にも問題があるのです。たいていこういう話題だと知らん顔してますが。
完全に離れるのは良い方法です。
そして母親は一人の間違った人間で、自分に害をなすと認識しましょう。あなたの親をあなたが育てる必要はありません。あなたが親を一人の人間として解放してあげる必要はありません。あなたの親は大人なのですから、自分自身で生きれるはずです。手を離して世話をやめても死んだりしません。大丈夫です。
そして母親は一人の間違った人間で、自分に害をなすと認識しましょう。あなたの親をあなたが育てる必要はありません。あなたが親を一人の人間として解放してあげる必要はありませ...
http://anond.hatelabo.jp/20140402111648 長々と自分語りをしている所に水を差して申し訳ありません(と言っても斜め読みしかしていません)が まず他人は基本的に、あなたの事になんて大して...
長い。三行で。
自称毒親持ちの自分語り大好きちゃんはうぜえからすっこんでろこのマザコンが 一行で済んだな
「ブラック企業」「毒親」「喪女」諸々。 世の中には、その用語を使用しているという理由だけで読まなくていい記事と言うものがある。
同類に興味持っていただければいいので二人称読めない奴はすっこんでろ