(英エコノミスト誌 2014年3月29日号)
新たなプロパガンダ戦争は、ロシアの西側諸国との対立を顕在化させている。
花火、コンサート、気持ちを高揚させる演説、愛国的な陶酔感――。ロシア政府はクリミアの併合を、ロシアが自国より弱くて小さい隣国から土地を奪い取ったのではなく、まるで(再び)第2次世界大戦に勝ったかのように祝っている。国民は戦争の勝利に酔っているように見える。その戦争とは、主にプロパガンダで始まり、プロパガンダにより戦われ、プロパガンダにより勝利したものだ。
ロシア国民は、強烈で攻撃的かつあからさまな、虚偽情報による宣伝活動にさらされている。ここで振りまかれているイメージは、ウクライナ国内の暴力と混乱とファシズム、西側諸国による邪悪な謀略、そしてそれに対応するロシアの強さと高潔さの証しを示すものばかりだ。
ロシアのメディアは以前から、現実を反映するのと同じくらい、自ら現実を作りあげてきた。だが、クリミア併合において、テレビは軍に並ぶほどの主導的な役割を果たした。クリミアでも広く視聴されているロシアのテレビ局は、クリミア住民の忠誠心を鼓舞すると同時に、ロシア国内では自国政府の行動を正当化していた。
独立系世論調査機関のレバダセンターを率いるレブ・グドコフ氏によれば、このプロパガンダ攻勢は、キエフのマイダン(独立広場)で抗議活動が始まって以来、いくつかの段階を経ているという。
今回のプロパガンダではまず、マイダンの抗議活動を欧米の陰謀と位置づけた。続いて抗議活動の参加者を、クーデターを仕掛けた民族主義者、ファシスト、反ユダヤ主義者のように描き、ロシア語を話す住民が大いなる危険にさらされていると主張した。さらに、ウクライナからの難民がロシアに逃げ込んでいるという話をでっちあげた(これにはウクライナとポーランドの国境を越える模様を捉えた映像が使われた)。
クリミア併合の論拠は、もとはロシア系住民をありもしない脅威から守るため、というものだったが、これは次第にかつてのロシア国土の奪還へと変貌していった。ウラジーミル・プーチン大統領は、モスクワの赤の広場に集まった群衆を前に、こう叫んだ。「長く、厳しく、つらい航海の末に、クリミアとセバストポリが自らの港に戻ろうとしている。生まれ故郷の岸に、母港に、ロシアに!」
プーチン大統領が選んだ「プロパガンダの顔」
ドミトリー・キセリョフ氏は自身のニュース番組で「ロシアは現実的に米国を放射能の灰にする能力を備えた世界でただ1つの国だ」と語り、物議を醸した〔AFPBB News〕
この「帰郷」のアイデアをプーチン大統領がいつから温めてきたのかは誰にも分からないが(2008年に起きたグルジア紛争の時点からだという意見もある)、アイデアを実行に移し始めたのは、ドミトリー・キセリョフ氏をロシアのプロパガンダの顔に指名した2013年12月のことだ。
キセリョフ氏は反欧米的かつ反同性愛的な発言により、数年前にはいったん影響力を失っていた。
だが、新たに設立された国営通信社「ロシアの今日」(旧国営ロシア通信)の新代表に就任し、国営ニュースチャンネルのアンカーも務めるキセリョフ氏は、今やプーチン大統領の重要な武器の1つになっている(また、同氏は欧州連合による制裁の対象でもある)。