(cache) 月刊 現代農業2013年10月号 炭素肥料が限界突破を可能にする
月刊 現代農業
ルーラルネットへ ルーラル電子図書館 食と農 学習の広場 田舎の本屋さん

「炭素は肥料だ」より

乳酸発酵液が効く
炭素肥料が限界突破を可能にする

石川雄一

 肥料のやり過ぎと少な過ぎは収益を減らすことを体感されている生産者の方が多いと思います。例えば、肥料が多すぎて、果菜類の棚持ちの悪さや生理落果に悩まされたり、逆に少なすぎて、生長点が止まり生理落花に陥ったりハダニが増えた経験をお持ちの方も多いでしょう。

 タップリと与えたチッソ肥料すべてが、障害を出さずに確実に高品質の農産物に変換できれば、収益増となります。ここでは、ふだん廃棄されている炭素資源が、土壌中の肥料吸収を旺盛にし作物の樹勢向上に役立つ「炭素肥料」になることをご紹介します。

炭素肥料でキュウリが激変

 宮崎市近郊でハウスキュウリを栽培する日高さんは、その年、春先から初夏の10a1日当たりの収量が50kg以下と、平年の半分しか出荷できずに悩んでいました。そんな時に散布したのが、糖蜜の乳酸発酵液を母液とする葉面散布剤です。

 図1は、日高さんのキュウリの出荷量の推移を示しています。葉面散布から数日後に出荷量が倍増し、それが継続しています。信じられないような結果でした。

 散布前のキュウリは、葉が真っ黒で、いわゆるツルボケして落花している状態でした。この年は、接ぎ木苗の台木を吸肥力が最も強い品種に替えたため樹が暴れ、日高さんによると「男樹」になっていました。そこへ乳酸発酵液を散布したところ、散布3日目から黒い葉色が薄くなり、流れていた果実が効果的に結実し、一日の平均出荷量は47kgから115kgに倍増したのです。

図1 炭素肥料(ルビスク)の葉面散布で
キュウリの収穫量が倍増(宮崎市・日高さん)

 表は、3回目の散布処理後に、葉汁と株元の深さ10cmの土壌中の硝酸値などを確認した結果です。葉汁の硝酸値は、1260ppmから270ppmへと低下し、黒い葉色が薄くなりました。抗酸化物質であるビタミンCとポリフェノール量は増加しています。一方、株元の土に含まれる硝酸イオンは、葉のそれと同様に119mgから7.5mgへと激減。土壌の電気伝導度(EC)も低下しています。

キュウリの葉汁と株元土壌の成分の変化(宮崎市・日高さん)

キュウリの葉硝酸(ppm)ビタミンC(ppm)ポリフェノール(mg/100g)
葉面散布区2703090158
無処理区12602360120

株元の土壌硝酸
(mg/土100g)
pH
(10g/水25ミリリットル)
EC
(mS/cm、10g/50ミリリットル)
葉面散布区7.56.260.23
無処理区119.05.911.02

 これは何を意味しているのでしょうか。葉面散布によって土壌中のチッソ肥料の吸収が促され、収穫量の倍増につながったと考えられます。暴れている樹に貯まっていた未消化の硝酸イオンがタンパク質へ代謝され、葉の硝酸値の低下にともなって葉と樹が変化した。その結果、土壌中の肥料が吸収され、生産量の倍増につながったと理解できます。これが炭素肥料の効果です。

液状の炭素を補給してチッソの代謝を促す

 植物は、空気中の二酸化炭素を炭素源として葉から、そして、硝酸イオンをチッソ源として根から、各々、取り込みます。植物にとって、根から水と一緒に吸収するチッソと、葉から取り込む炭素の双方は、生命活動の主人公であるタンパク質を作り出すための「ごはん」ともいえるものです。

 植物の体内に取り込まれた二酸化炭素は光合成で糖となり、硝酸イオン由来のチッソと結合してアミノ酸(炭素とチッソの化合物)ができます。健全な発育には、炭素とチッソの双方が不可欠です。このため、どんなに土壌を肥やして植物にチッソを多量に吸わせても、植物体液中の炭素量が少なければアミノ酸の生成量は増えません(図2の左側)。炭素と結びつけなかったチッソ(硝酸イオン)が残存する場合、作物には病気や害虫の食害が多くなり、農産物の棚持ちの悪さにつながります。

 そこで私たちは、大気中から取り込まれ光合成で固定化される炭素に加えて、葉から液状の炭素源を強制的に補給することを考えました。植物体内の炭素濃度は急激に増加するはずです。それにともない、体内のチッソがアミノ酸に代謝されうる下地が整います(図2の右側)。アミノ酸の生成量が増加すると、植物体内ではチッソが一時的に不足します。しかし、そのとき根の周囲にチッソ成分があれば、時間差があるものの、根から吸い込まれることになり、結果として土壌中のチッソ分が激減するはず――。これが、前述の乳酸発酵液を母液とする葉面散布剤の開発において、私ども大分大学とファームテック?が採用した基本概念です。

図2 炭素肥料の葉面散布によって増収
(アミノ酸生成が増加)

乳酸発酵液は、大豆煮汁やジュースからも作れる

 両者が連携して開発した炭素肥料は、葉から強制的に炭素を補給する葉面散布剤です(特許第4560723号、第4565238号、第4830134号)。

 主な原料は、安定して入手できる製糖工場からの高濃度糖蜜。それに、乳酸菌のチッソ源となる脱脂粉乳などの補助剤を添加しました。乳酸菌と酵母を組み合わせてこれを嫌気発酵させた水溶液の主成分は、乳酸、アミノ酸、ペプチド類と、発酵菌に利用されずに残っている糖の混合物。いずれも水に溶けた炭素源です。これを私どもは土壌かん注用として活用するほか、この発酵液にマグネシウム塩とGABA(ギャバ、アミノ酸の一種)などを添加して葉面散布剤としています。本稿では以後、この葉面散布剤のことを「ルビスク」(商品名)と呼びます。

 なお乳酸発酵液は、糖を含む水溶液であれば、大豆煮汁、果実などの糖液(ジュース)の残渣にタネ菌を添加することで、読者の方々が手作りすることもできます。ただし、原料である糖の濃度や発酵菌を殖やすためのチッソ源の組み合せ、添加量について試行錯誤が必要です。また、十分な滅菌処理がないまま発酵に挑まれた場合、強烈なニオイをともなう腐敗に至ることもありますのでご留意ください。

二酸化炭素の固定能力も高まる!?

 図3は、本誌2013年7月号83ページでもふれた、12月のハウス栽培バジルへのルビスクの散布効果を水のみを散布した場合と比較したものです。ルビスクを散布すると、散布後3日目で各イオン濃度が最低となり、8日後には元のレベル以上に戻っています。すなわち、ルビスクによりチッソなどの代謝が活発化し、硝酸値は一時的に低下するものの、不足した硝酸濃度を補うために、根を通じて再び硝酸が土壌から吸い込まれ、最終的には散布前よりも体内硝酸値が高まる結果となっているわけです。

 じつは、ルビスクを葉面散布すると、植物体内で「ルビスコ(RubisCO)」というタンパク質が増えることが私たちの実験で確かめられています(「ルビスク」という商品名も、ルビスコにちなんで名づけた)。ルビスコはマグネシウムイオンを含むタンパク質(酵素)で、空気中の二酸化炭素を体内に取り込んで炭素源として固定化する働きをしています。つまり、このタンパク質が増加したということは、炭素固定化能力が高まったことを意味します。その分、体内のチッソをアミノ酸に代謝できる量が増えるということです。図3のバジルの植物体内で、散布前より硝酸値やマグネシウム値が高まっていることと符合するとは考えられないでしょうか。

図3 バジルでのルビスクの葉面散布効果

ルビスクの販売元:ファームテック(株)  TEL0972-46-1600

 ただし、ルビスコの量は雨によっても変化することが知られており、ルビスクの葉面散布でルビスコの量がいつも増加するかどうか確かめるには、多様な生育ステージにある多品目の作物でもう少し実験を繰り返す必要があります。

多チッソ栽培でこそ効果を発揮

 乳酸発酵液中に溶けている炭素源を葉から直接供給することに加え、ルビスコの増加による二酸化炭素の取り込みが相乗すると、図2の右側に示したような「炭素の増加」になるはずです。この状態で株元の土壌に十分なチッソ(硝酸)が存在していると、チッソがよく吸収され、植物体内で代謝されるでしょう。ただし、株元にチッソがないままルビスクの葉面散布を繰り返すと、葉が黄化しチッソ飢餓状態を示します。乳酸発酵液にマグネシウム塩などを添加した溶液の葉面散布は、多肥型の栽培条件でこそ効果を発揮する技術です。

ネギが増収、味の評価も上々

 最後に、その実例を紹介しましょう。

 宮崎県都農町でネギを栽培する長野さんは、作物に対し、繊細な手間暇をかけることを信条とされています。その長野さんの、暑い盛りの夏場に出荷するネギは、葉色が薄く、養分が少なく、日持ちしない問題がありました。

 長野さんは、まず春播きのネギに対してルビスクを2回散布(7月)したところ、葉色が満足できる濃さになり驚きました。これが引き金となり、秋口に播種するネギに対して、苗の時から出荷するまで継続散布する試験を圃場全体で実施しました。

 次ページの写真は、9月3日に直播きし、11月23日まで1週間おきに9回ルビスクを葉面散布(展着剤を添加)した長野さんのネギを、同じ地区グループの方の葉面散布を行なっていないネギと比較したものです。葉面散布の効果が歴然としています。長野さんは、地区グループ内の他の農家より10日遅れて播種しましたが、収穫は他の農家より早く、収量も多く、葉面散布の効果にびっくりされていました。ちなみに、6回目の葉面散布後には葉色が抜けて薄くなったため、ルビスクに尿素を混用しています。

 増収と生育促進効果だけではありません。長野さんのネギは、出荷先の全国ネギが一同に集まったところで、味が良い上位のネギとして選ばれています。長野さんは「永年、ネギ栽培を行なってきましたが、一生懸命やってもなかなか結果が出ず苦労してきました。しかし、今後の栽培に自信が持てるようになりました。これからもルビスクを利用して、高収量、高品質ネギを栽培していきたい」と話されています。

乳酸発酵液のかん注だけでも根量増加

ルビスクの葉面散布でネギが増収
ルビスクの葉面散布でネギが増収
10本の平均重量(g)平均茎径(mm)全長(mm)硝酸値(ppm)
ルビスク散布47.0 11.87141260
対照区11.2 7.5476820

注)ルビスク散布区は9月3日播種、対照区は8月23日播種

 なお、ルビスクのような葉面散布剤は、乳酸発酵液にマグネシウム塩などを添加する必要があり、発酵液そのものに比べてコストが高くなりますが、発酵液だけでも土壌かん注すると顕著な根量の増加が確認されます。本誌2013年7月号ではスイートコーンのかん注事例を取り上げています。

 チッソ、リン酸、カリ、カルシウム、マグネシウム、その他の微量元素と異なり、これまで炭素が作物の樹勢向上のための補給の対象と考えられることはほとんどありませんでした。本稿では、廃棄されている糖資源を腐敗しにくい有機酸の発酵液とすることにより、根量を増やし、チッソの吸収と代謝を促す「炭素肥料」として利用できることを紹介しました。チッソなど一般的な肥料を施用するだけでは樹勢に富む作物にならないことはよくあります。そんなときは炭素肥料で強制的にチッソの代謝を促し、吸肥力を高めることが有効です。

(大分大学工学部応用化学科)

「田舎の本屋さん」のおすすめ本

現代農業 2013年10月号
この記事の掲載号
現代農業 2013年10月号

特集:頑丈肥料 ケイ酸 vs カルシウム
炭素は肥料だ/サトウキビでぜいたく堆肥/全国の畑に響き渡るヤマカワプログラム/混ぜてもっと効かせる光合成細菌/借りた畑、私はここから手をつけた/トロ箱栽培 最新事情緑肥、肥料で土壌病害・センチュウを防ぐ/「元肥一発施肥で増収」のワザ ほか。 [本を詳しく見る]

現代農業 2013年7月号 農家が教える 微生物パワーとことん活用読本

田舎の本屋さん 

もどる