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旧エルピーダ(現マイクロンジャパン)の新規メモリ技術の今後の扱いと日本の特許法制について

昨日発行のメルマガでエルピーダについて書いてみたのですが、「国費を投入したエルピーダの新規メモリ技術(Reram)が海外企業に流出することについてどう考えるか?」というご質問があったのでここでお答えします。これは大変重要な論点をはらんでいます。

そもそも事の起こりは「高速不揮発メモリ機能技術開発 」という平成22年〜平成24年に展開された総額10億円規模の研究開発プロジェクトに溯るのですが、このプロジェクトはDRAMとファイルメモリの一部機能を代替する新規のメモリ技術(通称ストレージクラスメモリ(SCM))を開発する、という名目で企画されたもので、公募を経てプロジェクトの体制は、【エルピーダー産業技術総合研究所ーシャープー東大(後に中大)竹内健研究室】の協業体制で勧められことになりました。そしてこのプロジェクトの担当者は私でした。

スクリーンショット 2014-04-01 11.39.13
(NEDO資料より:http://www.nedo.go.jp/content/100552243.pdf)

当時からメモリ業界は曲がり角を迎えており、DRAM一本槍での勝負は厳しいとの認識はあったのでエルピーダとの間で調整しながら、DRAMとのプロセス親和性が高いReramの開発を進めることにしました。Reramは大容量化のポテンシャルが高く書き込みと呼び出しのスピードが早く書き込み耐性がやや低いのでDramとSSDの間の潤滑油的な役回りが期待されていたのですが、メモリを単体で開発するだけでは安く買い叩かれて終わりなので、併せて新メモリを利用したコンピューティング技術を開発しようということで東大(当時)の竹内研究室がコンピューティング技術の開発を実施することとなりました。

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こうしてこのプロジェクトはデバイスー材料ーシステムと分野を超えて技術的に世界でも最高レベルのメンバーが集まって展開されたので、開発は順調に進捗して世界的にも評価される成果を数々出しています。いわゆるプロジェクト評価の場でも文句無しの高い採点をいただきました。

【評価委員会における桜井貴康分科会長のコメント】
〜大変立派な成果を得た、実施者の皆様のご努力に敬意を表したいと思います。「デバイスあるいは材料からシステムまで」という異分野連携の設定は、大変良い仕組みだと思いました。わが国は、いろいろな分野の産業あるいは技術が集積しているところが特徴的なので、研究開発差別化のうえで、このような特徴を生かした立てつけは有効だと考えられます。システムのレベルでは汎用性の高い技術が提案され、実証されましたし、デバイスあるいは材料のレベルでは物理的なメカニズムや新しいメカニズム等がわかったのは大変大きな成果だと思います。事業化でいろいろな問題が出たときに、物理がわからないと対処がわからずに事業化が阻害されますが、しっかりメカニズムが明らかになったのは重要なことだと思います。デバイスのレベルはバラつきの低減等、まだ多少課題はあるものの、デバイスとシステムを併せた領域に関する事業化を期待したいと思います.

唯一想定外だったのが、エルピーダに再び経営危機が訪れ途中でマイクロン(米)の傘下に入ってしまい日本の企業でなくなってしまったことでした。これが大問題だったのですがね。とはいえ成果の利用に関しては、NEDO-経産省側とエルピーダが契約で以下のような条項を結んでおり、一応エルピーダが外資になったからと言って必ずしも自由に使っていいという枠組みにはなっていません。

(研究成果の利用・普及)
第29条 乙は、研究成果の利用・普及に際しては、国内生産・雇用、輸出、内外ライセンス収入、国内生産波及・誘発効果、国民の利便性向上等の形を通じて、我が国の経済活性化の実現に努めるものとする。
2 乙は、甲が委託先を選定するに当たり乙が甲に提出した研究成果の事業化に関する計画(〜以下「事業化計画」という。)を変更しようとする場合であって、次の各号のいずれかに該当するときは、速やかにその旨を甲に説明するものとする。
 一 事業化計画を著しく変更しようとするとき。
 二 その他前項の規定の趣旨に影響を与えるものとして、甲と乙が協議してあらかじめ定めた条件に該当するとき。
3 前項において、事業化計画の変更が第1項の規定に抵触するおそれがある場合、甲は、乙に対して変更内容の改善を求めることができる。
4 (略)

とはいえこれは一種の紳士協定にすぎず、この契約を破ったからといって何ら罰則は無く、例えば此のプロジェクトで開発した技術に関する特許権をマイクロンジャパンがもっぱらライバル(例えば東芝)に対する訴訟や牽制のみに用いて実用化を図らなかった場合でも、経産省は強制力を持ってこれに抗議することはできない現状があります。アメリカなどではこうした事態を見据えてしっかり手当をしていまして、基本的に国費を用いて投入した研究開発によって得られた知的財産の活用に関しては「介入権(march in right)」というものが保証されておりまして、国が後からこうした事態に文句を言うことができる立て付けになっています。

日本でも形式上は特許法第93条において上記介入権に相当するような「裁定実施権」というものが定義されているのですが、一方でtrips協定という我が国が加盟している条約の中で裁定実施権については「半導体技術に係る特許については,他の使用は,公的な非商業的目的のため又は司法上若しくは行政上の手続の結果反競争的と決定された行為を是正する目的のために限られる。」と記載されており、非商業的な利用もしくは反競争行為に認定された場合に限定されています。なお条約は法律よりも拘束力があります。ここで日本の独禁法を見ると第21条には

第二十一条
この法律の規定は、著作権法、特許法、実用新案法、意匠法又は商標法による権利の行使と認められる行為にはこれを適用しない。

とはっきり書かれているため、知的財産権の活用に関しては競争法は何も言えない状態に近く、事実上骨抜きにされている状態です。なので当然特許の活用が反競争的と認定されることはあり得ないことになります。つま色々書いてきましたが、一言で言えば日本の技術法制は国費を投じて得られた知的財産が外国企業にどのように使われよう何も文句を言えない、という状況になっています。これは結構ヤバいことです。そうはいっても「これまで問題なかったじゃないか」という反論もあるとは思いますが、そもそもこれまで国費を投じた半導体の重要技術が外資に流れるという事例はほとんど無く、今回のエルピーダの事例が初のケースになるので当たり前の話です。

現在エルピーダからマイクロンに渡った技術は、15年以上かけてシャープがその現象を発見し、産業技術総合研究所が芽を育て、エルピーダが発展させ、その間に国費が少なく見積もっても20億は投入された代物です。しかも大変優れた成果を上げています。他にも半導体分野では、MRAMやHDDの高集積化、微細加工にむけた材料技術、といった分野で国費を通じて世界的に重要な成果が生み出されています。もはや国内の半導体産業は足腰が弱まっており、こうした知的財産の流出リスクがこの5年間で飛躍的に高まっています。先日の東芝の技術流出の話やエルピーダの事案は氷山の一角に過ぎません。

実は一度6年程前に経産省内部でもこうした技術流出の事態への対策をどうとるか議論したのですが、その時は時期尚早ということで検討結果はお蔵入りしました。しかしこの6年間で電機・半導体分野の産業構造が変わったことで、状況は大きく変わっています。そろそろこうした重要技術の管理体制に就いて、真剣な議論・法制の見直しが望まれる頃合いだと思います。端的に言えばそれは何よりも日本勢のライバルである韓国メーカーに対する大きな牽制になるでしょう。

何だか真面目な話になりましたが、ではでは今回はこの辺で。



うさみのりや
元・経済産業省官僚

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