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C A U T I O N ! ! !
この作品を読む事で、本編内のとあるキャラクター達の像が著しく損なわれる恐れがあります。
今ならまだ引き返せます。
「あー、食った食った!こんな美味い夕食が出るなんて…」
満面の笑みを浮かべながら、急須を傾けて湯呑に茶を注ぐ、黒色のラブラドールレトリーバー。
鍛え込んで筋張った上に薄く皮下脂肪が乗った逞しい体付きで、背も高い。右の目が青く左の目が赤味の強い茶色というヘ
テロクロミアである。
名は黒愛貫(くろえとおる)。高校一年生。
「初めてで驚いたと思うが、ウチの合宿はこうだ」
勧められた湯呑を受け取りながら応じたのは、大柄ででっぷり肥えた虎。
どこもかしこもタプンと皮下脂肪が堆積した肥満虎で、顔立ちは実年齢に十五ほど加えた程度に見られがち。
名は虎杖雷(いたどりあずま)。高校二年生。
「ぅや〜…」
驚いているのか感心しているのか、部屋を見回して頭頂部のアホ毛を揺らしたのは月ノ輪熊。
同年代の少年達に比べて体は随分大きく、中年レスラーのようなガッシリ堅肥り体型だが、立派なガタイに対して顔立ちに
は幼さが濃く残っている。
名は一一(にのまえはじめ)。高校一年生。
体格がいい少年達は、全員が青岳館高校の相撲部員。ただしニノマエだけは入部して間もない素人。
そんな三名が部屋の端に寄せられた木机を囲んでいるのは、手入れが行き届いた清潔な和室…旅館の一室である。
今日は毎期恒例の合宿で、なんと部員達は羨ましくも生意気にも温泉旅館に宿泊しているのである。
しかも稽古場は普段通り学校の物を使うので、泊まる場所が変わるだけで自宅通いの休日稽古と何ら変わらない。ぶっちゃ
けレクリェーションの性格が強い宿泊行事である。
宿泊先は市内にある旅籠東雲。二年生部員の六白豚…シノノメの家が経営している温泉旅館で、本館と別館合わせて70室
という観光ホテル規模。この宿は昔から青岳相撲部に合宿場所として部屋を提供していた。
これはシノノメの父親が学生相撲経験者だった事に端を発していた。その息子であるシノノメが相撲を取るようになったの
は、親がやっていたからというだけでなく、合宿に来る相撲部員達に遊んで貰ったりして、相撲に親しんだ事も一因となって
いる。
タナボタ的温泉旅館宿泊に、一年生部員のクロエ&ニノマエは初体験でソワソワしたりぅやぅやしたりしっ放しであった。
なお、お代の方は当然無料ではないが、格安である。
浴衣などアメニティグッズの提供も無く、料理も手間がかかっていない、素材を活かした量重視の物。部屋も定員プラス一
名の割り当てなのでやや手狭になってしまうが、これで大幅割引になるのだから文句が出ようはずもない。
かといって、旅館側にデメリットしかないという事も無い。纏まった定期収入が見込めるというのは接客業では大きいので、
混み合うシーズンを避けて年に数回確定で団体利用して貰えるのは、旅館側から見ても有り難い事だった。
「ちょ、ちょっと館内見て来ても良いですかね?オレこういうトコあんまり馴染みなくて…」
茶を淹れて間もないというのにソワソワし始めたクロエは、イタドリにそう窺いつつ「探検行かない?」とニノマエを誘う。
「それならば、風呂を貰うついでに湯涼みしながら散歩したらどうだね?」
フゥフゥと執拗に息を吹きかけて茶を冷ましながらイタドリが提案すると、クロエは「湯涼み…、散…歩っ…だと…!?」
と目を剥いた。
「い、良いんですかね?そんな…!?泊まって飯食って温泉に入って散歩して寝たりしても…!」
黒江貫。ちょっとした非日常にも贅沢を感じ取れる、ある意味とても得な庶民派男子である。
「構わんよ。冷水や茶が無料で飲める湯涼み用の中庭もある事だし、旅館も広く、あちこちにちょっとした休憩スペースもあ
る。他の客の迷惑にならんように気を付けながら、幸運に感謝して満喫しよう。儂もそろそろ汗を流してさっぱりしたい所だ
から、一緒に行こうか」
と応じるイタドリは、中学の修学旅行でもクロエはホテルでこんな具合であったと、幼馴染のロケット花火から報告を受け
ていた事を思い出す。何かと筒抜けである。
「じゃ、じゃあ風呂の支度して…、ハジメも一緒に行くだろ?」
「ぅや?」
顔を上げる月ノ輪熊。その手前には、旅館の客室でよく見る木のパズルが、何かの形を作るでもなく、まるで終盤戦に至っ
たジェンガのように絶妙なバランスで積み上げられていた。
「…これって、こういう遊び方をする物じゃないような…」
「ぅや?」
「温泉の匂い!」
「ぅや!」
曇りガラスが嵌った戸を開けて、蒸気を吸い込んだクロエとニノマエの顔が自然と綻ぶ。
広々とした浴場には大きな内湯。
手前側には壁際に洗い場が並び、滾々と湧き出る温泉がそのまま足下に流れている小さな汲み湯場には、情緒あふれるかけ
湯用手桶の列。
温泉は内湯に当たる大浴場だけでなく、壁の一面がガラス張りの大窓になっており、高い壁に囲まれた露天風呂スペースま
で設けられている。
時間帯的に丁度食休みの最中なのか、浴場には他の部員達の姿は無く、一般客もまばらだった。
山の斜面に乗り上げる格好で立つ旅籠東雲は、山中腹の源泉から温泉を引き込める本館三階をほぼ丸々スパフロアにしてい
る。男女同規模の内湯と露天ブースに加え、貸切風呂も四か所設けられていた。
「浴場広い!凄い!」
「ウチのお風呂何個分かなぁ…」
「この浴場だけでオレの部屋の七倍ぐらいあるよ…!」
ふたりの後ろにのっそりと寄ったイタドリは、顎下に手を当てて「ふむ」と頷いた。
「浴場と欲情は響きが似とるな」
「どうしてソッチ方向に持ってくんですかヤダーッ!」
振り向きざまに肥満虎の肩口へ突っ込みチョップを入れたクロエは、
「ハッ!こうしちゃいられない!堪能しないと!そして後から来るひとがつっかえないようになるべく急いで出ないと!」
どことなく貧乏性というか腰が低いというか変に気を回しすぎているというか…、まぁとにかく相変わらず思考回路が損な
タイプである。
「まずカケユだな!カケユ!」
「ぅやぅや」
「あとタオルは湯に浸けない!」
「ぅやっ!」
「あと何だっけ…?湯あたり注意?」
「ぅや。休憩がどうのって、入口の壁に書いてあった」
「こんなトコかな?」
「ぅやぅや」
持参したタオルをたたみ、早速手桶で温泉水によるかけ湯を試す黒いふたり。その後ろ、数歩下がった位置では…、
「ふむ。眼福眼福…」
左右に揺れる尻尾と、ピコピコ動く短い尻尾…、それぞれが付いている部位周辺を映してデブトラアイが光っている。かな
り身を乗り出して。
が、不穏な気配を察してクロエが振り向いた時には、電光石火の変わり身でタオルを頭に乗せて位置を調節している振りを
しつつ見事なまでに何食わぬ顔になっている。
(気のせいか…)
顔を戻す黒犬。再び光るデブトラアイ。
クロエー!後ろー!後ろー!
「外のお風呂、色々あるみたい…」
湯煙と曇ったガラスの向こうを透かし見ながら、ニノマエが目を細める。興味が掻きたてられるのか、キュッとすれば深い
エクボが浮く肉厚臀部の上で、短い尾が絶え間なくピコピコ動いていた。
「お?じゃあ先に外行く?オレもどうなってるのか気になってさ…」
「ぅや!」
意見の一致を見て歩き出すふたり。一方、イタドリは…。
「………」
貪るようにふたりのヒップラインや他のラインを観察するのに集中しており、カニを食しているひと以上に無口になってい
る。普段の稽古の際も裸を見まくっているだろうに…。
「いつでもマワシ一丁の稽古をしているとはいえ、局所は覆われとる。フルフロンタルにはまた別の味わいがあるのだよ」
さいですか。
「うわ。外も広いなぁ…!」
「ぅやぁ〜!」
ふたりが足を踏み入れた、高い壁に囲まれた露天風呂スペースには、学校のプールとプールサイドを合わせたほどの広さが
あった。
そこには岩に囲まれた岩風呂風露天風呂や、5メートルほど奥まで入れる洞窟風呂、ジャグジー付きの寝湯に、ひとり用の
壷風呂や樽風呂、打たせ湯など、趣向を凝らした様々な設備が用意されている。
「ぅや?アレ何?浅い…。手すりみたいなのが生えてる…」
「たぶんあれが寝転がって入るトコだよ」
目移りする中から近場にあった風呂を選んで、早速体験するふたり。
「下から…泡…?ジャグジーか?うっわー、気持ち良いー!」
「ぅやぁ!ボコボコ出て面白い!」
もはや先輩ほったらかしな二名だが、その先輩が視姦で大忙しで無口なのだから仕方がない。壺風呂から顔だけ出して熱心
に観察中である。
それに気付いたニノマエは、「ぅや?先輩が梱包されてる…」と、妙な感想を口にした。
「梱包じゃないよ、アレは…」
身を起こしつつ、説明書きにあった壺風呂だと応じかけたクロエは、何だかこんな具合の物を見た事があるような気がして
首を捻った。
そして、湯から出て壺の前までやって来ると、ミチっとややキツそうに収まっているその姿をマジマジと見つめる。
「どうかしたかね?」
イタドリに問われたクロエは、「いや、何ていうか記憶の隅を刺激されて…」と眉根を寄せた。
「…これ何かに似てるような気がするんだけど、何だろう…。どっかでこういうの見たような…」
「ぅや…。こういう見た目のおもちゃが…」
壷風呂に収まっている肥満虎を前に、しばらく考え込んだふたりは、やがて『あ』と声を重ね…、
『黒ひげ危機一発!』
ピッと指を立て合い、納得した。
「ふむ。危機一髪?」
「知りませんか?樽に海賊の人形が入ったおもちゃで、脇にある穴に剣を刺して行くんです。で、穴のどれかに剣を刺したら
海賊が飛び上がるんですけど…」
「ふむ。おもちゃを穴に挿すと飛び上がる…。それは実に興味深い。そそられるな」
「今の説明の何処をどのぐらい聞いて何をどう考えました!?いやいいです。答えなくていいです…」
頭痛を覚え、額を押さえて軽く頭を振るクロエ。
「ぅや…。ボクも入ってみる…!」
縁が高い壺の縁を跨ぎ、足を入れるニノマエ。跨ぎ越す際に、キュッと縮んだふぐりが覗くその股座に肥満虎が注目してい
た事は言うまでもない。
「どう?」
訊ねるクロエに、壷に収まって頷いたニノマエは、
「下からお湯と泡が出て…ぅや?」
応える最中に疑問形。
何がどうなっているのかさっぱりだが、壷に収まった月ノ輪熊はゆっくりと時計回りに旋回している。
「何それ?どうなってんの?底板とかが回ってる?」
「ぅや…?底は動いてないけど、お尻が浮かされて…」
そう訊かれた本人もさっぱりで、不思議そうに眉根を寄せたまま回り続けるニノマエ。
「これってアレ?中のジャグジーとか水流の影響?」
「かなぁ?たぶんだけど…」
「じゃあ何でアズマ先輩は回ってな…、ハッ!」
横を見遣って確認したクロエとニノマエは気がついた。
(…詰まって回らないのか…!)
いかにも、体積のせいである。
その後も、ふたりは…。
「さぅな!」
「もちろん入室!」
「ぅたせ湯ぅ!」
「もちろん体験!」
「ぅや!洞窟風呂!」
「もちろん探検!」
思う存分風呂梯子。趣向が凝らされた露天エリアはまるで小アミューズメント空間。ふたりはスパリゾートのような楽しむ
風呂を堪能する。
しかしこういう時、おっとこのことしてどうしても少し気になってしまう事があり…。
「…ハジメの、太いな…」
洞窟風呂の中から聞こえて来る、微かな声…。
どうやら、可愛い顔に似合わずゴンブトであるらしい。
「トオル君のもおっきい。…ぅや、長い…」
ラブラドールの方は本体と似たような具合であるらしい。
「ぅやん!」
洞窟内から響く声。外で聞き耳を立てていたイタドリは耳をピクンと動かし、中の様子を想像する。
もやんもやんぼわんと頭の上に浮かんだのは、浅い風呂の中で仰向けに倒されたノ輪熊に、黒いラブラドールレトリーバー
が覆い被さっている図。サイドビューで腰の間に薔薇の花が咲いて大事な所が見えなくなっている際どい図。ぅやんばかんと
言いながらもまんざらでなさそうな月ノ輪熊と、上から顔を被せてゆくラブラドールレトリーバーの図…。
(トオルもやるようになった物だ…)
ウンウン頷く肥満虎。だが…。
「あ、ごめん!…奥行きはともかく、ここ微妙に狭苦しいな…。お?一番奥から湯が出て、外に向かって流れ出る形になって
たのか…」
肥満虎の妄想に反して、洞窟内では破廉恥な出来事は一切なく、奥の行き止まりがどうなっているか確認しようとしたクロ
エが、誤ってニノマエの足を踏んだだけでしたからー、残念!
「ぅや。狭くて、灯りも外のと違ってランプみたいだから、探検気分」
「ああ、そう言われれば…。微妙に狭く感じるこのレイアウトも雰囲気作りかぁ…」
だが、そんな風に続いた会話など肥満虎は聞いていない。
「………」
妄想続行中で目がスナイパーのソレである。儂も混ぜれ。
いかにも鈍重そうな肥満体で、音もなく滑るように洞窟入り口脇の壁に寄ると、その内部が他の客が居る位置から見えない
事を確かめ…、
「やはり、絶好のポイントだったか…」
呟くなりそっと洞窟入口へ…。
「殺気!」
突如響く鋭いクロエの声。
次いで、洞窟内の黒犬が、正方形に近い形に折っていた濡れタオルを投擲する。ニノマエの分まで。
「りゃあ!」
ねらい
「せぇっ!」
うつぜー
当たればベシャァッ!と鋭くも湿った音を立て、平手ではたかれたような衝撃を受けるだろう二投。もはや先輩に対する気
配りとか愛とか希望とか友情とかその他諸々の色んなものが容赦を含めて全くないパワースローイングである。
だが、高速回転を加えて投擲され、手裏剣のように飛来した二枚のタオルを、虎ンザムか、それとも虎ハム(ボンレス的意
味合いで)スペシャルか、ひらりひらりと避けおおせるイタドリ。
「オレが外した!?」
揺れるボテ腹、弾む胸、ひらりと翻るタオル…。驚異の回避性能と悪夢のような動きに愕然とせざるを得ないクロエ。
「身持ちが堅いな、トオル」
あまり改竄しなくてもギリギリなセリフを、元ネタを知らないまま偶然吐く肥満虎。
「こんな公衆の面前でっ!」
他のお客さんの迷惑にならないようにうんぬんの話はどうなった?
「そうだそうだ!」
「しかしこの洞窟風呂の中ならば、そうそう見えんだろう?観測されなければセクハラは存在しないも同然。つまり迷惑には
ならん」
そう来たか。
「チクショー!そんなシュレディンガー的こじつけでっ!っていうかセクハラだって自覚してるんじゃないですかヤダーッ!」
何が起こっているのか知らず、事態を全く把握できず、ぅや?とアホ毛と首をかしげているニノマエの前へ、守るように立
ちはだかるように一歩踏み出し、肥満虎を牽制するレトリーバー。
相対する肥満虎の股間では、グッ…、ググッ…、と、一部が皮下脂肪に埋没した陰茎が太さを増し、鎌首をもたげている。
(間合いに入れたら…やられる!)
イタドリの動きは電光石火。クロエの反応は悪くない…どころか後の先を取る事に関しては部内でも屈指なのだが、イタド
リの手を完全回避する事は現時点では不可能。
おまけに今は相撲を取っている訳ではない。イタドリが取りに来るのはマワシではなく、際どいナニカである事は確実。
しかし対するクロエは応戦しようにも掴むべきマワシがなく、反撃に相手と同じ事をしたところで単にイタドリがヨロコぶ
だけである。
さらに、マワシを取らずに対抗しようと胸など合わせようものならば、そこからどんな流れに持ち込まれるかは想像に難く
ない訳で…。
(あれ?これって普通にどう転んでもアズマ先輩が得する流れなんじゃ…)
シナリオに敗北エンドしか入っていない勝負になる事請け合いである。
(なにそれヤダーッ!これどんな無理ゲー!?何か!何か手は…!?)
焦るクロエ。ゆらりとゆるりと緩慢に踏み込み、間合いを詰めたイタドリは、あと一歩で射程範囲内という所で…、
「くっ…!あ!サウナの中に太腿がグンバツな身長160弱の細マッチョアスリート(たぶん陸上短距離系男子)が!」
「むっ!?」
苦し紛れに放ったクロエの嘘に反応し、素早く身を翻してブシャーっと足元の湯を蹴散らしつつ内湯方面へ…。
「ウソでしょあんな嘘にも引っかかんの!?ダボハゼにも程があるでしょ!?」
一応危機回避したものの、クロエ本人が一番驚いている。
「と、とにかく!アズマ先輩と来てる時限定で虎穴になるこんな危険なスポットからは脱出だ!ひとの目を盾に体を洗ったら
もう上がろう!」
「ぅや?」
何も知らず、ニノマエはただただ首を捻っていた。
「あー、もー…!結局アズマ先輩のせいでゆっくりし損なったよもう…!」
ブツブツ呟きながら館内通路を歩くクロエ。
「ぅや?」
相変わらず何も知らず、何も気づかず、首を捻るニノマエ。
湯涼みもそこそこに離脱したふたりは、館内散策しながら時間を潰していた。
(先輩のリビドーが収まるまで、うろうろぅやぅやしてほとぼり冷まそう…。いやでも、同じ部屋で寝るんだから、これじゃ
危機回避になってない…?う〜!ハジメに魔の手が伸びる前に主将に頼んで、あっちの部屋に泊まらせて貰おうか…)
そんな対処策構想中のクロエが、垂れ耳をピクンと動かして足を止めた。
その視線は、ある客室のドアに注がれて…。
「ウノ!だははははっ!二抜けだぜぃ!」
「またリンリンが遅いしー!」
部屋の中から聞こえてくる、笑い混じりの大声。
「…何だろ、この知ってるはずがないのに知ってるような声…」
「ぅの」
「まぁ、実時間だと四月のあの日だからな、今日は…」
「ぅやぅや」
いくら特別編的特殊更新とはいえ、メタな発言は控えて頂きたい所である。
しばし立ち止まっていたふたりは、聞かなかった事にして歩き出す。と…。
「ジンクスの目がさー、こう、光が四つに別れるトコいーよな」
「お、イケるクチじゃねぇかお前。目っていやぁ、百式系統さんのデュアルアイの起動シークエンスも独特でカッコイイぜ」
通路の向こうから歩いてくる影を見て、クロエが盛大にコケる。
やって来たのは、小柄で細身な白黒兎と、大兵肥満のイリエワニ。
「お、ハジメだ。あとトオル」
「ようクロエ!指揮官機も一緒か!」
声をかけて来た一方は、湯上がりホコホコ、万遍なく湿気ったロケット花火こと因幡渡(いなばわたる)。
もう一方は、汗が引いておらずTN粒子(ツナ蒸気)を散布しているTNアームズ入江綱盛(いりえつなもり)。
「何で居るんですかツナさん!?あとバーナイーJr!?」
「ぅや!こんばんは!」
思わず声を大きくするクロエと、ペコリとお辞儀するニノマエ。
「気にすんな。今日はホレ、アレの日じゃねぇか。現実だと四月バカ」
いくら場外乱闘的特殊更新とはいえ、メタな発言は控えて頂きたい所である。
「そうだ!その四月の何とかだから気にすんな!俺も気にしねーし!」
たぶん本当に何も知らないイナバ。ある意味良い子である。
「ってか何その浴衣ずるい!オレ達は浴衣無しなのに!」
ビッ!ビッ!とふたりを指差すラブラドール。
サイズが合わないのか、イナバは袖が膝のあたりまでダランと下がって、裾に至っては引き摺っている。
逆にイリエは袖丈が極端に短く肩周りがパツパツ、胴回りにも無理があったようで、浴衣は前が締められず、豊満な胸と腹
が大きく露出している。
「あんだろ部屋に?浴衣はよ」
「無いんですよ!部活の合宿の格安宿泊だからグッズもゼロ!歯ブラシなんかもみんな持参なんですよ!チクショー浴衣ずる
い!」
浴衣への未練を訴えるクロエは、
「…ふふん!」
裾をドレスのように摘まんで上げてドヤ顔になったロケット花火にカチンと来る。
「ヌゲ!君は浴衣姿に相応しくない!」
「ヤメロ!」
ウサギとラブラドールが掴み合いに発展しそうになったそこで、
「その辺にしとけ。迷惑がかかんだろ、客に」
イリエがヒョイッとイナバの襟首を掴んで持ち上げた。
「部屋戻って食おうぜ、アイス」
「おー!ダーゲンハッツな!」
「うははは!語呂がいい間違え方だな!」
運ばれる子猫のように首後ろを掴まれてブランブランしながら遠ざかるイナバと、手荷物を運ぶように片手でそんな芸当を
披露しながらのっしのっし去ってゆくイリエの背を見送りつつ、
「ワタル…!浴衣に加えて…、アイス…だと…!?」
愕然として目を見開きながら呻くクロエ。
「何と言う贅沢…!万死に値する…!」
心なしか、悔しさと羨ましさを滲ませながらイナバを見つめるその目が光っているような気がする。
「フラグだよなー、死亡の。フラッグでハムさんスペシャル真似したヤツってよ、ハムさん以外はその出撃でしてんじゃねぇ
か?退場」
「フラッグのフラグか。そういえばさー、こないだ竹刀七本背中とか腰とかにくくりつけてったら先生に怒られたぞ?何で駄
目なんだ?」
「さぁなぁ。剣道の事はあんま判んねぇからな、俺。セブンソードだったら強そうなのにな」
「だろー?」
何かが決定的に間違っているような気がしながらも、もし突っ込んだら、切りがない泥沼底抜け脱線ゲームに陥りそうな懸
念から、そして悔しさと羨ましさを堪える余裕の無さから、わなわな震えながらふたりを黙って見送るクロエ。ぅやぅや手を
振りながら見送る何も考えていないニノマエ。だが…。
「あ。後で遊びに行くからよ。何処だ部屋?」
「饅頭あるか?こしあんのヤツ」
「これ以上混沌としたら堪んないから来ないで下さいツナさん!来るなワタル!お前にやる饅頭など無い!」
流石に黙っていられなくなったクロエは、力一杯怒鳴った。
「…居ない、か?」
部屋に戻り、上り口から襖を少し開け、内側を窺った黒犬は、ホッとしながらも訝しむ。
「他の先輩達の所に遊びに行ったのかな?」
「ぅや?アズマ先輩帰ってない?」
「うん。まぁ、今の内に伸び伸びと…」
表情を緩め、襖を大きく開けて足を踏み入れたクロエは、
「待ちかねたぞ、少年」
「ぎゃあああああああああああっ!」
横からがっしり手を掴まれ、悲鳴を上げた。既にパンツ一丁臨戦態勢の肥満虎に。
「衆目は気にせねばならん。が、ここならば問題ない。…モーマンタイ」
「今何で言い直したんです!?じゃなくて、衆目は無くても他の目が…」
言いながらチラッと視線を向けた部屋の入口には、しかしニノマエの姿はない。
「あれ?」
眉根を寄せたクロエは、敷かれていた布団の方へと顔を向け…。
「ゥヤァ…」
黒犬と肥満虎が視線を注ぐ先には、こんもり膨れた端っこの布団。
引き上げて被った布団は顔まで隠し、端からアホ毛だけがピョコンと覗いている。
「そこは心配ない。ハジメならばあの通りスヤスヤ寝とる」
「ピ○ミンみたいになってますね…」
就寝が電光石火。この状況に毛ほどもお構いなしにオフトンインである。
初めての合宿。自分の物では無い布団。そんな要素など全くお構いなしの、驚異的なマイペースさで即時熟睡。稽古で疲れ
たのか、それとも案外神経が太いのかは、判断が難しい所だ。
(もしかして、親しい友達が少ないのって、このマイペース具合も原因の一つなんじゃ…?)
「とにかく。これで目を気にせず楽しめるな、トオル」
「ヤダーッ!」
両上手で捕らえられ、体重を浴びせられてよろめきながら悲鳴を上げるクロエ。
押し倒されたらヤラレル!ヤラシクヤラレル!
そんなピンチに、まるで何かとリンクしたようにクロエの両目がギュワーっと金色に光る。
ドスン
「えふぅっ!」
でも光っただけで別に何も無かった。
「タスケテー!」
「あまり大きな声を出すと、ハジメが起きてしまうぞ?」
「ヒーッ!」
涙目のクロエ。上になって動きを封じつつ、嫌に手慣れた様子で抵抗をいなしつつ、ジャージを脱がせにかかるイタドリ。
だが、そこへ…。
「何してやがる!」
鋭く浴びせられる声。
ハッとクロエが見遣った部屋の入口には、二年生の灰色狼…、厳しさ担当の蘭文哉(あららぎふみや)の姿。
(良心がキターッ!)
予想外の助け舟に顔を輝かせるクロエ。
「馬鹿野郎!」
アララギは鋭い顔を険しく歪ませ、一喝した。
「ここに何しに来てると思ってんだ!余所と合同じゃなくとも強化合宿なんだぞ!しかもここには一般のお客さんも泊まって
る…、浮かれて弛んでんじゃねぇ!」
そのとおりですよ!と心から喝采を送るクロエ。
しかし…。
「まぁいいじゃない。こういう機会のスキンシップも、大事だと思うよ?」
一緒に来ていたのか、死角になっていた襖の脇からスッと現れ、アララギの右腕を両手で抱くようにして捕らえたのは、赤
茶と白の鮮やかツートンカラーボルゾイ…同じく二年生部員、エレガント担当の事執余助(こととりよすけ)。
「何言ってやがる!スキンシップにしても、中身が中身…!」
反論しかけた灰色狼は、しかし…。
「こっちはこっちでスキンシップだぞー?温泉に来たらリラックスしなくっちゃだーね」
反対側から現れて、アララギの左腕をしがみ付くように抱き捕らえたのは六白豚…この旅館の息子にしてこれまた二年生部
員、まったり担当の東雲日出(しののめひので)。
「し、しかし…」
両腕に抱きつかれながらも、なお反論しようとした灰色狼は、
「さぁ、僕らも部屋に戻って」
「ゴロゴロするぞー」
右からシャンプーが香るふんわり毛並み、左から程よい弾力のある豊満ボディ、そして両側からの誘いの囁きを受けて…。
「コホン…」
小さく咳払いをした。
「あー…、あ、あれだ…。あまり、さ、騒がしくは…するんじゃねぇぞ…?」
予想外にユルい対応の厳しさ担当。
(良心が死んだーっ!)
絶望顔のクロエ。
そして三名が退散すると、
「さて、邪魔者が消えた所で…」
邪魔者っつったよこのひと。
「続けようかトオル」
「ヤダーッ!」
脱がせ再開。悲鳴も再開。しかし、
「おいアズマ。何をしている?騒がしい…」
そんな声と共にのっそり姿を見せたのは、青銅色の巨漢牛。青岳館相撲部主将、角田泰治(かくたたいじ)。
眉根を寄せて顔を顰めているカクタが目にしたのは、仰向けに押し倒されてジャージの上を剥かれ、肌着に覆われた胸板を
晒しているクロエと、その上へ馬乗りになり、今まさにシャツをたくし上げようとしているパンイチイタドリの、攻守で火花
を散らしパンツのゴムを握り締めている四つの手…。
(最後の希望キターッ!)
ぬっと立つカクタの金剛力士像のような頼もしさに、泣き笑いの顔になるクロエ。動きが封じられてもなお、安堵と喜びで
尻と布団の間で尻尾が暴れる。
事態が飲み込めていない青銅色の牛は、立ち尽くしたまま、動きが止まったふたりをしばらく眺めていたが…。
「ふむ。せっかくですから、主将も参加なさっては?」
「何言ってんですかヤダーッ!」
イタドリの問いかけと、クロエのツッコミがぶつかる。
カクタは返事をしなかった。
返事をしないまま、首元に手を掛けてジャージのジッパーを引き下ろし…。
(最後の希望ーっ!?)
あっさり崩壊である。
「オレ孤立無援じゃないですかもうヤダーッ!」
「ゥヤァ…」