会員制国際情報サイト

STAP論文「なぜ」を問わずに組織防衛に走る「理研」(下)

  • 17 投票, 平均値/最大値: 4.94 / 517 投票, 平均値/最大値: 4.94 / 517 投票, 平均値/最大値: 4.94 / 517 投票, 平均値/最大値: 4.94 / 517 投票, 平均値/最大値: 4.94 / 5 (17 投票, 平均値/最大値: 4.94 / 5)
    投票する為にはユーザ登録する必要があります。
    読み込み中 ... 読み込み中 ...
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

トカゲの尻尾切りでは再生できない(野依理事長) (C)時事

「過去数百年にわたる細胞生物学の歴史を愚弄するもの」―― 。

 理化学研究所発生・再生科学総合研究センター のグループが、STAP細胞に関する論文を最初に 英科学誌『Nature』に投稿した際、レフェリーはこんなコメントを付けて、掲載を却下した。 小保方晴子ユニットリーダーが自ら、記者会見で披露したこのコメントこそ、混迷・混濁するSTAP騒動を正しく読み解くカギといえる。

 STAP細胞について、日本のメディアは、再生医療への応用だけを異様にクローズアップした。発生と分化に関する生物学の常識を覆す驚天動地の大発見、という基礎科学上の意義については、過小評価というよりも、ほとんど無視してきた。これは、日本の科学風土に深く沁みついた「応用の罠」の典型例であり、今回の騒動を生んだ構造的要因でもある。

 発表者自身、STAP細胞の科学的な意味合い、生物学上の「定説」の大転換については、ほとんど触れず、説明もしていない。今年1月末に理研がセットした成果発表の記者会見でも、STAPは比較的簡単に作れる万能細胞で、ほとんどの臓器、組織を生み出せるので、再生医療の切り札になりうると、応用の夢だけが繰り返し、繰り返し強調された。

 血球や皮膚など、いったん分化した細胞から得られる万能細胞、という意味では、iPS細胞とSTAP細胞は同じ範疇に入る。iPS細胞は開発からあまり間をおかずにノーベル賞を受け、今、世界中で再生医療に向けた実用化研究が加速している。日本国内では、戦略的な研究テーマとして、人材も資金もかなり手厚く投入されている。

 同じ日本生まれの万能細胞だけに、理研のチームがiPS細胞を意識して、STAPの新規性や比較優位を印象付けようとした気持ちは理解できる。

 しかし、比較にこだわり過ぎ、「弱酸性の液につけるだけで、万能細胞になる」などと、簡便さをいささか過剰に主張したことに、「?」を感じた研究者は少なくないだろう。

 メディアは悪乗りして、既に応用面でもiPSよりはるかに優位にあるかのような全くの「虚報」を流布し、iPSの開発者である山中伸弥京大教授が、それを遠慮がちにたしなめる一幕もあった。

 

金看板とブランドに……

 iPSに対して比較優位を述べたてた当初の広報戦略は誤りで、反省している、と理研の幹部は最近言明している。実際に論文の著者グループ以外からは、1件もSTAP細胞の作成例は報告されていない。手法は簡便とは言い難く、収率もそう高くない事を、著者らも認めはじめているらしい。

 ただし、多くの研究者たちの感じた「?」は、行き過ぎた広報戦略や、少々前のめりな発表者の口ぶりだけが原因ではない。「弱酸性の溶液につけるとか、細いパイプを通すなどという、単純な物理的・化学的刺激で、高度な分化を遂げた哺乳類の体細胞が、簡単に発生の初期に先祖がえりしたり、万能性を獲得したりすることが、本当にありうるのか?」という、STAP細胞の存否そのものにかかわる本質的な疑問である。

 最初の論文をリジェクトした『Nature』誌のレフェリーのコメントほど強烈な拒否感ではないが、哺乳類の分化した体細胞は簡単には初期化しないという、発生生物学の常識からくるSTAPへの「?感」は、基礎研究者の間では共通で、相当に根強い。

 はるか昔に生物学科を卒業した筆者も、STAPに関する新聞記事を最初に読んで思ったのは、「ほんとかよ、コンタミじゃないの」というものだった。

 コンタミネーション=異物の混入による汚染は、生物実験では最大の禁忌とされる。STAPは、いったん分化したリンパ球のT細胞が酸性刺激で万能化したのではなく、試料の中に、ES(胚性幹)細胞のような未分化の万能性を持つ細胞が最初から紛れ込んでいたのではないか、と疑ったのである。

 こうした疑問がすぐに表面化しなかったのは、ひとえに『Nature』誌と理研のブランド力によるものであろう。「この分野の権威者がレフェリーを務め、共著者に高名なシニア研究者が名を連ねているのだから、まさか」――。合理的評価が身上の科学界も、冷静を旨とすべき科学ジャーナリズムも、金看板やブランドには、とても弱かったということかもしれない。

 

作法を弁えないお点前

 そんな中、日本分子生物学会がいち早く3月3日に、大隅典子理事長(東北大教授)名の緊急声明を発表し、研究不正の真相究明を急ぐよう理研に強く求めた。基礎研究者、分子生物学者の多くがSTAP論文に抱いた疑念を、社会に向けて広く発信したのである。しかし、メディアの扱いは決して大きくはなかった。

 分子生物学会は続いて、3月11日には学会としての声明を出した。その中でSTAP論文について、「多くの作為的な改変は、単純なミスである可能性を遥かに超えている 」と指摘、捏造の疑いが濃厚であることを示唆した。科学界を代表する組織、日本学術会議が、理研に事実解明と迅速な対応を求めたのは、ずっと遅れて、3月19日になってからだった。

 筆者自身の出遅れ、ふがいなさも含めて、今回のSTAP騒動では、日本の科学ジャーナリズムと科学コミュニティの真価が厳しく問われている。

 定説をドグマ(教条)のように信奉し、既成概念に凝り固まった頑迷固陋の輩が、世紀の大発見を頭から否定してかかる―― 。お約束のこうした構図を打ち破るにはまず、STAP論文が、確かな証拠を、「作法」に則って提示しなければならなかった。そうすれば、世界の科学界は発生生物学の大転換も、再生医療への大いなる可能性も、しっかり受け止めただろう。

 論文に多少の不正はあっても、STAP細胞の存在自体が否定されたわけではない、という声をよく聞く。せっかくの新しい可能性の芽は残しておきたいという気持ちはよくわかる。しかし、実験科学では、作法の正当性と、結果の正当性を、分けて扱うのはとてもむずかしい。

 適切な例とは言えないかもしれないが、茶道で、作法を弁えないお点前が、おもてなしたりうるかどうか。一期一会の思いも、和敬清寂の心境も、不作法では客に伝わらない。

 

不可欠な「なぜ」の究明

 今回のSTAP論文は、引用を明記しない丸ごとのコピペ(盗用)、条件の違う電気泳動画像の切り貼りと挿入(改ざん)、実験材料も実験条件も違う無関係な細胞画像の流用(ねつ造)と、研究不正の三冠王、あるいは不正の三役そろい踏みであることは明々白々である。

 論旨のコアとなるSTAP細胞の多能性を示す証拠写真がニセモノだったわけで、論文の信用性は大きく毀損された。

 存在しない事を証明するのは、科学的には至難の技で、STAP細胞の存否が確定するまでには、まだ相当な時間を必要とする。それまで、論文は不正だったが主張は真実かもしれない、などという日本的情緒空間に、関係者を閉じ込めておくのが正解なのだろうか。

 春秋に富む 若い女性研究者と、その研究を強力にサポートしたシニア研究者が、様々な疑惑や憶測にまみれたまま、棚ざらしにされ、自壊してゆく。そんな図式を回避するためにも、不正に関する明快な断罪が、急がれる。

 論文の撤回や関係者の辞職などでは、事態は決着しない。不可欠なのは、不正の「なぜ」を突き詰めることだ。何故に、こんなハイリスクの不正が公然と行われたのか。当事者の説明は省略すべきではない。本人の説明抜きで、個人の人間性などにさりげなく責任を転嫁しながら、トカゲのしっぽ切りで幕を引く行政的結末を容認してはなるまい。

 

応用の罠

 再生医療の主役となる万能細胞には、発表順に、ES細胞、iPS細胞、STAP細胞と3つある。ES細胞は受精卵を壊して作る。再生医療に用いるには、人間の原基ともいえるヒトの受精卵をいったん作り、それを破壊して必要な組織や臓器の細胞を得る。生命倫理の上からは、医療応用には高くて厚い壁がある。

 iPS細胞は、生命倫理上問題になる卵子や精子、受精卵などの生殖細胞を使わない。皮膚組織など、分化した体細胞から作る。遺伝子組み換え技術を使って、細胞の設計図と分化のプログラムを書き換えることで、万能性を持たせる。これは細胞生物学的基礎の上に築かれた新しい発展であり、学問の歴史を愚弄してはいない。

 生命倫理上のハードルがほとんどないiPS細胞は、弱点とされた癌化のリスクを、遺伝子導入技術の改良研究を積み重ねることで克服しつつあり、再生医療の大本命とされる。開発者の山中伸一京大教授は、論文発表から異例のスピードで、ノーベル生理学・医学賞を受賞した。

 iPS細胞に完全に追い抜かれた格好のES細胞の方は、臨床応用というより、発生と分化の仕組みを解明する実験材料として、マウスでつくったものが広く研究機関に提供されている。

 1個の受精卵から細胞分裂で生まれた、全く同じ遺伝情報を持った細胞群が、発生・分化の過程で、姿かたちも機能も全く違う別々の臓器や組織に変化してゆくのはいかなる仕組みによるものか。いったん分化した体細胞は、数十年間も安定して同じ細胞をコピーし続けるのはどうしてか。基礎科学的な生命の謎を解く絶好の実験材料、というのが、現在のES細胞のポジションと言える。

 今回の騒動の舞台となった、理研の発生・再生科学総合研究センターの研究陣には、ES細胞を扱っていた人が多い。副センター長で、STAP論文を主導したとされる笹井芳樹博士は、ES細胞研究の国内の第一人者とされる。

 前述した日本の研究風土に潜む「応用の罠」によって、研究資金も人材もみんなiPSに流れる中で、ES細胞の研究者が、いささか失意の中にあったのは想像に難くない。そんな時、同じ研究所の若手研究者が、iPSに対抗しうるかもしれない、体細胞由来の応用面では倫理的ハードルが低い万能細胞=STAP細胞を見つけたと報告してきたら、彼らはどう受け止めただろうか。

 ここで科学者の原点に立ち返って、単純な物理的・化学的刺激で、哺乳類の体細胞が初期化したという証拠を、基礎科学的に厳密にチェックしていれば、不正な論文は『Nature』誌に掲載されず、騒動も起きなかったはずだ。応用偏重の研究行政に翻弄された研究者自身が、応用の罠にまんまとはまってしまったのかもしれない。

 

欠けている「自然科学への敬意」

 日本社会では、科学は未だに「便利な打ち出の小槌」でしかない。明治維新で西洋の科学や技術を取り入れたものの、富国強兵の手立てに過ぎなかった。文明開化と言いながら、知的探求の自由や自然科学への敬意は、和魂洋才という掛け声のもと、ほとんど無視されてきた。

 明治期にお雇い外人教師として来日した化学者、ベルツ水で有名なドイツ人のベルツ博士は、東大での記念講演でこう語っている。日本人は基礎の科学研究で知的格闘をせずに、誰かが実らせた果実だけを得ようとする。それも、手を伸ばせば届くところにある、大きくて熟した果実を。

 役に立つ成果を苦労せずに頂戴しようという姿勢は、第2次世界大戦後も基本的には変わっていない。ノーベル賞に関する『フォーサイト』の拙稿(「ノーベル賞の『秘められた寓意』――日中韓に蔓延する事大主義を嗤う」2012年10月18日)でも指摘した ように、欧州の科学観にそのまま染まる必要はなく、 応用を常に念頭に置いた日本的な発展の仕方があってもいい。しかし、神と戦って研究の自由と合理的な思考を手に入れた、西洋自然科学の哲学的側面は学ぶに値する。

 今回の STAP騒動は、日本の研究者育成システムの弱点を浮かび上がらせた。すぐに役立つ学生を求める産業界の要請にこたえて、大学の教養課程を簡略化、省略化してきた結果、一般教養のレベルが著しく低下している。

 大学院の専門教育を充実すれば、一般教養などなくても立派な研究者は育つ、というわけではない。20年前、企画取材でインタビューした欧米の素粒子物理学や生命科学のノーベル賞学者たち は、源氏物語や徒然草について、筆者に議論を仕掛けてきた。それに比べると、知的基盤の薄い、狭小な専門領域に偏した、すぐ隣の研究分野にすら関心を抱かない“タコ壺 学者”を、日本の大学院システムは量産しているのではないか。

 今回の騒動でつくづく感じたのは、特定分野の「生命現象」については細部に至るまで精通しているであろう先端的な研究者が、玄妙にして不可解な生命や生物の総体、存在そのものに対しては、興味や敬意を欠いているのではないか、ということである。

 STAPの論文不正は、関係者が説明責任をきちんと果たして、「再生」への道を1日も早く歩み出すことを期待する。トカゲのしっぽを切り落としても、それが強引で人為的な操作である場合は、尻尾はまともに再生せず、トカゲ自身も体に変調をきたして死に至ることが多いという。再生科学を看板に掲げる理研なら、先刻ご承知のはずだ。



執筆者:塩谷喜雄

科学ジャーナリスト。1946年生れ。東北大学理学部卒業後、71年日本経済新聞社入社。科学技術部次長などを経て、97年より論説委員。コラム「春秋」「中外時評」などを担当した。2010年9月退社。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

最新記事

  1. 「野党」より「与党」が気になる安倍政権の「火種」
  2. 深刻な低迷続く“AVメーカー御三家”問題の深層(パナソニック編)
  3. STAP論文「なぜ」を問わずに組織防衛に走る「理研」(下)
  4. 「子供を産む=結婚」という文化的制約
  5. 3.11から3年(下) 光は外から――      共同体の崩壊と再建

この記事のコメント: 4

感動しました。記事に。知的格闘をせずに熟した果実を手に取ろうとする・・・そうですね。反省します。したといって、自分になにができるか、自分の能力を思ったら気が遠くなりますけど。知的格闘の山頂をまぶしく見つめるばかりです。
なぜ、にどんな答えが出るのか、期待して待ちます。

塩谷氏の記事で専門家や研究者の間に巾広い教養が不足していることや、自然科学全体に対する哲学の不足の指摘があるのは、全くその通りだと感じました。
特に、最近のゴーストライターや、博士論文の代筆による博士号取得の噂など、知性や専門性というものに対する尊厳をないがしろにした事例を聞くにつけ、その感を強くします。
ただ、比率としては多くはなく、日本人特有のベルツ博士のいう「手短に大きな果実を求める性質」がそう簡単には改まらないということが明らかになったということではないでしょうか。お隣の国もそのような傾向が強いと思います。
ここは、本当のことを理化学研究所が自ら明らかにし、「人の噂を75日」待ったり、「水に流したり」せずに、客観的、科学的に検証して、日本にもまともな研究者が存在することを示すべきと考えます。

「ネイチャー」誌の歴史を調べてみますと、定説への挑戦の科学誌として編集されて来たようです。この編集方針は、現在もあまり変わっていないと思われます。この為、議論を呼ぶ、テーマも過去に取り上げられています。(ユリゲラー、ホメオバシー等)
ネットで調べてみますと関連した解説記事の訳文が掲載されていましたので一部ご紹介します。
Nature ダイジェスト 特別公開記事
「外部刺激でも体細胞を幹細胞化できる!」
上記タイトルで検索すれば、日本語で読む事が出来ます。
この中で、
『この研究結果によって、長年続くある議論がさらに激しくなると考えられる。これまでさまざまな研究グループが、哺乳類の体内で多能性細胞を見つけたと報告していることと関係があるからだ。例えば、ミネソタ大学(米国ミネアポリス;論文発表当時の所属)の分子生物学者Catherine Verfaillieが報告した多能性生体前駆細胞(MAPC; multipotent adult progenitor cell)などがそれに当たる。ただ、MAPCにおいては、他のグループが再現しようとしてもなかなか成功しない。』
との記載が有り長年の議論に一石を投じると言う本科学誌らしい、掲載ととる事も出来るように思います。この辺の議論が、望まれる所と思うのですが。

内容が難解なため、コピコばかりになって済みません。

STAP論文は、期せずして、わが国の科学界に内在している問題を明るみにしたということなのですね。塩谷氏のレポートはそのことを指摘しつつ、素人にも理解できるように問題のポイントを整理されているようで、理解しやすく拝見しました。

時あたかも袴田事件の死刑囚の再審と氏の釈放のニュースが報道されました。警察による証拠ねつ造まで発展しています。なにやらSTAP論文騒動と袴田事件には共通するものがあるような思いになります。

科学においては真理の追究、司法においては真実の探求が本来の、究極の目標のはずでが、現実には科学界も司法界もそれ以外の得体の知れない魔物が大手を振って闊歩しているようで、こんなことでわが国は大丈夫なのかと思わざるを得ません。

STAP騒動に関して言えば、論文が誤謬などというものではなく、不正と言われるほどの虚偽・虚構に基づくものであるとするなら、それは真理に背を向けることであり、科学の自己否定ということになります。刑事事件でさえ虚偽、虚構が暴かれるような時代です。ましてより厳密なかたちで真理が問われる科学の世界ではたやすく暴かれてしまうことでしょう。そうしたことがわかっていながらどうして虚構の誘惑に負けてしまうのか。世人には理解できません。それほどまでに科学界は幼稚で、非常識なのか。果たして教養教育軽視のなせるわざなのか。

研究者も権威ある研究機関も以上のような分かり切ったことを失念し、真理の追究以外のことにうつつをぬかし最大の価値観を置くことに何の戸惑いも罪悪感を覚えず、むしろそれがその界の常識なのだと思い込んでいるなら、誠に嘆かわしい事態です。

塩谷氏のご懸念は、そのようなところまで踏み込んで指摘されているようで、門外漢としてもよくよく考えてみる必要があることを指摘されているように思います。

もっと見る

お知らせ

最新注目記事

最新コメント