(テーマ音楽)漫画家中沢啓治さん。
原爆が投下された広島を描いた漫画「はだしのゲン」の作者です。
自らの被爆体験に基づいた作品を通して戦争や核兵器のもたらす悲惨さを訴え続けました。
中沢さんは昭和14年広島市で生まれました。
昭和20年8月6日。
6歳だった中沢さんは爆心地から1キロほど離れた学校の前で被爆。
自宅は倒壊し下敷きとなった父と姉弟が炎に包まれて亡くなりました。
小学生の頃から漫画を描く事が大好きだった中沢さん。
中学を卒業すると働く母を助けるため看板を描く仕事に就きます。
しかし漫画家になる夢を捨てきれず21歳の時に上京。
アシスタントの下積みを経て2年後にデビュー少年向けの娯楽漫画を次々と発表します。
このころの中沢さんは「原爆の記憶から逃れたい」という気持ちでいっぱいだったといいます。
転機が訪れたのは27歳の時原爆病院に入院していた母キミヨさんが亡くなります。
中沢さんは火葬された母の骨を拾おうとしてがく然としました。
怒りをぶつけるように中沢さんは原爆をテーマにした漫画を描き始めます。
被爆によって人生を変えられてしまった人々その思いを架空のストーリーを通して描きました。
やがて中沢さんはこれまで語らなかった自らの体験を作品にします。
自伝漫画「おれは見た」。
被爆から歩んできた日々を45ページに凝縮しました。
昭和48年「はだしのゲン」の連載が始まります。
中沢さんは自らの分身であるゲンの目を通して広島の惨状を克明に描きました。
脳裏に焼き付いた人々の変わり果てた姿。
遺体を焼いていた兵士は髪が抜け血を吐いて死んでいきます。
ゲンも髪が抜け始め死の恐怖におびえます。
中沢さんはこの作品で記憶から遠ざけてきた家族の死にも改めて向き合いました。
(中沢)炎の中から弟の泣き叫ぶ声がもろに聞こえてくる「おかあちゃ〜ん熱いよ〜熱いよ〜」って言う声がねもろに聞こえてくる。
「はだしのゲン」は大きな反響を呼びこれまでの発行部数は1,000万部を超えました。
戦後の若い世代を中心に原爆の悲劇を改めて伝えたのです。
「はだしのゲン」をきっかけに中沢さんは被爆体験を積極的に語り始めました。
原爆の実相を是非広島発信で…。
海外にも度々足を運びます。
漫画家中沢啓治さん。
「はだしのゲン」を通して平和の大切さを生涯かけて訴え続けました。
中沢さんは焼け跡でたくましく生きていくゲンの姿に更なるメッセージを込めていました。
2014/02/15(土) 05:40〜05:50
NHK総合1・神戸
NHK映像ファイル あの人に会いたい「中沢啓治(漫画家)」[字]
原爆が投下された広島を描いた漫画「はだしのゲン」の作者、中沢啓治さん。被爆体験を元に核兵器のもたらす悲惨さを訴えた中沢さんが「はだしのゲン」に込めた思いを語る。
詳細情報
番組内容
原爆が投下された広島を描いた漫画「はだしのゲン」の連載開始から40年になる。作者・中沢啓治さんは、自らの被爆体験を基に、戦争や核兵器のもたらす悲惨さを訴え続けた。昭和20年8月6日、6歳だった中沢さんは、爆心地から1kmほど離れた場所で被爆し、父と姉、弟を失った。昭和48年から連載を始めた「はだしのゲン」は、戦後の若い世代を中心に大きな反響を呼んだ。中沢さんが「はだしのゲン」に込めた思いを語る。
出演者
【出演】中沢啓治
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
情報/ワイドショー – 芸能・ワイドショー
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サンプリングレート : 48kHz
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