あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「宮城県南三陸町 鎌田眞人さん」 2014.02.13

さて次回は何をやるんだろうね。
あれ?随分きれいな山がありますね。
きれいな山ですね。
この山は八ヶ岳です。
次回の舞台はなんと長野県でございます!長さんが以前勤めていた佐久市っていうのは地域医療が非常に進んでいる町なんですね。
そういえば長野県は男女共に長寿日本一なんだよね。
そうなんです。
長さんの原点を訪ねながら長寿になった秘けつにも迫っていきます。
楽しみ!宮城県南三陸町の医師鎌田眞人さんはおよそ1,000人の避難者の命を守りました。
あの日鎌田さんは海岸近くに建つ病院で診察をしていた時大きな揺れを感じました。
鎌田さんたちは避難所となっていた歌津中学に逃げました。
その後発生した津波は町をのみ込み中学校のそばまで迫ります。
鎌田さんはフェンス越しにその様子を見ていました。
10mを超える津波が町を破壊していきます。
鎌田医院も流されました。
翌朝体育館を出た鎌田さんは被害の状況を目の当たりにします。
かつて勤務医をしていた大阪の病院を頼り町を出る事を決意し避難所の体育館に戻ります。
そこで思わぬ声がかかりました。
持っていたのは往診かばんに入っていた聴診器と血圧計だけ。
薬はありません。
それでも鎌田さんは皆から見える演壇の下に陣取り診療を始めます。
3日後鎌田さんは高台にある施設を借り診療所を開きます。
昼は診療所夜は体育館で被災者たちの命を守りました。
鎌田さんは現在も同じ施設で医師を続けています。
特に訪問診療は震災前より多くの時間を充てています。
医者が顔を見せる事の大切さを感じているからです。
2014/02/13(木) 23:20〜23:25
NHKEテレ1大阪
あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「宮城県南三陸町 鎌田眞人さん」[字]

南三陸町の医師、鎌田さん。病院は津波で流された。一度は働ける場所を求めて町を出ることを考えたが、避難所で多くの患者から頼られ、改めて医者の必要性を感じ町に残った

詳細情報
番組内容
東日本大震災に遭遇した方々の「あの日」の証言。宮城県南三陸町の医師・鎌田さん。病院は津波で流された。被害の状況を目の当たりにし、一度は働ける場所を求めて町を出ることを考えたが、避難所で多くの患者から頼られ、改めて医者の必要性を感じて町に残った。避難所で診療を始め、3日後、高台にある施設を借りて診療所を開いた。昼は診療所、夜は体育館で被災者たちの命を守った。

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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