「ゆうどきネットワーク」です、きょうは内容を一部変更してお伝えします。
ご了承ください。
今週はまもなく震災から3年ということで被災地の皆さんの声をお届けしています。
まずは広島からのある支援です。
合原⇒きょうも中継が出ています、岩手県釜石市からです。
釜石と広島実は関係があるんです。
柴崎さん!柴崎⇒海から1kmほど内陸に入りました川沿いの集落、釜石市の鵜住居です。
この鵜住居地区でも1017人が仮設住宅で暮らしています。
その広島から届いた品こちらにありますよ生活に密着しています。
失礼します。
炊事をしているときも掃除をしているときも24時間身につけております。
その品は、小野寺さんちゃんちゃんこです。
そうなんです。
このちゃんちゃんこが広島から届いた品なんです。
広島と釜石を結び付けています。
皆さんにもお集まりいただきました、こんばんは。
こんばんは。
皆さんが着ているのは?ちゃんちゃんこです。
そうなんです、皆さん柄もさまざまです。
着ているのは6歳の女の子からそして昔6歳だった女性まで!皆さん着ています。
ちゃんちゃんこのよさはどんなところですか。
とても背中が温かくて幸せになります。
そして柄を気に入っている女性もいらっしゃいます。
これは震災前に持っていた着物の柄に似ています気に入っています。
このちゃんちゃんこ皆さんも心も体も温めています。
山本⇒ちゃんちゃんこコールが起こっていましたね。
合原⇒支援活動の取材を続けてきました、広島放送局の品川明由実さんです。
品川⇒よろしくお願いします。
皆さんが着ていらっしゃったちゃんちゃんこですけれど87歳の吉田百合子さんという方が、作られたものなんです。
吉田さんは2年前からちゃんちゃんこを作っていて今も被災地に送り続けています。
広島からね。
そうです。
吉田さんと、ちゃんちゃんこを受け取った被災地の方々の2年間を見つめました。
広島市西区。
87歳の、吉田百合子さんです。
2年前からちゃんちゃんこを作り被災地に送り続けてきました。
材料は、古い着物と綿。
1枚の着物から3着のちゃんちゃんこができます。
吉田さんは、震災のとき自分と同じお年寄りが人生の晩年に多くを失った姿に心を痛めていました。
そんなとき思い出したのが手作りの布団を縫って戦時中、困っている人を助けた母の姿でした。
自分も手作りの品でぬくもりを届けよう。
縫い物教室をしている吉田さんは得意の和裁を生かしてちゃんちゃんこを作ることにしました。
多いときには、一日5時間毎日2着のペースで縫い続けました。
これまで被災地に送った数は300着に上ります。
おととし10月。
吉田さんは、100着のちゃんちゃんこを届けるため初めて被災地に向かいました。
ちゃんちゃんこをどこに届けようかと考えていた吉田さん。
友人の紹介で岩手県釜石市に決めました。
86歳の体をおして向かう1000kmの道のりです。
たどり着いた、釜石市の沿岸部。
この地区では家屋の半数以上が津波で流されおよそ400人が命を落としました。
紹介された仮設住宅の自治会長を訪ねました。
仮設の談話室にいたのは予定より2時間も前から待っていたお年寄り。
配り始めると、こぞってちゃんちゃんこを手にします。
吉田さんも一人一人に声をかけました。
持っていった100着は僅か1時間でなくなりました。
配り終わったあと、吉田さんのもとにお礼を言いにやってきました。
女性が渡したのは震災で亡くした家族のことを思って作った2つの人形です。
古川志枝子さん。
つらい心のうちを吉田さんに話しました。
古川さんは夫と2人で暮らしています。
結婚して離れて暮らしていた娘の宣子さんと孫の雄斗君を津波で亡くしました。
悲しみから抜け出せない日々が続いています。
家に閉じこもりがちになっていた古川さん。
偶然、知り合いにうん声をかけられて手にしたのが吉田さんのちゃんちゃんこでした。
悲しみが消えない被災地の冬をちゃんちゃんこのぬくもりが温めていました。
この様子を広島で放送すると視聴者の方から吉田さんに協力したいという声が寄せられました。
着物を提供したいという申し出が次々とあり集まった数は50枚以上。
そして、広島市内で和裁用の綿を製造する老舗工場もちゃんちゃんこの綿をすべて無償で提供。
定期的に配達してくれることになりました。
さらには、ちゃんちゃんこを一緒に縫いたいと吉田さんのところにやってくる人まで現れました。
そして去年12月1年目を上回る150着が出来上がりました。
体調を考えて今回は、みずから現地に行くことができないと判断しましたが前回、出会った仮設住宅の自治会長に紹介してもらった場所に送りました。
広がる支援の輪。
吉田さんはちゃんちゃんこを送り続けています。
山本⇒温かみが倍ですか。
合原⇒倍とおっしゃっていました。
VTRでちゃんちゃんこを作っていました、広島の吉田さんと中継がつながっています。
吉田さん!吉田⇒はい。
こんばんは。
こんばんは。
皆さんたくさん集まっていらっしゃいますけれど吉田さんちゃんちゃんこの輪が広がりましたね。
そうですね。
びっくりしました。
どうですか、これだけ広がって。
うれしいですね。
皆さんが喜んでくださったんだから、何よりもうれしいです。
そうですね。
合原⇒お隣には綿を提供してくださった三田さんもいらっしゃいますね。
何回くらい綿を持っていきましたか?三田⇒結果では5回か6回ですけれど、途中で先生にお電話をしてもっと頻繁に持っていきたいと申し出をしたんですが私のペースに合わせるということで5回か6回でしょうかね。
なかなか先生も頑固ですからマイペースでいらっしゃいます。
山本⇒そうなんですか。
三田⇒そうなんですよ。
自分の信念を変えられない方なので。
その信念がちゃんちゃんこの輪を広げているんですよね。
品川⇒吉田さん、こんばんは。
吉田さん、被災地に行くまでは広島から東北は遠いねとおっしゃっていましたが行ってみたら、気持ちが変わったということでしたね。
そうです。
近かったですよ。
身近に感じるようになりましたか。
はい。
皆さんの元気な喜んでくださった顔を見たらいっそうに近くなりました。
山本⇒実際に釜石をお訪ねになってご覧になったということで針の速度縫う速度も速くなったんじゃないですか。
全くそうです。
時間があれば針を持っています。
ありがとうございます。
よく集まっていただきました。
吉田さんはこれまで300着のちゃんちゃんこを送ったんですが今、被災地で、ちゃんちゃんこがどのように受け入れられているのかご覧ください。
震災から、まもなく3年。
この冬ちゃんちゃんこが届いたのは釜石市の中でも規模が大きく沿岸部で被災した人が多く暮らす仮設住宅です。
86世帯のうち、震災後ここを出ることができたのはたった3世帯。
ふるさとに戻れない不安や焦りを抱えた人たちがいます。
そこに届いた吉田さんが作ったちゃんちゃんこ。
仮設住宅ではちゃんちゃんこを着て外に出るお年寄りが増えました。
引きこもりがちな人たちの会話のきっかけにもなっています。
震災から3年目を生きる人々の背中をちゃんちゃんこが後押ししています。
震災で娘と孫を失った古川さんを再び訪ねました。
この日も1年前にもらったちゃんちゃんこを着ていました。
毎日、吉田さんのちゃんちゃんこを着て家事をすることで以前より少しだけ前向きな気持ちも持てるようになってきたといいます。
さらに吉田さんと手紙で交流も始めていました。
2か月に1度はお互いの近況を報告しています。
古川さんが吉田さんに送った手紙です。
被災地を思ってくれること心が病む月日に明るいともし火を与えてくれました。
またきょうから頑張っていきます。
針も持ちます。
再び趣味の縫い物も楽しみたいとつづられていました。
古川さんの思いを知った吉田さん。
机に向かい何かを書き始めました。
準備した大きな荷物。
私が預かって、古川さんに届けることになりました。
先週、その箱を持って釜石を訪ねました。
お久しぶりです。
古川さんは近所の人たちと待ってくれていました。
中身は、ちゃんちゃんこの材料と縫い方を記した手書きの説明書でした。
仲間とちゃんちゃんこを作って楽しめるようにと丁寧に手順が書かれていました。
早速、縫い始めました。
前に進もうとする被災地の人々。
吉田さんが送ったぬくもりが支えになっています。
山本⇒古川さん、また針を持って元気になったというか、一歩前に踏み出した感じですね。
合原⇒うれしそうに針を進めていましたね、聞いてみましょう。
岩手県の釜石市にも中継がつながっています。
古川さん!古川⇒はい。
こんばんは。
こんばんは。
古川さん、できましたか?仮縫いができていましたが。
できました。
きちんと、できました。
自分では何点ですか?75点ぐらい。
控えめに言っていただきましたね。
山本⇒見事じゃないですか。
きれいにできましたね。
柴崎⇒実際作ることによって、新たに感じた吉田さんへの思いがあるそうですね。
古川⇒ありました。
こんなに大変なものだと思っていませんでした。
一枚一枚、丁寧に長い時間の作業で本当にありがとうございました。
何日かかりましたか?5日間ぐらいかかりました。
そうですか。
でも出来上がってよかったですよね。
本当に、こんなに時間がかかって手が込んでいるものだとは思いませんでした。
本当に吉田さんありがとうございます。
大事に着ます。
着させていただきます。
品川⇒広島の吉田さん。
古川さんの作ったちゃんちゃんこ見えましたか。
吉田⇒今びっくりしました。
大したもんですね。
本当に。
私、説明がちょっと悪かったんですけれども結構上手に縫ってくださってうれしいです。
山本⇒釜石のカメラさん、ちょっと引いて、全体を映してください、吉田さん見えましたか。
はい、よく見えます。
立派です。
うれしい、うれしい。
頑張ってね。
古川⇒後ろも見てください。
すてきすてき!脇も難しかったです。
裏もです。
もっとキレを送ってあげますね。
ありがとうございます。
綿が入ります。
ありがとうございます。
また頑張ります。
頑張ってね。
吉田さん、実はこの1週間で皆さんで作ったのは4着あるんです。
皆さん作られたのをお持ちの方は見せてください。
吉田⇒すごいですね。
輪が広がっていってますよ。
うれしいうれしい。
分からないところがあったらねたずねてください。
あらいいうれしい、うれしい。
涙が出る。
吉田さん。
ちゃんちゃんこのお弟子さんというかお仲間というか釜石にできましたね。
吉田さんから頼まれて間に私も入って皆さんに届けたことが、こんなに喜んでもらえるなんて、思ってもみなかったので、本当にすごく今ありがたいと思って、感謝の気持ちでいっぱいです。
皆さんが本当に感謝の気持ち吉田さんが画面に映るたびにすごくやわらかい表情をしているんですよ。
針を持つことによって、新たに前に気持ちを踏み出したそうですね。
古川⇒吉田さんのおかげです。
そして周りにいる友達と先輩のおかげです。
やる気が起きました。
よかったよかった。
元気でね。
はい、ありがとうございます。
山本⇒吉田さん、今の古川さんのことばを聞かれて、どのようにお感じになりましたか?感激しました。
ずっとお友達になってほしいです。
また作らないといけませんね。
古川⇒頑張ります。
ぼちぼちというね。
山本⇒頑固で頑張ってくださいよ。
承知しました。
笑い
どうもありがとうございました。
ちょっと、ぶしつけなことも言ってしまいましたが、ありがとうございました。
釜石の皆さん、広島の皆さんありがとうございました。
おもしろいおちゃめな吉田さんですね。
品川⇒今でも十分元気だと思いますが、吉田さんはいつもまたちゃんちゃんこを作って喜んでくれる人がいて、協力してくれる人がいるということが、元気の源になるんだと教えてくれるんです。
本当にお金では買えないぬくもり私たちがここにいて感じさせてもらいました。
合原⇒皆さん、笑顔でしたもんね。
山本⇒吉田さん、古川さん、皆さんも頑張っていきましょう。
合原⇒来週の中継は宮城県の塩釜市です。
山本⇒きょうはアンケートに寄せられた声をご紹介します。
合原⇒きょうご紹介するのは、仕事についてです。
地域でお店を営業している方、そしてお勤めしている方の声をお届けします。
相川⇒まずは仮の店舗などで仕事を再開している人の声です。
相川⇒宮城県の小野寺みつさん。
仮設店舗で理容業を営んでいます。
かさ上げ工事が終わりしだい元の場所で本格再開を夢見ています。
岩手県の田代昌士さん。
昭和40年から始めた電気店は流失。
仮設住宅で営業活動をしている。
震災前の仕事上の借金があり返済など心配である。
町内で建築できる時期がきたら小規模ながら店舗を建てる予定である。
店は再開できたとしても経営は、まだまだという方が多いようです。
同じように仮の店舗で営業を再開している方にお話を伺いました。
宮城県気仙沼市で食料品店を営んでいる加藤勝子さんです。
自宅兼店舗は津波で全壊しました。
震災から1年後再び加藤さんを訪ねると食料品店を再開するための準備をしていました。
加藤さんのアンケートには地元の復興が計画どおりに進まないことへの不安が、つづられていました。
加藤さんの店では復興を応援するため地元の特産品の販売に力を入れています。
しかし、地元から人が出て行き客が減ったといいます。
ことし9月にはこの店がある場所はかさ上げ工事が行われる予定になっています。
店が移転しなければならなくなるのに気仙沼市の説明は十分ではないと加藤さんは感じています。
夫の敬一さんです。
加藤さん夫婦は移転するとしても年齢のこともあり商売を続けていけるかどうか不安が募るといいます。
山本⇒被災した土地で店を開くというのはまさに復興の度合い町がどこまで復興しているかと、切っても切れない関係がありますよね。
それだけに、なかなか大変だなということを改めて思います。
加藤さんと同じような思いをしている人ほかにもいらっしゃいます。
相川⇒岩手県の越田征男さん。
震災の年の12月に仮設店舗で日用雑貨店を再開。
被災前と同様に町の中心市街地に店舗兼住宅の店を再開したいと思っていますが町の復興計画事業が遅れているため果たして、自分の小さな望み思いが実行に移せるかどうか心配です。
合原⇒岩手県の43歳の女性です。
ただ今、仮店舗で営業中。
以前の場所では人口が減って商売にならないので別の自分の土地を利用して再開する予定。
ただ、資材の高騰でなかなか前に進まないし予算もオーバー気味。
どんどん置いていかれるような気持ちになるときがある。
被災した私たちと被災していない人たちとの温度差というか不安になるときがある。
山本⇒被災地と被災地以外の温度差。
ということについて、考えさせられるお便りをご紹介します。
岩手県の齋藤治朗さん。
店舗、倉庫はすべて流されたが仮設店舗で電器店の営業を再開。
従業員は全員その後も働いてもらっている。
アベノミクスで世の中よくなっているとの報道があるが被災地には全くその実感がない。
この3月には大規模商業施設がオープンするのでそれが地域の商店にとって販売減になるのではないかと思う。
山本⇒齋藤さんにお話を電話で伺いました。
妻、息子そして従業員のあわせて7人で電気店を営んでいらっしゃるそうです。
つい最近まで、大手商業施設の従業員の宿舎につけるエアコンの工事で忙しかったそうです。
今心配なのが消費税のアップ、4月以降のことです。
その前に駆け込み需要があるかと思ったら、ほとんどないということです。
毎日働いていて、いろんな不安があるんですけれども嫌な思いを忘れるために、一生懸命働いている。
従業員にはとにかく営業を頑張ろうなと声をかけて毎日毎日現場にいるということでした。
合原⇒こうした厳しい状況の中で本格的にお店を再開した方もいらっしゃいます。
岩手県の千葉徳雄さん。
震災から7か月後6坪の仮設店舗で日用雑貨のお店を再開しました。
その後、がれきとなったもとの店舗を4か月かけて修復し昨年12月より本営業しています。
地域の活性化になることを念じております。
もう1人の方をご紹介します。
宮城県の開業44年のすし屋の太田隆男さん、榮子さん。
店と住宅は流されましたが家族、従業員は無事でした。
震災から1年後、店を出して息子たちが頑張って営業しています。
相川⇒震災後、仕事を失った方もいらっしゃいます。
岩手県の小笠原浩二さんです。
今は失業中です。
年金を最低あと1年かけなければなりませんので1日も早く仕事を見つけなければと思ってはいるけど思うようにいきませんね。
2、3年後、果たして生活できるのかどうか。
今の預貯金、収入などで検討してみるとほとんど不可能です。
岩手県の三浦淳一さんです。
職場は津波の被害はなかったが昨年閉鎖したため、今、求職中。
4月から消費税も増税。
何より先に職に就きたいがどこも賃金が低く生活に不安を感じている。
合原⇒最後に宮城県にお住まいの女性からの声です。
被災後、息子が就職を前にして引きこもり状態になっています。
被災が原因とは言い切れませんがなんとか立ち直ることができるよう支援のしかたを模索中です。
山本⇒このアンケートでは、きのうまで仮設住宅で暮らす皆さんのお話を伺ったんですが今回はお店で営業してらっしゃる方でした。
改めて被災地で営業することの厳しさというのは一人一人の方、いろんなケースがあるということ改めて私たちの胸に響いてまいります。
アンケートの声来週もお伝えしてまいります。
続いては「毎日食べた〜い絶品!まかない飯」です。
合原⇒きょうは東京・広尾にある人気の日本料理店を訪ねました。
東京・広尾。
多くの食通たちを魅了する和食の名店を訪ねました。
いらっしゃいませ。
店主の野崎洋光さんです。
料理番組や講演会などでも活躍する日本料理界の重鎮で理論派としても広く知られています。
看板メニューはこちらの、あわびの磯焼き。
蒸したあわびを肝を溶かしたソースで味付け焼き上げました。
軟らかいあわびの口当たりと磯のりの風味がたまらない一品です。
野崎さんきょうのまかないは何ですか?簡単にできるあっさりした豚すき丼です。
豚のすき焼き風にしてですね卵でとじます。
材料は、こちら。
豚バラ肉、しらたき、しめじわけぎ、卵を使います。
まずはわけぎを3cmの長さに切ります。
長ねぎでもたまねぎでもかまいません。
しめじをほぐします。
次に、ほぐしたしめじと5cmに切った豚バラをざるに入れ、さっと湯通しします。
この湯通しをすることで食材の味が格段においしくなるといいます。
調味料は、こちら。
水、しょうゆ、酒、こしょうだけ。
水です。
しょうゆですねあとお酒、これだけです。
豚すき丼の主役は豚肉です。
肉からうまみが出るのでだしは不要だといいます。
合わせ調味料が煮立ったところでしらたき、豚肉しめじを加えます。
肉は硬くなるので煮すぎないようにします。
さらに、わけぎを加えこしょうで味を調えます。
最後に溶き卵です。
この、ぐつぐついっているときに入れて。
完全に火を通さないではい、ちょうどこのぐらいの感じが、よろしいと思います。
出来たてを熱々の丼飯に盛りつけて豚すき丼完成です。
食材を知り尽くした達人ならではのまかない飯、それは具材の持ち味を最大限に生かしたシンプルな丼です。
山本⇒シンプルだけど、とてもさすがプロの技が入ってるなと思いました。
合原⇒シンプルが大事だそうです。
まかない飯は、家庭料理と同じというのが野崎さんの考えです。
山本⇒今週のゆうどきは震災特集。
きょうは被災地釜石にちゃんちゃんこを送り続ける広島の吉田百合子さんについてお伝えしました。
たくさんお便りいただきました。
読みましょうか。
合原⇒宮城県の方です。
60代の方です。
今放送の広島の吉田さんが被災地に多数の手作りちゃんちゃんこを送られた様子を見ている間じゅう涙が止まりませんでした。
被災地の近くに住んでいる自分は何をしてきたのだろうか、吉田さんの心の温かさに頭が下がりました。
吉田さん、真心を東北にありがとうございます、といただいています。
もう1通ご紹介します。
岐阜県の方です。
ちゃんちゃんこを見てうれしかったです。
私も古い着物でさむえを、90歳のおばあちゃんと作って大槌町に送りました。
岩手県ですね。
着物を提供してくれる皆さんと、来てもらえる人の手助けができて本当にうれしく思います。
山本⇒広島の吉田さん。
吉田⇒はい。
今のお便りをお聞きになっていかがですか。
とてもうれしいです。
また頑張ります。
品川⇒また頑張っちゃう。
また輪が広がりそうですよ。
はい。
頑張りましょうね、皆さん。
吉田さんも、周りに声をかけるようになるんでしょうね。
吉田さん、ありがとうございます。
はいどうも、ありがとうございました。
吉田さんと、周りの人たち。
そして釜石の人たち、本当にこれからもいいものを作ってください。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
お便りは、まだまだ続きます。
合原⇒福岡県の方です。
広島の吉田百合子さんのちゃんちゃんこ、手作りのぬくもり、本当に感動いたしました。
九州から東北の被災地はとても遠いと思っていましたが一度、生きている間に行ってお見舞いのひと言でもしてみたいと思います。
山本⇒取材した品川さんまた行かなくちゃいけないんじゃないですか。
また行きましょう。
吉田さんと一緒に頑張ります。
伝わるというのはいいものですね。
そうですね。
私も取材していて広がったときに本当に一員のようにうれしく思いました。
みんな巻き込まれちゃうんですね。
あすは大阪からのゆうどきです。
大阪育ちの演歌歌手天童よしみさんの人生に迫る「関西人生劇場」。
2014/02/27(木) 17:14〜18:00
NHK総合1・神戸
ゆうどきネットワーク▽被災地・釜石に届いたちゃんちゃんこ▽屋上・遊園地物語[字]
▽東日本大震災から3年。きょうは釜石から中継。広島から届いた手作りのちゃんちゃんこ。広がる支援の輪と被災地からの思いを見つめる。▽特集・屋上遊園地物語
詳細情報
出演者
【キャスター】山本哲也,合原明子
ジャンル :
ニュース/報道 – 定時・総合
情報/ワイドショー – 暮らし・住まい
情報/ワイドショー – グルメ・料理
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