あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「宮城県気仙沼市 佐々木康竹さん」 2014.02.13

明治時代に水産学校として創立された宮城県…現在気仙沼市の内陸にある仮設校舎で授業を行っています。
この高校で船での航海などの科目を担当している…生徒たちを避難させたあと津波が来る直前まで書類を上の階に運んでいました。
向洋高校の校舎は海から程近い場所にありました。
あの日学校にいた生徒は揺れが収まるとすぐに内陸の寺に向かいましたが佐々木さんらおよそ20人の教師は校舎に残りました。
そして1階にあった学校の書類などを3階まで運ぶ事にしました。
2日前に行われた入学試験の解答用紙や卒業生の成績などを守りたいと思ったのです。
ほとんどの荷物を3階まで運び終えた時津波の予測が10mを超えている事を知り更に4階まで運ぶ事になりました。
結局全ての荷物を運び終えた時には津波の予想到達時刻になり屋上に逃げるしかありませんでした。
そして間もなく屋上から津波が見えました。
更に信じられない光景を目の当たりにします。
学校の向かいにあった水産加工場の建物が津波に流されて校舎に向かってきたのです。
迫ってきた工場は校舎の寸前で向きを変え壁の一部を削りながら流れていきました。
ほっとしたのもつかの間。
今度は沖合で巨大な白波が立ち上がり迫ってくるのが見えます。
しかし白波は沖合で砕け校舎には到達しませんでした。
何度も危険にさらされながら津波の被害を免れた佐々木さん。
運がよかっただけだと考えています。
翌日校舎から全員が無事に脱出できました。
教師たちが運んだ書類にも被害はありませんでした。
しかし佐々木さんはあの時校舎に残るべきではなかったと振り返っています。
2014/02/13(木) 10:50〜10:55
NHK総合1・神戸
あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「宮城県気仙沼市 佐々木康竹さん」[字]

気仙沼市の高校の教員、佐々木さん。生徒を避難させた後、他の教員と校舎に残り、津波が来る直前まで書類を上の階に運んでいた。津波の予想到達時刻が迫り、屋上に避難した

詳細情報
番組内容
東日本大震災に遭遇した方々の「あの日」の証言。宮城県気仙沼市の高校の教員、佐々木さん。生徒を避難させた後、ほかの教員と校舎に残り、書類を上の階に運んでいた。運び終えた時には津波の予想到達時刻になり、屋上に避難するしかなかった。津波が押し寄せ、向かいの建物が流されて校舎に向かってきたが、寸前で向きを変えて難を逃れた。

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント

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