「schola坂本龍一音楽の学校」。
今回は第二次世界大戦後に生まれた西洋音楽を取り上げます。
ヨーロッパが戦場となりそれまでの世界が崩壊する事になった第二次世界大戦。
戦後ヨーロッパとアメリカでは新世代の作曲家により音楽の新たな可能性を模索する動きが生まれます。
音楽そのものの概念が大きく変化したこの時代。
ヨーロッパとアメリカで生まれた2つの潮流を見ていきましょう。
20世紀の音楽ですけども今回は第二次世界大戦後の発達といいますかねそれを見ていきたいと思うんですけども。
音楽技法的に言うと戦前の大きな流れだった十二音技法というのがより精緻にシステム化されましてセリエル技法トータル・セリエルなんていう言い方されますけどもそこに向かっていく訳です。
(浅田)そう意味ではピエール・ブーレーズという人がとても象徴的で。
…というのは1925年の生まれだから1945年戦争が終わった年は二十歳になる。
これは三島由紀夫とかそういう世代で二十歳で終戦敗戦っていうのはすごいですよ。
全て壊滅してると同時に全く新しいタブラ・ラーサというかな要するに白紙のものが今目の前に広がってると。
いわゆる全面的音列音楽というのを作り出す。
どういう技法なのかフランスの作曲家ブーレーズによる総音列技法を代表する曲を例にとってみましょう。
最初に音列を見てみましょう。
音列とは1オクターブに含まれる12の音を重複する事なく1回ずつ使って並べたものです。
続いて音の上がり方下がり方はそのままにそれぞれの音を先頭にした新たな音列を作ります。
続いて最初の音列のそれぞれの音に12の数字を割りふります。
するとそのほかの音列の音の高さは次のように置き換えられます。
出来上がった12の音列を表にまとめるとこのようになります。
更に反行形と呼ばれる鏡映しの音列を設定し同じ手順を踏む事で2つの表が出来上がります。
この2つの表が総音列技法の作曲の基になるのです。
ブーレーズがこの表で決めたのは4つの要素。
音の高さだけではなく長さ強弱アタックの種類も音列と同じように順番に並べ1から12の数字を割りふりました。
続いてそれぞれの要素を使う順番を2つの表から選び出します。
こうする事で作品の骨組みが形づくられる仕組みなのです。
ある種シェーンベルクヴェーベルンを引き継いで単純に坂本さんが前回言われたような音の高さのシリーズだけではなくてむしろ音色のつながり方とか強弱とかリズム長い音符小さい音符のつながり方とかを全部セリーあるいはシリーズとして考える。
もう数学の塊みたいなものを作っちゃうというね。
しかもそれを演奏するのは非常に困難という事でドイツのシュトックハウゼンなんかは機械に演奏させてしまおうという事で電子音楽が誕生してくるというような流れですね。
一つねブーレーズとかシュトックハウゼンの創作を特徴づけるものとして音楽を限りなく科学に近づけたいという衝動ってあると思うんですよね。
分析性とか実験性とかね。
ほとんど取りつかれてるような感じがするんですよ。
操作性って事ですね。
そうですね。
その操作性科学性分析性こういうもの。
つまりひと言で言えば音楽というのは娯楽じゃないって話ですよね。
こういうちょっとクレージーな情熱っていうのがどこから来てるのかなと思うんだけど恐らくそれは終戦の時に20歳だったっていうこの特殊な世代っていうのは無関係じゃないはずで。
つまり第二次世界大戦における科学の限りない暴走。
科学の戦争だったんですよね。
科学戦争を目にし…。
科学技術の戦争でした。
原爆がありそれで終わってから今度は核実験が頻々と行われる。
恐らくブーレーズの頭の中なんかには音楽も科学と何らかの形で対決しない限り芸術として存続は危ういという意識があったんじゃないかなっていう気がするんですけどね。
それとナチスドイツというかファシズムというかよく言われる事ですけどそうしたものが持っているある情念的なっていうかなそれに対してのアンチテーゼそういう情念とかロマン主義的なところから離れてもっと知的にっていうかな頭でものを考えるっていうそういう音楽の作り方というのもあったんですよね。
音楽を科学に近づけようとしたヨーロッパ。
一方アメリカではジョン・ケージが全く別のアプローチで情緒的要素を取り除く実験的な音楽を生み出します。
そのジョン・ケージですけども西海岸の生まれでなんと西海岸に亡命していたシェーンベルクの門をたたくと。
その意味ではドイツオーストリア音楽の一番中核的な伝統を20世紀化したものを受け取ると同時にしかし日本の鈴木大拙なんかをと通じて禅とかねつまりあるがままの自然をそのままレットイットビーで置いておけっていうふうな思想を受け取るとかいう事で。
多分シェーンベルクの門をたたいて何度かレッスンしていてここにはこの先にはその音楽の可能性があまりないなという事をもしかしたら感じ取って彼独自のチャンスオペレーションとか「易の音楽」とかあと東洋思想の影響もあってそういうものが来ると。
これがまたヨーロッパ人にはビックリで驚がくな驚き脅威でもあったと思うんですよね。
1951年に発表した「易の音楽」。
ケージが作曲に使ったのは3枚のコインです。
古代中国の占いの方法に倣い音の高さ長さ強弱リズムなどをコインを投げて決めました。
こうした手法は偶然性の音楽と呼ばれその後の作曲家に大きな影響を与えました。
更に翌年ケージは全く新しい音楽の概念を提示します。
それが「4分33秒」。
楽譜は3楽章に分かれていますが楽章にわたり休止の指示がされています。
聴衆を前にした演奏家はストップウオッチで4分33秒を計測するもののその間楽器の演奏は行いません。
「4分33秒」っていうのは273か…。
結局絶対零度の数字ではある訳ですよね。
だから音がない絶対零度の空間にしかし観衆がザワザワしたり外からちょっと鳥の声があるいは車の音がしたりというそういうサウンドのイベントが…。
借景の音楽とも。
(浅田)借景ですね。
音の借景が私の音楽だっていう感じで。
もう一つ絶対忘れてはいけないのはヨーロッパの人間にとっての音楽というのは極めて人工的なものなんですよね。
彼らにとってはセミの音とか鈴虫というのはあれもノイズの一種であるのに対してそれに対してケージの音楽っていうのはそれが音楽かそれかノイズかみたいな区別自体を無効にしようって発想があったかもしれませんね。
それはケージの言葉に言わせると音楽の素材っていうのは音とサイレンス沈黙2つだと言ってるんですね。
という事は音の中に楽音もこういう楽器の音も都市のノイズも鳥の声も全部入ってしまうという事ですね。
ケージってじゃあ何でもありなんですかというふうに見えますけど実は割と厳格な枠がある。
「4分33秒」というのは秒単位で決まっててその中で自由なイベントが起こる訳だからあんまりケージを簡単に何でもありの前衛かと思わない方がいい。
最後まで時間をどう区切るかっていう事は手放さなかった。
割と厳格に書き込んでいった作曲家ですよね。
音楽を体験しながら学ぶ「scholaワークショップ」。
参加するのは作曲を学ぶ3人の学生です。
20世紀の音楽のワークショップ3回目なんですけど図形を楽譜に見立てて音楽にすると。
ビジュアルの目に見えるものを楽譜として音楽に翻訳するという事になると思うんですけどね。
今回のワークショップの課題は図形などのグラフィックを楽譜として捉えて作曲する。
1950年代ケージらが用いた手法に学生たちが挑戦します。
まずは芳澤奏さんの発表です。
モチーフにしたのはこちら。
この折り紙というものは2次元の素材から幾何学的な模様がついていてそれから3次元に立ち上がっていくというこの現象が非常に面白かったので魅力に感じてこれを音楽と結び付けてみたいと思って作曲しました。
どうやって結び付くんでしょう。
これが鶴の展開図なんですけれどもこのグラフィック上の交点の全てに音の高さというものを割りふっていきました。
決め方なんですけれどもまずここの真ん中にEの音があるんですけれどもこの真ん中のEという音はピアノの鍵盤をちょうど半分にした時の中心音にとても近いのでここで真ん中でまずEという音をとりました。
そこから2オクターブ下と2オクターブ上という事でEを基準に考えています。
芳澤さんはまず展開図の中心の点をEつまりミの音に決めました。
次に対角線上の下の点は2オクターブ下のE。
上は2オクターブ上のEとしました。
そして対角線の長さが4オクターブにあたるという事を基準に左下の点から全ての交点の距離を測りその比率で音を割りふりました。
音を並べる順番を決めるために用いたのは折り鶴が完成するまでの手順です。
最初に折る線上にあるのは5つの音。
これらの音を使って曲の最初の部分を作りました。
同様に折っていく順序に従い折り目の上にある音のグループを並べます。
こうして音楽を構成したのです。
例えばこれをEに対してEをやめちゃえばほかのものにすればあるいは周波数で考えたらまた違う響きのものに…。
同じシステムで全く違う響きになりえますね。
面白いね折り紙って。
折り紙を思いついたというところもなかなか面白いですよね。
続いては石川潤さんです。
モチーフにしたグラフィックはこちら。
あえての楽譜です。
あ〜なるほど。
(石川)曲はベツォールト作曲のメヌエットです。
有名なやつですね。
とても有名なやつです。
今回あえて既存の楽譜をグラフィックと見なして新たな音楽を生み出すルールを考えました。
どのようなルールかと言いますとこうして横に倒してそのまま読んでみようと思いました。
X軸Y軸を入れ替えた訳ですよね。
こちらが楽譜の1段目を横にしたものです。
縦が音の高さ。
そして横が時間軸です。
音の高さは8分音符1つ分を半音と見なしました。
また小節線も1つの音として捉えます。
5線はリズムと考えました。
この空白部分は休符です。
こうしたルールに従い左から順に音に置き換えて楽曲を構成しました。
楽譜をあえて図形と見立ててそこにルールを導入してというのはちょっと思いつきませんでしたね。
確かにグラフなんですけどね。
まさにそうですね。
横のものを縦に見たりとかっていうとまた全く意味は通じないけども違う景色が見えてくるのかもしれない。
最後は網守将平さん。
それではよろしくお願い致します。
モチーフにしたグラフィックはこちら。
(網守)これはチベット付近のヒマラヤ山脈の一角の衛星写真なんですけども線がいっぱいあるというのがすごい音楽的に感じられたんです。
この線の値を検出して自動生成っていう形でコンピューターに演奏させてみようと思いました。
網守さんは音楽的と感じる稜線を選び作曲しました。
コンピューターが横の時間軸に従い画像をスキャン。
稜線の縦軸の値を抽出します。
その値に従ってそれぞれの稜線ごとに設定された周波数やノイズ成分の数値が変化し音が自動で作られていきます。
例えば5番の稜線。
3つの異なる周波数が最初に設定されています。
それらが縦軸の値によって変化する別の周波数と掛け合わされて音が出るようにプログラムされています。
上昇していったね。
ホワイトノイズのつまみの感じも分かったし。
すごい高い音も聴こえてあと真ん中辺りで一瞬音がほぼなくなるような感じもあったりとか。
割と見た目に沿った感じでしたね。
何かすごく3人三者三様でねこういう多様なっていう新たな発見がありましたね。
折り鶴というのもホント面白いし普通の楽譜を横にしてしまうというのもものすごく…聞いた事ない発想だし。
何か面白いですね。
何かみんな将来が楽しみだな。
頑張って下さい。
どうもありがとう。
第二次大戦後ブーレーズやケージのほかにも実験的な試みを行ったさまざまな作曲家がいました。
ここからは建築家でありながら音楽も手がけたクセナキスについて学びます。
建築家であったクセナキスは本物の数学を使って計算機を使って音をはじき出してやるというプロパーの音楽家にはできなかった方法をまた開発するというね。
ニュートン的な物理学がある粒子の振る舞いというのを完全に数式で書けるというような考えがずっと支配してた訳だけども量子力学以降は電子の振る舞いとか核の振る舞いというのがもう統計的にしか分からないと。
まさに不確定性原理があってねだから何か統計的な波として分布しているとしか言いようないと。
クセナキスの音楽の作り方はまず統計学持ち込んで始めたっていうところはねとても…まあ初めて音楽もね量子力学的なまでの領域に踏み込んでいったと。
そういう科学主義の一つの発展かもしれないですね。
建築家であったクセナキスは楽譜を方眼紙に書きました。
縦は音の高さ横は時間を示しています。
無数の点と線がランダムに書かれているように見えますがこれは46人の奏者からなる弦楽器の楽譜です。
この中の点がピチカートで行われる演奏のタイミングと音の高さを表します。
線は演奏そのものとは関係なく次の点をたどるためのガイドとなります。
クセナキスは音楽の事を無数の音の粒子からなる音の雲といいました。
一つ一つは違った音ですが全体は大きなうねりを持つ塊であると考えたのです。
一つ一つの音のつながりを重視した伝統的な西洋音楽の手法をとらなかったクセナキス。
彼は音の響き全体が音楽であるという独自のスタイルを確立しました。
そういう試みが1960年代いろいろ複雑化していく訳なんですけどもそれで1970年ごろにですね一つの袋小路がミニマリズムの音楽かなと思うんですけども。
ちょうどその辺の時僕も二十歳ぐらいで音楽を習っていてここがいよいよ長い…何世紀も続いた西洋音楽の成れの果てかなというふうに深く感じていたのは思い出しますけどね。
でも音楽っていうのは必ず人間がいる限りある訳ですから形が変わっても続いていく訳ですよね。
2014/03/27(木) 23:25〜23:55
NHKEテレ1大阪
スコラ 坂本龍一 音楽の学校[終] シーズン4「“20世紀の音楽”編」(3)[字]
20世紀の音楽編3回目は、世界が大きく様変わりした第二次世界大戦後にヨーロッパとアメリカで生まれた新たな西洋音楽を紹介する。
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