富士山は好きですか?
今富士山が人気なんです
登山者は夏の2カ月間で30万人
中国の方も増えました
ユネスコの世界遺産候補に選ばれ日本人の心の山ともいわれる富士山
そこに団塊世代を中心とした登山ブームが拍車を掛けました
中には今はやりのパワースポットといって毎年御来光を見に来る人たちも
でも夏はこの山のほんの一面
冬の富士山は夏とは違う顔を見せます
人を吹き飛ばすほどの強烈な風
山を知る人はここを死の滑り台と呼びます
常に遭難という文字が付きまとう山
冬の富士山そこにたった1軒だけかたくなに営業を続ける山小屋があります
ことし97年目を迎える佐藤小屋
経営しているのは四代目となる僕の両親です
(江津子)女性はいないの?男ばっかり?
見るからにしっかり者の母とちょっと頼りない父の組み合わせ
常連さんからは富士山のおもろい夫婦と呼ばれています
13年前までは普通の勤め人でした
なのに突然山小屋へ
そんな両親を僕は見続けてきました
氷点下10度冬の富士山は極限の世界
そこでは厳しい大自然が牙をむきます
それでも山を愛する人たちのため小屋を守り続ける父と母の姿
春夏秋冬
巡る季節の中で僕は考えます
どうしてここに住む人たちはあんなに富士山が好きなのかと
その答えは富士山の1年間を追う中にこっそりと隠れていました
富士山の登山シーズン
それは6月末に山の麓で行われるお道開きという儀式で始まります
登山者の安全を願うこの儀式
鳥居に張られたしめ縄を断ち切ることで山の道を開くのです
暑い夏
海水浴で涼む人たちを尻目に標高3,776mの富士山の登山道には人の波
五合目からおよそ5時間かけて山頂を目指します
その山の中腹
夏の登山道の出発点吉田口五合目にあるのが今回の舞台佐藤小屋です
どうもこんにちは。
これお土産。
(保)悪いね。
この小屋の構成員は50歳になる父保と4つ年下の母江津子
夫婦二人で切り盛りする山小屋です
そして忙しい日は長男の僕和茂も
小屋の常連さんからは「そろそろ君も後を継ぐのかい?」と言われるけど僕にはまだそんな気はありません
その理由の一つが夕食時のこんな光景
この日は遠く北海道からの団体客
主人である父は配膳を担当します
ところが困ったことに父はいつもお客さんの人数を間違えてしまうのです
(江津子)お客さんが16人。
そしたら22人でしょ。
そう佐藤小屋の司令塔は厨房にいる母なのです
そもそも2人が結婚したとき父はサラリーマン母は地元の町で美容院に勤めていました
若いころの父は先祖三代続く山小屋を継ぐ気はまったくなかったといいます
ところが13年前先代である僕の祖父が突然心筋梗塞で山に登れなくなったのです
ちょっともうかるかなと思った父とチャンスだと感じた母
最初の心構えから勝負はついていたのです
富士山の夏はあっという間です
夏休みの終わりに行われる吉田の火祭り
登山者の無事を感謝するこの祭りで富士山の短い夏も終わるのです
わずか2カ月という登山シーズンが過ぎ山は再び静けさを取り戻していくのです
秋が深まるとおよそ50軒ある山小屋は一つ二つと店じまいしていきます
夏あれほど忙しかった佐藤小屋も登山客がすっかり減って寂しくなっていきます
そして全てが凍り付く富士山の長い冬が始まるのです
冬登山客がいない日
僕の家族は麓にある実家で過ごします
年の瀬を迎えオフシーズンになってもうちでは毎朝必ず行うある儀式があります
富士山岳信仰の神を祭った神棚
その神棚に水を上げ手を合わせるのです
冬の富士山は夏とは違います
山は別名死の滑り台と呼ばれ山頂から吹き降ろす強烈な風が何人もの命を奪っていきました
1913年大正2年に創業した佐藤小屋は冬の富士山でただ1軒の山小屋でした
三代目となる僕の祖父もその方針を受け継ぎ50年に及ぶ冬山生活で何件もの救助活動に参加
いつしか付いた名前は富士山のお助け小屋
早朝の佐藤家
12月のこの日山小屋には35名の予約が入っています
(保)はい行きましょう。
夕方に到着する登山客を迎えるため真冬の富士山に向かいます
冬の富士山車で行けるのは一合目にある馬返しと呼ばれる場所まで
その昔馬もここで引き返さざるを得なかった登山道の始まり傾斜が一気にきつくなります
登り始めて1時間
由緒ある建物が見えてきました
霊山として信仰の対象である富士山にはかつて全国から多くの修験者たちが訪れたといいます
富士山に霊的な力があると信じ長く厳しい山道を歩いて山頂を目指しました
今はその道を父と母が食料を担いで登るのです
山小屋を継ぐことになったときホントはやりたくなかったという父
それでも13年間頼まれれば断らず冬の富士山に登り続けています
1週間ぶりに訪れた冬の山小屋にはちょっとしたアクシデントが待っていました
(保)うわー。
それは留守の間に忍び込んだイタチの仕業でした
片付けなくてはいけないのはもちろんのこと父には後から来るお客さんのために冷えきった小屋を温めておく仕事も待っています
母たちが到着したのはおよそ1時間後
そのころにはすでに登山客が集まっていました
(江津子)あー疲れた。
(江津子)あー疲れた。
急がなくてはいけません
冬の富士山は日がとても短いのです
明るいうちにと向かったのは山男たちの手を借りての発掘作業
秋に父は発電機に使う軽油を運ぼうとしたのですが思わぬ大雪で立ち往生
小屋から30分も手前で力尽きてしまったのです
これが富士山の怖さ
もし山男たちの手助けがなかったら…
30半ばまで山と無縁だった父にとってそれはとても1人ではできない仕事でした
ホントだよ。
息子としてはちょっと複雑
この日佐藤小屋にやって来たのは東京の山岳連盟の人たち
事故が起きたのは彼らが滑落を想定した訓練をしていたときのことです
それは突然のことでした
メンバーの一人が急に足を滑らせ20m下にある山道まで本当に滑落してしまったのです
「弘法も筆の誤り」でしょうか
最初に指示を出したのは父でした
えーと。
岩村さんでいいかな?
状況を判断しすばやく対応しなければなりません
(保)確認は取れないですけど。
小屋では母がケガ人を気遣います
そうそうそう…。
父は落ち着いていました
すぐさま山梨県警に救難ヘリを要請
このときばかりは父が頼もしく見えたものです
その場で結構です。
その場で結構ですので…。
冬の富士山のお助け小屋の主人として先頭に立って事故を処理したのです
(江津子)用がない人は座って!
でも大晦日の夜
母の仕切りで父が登山客の前に立たされます
父はやっぱり父でした
乾杯!
(一同)乾杯!
夕食は名物カレー鍋
僕にはその料理が厳しい冬山の緊張をほっこりとほぐしてくように見えました
富士山の頂上で御来光を見るためには朝まだ暗いうちの出発が必要
実は山小屋にとってこのときが一番の試練
(江津子)気を付けてね。
(男性)はい。
(江津子)いってらっしゃい!
母が念を押すのには訳があります
早朝は気温も低く事故が起きやすいのです
だからといってせっかくの富士登山をやめさせることはできません
先代から引き継いだ神棚にはお神酒が上げられました
頂上まで行かない人たちは6時前に出発
僕も父と一緒に六合目まで登山客を誘導します
山小屋を継ぐまで父は一度もお正月の富士山に登ったことがなかったといいます
山男になる気持ちはありませんでした
祖父が突然倒れ仕方なく佐藤小屋の主人になったのです
でも今こうして毎年御来光を見詰めながら父は自分の人生をどう思っているのでしょうか?
僕が今父の立場に立たされたら厳しい自然と本当に立ち向かえるのか?
佐藤小屋に最も緊迫した場面が訪れるのはその年の春のことでした
富士山の母なる自然の恵み
それは日本一高い山に降った雪が地下を流れ湧き出たもの
山がはぐくんだその水に恋をした人がいます
二十歳で富士のお酒に出合い単身乗り込んだ酒造り
そして彼は若き杜氏として今蔵元の看板を背負おうとしています
その姿をわたしは妻として見守ることになりました
2人の男の子の親として夫にはどうしても失敗できない理由がありました
それはもう呼んでも帰らない家族の物語
富士山の麓河口湖
この町に富士五湖で唯一の造り酒屋があります
富士の湧き水を使った江戸時代から続く酒蔵です
夫が杜氏となって初めての大仕事に取り掛かります
還暦以上の人が多い中37歳という異例の若さ
挑戦するのは看板の大吟醸です
大吟醸は徹底した低温で発酵させるお酒
管理に恐ろしく手間がかかるといいます
妻として夫がその若さで責任者になることは不安でたまりませんでした
酒蔵に入ってまだ13年
経験の少ない夫には荷が重過ぎる仕事です
なぜ彼は決意したのでしょうか?
教師を目指し東京の大学に通っていたとき夫は富士山のお酒と出合いました
その一杯が人生を変えます
卒業後迷わず井出醸造に就職
しかしその転身を悲しんだ女性がいました
苦労して彼を育て上げた母親です
そして4年が過ぎたとき突然…
そのとき彼が母に掛けた言葉
病名は悪性リンパ腫
末期でした
今でも毎朝富士山を見るたびに夫の胸には無念の思いが蘇るのです
その思いを込めた酒造りです
蒸した米に酵母となるこうじ菌を振り掛けて5日後
(初沢)入った。
すごい。
突破精。
米粒には満遍なく菌がついていました
ここまで育ててようやく水を入れることができます
9年前母親が入院したのもちょうどこの季節でした
一緒に住むというかなえられなかった夢をお酒に注ぎます
うちに戻ってくるのは食事のときのわずかな時間です
(子供)ああー!
(初沢)はいただいま。
迎えるのは3歳と1歳の息子たち
食事が終わると蔵に舞い戻ります
発酵の状態を見て微妙に温度を下げたりまた温めたり
昼も夜も…
杜氏としての仕事はまるであの日本一高い山ほどもあるのです
2月の終わり夫は迷っていました
お酒の成長が思わしくないのです
本来なら熟成期を迎えたお酒は酵母の活動が収まり悪い香りを出す酸性成分が減ってくるはず
でも計算どおりにはいきませんでした
どの段階で酒を搾るか
杜氏の経験のない夫にはなかなか決断ができません
そんな迷いを救ってくれたのは亡くなったお母さんが残したものだったのです
こちら富士山五合目佐藤小屋
その日事件が起こりました
(保)おーい!おーい!
山頂を目指すと言って出発した大学生グループ
けさ元気に小屋を出掛けたその3人組が予定時間を過ぎても帰ってこないのです
つながらない。
山頂の風はどんどん強くなっていきました
富士山は山頂がはっきり見えるときが怖いといいます
それは風が激しいことを意味するから
頂上を目指した大学生が消息を絶ったのもそんな日でした
下りてくる予定はすでに3時間を過ぎています
そのとき…
・おかえり。
(学生)すいません。
(江津子)誰が?
(学生)中村が。
(江津子)嘘。
まずいじゃん。
富士山は八合目を過ぎると空気が急激に薄くなります
無理をすると酸欠状態になり頭痛や目まいで歩けなくなることもあるのです
誰よりも心配していたのは僕の母でした
ようやく下りてきた女子大生を母は小屋の外で待ち続けました
(中村)気持ち悪くて。
(中村)ありがとうございます。
(江津子)あと水分補給して…。
疲労を回復する梅干しと糖分を補給する砂糖湯
それはどんな薬にも勝る山小屋の母の思いやりでした
(江津子)頂上は何時に着いたの?
(学生たち)10時。
杜氏として初めての仕事も大詰め
しかし計算どおりにいかない酒造りに夫は迷っていました
そんな彼を支え続けたものがあります
9年前に亡くなったお母さんが残したノート
(初沢)これがそうですね。
(初沢)「いたずらは一人前以上です」「元気にそだって下さい」自分がホントに親になって同じようなこと考えてるなっつうか心配してるなとか。
それは何の変哲もない育児日記
でもその中で母はわが子を一生懸命見詰めていたのです
何をするでもない
とにかくいつも見続けること
それが母の愛
夫が決断したのはそれから数日後のことです
真っさらな布に包まれ誕生を待つお酒
最後は自分の目でそのときを判断しました
(初沢)はい。
仕込みおけからポンプを通し杜氏の出すタイミングで少しずつ布の中に注ぎ入れゆっくり自然にお酒がろ過されていくのを待ちます
はい。
まるで子供をあやすようにお酒に声を掛けながら
最初に試飲するのは蔵元です
その評価を待つ夫の顔はわが子の晴れ舞台を前に不安と期待でいっぱいの一人の親の顔でした
そして結果は…
言葉は少なくてもそれで十分でした
富士の恵みの水から生まれたこの年の大吟醸です
出来上がったお酒のラベルには杜氏初沢則孝の名前が初めて記されました
そして…
訪れたのは母きよこさんのお墓
できれば生きているうちに飲ませたかったお酒でした
(子供)こっここっこっこだよね。
(初沢)うん。
(子供)へーい。
(初沢)味見てみてくださいって。
一緒に富士山の下で暮らせなかった
母への思いがたっぷり注がれたお酒です
富士山にまた新しい季節がやって来ます
その日僕の両親は妙にはしゃいでいました
そろそろ僕も決断を迫られる時期に来ていたのです
僕は富士山の山小屋佐藤小屋の長男です
夏の登山シーズンに向け佐藤小屋は大忙し
相変わらず父は母に使われています
(江津子)そこも縛って。
ほらもう1回。
そっち側に毛布を干して。
そっち後ろ側に。
ほら。
これも。
みんなは父を頼りげない主人だといいます
でも僕の見方はちょっと違うのです
お世話になりましたと言って人が行き…
(江津子)気を付けてね。
(女性)はい。
お世話になりました。
(学生)ありがとうございました。
(中村)ありがとうございました。
ただいまと言って人が帰ってくる
富士山の無事を誰よりも願う
それが僕の思う佐藤小屋
もしこの小屋がなかったら…
母と父がいなかったら…
日本人が日本一の山富士山の四季を見に来る
そんな当然のこともできなくなってしまうかもしれないのです
あんまりそういうこと考えないでねまあ…。
喜びも悲しみも全てを包みこむ山富士山
やっぱ好きだな
吉田口五合目の佐藤小屋は今日も元気に営業中
富士山が世界文化遺産に選ばれて初めての夏
山小屋にはうれしい変化が起きていました
3年前はあれだけ山小屋の仕事を渋っていた…
ついに跡取りになる覚悟を決めたのです
富士山は今世界中の注目の的
登山客の数もずいぶん増えたんでしょうね
そしてもう一つうれしいことが…
わずか3年の間に家族が2人も増えたのです
ことしは佐藤小屋が開業してちょうど100年目に当たる年
家族全員お揃いのTシャツが何だかいい味出してますよね
そして富士山の麓で3年前初めてのお酒を造った…
ことし2月酒蔵から車で5分の場所に一軒家を建てました
杜氏になって4年
この土地に骨をうずめる覚悟をしたのです
初沢さんのお酒は…
それは亡くなったお母さんへの何よりの恩返しになったのです
富士山が世界遺産になってもこの山に暮らす人たちには決して変わらないものがあります
それは家族を思いやり家族に支えられるあったかい愛
孫が生まれ長男が山小屋を継ぐことになった佐藤小屋
それでも父の立場は…
やっぱり変わらないのです
そこに富士山がある限りこれからもずっと
2014/03/13(木) 03:13〜04:12
関西テレビ1
愛と厳しさの富士山ものがたり〜山小屋の四季〜[字]【厳しくも美しい富士山の四季】
富士山で山小屋を切り盛りする夫婦の奮闘と、富士山麓で酒造りを任された若き杜氏の挑戦を描く。
詳細情報
おしらせ
「女子サッカー アルガルベカップ2014決勝 なでしこジャパン×ドイツ代表」延長の際、放送時間変更の場合あり。
スタッフ
【チーフプロデューサー】
味谷和哉
【オープニング曲】
「サンサーラ」(オリジナル曲)
【作曲】
山口卓馬
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – 自然・動物・環境
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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