41歳の境地 葛西紀明 知られざる素顔 2014.03.27

3月。
ソチオリンピックのあと休む間もなく戦い続けるアスリートがいました。
スキージャンプの銀メダリスト西紀明選手41歳です。
今競技生活は最高に充実しているといいます。
4か月で28試合を戦い世界一を決めるワールドカップ。
どこに行っても西選手は多くの人から声をかけられます。
40歳を過ぎてワールドカップで戦っているのは世界で西選手ただ一人。
長く第一線で活躍する姿に誰もが深い敬意を払っています。
(一同)ノリアキ!ノリアキ!ノリアキ!イェイイェイイェ〜イ!いろんなピークが今のジャンプ人生の中であったと思うんですけどその中でも一番充実したピークを今迎えているんじゃないかなと。
世界にデビューしたのは16歳の時。
卓越したセンスで天才と呼ばれました。
しかしその後の道のりは平たんではありませんでした。
意気込みだけが空回りし思うような結果を出せない日々。
オリンピックには7回出場。
ようやく個人としてのメダルをつかんだのは41歳で迎えたソチオリンピックでした。
普通なら体力が衰えるはずの年齢でどうしてピークを迎えられたのか。
その秘密を聞いてみると…。
試合に対する余裕というかそういうのもあるのでそういうところがまた全然違いますね。
どんどん続けてどんどん進化してまた新たな伝説作れればなと思ってます。
今が一番充実しているという41歳の境地。
西選手の知られざる素顔に迫ります。
チェコでの試合に西選手は特別な思いで臨んでいました。
(取材者)見えますね。
通常より大きなフライングヒルと呼ばれるジャンプ台。
200m前後の大ジャンプを競います。
22年前同じジャンプ台で行われた試合。
19歳での優勝でした。
22年前の記録を超えたいと意気込んでいました。
しかしその戦い方は若い頃とは大きく変わっています。
よいしょ!試合前日西選手は練習を休んでいました。
オリンピック直後の試合で右膝のじん帯を痛めていました。
でも様子は淡々としています。
30代半ばからケガが増えいわばつきあいながら競技を続けているんだそうです。
今シーズンは試合前になるべく練習をしないようにしています。
焦らず体の負担を減らして本番に集中。
年齢に合わせた調整法です。
この余裕っていうのがすごい出てきてやっぱりジャンプが崩れないっていうそして自信を持っている。
そういうのがこういう余裕につながってきていますしまた飛ばなくてもぶっつけ本番で飛んでもすぐ飛べちゃうっていうかそういう自分がいて今シーズンは本当に何か驚きっていうか自分でも「何だろう?この安定感」みたいなそんな感じで思ってますね。
今までにはないですね。
その余裕は試合当日も際立っていました。
試合開始の2時間前。
選手たちが会場に集まり始めました。
7割以上は20代です。
西選手がやって来たのは一番最後。
試合の僅か30分前。
悠然とファンサービスです。
飛距離は…19歳の時の記録を5m以上上回る187m50。
「ぶっつけ本番でも飛べる」。
前日の宣言どおり見事なジャンプでした。
2本目は更に飛距離を伸ばして193m。
出場した40人中2番目の大ジャンプでした。
(場内アナウンス)「ジャパン。
ノリアキ・カサイ!」。
余裕の戦法で今シーズンは絶好調。
去年24位だった総合順位はここまで4位と快進撃を続けていました。
好成績を引き寄せた心の余裕。
もともとそれは西選手に一番欠けているものでした。
西選手の変化を表す写真があります。
余裕とは程遠い険しい表情。
28歳。
体力的にはピークを迎えた頃の一枚です。
同じ年の合宿の映像です。
日本のトップ選手の中でもぬきんでた身体能力。
更にパワーをつけようと体をいじめ抜きました。
ジャンプ練習は誰よりもたくさん飛びました。
練習が特に激しさを増したのがオリンピック前。
でもそれは結果につながりませんでした。
そういう事が何年間か何回かありましたね。
今思えば余裕がなかったと思いますね。
突き動かしていたのは金メダルを家族に見せたいという強い思いでした。
当時相次ぐ悲運が西選手の家族を襲っていました。
妹の久美子さんが血液の難病に。
更に母親の幸子さんが火事に巻き込まれ11か月の入院の末亡くなっていました。
家族が妹も病気だったり母さんがやけどで亡くなったりとかそういう苦しい思いをした中で僕が元気にジャンプをやってると。
まあいろんな修羅場はありましたけれども家族のために飛んで成績出したいなっていう。
西選手が試合に必ず持っていくものがありました。
幸子さんが入院中に書き残した一通の手紙です。
不調に苦しむ息子にこう語りかけていました。
姉の紀子さんです。
家族を思う気持ちが弟の重荷になる事を心配していました。
何か家族家族ってなるとそのために飛ばないとっていう思いがやっぱり本人に強くのしかかってきてしまっているのかなとも思うので…。
あんまり重く感じなければいいなとは思ってましたね。
母の死の9か月後。
メダルをささげたいと臨んだ長野オリンピック。
(実況)さあどうだ!?伸ばしてくる!伸ばしてくる!来た〜!金メダルを獲得した団体のメンバーの中に西選手の姿はありませんでした。
メンバー入りを懸けて激しく争った合宿で足をケガしてしまったのです。
歓喜の瞬間一人スタンドにいた西選手。
屈折した思いでチームメートのジャンプを見ていたと明かします。
飛べじゃなくて落ちろっていって見てましたからね。
金メダル取るなっていう気持ちで…見てましたね。
実力はあるのに空回り。
オリンピックの度に同じ事を繰り返しました。
「悲運のエース」「孤高のジャンパー」。
そんな声が聞こえてきました。
長く続いた出口の見えない戦い。
しかし去年の夏合宿にはそれまでと大きく変わった西選手の姿がありました。
若い選手と一緒にウオーミングアップをする表情からは険しさが消えていました。
きっかけは36歳の時に所属するチームの監督を兼任した事でした。
監督に任命した川本謙さん。
新たな役割を与える事が西選手の成長につながると考えました。
多分まずは躊躇すると思ったんですよ本人は。
私がこうやって言った時に「えっ監督もですか?」と。
「分かりましたやらさせて下さい」というような事だったですからね。
何気なく引き受けた監督の仕事。
それは意外な変化をもたらしました。
取引先への挨拶回り。
会社の顔として出席するイベント。
余裕をなくしていた西選手には新鮮に映りました。
後輩に対する指導は自分を客観的に見る事につながりました。
伸び悩む後輩の相談に乗っているうちに自分自身も競技にのめり込み過ぎていた事に気付いたのです。
同じ頃西選手は自らの肉体の衰えに気付きます。
30代半ばを過ぎケガをしやすくなったのです。
思うような練習ができなくなり国際大会の表彰台から遠ざかりました。
気が付くと世界のライバルは年下の選手ばかりでした。
世界のトップジャンパーがどんどん出てきてそしてどんどんレベルが離されていくような感じはありましたね。
このまま続けてても彼らに勝てるのかなっていうそういう気負いというかそういうのは感じたりはしましたね。
「今までどおりのやり方ではもう勝てない」。
そう感じていました。
転機をもたらしたのはこのころ知り合った同い年のアスリートでした。
プロ野球の稲葉篤紀選手。
西選手が暮らす札幌に拠点を置く日本ハムの中心選手です。
持ち味は勝負強いバッティング。
(歓声)4回のリーグ優勝に貢献しました。
自分にはない何かを持っていると西選手は感じました。
僕はノリちゃんって呼んでるんですけどノリちゃんは僕に何の影響を受けたのかって話も僕は特にした事ないですし…。
でも僕はナッパって呼ばれてるんですけど…ファイターズがすごく北海道の中でも名前をすごい取り上げられるようになって当然ノリちゃんの中で悔しい思いというのは僕はあったと思うんですよ。
時々食事をしたりゴルフをしたりする気楽なつきあい。
よっしゃ〜!その中で稲葉選手の強さの秘密に気付きます。
面白いですね。
完璧だこれ。
たくさん練習…じゃなくて短い練習の中で集中をしてより高い精度の中で求めてやっていきましょうという事をやってきたんですね。
多分ノリちゃんもそれは自分で感じたんじゃないですかね。
いろいろやってみて。
こうじゃ駄目だっていうのは多分自分でいろいろ感じたと思いますよ。
「ベテランにはベテランなりの戦い方がある」。
そう教えられました。
年齢に合った戦い方を求め西選手はフォームの見直しを始めます。
空中で受ける風を再現する…40歳を前に取り組んだのは力よりも技で飛距離を伸ばすフォームでした。
それまでは強く踏み切る事で飛距離を稼いでいました。
一方新たなフォームでは空中での姿勢にこだわりました。
ジャンプの飛距離に大きく関わるのが進行方向に対して垂直に働く揚力です。
同じ条件で飛んだ場合風を受ける面積が広いほど揚力は大きくなります。
できる限りの揚力を得るため試行錯誤を続けました。
実験に立ち会った山辺芳さん。
西選手の研究熱心な姿に驚かされました。
特徴的だったのはこの手のひらの向きをこう…内側に入れてみたり外側に向けてみたりとかです。
指を開いたりとか閉じたりとか手のひらの向きをそれこそ今やっていませんがまっすぐにしてみたりとかですね。
こうしてできたのが両手両足を広げる事で揚力を大きくするその名もモモンガジャンプでした。
新しいフォームを身につけるためトレーニングも変えました。
力を入れたのは空中姿勢を保つために欠かせないバランス感覚を養うメニュー。
パワーをつけようと若い頃に繰り返したウエイトトレーニングは減らしました。
飛距離を伸ばすために浮力をどれだけ得られるかというのは自分の中で考えて試して考えて試してというのをかなりあの天才でも考えて苦しんだ末あのモモンガスタイルっていうんですか?というのを完成したようですね。
去年6月。
西さんお誕生日おめでとうございます!西選手はチームの後輩たちに囲まれて41歳の誕生日を迎えました。
うれしいです!
(一同)・「ハッピーバースデートゥユー」
(拍手と歓声)イェイイェイ。
ソチオリンピックまで残り8か月。
これまでのような気負いはありませんでした。
迎えた7回目のオリンピック。
競技に集中したいと控えてきた開会式。
20年ぶりに参加しました。
更に試合の前日には練習を休んでほかの選手の応援に駆けつけます。
どうもお疲れさまです。
ありがとうございました。
あっもう…あれいつですか?これですよこれ。
あの余裕の戦法が始まっていました。
(実況)7度目の挑戦。
悲運のエースからメダリストへ。
金メダルへのテークオフ!さあどうか!?高い高い!
(解説)行け行け行け行け!
(実況)行きました!
(解説)行きましたね!
(実況)大きなジャンプだ!心の余裕で飛んだ大ジャンプ。
41歳でたどりついた境地でした。
(場内アナウンス)「ノリアキ・カサイ!」。
(歓声)2日後。
西選手の成熟した姿を映すもう一つのメダルが生まれます。
団体での銅メダルです。
歓喜の瞬間西選手はそこにはいないもう一人のチームメートの事を気遣っていました。
代表チームの中で西選手に次ぐベテラン渡瀬雄太選手。
31歳でオリンピック初出場を果たしましたが団体のメンバーからは外れました。
団体の試合の前日。
精彩を欠く渡瀬選手。
自分のふがいないジャンプにいらだちを隠せませんでした。
う〜んまあ…団体のメンバーが発表されたのはこの直後でした。
ちょうどこの時ラージヒルの表彰式が行われていました。
宿舎に帰り後輩たちから祝福された西選手。
渡瀬選手だけが一人で部屋にいる事に気付きます。
部屋を訪ねた西選手はもらったばかりの銀メダルを見せながらこう語りかけました。
あれはもう忘れないですし今後も絶対頭の片隅にはあるものなのでしっかりそれを…。
忘れる事は当然ないですけどそれをしっかり思い出しながら僕ももっと頑張りたいなって。
ラージヒルと団体戦と出れなかったその悔しさはもう僕も十分分かってます。
長野で味わった僕の思いと同じ事を彼が味わったと。
また一人のライバルとして頑張ってもらいたいなと思いますし一緒に刺激し合って頑張っていければなと思ってます。
長野では団体のメンバーから外れ落ちろと念じながら仲間のジャンプを見つめた西選手。
41歳になった今同じ悔しさを味わっている後輩を放っておけませんでした。
この行動がチームの雰囲気を変えます。
渡瀬選手がメンバー一人一人に頑張れと声をかけたのです。
団体当日。
渡瀬選手のためにも最高のジャンプを。
メンバーの気持ちは一つになっていました。
最年少二十歳の…
(実況)高さはある高さはある。
大きなジャンプ!難病を押して出場した…膝の痛みを薬で抑えて飛んだ…
(実況)膝の痛みを抱えながら…伸ばして伸ばして…。
試合前厳しい戦いが予想されていた日本。
3位で最終ジャンパーの西選手につなぎます。
(実況)さあいよいよメダルを懸けて西紀明。
(解説)最後のジャンプ頑張ってほしいです。
(実況)目安のブルーのラインを越えてくれば日本メダルが見えてくる。
西動かない。
来い来い来い伸ばしてきた!かつて孤高のジャンパーと呼ばれた面影は消えていました。
(歓声)いやもううれしいです。
もうみんなが頑張ったので…。
力を合わせてメダル取れた事がホントにうれしいしホントに取らせてあげたいと思ってたのでよかったです。
試合のあとこう語りました。
今までの中で一番心が通じ合っている。
そんなチームだった。
本当に僕も…何て言うんですかね心が折れそうに…折れる時もあったんですけどもホントああいう姿を見てここでそういうふうになっちゃいけないなっていう…。
当然オリンピック見ててそれは強く思いましたしもっと頑張ろうっていう…。
日本ハムの稲葉選手。
一通のメールを受け取っていました。
「なっぱありがと〜。
あのプレッシャーに打ち勝ち最高のパフォーマンスが出来たことを嬉しく思っているよ!!競技は違うけれどお互いに刺激し合えたのが良かったと思う」。
去年僕全然駄目だったのでそういう意味でもねもう一度ねやっぱり自分が毎日悔いのないようにね練習をやったり試合をやったりね一日一日を無駄なく過ごそうとホントにそういう気持ちにさせてもらいましたね。
姉の紀子さんは帰国した西選手から思わぬ事を告げられました。
試合には必ず持っていった母幸子さんからの手紙を今回は自宅に置いてきたというのです。
母の手紙っていうのはどちらかと言うと強くなるっていうより頼るっていう方が強くてでも毎回持っていくけど置いていくっていう事は精神的に強くなったのかなっていうふうには思いますけどね。
3月下旬。
スロベニア。
西選手は4か月に及んだワールドカップの最終戦に臨んでいました。
痛めていた膝はこの時更に悪化していました。
しかし感じていたのはケガとつきあいながらシーズンを戦い抜いた自信でした。
今シーズン最後のジャンプ。
総合順位は前の試合から1つ落として5位。
それでも1桁の順位でシーズンを終えるのは10年ぶりです。
戦い抜いた現役最年長ジャンパーをファンがたたえます。
西紀明選手。
41歳でたどりついた境地から更に進み続けます。
(場内アナウンス)「ノリアキ・カサイ!」。
2014/03/27(木) 22:00〜22:50
NHK総合1・神戸
41歳の境地 葛西紀明 知られざる素顔[字]

ソチ五輪で、日本中に元気をもたらした41歳・葛西紀明の銀メダル。最新インタビューと関係者の証言、さらに3月のW杯の戦いに密着。「レジェンド」の秘密を見つめる。

詳細情報
番組内容
ソチオリンピックで、日本中に元気をもたらしたスキー・ジャンプの41歳・葛西紀明の銀メダル。7度目の出場でひと回り以上、若い選手たちを相手に勝ち取った。その道のりは平坦ではなかった。長野オリンピックの団体メンバーから落ち、金メダルを逃した。2度の所属チームの廃部、最愛の母親の死…。過去を飛び越え、新たな戦いに向かう。最新インタビューと関係者の証言、さらに3月のW杯の戦いに密着。強さの秘密を見つめる。

ジャンル :
スポーツ – オリンピック・国際大会
ドキュメンタリー/教養 – スポーツ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論

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