ゆうどきネットワーク ▽女優・根岸季衣さんに、夫との死別や再婚について聞く。 2014.02.12

生字幕放送でお伝えしますこんばんは。
「ゆうどきネットワーク」です。
ソチオリンピック、10代がやりました。
スノーボードハーフパイプ15歳の平野選手が銀メダルそして平岡選手18歳が銅メダル。
快挙ですね。
このメダルに、大いに刺激を受けている人たちがいるようです。
きょうのニャンカメです。
神奈川県川崎市です。
宮崎大地アナウンサーです。
宮崎⇒さあすでに滑り始めました。
小学6年生の伊波ちかと選手です。
技が決まりました。
ありがとうございます、見事でしたね。
本当に銀メダルと銅メダル見事でしたね。
きょうは川崎市にあります屋内のスノーボードの練習場に来ています。
こちら、そうしたオリンピック選手を目指した子どもたちを対象に本格的なスノーボード教室というものを開いています。
こうした教室は首都圏で唯一なんです。
その、メダルの誕生を聞いて実はきょうすでに8件ぜひ子どもたちを習わせたい、自分たちも習いたいという問い合わせがきているんです。
この教室の中でも注目の選手というのがいます。
それがこちらです。
浜口たんと君小学校1年生です。
スノーボードを始めたのはあの平野選手と同じ4歳のときなんです。
今、滑りだしました。
フロントバックが決まりました。
ありがとうございました。
見事な滑りでしたね。
それにしても浜口君今滑ってみてきのうのオリンピック見てどうでしたか。
浜口⇒結構できたんじゃないかなって思いました。
将来の夢は?やっぱりオリンピックですね。
はい。
じゃあお隣、伊波くんです。
どうでしょう将来の夢は。
伊波⇒オリンピックでもちろん金メダルを取りたいです。
そうですか、ぜひ頑張ってもらいたいと思います。
きょうは女子のハーフパイプもあります。
メダルを期待したいところです。
川崎から中継でお伝えしました。
山本⇒1年生と6年生、堂々とした滑りでしたね。
一柳⇒高梨沙羅選手も頑張りましたよね。
小さい体で日本中の期待を背負って。
山本⇒10代に本当に期待を感じますね。
これからも活躍してほしいです。
オリンピックは、子どもたちにとって身近になったんでしょうね。
一柳⇒これをきっかけに一歩踏み出してもらいたいですね。
山本⇒おじさんも感激しました。
きょうは「人生ドラマチック」からです。
きょうのお客様は根岸季衣さんです。
先日このスタジオで収録しました。
ご覧ください。
三輪⇒本日のゲスト根岸季衣さんに質問です。
最近あったドラマチックな出来事は?根岸⇒ドラマチックって自分で言うのもなんなんですけど2月で60になりました。
還暦です。
山本⇒おめでとうございます。
さすがに、ちゃんちゃんこは着ませんよね。
着ません。
赤いドレスは着ますけど。
置いといて。
1つの話をね、置いといて…。
根岸季衣さん。
舞台やドラマで活躍する演技派女優です。
10年ほど前からはブルースバンドのボーカルとしても活動。
還暦を迎え、パワフルなステージを繰り広げています。
♪〜デビューしたのは、39年前。
劇作家・つかこうへいに見いだされたのがきっかけでした。
その舞台で、のちに数々の名曲を手掛ける作詞家大津あきらさんと出会い、結婚。
2人の子に恵まれ結婚生活は順風満帆でした。
俳優の風間杜夫さんは2人は不思議な絆で結ばれていたといいます。
結婚から16年後大津さんが急死。
根岸さんは、残りの人生を未亡人として生きていこうと考えていました。
しかし、10年後再婚を決意します。
きょうは、今再び幸せを手にした根岸季衣さんのドラマチックな人生に迫ります。
山本⇒お客様、根岸季衣さんです。
よろしくお願いします。
エネルギッシュですね。
楽しいですね、はい。
還暦とは思えないっていうか。
やだな、それ。
還暦といっても今、若いですもんね。
そうなんですよ。
みんなね、当たり前に友達も先に通過してるし。
そうですよね。
きょうよろしくお願いします。
まずはプロフィールいきましょうか。
三輪⇒こちらご覧ください。
では、まずは大津あきらさんと出会わなかったら女優人生はなかったという根岸さんのドラマチックな人生に迫ります。
幼稚園の学芸会で白雪姫を演じる根岸さんです。
毎回のように主役に選ばれこのころから将来は女優になると決めていたといいます。
その後、数々の名女優を輩出した大学の演劇科に入学。
ところが、根岸さんは芝居を勉強すればするほど女優を続ける自信がなくなってしまったといいます。
結局、卒業直前に退学。
保育士を目指すことにしました。
そんなとき、演劇界に新風を巻き起こしていた劇作家・つかこうへいから主役に抜てきされます。
根岸さん、二十歳のデビュー作「ストリッパー物語」。
手探りで演じた舞台でした。
当時、つかこうへいの芝居で音楽監督をしていたのが大津あきらさん。
後に、作詞家に転身し「心の色」や「forYou...」など数々の名曲を手掛けました。
根岸さんは、大津さんの支えで演じることに再び喜びを取り戻しました。
そして舞台「蒲田行進曲」を経て2人は結婚。
私生活でも2人のお子さんに恵まれ幸せの真っただ中にいました。
「蒲田行進曲」で共演した風間杜夫さんは大津さんの存在の大きさをいつも感じていたといいます。
ところが根岸さんが43歳のときに大津さんが、大腸がんを患い急死。
根岸さんにとって人生の大きな試練となりました。
山本⇒今の風間さんのことばにもありましたけど大津さんというのは大きな存在だったと思うということですけども、そんな大きい存在だったんですか?芝居のときも大津のギターに合わせて芝居を作ったりとかっていう感じで、常にそばにいたので戦友みたいなというかそういう感じでしたね。
まず、やっぱり、だから役者としての私をちゃんと理解してるし見続けてくれてるというそういう部分がすごく。
まあ、そのころアルバム作ったのもあって。
レコードを2枚大津が作詞・作曲で作ったりも。
一緒の仕事だったのでそれがやっぱり大きかったですね。
山本⇒私は大津あきらさんというと同じふるさと山口なんですけど山口の生んだ大作詞家という印象が強いので、こんなにつかこうへいさんとこういう形で関係していらっしゃるというのはよく知らなかったんですけれどつかこうへいさん大津あきらさん根岸季衣さんと絡むとどうなるんですか?これは。
大津と、つかさんは同じ慶應で私たちは何も言えませんみたいな。
だから、いちばん、そばにいつもいて何か、よかったの?ってつかさんが聞くのも大津だったりとか、私たちにはそういう発言権がなかったので。
山本⇒つかさんというのは確か口立てといって台本に書いてあるせりふじゃなくて舞台に自分が立って。
立ってっていうか演出席からそのまま入れてくんですよね。
私たちがオウム返しでそれをしゃべって、そうやって積み重ねていくっていうか。
どんな芝居になるのかもどんなシチュエーションになるか分からないまま、そういうシーンシーンをいくつも作って何となくそれを組み立ててくみたいな作り方だったんですよね。
それで、そこに大津さんもいらっしゃるわけですよね。
そう。
それで曲に合わせてどんどんテンションを上げて情感のあるシーンなんかはそれで作ってく、みたいな。
だから大津もつまんないとチューニングしたりとか芝居がおもしろくないのをそういう感じで意志表示したりとかって感じで。
3人の関係というのはおもしろいですね。
3人というか、大津、つかさん役者グループみたいな感じでだから、私たち怖い園長先生のところにいる生徒みたいな感じで固まって、私たちだけは仲よくしようねみたいな感じで。
だから風間さんとかもそうだけど今でもずっとねみんな役者どうし仲よくいられてすごく幸せだな、財産だなと思ってますけど。
三輪⇒充実の女優生活を送られているんですけれども最初は1回女優になることを諦めて保育士になろうと決意ってこれ、かなりの大きな決意だと思うんですが。
若いときって自分に自信がないから、こんなにやっぱりやりたいっていうすがってでもやりたいっていう気持ちがありすぎるといじけるじゃないですかできない自分に。
こんなに、いじけているよりちゃんと働いた分だけ評価される、そういう仕事がしたいなとかって、思っちゃって。
山本⇒でも、小学校時代とか幼稚園時代とか子どものときから主役ばっかりでしょ。
自信は相当あったでしょ。
いや、でも実際に踏み出してみるとつかさんも怖かったですしね。
めちゃくちゃ言われましたし。
全人生を否定されるような。
山本⇒そんなこと言われたの?お前はそういう考え方しか男に対してできないのか、とかどきっ、ぎくっ、みたいな。
人間性を否定される、みたいな。
だったら、こう一生懸命働いたらよくやったねってすごく、素直に評価される仕事したいなとか思って。
実際、保育園にまず飛び込んでアルバイトさせてもらったらすごく楽しかったんですよね。
これはちょっと資格取って本格的にやろうと。
そんな気持ちになっちゃって。
でも、それで帰ってきちゃったんでしょ。
はい。
園長先生にあなたはもう保母になるために生まれた人だってそこまで太鼓判を押されたんですけどちょっとまた資格取ろうと思って学校に行き直したりなんかしてそこで、また座学になると現場が好きなんですけど座学になると、めげるたちで。
それで、結局ね。
また、女優に、つかさんから声かけられて、戻って結構やっぱり、いろんなことまた言われるわけでしょ。
でもね、そのときは強気だったんですよ。
もう嫌なら辞めりゃあいいんだと思って。
何か言ってごらん、嫌だったらとっとと辞めるから、みたいな開き直りがあってよかったんじゃないですかね。
そこに、大津さんはどういう役割というか存在でいらっしゃたんですか。
いつも、そのときはオブザーバーみたいな感じでそばには、稽古場にはいつもいたりしてたんですけれども。
また女優をやると言ったら何とおっしゃりました?そのときは…つかさんはね何か感じてたみたいで、大津お前はああいう根岸みたいなの嫌いだろ、嫌いだろ、ああいう女嫌だよな、嫌いだろってずっと言ってました。
何かを感じたんでしょうね。
ということは大津さんは好いてるな、と。
っていうか、ここには何か起きてしまうかもなと思ったのかな。
分かんないですけど。
結局起きてしまったわけですよね。
まあ、そうですね。
はい。
やっぱり1回辞めてまた元戻って改めて大津さんの存在というのはどういうものだったんですか。
初めは、ほんとにいつも、いつもつかさんのそばにいて芝居のときにも、弾き語りでいつも弾いてましたからそういう、そばでずっと芝居を見続けてくれている人という感じだけでしたけどね。
やっぱり一緒になるっていう予感はあったんですか。
いやいや、なかったですね。
アルバムを作ることになったことがすごく大きいと思いますね。
やっぱり芝居以外のところで全作詞・作曲がそうだったので一緒に作ったという作業がすごく大きかったと思います。
三輪⇒いったん大津さんとご結婚されたんですが実は根岸さん6年前に再婚をされています。
しかし、大津さんの死後再婚してもいいものかとずっと悩み続けたといいます。
亡き夫の地元、山口県仙崎です。
根岸さんは今もたびたび訪ねています。
そこには家族同然に迎えてくれる大津さんの同級生が暮らしています。
同級生たちは大津さんが亡くなったあと歌碑を建立。
それだけでなく根岸さんを同窓会にまで誘ってくれたといいます。
大津さんの地元の小学校からの同級生です。
地元の人とのつきあいは深まるばかり。
その一方で根岸さんは悩み始めます。
亡き夫への思いと同時に…葛藤の末根岸さんは、再婚を決意します。
新婦、ボーカル、根岸季衣。
当時、根岸さんは54歳。
今から6年前のことです。
再婚を祝って、みずからウエディングライブも開きました。
お相手は同じブルースバンドのドラマー。
10歳年下の宇賀啓祐さんです。
20年来の親友で大津さん亡きあと最も頼りにしたのが宇賀さんだったといいます。
根岸さんは、再婚を決めたときにある人のもとを訪ねました。
大津さんの母・紗枝子さんです。
私は、季衣さんにね…その気持ちでいっぱいです。
山本⇒やっぱりお母さんのひと言というのは大きかったですか?そうですね。
東京に母が来たときにも宇賀が案内してくれたりとかそういうこともちょっとあったので宇賀さんならよかったねってすごい祝福してくれたので。
一緒に帰ってきてねって言ってくれたのが、すごい…。
山本⇒仙崎の映像が出てお友達がたくさん集まっていらっしゃいましたけどあれを見ていると大津さんとの結婚生活というか大津さんとだけじゃなくて仙崎というところで、根岸さんがとても大切にされているなという気はしたんですよね。
なんと言いますか、やっぱり正直再婚するということに関して本当に周りも温かく見守ってくれるという中で後ろ髪を引かれるっていうことはあったんですか。
今、悩んだというあれでしたけど私、まず考えてなかったですよね。
再婚するということを、全く。
子どもと仕事のことだけでもういっぱいいっぱいだったので全然そんなことも考えもしなかったんですがただ、やっぱり未亡人っていうのはすごく、思ったよりも押さえつけっていうかずっと喪に服してなきゃいけない感じってなんとなく漂ってるなあっていうのはあったんですけど。
それは、どういうときに感じたんですか。
何でしょう。
だから、自分でも「RamblingWidow」というオリジナルを作りましたがこのまま、はにわみたいに一緒に埋められちゃいそうな気配っていうか。
でも、もちろん仕事があったから私なんかは、まだねその仕事のところで発散できますけど。
あの…なんか未亡人ってちょっと響きが、いいじゃないですか。
そのよさはそういうストイックな部分にすごく実はそういう感じがあるから禁断の、みたいな感じがあって響きが、なんかすごくミステリアスというかそんなもんなんだなと思って。
だから、本当に子どものお弁当がなくなるまでは、再婚なんて考えもしませんでした。
子育てで?はい、もういっぱいいっぱいで。
お弁当がなくなってやっぱり自分の朝のノルマみたいのがなくなると。
お子さんたちのお弁当はいつまで作ってらしたんですか?下の子が高校終わるまでですね。
そうすると、突然子どもたちも自分の時間がだんだんできてきてきょうはごはんいらないってことが増えてくるとすごく張りがなくなってふっと、何かさみしいなと思ったときにバンドも一緒にやってたので。
それまでは考えもしなかったですけど。
山本⇒やっぱり、弁当を作らなくてもよくなった子どもから手が離れたということですかきっかけというのは。
そうですね、本当にそう。
だから、もう年齢的にもぎりぎりだったかなって。
やっぱり体力いるじゃないですか新しく生み出すのって。
だから、ちょうどラッキー私、みたいな。
だって、40…43っていうか、44ですね。
ウエディングライブをたまたま誕生日の前の日にやって1歳だけサバよんだっていう。
54、54で。
そうですか、なるほどね。
でも、再婚、それで踏み出したわけですけれども再婚という形っていうのは同じ女性としてもいろいろ感じるでしょう?三輪⇒そうですね。
再婚っていう形にしなくちゃいけなかったというか20年来の親友だったらそのままでもずっと一緒にはいられる…逆にね、すごくそれがね宇賀の家族や宇賀に悪いなと思って。
やっぱり、なんか、どうも年下の彼氏がいるみたいだよみたいな感じは嫌だなと思って。
やっぱりみんなに幸せを祝ってもらいたかったし仙崎の、それこそ友人たちにもよかったねって祝ってもらいたかったのですごく、それはきちっと逆にしたいなと思って。
やっぱり再婚してみてよかった、と思って。
して。
何がよかったですか?びっくりしちゃいました。
自分で。
こんなに安心すると思わなかった。
再婚したことで、安心した。
老後一緒に過ごす人がいるってこんなに、なんかほっとするんだなって思って。
自分で緊張していたつもりもそんなに頑張って肩ひじ張っていたつもりもなかったんですけど、でもすごくほっとしたんですよね。
山本⇒なんでしょうほっと、っていうのは。
この間熊谷真実ちゃんとも、ほら結婚しましたけど、2人でだよね、よかったね私たちって。
本当に彼女もこんなにほっとすると思わなかったって同じこと言ってましたね。
その、だよね、はなんでしょう。
幸せになってよかったよねっていう、だよね、なんですけど。
やっぱり、ちゃんと一緒に老いていける一緒に過ごせていける人がいるって、すごくいいものだなと。
ありがたみが、この年になるとひしひしと感じてますけど。
山本⇒やっぱり違うものですか?再婚という一歩踏み出したっていうことが。
自分でも思った想像以上でしたね。
例えば、日々、朝起きてまず感じることは再婚のありがたみとかって具体的に何かあります?やっぱり隣に寝息があるっていいなとか、本当に思いますね。
あと、ふるさとも新しくできたふるさとがまたこれが瀬戸内でねまた魚がおいしいんですよ。
香川県でしたっけ。
はい。
私、なんて魚についてるんだろうと思って。
仙崎もね、かまぼこおいしいし魚もおいしいし。
日本海の魚を食べ尽くして今度瀬戸内に、べたなぎのまた違う魚にたどり着きました。
食べるために再婚したんですか?食べるたびにね、なんて私ラッキーなんだろうと思って。
今もその幸せもね、ひしひしと。
魚をよく送ってくれるんですけどついてる私、と思って。
でも、やっぱりお話を伺っていて映像を見ていたりしてて思うのは再婚で幸せをつかんだとおっしゃる根岸さんを支える多くの人がいらっしゃるなという気がするんですけど。
はい。
本当に人にもとても恵まれてます。
つか事務所のときの仲間も今も仲よしでしたしバンドメンバーっていうのもある程度の年になってからバンドやり始めてみんな業種もまちまちでそういうメンバーとも10年以上一緒にやっていられるし本当に周りに、いつも恵まれているなと思いますね。
根岸さんのように、きょうテレビ見ていらっしゃる方が例えば、死別した愛する人と死別したあるいは離婚したという方でまた、年を重ねながら女性としての幸せをなんとか獲得したいっていう方もいらっしゃると思うんですよ。
そういう方に何か言うことがあるとすればどういうことですか?踏み出してみましょうよ、って。
そうすると、結構いろいろ自分で思ってた以上にいいこといっぱいあるかもっていう感じですか。
さあ、その還暦のライブがありますけど。
16日に今月、銀座TACTというところでやりますんで。
やっぱり、あれですか還暦ですから、赤いドレスで?もちろん。
全部赤じゃないですけどちゃんとポイントポイントきかして。
逆に、でも、派手にというよりも今までやったきたことの積み重ねをこつこつこれからもやるようなそんな感じでやろうと思っていますけども。
大津さんが大きい存在だって季衣さんおっしゃっていましたけれどもきっと宇賀さんも大きい存在なんでしょうかね。
本当に何て言ったらいいのかてれくさいですね。
てれくさい。
ひと言だけ。
幸せです。
今、とても幸せです。
きょうはありがとうございました。
すいません、なんだか。
山本⇒完璧。
どうなるんでしょうね。
三輪⇒すてき。
ありがとうございました。
「人生ドラマチック」本日のゲストは根岸季衣さんでした。
ありがとうございました。
山本⇒先日このスタジオで伺いました。
結婚のこと、再婚のこと、ストレートに素直に話してくださいました。
かわいいですよね。
一柳⇒チャーミングです。
山本⇒そのかわいさが周りの人を巻き込んでいって根岸さんのためならという気にさせる力がある方ですよね。
一柳⇒誰からも愛情を注いでもらえる方なんだなって感じました。
山本⇒赤いドレスの還暦のライブは盛り上がることでしょうね。
一柳⇒続いてはこちらです。
栃木県栃木市。
かつて物資の輸送で栄えた商業の街です。
街中を歩くと…蔵、蔵、そして蔵。
江戸から明治の商人たちが建てた蔵が今も数多く残されています。
古い蔵を、新たに利用することで若者の人気を集めているお店も。
「行ってみたい!」蔵を残し、守っていこうという人たちに出会います。
栃木のお話です。
リポーターは3年ぶりのギョーザ購入額日本一に万歳という宇都宮放送局の金岡紀子さんです。
金岡⇒栃木県は、朝晩は氷点下の冷え込みですごく寒いんですけれど心はいつもギョーザのようにジュワーッと情熱を持っていきたいと思います。
ギョーザは前よりはちょいちょい食べるようになりました。
1週間に一度は食べますね。
私が訪ねた栃木市は宇都宮から南へ30kmのところにあります。
江戸時代には物資を輸送する交通の要所でした、宿場町そして積荷問屋の町として栄えました。
古い蔵の街を残そうとする人たちを訪ねました。
栃木県南部。
人口およそ14万の栃木市です。
街を歩くと目に入るのが古くて立派な建物。
実は、見世蔵といわれる商店を兼ねた蔵なんです。
江戸時代の末から明治にかけて建てられた蔵がおよそ250残っています。
その多くは市の中心部を流れる巴波川沿いに建てられているんです。
川には観光客を乗せる遊覧船があります。
乗り心地はいかがですか?最高です。
船から見る江戸の風情が観光客に人気なんですよ。
一柳⇒映画の撮影にも使えそうですね。
♪「船頭泣かせの」船頭さんは、かつての舟歌を歌い観光ガイドもしてくれます。
江戸時代、ここから日本橋まで三日三晩かけて米や木材などの物資を運んだそうです。
栃木市は、江戸時代の始めから日光と江戸を結ぶ物流の拠点でした。
現在、街に残っている蔵は明治時代、北関東随一の商都といわれたころのものです。
山本⇒真ん中にはガス灯がありましたね。
当時の繁栄ぶりが分かるのがかつて麻問屋を営んでいた横山家の屋敷です。
現在は資料館として公開されています。
これが麻の束ですね。
うわあ。
栃木県は、江戸時代から麻が盛んに栽培されるようになりました。
麻は神社のしめ縄や大相撲の横綱が締める綱として使われるなど高値で取り引きされました。
麻問屋は莫大な収益を上げたことからこんなサイドビジネスも。
銀行もされてた。
書いてありますね、ここに。
さらに…うわあ、立派な金庫ですね。
印象的なのが明治時代に作られたこちらの金庫なんです。
ダイヤルをよく見ると数字ではなくイロハニホヘトなんですよ。
イロハがこっちの方向じゃなくて時計と反対回りでイロハニホヘトになってますね。
それも時代を感じますね。
そうですね。
当時は文章も反対ですから。
当時、問屋で成功し金融業にまで進出する商家が市内に5軒ほどあったそうです。
蔵を守る、この街ならではの職人さんを見つけました。
傷んだ屋根を修復する左官職人栃木正和さんです。
栃木さんですか?栃木の栃木さんです。
鬼瓦の後ろにある装飾部分を影盛といいます。
影盛を修復するしっくいは石灰や砂などが原料なんですがその分量を見極めるには経験が必要なんです。
今では、影盛を修理できる左官職人は数少なくなりました。
栃木さんは作られた当時の職人の技を受け継いでいこうとしています。
山本⇒屋根の見栄えの部分ですからね。
多くの人に、蔵に親しんでもらおうと、新たな使い方をしている人もいます。
こちらは150年前に建てられた見世蔵です。
このとおり、外観は昔ながらのたたずまいですが…中は、軽やかなパステルカラー。
衣装部屋をイメージした店内にはハンドメードの雑貨やアクセサリー、それに洋服などが並べられています。
一柳⇒おしゃれですね。
この街が気に入り移り住んだ牛山美樹さんです。
すべて手作りで改装。
柱などを白色に塗り替えました。
山本⇒色だけでもずいぶん違いますね。
若い人も気軽に入れる店作りを目指したんです。
床もフローリングです。
20代から30代のお客さんに人気なんだそうですよ。
やってみて今、どんなふうに実感していますか?古い建物を守り新しい魅力が生まれる。
蔵とともにある暮らしに触れた旅でした。
一柳⇒女性はやっぱりかわいいものとか、おしゃれなものが好きですよね。
あそこを目的に行く人も増えそうですね。
そうなんですよね。
山本⇒ほかにありますか?蔵以外にも古くてレトロなお店があってそこでカフェやレストランなどを営んでいる人がいます。
古いところを使って開業したいという人は、リフォーム代の一部などを市が補助する制度もおととしから始まっているんです。
蔵にインテリアショップを開く若者もいるそうですよ。
ああいう雰囲気でお店というのはそそるんじゃないですか。
一柳⇒いってみたいと思います。
また川沿い蔵が建ち並んでいるところですが巴波川沿いにちょっとした有名人がいるのでご紹介します。
コイに餌をやっているのは関根のおじさんです。
20年間毎日餌をやっているんですよ。
観光客もコイが集まってくるので大サービスでおじさんは大人気なんです。
何をやっているんですか?パンのみみですか。
カステラですとかかりんとうなど関根さんはお菓子屋さんなんです。
コイの皆さんに申し上げます、甘い物食べ過ぎないようにしてください。
巴波川沿いには、すてきな景色がありますので行ってみていただきたいと思います。
「行ってみたい!」でした。
続いては「毎日食べた〜い絶品!まかない飯」一柳⇒きょうご紹介するのは香りがポイントフランス料理のまかないです。
まかない飯、それは料理人が自分たちのために作るひと皿。
そこには家庭でもすぐに使えるプロの技が詰まっています。
若者が集まる街、東京・渋谷。
住宅街の一角に、2か月先まで予約がいっぱいのフランス料理店があります。
いらっしゃいませ、こんばんは。
料理長を務めるのは本場フランスで腕を磨いた石井真介さん。
店のおすすめは、有機野菜のフランス風バーニャカウダ。
もともとは、生野菜をアンチョビソースで食べるイタリア料理なのですが石井さんは野菜をゆでたり揚げたりしてうまみを増す工夫をしています。
ソースもアンチョビではありません。
石井さんきょうのまかないは何ですか?使う野菜は、アスパラやかぼちゃ、カリフラワーなどお好みで。
このまかないは、残り物の野菜を有効活用するために生まれました。
まずは野菜から。
アスパラは一口大に。
たまねぎは食べやすい大きさに切っていきます。
かぼちゃを揚げていきます。
かぼちゃや、さつまいもは180度の油で2分間素揚げにします。
この作業で、香りやホクホク感が引き立ちます。
続いてはホイルの準備です。
食材がこぼれないよう2枚重ねて大きくします。
表面にバターを塗ったらたまねぎを置きその上に、ごはんを載せます。
さらに塩、こしょうをしたさけを載せ残りの野菜を載せます。
こうすると間に挟まれたごはんにさけや、野菜のうまみがしみこみます。
次はたっぷりのバターを火で焦がしていきます。
茶色く色づいてきたら氷水で冷やします。
ソースをたっぷりとかけることで食材に一体感が生まれるといいます。
香りづけにカレーパウダーをかけます。
最後に食材を崩さないようホイルをふんわりと包み200度のオーブンで20分間焼きます。
ホイルを開けば、辺りにカレーとバターのいい香りが立ち上ります。
野菜やさけのうまみがしみこんだバターライスの包み焼きの完成です。
いただきます。
きょうのまかないはいかがですか?すいません、もう1回もう1回やらせてください。
石井さんにとってまかないとは?料理人魂です。
料理ってのはお客様に対しても従業員に対しても全力で魂を込めて料理を作るってところから僕にとってもやっぱり全力でまかないを作るというところから料理人魂です。
山本⇒おいしそうですね。
一柳⇒この料理パピヨットという肉や魚を紙で包む料理をアレンジしたもので立ち上る香りが特徴です。
カレーパウダーの代わりにすだちなどかんきつ類の皮を入れてもおいしいそうです。
山本⇒きょうはニャンカメが出ております。
ソチオリンピックが刺激になっているということですね。
一柳⇒神奈川県川崎市から宮崎大地アナウンサーです。
宮崎⇒再び室内の練習場からお伝えしております。
すべていただきますのは伊波智翔人選手です。
小学校6年生です。
得意技はが決まりました。
最後は2回ひねりました。
ちょっと滑りました。
失敗してしまいましたけれども何度見ても見事な滑りですね。
こちらの伊波君を教えているインストラクター、堤さんです。
オリンピックの金メダルと銀と銅メダル感動しましたね。
堤⇒本当に感動しました。
日本の子どもたちが世界に通用するということが証明できた歴史的瞬間だと思います。
子どもたちがどんどん増えてくるとうれしいと思います。
メダリストの誕生を期待したいですね。
中継でした。
山本⇒宮崎アナウンサーも興奮していましたね。
メダルを取った直後のようでした。
子どもたちが熱中する、それはオリンピックにつながっていくメダル前にいい風景を見られた感じがしましたね。
元気をもらいました。
あそこで元気になっていますからね。
お便りの紹介です。
一柳⇒根岸さんに寄せられました。
私も49歳で再婚、隣に寝ている人が安心感、とてもよく分かります、毎日楽しい55歳の女性からいただきました。
そして「行ってみたい!」にも届いています。
栃木に住んでいながらも、なかなか栃木市になじみがなく見入ってしまいました、新たな発見、魅力を知りました、毎年冬になると巴波川周辺では、イルミネーションが期間限定で彩られ、よい散歩コースにもなったりします。
カフェなどもたくさんあって今週末は行ってきます。
山本⇒あすのゆうどきです。
「絶品!まかない飯スペシャル」。
卵が主役の絶品料理を特集。
家庭で役立つプロの技をたっぷりお見せします。
震災から3年。
都内のNPOは料理教室で福島から避難してきた人を支援しています。
食という視点からサポートを続けるその取り組みを伝えます。
2014/02/12(水) 17:12〜18:00
NHK総合1・神戸
ゆうどきネットワーク ▽女優・根岸季衣さんに、夫との死別や再婚について聞く。[字]

女優・根岸季衣さんが出演。夫との死別や再婚の決断について話を伺う。旅のコーナーでは、蔵と洋館の町として知られる栃木市を訪ね、レトロな街並みを楽しむ。

詳細情報
番組内容
【キャスター】山本哲也,一柳亜矢子
出演者
【キャスター】山本哲也,一柳亜矢子

ジャンル :
ニュース/報道 – 定時・総合
情報/ワイドショー – 暮らし・住まい
情報/ワイドショー – グルメ・料理

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