福田こうへい:「南部盛岡雫石」黒柳徹子:すごいです。
今日のお客様は…。
黒:福田こうへいさん、今日のお客様。
いろいろお話、伺います。
楽しみです。
黒:今日のお客さまは歌手でいらっしゃいます。
本当に歌のうまい方で、民謡をおやりになったっていう事もあるんですけど、福田こうへいさん、今日のお客様です。
福:どうぞ、よろしくお願いいたします。
黒:とても、お歌いになった歌が『南部蝉しぐれ』という歌なんですけど。
私、青森に疎開してて、南部せんべいっていうのを、時々、もらって食べてたので。
南部せんべい。
だから、南部って出ただけでも懐かしいんですね。
だから、『南部蝉しぐれ』っていうのが題名なんで、うわぁ、懐かしいと思いました。
あれでしたね、『紅白』の時は「じぇじぇじぇ」が近かったんで。
福:そうです。
久慈地方の方に行きますとね、ちょっとビックリしたので、一回、「じぇ」って言うんですけれども。
黒:私たちの方はね、私の疎開していたところは、青森県なんですけど、ちょうど青森と岩手の真ん中にある三戸っていうとこ。
福:三戸、はいはい…。
黒:諏訪ノ平っていうところなんですけど、私がいたところはね。
そこはね、何も言わなかった。
「じぇじぇ」って言わないと思ったら、「どど」って言いましたね。
福:あ、「どど」?黒:「どどど」。
福:結構ね、ちょっとした、土地が変わりますと、その発音も変わるんですよ。
久慈地方ですと、「じぇじぇじぇ」。
で、私の住んでいる内陸の方は、今度、「じゃじゃじゃ」なんです。
黒:本当に?福:はい。
で、今度、海沿いの大船渡、新沼謙治さんの出身の場所、あそこは、「ばばば」なんです。
黒:「ばばば」?福:はい。
黒:やっぱりね。
でも、音楽的ですよね。
うちの方は、「どどど」ですから。
そうでいらっしゃいますか、へえー。
それで、大変、面白い方で、『紅白歌合戦』に1年2か月で、すぐお出になってお歌いに…。
あの時の、ご感想いかがでしたか?NHKホールで。
福:そうですね。
スピードが、やっぱり早く…。
そういうような夢のような場所がきましたので、すごい、うれしい思いは当然なんですけれど、まずは、歌わせていただく時間を一生懸命、集中して歌おうという。
もう本当に、被災地の方、あとは岩手の方、あとは東北地方の方が、もう自分が魂を込めて、一生懸命、今、歌いますよという、そういう気持ちで、そっちの気持ちばかりの方に集中しましたね。
黒:あ、そうですか。
でも、じゃあ集中して…。
今でも、岩手に住んでらっしゃるんですってね?福:そうですね。
めっきり、もう東京の方が結構、多くなりましたけど。
盛岡に住みながら、東京をこう、行ったり来たり。
黒:すごいですよね。
ああ、そうですか。
まあ、『紅白歌合戦』の時に、ちょうど拝見しておりましたらば、おじい様と、おばあ様が、NHKホールにいらっしゃって、相葉君かなんかがインタビューしてたんじゃないですかね。
とってもすてきな事をおっしゃってましたよね。
福:あんなに長くしゃべると思いませんでしたので、ちょっと、私の方もビックリしたほかに、ちょっと反対に、心配になってしまったんですけれどもね。
でも、じいちゃんも、「魂を込めて歌いなさい」と言ってくれたので。
ちょっと涙が出そうになりましたけれどもね。
黒:とっても、あそこに、おじい様と、おばあ様がね、とても普段と同じような感じで、お話しになったので驚いてね。
あがっちゃって声も出ないとか、そういう事なくて、普通のように「感謝してる」とかっておっしゃってね。
そういう風におっしゃってたんでね。
福:そうですね。
あれだけ元気でいてくれるのが、まず、自分の今の頑張りを見てもらいたいという一つですし。
そのほかに、やっぱり、農家の長男で生まれたっていう、おじいちゃんの強い気持ちっていうのは、今まで、ずっと伝わってきましたので。
黒:すごい、うん。
おじい様、今でも、畑仕事、やってらっしゃるんですって?福:やってますね。
黒:ねえ。
福田さんが、ものすごく普通の方と違うところは、脱サラ。
脱サラなさったんですよ。
それで、今、歌手におなりになったんですけど。
脱サラの前は、お勤め?福:はい。
もう、会社勤めでしたね。
地元で、民謡の歌を、仕事やりながら。
で、サラリーマン、営業マンをやって。
黒:呉服屋さんの?福:そうです。
黒:そうですってね。
面白いの。
あ、これ、営業やってらっしゃる時の?福:そうですね。
ちょうど、このお店、自分が勤め始めて、大体、3年目ぐらいの時ですかね。
3年目ぐらいの時です。
黒:ですから、はっきり言うと、『紅白歌合戦』に出てらっしゃる方たちのお着物ご覧になると、いろんな事わかっちゃうんですってね。
福:まあ、気にはなります。
やっぱり、こういう着物かな?友禅かな?あとは、作家ものかな?作ってもらったのかな?っていう。
結構、テレビに出てる方々は、もう、作ってもらってる…。
オリジナルで作ってもらってるっていうのが、わかりますのでね。
ああ、これは、ちょっと市場では、あまり出ないなというのとか。
黒:そうですか。
でもまあ、お着物には…、呉服屋さんに、そうやってお勤めだったんですから。
なんで、その呉服屋さんで…。
農家もやってらしたんでしょ?福:農家です。
黒:お家がね。
でも、この間、農家帰ったら、牛いなくてビックリしたんですって?牛が。
福:そうなんです。
年明け前まではですね…。
黒:あ、こんな風に。
これ、あなたですか?福:はい、そうです。
黒:牛と一緒に働いて。
べこっこっていうんですね、向こうじゃ。
福:はい。
黒:べこっこと働いてた。
福:いたんですけれどもね、多分、おじいちゃんの方が、自分が、もう東京に出てきて、だんだん、私が出来ないという。
黒:あなたがね、出てきた。
福:そのほかに、自分も、だんだんと手をかけれないなというのから…。
電話の1本、ほしかったんですけれどもね、もう、やめてしまうよという。
黒:牛を売っちゃうよって。
福:そうしたらですね、帰った時に、もう1頭もいなくなってしまってたんですよ。
黒:えー。
福:それは、でも、おじいちゃんが、いろいろ自分の心配もしてくれた事なんだろうなと思ったんで。
黒:これから先の事ね。
福:はい。
ちょっとショックでしたけれどもね。
黒:歌が忙しくなれば、お帰りになる事も少ないので。
どうしてかっていうと、お父様がお亡くなりになったんですよね、早くね。
福:そうです。
52で亡くなりまして、今から9年前。
いってみますと、自分がこういう風になったのも、おやじのおかげもありますし。
で、『南部蝉しぐれ』の歌も、私が歌うのではなく、生前、もし、おやじが生きてれば、この歌は、おやじが歌った歌かもしれないんです。
黒:お父様は、民謡をおやりになってらっしゃって。
それを本職に民謡をなさってらして。
それから、どこかのラジオですか?司会もやってらしたりしたんですか?福:はい。
番組がありまして、その専属の司会を、ずっと、やっていたんですけれども、その番組の応援歌を作ってみませんかという話が…。
黒:あ、テレビ、テレビ?福:テレビですね、はい。
黒:それの応援歌を?福:はい。
それがおやじが亡くなってしまい、次の年に、その応援歌を息子さんである私に、マイクとともに継いでもらえないか?じゃあ、やらせていただきますと受けました。
そして、その応援歌も歌わせてもらいました。
その時に、津軽っていう歌は結構あるけども、南部ってつく題名の歌謡曲って、あまりないよなという、そういう、飲んでる中での話が出たんです。
黒:ええ。
福:その時に、作詞の先生が、こういう歌詞を、ちょっと、つけてみました。
作ってみました。
で、曲もつけて、こんなメロディーになりましたって言った時に、歌ってみないかと言われた時に、あ、これは、自分にきたものではなくて、死んだおやじが自分に置いていってくれた、いろんな機会とのどを、そういったものをくれたんだな。
これは、やらないわけにいかないなと思ったんです。
黒:だから、そこでは、いい機会ですものね。
でも、お父様、そんなに有名な方でいらして、民謡をやってらして、あなたも民謡も習ってらしたんですか?福:民謡もですね、私は、親子での師弟関係というのがもう成り立たないよと。
おやじから、やっぱり、もう離されたんです。
黒:そうなんですか。
福:そして、師匠が…、別のところに通って、そして、だんだん、5年間、おやじと一緒に仕事したり、あとは別の師匠と一緒に歩いてたんですけれども。
そうやって、おやじの方では、全然、アドバイスというアドバイスしてくれないわけです。
自分で気付いて、自分で勉強しろと。
結構、厳しかったので。
黒:でも、まあ、それで民謡も、おやりになって。
だから、本当は今でも、岩手にお住まいになって、農家もおやりになるんだけど、そこに牛もいたんだけど、あなたが歌が忙しくなるので、おじい様が一緒にやってらっしゃるんだけど、牛の世話までも大変だろうと、ご相談なさらないで、牛を売ってしまったと。
農家だけにしてって。
だから、あなた帰った時、牛、いなくて寂しかったけど、それはね、おじい様のお気持ちだったんでしょうから。
でも、あなたと、お父様とが、舞台で一緒におやりになった時があって、そのお写真が、とても大事な写真だそうですけど。
福:そうです。
もう小さい頃からの、いろんな生い立ちで。
ほとんど、おやじと撮った写真、おふくろもそうなんですけど、はかまをはいたのが、まず、おふくろで。
黒:左側の方が、お母様。
福:で、背広を着てるのが、おやじなんです。
花束をくれた女の子は、おふくろの教室の女の子が花束を私にくれたんですけれども。
黒:あの花を持っているのが、あなた?福:そうです。
黒:なんか女の人みたいに見えます、ちょっとね、着物、着て。
福:まだ、ちょっと、髪も茶髪でしたので。
黒:そうでしたね、茶髪ですね。
福:この時の、この1枚が、3人で撮ったのが最初で最後ですね。
黒:お母様のは踊りなんですか?福:踊りです、民謡…、民舞ですね。
黒:民舞?福:はい。
黒:じゃあ、本当に大事なお写真。
でも、お父様、うれしそうに笑ってらっしゃいますね。
福:そうですね。
黒:じゃあ、お父様は、あなたが、ああいう風に出て、あの時、あなたは、民謡をお歌いになったんですか?福:はい。
黒:そういうの、お父様は、お喜びだったんでしょうかね?福:まあ、でも、最後の最後まで、「よし」と言わないおやじでしたので…。
あの…、もう、生まれた時から、ずっときた中で、本当、この写真なんかも特に貴重なんですけど、20枚とないんです。
黒:そうなんですか。
福:その中で、ステージでもダメ出しがあるとですね、言葉で話をすると親子げんかになるので、おやじは、例えばダメ出し4回、4か所ダメだというと、4回、殴るんです。
コツン、コツンと。
黒:そうすると、4個いけないところがあったんだなと思うわけ?福:そうすると言葉で話をすると、けんかになるために、4回、殴られた。
じゃあ、4か所、どこがダメなんだろうなというので、自分で歌っておいたのをとっておいて聴くんです、もう何回も。
黒:ええ。
福:そして、あ、この場所かな?この場所かな?って。
教えるのは、すぐだけど、気付くのが早ければ、人に教わらなくても伸びるのは早いんだぞと。
黒:すごいですね、でも、それがね。
まだ、お話続くし、今日は歌っていただくんで、ちょっとコマーシャルです。
福:はい。
黒:でも、すごいですね。
お父様、民謡歌手でいらして有名。
それで、お母様も民舞って、踊ってらっしゃるんだけど、お姉さまも民舞って踊ってらしたんですってね。
福:そうです。
津軽の手踊りを、青森に行って習ってましたね。
黒:ただ、あなたは民謡は、ちょっと格好悪いなと思って、ずっと歌ってらっしゃらなかったんですって?福:もう、歌ってないですね。
大嫌いでした。
黒:で、23からお始めになったそうですが、その時、なんで始めようと思ったの?福:おやじとのけんかが非常に絶えなかったんです。
もう2か月、3か月、下手すると、もう口を利くとけんかになるというのが暗黙でわかって、けんかをするために、もう話もしなかったんですけど。
黒:反抗期もあったんでしょうね、きっとね。
福:こんなことばかりしてられないなというのから、おふくろが「内緒で、ちょっと民謡の大会、出てみたら?」って言った…。
黒:少しは歌ってらしたの?歌ってるのは…。
福:聴いては育って…。
ちょっとは歌えたんですね。
黒:すごいですね、うん。
で、出てみたらって、お母様、おっしゃって。
福:それで、おやじをちょっとビックリさせようと。
歌うはずないよっていうところを。
黒:サプライズ。
福:それで、大会に出たんですよね。
で、大会に出た時に、たまたま賞に入ってしまったんです。
黒:あなたが?福:この時に賞に入ったうれしさよりも、福田岩月さんの息子だから、入って当然なんじゃないの?っていう風に思われるのが、今度、自分の中でイヤだったんです。
もう、当然、主催の、委員長さんの息子さん…、なんかの賞に入れといてあげよう。
そういう風な、なんか、イヤだったんですね。
いつか、ちゃんと練習して、日本一になりたいという、そういう思いが、今度あって。
今度は、大会だけではなく、違う県に行って、福田こうへいっていう者が無名の場所で、どれだけの力試しが出来るかっていうのを、今度、自分でもしてみたかったんで。
それで、もう、いろんな大会にも出ましたし。
黒:でも、そこで随分、賞をたくさん、おとりになったんですってね。
福:そうですね。
黒:やっぱり、お上手なんですね。
福:いえいえいえ…。
黒:ちょっと…、今日、歌っていただくんですけど、歌っていただく前にですね、ちょっと、民謡って、どういう声、出すのか、ちょっと歌ってみて…。
いいですか?ちょっとだけ。
福:民謡ですとね、やっぱり高い声のイメージもありますけれども、例えば、山をイメージしていただくような感じで。
(民謡の発声)こんな感じの発声なんですけれども。
黒:すごいですね。
でも、すごい。
楽譜やなんかに書けるものじゃないですね、それね。
福:そうなんです。
正直言って、恥ずかしい事なんですけど、今、演歌の世界でも、譜面、あるじゃないですか。
この譜面が私、読めないんですよ。
聴いたものだけを、そのまんま、自分に取り入れる。
とにかくもう、体に染み込ませる。
頭の中に叩き込む。
そういう形しか…。
黒:だって、今のやつ、楽譜に書けないですから、「やってみろ」って、もしも、私が言われたらですよ。
私は音楽学校、出てるんですけど、そういう風な、こういうのが全然わかんないと、もう耳で覚えるしかないといっても、今の…。
もう1回、ちょっと…。
ちょっと私、真似してみるから、ちょっと、やってみていただいていいですか。
福:
(民謡の発声)黒:あのね、「はあ〜」って、はじめのとこ、一番はじめね。
そこんとこで、「はあ〜」ってね、上がったり下がったりするでしょ。
で、「はああ〜」って、なるじゃないですか。
そこらへんのとこでもって、全然わかんなくなっちゃいましたね。
覚えようと思っても、覚えられない。
福:そうですよね。
黒:すごいですね、民謡って。
「ああ〜」。
ちょっと…、「ああ〜」。
ちょっと、やってみていただけますか?福:
(民謡の発声)黒:全然…。
ちょっと、それじゃあ、歌ってらっしゃるお声がいいので、『達者でナ』と、それから『帰ってこいよ』と歌ってらっしゃるので、ちょっと、VTRで、見せていただきますね。
福:「わらにまみれてヨー育てた栗毛」「今日は買われてヨー」「町へ行く」「あの娘は小さくうなずいた」「茜の空で誓った恋を」「東京ぐらしで忘れたか」「帰ってこいよ帰ってこいよ帰ってこいよ」黒:すごい…。
今のあとの歌は、お母様が覚えろっておっしゃって、ちっちゃい時から覚えたんですか?福:そうなんです。
前ですね、ご本人様が、松村和子さんが、盛岡にも来たんですけれども、それより前にですね、歌が出た時に、私に、とにかく、車に乗せるとですね、あのテープをずっとかけるんですよ。
黒:お母様がね。
福:自然と覚えちゃうんですよ。
そうしたらですね、おやじが飲みに行って、迎えに行く時に、おふくろが私を連れてくわけです。
で、連れていきますと、飲み屋さんで待ってるおやじがいるんですけれども、そこで歌わせるんですよ、私に。
そうすると、上手、上手って言って、今度、いる方がですね、私にお花をくれるんですね。
黒:お花ってお金の事?福:はい。
まだ4歳、5歳ぐらいですよ。
で、その当初は、3歳ぐらいなんですけど、覚えてるんですけどね、もらったお金をですね、おふくろはちゃんと、「これ、ちゃんと貯金しといてあげるからね」って言って、自分の懐に入れて。
多分、自分で使ったと思うんですけれど。
黒:そうですかね。
福:はい。
黒:でも、お母様が、そういう風におっしゃってくださったから、小さい時から歌っていたから、民謡を、いきなり、お父様の事、驚かせるのに歌った時も歌えたって事ですよね。
福:そうですね。
一番、そうじゃないかなと思います。
歌を歌いなさい、歌いなさいって言ってくれたのは、おふくろだったんですけど、23の時に言ってくれなければ、やっぱり、今の自分はなかったですね。
黒:それじゃあ、コマーシャル挟んで、歌っていただきます。
『紅白歌合戦』で歌ってくださった歌ですけど。
ちょっとコマーシャルです。
黒:それでは歌っていただきます。
『紅白歌合戦』でもお歌いになりました、『南部蝉しぐれ』です。
どうぞ。
黒:どうもありがとうございました。
福:ありがとうございました。
黒:ああいう高い声をお出しになっても、全然、平気なんですかね?声が疲れるとか、そういう事、全然ない?福:やはり、ありがたいのが民謡で鍛えた声の音域もありますので。
黒:そうですよね。
高いですもんね、随分。
今、伺っててもね。
福:そうですか。
黒:それで、そうやって平気でね、またお話し、すぐっていうのすごいなと思います。
でも、そういう事があって、いろいろあったんですけど、残念な事に、ご存じのように震災があって。
それで、岩手の辺、特にね、震災の時に、なんか、いろんな歌手の方も、慰問に行きたいって、おっしゃったんですって?福:それが、自分たちにですね、電話がきたんです。
どうしても来て、歌を歌ってくれないか。
そのほかにですね、喜ばせてくれないかというほかに、あの人とあの人、あるいは、あそこの地区の人たち、涙を流すのを我慢してる人がいるので、涙を流させてあげる事は出来ないかと。
こういう話もきたので。
もう、どうしようかなって、すごい悩んだんです。
歌も当然、選びました。
海とか波とか、そういうようなものは、もう外して。
黒:東京の人たちも歌いに行きたいって、おっしゃったんだけど、現地の人が、ここの岩手の人がいいっていうことで。
でも、思ってらっしゃらなかったでしょう?みんなが泣きたいと思ってるって。
みんな、泣かないようにしてらしたから。
福:しましたね。
まだ、あの時は、避難場所でしたので。
いろんな方が、段ボール1つの仕切りから、顔をポコンと出すような感じで聴いてくれたので。
黒:でも、そこでも、やっぱり、地元の人に来てもらいたい。
そして笑いたい。
あなたの歌で泣いてっていう、そういうのが、みんなの心が落ち着くっていう感じがあったんでしょうね、みんなね。
福:その声、たくさんいただきました。
黒:何もかもなくしてね、本当にね。
でも、それは、いい事をなさいましたんで、それはまあ、お父様亡くなって残念ですけども、本当に歌手におなりになったから出来た事でね。
福:そうですね。
黒:で、あれですね。
アルバムがなんか、出るそうで。
福:そうなんです。
今度ですね、2月の5日。
アルバムの中でも、これの方は今までのコンサートでやったものをですね、ちょっと、いいところをとって…。
黒:なんか、徳光さんが、ナレーションを入れてくださってるんでしょ、なんか。
随分、この右の方のジャケットの表紙は…。
表紙っていうんですか?あれ。
もう1回、ちょっと、映していていただいて…。
これ、可愛いですよ、あなた。
なんか、可愛い。
ねえ、可愛いみたいですよね。
福:ありがとうございます。
黒:コンサートツアーもなさるんですが…。
すごいですね。
国際フォーラムはもう売り切れちゃったんですね。
福:おかげさまで、ありがとうございます。
黒:すごい人気ですよね。
だって、東京で。
福:本当、自分でもビックリしてます。
黒:国際フォーラム、売り切れって伺って、すごいなと思ってね。
みんな、やっぱり、あなたの声、聴きたいでしょうね。
福:もう、1か所、1か所、頑張ります。
黒:本当ね。
でも私、今日、お会い出来て本当によかったです。
福:いえ、本当に、ありがとうございます。
黒:本当に…。
『紅白歌合戦』で拝見してて、どういう方かなと思ったんですよ。
黒:盛岡より、ちょっとね、東北寄りですけど。
どうも、本当ありがとう。
これからもご活躍ください。
ありがとうございました。
2014/02/12(水) 13:20〜13:55
ABCテレビ1
徹子の部屋[字]
〜紅白出場…52歳で逝った父に〜福田こうへいさんが今日のゲストです。
詳細情報
◇ゲスト
昨年“紅白歌合戦”に出場した岩手在住の演歌歌手・福田こうへいさんが登場。
◇番組内容
民謡歌手・営業マン・兼業農家と3足のわらじをはいていた福田さん。民謡歌手だった父への反発心から民謡には関わらず、高校卒業後に就職。だが、23歳で初めて民謡を歌った。その後、父にも認められ同じ舞台に立った直後、父は病に倒れ亡くなった…そんな父の想いを継ぐため演歌の道へ進んだという。
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/
ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
映像
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
OriginalNetworkID:32723(0x7FD3)
TransportStreamID:32723(0x7FD3)
ServiceID:2072(0×0818)
EventID:53062(0xCF46)