福島第一原子力発電所の事故から、まもなく3年。
避難生活を続ける人たちは今、どう生きていくべきかぎりぎりの選択に迫られています。
去年12月、国は震災以来掲げてきたふるさとへの全員帰還という方針を転換。
移住をする人にも賠償を行っていくことにしました。
福島県の被災した自治体では今後、帰還を諦め移住する人が増えていくと予測し町の復興に懸念を深めています。
一方、移住する人たちは賠償を受けられるものの新たな土地で疎外感を抱き始めています。
今後、何をよりどころに生きていくべきなのか。
苦悩の中で踏み出す一歩を探し求める福島の人たちの今を見つめます。
こんばんは。
「クローズアップ現代」です。
福島第一原子力発電所の事故からまもなく3年になります。
住み慣れたふるさとを離れ避難生活を余儀なくされている人は14万人に上っています。
避難が長期化する中、去年暮れ政府はそれまで掲げていた「全員帰還」の原則を転換。
また除染作業の完了時期を最大3年間延長することを発表しています。
除染が進まなければ復興はできない。
しかし遅れれば遅れるほど帰還は難しくなっていくと懸念されています。
こうした中国はできるだけ早くふるさとに帰還したい人また避難指示が長引き新しい場所で生活を始めることを決めた人々双方に対して新たな住まいの支援策を打ち出しました。
移住先で新しい生活を始める場合でも国が住宅取得に必要な費用を賠償に加えることにしたことでふるさとへの帰還を諦め移住を選択する人が増えるのではないかと見られています。
原発事故によって、ふるさとから離れざるをえなくなった住民が2万1000人と最も多いのが浪江町です。
番組では原発事故の直後から浪江町の人々の取材を続けてきました。
ご覧のように町の面積の多くが線量が高い赤や黄色。
町は全員でふるさとに帰ることを目標に掲げてきましたが帰りたいと答える住民は年々少なくなっていまして去年夏のアンケート調査では18.8%にとどまっています。
浪江町の将来像をどう描くのか。
このままでは帰りたいと考える人がますます減るのではという危機感から町は汚染の低い地域に新しい拠点を作る苦渋の計画を打ち出しました。
苦しい避難生活を送る人々にとってこの新しい計画は心のよりどころとなるのか。
浪江町の人々の今を見つめます。
福島第一原発から9キロメートルに位置する浪江町。
去年4月から日中の7時間だけ立ち入りを許可されています。
副町長の渡邉文星さんは週に3回、避難先の町から浪江に通っています。
向かった先は町役場。
浪江町の中でも比較的放射線量の低い場所に位置しています。
おはようございます。
渡邉さんは、同じように避難先の町から通ってくる34人の職員と復興のための準備を進めています。
ちりぢりになった住民の所在の把握やインフラ整備の計画。
さらには国に対して早期の除染を求める働きかけ。
渡邉さんはその陣頭指揮を執っているのです。
この日、震災で破損したままになっていた下水道の調査結果が上がってきました。
町のインフラは壊滅的な状態です。
人も資金も限られた中でどこから手をつけたらいいのか。
作業は膨大、除染の遅れも痛手となっています。
それでも渡邉さんたちは諦めずに取り組んできました。
震災直後から町の人たちと交わしてきた全員で町に帰るという約束があったからです。
しかし、当初の町の計画は見直さざるをえなくなりつつあります。
町民の意向調査では震災直後には町に戻りたいという人が大多数を占めていたものの去年の8月には僅か18.8%にまで減ってしまったのです。
さらに去年12月には国が掲げてきた原発避難者全員の帰還という方針が変更されました。
移住し新たに住宅を購入した場合元の住宅との差額を最大で75%賠償する施策も打ち出されました。
環境省は、来年3月末までに終えるとした当初の目標よりも2年から3年をメドに延長して作業を終わらせるという新たな計画を…。
除染の完了時期もことし3月の予定が28年度末へと、3年も引き延ばされることになりました。
町に戻りたい町民はこれで、さらに減り全員での帰還はいよいよ難しくなると渡邉さんは感じていました。
自分たちは、なんのために復旧に取り組んでいるのか。
渡邉さんは改めて住民の気持ちを確かめることにしました。
向こう三軒両隣。
食材や調味料を貸し借りしていたかつての暮らし。
決して忘れたことはないといいます。
この日訪れた仮設住宅では帰れるなら帰りたいと答えるお年寄りがほとんどでした。
しかし同時に、その期待がかすみ多くの人が気持ちの支えを失いつつあることも分かってきました。
福島県内ではこの3年間で、震災関連死は1600人以上に上ります。
この仮設住宅でも先が見えず体調を崩す人が増えています。
町に帰れる時期が読めない中どうやって町民の心と体を保っていくのか課題が一層重く、渡邉さんにのしかかっていました。
一方、家族を抱える現役世代の町民は、新たな土地でゼロからのスタートに踏み出しています。
ご当地グルメ「なみえ焼そば」をふるまって、避難住民を励ます商工会のメンバーです。
彼ら自身も、慣れない土地で生活を送りながら、仕事探しや子どもの学校のことで走り回ってきました。
リーダーの八島貞之さんもその一人です。
八島さんは震災前浪江町で鉄工所を経営していました。
地域のつながりで多くの仕事を受注し両親と妻、そして2人の子どもを養っていました。
しかし、震災後の仮暮らしで両親とは離れ離れ。
いずれ浪江町に戻るつもりで県内を転々としていましたが家族の負担は大きく、いわき市に家を買うことにしました。
しかし、最大の悩みは仕事です。
移住先では見つからず浪江町の隣にある南相馬市に単身移って鉄工所を借りることにしました。
浪江町の近くならつてを頼って仕事が見込めると考えたのです。
ところが今、売り上げは震災前のおよそ2割。
かつての取り引き先も戻っていないため思うように仕事が回ってきません。
従業員20人の生活を支えるために除染作業や、日雇い業務など本業とは異なる仕事に頼らざるをえない状況が続いています。
一度は決意を固めた新天地での再出発。
しかし待っていたのは想像以上に厳しい現実でした。
ふるさととの決別を決めた人。
帰還する日を待ちわびる人。
失ったのは、自分たちのよりどころでした。
原発事故から3年。
住民たちは心の支えを探しあぐねています。
たとえ元どおりでなくても町を取り戻すことはできないか。
去年7月から町民の代表や有識者で町の復興計画を考える会議が続けられています。
今、議論に上がっているのは原発事故を収束させる拠点として町を残す計画、廃炉のための町を作ろうというものです。
福島第一原発から近い立地条件を活用し除染や廃炉に携わる企業の誘致や作業員たちの宿泊施設などを作ります。
姿形は大きく変わってもよりどころとなる町を残したいという住民たちの苦渋の選択でした。
新たな拠点作りは行政の中でも議論を重ねています。
町に戻りたいという人のいち早い帰還を目指している副町長の渡邉さんがある提案を携え町長を訪ねました。
元どおりの復旧がかなわぬ今市街地でも放射線量が特に低いエリアを集中的に整備し帰還する町を集約していこうというのです。
この計画を進めるためには私有地の提供やかつての家に戻れなくなるという住民の痛みを伴いますが一歩を踏み出すうえで欠かせないと考えたのです。
商工会のリーダー八島さんです。
拠点作りの話を聞き鉄工所を再び浪江町に戻すことを考え始めていました。
この日、いわき市内の借家で暮らす両親のもとを訪ね相談することにしました。
もちろん、計画の先行きは不透明です。
しかし、なんの目標もなしに今を耐えるつらさも身にしみています。
かつてのように一緒に暮らしたい家族。
しかし仕事の見込みが立たない今何が最もよい選択なのか判断はつきません。
ふるさとに戻るのかそれとも新たな土地で暮らし続けるのか。
今夜のゲストは、福島県いわき市のご出身で、1000人を超える被災者の方々の聞き取り調査を続けていらっしゃいます社会学者で、福島大学特任研究員の開沼博さんです。
今の八島さんとご両親の会話をちょっと聞くだけでも、被災者の方々の3年たった複雑な心境というのが伝わってきますね。
よくこういう帰還の問題、あるいは移住の問題っていうのが、どうしても放射線の心配するかどうかというところに、絡められて考えがちなんですけれども、今のVTRにありましたとおり、それは極めて複雑な問題です。
高齢の方でも、よく高齢の方は放射線、気にしていないから、帰りたがってるんだというふうに思ってらっしゃる方もいるんですけれども、高齢者の方はやっぱり病院とか、お店が近くにないと困る。
逆に若い方でも、仕事を求めて帰らざるをえないというふうに考えていらっしゃる方もいる。
その複雑さを見ていくということが、非常に重要になってきている時期かなというふうに思います。
いわき市にすでに住宅を購入した八島さんが、実は自分は浮き草のように、なんかこう、ふわふわして流れてるような感じを持っているとか、あるいは根っこが引き抜かれたような気持ちを感じてらっしゃる被災者の声もありました。
だから数字で見ますと、7割、初め帰りたいと答えた方が4割に減り、去年の夏は18%になっていたと。
この数字の読み解き方も、本当にもっともっと深く捉えなくてはいけないということでしょうか。
どうしても18.8%、あっ、これだけ帰りたいという人が減ったんだっていう報じられ方、あるいは捉えられ方がしてしまうんですけれども、帰りたいと言ってる方の中にも本当は帰れない、あるいは帰りたくないんだけれども、帰らざるをえないという方がいる。
逆に、本当は帰りたいんだけれども、なんとも帰るきっかけが見つからないという方もいる。
そういう複雑さを、単純に戻るの、戻らないのっていうアンケートでは、単純化してしまうというところは、もうちょっと深い部分から事態を見ていくという必要があります。
去年暮れ、政府が出した方針ですけれども、全員帰還という原則を転換して、そしてその移住先で住宅を購入する際の補償、あるいは支援をするというところに踏み出して、これではむしろ帰還を促すよりも、移住を促そうとしているのではないかという捉え方もあるんですけれども、被災者の方々はどう受け止めているんですか。
そうですね、おっしゃるような側面を感じている方もいらっしゃいますし、そういうことに、誰かを切り捨てることにしてはだめだと思います。
ただ、被災者の方で、多くの方が感じているのが、これまでは、ある種の帰還政策であったと。
国や行政はみんなとりあえず帰るという選択肢しか示してこなかった。
しかし、今回の方針転換で、帰還する方も移住する方もそれぞれの権利があるというふうに捉えて、一歩前進したなというふうに感じていらっしゃる方もいます。
しかしながら、それで問題、すべて解決しているわけではないということにも気を遣っていく必要はあります。
とおっしゃいますと?
やはり、今私たちが福島のことを外から見ていると、帰還するんだ、じゃあ、今すぐ帰りたいのっていうふうに見てしまいがちです。
たぶんそうではないんですね。
もし仕事がそこにできたら、あるいはちゃんと病院とかお店が出来たら、そのときに帰りたい、あるいは逆に、なんか今、帰らざるをえないんだけれども、そういう状態にもなかなか踏み込めないというような方がいる。
そういう、帰還か移住かじゃなくて、第3の選択肢として、待避ということを見ていく必要があると思います。
待避というのはつまり、待っている人であると思いますね。
私たちは原発避難者とか、あるいは移住者というふうに言い方をしますけれども、そうじゃないんだと。
今、彼らは待っている。
じゃあ、待っている中で何ができるのかという議論を進めていくというのが、震災から4年目以降の重要な課題になってくると思います。
そして今のVTRにありました浪江町の住民の方々が、復興計画をみずから話し合って、そして、そこから生まれた案というのが、廃炉の町、北の玄関口。
実際に復興計画を具体的に聞きますと、1キロメートルかける700メートルほどの、この狭い面積の中に、コンパクトに、復興の一歩を踏み出してはどうかという案だということなんですけれども、原発によって、事故によって避難を余儀なくされた人々が、廃炉の町の構想を今、打ち出すという、ここをどう捉えてらっしゃいますか。
おっしゃるとおりですね。
それは外の方もそうでしょうし、中に住んでいらっしゃった住民の方もそうですけれども、これでもやっぱり、原発関連の仕事で地域作りをしていくのかという、感情的な嫌悪感を持つ方がいらっしゃるというのは、当然のことだというふうに思います。
一方で、あれだけ小さなエリアだけれども、そこを軸に、新しい町作りができるのではないかというふうに感じていらっしゃる方もいます。
例えば、原発を挟んで南側に行った広野町というのは、住民票上の人口5000人ほどですけれども、今、町に行ってみると、実はそれ以上の活気を感じられるんですね。
人口が5000人で、戻ってきている方が大体1割から2割、500名から1000名ぐらいというふうに動いてきましたけれども、実はあそこに行くと、いろんな宿泊施設であるとか、お店であるとかがオープンしている。
今の廃炉、あるいは除染といったところを軸に、新しい町作りが始まっているという見方もできるでしょう。
そう見たときに、恐らく浪江もそうですけれども、そこを軸に新しい町作りの小さなきっかけ。
ただそれは原発関連の産業だけでやっていくというわけじゃなくて、何かそこに新しい企業を誘致する、あるいは新しい教育のシステムを誘致する。
そしてそこから自立的な地域作り、産業作り、あるいは人材作りというのを始めていくということが、できるのではないかというふうに思っています。
それは帰還する人々にとっては、希望の一つの種になることは分かるんですけれども、移住をしようと決めた方々にとっては、どういう意味合いがありますか?
移住してる方にとっては、もしかしたら、自分たちはそれだけでは救われないなというふうに思っている方もいると思います。
ただ、これ、いろんな自治体の復興計画を立てるような場面でも、よく議論されているんですけれども、私は移住をすると、戻らないという選択をする。
でも30年後、50年後、その地域に子や孫が戻っていけるような地域作りをしたい、そういう意見をいう方がいます。
何かそういうきっかけになればいいと思いますね。
2014/02/26(水) 19:30〜19:56
NHK総合1・神戸
クローズアップ現代▽“よりどころ”はどこに?〜原発避難から3年・浪江町の選択[字]
原発事故から3年。6年間、町に帰らないという決断を下した福島県浪江町。しかし国は昨年末に町外移住にも賠償を決めた。動揺が走る避難住民と町の苦悩を見つめる。
詳細情報
番組内容
【出演】社会学者・福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員…開沼博【キャスター】国谷裕子
出演者
【出演】社会学者・福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員…開沼博【キャスター】国谷裕子
ジャンル :
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
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