ろーかる 金とく「春風亭昇太がゆく城めぐり 信長“見せる城”で天下をとれ!」 2014.02.26

今日の「金とく」は城めぐりツアー!
来ました〜。
大のお城好きとして知られる落語家の春風亭昇太さん。
織田信長にふんしその城の強さの秘密を解き明かしていきます。
昇太さんが考える信長とは…
着いた〜。
信長の城はビジュアルつまり見た目の力が特徴的だといいます
うわ〜!マジか!すご〜い。
信長は城を効果的に見せる事で勢力を拡大していったのです
やっほ〜。
どう?位置関係こんな感じ!すご〜い。
戦の場でも思いも寄らない見せる戦略。
敵の目の前で見せつけたのは御座敷
皆の者飲んでよいぞ。
はは〜。
そのねらいとは?
「見せる城」で天下統一を目指した信長の戦略に迫ります
「春風亭昇太がゆく城めぐりツアー」出発です!皆さん「春風亭昇太がゆく城めぐりツアー」へようこそ。
昇太さんやる気満々ですね。
やる気満々だよ。
そのお姿は?今回はこの格好見て頂いて分かると思うんですが信長の城です。
城好きな昇太さんにとって信長というのはどういう存在なんでしょう?戦国時代の信長の活躍については皆さんよくご存じだと思うんですが…そんなキーマンなんですか?キーマンキーマン。
今回このツアーご一緒して頂くのは福田彩乃さんです。
よろしくお願いします。
そして滋賀県立大学教授の中井均さん。
城郭研究がご専門です。
よろしくお願いします。
中ちょっと入ったりとか。
そう皆さんが思い浮かべる高い天守閣や立派な石垣という城のイメージ。
実は信長が生み出したスタイルなんです。
姫路城や彦根城などの形は戦うための城を力を見せつける城へと変えた信長の戦略が発展していったものなのです
そうですね。
そうなんですか?え〜?ウソだ〜。
ほんとに!ウソだ〜。
今日は信長が造った城の中でも本拠地として暮らすための居城としてのお城とそれから戦うために一時的に造ったお城その2つの種類のお城を見ていきたいと思いますので是非お楽しみ下さい。
今回訪ねる城はこちらの4つ。
信長が暮らしていた小牧山城岐阜城安土城そして戦いのために築いた虎御前山城です。
まずは戦いに使った城虎御前山城から訪ねます
降りますよ。
到着しました〜。
お〜!
滋賀県にある虎御前山城です。
標高は220m。
ただの山に見えますが登ってみると信長の見せる城の戦略が分かるんだそうです
嫌だ〜!嫌だ!昇太さんすごいワクワクでしょ?はいはい。
先生もですか?では行きますよ。
ゆっくり行きましょう。
昇太さんと中井さんは筋金入りのお城好き。
僅かな痕跡からも在りし日の城の姿が浮かび上がってくると言います。
険しい山を登る事15分
しばらく上がってきましたが…。
この時期はいいなやっぱりな。
どうですか?ここまで。
はい?
虎御前山城は山の形を利用して造った山城です。
土を盛り上げたり山を削ったりして防御施設が造られていました
ここどうですか?うわこれ面白いな。
うわ〜これ何ですか?結構急斜面。
これは人工的に造られた堀。
地面を掘って高低差を作る事で攻めにくくしていました
へえ〜考えられてますね。
私たちはその理由が分かる場所に到着
ここは城を攻めるための城が分かるポイントですよね。
ここはいいポイントですね。
すごいきれい。
これ何ですか?
目の前の山には小谷城という敵方の城がありました。
小谷城は滋賀県北部を治めていた浅井長政の城。
この城を落とすために信長は虎御前山城を築いたのです。
2つの城の距離は僅か500m。
城内の敵の動きが見え声が聞こえる近さだったといいます。
敵の小谷城とはどんな城だったのか?昇太さんは密偵を忍び込ませていました
いるいるいる!じゃあちょっと密偵と会話を。
現代のものを使って。
ハロー。
小谷城に潜入していたのは織田軍の忍者にふんした関口アナウンサーと…昇太さん?実は2人は城の強さを探るために事前に小谷城を訪れていたのです
小谷城は難攻不落と言われた巨大な山城。
尾根に沿って18もの防御施設が造られていました。
特にこの本丸は高さ4mを超える垂直の壁の上に築かれていました。
強引に攻め込もうとすると…
本丸を攻めろ〜!
真上からの攻撃にさらされるのです
来れないだろう!悔しいな。
いや〜昇太さん…大変ですねこれ。
しかもねここはね何がすごいかっていうと各くるわをずっと落としながら本丸到達しますよね。
小谷城は本丸よりも標高の高い場所に別の防御施設がいくつも造られていました。
この防御ラインは数倍の兵力を持っていた信長にとってもやっかいなものでした。
更に浅井軍は信長に対する「最強」の武器を持っていました。
それはこの広場と関係があります
これが規則的に並んでいるわけですよ。
ありますあります。
という事はここに…でも御殿という事はあのお…お市の方もここで暮らしていたと。
そうです。
お市の方は信長の実の妹。
政略結婚で浅井長政の妻になっていました。
同盟関係が崩れ敵対する事になった浅井の小谷城を強引に攻めると妹の命を危険にさらす事になります
じゃあ殿に何て言おうか。
そうなんですよ。
大変だぞって報告しないといけないね。
行きましょう!ちょっと殿!大変ですよ。
ちょっとこれ難しいよ。
戻りました!おかえりなさい。
やっぱりすごかった?すごかったですね。
忍者ですか?忍者です。
信長様の密偵で探ってきました。
多いんですか?1つの町に大体5人ぐらいいるの。
結構いますね。
1つでも強力な小谷城ですが周りには仲間の城がいくつもあり小谷城の麓にさえ近づけない状態でした。
そこで信長がとった作戦は…
まずねここ。
横山城。
これをですねやっつけます。
奪取して織田方にします。
そこには秀吉を城番に入れたりなんかして。
そいでもっていよいよここにダーンと虎御前山を造るわけですよ。
なるほど。
敵の目の前に築いた虎御前山城で信長が行った見せる戦略は意外なものでした
さあ来ました〜。
信長の戦略の痕跡を求めてやって来たのは山の頂上です
何だこれは!ここね見晴らしがいいだけじゃなくてここで行われた事がすごいんですやっぱり。
信長の戦略としても。
「そんな事するか?」っていう「何だこいつは」というような事をここでしてるんですよ。
そして向こうから見たらね「こんな事しやがってもう〜」という。
何してたんだろう?戦の最中ですよ?宴会?おっ!どうでしょう?ピンポンピンポンピンポン!ウソ!正解です!
信長軍の本丸があったと言われるこの場所は当時木はなく小谷城から見渡せる場所でした。
信長の生涯を記録した「信長公記」です。
虎御前山城にあったある施設についての記述があります。
それは御座敷。
「御座敷から北を眺めれば敵が守備している様子が見えた」と記されています。
また発掘調査では抹茶を作るための茶臼も見つかりました。
信長は戦闘には全く関係ない立派な御座敷を浅井軍の兵士に見せつけていたと考えられます。
そして中ではお茶会が行われていた可能性があるのです
「こっちは必死で守ってんのに目の前でお茶会やってんのかお前ら。
どのぐらい余裕あるんだ?」という…あ〜なるほど。
私たちも信長軍の気分になってちょっと一服
まあ「どうぞ」とか…。
では皆の者飲んでよいぞ。
はは〜。
ああ城跡で一服はたまらないですね先生。
そうですね。
至福ですね。
城を使った心理攻撃に加え田畑を荒らしたり村を焼いたり数々の挑発を行った信長。
浅井軍は戦意を喪失し信長軍に寝返る者が相次ぎました。
そのうえで信長は総攻撃を仕掛け僅か2日で小谷城を落としたのです
信長の「見せる城」をめぐる今回のツアー。
次は住んでいた城居城をご案内します。
天下統一を狙う信長は城をどう活用したのでしょうか?信長が生まれたのは1534年。
尾張の殿様に仕える小さな領主の家に生まれました。
父が亡くなったため10代で家督を継ぎます。
その後1555年に清須城を奪い実力で尾張を治めるようになりました。
一国の主となった後信長は居城を次々と築きます
勢力を広げる度に城を移していったのです
信長だけはね転々とまあ要するに…飽き性…。
(笑い声)「この間取りもう嫌だわ〜」って。
それぞれの城にはどんな「見せる戦略」が込められていたのでしょうか?
愛知県小牧市にある…
信長が自ら造った初めての城です。
まだ尾張の弱小大名にすぎなかった頃に築いた城は家臣や領民を意識したものでした。
その第一の特徴は道の形です
それまでの山城では敵が攻めにくいようにわざと折り曲げて造るのが鉄則でした。
ところがこの道はまっすぐ。
長さは150mほどあります
だからねお城を造るのにわざわざこんなにまっすぐの「どうぞ」みたいな「お城どうぞ行って下さい」みたいな道を造ったという事はそれなりの意味があったと。
そうなんですか?見せる?はい。
信長が小牧山城で行った見せる戦略。
それは道だけにとどまりません。
小牧山城では10年前から主郭部分の大規模な発掘調査が行われています
こんにちは!こんにちは!
調査を指揮する小野友記子さんです。
土の中からこの時代には無いと考えられていた「あるもの」を発見しました
(小野)こちらです。
すごいですね!
(大槻)これはもしかして…
今からおよそ450年前信長は既に本格的な石垣を造り上げていたのです。
実はこの石垣敵だけでなく麓に住む家臣に見せるためのものだったと考えられています。
家臣たちが暮らす城下町からは階段状の石垣が1つの高い石垣のように見えたのです
若き日の信長は家臣を従わせるために城の見た目を最大限利用したと考えられます
こういうふうな特別な場所を造って…ビジュアルで?はい。
だからビジュアル好きなんだな。
信長がこの城で目指したもの。
それは自分を頂点とする絶対的主従関係を築く事だったのです
何かちょっと信長ってやっぱすごいんだなと思っちゃいました。
変わった人だよね。
変わった人。
やっぱり直線道路というのは…下から上に上がるっていうのが見せつけたんだろうと思うんです。
でも小牧山城では彼は飽き足らなかったんですかね?岐阜城も信長様すごいんですよね。
岐阜城はちょっとこれ見てほしいね。
岐阜城いいよ!
小牧山城の次に移り住んだのが岐阜城です。
信長34歳。
このころから天下統一を目指し始めます。
当時の信長は美濃を攻略したものの一大名にすぎませんでした。
敵対する勢力を倒すために強力な後ろ盾を必要としていました。
そこで信長は城を大きく造り替えました。
山頂の城郭に加え麓の広大な敷地にあるものを築いたのです
怪しい感じになってますけどねえ。
宣教師ルイス・フロイスですよ。
あの信長公とおつきあいのあったという。
信長がですねルイス・フロイスをここ岐阜城でもって…おもてなしをした場所なんですよ。
じゃあ今日は信長公のご接待を受ける事ができると。
そうですよ。
それはそれは…
ルイス・フロイスはポルトガルからやって来たキリスト教の宣教師です。
8日間にわたって信長のおもてなしを受けた記録が残っています
信長のおもてなしは一体どんなものだったのか
麓では発掘調査が行われていてその実態が明らかになりつつあります
どうもこんにちは。
よろしくお願いします。
信長を研究している橋方紀さんです。
発掘でフロイスの記述を裏付ける庭などが次々と見つかっているといいます
かなり広大な庭ですもんねこれ。
(関口)え〜!ここだけじゃない?
(橋)ここだけではないんです。
発掘調査を元に再現した日本庭園と迎賓館です
迎賓館の屋根には金ぱくの瓦が飾られていました。
当時の城では考えられない豪華さです。
フロイスはこう記しています
見られなかったですか。
ポルトガルの人ちょっと分からないかもしれませんよ。
要人をもてなす料理も贅を極めていました
雉焼きはたか狩りで取ったものを準備。
お膳は信長が運んだといいます。
フロイスが滞在したのは8日間。
その間信長は歌や踊りそして山頂の城を案内するなどさまざまなおもてなしをしました
どうですか?こんなとこに連れてこられたら。
信長様本当に今日は参りました。
いや〜弱っちゃうなこれ。
もうついていきます。
ほんとに?頼むよ?ここまで力見せられたらついていかないと。
相当頑張ったからね。
城を使った信長の接待は堺の商人や京都の公家にも及びました
こうして味方を増やした信長は天下統一に向けてまい進していく事になるのです
そうですね。
これで皆さんの事も7年後しっかりと…おもてなしできると思います。
すばらしい。
あれ?ポルトガルから来ました…いやいやあれ別人でございます。
私ポルトガルから来ました。
オブリガードです。
ハイソな設定オブリガードです。
小牧山城では家臣を掌握し岐阜城では有力者を味方につけた信長。
最後に造ったのは安土城です
この朝倉浅井を滅ぼしてそして武田とかですね宗教勢力の脅威が和らいでいる頃に安土城の築城を始めているという事なんです。
やっぱりね小牧にはまだ瓦なかったんですね。
それが岐阜で金ぱく瓦と石垣というものになっていって当然バージョンアップしていくとなると何になったかっていうと…まさに…
城の見た目を効果的に利用して着実に成り上がってきた信長。
安土城にはどんな野望を込めたのでしょうか?
安土城到着しました〜。
着いた〜。
こちらになりま〜す。
バス降りるなりもう石垣のお出迎えですよ。
琵琶湖の東岸に築かれた安土城。
信長の城の集大成です。
1576年から3年余りの歳月をかけて完成しました
安土城の全景です。
山頂部分には天主や本丸がありその土台は全て石垣で造られた当時としては画期的な城でした
まずこちら。
わ〜!どうですか?すご〜い!
目の前に現れたのは一直線の階段。
長さ180mもあります。
この城で見せつけたかったのは…
石仏?こちらが。
(中井)石の仏様。
分かります?あっ仏さんだ。
安土城の石の階段に使われていたのはなんと石仏
僕らは…
(中井)いい石。
えっ?この先いっぱいあるよ。
いくつか見つけられると思いますので。
分かりました。
この一直線の大手道。
信長は上る人が驚くようなある仕掛けを施していました
こんなイメージです。
石垣がまっすぐ続いて見上げると天守閣があって両側には塀が建っていましたから…視覚的に。
ちょっとこれ持ちながら歩いていいですか?ちょうどそういう感じですからね。
城を訪れた人がまず目にするのが頭上にある天主という仕掛けになっていたのです。
麓から階段を上る事30分
石の積まれている場所がありますよ。
うわ〜すごい。
ここは安土城の主要部分に入るための門があった場所です
石垣で力を見せる一方で信長は国中に自らの力を示す儀式を計画していました。
ここ本丸にあったという御殿がその舞台です
ここですね実は…たいへんな人?はい。
総理大臣は当時いなかったんでね。
え?はい。
ピンポンピンポンピンポン!え〜!何でこんなとこに?つまりここにですね…
「信長公記」によるとこの場所には「御幸の御間」があったと書かれています。
それは天皇を招くための場所です。
信長は当時の正親町天皇をここに呼び自分の権力を世に示そうとしていたと考えられています
へえ〜。
どうしてですか?その前に…。
信長は…。
あそこでお亡くなりになってしまったんで。
そっかかなわなかったんですね。
今つながりました。
そういう事ですね。
天皇を招くはずだった御幸の御間。
でもここは安土城で一番高い場所ではありません
ここに天皇家を迎えようとしてるんだけど信長はこの一段高い天主にいるわけですよ。
まあ言ったらねそういう…どっちが偉いのかっていう話にもなるじゃないですか。
信長が住んでいた天主があった場所に昇太さんは向かいました
お〜い!信長なんだけど…。
(関口)あっいらっしゃいますよ。
ちょっと分かるかな?信長様!やっほ〜。
どう?すご〜い。
うん。
ピーターパンみたい。
信長公です。
あれはまだ石垣ですから。
あの上に天主が建つわけです。
あごめんなさい。
五重というのは…57階って今でもすごい。
では信長様これから参りますので。
行きますね〜。
(関口)おじゃましま〜す。
よかったら上がっていってお茶でも飲んでいって下さい。
信長様の大好きなお茶ですね。
さあさあさあ。
どうぞどうぞ。
すご〜い。
ここが信長の天主になるわけですね。
ここ僕んちです。
ここにか〜っと大きな天主が建ってたんですよね。
安土城の天主を再現した映像です
地下1階地上6階から成る高層の建物でした
…と書きました。
知りた〜い。
それじゃあさちょっといろんな研究でもって再現したとこがあるんだけど行ってみる?長澤まさみちゃん。
ヘヘヘッ行きましょう〜。
うわ〜!マジか!これですよ。
すご〜い!ちょっとね金ピカな感じも…。
そうですね…そうですねやっぱり。
天主の内部も豪華で独創的なデザインでした
障壁画を見て頂きますと要するに仏画なんですよ。
信長と宗教の関係っていうのはいろんな戦いでも出てきますが実は自分の天主でこういう仏教の世界も描いていたという事なんですよね。
ほんとだ。
そうですよね。
よく分からないんですよこの人が何をしたいのか。
最上階には総金ぱく張りの四角い部屋があったと言われています。
内部には孔子やその弟子など中国の偉人が描かれていました
安土城の天主から信長が見ていた景色があります
ちょっとこれすご〜い!そうなんです。
もう既にお察しかと思いますがあの先に見えるのは…。
琵琶湖。
ここで信長は琵琶湖の先にある当時の都京都をにらみ天下統一の野望を巡らせていたのかもしれません
見せる城造りで天下を目指した信長。
最後にたどりついたのが安土城の天主です。
権力や財力を誇示する豪華けんらんな天主。
ここに住む事でこの国をまとめ治めるのは自分であると強烈にアピールしていたのかもしれません
今回の「春風亭昇太とめぐる城めぐりツアー」。
織田信長の城をめぐってその歴史感だとか野望とか戦略を見てきましたけれども福田さんいかがでした?もう終わりになっちゃう。
(笑い声)やっと信長様かなってちょっと…。
(関口)見えてきて…。
そうです。
ここまで来るまではちょっとまだかすんでたんですけど。
いやでも面白かったですね。
何かちょっと信長のイメージがガラッと変わりましたね。
いろいろやっぱ計算して戦略を打ってやってたんだなっていうのが分かったし何かねもっとこの空気だったりとかこの地をねもっと感じたい。
才能ありますね。
ありますね。
天下統一目前だった織田信長。
その夢を奪ったのが本能寺の変です。
信長の死後間もなくして安土城の天主は焼け無くなりました。
しかし「戦う」事が目的だった城に「見せる」という役割をプラスさせていった信長の城造りは今なお私たちの心を躍らせ続けているのです
2014/02/26(水) 15:15〜16:00
NHK総合1・神戸
ろーかる 金とく「春風亭昇太がゆく城めぐり 信長“見せる城”で天下をとれ!」[字]

春風亭昇太さんが企画する城めぐりツアー。テーマは「信長の城」。“見せる城”を活用しながら天下統一を目指した信長。小牧山城、岐阜城、安土城などに込めた戦略とは?

詳細情報
番組内容
大のお城好きとして知られる春風亭昇太さんが企画するバスツアー!今回のテーマは「信長の城」です。天下統一を目指した信長は、ビジュアルにこだわった“見せる城”を作り、巧みに活用しながら勢力を拡大していきました。“住むため”に築いた小牧山城、岐阜城、安土城、そして“戦のため”に造った虎御前山城を訪ね、信長が城に込めた“見せる戦略”をひも解いていきます。
出演者
【出演】春風亭昇太,福田彩乃,滋賀県立大学教授・城郭研究家…中井均,【司会】黒崎めぐみ,関口泰雅

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
バラエティ – 旅バラエティ
趣味/教育 – 旅・釣り・アウトドア

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

OriginalNetworkID:32080(0x7D50)
TransportStreamID:32080(0x7D50)
ServiceID:43008(0xA800)
EventID:15463(0x3C67)