スタジオパークからこんにちは 怒髪天 2014.02.26

ゴールド板が出てまいりましたよ。
永井さんは一体どこまで勝ち進む事ができるんでしょうか。
それでは皆さんご一緒にまいりましょう。
「連続クイズ…」。
(一同)「ホールドオン!」。
またご覧下さい。
バイバイ!「スタジオパークからこんにちは」。
今日のゲストは結成30年を迎えた…。
(2人)このバンドです!
(米田)日本武道館がお祭り騒ぎ!パワフルな演奏で盛り上げているのは平均年齢46歳のおやじバンド怒髪天。
若者のみならず…こちらは福島でのライブ。
(増子)・「オレがやらなきゃ誰がやる!」全身全霊を歌に込める怒髪天。
その歌声は被災地の皆さんをも元気づけています。
・「ファイトニッポン!どんとこい!」という事で本日のゲスト怒髪天の皆さんです!よろしくお願い致します。
もうすごい声援でございまして。
「中高年を熱くさせているバンド」って言ったら後ろの方が「ええ〜!?」って。
それだけじゃないですね。
幅広く今やね。
私同世代としてはこのパワフルすごいなと。
どこから来るのかなって思っちゃうんですよね。
視聴者の方からもメールが届いております。
大阪府の会社員40代の方から。
「武道館最高のステージでした。
30周年のお祭りの幕開けあの瞬間の武道館を体感できた事が私の人生の宝物です。
これからも怒髪天と一緒に人生を歩いていきます」。
熱いメッセージを頂きました。
ありがとうございます!
(拍手)視聴者の方だけではありません。
こちら「あまちゃん」の脚本でおなじみの宮藤官九郎さんも怒髪天の皆さんの大ファン。
怒髪天のどこにほれたのかもインタビューで伺ってまいりました。
これは保存版ですね。
熱いメッセージが。
楽しみにして頂きたいと思いますがそういった怒髪天の魅力を今日はたっぷりといろいろ伺ってまいりますしライブで実際に演奏歌って頂きますので皆さん楽しみにして下さいね。
(拍手と歓声)本日は収録した番組を放送します。
怒髪天の皆さんへの質問メッセージはこれまでにお寄せ頂いたものの中からご紹介致します。
ご了承下さい。
それでは怒髪天の皆さんスタジオのお席の方へお願いします。

(伊藤)怒髪天の皆さんでございます。
いやいやこの法被が決まっていますね。
なかなかロックバンドは作らないですよね。
これ後ろもかっこいいんですよ。
ちゃんとこう…。
後ろを見ると一瞬何か家電量販店みたいな…。
「安い!」って言いそうですけどね。
いやいやそんな事ない。
かっこいいでございますが改めまして自己紹介をここでお願いしたいと思います。
まずはボーカル作詞担当の…。
怒髪天ボーカル増子直純です。
そしてギター作曲担当の…。
ギターの上原子友康です。
ベース担当の…。
ベースの清水泰次です。
よろしくお願いします。
そして最後はドラム担当…。
ドラム坂詰でございます。
(伊藤)そして一応伺いますが皆さんご年齢は?今ここ3人が一緒で今年48ですね。
年男です。
(伊藤)今年年男で48で。
でもう一人清水さんが?2つ下なんで…。
(伊藤)46。
今の段階で平均年齢が?46…。
47…。
47ぐらいになるかな。
(伊藤)微妙な感じですね。
46から47になりかけている平均年齢と。
その辺の数字はみんなもうぼんやりしてるけどね。
(伊藤)いやでもそのパワーはどこから来るのかなって思っちゃうんですけどね。
まあ楽しく。
バンド楽しいですから。
そこですか。
それがやっぱり一番ですね。
その楽しいもあれなんですがやはり怒髪天といったら音楽的な信条とされているのがこちら。
リズム&ブルースってよく言いますけど演歌なんですね。
そうですね。
リズム&ブルースのいわゆるブルースっていうのは日本で言うと間違いなく演歌だろうと。
例えば海外とか行ってまあアメリカとか…。
パスポートもないので行った事もないですけど。
そうなんですか?誰も持ってませんからね。
え〜!そうなんですか?海外視野に入ってませんからね。
もう…まさにこれですから。
やっぱりブルースっていうのは例えば向こうのバー行って黒人のおじいさんがいて一杯おごるから何か歌ってよって言ったら多分自然にブルース歌ってくれる。
日本で例えば浅草でも行っておっちゃん一杯おごるから歌ってよ適当にって言ったら・「何とか」って絶対演歌なんですよ。
だから日本のいわゆる心っていうか魂に入っている血に入ってるものというのは演歌だろうと。
それはブルースと同じなんじゃないかという。
そこから考えてより自分たちらしい表現というかね。
何か借り物多いじゃないですか。
日本のロックって和製プレスリーとかね和製ビートルズ…。
和製って言われちゃうと。
向こうから来たみたいな言われ方しちゃうと。
最初そこから始まっているのでいや違うだろうと。
もっと自分たちの生活に密着した日本らしいものをやった方がいいんじゃないかと。
それがこれですね。
なかなかそういうバンドないのでどんな曲をやってらっしゃるのか。
その辺を今度は歌詞にも注目して皆さんお聴き頂きたいと思います。
こちらです。
いくぞ!という感じでございまして…。
曲名タイトルもすごいですね。
これ今お聴き頂いた「労働CALLING」という歌ですが詞が月曜日からだんだんハードになっていく。
そうですね。
「マジ?仕事?日曜日」ってこれよく分かりますよね。
これホントに働いている期間我々…結局全員バイトやめられたのは40過ぎなので。
それまでバイトしながらずっと。
バンド一本だけじゃなくて。
バイトしながらやっていたので。
今結構いろんな音楽雑誌とか載せてもらってますけどどのページの誰よりも働いてきましたよ我々は。
ホントに。
期せずして。
そこすごい自慢なんですね。
これもうやっぱりリアルに感じてたので。
ホント「水曜日まだココか」っていつも思いますからね。
水曜日辺りが一番…。
一番きついですよね。
これ2番もあるんですけどもっとハードになってきますからね。
やっと立ってる状態になってきますから。
そして「ウンガラガッタウンガラガッタウンガラガッタッタ」ってこれはどういう感じで?最初友康が作った時にね…。
メロディーを最初に作ったんですけどその時に適当に口をついて出た言葉というか。
多分ほろ酔いで歩いていて浮かんじゃったんでしょうね。
「ウンガラガッタウンガラガッタ」みたいな。
まさにでかい歯車が動くかのように…。
あんまり意味はないんですけども。
(伊藤)でもここすごくいいですよね。
いろいろあるけどでもこれ言ったらまたいこうかなっていう気になるっていう…。
ちょっとクレージーキャッツ的なね。
なるほど。
そういう部分も影響を受けて…。
受けてますね。
やっぱり歌詞は日本語というかリアルな日常をすごく大事に増子さんしていらっしゃる。
やっぱりロックって何かっていうと一番本来だとリアルじゃなきゃいけないんですよ。
かっこいいものじゃなくてリアルじゃなきゃいけないんです。
でこの年のリアルっていうとまあこういう事になる訳で。
そこを突き止めていくというか。
かっこ悪いですけどね正直。
でもそこを言えるという事が逆にかっこいいという部分も…。
かっこ悪くてもいいんですよ。
いいものであれば。
上原子さんもやっぱりメロディー的には意識してる部分が?そうですね。
ふだんの生活の中でふっと口ずさんじゃうようなメロディーというか。
お風呂入って「あ〜」っていう時につい出ちゃう。
(伊藤)「ウンガラガッタ」はまさにそんな感じで。
そういうふうに作ってますので。
そういうメロディー作りを心掛けてます。
(伊藤)生活密着ロックというかホントに人生に密着していると。
こんな世界に引かれてるいろいろなおじさんたちファンがいるんですが…。
冒頭でもご紹介しました宮藤官九郎さんに怒髪天の皆さんの曲の魅力について伺ってまいりました。
ご覧下さい。
「紅白」にもみたいなお話もありましたがこぶしを結構巻いてる曲が多いっていうふうに宮藤さんおっしゃってましたけどこぶしにこだわりというのが?結局ね曲は友康が作っているんですけど歌メロで仮歌を歌ってもらってそれに自分で乗っけてくとどうしても小さい頃からの刷り込みというか。
・「んにゃんにゃ」ってなっちゃうっていうかね。
意識せずになっちゃうんですよね。
(伊藤)無意識に演歌的な部分がこぶしとして…。
出ちゃうんですよね。
結局俺らが普通だと思ってやってる事をほかのバンドがうちの曲をカバーするとすごく難しいできないって言う。
(伊藤)あ〜回ってないんですね。
それは俺には分からない。
あまりにも無意識で自然にやっている事だから。
クドカンうれしいね。
昨日メールした時何にも言ってなかったのにね。
よかった秘密にして頂いて。
黙ってたんだな。
そうやって多くの人たちがこぶしにも引かれている怒髪天の音楽なんですがしかしこの怒髪天の皆さん結成30年という事でこれまでいろいろあったという事で続いてのテーマこちらでございます。
まずはその歩みについて米田から。
ご紹介致します。
怒髪天の皆さんは1984年ボーカルの増子さんを中心に結成されました。
北海道を中心に活動され1991年メジャーデビューするために上京されます。
そのころのお写真がこちら。
(伊藤)うわ〜。
これ誰が誰だか…。
ちなみに増子さんはこちら?そうですね。
これはもう要はリズム&演歌極まった感じですね。
そして上原子さんがこちらで清水さん…。
相撲取りという事で。
(伊藤)いやいや…。
坂詰さんですね。
ビジュアルも変わってきてますが。
かなり貫禄が…。
Tシャツ横伸びちゃって大変だろう。
(坂詰)これはNGです。
すみません出ちゃいました。
(伊藤)このころやっていた音楽はいわゆるハードコアパンクっていう…?そこからはまあもともと怒髪天という名前ぐらいなのでハードコアパンクから始まったんですけどより日本的にというか自分たちなりの音楽に近づけていこうっていう事で日本的なものを意識したがゆえにちょっとレールから外れたというか。
今見るともうホントやめとけって言いたいですよね。
それまではちょっと違う感じだったんですか?その音楽っていうのは。
このころもやっぱりまだ社会に対する不満であるとかというものは割と多かったですね。
社会をぶち壊せみたいな。
お題目が多かったですね。
結局若かったというか実感から出るものをなかなか込めるまでにいってなかったというのがありますね。
そして活動を続けてらっしゃって大きな転機が。
最初の転機となったのがこちらです。
1996年活動休止。
なかなかヒット曲に恵まれず3年間の活動休止をされました。
この活動休止期間というのは皆さんそれぞれ何を?
(伊藤)すごい仕事をされたと。
ちなみに上原子さんは?僕建設現場で働いていました。
とび職とかいろいろ掃除の仕事とか。
もう肉体労働ですね。
(伊藤)音楽も一応?たまにギターのお仕事とか頂いた時にはそういう仕事もしつつ。
(伊藤)清水さんは?僕造園業で。
いろいろ公園とかおうちとかもそうですけどお庭の手入れとかをしながら僕ほかのバンドから誘いがあったのでそっちで1年半ぐらいはやってました。
(伊藤)坂詰さんは?僕も工事現場でとび職でした。
(伊藤)大変じゃなかったですか?いろいろ。
坂さんはねでも人生で一番稼いでたって。
稼いでたっていうか稼がせて頂いていたんです。
とび職辞めたくないって言ってたじゃん。
まだバブルの時代だからね。
バブルの時代だったからな。
経済的にはすごく潤っていたという事なんですね。
(伊藤)増子さんいろいろされたという事で実はこんな事もやられていたという。
はいこちら。
これ…。
すごいですよね。
(清水)マスクかぶってますね。
レスラーじゃないですよ。
リングアナです。
リングアナをやってらっしゃったと。
雑貨屋の店長とかやってたりしてその辺の時ちょうど…。
ミル・マスカラス大好きなんですけど小学校の時から。
来日するというのでちょうどやらせてくれという事で。
(伊藤)皆さんそれぞれいろんな仕事をしてそして3年間の活動休止の中でベースの清水さんの声がけてまた再び再結成されて今に至ってる訳なんですが。
でもこの休止期間っていうのは音楽にどういう影響を与えたっていうふうに思いますか?みんな結構割と真面目に働くタイプだったんですがさっきの写真見ても分かるように僕自身あんまり真面目に働いてるタイプじゃなかったんで初めてちゃんとバンド休止してバンド以外で一生懸命やってみようと思って働いた期間だったんで実演販売とかもやってたんですが穴開き包丁のね。
「奥さん包丁切れます?」みたいな事言ってねまな板たたいたりしてたんですけどそれをやっていわゆる働いた時に「あれちょっと待てよ」と。
「みんな優しいな。
大人悪くねえな」みたいな。
今まで「大人は社会の歯車だ!」みたいな事をお題目で「ロックはこうだ」みたいな事言ってたんですけど「ちょっと待てよ。
誰だそんな事言ったの」みたいに思ってもっとちゃんと歌うのであれば自分の心情に沿ったリアルなものじゃなきゃ何の意味もないなというのが分かって結局そんな大した不満もなかったのに不満があるような歌を歌うのがロックだみたいな。
昔やっぱり若かったんでしょうね。
(伊藤)実社会に出ていろんな人と触れ合って仕事してみて…。
変わりましたね。
すごく思いました。
誰のための歌なのかと。
そりゃもちろん自分でもそうですけどみんなが敵じゃなかったと一緒に戦う仲間なんだと分かってだいぶ変わりましたね。
(伊藤)それは上原子さんもみんなそういうふうに?活動休止前は煮詰まっていろいろ音楽的にも難しく考え過ぎたんですよね。
それでやめちゃったんで次やる時はまずメンバー4人が僕たちが楽しもうと思いました。
(伊藤)そして今に至るまで更にもう一つ大きな転機が訪れると。
2つ目の転機がこちらです。
2011年東日本大震災。
この大震災はどんなふうに転機になりましたか?これはホントにあらゆるアーティストが言ってましたけども何していいんだか分からない。
歌なんか歌ってる場合じゃないんじゃないかって。
それはホントに我々も思って。
だけどじゃあ何をやろうかと。
最初はねまたバンドを休止して東北でも行って何か手伝おうかなと思ってたんですけど…。
そこまで。
ホントに。
でも一番最大限自分らができる事は何かと考えた時にライブをやって…ライブをやってる場合じゃないと言われてもこれは仕事なんでそれで稼いだ金を募金しようぜって言ってやったんですけどそこから福島でライブを6日間全部回ってそれの時に思ったのがホントに音楽で悲しい思い出を消す事はできないんですよ。
でも楽しい思い出を一つ作る事はできるんですよ。
だからそれだけでもやる価値あるなと思って。
それを自分たちが…少ない人でも求めててくれるんであれば楽しい思いを一個でも増やすために男が命懸けるに値するんじゃないかと思って行ってますよ。
そして東北を回るライブを。
震災以降東北で数多くのライブをやってこられました。
被災地の方々は怒髪天の皆さんの歌をどのように受け止めているのでしょうか。
ライブ映像がございますのでご覧下さい。
歌に込めた熱いメッセージ。
こんなメッセージも届いております。
宮城県の40代の女性の方から。
「石巻に住んでいますが一番大事な親友を震災で亡くし絶望している時怒髪天の歌に元気をもらいました。
『生きてるだけでOK!まァイロイロあるケド』って歌詞にいろいろ考えさせられました。
これからも楽しい思い出待っています」というメッセージも頂きました。
ありがたいね。
こうやって東北各地でライブをされてきて皆さんご自身何を感じられました?やっぱり何て言うんだろう…求められてるっていうか音楽の力ってすごいんだなって。
今まで人のために何かやろうなんて思った事ほぼなかったので自分の事でいっぱいいっぱい。
自分を出したいみたいな事で?自分の事で。
「歌」ってロックとか「自分を分かって」じゃないですか。
今はもう「自分を分かって」なんて思わないし震災の事もそうですけど別の所で起きた事じゃなくて日本という自分のふるさとで起きた自分の事なんで。
それはすごい感じるようになったよね。
そうですね。
僕たちの曲なんか全然知らないようなおじいちゃんおばあちゃん小さい子がすごい笑顔でリズムにただ乗ってくれてるんですね。
そういう姿を見た時になんとか曲を知らなくても僕らのやっている曲で元気を出してもらいたいというのはすごく強く感じましたよね。
そうやって震災が大きな転機になったという事で続いてはお待たせ致しました。
演奏をお聴かせ頂きます。
増子さん以外の皆さんご準備の方をお願い致します。
どうぞこちらの方でございます。
歌って頂く曲は震災後に作られた曲でございまして「歩きつづけるかぎり」。
はい。
これはどういうメッセージを込めて作られたんでしょうか?これはやっぱり「夢に続く道」という事について結構いろんなバンドが歌ってると思うんですけど「君の夢はかなうよ」とか「君は大丈夫」みたいな事をよく言ってますけどすごく無責任だなと昔から思ってて「自分の事知らないのに何でそんな事気楽に歌ってんの?」と思ってたんですけど実際に長年バンドをやってきて分かった事って夢はかなうかどうか分からないけどそこに続く道は歩いてる限り終わる事はない。
最後に夢がかなうかどうかは俺にも分かんないですけど歩き続ける限り必ずページは開いていって物語だけは必ず進んでいくんだよという。
その可能性は0じゃない。
だけどその言葉が…可能性が0じゃないというのは時に残酷な言葉なんでそれはすごく思っててだからこそ諦められないというのもあったりして…。
それはありましたね。
でも歩き続けるのは大事だと。
そうです。
ではその歌のご準備の方を増子さんもお願いします。
皆さんからのメッセージご紹介致します。
埼玉県の方からです。
「仕事を始めた年苦しくて悔しくて迷ってばかりの私に力強いメッセージとともに背中を押してくれたのが怒髪天の音楽でした。
怒髪の曲たちを爆音でかけながら通勤の車の中で大熱唱大号泣した日々があったからこそ今の私がいます。
ずっとずっと応援しています」と頂きました。
ではお聴き頂きましょう。
怒髪天で「歩きつづけるかぎり」。

(拍手と歓声)
(伊藤)ありがとうございました。
どうぞ皆さん前の方に。
ありがとうございました。
じゃあマイクをお預かり致します。
ありがとうございました。
いやいやいや一緒についつい歌いたくなっちゃいますね。
ありがとうございます。
楽しかったです。
息があがるぐらいになってきました。
そんな怒髪天の皆さんなんですが実はNHKのアニメの「団地ともお」の主題歌を歌って下さってるんですよね。
この「団地ともお」は母と姉の3人暮らしの小学校4年生のともおが主人公でお父さんは単身赴任なんですが元気な小学生を描いたドラマでございまして「団地でDAN!RAN!」という曲を作って下さってるんですがこれはどういうイメージで?これは原作も読んでてすごく楽しいちょっと昭和的な物語なんですけど団地がテーマなんで家庭団らんじゃなくて団地ごと団らんだよと。
団地全部なんですね?それで「団地でDAN!RAN!」みたいな。
すごく軽快で元気が出る感じの曲なんですよね。
ライブでも盛り上がりますよ。
みんなこうやって踊ってます。
・「DANDANDAN」って。
ちなみに団地暮らしの方っていらっしゃる?団地じゃなかったな。
皆さん北海道ですからね。
北海道土地だけはありますからね。
めちゃめちゃありますから。
そんな「団地ともお」主題歌とともに楽しんで頂きたいと思います。
ご覧下さい。
おしまいに視聴者の皆さんからたくさん届いている質問メッセージにお答え頂きます。
皆さんからの質問メッセージご紹介します。
福岡県の方からです。
「いつも怒髪天の歌に元気を頂いています。
オリンピックの銀メダリスト西選手のように諦めずに長く活動してきた理由後押ししたものは何でしょうか?教えて下さい」。
これはやっぱりメンバーの仲がいいという事とあとは楽しい事ですね。
よく海外のアーティストとかでもホテルの同じ階に泊まるのも嫌だみたいな人もいますけど…。
(伊藤)口きかないみたいな。
それは2〜3億もらえば我慢するかもしれないですけどこのレベルだと仲良くないとやってられませんね。
確かに演奏している感じもホント楽しそうにそれこそドラムの坂詰さんもホント笑顔でノリノリでやってるという。
表れておりましたけれども。
ありがとうございます。
そして東京都の方です。
「30周年おめでとうございます。
武道館も成功しあとは『紅白歌合戦』だと思います。
出場への秘策はありますか?」。
一応去年もそうでしたけど毎年一応空けてはいるんですけど。
スケジュールはOKと。
スケジュールはバリッと空けてますけど。
一番大事なところですよね。
そうですね。
やっぱりねホントに…夢ですよ最終的な。
ね!今年は多分もう間違いないと思うんですけど。
(伊藤)これは楽しみ。
言ってるだけですけど。
(伊藤)でも「言い続ける」ね。
歩き続けるっていう事でね。
「言いつづけるかぎり」みたいな。
(伊藤)次は「言いつづけるかぎり」という曲が…いいかもしれないですね。
ありがとうございました。
今日は本当に元気いっぱい頂きました。
明日からまた元気に働きましょうという感じになりました。
今日はありがとうございました。
怒髪天の皆さんでございました。
ありがとうございました。
(拍手)2014/02/26(水) 13:27〜14:00
NHK総合1・神戸
スタジオパークからこんにちは 怒髪天[字]

▽中年に愛されるバンド ▽宮藤官九郎も大ファン ▽被災者に届け魂の叫び 【ゲスト】怒髪天,【司会】伊藤雄彦,【リポーター】米田弥央

詳細情報
出演者
【出演】怒髪天,【司会】伊藤雄彦,【リポーター】米田弥央

ジャンル :
情報/ワイドショー – 芸能・ワイドショー
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

OriginalNetworkID:32080(0x7D50)
TransportStreamID:32080(0x7D50)
ServiceID:43008(0xA800)
EventID:9360(0×2490)