アクロス・ザ・ボーダー「クロアチア/ボスニア・ヘルツェゴビナ」 2014.03.26

真っ青な海そこにぽっかりと浮かぶオレンジ色の瓦屋根。
ここは…中世の面影を残す街並みは世界遺産にも登録されています。
僅か20年前この美しい街は隣人同士を引き裂く激しい内戦に巻き込まれました。
旧ユーゴスラビアの紛争です。
それまで共に暮らしていた地域に国境線「ボーダー」が引かれ隔てられたのです。
ゲートの向こうは今では別の国です。
「アクロスザボーダー」世界を舞台に活躍した元陸上選手の為末大さんが旅します。
陸続きの国境線が引かれては消えていくヨーロッパ。
人々はそこでどう生きているのでしょうか。
…っていうのが興味がある。
為末大さんがクロアチアと国境を挟んだボスニア・ヘルツェゴビナを旅します。
日本からおよそ1万km。
空からクロアチアに入った為末さんはアドリア海の海岸伝いに南下し世界遺産の街ドブロブニクを目指します。
道の向こうに建物が見えてきました。
検問所です。
クロアチアを移動するはずなのにパスポートを求められました。
ここは国境です。
直線僅か8kmの別の国。
ドブロブニクに至る海岸線。
クロアチア本土から陸路でドブロブニクに入るためには一旦ボスニア・ヘルツェゴビナ領を通過する必要があるのです。
(クラクション)ボスニア側に入った途端にぎやかに国境を通過していく車列に出くわしました。
(クラクション)うお〜!掲げているのはクロアチアの旗。
(クラクション)タキシードとウエディングドレスのカップル。
結婚式のようです。
すっごいこんな…。
(爆竹の音)うわっ!ウォッカウォッカみたいなの…。
クロアチアの人。
ボスニアの人。
もともとこの地域では異なる民族が混じり合って暮らしていました。
(クラクション)
(クラクション)
(クラクション)チャオ!再びクロアチア側に戻るといよいよドブロブニクです。
世界遺産の街……とも称される絶景です。
7世紀に海洋都市国家として誕生。
西ヨーロッパとトルコを結ぶ海上交易で繁栄を誇ってきました。
周囲2kmの小さな街。
旧市街全体が城壁にすっぽりと囲まれています。
う〜!街の中心…交易で訪れたさまざまな民族が行き交ってきました。
チャオ!チャオ!チャオ!旧市街に残る美しい建造物の数々。
15世紀から16世紀にかけて海上交易で得た豊かな富に支えられ今の街並みが築かれました。
華やかな大通りから一歩入ると細かい路地が張り巡らされていました。
洗濯物が干してある。
ハハッ。
中世から抜け出たようなこの旧市街に今でも2,000人が暮らしています。
(足音)お〜!色がきれいだね。
う〜ん…屋根の色が。
この地方の伝統的な瓦屋根。
全てオレンジ色です。
こっちが街でこっち側が海と。
外敵の侵略を防ぐために築かれた城壁。
交易を生業としさまざまな民族が暮らすこの街の自治のシンボルでした。
日が沈む頃旧市街の通りには地元の人々が繰り出してきます。
路地裏の一角にある床屋さん。
地元の人が集まっておしゃべりに花を咲かせる社交場になっています。
50年にわたってこの街を見つめてきました。
店いっぱいに飾られた古い写真が目を引きます。
この写真。
ヤングヤング!入り口の写真もだけどこれっていつの?
(フルボエ)ユーゴ内戦の時の写真だよ。
この辺りの家はほとんど燃えてしまった。
ひどいありさまだったよ。
東西冷戦の時代この地域はユーゴスラビア社会主義連邦共和国という一つの国でした。
社会主義の名の下にさまざまな民族が一つの国家を形成していました。
しかし冷戦崩壊から間もない1991年。
クロアチアはユーゴスラビア連邦からの独立を宣言。
独立に反対するセルビア系勢力との間で内戦が始まります。
(着弾音)ドブロブニクにも数千発の砲弾が落とされました。
街は廃虚と化し多くの人々が犠牲になりました。
長く守り続けてきた街並みが同じ国民の手によって無残にも破壊されたのです。
同じ街に暮らしていたクロアチア系住民とセルビア系住民の間には互いへの激しい憎しみが生まれました。
変わったね。
確かに随分変わってしまった。
内戦前までこの街にはセルビア系の住民も多く住んでいたんだ。
仲良くやっていたよ昔は。
うちではセルビア系の女の子も働いていたんだ。
この子だよ。
(フルボエ)でもこの子もいなくなってしまった。
ドブロブニクに暮らしていたセルビア系住民。
その多くが内戦を機にこの街にいられなくなり去ったといいます。
陸上選手として世界で活躍してきた為末さん。
20年前の内戦をこの国のアスリートたちはどのように経験したのか気になっていました。
(ニコレッタ)Hello!Nicetomeetyou!Hi!I’mDAI.クロアチアの…I’mDAI.FromJAPAN.走り幅跳びの選手だったニコレッタさん。
オリンピック出場への期待を集める地元ドブロブニクの人気選手でした。
(ニコレッタ)バルセロナ・オリンピックへ向けて準備していた時内戦が始まりました。
私はクロアチア軍へ入隊するため選手としてのキャリアを中断せざるをえませんでした。
競技人生よりもクロアチアの独立に貢献する事を選んだニコレッタさん。
4年後現役復帰した時には既に30歳になっていました。
復帰した私は記録を6m38cmまで更新しました。
でも国際大会に出場するためにはあと2cm足りませんでした。
クロアチアの代表にはなれなかったんです。
軍隊ではオリンピックの事は忘れようと言い聞かせました。
でも4年後ここに戻ってきた時初めて残念な事をしたと思いました。
僕には分からない感情なんだなと一方では思って。
…というのも自分の現役のど真ん中の時に自分から陸上を取り上げられるなんていう事は許せない事だったと思うんですけど…僕の感覚では。
街を引き裂いた憎しみと対立。
セルビア系の人々は今どこでどんな思いで生きているのでしょうか。
ドブロブニクから僅か4km。
この尾根の上にクロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナを隔てる国境線が引かれています。
ここから先はセルビア系住民が多く住むボスニア・ヘルツェゴビナ。
ボスニア側に入ると周囲の風景は一変します。
廃虚となった建物を見つけました。
え!?銃痕ですかね?このポコポコ穴が開いてるやつ。
うわっ海が見える。
目と鼻の先にクロアチア領の海岸が広がっています。
結構いい家だったんじゃないですか?多分ね。
美しく再建されたドブロブニクの街とは対照的に国境のすぐ反対側には内戦の傷痕が生々しく放置されていました。
クロアチアの独立後もボスニア・ヘルツェゴビナを巡って内戦は続きました。
4年間で12万人の犠牲者を出した末現在の国境線が確定しました。
国境を挟んでドブロブニクと向き合うボスニアの街トレビニェです。
この街も戦場になりました。
街なかの看板に使われているのは…セルビア系住民が多く暮らす街です。
国境線が引かれ国と国が分かれた事をトレビニェの人々はどのように思っているのでしょうか?昔はドブロブニクまで毎日野菜を売りに行っていたんだ。
国境なんてなかったからな。
国境ができたせいで野菜も売りに行けなくなってしまったんだ。
トレビニェの中心にある広場。
近くの村々で作られた農産物を売る市場が開かれていました。
国境がなく自由に行商ができたころトレビニェの人々はこのような豊かな山の幸をドブロブニクに届けていました。
国境ができて疎遠になった2つの町。
観光地ドブロブニクとの関係を断たれたトレビニェの人々の暮らしは厳しいものになりました。
市場の買い物客をよく見るとクロアチアのお金で支払いをしている人がいます。
ドブロブニクから来ました。
毎週土曜日にここまで買いに来るんです。
野菜や果物それにチーズよ。
ドブロブニクでは手に入らない質のいいものがここにはあるの。
海の街ドブロブニクの人にとってトレビニェの農産物はなくてはならないものでした。
2つの町は互いに補い合って生きてきたのです。
トレビニェの特産品チーズの生産地を訪ねました。
(牛の鈴の音)放牧地から集落に戻る牛の群れ。
牛を追っていたのは…大きいな。
ボージョさんは20頭の牛を飼育しています。
お邪魔しま〜す。
ハーイ!国境がなかったころこの村では作ったチーズをドブロブニクに卸していました。
サンキュー。
ん〜!おいしい。
ドブロブニクに行ってる人はこういう所から多かったんですか?昔はみんな自由に行き来していたんだ。
ドブロブニクまではたったの12kmしか離れていないからね。
新しくできた国境は村の暮らしを大きく変えてしまいました。
村で作るチーズはクロアチアの輸入規制のため自由にドブロブニクで売る事はできません。
昔からのクロアチアの友人たちがここまで買いに来てくれるんだ。
それで何とかやっていけるんだ。
そこの彼らとは個人的な関係ではつながってるんだっていう…。
それでこのまま飲むの?ボージョさんの言う「われわれ」。
なんか印象的でしたね。
トレビニェにあるセルビア系の選手が集まる陸上クラブを訪ねました。
練習に励んでいるのは小学生から高校生のアスリートを目指す子供たち。
彼も内戦中はクロアチア軍と戦った経験があります。
今ミランさんには子供たちに託したい夢があると言います。
内戦前このクラブとドブロブニクのクラブはよく合同で練習していました。
練習のあとは両方の選手が一緒に街へ繰り出したものです。
そんなつきあいをこの子たちにも経験させてやりたいのです。
でも内戦を経験したあの子たちの親には受け入れ難いようでまだ実現できずにいます。
Nicetomeetyou.Nicetomeetyou.I’mDAI.世界選手権のメダリストが訪ねてくれたとあって子供たちも大喜び。
国境ができてから生まれた内戦を知らない子供たち。
一緒に練習を始めてすぐに外国人の為末さんとも打ち解けました。
交流戦を復活するみたいな話があった時に皆さんはどう思いますか?子供たちには私たちのようなわだかまりはありません。
内戦を知らない世代ですから何のしがらみもないんです。
過去に縛られる親の世代とは違い「国境」の存在を当たり前のものとして暮らす子供たち。
今とは違う隣人関係は彼らの手に託されています。
旅の終わりに再びドブロブニクの旧市街に向かった為末さん。
街は美しさを取り戻したものの人と人との関係を修復するのはまだこれからです。
為末さんはトレビニェで聞いた「われわれ」という言葉の意味を考え続けていました。
今回僕が一番大きなテーマとしてずっと感じてたのが…表面上でいろんな憎しみあったとしても一生懸命最後の直線を走ってる子供を見た時同じであるって腹の底からくる共感があるんじゃないかと思って。
お互い違うんだけど違う中のうまくやっていくやり方を学ぼうよみたいな事がこれから起きていくんじゃないかなと思うんですけどね。
2014/03/26(水) 22:55〜23:20
NHK総合1・神戸
アクロス・ザ・ボーダー「クロアチア/ボスニア・ヘルツェゴビナ」[字]

世界遺産の古都、クロアチアのドブロブニク。この街は20年前、隣人同士を引き裂く激しい内戦に巻き込まれた。元陸上選手の為末大さんが新たに引かれた国境線を旅する。

詳細情報
番組内容
世界遺産の街、ドブロブニク(クロアチア)。“アドリア海の真珠”とも称される街は、20年前、旧ユーゴスラビア紛争で激しい内戦を経験した。その結果、異なる民族が共存していた地域に新たに国境線が引かれ、隣人同士だった人々は今も大きな溝を抱えている。陸続きの国境線が引かれては消えていく中で、人々はどう生きているのか。元陸上選手・為末大さんが、クロアチアと国境を挟んだボスニア・ヘルツェゴビナを旅する。
出演者
【出演】為末大

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ニュース/報道 – 海外・国際
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

OriginalNetworkID:32080(0x7D50)
TransportStreamID:32080(0x7D50)
ServiceID:43008(0xA800)
EventID:33474(0x82C2)