ろーかる直送便 東北Z「限界は ない〜大曲の花火“五重芯”成功の軌跡〜」 2014.03.26

秋の夜空を彩る花火。
今年日本一になった花火師小松忠信には嫌いな言葉がある。
よく物の例えで一発屋みたいな表現があってあれは多分花火を言ってると思うんですよね。
要するにパッと出てきてパッと消えるって事が物の例えとして決していい事でないような私は一瞬に消えるところにほんとの良さがあってその一瞬に消えるもの特に花火というのはですね一瞬に消えるからこそ記憶に一生残るというか。
「記憶に残る」そんな花火を小松は国内最高峰の大会で打ち上げた。
五重に光の輪が重なる…小松は実現不可能と言われていたこの花火を成功させ花火師最高の栄誉「内閣総理大臣賞」に輝いた。
何が面白いかっていうのは…その工夫をどうしたら…失敗の先に待っていた栄光。
その軌跡をたどる。
稲刈りを終えた田んぼの中に小松煙火工業はある。
5代目となる社長の…従業員20人を率いる。
高校時代野球部の主将を務めた熱血漢。
忙しい忙しいって仕事してるんだけども600も700も作る時間ってば膨大な時間かかってんだ!根っからのリーダーシップで朝から檄を飛ばす。
(小松)必ず出しといてくれ。
朝礼のあと小松が向かった先には…。
記されたのは「五重芯」の文字。
10号玉直径30cm足らずのこの玉の中には技術の粋が詰まっている。
まあそうですね。
中にどう込められているかを知る者はうちの社員でも限られた者しか分かりませんのでね。
1週間後。
熊本の競技大会に出品するこの五重芯。
夏衝撃をもたらした。
(アナウンス)第16号〜。
花火師日本一を決める「全国花火競技大会」通称「大曲の花火」。
(アナウンス)秋田県株式会社小松煙火工業。
まっすぐに上昇し最高点で一斉に開花。
真円を作り一斉に消える。
いずれも精緻な技術が必要で高い評価につながる。
何より際立つのは色の層の多さ。
中心からレモン色黄緑赤黄色そして青。
同心円状に五重の輪。
更に「親星」と呼ばれる大外のオレンジも合わせ実に6色が使われている。
小松は「最高難度」と言われるこの五重芯を完璧に決め優勝。
伝統的な花火の型で競う…より多くより美しく色の層を描く。
歴代の花火師たちは生涯を懸けてこの難題に取り組んできた。
優勝した課題玉は90年代半ばまでは二重を意味する八重芯。
その後三重芯を経てここ10年は四重芯の時代が続いていた。
「これが限界ではないか」花火界ではそう言われてきた。
大学卒業後花火師として20年近く修業を積んだ小松。
11年前に家業を継ぎ今は花火作りの一切を指揮する。
五重芯打ち上げの瞬間は頭が真っ白になったという。
(小松)「あこれは開かないな」と思ったんですよ。
「落ちる」と。
小松が五重芯挑戦を決意したのは8年前。
「伝説の花火師」野村陽一の存在があった。
野村は2000年以降8回の優勝独壇場と化していた。
小松は地元の花火師としてふがいなさを感じ続けていた。
野村がこのころ挑戦していたのがこの花火。
中心からオレンジ緑紫黄色そして青。
円の形がややいびつで完璧とは言えないが野村は五重芯に先駆的に取り組んでいたのだ。
特徴はこのあと。
しだれのように垂れる…冠菊は課題玉ではなく創造性を競う自由玉として打ち上げられる。
小松が目を付けたのはそこだった。
野村を超えるため自由玉ではなく長年培われた伝統と権威を背負う課題玉で五重芯を完璧に決めようと考えたのだ。
(鈴の音)追いつくのではなく超える。
相当時間がかかるものだと…。
五重芯を決める。
小松は花火作りの現場に大号令を掛ける。
まずは花火の色を決める調合。
火薬と金属の粉末を混ぜ合わせる。
粉末の種類は20以上。
組み合わせ次第で花火の色が変わる。
6層の色を必要とする五重芯。
単純に四重芯に1色加えればいいというものではなかった。
見えにくいというか…。
これは挑戦を始めて2年目の五重芯。
3色ほどにしか見えない。
さまざまな配色の組み合わせを繰り返し試した。
(取材者)具体的に覚えてらっしゃいますか?どのぐらいですかねヘヘヘヘ…。
覚えてられないぐらい?何度もやってますね何度も…。
調合した火薬はここで水や米粉と混ぜ合わせながら太らせていく。
回転式の釜の中を転がるうちに火薬は「星」と呼ばれる粒になる。
作業は時間との闘いだ。
時間をかけすぎると星の密度が高くなり着火しづらくなる。
逆に低すぎると空中であっという間に燃焼してしまうのだ。
五重芯への挑戦3年目。
緑の星の消え方がバラバラだ。
星の密度が均一ではなかった事が原因として考えられる。
6層もの星を使う五重芯。
層によっては使う星の数は500以上に上る。
その全ての密度を均一にそろえなくてはならないのだ。
そして最も重要な工程仕込み。
小松は五重芯の仕込みを一人の男に託した。
小松のいとこに当たる。
精神力の強さを見込んだ。
それが一番じゃないでしょうかね。
不器用よりは器用な方がいいんでしょうけど器用だからといっていいものが出来ると花火作りはそれは違うような気がするんですね。
特に地元の大曲の花火は全ての夏の行事を終えていよいよ乗り込んでいく地元のコンクールなんですね。
それも業界の最高の褒章がつく総理大臣賞を目指して最高の腕の立つ業者が集まってのコンクールですね。
そうすれば忙しいさなか最後の最後の力を振り絞ってやるって事に対しての精神力それはうちの平沢は相当ありますね。
(小松)血筋的に諦めないというのはあるかもしれないですよ。
私には相当文句言われてますけどそれでもめげないあたりが…。
(笑い声)
(小松)それでもめげないところがいいんじゃないですか?そうなんですか?そのとおりです!
(笑い声)花火玉の中に星を並べる仕込み。
この配列が花火の形を決定づける。
直径30cm足らずの玉が300m以上に花開く10号玉。
僅か1mmのずれが上空では1mのずれとなって表れる。
挑戦4年目。
赤い層が崩れている。
仕込みに問題があった事を示している。
なぜ五重芯の仕込みは難しいのか。
これは花火の断面図。
緑と赤の星大外には黒の親星。
二重を意味する…更に星と星の間には細かい火薬が見える。
「割薬」と呼ばれる花火を爆発させるための火薬で3層ある。
一番細い層は僅か1cmほどだ。
その全てを同じ直径30cm足らずの玉の中に敷き詰めなくてはならないのだ。
指先。
(平沢)ええ。
調合から仕込みそして仕上げに至るまで小松はさまざまな方法を取り入れながら五重芯に挑み続けた。
しかし…。
更に翌年。
一向に課題が改善されない。
それどころか四重芯でできていた事すらできなくなっていた。
そういったものありましたね。
そういう意味でいくと…結果が出ればそれに従ってなんですけども…。
もう悶々とした…。
小松煙火工業の花火は大会で大きな賞を取れなくなっていた。
会社のブランド力が低下し経営基盤が揺らぎかねない。
従業員の間からは「難度を落とし確実に賞を取るべきだ」という声が起こった。
更に声を上げる者がいた。
小松の父先代の社長…
(音声)「第一回大会から代々必ず参加してきたという小松さんのお宅を訪ねました」。
忠二の最大の功績は八重芯への挑戦だ。
大曲の大会に八重芯が登場し始めた昭和30年代。
当時八重芯の技術を持っていなかった忠二は冬の間単身茨城の業者に飛び込みで弟子入り。
そのノウハウを秋田に持ち帰り八重芯を完成させたのだ。
「挑戦者忠二」。
その忠二にさえ息子の挑戦は無謀に映った。
なんべんも言われたんですか?ああなんべんも言った。
花火師である父を小さい頃から尊敬してきた小松。
忠告をどう聞いたのか。
私は自分ではこう思ってました。
やり続けるから次の時代の新しい技術をうちがきちっと保てるんじゃないかなと。
作り出せるんじゃないかなと。
他社がどんどんやっていっていろんな技術を蓄積したものを発揮していったあとに気付いて自分も焦ってやろうとなってしまう。
これが一番大きなマイナスになるんじゃないかなと思ってました。
今もそう思ってますので…。
やる意欲それとそういう機会があるんですからこれはやり続けるしかないと。
ぶれないですね。
諦めるという事は何もなかった。
来年ちゃんとするにはどうしたらいいのかその事だけですね。
「次の時代の技術を切り開くために」。
小松は五重芯への挑戦を継続した。
(歓声)去年の大会が終わった翌日。
小松煙火工業は重い雰囲気に包まれていた。
ホームページで発表された大会の結果。
課題玉だけではなく自由玉創造花火など全ての部門で無冠。
実に21年ぶりの屈辱だった。
小松は大胆な改革に打って出る。
決してめげない平沢を工場長に抜てきしたのだ。
平沢はこれまで一度たりとも「四重芯に戻すべきだ」と言った事がなかった。
平沢がまず行ったのは情報の共有。
(平沢)おはようございます。
各工程の現場をこまめに回り状況の把握に努めた。
あとはこれ芯入りの冠?全部。
あと八代のやつはOK?OKな。
スターマイン2台だけなので午後から準備…十分あります。
情報は逐一小松にあげつぶさに分析。
これまで点でしかなかった情報が線となってつながり始めた。
去年9月。
小松は平沢を社長室に呼んだ。
平沢が持ってきたのは各現場からの情報をまとめたファイル。
使用した火薬の種類や量星の数などが大会ごとに詳細に記されていた。
失敗が続く原因は何なのか。
しかし不思議な事にいくら分析しても問題点は見当たらなかった。
「一つ一つのアプローチは間違っていない」。
どの工程も手抜きがないんですよ。
実を言いますと。
花火はパッと咲いてパッと消えるのがいいとされてます。
それはもちろん火薬の調合もそうですけれども花火の配列もそうだし乾燥具合もそうです。
五重芯という層は全部で12層なるんですね。
星と割薬の層それを見た断面を見た時にどこも崩れてないんですよ。
パッと見た目どこもゆがんでないんですね。
それでも打ち上がると完全に崩れたような芯にしかならないっていうのはもともと我々がやってきた事がほんとなのかっていう…。
配列から崩れてるとすれば十分答えは見つかってるわけですから。
丁寧にやってるはずのものができてないっていう事は我々は何かを勘違いしていないかという…。
小松は花火作りのある定石に思いが止まる。
それまで何の疑問も抱かずに行っていた作業を少しだけ省いてみる事にした。
今までやっていた事がそもそも何かが違うんじゃないか。
常識定石と言われるものほんとは間違っていた判断をしているんじゃないかという疑問を持ったわけですね。
そこに正解があるかどうか分かりませんでしたけれども今までやっていたものに対する違う側面から見る必要があるんじゃないかなと。
そこが大きなヒントになるんじゃないかなという事が改良へのこれまでやってきた事と違う取り組みだったんですね。
疑ってみるという事ですよね。
五重芯を成功に導く決定的な改良だった。
伝説の花火師野村超えを志して8年。
こだわり続けた最高難度の花火が完璧に開いた。
歴史的偉業を生み出したのは決して諦めない強い心と常識をも疑う柔らかい心。
野村陽一に小松は大会後こう声を掛けられたという。
「いい玉だったな」。
まさに名人からのこのひと言お声掛けを頂いたというのはうれしかったですよね。
今まで賞にたどりついてない事は意外だったよなんて言葉も言われましたけどいやいや…それはねなかなか簡単に取れるようなものじゃないのでそこまでは全くたどりついてませんでしたなんて話をしましたけども。
目標とする方にそういう話を頂いたのはうれしいですよね。
前にですね野村さんが五重芯をやられてうちも五重芯挑戦した時に野村さんから何かの我々の業界の集まりの時だったんですけども1人で挑戦するのは相当孤独だと野村さんが話してまして私がやるようになった時にそういう意味では新たに五重芯を挑戦してやろうとする人が出てきた事は励みになるっていう事を言われたんですね。
多くの業者の取り組みがあれば張り合いもあるしいろんな現象目の当たりにして工夫をしてくるところもこのヒントというのも随分あるような気がするんですね。
以前野村さんにそういった五重芯の挑戦について「心強いな」なんていう事を言われた時には最初は意味が分からなかったけどやってみたらああそういう事なんだなと思いましたね。
多分これからそういう挑戦はどんどん出てくるんじゃないかなと思ってますね。
足元気を付けて移動して下さいね!
(アナウンス)株式会社小松煙火工業10号玉です。
(歓声)
(アナウンス)ありがとうございました。
皆さんいかがでしたか?
(拍手)
(アナウンス)ありがとうございます。
いろんな挑戦に限界はないと思います。
今日は観覧席側で私花火をうちの花火も含めて他社の作品も見ましたけどその反応がじかに分かる位置でこれを見たんですね。
なかなかそういう事っていうのはないんですけどもいかに皆さんに楽しんでもらえるか肌で感じたんですね。
花火作りやっぱり職人としてのこだわりというところが大切ではありますけれども皆さんがどうやったら笑顔になってもらえるのかなという事これはもっともっと追求していく必要があるのかなと思いますね。
限界はありませんか?私はないと信じてます。
また楽しみが増えたなと思ってま2014/03/26(水) 15:15〜16:00
NHK総合1・神戸
ろーかる直送便 東北Z「限界は ない〜大曲の花火“五重芯”成功の軌跡〜」[字]

8月の全国花火競技大会で内閣総理大臣賞に輝いた秋田県大曲の花火師・小松忠信さん。5色の輪で成る最高難度の“五重芯”を成功させた。8年にわたる挑戦の軌跡をたどる。

詳細情報
番組内容
8月の全国花火競技大会で内閣総理大臣賞に輝いた秋田県大曲の花火師・小松忠信さん、50歳。花火の基本型で競う「課題玉」部門で史上初めて5色の輪から成る最高難度の“五重芯”を成功させた。足かけ8年にわたる“五重芯”への挑戦は、失敗の連続。それでもぶれることなく挑戦を続けた小松さん。成功を生み出したのは、決してあきらめない“強い心”と常識をも疑う“柔らかい心”だった。挑戦の軌跡をたどる。
出演者
【語り】