NHKスペシャル「あの日 生まれた命」 2014.03.11

3年前のきょう。
大地震の直後から停電が続く真っ暗な分べん室。
(赤ちゃんの泣き声)懐中電灯の僅かな明かりの中で産声を上げた佐々木七橙
(ななと)くんです。
激しい揺れで危険な病院から避難した駐車場。
被害の状況が伝えられる車の中。
こんなところで…どうもおめでとうございます。
橋本栞ちゃんはここで生まれました。
栞ちゃんです。
栞ちゃん。
ちっちゃいなー。
2011年3月11日に起きた東日本大震災。
死者・行方不明者は1万8000人を超えました。
多くの命が失われた同じ日被災地で誕生していた新しい命。
分かっているだけでも110人を超えています。
あの日から3年。
車の中で生まれた栞ちゃんです。
もっと?おもしろいの?雪いっぱいね。
(栞)雪いっぱい!今、屋根作ってんの。
真っ暗な病院で産声を上げた七橙くん。
子どもたちはきょう、3歳になりました。
私たちはそれぞれの誕生の瞬間と3年の日々を取材しました。
そのうち51人の親が寄せてくれた手記です。
この3年間、心に抱えてきた複雑な思いがつづられています。
「この日に生まれたことを家族をどう背負っていけばよいのか」。
「震災の日に生まれたことで心の底から祝福できない」。
多くの命が失われたあの日、生まれた子どもたち。
被災地で育まれた命の記録です。
(孝央)生まれたよ。
3年前の3月11日午後1時7分。
地震が起きる1時間40分前宮城県塩釜市で生まれた小柳義弘くんです。
(尚子)かわいい…。
カメラで撮影していたお父さんも出産を無事、終えたお母さんも喜びに包まれていました。
その直後、東日本大震災が発生。
1時間後、塩釜の町に津波が押し寄せました。
義弘くんがいた病院にも津波が迫っていました。
病院の2階にいた義弘くんとお母さん。
看護師たちに布団ごと持ち上げられ3階に避難しました。
お母さんの尚子さんは恐怖と闘いながら義弘くんに語りかけていました。
(尚子)義弘です。
防災グッズ。
ねえ、よっしっしー。
その後、津波が引いて助かった2人。
尚子さんは、同じ日に失われた多くの命のことを今も思い続けています。
今も津波の爪痕が残る宮城県名取市。
ここに、震災直後の混乱の中命の危険に直面した子どもがいます。
あの日、生まれた佐藤雛咲ちゃんです。
3月11日、午前2時。
雛咲ちゃんは仙台の病院で誕生しました。
お母さんの寛美さん。
結婚6年目にようやく授かった赤ちゃんでした。
(文彦)よかったね。
(寛美)よかったー。
大地震のあと混乱が収まらない被災地。
1か月以上にわたって毎日、余震が続いていました。
日々、不安を募らせていった寛美さん。
食事も十分にとれず母乳が出にくくなりました。
このころ、被災地は深刻な物資不足でした。
何軒、店を回っても粉ミルクは手に入りません。
雛咲ちゃんは、おなかをすかせて泣いてばかりいました。
具合が悪い日が続いていた雛咲ちゃん。
ふと気付くと呼吸をしていません。
こう耳に当てて「息してない!」っていうことになって。
息しないわけないじゃないみたいな。
それがあって救急車を呼ぼうとしたんですけど119番すら思い出せなくて110番でもいいからかけちゃおうかしらって思ったぐらい。
救急車の番号、何番か教えてもらおうかなって思ったぐらい焦ってしまって。
病院に救急搬送され、医師から突然、呼吸が止まる無呼吸発作と告げられました。
その後も発作を繰り返しそのたびに呼吸が止まりました。
(寛美)お利口さんだね。
3週間後、退院した雛咲ちゃん。
その後は、発作を起こすこともなくなりました。
(文彦)ありがとう。
多くの人が亡くなり悲しみに包まれた、あの日。
私たちに寄せられた手記にはわが子の誕生を素直に喜ぶ気持ちにはなれないという複雑な思いがつづられています。
「あの日新しい命を手にしました。
しかし、この喜びと同じ時間に大切な命を失ったたくさんの人たちのことを思うと本当につらく、胸が痛みます」。
「私たち家族は今でも被災地と呼ばれる場所に住んでいます」。
(加奈子)よかったねー!上手!
誕生日のきょうではなくおととい、3歳のお祝いをした笠松佑馬くんです。
(加奈子)おいしい?「おいしい、最高」は?
佑馬くんは3月11日に誕生日を祝ってもらったことがありません。
(加奈子)今、何歳?
大切な家族を失った命日でもあるからです。
亡くなったのはひいおばあちゃんの、はるきさん。
誰よりも佑馬くんの誕生を心待ちにしていました。
石巻市の海沿いにある雄勝町。
佑馬くんが暮らす町から100km離れたこの場所ではるきさんは暮らしていました。
海の目の前にあった自宅は津波で跡形もなく流されました。
津波に巻き込まれたとみられるはるきさん。
3年たった今も見つかっていません。
佑馬くんの誕生日はこれまで前日の10日に家族でお祝いしてきました。
なんか素直に、こう…喜んでいいのか喜びを表していいのかなっていうのはずっとありましたね。
佑馬くんが生まれたのは震災の日の朝。
その知らせは、真っ先にはるきさんに伝えられました。
何度も近所の神社に行って安産を祈っていた、はるきさん。
誕生を喜び「神社にお礼に行ってくる」と電話で話していました。
これが家族が聞いた最後のことばになりました。
生前、神社で家族の無事を願ってきた、はるきさん。
いつも笑顔を絶やさない優しいおばあちゃんでした。
佑馬くんを早く抱っこしたい。
その願いは、かないませんでした。
ことし1月の月命日。
佑馬くんを連れてはるきさんが眠る海を訪れました。
ひ孫の誕生を心待ちにしていたおばあちゃんがいたこと。
いつか佑馬くんに話してあげたいと思っています。
手記の中には、事故が起きた原発の近くで出産したお母さんが書いたものもありました。
原発事故の恐怖その後の避難生活などが6枚にわたってつづられています。
「なんで原発が爆発してるの?まさか。
爆発なんてありえない」。
原発から僅か4kmの双葉厚生病院。
今も立ち入りが制限されています。
当時のままの病院。
お母さんと生まれたばかりの子どもはこの病室にいました。
(琉菜)カレーパンマン。
手記を書いた星山真弓さんと娘の琉菜ちゃんです。
出産の翌朝思いもよらない事態に見舞われます。
その後も避難生活は2年半にわたって続きました。
「それ以上に子どもたちの心の中に思い出という財産をたくさん残してあげられたらと思います」。
キャー…きたきた…。
ああ…。
建物の6割が津波の被害を受け800人あまりの命が失われた宮城県南三陸町。
介護施設で働く佐藤健司さんです。
あの日、救えなかった命を思い苦しみを抱え続けています。
健司さんが勤めていた介護施設では入居していた、お年寄り48人が津波の犠牲になりました。
ほとんどが自力では逃げられないお年寄りでした。
震災の日の朝、生まれた息子の春晴くんです。
健司さんは出産に立ち会うため仕事を休んでいました。
健司さんが、がれきの中を歩いて施設に向かったのは翌日。
目にしたのは信じられない光景でした。
震災前の施設の映像です。
健司さんは、ここで働きお年寄りと家族のように接していました。
あのとき職場にいられなかった健司さん。
自分を責め続けています。
沈みがちだった健司さんを支えたのは息子の存在でした。
春晴くんはダウン症です。
両親は日々の成長を見守ってきました。
(ひろみ)はい、春くん、ママの。
はい、まっすぐ、まっすぐ。
最近ではお手伝いができるようになった春晴くん。
悲しみを背負った日に生まれたわが子。
まさよさん、お待たせしました。
どうぞ、お食べください。
健司さんは、震災のあと再び介護施設で働くことを選びました。
(健司)こんにちは。
新たに働き始めた施設に春晴くんを連れてきました。
(健司)息子。
タッチ、タッチタッチ、タッチ、タッチ。
お年寄りの中には津波で家族を亡くしたり家を失ったりした人もいます。
かわいい子だな。
春晴くんの笑顔。
きっと、みんなを元気にしてくれる。
健司さんは、そう思っています。
また、バイバイ、バイバイ。
また、ございね。
被災地で生まれた子どもたち。
あの日から3年の月日が流れました。
3700人あまりが犠牲になった宮城県石巻市。
去年、東京から生まれ故郷のこの町に帰ってきた親子がいます。
永尾隆東くん。
お母さんの伯子さんです。
お母さんは実家のある石巻で里帰り出産していました。
再び石巻で暮らすことを決めたのはあの日、支えてくれた人たちへの思いがあったからです。
隆東くんが生まれたのは海から2kmのところにある病院。
地震が起きたときお母さんと一緒に2階の病室にいました。
あらららら…。
その後津波が病院を襲います。
すごいぞ…。
ガシャーンっていうような激しい…。
窓ガラスが割れる音がしたとともに水が流れる音が突然、聞こえ始めてびっくりして階段を下りて様子を見にいったんです。
看護師の藤原真奈美さんです。
(藤原)ここから下の様子を見たらこの下の廊下…藤原さんが2階の窓から撮影した映像です。
濁流が水かさを増し1階は完全に水没しました。
伯子さんは隆東くんを抱いて屋上へ向かいます。
そこにある洗濯室で2組の親子と一緒でした。
外は雪が降り続き凍えるような寒さ。
親子を支えたのはみずからも被災した病院のスタッフでした。
自分の子どもを自宅に残していた藤原さん。
それでも、ひと晩中お母さんたちを励まし続けました。
事態は深刻さを増していきます。
病院の周辺は翌日になっても腰の高さほどの水に囲まれたままでした。
水道や電気、ガスなどはすべて途絶えていました。
さらに災害に備え用意していた3日分の水と食料が津波で流されていたのです。
そのころ、病院の食事係戸井田きさ子さんは避難所にいながらお母さんたちのことを心配していました。
兄夫婦を津波で亡くし自宅は被災。
そんな中、避難所の台所を借りておにぎりを作りました。
戸井田さんは、おにぎりを背負い水につかった町を1時間かけて歩いて病院に向かいました。
(戸井田)水がかなり深くなっててもう私の長靴これぐらいだったんです。
主人の長靴、これぐらい。
そんで、なんとか渡ったんですよ。
取り残された親子のために戸井田さんが届けたおにぎりは40個。
伯子さんはそのうち2つを大切に食べました。
病院にはさらに支援が集まりました。
メモです、これね。
水、食料、紙おむつ。
小さな命を守ろうと被災した周囲の人たちが手元にある僅かな物資を届けてくれたのです。
3年がたち少しずつ復興へ向かう被災地。
退院後、東京へ戻っていた隆東くんの家族は地元に仕事を見つけ去年、石巻に移り住みました。
伯子さんも被災した実家の工場を手伝いながら隆東くんと一緒にふるさとの姿を見守っていきたいと思っています。
すいません、ご無沙汰してます。
こんにちは。
あら、大きくなったね。
(伯子)あっという間に。
(隆東)誰?
(伯子)先生だよ。
隆ちゃん生まれたときの先生だよ。
先日、お母さんは隆東くんを連れて病院を訪れました。
(伯子)ちょっと待って本当に…。
(隆東)やだ、やだ、やだ。
(藤原)いやあ、永尾さん…。
(伯子)全然、来てないですいません。
凍える寒さの中励ましてくれた藤原さん。
作りたてのおにぎりを届けてくれた戸井田さん。
(伯子)いろいろ助けてもらって。
ありがとうございました。
(戸井田)おにぎりおいしいって言っていただけて。
(戸井田)そうでしたか…。
本当に私も持ってきたかいがありました。
そのように言っていただいて。
(戸井田)そうでしたかよかったです、本当に。
早いですねこんなに大きくなってね。
食べちゃった!
隆東くんは、この春から地元の幼稚園に通います。
あの日から3年。
南三陸町で暮らす佐藤春晴くんの家族。
失われた命を忘れずにここで生きていく思いを強くしています。
(健司)大吉!
(ひろみ)大吉、やった!
(健司)春晴、大吉!復興へと立ち上がろうとしている被災地とともに家族たちは一歩ずつ前に進んでいます。
へい!キック、キック!よし!ああ…。
震災の混乱の中呼吸が止まるという命の危機を乗り越えてきた佐藤雛咲ちゃん。
去年、弟が生まれました。
この3年間お母さんの寛美さんが毎晩欠かさずしていることがあります。
雛咲ちゃんが寝たあと息をしているか確かめているのです。
あの日に生まれたこと。
その事実を大切に受け止めてほしい。
♪「ハッピーバースデートゥ—ユー」♪「ハッピーバースデー」
きょう、家族だけで誕生日を祝いました。
♪「ハッピーバースデートゥーユー」
(寛美)おめでとう!子どもたちに託した未来への願い。
「あの日、生まれ強い生命力で立ち上がった君の存在が傷ついた誰かの希望の光になってくれればと思うのです」。
「頑張りたくても頑張ることさえかなわなくなってしまった人の分まで私たちが頑張る。
きょうという日に感謝し精いっぱい一日を生きる」。
「子どもたちが生きていく未来が少しでも明るいものであってほしい。
あの日の心の痛みが分かる東北っ子が心優しく、たくましい東北っ子が輝ける未来であってほしい」。
多くの手記につづられていた子どもたちへの思い。
「産まれてきてくれてありがとう」。
♪〜2014/03/11(火) 20:00〜20:45
NHK総合1・神戸
NHKスペシャル「あの日 生まれた命」[字]

東日本大震災で多くの命が失われた3年前のあの日。被災地で110を超える新しい命が誕生していた。生まれた命を守り抜いてきた家族の3年と未来への希望を見つめる。

詳細情報
番組内容
東日本大震災で多くの命が失われた3年前のあの日、被災地で110を超える新しい命が誕生していた。家族や故郷が一瞬にして奪われたあの日。不安に押しつぶされそうになりながら産んだ母親。大切な人を亡くした悲しみの中で、自分だけが喜べないという母親。それでも「我が子の笑顔を守りたい」という思いで、家族はさまざまな困難を乗りこえてきた。被災地で生まれた命を守り抜いてきた家族たちの3年と未来への希望を見つめる。

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