ある町にちょっと風変わりな居酒屋がございます。
その名も「知恵泉」。
今週のテーマは先週に引き続き…数多くの若い才能を育てた夏目漱石の知恵をご紹介します。
日本の近代文学を代表する作品を生み出した夏目漱石。
どこか近寄り難い文豪のイメージですが実際の彼は気さくでユニーク。
本人は意図していないのになぜか笑いを誘ってしまう今でいう天然の人でした。
そんな漱石を慕って多くの若者が自宅にまで押しかけ弟子として教えを請いました。
あまりにもその人数が多くなり執筆の仕事に支障を来すようになると漱石は面会日を木曜日の午後3時に決めます。
これが「木曜会」と呼ばれる事になる会合の始まりでした。
集まったメンバーは後に日本の文学界を背負う事になるそうそうたる顔ぶれ。
哲学者で文部大臣も務めた…「児童文学の父」と言われる…更にはあの芥川龍之介も漱石を師と仰ぎました。
若者たちはさまざまな悩みを漱石に持ちかけました。
漱石が若者たちに宛てた膨大な数の手紙。
漱石は一人一人の個性に合わせたきめ細かいアドバイスをしました。
その結果多くの若者が能力を開花させます。
そして…漱石はどのように若者たちの能力を引き出したのでしょうか?今回漱石の知恵を探るのは…2003年柳本さんが監督に就任した時チームはオリンピック出場を逃すなど低迷を続けていました。
柳本さんはメンバー一人一人の自主性を伸ばす事で能力を引き出します。
その結果チームは2大会ぶりにオリンピックに出場。
5位の成績を収め日本女子バレー復活のきっかけとなりました。
さまざまな個性をまとめ上げた柳本さん。
どのように漱石の知恵を読み解くのでしょうか?今週のテーマも先週に引き続き「若者の能力を引き出せ」。
柳本さんは漱石の能力の引き出し方ご覧になってどうですか?ほんと人を見抜く力がすごい人なんだなと思いましたね。
見抜く力?個々の能力のキャパの大きさそれをうまく引っ張り上げる天才的な人なんだなと。
文壇の人事部長的なところもあるのかなと。
才能を認めつつ挫折した弟子なんかには資源の有効活用じゃないけれどもちゃんと「この方法で再起を図れ」的な事やったり発表のメディアを紹介したりとかね。
そういうふうに一応文壇の交通整理というか人事部長的な事もやってたんだなと思って。
そこに優しさがありますよね。
そうですね。
天然の人っていう…ちょっと意外でしたね。
そんな漱石の甘党ぶり。
先週はおだんごを味わって頂きましたけれども今週もね「甘味処知恵泉」用意しましたよ。
これ。
はいどうぞ。
これね実は「坊っちゃん」に出てくる水あめなんですよ。
中に水あめがあるでしょ。
これを上顎にくっつけるような形でなめ続ける。
上にくっつけるんですか?
(柳本)すごい。
これ…入れ歯みたい。
ほんとですよね。
しゃべれます?しゃべれないです。
何か罰ゲームみたいですね。
先週からさまざまな性格別の若者の能力の引き出し方について漱石のやり方見てきたんですけれども今週は更に2人の若者のタイプ見ていきたいと思うんですよね。
まずはこんなタイプの若者です。
大正7年に創刊された「赤い鳥」。
おとぎ話や童謡を集めた子供向けの文芸雑誌です。
北原白秋や芥川龍之介も作品を寄稿しています。
創刊したのは作家の…子供のためのおとぎ話を文学のレベルにまで高めたと評され「児童文学の父」と呼ばれています。
彼もまた漱石を慕った一人でした。
三重吉が漱石と出会ったのは東京帝国大学の学生だった時。
作家志望だった三重吉は「吾輩は猫である」に感動し漱石に強い憧れを抱きます。
三重吉が漱石のすばらしさをつづった文章は長さおよそ5.5mにもなるほどでした。
これがきっかけとなり漱石と三重吉との交流が始まりました。
しかし作家志望のはずの三重吉は一向に自分の作品を見せに来る気配がありません。
三重吉は既に完成し新聞に掲載された作品にまで赤で訂正を入れるほどの完璧主義者でした。
そのためなかなか満足する作品を書き上げる事ができなかったのです。
漱石に何度も背中を押された三重吉ようやく小説「千鳥」を書き上げます。
「千鳥」は青年が淡い恋心を抱いた女性に思いを伝えられないまま永遠の別れを強いられるという2日間の物語。
漱石の推薦を受けて小説は雑誌に掲載されます。
しかし漱石は三重吉に対してある危惧を抱いていました。
(三重吉)わしの小説は花魁憂い式じゃけぇのう。
「花魁憂い式」。
三重吉自らが自分の作品の様式を表現した言葉で美しい花魁が物思いにふけるような…漱石は三重吉が美しいながらも表面的な描写にばかりとらわれて人物像を深く掘り下げたりテーマをきちんと描いたりしていないと考えたのです。
漱石は三重吉に厳しい言葉を投げかけます。
「一つ君に教訓したい事がある。
自分が美しいと思う事ばかり書いてそれで文学者だと澄ましているのではないか。
命のやり取りをするような維新の志士のごとき激しい精神で文学をやるべきだ」。
漱石は文学者として厳しい覚悟を持って作品に臨めと伝えたのでした。
しかしその後三重吉が発表した作品はどれも「千鳥」とよく似た幻想的な物語ばかりでした。
完璧主義者だけに自分の得意分野からなかなか抜け出せなかったのです。
その間漱石が文学について説いた三重吉宛ての手紙は残されていません。
その後三重吉は自分自身の苦しみを題材にした新しい小説を発表します。
テーマを深く掘り下げる事を避けてきた三重吉にとってこれまで書いた事のないような作品でした。
小説を読んだ漱石は丁寧な感想を3通も送っています。
「『小鳥の巣』毎日拝見しています。
随分苦心しているようですね。
島へ行く場面からとてもいい感じですが初めからあの調子でいったらよかったのにと残念に思います」。
漱石の手紙は厳しい批評を加えながらも新しい分野に挑戦した三重吉に対するエールだったのです。
三重吉はこのあとも数多くの作品を発表します。
漱石の教えを胸に一つの様式に満足する事なく自分の文学を求めて模索し続けます。
大正5年三重吉に長女すずが誕生。
父親になった三重吉は子供向けの優れた読み物がない事に気付きます。
そこで自ら世界各地のおとぎ話や童謡を集め始めます。
この事がきっかけとなり大正7年三重吉は子供のための文芸雑誌「赤い鳥」を創刊。
児童文学という全く新しい分野を開拓して大成功を収めます。
ようやく伝えたいテーマを発見し文学の世界における自分の使命を見つけた三重吉。
漱石は完璧主義者の三重吉に絶えず新しい事に挑戦させ続け自分ならではの道を探り当てさせたのでした。
柳本さんはどうでしょう?あえて選手に安心をさせないような事というのはされたりしますか?やっぱり危機感を持たせてね。
危機感?うまくいきかけたなといったらわざとメンバーチェンジしてみたり競わせてみたりですね。
それはまあ手法なんですがそういった手法も使いますね。
あとスタメンをあえて発表しないというふうにも聞いたのですが。
大会の48時間前に発表すればいいんですね。
登録するのに。
そこのギリギリまで「私選ばれるのかな」とかね。
そういう事を使いましてね。
そうする事によって結果とかが変わっていくんですか?それは爆発力につながるんです。
もうここまで来てますから。
導火線も火付いてあと爆発する寸前。
もう少し引っ張って引っ張っていってリバウンド効果でボンと行かせるとか。
最後にご紹介するのはいよいよあの人の場合です。
大正4年木曜会に一人の若者がやって来ました。
(芥川)芥川と申します。
23歳の芥川龍之介。
東京帝国大学の学生でした。
作家志望の芥川にとって文壇で成功を収めている漱石は憧れの存在でした。
木曜会に参加するようになった芥川は緊張しながらも積極的に発言します。
たとえ漱石と意見が合わない事があっても芥川は率直に自分の意見を述べました。
それは違う。
いえ私はそう思います。
そんな芥川に漱石は自信とプライドの高さを感じます。
大正5年芥川は短編「鼻」を発表します。
それは長い鼻を持ち人々から嘲笑される事に悩む僧侶の話。
「鼻」は芥川が古典にヒントを得て外見にとらわれる僧侶の浅はかさや他人の不幸を笑う人間の醜さを描いたものでした。
漱石は芥川に称賛の言葉を贈ります。
「大変面白いと思います。
落ち着きがあってふざけていなくて自然そのままの可笑味がおっとり出ているところに上品な趣があります。
敬服しました」。
実は芥川はその前に書いた「羅生門」があまり評価されませんでした。
そんな中雲の上の存在である漱石が自分を絶賛したのです。
漱石はそれを早くも「鼻」一作で見抜いていたわけです。
そこが漱石の偉さ。
漱石の先を見抜く先見性というんでしょうかね。
人をも見る目があったと。
しかし漱石は無条件で褒めたわけではありません。
続けてある課題を与えたのです。
「ああいうものをこれから二三十並べてごらんなさい」。
「『鼻』のような優れた作品をあと二三十書け」と言うのです。
それは決して容易な事ではありません。
漱石はプライドの高い芥川ならハードルが高ければ高いほど奮起すると考えたのです。
更に漱石はもう一つ。
「『鼻』のような優れた作品を二三十書けば文壇で類のない作家になれます」と断言したのです。
それはまだ実績も何もない芥川にとってとてつもない予言でした。
漱石はプライドの高い青年には…「褒める」「ハードルを課す」そして「成功後の姿を示す」。
この三点セットによって漱石は芥川の能力を最大限に引き出しました。
大学卒業後芥川は意欲的に作品作りに取り組みます。
「芋粥」や「手巾」などの作品を発表し新進作家として注目されていくのです。
将来君はこういうふうになれるという事を示してあげるのはやっぱり大事ですか?それ大事ですね。
チーム作った時はほんとどん底の状態で希望を失ってて。
その上にきちっと目標を設定してね。
周りからもバカにされましたけど。
どういうふうに言ったんですか?「世界のトップねらってみせる」って言ったんですよ。
どん底の状態の時に「世界のトップねらってますよ」と。
「ねらいますよ」と。
それを具体的に…そういう話を自分の体験談を…。
そういう意味では経験してましたから。
そういうのを毎晩のように話したりね。
具体的なイメージまで伝えてあげる?そうですね。
…にしてもですよ島田さん「文壇で類のない作家になれますよ」というふうに断言しちゃうというのはこれは思い切ったなと思いますけども。
でも予選突破が目標のチームと優勝が目標のチームというのはおのずとやる事が違ってくるでしょうし。
ただねやっぱり作家というのもある程度賭けというか自分の筆一本で身を立てるという事をやらなきゃいけないわけで。
そこで20〜30という具体的な目標設定というのはなかなかやるなと思いますね。
漱石に認められて作家としてスタートを切った芥川ですけれどもそんな芥川にまた漱石は言葉を贈るんですよね。
早く文壇で認められたいと意気込んでいた芥川。
大正5年。
千葉県一宮海岸で過ごす芥川のもとに漱石から長い手紙が届きます。
「勉強をしますか。
何か書きますか。
君らは新時代の作家になるつもりでしょう。
僕もそのつもりであなた方の将来を見ています。
どうぞ偉くなって下さい。
しかし…」。
焦る事はない。
しっかりと自分の道を歩んでいけばいいのだという漱石の温かい励ましの言葉でした。
4か月後漱石は胃の病気が悪化してこの世を去ります。
享年49。
作家としての活動は僅か10年余りでしたがその間次々と若い才能を見いだし日本の文学界に計り知れない影響を与えたのでした。
漱石は自分の小説を数々残しただけではなくて文学界の若き才能までもたくさん作品として残してまた彼らをここまで成長させていたというすごく大切な人物だったんだなというのが伝わってきましたね。
見抜く力があったんだと思うんですよ。
やっぱり指導者に大事なのは…。
いろんなタイプあるじゃないですか性格。
それを…Dialogue:0,0:22:44.19,0:22:47.21,Default,,0002014/02/25(火) 23:00〜23:25
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先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)文壇の名プロデューサー「夏目漱石」(後編)[解][字]
後輩や教え子の能力を引き出す達人だった夏目漱石。芥川龍之介も漱石に見い出された一人。漱石はどのように芥川の才能を開花させたのか。二大文豪の知られざる感動秘話。
詳細情報
番組内容
若者の才能をどのように引き出すか。その難問に答えてくれるのが、文豪・夏目漱石。実は後輩たちの能力を引き出す達人だった。数多くの若者が、漱石のアドバイスによって才能を開花させ、文壇にデビューした。芥川龍之介も漱石に見いだされた一人。芥川は漱石に憧れ、自宅を訪ねてまで教えを乞うた。漱石はどのように芥川の才能を伸ばしたのか? 芥川に送った珠玉の言葉とは? 二大文豪の知られざる感動秘話を描く。
出演者
【出演】元バレーボール全日本女子監督…柳本晶一,作家…島田雅彦,モデル…はな,【司会】井上二郎
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
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2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
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