ありえへん∞世界スペシャル「あなたが99%行かない!?世界の秘境の国」 2014.02.25

大好評シリーズ第12弾。
とその前に以前放送し反響が大きく再放送のリクエストが殺到。
ある偉業を成し遂げた日本人がいるこちらの秘境から。
イスラム武装勢力タリバンが活動しあのビンラディンが殺害された国として知られているパキスタンですが…。
ということでまずは経由地であるバンコクへ。
インドの西側にあるこの国の人口は日本よりも5000万人以上多い中国インドアメリカに次いでしかしなんとその山奥の秘境になぜか実はその裏には名もなき1人のということで謎の小学校があるというパキスタン北部のパスー村へ。
首都インダス川に沿って北上し山岳地帯に入った頃思いもよらぬなんとマシンガンを持った男性に強制的に車をとめられるスタッフ。
すると機関銃を持った男が車の中へ。
そうパキスタンではでも守ってくれるのはありがたいけど銃が本物でちょっと怖い。
進むにつれ道が険しくなり…。
あたりには山しかありません。
夜になり山道を走行するのが危険なためここで一泊することに。
車からボートに乗り換え更に先に進む。
肌寒くなってきたと思ったら湖の向こうに雪で覆われた山々が見えてきました。
ついに…。
日本語を話せる謎の小学校があるとされるこの秘境の村は世界2位の標高を誇るK2など7,000m級の山々が軒を連ねるカラコルム山脈が一望できる場所にありパスー村を含むここフンザ地方は古くは『西遊記』の三蔵法師やマルコポーロも訪れたという歴史の舞台でもあるのです。
早速全員日本語が話せる目の前に何やこれ。
めちゃめちゃ長いやん。
今にも切れそうな細いワイヤーとボロボロの木の切れ端だけで作られたしかも山からとても強い風が吹いていますが大丈夫なんでしょうか?そして勇気を出して渡ってみると…。
なんと木の幅はわずか10センチくらい。
しかも木が均等に並んでおらずスカスカです。
落ちたら大ケガ間違いなしの高さ。
山からの強風で橋が揺れまくっています。
思いもよらぬその謎の小学校に向かう途中に遭遇した危険極まりない橋の半ばまで来たなんと橋のすぐ近くでしかしこんなスカスカなと思っていたら…。
そこに現れたのは背中にウソやん無理でしょ。
無理だ。
まるで普通の道を歩くようにスタスタと渡っていきます。
聞けば村人たちはそれ以来対岸に行くためにこの吊り橋を渡っているそうですが対岸にはいったい何が?そう村人たちはしかし生活に欠かせない大事な橋ならもっとしっかりとした橋を作ればと思うのですがこの地域はコンクリートで試行錯誤の末この地域に最も適した橋の形がこのスカスカの橋というわけだったのです。
そして翌朝橋の手前に戻り目的の小学校を知っているというおばさんに案内してもらうとついに生徒全員が日本語を話すというそれにしても山だらけで他には何もないすごい場所。
しかしここの生徒たちは本当にそれを確かめるため小学校に潜入。
朝8時鐘の合図で朝礼開始。
ちなみにこの学校にはどうやらと思っていた次の瞬間更に。
しかしいったいそう実はここそしてその裏には今から妹とパキスタンを旅行した錦織峰子さんはフンザ地方の自然の美しさと人々の優しさに感動。
すると錦織さんは現地の人々の温かさに触れると同時にそうパスー村は交通の便が悪くそんな子供たちの姿を目の当たりにしてそれから彼女は小学校設立のため木を切り石を運び身を粉にして働いてついに!これで山奥に暮らす子供たちも学校に通うことができる。
ところが小学校が完成してわずか3年後峰子さんは60歳にして帰らぬ人となってしまったのです。
小学校を完成させ万感の思いの彼女が残した日本の歌をうたっていたわけだったのです。
そして今夜は錦織峰子さんと同じように日本から遠く離れた秘境の地で今から16年前死者5万人以上という壮絶な内戦が吹き荒れるなか…。
なんと遠い異国の和平のために自らの命を捧げ世界の今から10年にも及んだ世界的なプロジェクトに実はなんと1人の日本人が大きく携わっていたのです。
というわけで今夜は99%行かないかもしれない秘境で…。
蛭子さんは美輪さんとは共演されたことはありますか?どこかでね…。
挨拶はしたような…。
どっちもですか?残念ながら。
長崎の戸町っていう所に酒屋さんがありまして…。
用事があったんですよね。
たぶん用事があったんでしょう。
ということでまずはこちらから。
インターネットで少し調べただけでも気になるワードが連発。
そんなタジキスタンは当番組で以前取材した中央アジアの北朝鮮と言われるトルクメニスタンを含む…。
比較的新しい国なんですが…。
新しい政府とイスラム勢力を含む反政府組織との対立から…。
多くの犠牲者を伴いました。
その混乱の中で国内和平に大きく尽力したのがこちらの後に大統領に就任し現在に至るまでなんとおよそ長期的な内戦に加え国内の資源が乏しいことが原因でちなみに中央アジアの最貧国といわれるのは…。
すごい考え…。
そんなタジキスタンへは日本からの直行便がないため…。
タジキスタン周辺のというわけで今度こそタジキスタン…。
何で?怖い!なんとスタッフが機内でぐっすり寝ていたため気づかなかったのですが…。
翌日の飛行機に乗り…。
そしてタジキスタンの街ではこのように一本眉。
街を歩いてみると…。
普通に生活していれば…。
そんな大統領が大好きという参加者による…。
車で行けない険しい開けた平原のかなたをよく見てみるとこんな山奥にもかかわらず近づいてみると…。
すると1頭の馬が馬群から抜け出しました。
よく見てみると手に持っているものは実はこれブズカシと呼ばれる伝統的スポーツでルールは馬に乗ってこの日集まった馬は400頭。
馬から一度落ちてしまえば400頭もの馬の下敷きになり命を落とすこともあるという大統領お気に入りのスポーツなのです。
突然スタッフのほうへ400頭もの馬が突進。
スタッフの3歩手前まで馬が迫ってきました。
死ぬこともある?そして取材すべく街に戻ると…。
我が国ジンバブエに遠く離れた日本のテレビ東京からカンジャニが取材に訪れました
日本からカンジャニが遊びに来てくれました。
そんなタジキスタンのすると…。
今から16年前なんと遠い異国の和平のために自らの命を捧げそこにはまさにひと言で語ることができないということでまずはこちら。
中央アジアの最貧国であるタジキスタンですが中央アジア最貧国であるのにその謎を探るべくまずやってきたのはすると目をひいたのが…。
なぜか大量に売られているニンジンの千切り。
いったいなぜニンジンをそのままの状態ではなく千切りの状態で大量に売られているのでしょうか?ニンジンの千切りを大量購入している方に話を聞いてみると…。
そしておじゃまさせていただいた一般のご家庭のなかに大統領が国民から支持される答えが隠されていました。
迎えてくれたのは
(スタッフ)よろしくお願いします。
この家に一族10人以上で生活しています。
こちらは一族の長であるお父さん。
実はそこにこそ中央アジア最貧国タジキスタンのそうラフモン大統領は中国・ロシアなどと積極的に外交を行い関係を強化。
その結果多くの出稼ぎ労働者が長期間中国やロシアに受け入れられていて多くの雇用を生み出していたのです。
そのためなんとそんなその主な理由の1つは…。
ということで続いてはこちら。
タジキスタンでは今というわけで間違いメイド・イン・ジャパン探しの前にすると廊下には…。
なんと廊下には日本語で書かれたありがたい言葉だらけ。
そしてこちらが大学の日本語学科。
すると…。
(一同)こんにちは。
(スタッフ)こんにちは。
しかし彼らはナラ。
ということで本題。
間違いメイドインジャパンを求め街で捜索を開始。
するととてつもない人数の人でごった返している場所を発見。
いったい何のために集まっているのでしょうか?するとそこにはするととてつもない人数の人でごった返している場所を発見。
実はこの場所実は今タジキスタンでは空前の貧しいなかでも出来る少しのこんなところにもそれでは現地の人々がステータスを求め買いに行くというするとしかし最近そんなそれが…。
そごう?え?そごう?更にこちらの店でも…。
そんな日本製品がステータスというタジキスタンにはということで続いてはこちら。
そして日本を愛するあまり独自に進化してしまった愛すべき日本食堂なのにステーキハウスという名前に不安を抱きつつ中へ入ってみるとやはりその店内の雰囲気も洋食店のような感じでしかしテーブルをよく見てみるとステーキの横にはなんと寿司が。
しかも魚が獲れない内陸国といっていたのにしっかりしたということでここで問題。
さあ美輪さんいかがでしょうか。
何もわからないけれどとにかくお魚がいないのよね。
あそこは。
そうです。
海がないんでしょ。
なるほど。
まあ確かに日本ではなかなかないですよね。
僕が実際経験したお寿司なんすけど
(一同)え〜っ!?なので…。
呼び方そのものが我々の知ってるお寿司ではないものをお寿司と呼んでいる。
ええそういうこと…。
あそこで寿司屋を出すと想定して焼肉丼。
それではタジキスタン人寿司職人が握る人気ナンバーワンの寿司を…。
日本を愛するあまり独自に進化してしまった愛すべきそんな新進気鋭のタジキスタン寿司職人が握る人気ナンバーワン寿司を…。
まずは海苔の上にイズミタイという川魚を並べていきます。
その上にすると米をのせず寿司を巻き始めました。
寿司と言っていたはずなのになんと米を1粒も使わないという斬新さ。
ひと口サイズに切った断面を見てみると見た目はと思いきや。
仕上げに…。
こちらが日本食堂ステーキハウスのその名もアンチライス。
日本語でいいね!気になるお味は意外にもブルーベリーの酸味と淡泊な川魚がマッチしてなかなかイケます。
それに気をよくしたスタッフは別の日本食も頼んでみることに。
出てきたのはよく見てみるとうどんと言っていたはずなのに使われてるのはなぜか日本そば。
食べてみるとそれもそのはず。
そのためまぁそれもこれも続いてはこちら。
日本からおよそ6,000キロも離れ現在は政治的にも安定し平和なタジキスタン。
一見実はその平和の裏には現地の人々からラストサムライと慕われる1人の日本人が…。
その日本人の手がかりを得るため聞き込みをすると…。
どうやらということで得られた情報をもとに首都を離れラストサムライと呼ばれる日本人がいるという場所へ。
車で険しい山道を行くこと5時間。
するとその日本人をよく知っているという地元の方に会うことができました。
こんな険しい山奥のどこにラストサムライが?と思っていると。
その男性に案内されたのは記念碑のようなものが建てられた場所。
いったいこれは?こちらは記念碑ではなくラストサムライへ感謝をこめて地元の人々が作った日本から遠く離れたタジキスタンのこの山奥で亡くなったのだといいます。
そしてそこにはこう記されていました。
タジキスタン人たちからラストサムライと呼ばれる男の名は…。
遠い異国からやってきていつしか現地の人々からラストサムライと呼ばれ今も慕われる日本人秋野豊さん。
しかしそもそもいったいなぜ彼は日本から遠く6,000キロも離れたこの辺境の地へやってくることになったんでしょうか?そして彼は死者5万人以上に及んだ壮絶な内戦をいかにして止めたのでしょうか?その裏には和平のためにひと言では語ることができない知られざるソ連から独立した直後のタジキスタンは政府側と反政府勢力同じタジキスタン人どうしが命を奪い合うという1994年に停戦合意がなされるもいまだ各地で内戦は続きその頃40代だった秋野はそして彼はソ連崩壊から間もない激動の時代を自らの肌で感じるためなんと旧ソ連圏を自分の足で見てまわる現場主義の人だったのです。
そんな秋野が当時もっとも関心を寄せ心を痛めていたことこそが…。
紛争のニュースを聞くたび彼ははがゆい思いをしていました。
そんななか彼のその後の人生を大きく変えることになる1998年日本の外務省がタジキスタンの内戦を止めるための国連の日本代表職員として旧ソ連に詳しい専門家を募ったのです。
もともと旧ソ連が研究分野だった秋野のもとにもしかしその誘いが簡単なものではないことは明らかでした。
というのも当時内戦を止めるために現地へ向かったそして何より自分には守るべき紛争解決の力になりたかったが家族のことを考えるとどうしても決断することができなかったといいます。
現地の人々を救いたい。
しかし自分には守るべき家族がいる。
秋野がその当時の秋野の心境がわかる音声テープが残されていました。
そこには彼の決意表明とも言える熱い思いが…。
しかし秋野は任務の危険性を誰よりも知ったうえでタジキスタンへ渡ることを決意したのです。
当時日本政府は20人以上の専門家にタジキスタンへの派遣を打診していたといいますが…。
こうして47歳の時現地に着いた秋野はその内戦の凄まじさを肌で感じることになります。
当時紛争解決のため共に働いた同僚に話を聞くことができました。
そんな地獄のような毎日。
まさにその舞台となった街は見るも無残な壊滅状態に。
一刻も早い紛争解決が必要でした。
そして秋野は考えぬいた末国連職員として政府側であった彼は死をも覚悟してそのリーダーたちは野戦司令官と呼ばれ…。
ですからなんと秋野は彼らに取り入るためにほとんど下戸にもかかわらず酒を酌み交わしなんとかして距離を近づけようとしたのです。
それは…。
反政府軍と交渉の際見下した態度が垣間見えてうまくいかなかったといいます。
しかし争いとは無関係な日本人である中立的な立場。
つまり損得勘定抜きで和平を目指す人間が仲裁に入ることでこそ紛争解決の糸口が掴めるのでは…と考えたのです。
それから秋野は当時500名以上を束ねた大型グループの元野戦司令官に秋野のことを聞くことができました。
危険を顧みず真に平和を望む秋野の姿に次第に心を許しはじめる反政府軍のリーダーたち。
するとこれまで考えられなかったなんとそれまで和平交渉に一切応じることのなかった反政府軍グループのなかにそれは終わりの見えなかった内戦が…。
そんな大仕事を秋野は成し遂げたのです。
そんな彼を現地タジキスタンの人々は尊敬の意を込めていつしかラストサムライと呼ぶように。
しかし更なる和平に向けてまだ越えなくてはならない大きな壁がありました。
それは…。
ミルゾ・ジヨーエフという人物はもともと政府に虐げられてきた地域出身の反政府軍のリーダー。
この交渉が失敗するようなことがあれば和平への道がまた遠のいてしまう。
そして。
悲劇の内戦の終わり。
そして和平へ向け大きな手ごたえを感じていた秋野。
しかしその直後秋野にその帰り道でした。
(銃声)秋野はそれは秋野らの存在に脅威を感じ秋野は大きな夢を実現させるその直前志半ばで帰らぬ人に…。
そしてタジキスタン国内では秋野の死が大きく報じられ彼と関わったすべての人間は敵味方関係なく悲しみに暮れたといいます。
しかしその後も秋野の和平への思いは消えることなく受け継がれ…。
秋野が参加していた国連のプロジェクトはその役目を終え…。
タジキスタンの町にはラストサムライ秋野の平和への活動はタジキスタン政府より評価され2007年6月に更に秋野の名前がつけられた大学が建てられるなど亡くなってから16年が経った今でも彼はタジキスタンの人々から尊敬され愛される存在なのです。
今も人々の心の中に生き続けている秋野。
彼と共に平和を目指した元国連の同僚が最後にこんな心温まるエピソードを教えてくれました。
中央アジアでは最も貧しいとされているタジキスタン。
それだけのお金が集まるのは異例のことなんだそう。
日本人が計算上99%行かないタジキスタンは今も人々に愛され続ける日本人が築いた絆がある国でした。
そして今夜は今ご覧いただいた秋野さんのように日本から遠く離れた秘境でありえへん偉業を成し遂げた日本人がまだまだ登場。
続いてはこちら。
今からおよそ100年前世界的なプロジェクトとして始まったパナマ運河の建設。
その建設は当時ではまず考えられなかったありえへん方法を使って完成されたのですが実はその運河の建設になんとある1人の日本人が大きく携わっていたのです。
ということでその日本人の情報を得るべく…。
気になるワードが。
その独裁政権を率いていたのがパナマの独裁者その裏の顔は別名…。
(一同)え〜!ダメじゃん。
やりたい放題。
そこに干渉してきたのが当時のアメリカ大統領ジョージ・ブッシュ。
1989年麻薬撲滅とノリエガ逮捕を名目にブッシュはおよそ5万人のアメリカ軍をパナマに侵攻させました。
ノリエガ率いるパナマ軍との激しい戦闘。
しかし力の差は歴然でした。
そして拘束されたノリエガは…。
ノリエガの独裁政権が収束してから24年。
そんなパナマへは日本からの直行便がないため…。
ようやく到着したのが…。
24年前戦火の舞台となった首都パナマシティーは現在どうなっているのでしょうか?すると我が目を疑う目の前に現れたのは超高層ビルが建ち並ぶ大都会。
パナマ侵攻で壊滅した街がたった24年でニューヨークのような町並みに。
そんなパナマの国土は北海道とほぼ同じですが人口は北海道より200万人少ないおよそ340万人。
移民にとても寛容な国なので国民のおよそ70%が混血と多種多様な人種が暮らしています。
植民地時代の名残から異常に蒸し暑い気候なのです。
そして実はパナマ今その最大の理由が太平洋と大西洋をつなぐこの運河の建設は世界の海運事業に大きな変革をもたらしました。
貿易船がアメリカ大陸を横断するためには…。
そこで今からおよそ100年前太平洋と大西洋をつなぐという大工事でしたが…。
主にニューヨークなどがあるところがその収益は船を通すだけで運河の建設には10年もの歳月を要し完成したのは今からちょうど100年前。
その日本人の名は運河の建設で重要な仕事を果たしたという青山さんですが…。
当時ではまず考えられなかったありえへん方法を使って運河を完成させたというのです。
しかし彼はそもそもいったいその裏にはやはりひと言では語ることができない知られざるそれは…。
そう時は今まさにしかしそれもそのはず。
100年前のパナマは今よりもはるかに何より日本の最高学府東大出身で国内での成功が約束されているエリートたちがリスクを冒す必要などなかったのです。
しかしそのとき青山さんの胸に浮かんだのはいつも口癖にしていたあの言葉でした。
青山さんは大きな志を抱きいや…不安だし大変だ。
すごいな。
こうしてやってきた大きな仕事を成し遂げる。
期待に胸を膨らませていた青山さんでしたが…。
ジャングルを切り開きひたすら方向や高さを測るしかもそこは高温多湿の更にジャングルではそんな過酷な状況のなか彼を襲ったのは原因不明の1日に15回もお腹を下し激痛で意識が朦朧。
もちろん現場に医師などいません。
危険なジャングルの中で意識を失ってしまった青山さんはまさにしかしそれでも青山さんは日本の未来のためにという思いを心の支えにそんな青山さんに日本人ならではの真面目な姿勢が評価されパナマ運河建設での重要な仕事を任されるその状況のなかアジア人でただ1人青山さんだけがアメリカ人や幹部技術者と同じ給料が支払われたそうです。
それでは責任あるポジションを任された彼が実はパナマ運河を造るには太平洋と大西洋を繋ぐ水路を造るには陸地を切り崩せばよいのですが…。
しかし内陸にある巨大な湖その場合問題なのは海と湖とのおよそ30mの高低差。
これではしかし当時ではまず考えられなかったここでクイズ。
すごいなと思いますけどね。
すごいですよ。
そうやんね方法としては。
ホントにどれだけ通りたいんだっていうのを何回も質問すると思うんですよ。
それくらいやりたいんだったら。
そういうこと?精神論からまず入る。
あれ潜ってるからね。
潜っていってるじゃないですか。
そうですね。
安田さんえ〜と…。
船の話です今。
俺の台本は船…。
海と湖にはおよそ30mの高低差があるためこの状況ではそこでまずはここでぶつかるのが30mの高低差。
そして考えたのがこちらの閘門と呼ばれる装置。
しかしこの高さをでは実際に見てみましょう。
運河に巨大な貨物船が入ってくると…。
壁から水が吹き出し水面がどんどん上昇していきます。
するとそれに合わせて巨大な貨物船もどんどん上に持ち上がっていきます。
実はこれ巨大な貨物船が通過できるようになります。
ではこれを一連の流れで見てみましょう。
船が太平洋からパナマ運河の中に入りました。
1つ目の閘門に到着すると水のエレベーターで船をあげ閘門を通過。
2つ目の閘門も同じ要領で通過。
ちょっと離れたところにある3つ目の閘門も通過し30m高いガトゥン湖へ入りました。
船はどんどんガトゥン湖を進みます。
しかし今度は30m低い大西洋に出なければなりません。
出るときは入るときと逆のシステム。
下りの水のエレベーターを繰り返し3つの閘門を通過。
大海原へと出て行くのです。
こうして日本を旅立つときに抱いた志を忘れてはいませんでした。
その後パナマで得た知識を活かすべく青山さんは帰国後当時の荒川は大雨のたびに洪水を起こし住民は多大な被害を被っていたのです。
そこで青山さんはパナマ運河で培った技術を活かし放水路を建設。
というわけでパナマ運河を造った日本人とは日本のためにたった1人でパナマへ渡った偉大な日本人のことでした。
へぇ〜。
それがこちら。
日本を象徴する国の花といえば毎年春に美しいピンク色の花を咲かせる桜ですがここパナマの国の花は実はランなのです。
現地では聖なる精神の花として親しまれ毎年8月から9月にかけてみごとな白い花を咲かせます。
そして実はこの国にはこちらはそのなかのひとつでパナマで発見された野生のラン。
その名前はそうパナマの国花でもあるランの名前になったのはということでその真相を探るべく向かったのは…。
パナマ・シティから車で2時間の小さな田舎町。
エルバジエへ。
ある建物に謎の人だかりが。
なかには日本人夫婦の姿も。
すると…。
彼女の名前はふづきさんと一緒に仕事をしたという日本人明智さんに話を聞くと…。
そう彼女がパナマ人たちに愛される理由。
それはしかしそもそもいったいなぜ彼女は日本からその裏にはやはりひと言では語ることができない子供の頃から特に木のテーブルを作ることに夢中でした。
その後技術を学ぶとその技術を世界に広めたいとそこで初めて訪れた国こそがふづきさんはその陽気な性格が気に入られすぐさま人気者に。
すると彼女もパナマの過ごしやすい気候なにより心優しいパナマ人に触れいつしかこう思うようになったといいます。
しかしパナマへは当時パナマの野生ランの保護活動をしていた明智さんは長年の夢であったこちらの野生のランの保護施設を完成させた頃…。
そして始まったパナマの野生のランの保護施設での生活。
誰よりもランを愛ししかし施設を運営していくうえでパナマには世界的に1,500種類も生息しているのですが…。
しかも当時の保護施設は現在のように立派なものではなくあったのは小さな小屋くらいでランの保護活動をする資金はもちろん施設を運営する資金すら足りていない状況。
彼女は…。
そこで彼女はふづきさんが絶滅寸前だった野生のランを守るために始めたこと。
そこで得たお金は保護活動に回すため野生ランが絶滅することはほとんどなくなったそうです。
日本から遠く離れ第2の故郷ともいえるパナマと自分を繋いでくれたランを絶滅寸前の危機から救うことができた。
そしてようやくしかしその矢先彼女にすぐさま病院に運ばれ緊急手術をしたもののしかし…。
ふづきさんは静かに息を引き取ったのです。
しかし彼女の遺志は引き継がれ今もランの保護活動は行われて野生のランは乱獲させることはなくなったそうです。
パナマで新種の野生ランが発見されました。
見つけたパナマ人はふづきさんに感謝を込めてこう名づけたそうです。
そのランは毎年10月になるとみごとな白い花を咲かせるそうです。
というわけでパナマで花の名前になった日本人とはパナマのランを愛した心優しき日本人女性のことでした。
続いてはこちら!夜の街を歩いていると日本食のお店を発見。
日本を愛するあまり独自に進化した愛すべき日本食堂。
早速潜入しどんな日本食なのかのぞかせてもらうと…。
中米では定番という更に…。
なぜかお酒に火をつける店員さん。
これを寿司と一緒にテーブルへ。
すると…。
なんとそれを寿司の上に!こちらは火山巻きという斬新なメニュー。
しかも燃えている寿司をそのまま箸で掴み…火を消した直後にパクリ!更に独自に進化しすぎた日本食が!それはオイシイブームという謎の日本食。
その謎の日本食を食べているお客さんを見てみると…。
パナマ人は食べ方がわからず困っている様子。
果たして…日本でおなじみ!でも作るのに2時間もかかってしまうありえへん日本食の正体とは!?日本を愛するあまり独自に進化した愛すべき日本食堂ここでクイズ。
皆さんもちろん蛭子さんいかがでしょうか?さあ黒沢さんいかがですか?さあ大島さんいかがですか?なんでピンポイント!確かにでかいよね。
注文が入るとなぜかそして海苔を取り出すと海苔の上にご飯粒をペタペタつけます。
そのあともこの作業を繰り返し更にその上にご飯をしきつめました。
どうやらしかしなぜかその上に振っているものは?なんと寿司に寿司というよりおにぎりになってきました。
この巻き寿司の似たような具材も。
しかもネタを並べるのにしかしこんなボリュームたっぷりのネタを巻けるのでしょうか?さあいよいよ緊張の巻きの工程が始まりました。
崩れないよう慎重に慎重に…。
そのあとも順調に巻き続け…。
最後は驚きの太さに仕上がりました。
こちらが…。
しかしこれをまずは半分に輪切り。
ここまではよかったのですが巻き寿司なのにこれなら2時間かけて巻かなくてもよかったんちゃうの。
なんでもこの巨大巻き寿司はイベントのときにみんなで食べるから細かく切り分けるとのことですが…。
確かに巻き寿司はグチャグチャ。
もはや巻き寿司の原形はありません。
しかしこれも続いては気になるこちら。
元独裁国家で暮らす街に出てみるといたるところで試しに注文してみると…。
紙コップを不思議な器具にセッティング。
実はパナマのかき氷はコップつきの器具でそのまま氷を削るのです。
これに好みのシロップをかけ甘い練乳も追加。
更にハチミツをかけて食べるのがスタンダード。
パナマ人は甘さたっぷりのかき氷で暑さをしのぐようです。
更に街で頭にありえへん物をつけた女性たちを発見。
実はこれパナマならではのありえへん風習だったのです。
パナマ人女性にはあるロッドで髪の毛を巻いている女性。
まさか実はこの変な頭パナマの街でよく見かける光景なんです。
もしやそしてこちらのど派手な車なんとパナマでは一般的な民営バス。
車体に描かれているイラストはバスによってさまざま。
1つとして同じバスがないのです。
更に夜になればど派手に華やかな光で夜の街を彩るのです。
今度のクラクションの主はど派手なハンドルには大きなラジカセ。
車体にはパナマ人はとにかく派手な電飾が好きなようです。
更にここパナマでは誕生会が日本とはかけ離れたありえへんものだというので一般人のご家庭へおじゃまさせていただくことに。
800万円で購入したという新築の一軒家。
間取りは平屋の3LK。
そして今日はいったい何がありえへんのか?ということでまずは誕生会に出すという料理からチェック。
できあがったのはアロス・コン・ポーヨという料理でパーティーのときは必ず作るそう。
日本風にいうとその味はパエリアのような味なんですが…。
スタジオにはパナマの炊き込みご飯アロス・コン・ポーヨご用意させていただきました。
香りが独特ですねちょっと。
スパイシーな感じです。
ちょっとカレー風味みたいな感じの…。
材料はお米ピーマンタマネギ鶏肉塩コショウターメリック。
しかしその付け合わせのメニューがありえへんかった。
使用するのはこのバナナを油の中に入れ表面に焦げ目がつくまでしっかり揚げます。
お次は黒糖をトロトロになるまで煮詰めたら取り出したのは鮮やかすぎるピンク色のストロベリー味という炭酸ジュース。
これをシュワシュワーッと泡立たせながらたっぷり注ぎます。
更にシナモンを加えそしてイチゴジャムのようになったシロップをバナナにかけたら完成。
意外にもこれがバナナとマッチ。
パナマのお誕生会はとここまでは日本の誕生会とさほど変わらないのですが食事が終わるとなぜかすると誕生会にはにつかわしくないそこには天井から正体不明の人形が吊るされています。
するとこのあと我が目を疑うなぜか人形をボコボコに!その後も子供たちが人形をボコボコに。
実はこれパナマならではのありえへん風習だったのです。
中米の元独裁国家なぜか子供たちが人形をボコボコに。
更にこの子も。
ほらほらもっと力いっぱい叩いて!と思ったら…。
割れた人形の中からということで日本人が計算上99%行かないパナマ共和国はこのコーナーは人生をよりよくしてくれるありがたい花言葉を美輪さんからいただくコーナーです。
美輪さんどうぞよろしくお願いいたします。
美輪さんどんな思いがあるのでしょうか?これはね今日の主人公の秋野さんたちのお二方いらしたけどぴったしじゃない?すごいしみますね!だからとにかく妥協妥協…だとかね数字数字…だとか。
ついどうしてもお金だとか名誉だとか既得権益のほうへ流れていっちゃうじゃない。
それをね流されないで今の主人公のお二方みたいにやるってことは一朝一夕じゃできない。
よほどの信念を持たないと。
でもあの方たちみたいに決心すればできるんですよ。
蛭子さんいかがでした?俺もそうなりたいとはすごく思ってるんですよホントは。
2014/02/25(火) 18:30〜20:54
テレビ大阪1
ありえへん∞世界スペシャル「あなたが99%行かない!?世界の秘境の国」[字]

あなたが99%行かない!?世界の秘境の国▽旧ソ連の秘境「タジキスタン」と中米の元独裁国家「パナマ共和国」に大潜入2時間30分スペシャル!

詳細情報
タジキスタン
【和平のために命を捧げた日本人男性 秋野豊】
中央アジアに位置する「タジキスタン共和国」はソ連崩壊後、共和国として独立。しかし民族同士の紛争が勃発。その紛争を止めるべく、一人の日本人男性が立ち上がった!その男性は秋野豊さん。現地ではラストサムライとして現在でも多くの人の心に生き続けている。彼はなぜ遠く異国の地タジキスタンの独立に命を捧げたのか?
パナマ共和国
【中米の元独裁国家「パナマ共和国」】
今から100年前に、運河業界に革命を起こしたパナマ運河。多くの人が亡くなったパナマ運河建設に、たった1人日本人が携わっていた。彼の名は青山士さん。東京帝国大学を首席で卒業の彼が、なぜたった1人で未知の国パナマに来たのか?そして、パナマで日本人女性の名前がついたランを発見!なぜ、彼女の名前がランの名前に?そこには、パナマ人に愛された彼女の波瀾万丈の人生ドラマが!
出演者
関ジャニ∞(村上信五、丸山隆平、安田章大)、美輪明宏、ベッキー、宮崎哲弥

【ゲスト】蛭子能収、森三中
ホームページ

http://www.tv-tokyo.co.jp/ariehen/

ジャンル :
バラエティ – その他

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