NHKニュース おはよう日本 2014.03.11

あー、こちらの地区では、かさ上げの工事が行われてますね。
先週土曜日、私は津波で壊滅的な被害を受けた、宮城県気仙沼市を訪れました。
ここではトラックや重機の音があちこちから聞こえ、復興への歩みが確かに進んでいるように見えました。
一方で、復興が思うように進んでいない集落もあります。
何隻か漁船が見えるんですよね。
そして、道の反対側にはガソリンスタンドもあります。
震災前と同じ場所で営業を再開したこちらの男性。
住民は戻っておらず、夜になっても周囲に明かりは見られないといいます。
お店閉めると真っ暗な所、ただ帰って行くんですよ。
すごくさみしいですね。
先週から私は、東北の被災地を歩き、多くの人たちから話を聞いてきました。
今頑張ってもどうしようもないんだっていうような、諦めに似たようなのがありますよね。
東日本大震災から3年。
被災地は今、本当に復興へと向かっているのでしょうか。
おはようございます。
東日本大震災からきょうで3年です。
3年前のあの日に撮影された映像を覚えているでしょうか。
宮城県名取市を襲った津波の映像です。
家や畑を次々と飲み込んでいきました。
こちらはきのうの様子です。
がれきは見られません。
津波の被害を受けた農地は、いまだに再建できない所もあります。
あの日、住民が逃げ込んだ小学校は今は使われておらず、児童たちは別の学校で学んでいます。
津波の被害を受けた土地の中には、災害危険区域となって、住むことができない場所もあります。
3年前にヘリコプターが捉えた、まさにその場所、名取市閖上地区に、今私は立っています。
周りを見ますと、家の土台だけが残され、ところどころ花が手向けられています。
この地区の丘の上には、震災前、神社があり、津波で流されましたが、閖上で亡くなった人々を慰めるために、地元の人たちによって去年、再建されました。
朝から手を合わせる人の姿も見られます。
おはようございます。
2011年3月11日に発生した東日本大震災からきょうで3年になります。
おはよう日本では、当初から、震災を巡る現状や課題だけでなく、希望を胸に支え合いながら生き抜こうとする皆さんの姿を取り上げてきました。
しかし3年が過ぎた今、被災地では復興ということばを信じ、励まし合うだけでは先に進めない、過酷な現実が横たわっています。
被災地の人たちはどのような思いできょうを迎えたのでしょうか。
震災から3年の朝、岩手県陸前高田市の復興のシンボル、奇跡の一本松です。
43人が亡くなったり、行方不明になったりした宮城県南三陸町の防災対策庁舎の前には、雪が降る中、祈りをささげる人の姿が見られました。
あっという間の3年でしたね、本当にね。
なんとか全国にも生かされるような、やっぱり伝えていきたい。
東京電力福島第一原発へと続く国道では、けさも原発事故での作業に向かう作業員らを乗せたバスなどが、通り始めました。
震災から3年となるきょうも、変わらない風景です。
大地震です。
岩手県宮古市ではけさ、避難訓練が行われました。
津波への備えを強めようと、東日本大震災と同じ規模の地震が発生したという想定です。
皆さん、中に入ってください。
速やかに入ってください。
忘れないためには、必要なのかなと。
毎年やってればそんなに、ここにいる人間としては、いいのかなというふうに思いますけど。
南三陸町では、日の出に合わせて人々が手をつなぎ、震災で犠牲になった人を追悼しました。
東日本大震災の死者・行方不明者は、1万8517人。
いわゆる震災関連死を含めると、少なくとも2万1432人に上っています。
津波で浸水した範囲は、528平方キロメートルに及び、およそ25万棟の建物が被災しました。
沿岸部の市街地や集落は、軒並み津波に襲われました。
こちらをご覧ください。
特に被害が大きかった福島、宮城、岩手の3県の状況です。
赤で示した所が浸水した市街地や集落です。
361あります。
これは水産庁が主に漁港のある所を調査したものですが、すべての集落を対象としたものではないため、被害を受けた集落はさらに多いと考えられます。
その全貌は把握できていません。
甚大な被害を受けた東北各地。
この3年でどう変わったのでしょうか。
町の明かりがなくなった3年前。
今、町はにぎわいを取り戻しています。
港の一部が破壊された八戸港。
港は修復され、震災前の活気が戻ってきました。
前、前、前!
あー。
岩手県陸前高田市。
辺り一面、がれきで埋め尽くされました。
がれきを片づける作業は急ピッチで進められました。
しかし、復興は決して順調とはいえません。
今も新しい建物は建っていないのです。
震災の被害は首都圏でも。
ちばけんうけ…、千葉県浦安市では、市のおよそ85%で液状化現象が発生しました。
今、液状化を防ぐ工事が続けられています。
東京電力福島第一原発に近い福島県富岡町。
震災直後に被災地に訪れたときの様子を思い出します。
震災当時と同じ光景が残っていました。
時間は3年前から止まったままです。
復興に向けて、大きく町の姿が変わったところがある一方で、何も変わっていない、そう思える所もあります。
そうした中で、被災した人たちは懸命に暮らしの再建に取り組んできました。
しかし、その歩みに今、大きな差が生まれています。
宮城県岩沼市にある被災者向けの住宅展示場です。
週末には40組前後が訪れます。
今、仮設住宅を出て、住宅を再建する動きが本格化しています。
再建に向けた一歩を踏み出せない人も少なくありません。
石巻市の仮設住宅で暮らす佐藤啓二さん61歳です。
震災前から母親と2人で暮らしています。
3年たってもここを出る見通しは立っていません。
佐藤さんは20年以上、個人で運送業を営んでいます。
ないじゃん、
担当エリアである沿岸部の水産加工会社が被災し、仕事は激減しました。
月収は10万円余り。
1日の稼ぎが1000円を切る日もあります。
どうもありがとうございます。
どうもありがとうございました。
もう一つあります。
ただいま。
89歳になる母、みゑ子さんの介護です。
長引く仮設住宅での生活で、心臓の病気を患い、1人では身の回りのことさえできなくなりました。
こんにちは。
入浴などの介護サービスがある日は、仕事を途中で切り上げ、立ち会わなければなりません。
震災前にはなかった月4万円近い介護費用も重くのしかかっています。
NHKに寄せられています。
若くて仕事のある人たちは、新しい土地や家を持てますが、高齢者になると、銀行でもお金を貸してくれません。
小屋でもいいから自分の家に入りたい。
仮設住宅で死にたくありません。
宮古市の74歳の女性の思いです。
これはNHKが実施したアンケートです。
1201人から回答を得ました。
アンケートには自由記述欄を設けて、被災者の皆さんに、この3年間の思いを書いていただきました。
一人一人の思い。
私もすべて読ませていただきました。
いくつかご紹介します。
仙台市に避難している気仙沼市の男性です。
仮設住宅に住んでいる人だけが被災者で、自宅を建設して離れた人は被災者ではないような扱いは、とても憤りを覚えます。
住宅ローンなど大きな負担を抱えています。
名取市の女性です。
パートの仕事で生計を立てていますが、定年後も働く場所があるのか、年金はもらえるのか、先行きが不安で、このまま消えてしまいたいという気持ちが芽生えることもあります。
自分の家で安心して暮らしたいという思いすらかなわない方々の深い嘆き。
その一方で、仮設住宅を出て、再建への一歩を踏み出した人でも、この先の人生が見えない、終わりのない不安や悩みと向き合い続けているということが伝わってきます。
被災者の皆さんの声は、また後ほど、お伝えします。
格差が生まれているのは、人々の暮らしだけではありません。
津波で被災した中心市街地の再建を進める自治体の復興事業にも、地域間で格差が生じるおそれが出ています。
岩手県の釜石市と大船渡市の現状です。
岩手県釜石市です。
被災した町の中心部に今週オープンするのは、岩手県沿岸で最大のショッピングセンターです。
釜石に加え大船渡や陸前高田など、周辺の6つの市や町から、年間500万人の集客を見込んでいます。
誘致に成功した釜石市は、この商業施設を、中心市街地の復興の柱と位置づけています。
商業施設の誘致は、新たな雇用にもつながっています。
地元からは430人余りが雇用され、中には希望していた、東京から、ふるさと、釜石へのUターン就職を果たした人もいます。
さらに地元の商店への波及効果も期待されています。
仮設商店街でラーメン屋を営む菅野光夫さんです。
商業施設の隣に出来る共同店舗に入り、店を本格的に再開することを決めました。
大船渡市では、中心市街地を地元の商店主たちの力で復興させようと言う事業が進んでいます。
ことし1月、市は津波で被害を受けた市街地をかさ上げする計画の説明会を開きました。
早ければ4月から、新たな店舗の建設ができるという方針を示しました。
商店街の予定地では、造成工事が進んでいます。
市は被災した地元の商店のグループを中心に、事業を進める計画です。
新たな商店街作りを目指す店主らは今、参加するほかの店を募っています。
しかし、そこで出てきたのは、再建計画への不安の声でした。
市は客足が遠のけば大きな打撃になると懸念しています。
震災から3年を迎え、動き出した中心市街地の再生事業。
このまま進めば、地域間の格差が広がるのではないかという不安の声が上がっています。
こちらには、仮設住宅の問題や、震災後の地域振興について取材を続けている、仙台放送局の高橋記者です。
高橋さん、この場所に立っていますと、本当に復興は進んでいるのかという気になりますね。
取材を通して、どう感じていますか?
まさにこの景色というのが、ここの現状だと感じています。
この土地に暮らしていた方たちの自宅の再建というのは、全く進んでいません。
その自宅の再建、住宅の再建というのは大きな問題で、被災地でやはり多くの方が望んでいる災害公営住宅というのは、いまだ被災地全体の計画の中でいうと、3%が完成したにすぎないんです。
被災した人たちにとって、自分たちの生活を取り戻すことができると実感できていないということが、今一番大きな問題だと感じています。
そうした状況に対して、国や自治体はどう対応すべきなんでしょうか。
自治体によっては、地域に住民が戻らないということで、復興計画の見直しという事態に直面しているという自治体も出ているんです。
長引く避難生活は、被災した人たちにとって、前向きに生きようという、その気持ちさえそぎ始めています。
そんな中で、この震災して3年というこのタイミングは、暮らしの再建を最優先に進めるために、もう一度被災した人たちの声に耳を傾けて、国や自治体がその実態に沿った形で、復興計画を見直す最後のタイミングになるかもしれません。
まさに今がそのタイミングだということですね。
高橋さんはこの被災地の取材を続ける中で、心に残っていることばがあるそうですね。
はい。
帰りたいって言っちゃだめだよねという、女の子のことばだったんです。
おととしの夏に取材した中学2年生の女の子なんですけれども、その子が母親に向かって言っていた、その姿が印象的でした。
津波で被災した彼女がやはりそれでも、やはり自分が暮らしたその土地に戻りたい、地域に戻りたいという気持ちを押し殺しながら話している姿が、とても居たたまれない気持ちになりました。
その彼女もことしで中学を卒業しました。
そうですか。
時間というのは、着実に過ぎています。
5年後、10年後たったとしても、全国の方々にとっても、3月11日というのは特別な日だと思います。
しかし、被災地は3月11日だけが被災地なわけではありません。
私たちはそのことを忘れてはいけないと思います。
そうですね。
仙台放送局の高橋記者でした。
被災地の皆さんは、この3年間をどのように思っているんでしょうか。
東京の鈴木さん。
ご紹介します。
福島市の40歳の女性です。
貯金を切り崩して避難を続け、心身ともにまいっています。
夫は病院通いの日々です。
復興って一体なんなのでしょう。
どこがゴールなのでしょう。
津波で自宅が全壊した72歳の男性です。
3、4年で自分の家を建てられると気を張って生きてきましたが、それが5、6年以上かかる見通しです。
早くて75歳。
家を建てたら老人ホームかな、そう考えたくない。
アンケートの中では、このほかにこの3年と言う時間が短いのか長いのか、よく分からないということばが多く見られました。
被災した皆さんにとっては、この3年という区切りは、震災からの時間を計れる物差しにはならないということに、改めて気付かされました。
次は、津波でお子さんを亡くした女性のことばです。
なぜ、おなかを痛めて産んだ子どもに線香など上げ、手を合わせなければならないのか。
震災の影響を受けた人とそうでない人とでは、3年の考えにギャップがあると思います。
続いて、震災と原発事故の影響に苦しむ福島の3年について見ていきます。
去年12月、政府は、避難区域の被災者全員のふるさとへの帰還を目指すとしてきた方針を転換しました。
こちらご覧ください。
赤で示した所、放射線量が極めて高く、長期間戻れない帰還困難区域、こうした区域などの住民については、新たな土地で生活再建を目指す移住についても支援する政策を打ち出したのです。
ふるさとに戻ることを諦めざるをえない人たち。
しかし、移住という次の一歩を踏み出す人たちと、踏み出せない人たちの差が出てきています。
福島第一原発がある大熊町の住民の皆さんを取材しました。
大熊町からおよそ40キロ離れたいわき市。
今、この町に大熊町から避難した人たちが、次々と新しい住宅を建てています。
原発が立地する大熊町。
96%の住民が住む地域が、長期にわたって帰れないとされる、帰還困難区域に指定されています。
仮設住宅で町に戻れる日を待ち続けてきた住民たち。
ふるさとを離れるという苦渋の決断を始めています。
大熊町から避難している松永充さんです。
原発事故のあと、家族と離れていわき市の自動車工場で働いています。
震災前、同居していた母親の久仁子さんは、原発から100キロ離れた会津若松市の仮設住宅に1人で避難しています。
1部屋しかない松永さんのアパートは手狭で、母親とは暮らせません。
大熊町に戻ることを諦めた松永さんは、いわき市周辺で中古住宅を探しています。
しかし今、松永さんには費用の問題が重くのしかかっています。
松永さんは自宅を津波で流されました。
津波が原因で壊れた住宅については、原発事故と直接関係がないとして、東京電力から賠償金が支払われません。
松永さんが当てにできるのは、月当たり10万円の精神的賠償や、およそ300万円の土地の賠償などで、給料を足しても、資金が足りません。
そして最も気がかりなのは、母親の移住後の暮らしです。
70歳になる母親、久二子さんは、大熊町の住民たちが集団で避難している会津若松市の仮設住宅で暮らしています。
えっちゃん。
町の人たちとはもう50年近く、家族同然のつきあいをしてきました。
おはようございます。
おはようございます。
孫と息子とよく遊んできてください。
大熊町の住民たちと離れ離れになってしまえば、久二子さんの孤立につながるのではないか、心配なのです。
松永さんは、母親の仮設住宅を訪ねて、今後の生活について相談を重ねています。
松永さんたちは、なんとか手が届く物件を探したいと考えています。
ふるさとを離れるという重い決断。
帰還困難区域の人たちは、移住という大きな課題と向き合っています。
原発事故の被災地では、時間の経過とともに、また新たな問題が生まれてきています。
浪江町からいわき市に避難している女性です。
私の主人は毎日、浪江に戻りたいと泣いています。
この先が見えません。
どうしたらいいか分かりません。
不安ばかりです。
浪江町から埼玉県狭山市に避難している男性です。
避難先でもアウエー、福島県に行ってもアウエー。
自分の本来の居場所はどうにもならない。
そして南相馬市の女性です。
福島といえば、原発事故のことばかり。
福島は津波被害だって大きく、大変な暮らしをしている方がたくさんいます。
南相馬市から千葉県館山市に避難している女性です。
もう福島には帰らず、こちらでやっていく決心をしました。
原発はどうぞ東京に持ち帰ってください。
いつかは自分の家に帰るんだという思いと同時に、本当に帰れるのかという疑念や諦め、そしてそれがいつしか、ふるさとへの怒りに変わっている人もいました。
時がたてばたつほど、希望が少なからず諦めや憎しみにも変わっている現状が、皆さんの声から感じられます。
福島の被災者の思いでした。
では、福島放送局の坂本記者に聞きます。
坂本記者は福島県の出身で、3年にわたって原発事故の避難者の取材を続けてきました。
坂本さん、福島の皆さんの声を聞いていますと、出口、先行きの見えない、本当のそのつらさが伝わってきますよね。
原発事故の影響が大きい福島では、進むべき方向すらはっきりしない。
被災者はそんな大きな不安の中にいるんだと思います。
こちらの模型にありますように、避難区域になっているふるさとに、いつになったら帰れるのか、それとも帰れないのか、その見通しすら国から示されていないために、多くの住民は待つべきなのか、それとも別の場所で生活再建すべきなのか、決断できないままでいるんです。
私がこれまで取材した中でも、住む所が定まらなければ、正社員などの安定した仕事は探せないという声もよく聞きました。
ですから先の見通しを示さないことが、被災者の生活再建を阻んでいるという実態があるんです。
坂本さん、この3年、取材を続けてきて、今、一番どんなことを感じていますか?
原発事故のしわ寄せが住民に押しつけられていると、強く感じます。
帰還困難区域のある地区の住民アンケートでは、家族がばらばらに避難している世帯が半数に上っていました。
原発事故直後に一時的な避難のつもりがその後、先の見通しがないために、3年たってしまってばらばらになった家族が、また一緒になって生活再建するというのが難しくなっているケースが少なくないんです。
国は追加の賠償という金銭的な移住支援策は打ち出したんですけれども、家族やコミュニティの分断といったお金で解決できない問題への支援は、住民にほとんど届いていないんです。
そうした中、国のある幹部は、移住は自助努力だというふうにまで言っていました。
しかしですね、そういったしわ寄せを住民に押し付けて、放置することなく、住民本位の生活再建の仕組みを作っていくことが、今、最優先で求められていると思います。
そうですよね。
福島放送局の坂本記者でした。
さて、先週の火曜日から私は被災地の各地を回ってきました。
各地で多くの皆さんから話を聞くことができました。
今、被災地の皆さんは、何を望んでいるのか、どんな希望を持っているのか、書いていただきました。
ご紹介しましょう。
まずこちらは、仮設住宅に暮らすご夫婦のことばです。
早くわがふるさとに家を建てたいと思っております。
今回、各地で安心して暮らすことができる住まいが早く欲しい、そういう声を数多く聞きました。
そしてこちら。
これからもボランティアの皆さんと、それから一般の人たち、多くの人が陸前高田市に来てくれることが喜びですと。
そうですね。
これを書いてくださった方は、震災の風化、忘れ去られることが一番の悲しみですと語っていました。
そしてこのことば、今までより少しでも前へ。
こちらは、多くの住民が避難をした地区に戻って仕事を再開した方です。
地元の皆さんが仕事と生活を両立させて、再び地域のにぎわいを取り戻したい、そう語っていました。
阿部さん、きのうの記者会見で、安倍総理大臣、ことしは復興を実感できる年にと話しましたよね。
でも、現地での取材を見ていますと、被災者の皆さんの暮らし、むしろどんどん復興からは遠ざかっているようにも思えるんですが。
各地を回っていて、災害公営住宅の建設が始まったり、沿岸部で水産加工場が新たに出来たりと、町の再建が進んでいる所も確かにありました。
その一方で、3年たってまだこの段階なのかと、その厳しい現実に各地でがく然としました。
これから一体どこで暮らせばいいのか、どこで仕事を再開すればいいのか、これまでの課題に加えて、けさお伝えしてきたような、格差が広がっていることを目の当たりにしました。
そうした中で暮らしている皆さん、一人一人状況が違っているわけですね。
被災者をひとくくりにするのではなくて、それぞれの実情に即した復興をできるだけ目指してほしいと思います。
そしてわれわれも、被災地の皆さんの声を、これからもしっかりと伝えていきたい。
その決意を新たにしました。
被災地の皆さん、それぞれが抱える事情、そして時が過ぎるほどにむしろ大きくなる諦めや憤りの心。
3年がたった今、改めて震災がもたらしたものの、根深さを感じています。
私たち一人一人に一体、何ができるのか。
今後も地道に考え続けること、そして伝え続けていくことが必要だと強く感じています。
では次のニュースです。
理化学研究所などのグループが発表した、STAP細胞の論文について、きのう、共同著者に論文の取り下げを呼びかけた山梨大学教授が、保管しているSTAP関連の細胞や詳しい研究データを、公的な研究機関に提供し、第三者の立場から検証してもらうことを決めたと発表しました。
これはSTAP細胞の論文の共同著者の一人で、山梨大学の若山照彦教授が、大学のホームページで明らかにしたものです。
この中で若山教授は、自身が行った実験については適正に行われたと、自信を持って言い切れるとしましたが、論文の画像やデータに不自然な点があるとの指摘が相次いでいる事態を受け、STAP細胞が出来たのかどうか、第三者に検証を求める決断をしたとしています。
具体的には、研究室で保管しているSTAP細胞から作った細胞や詳しい実験データを公的な研究機関に提供するということです。
STAP細胞は、神戸市にある理化学研究所の小保方晴子研究ユニットリーダーなどのグループが作製に成功したと、科学雑誌ネイチャーに発表しましたが、若山教授はきのう、研究データに重大な問題が見つかったとして、小保方さんを含む共同著者に、論文の取り下げに同意するよう呼びかけたことを明らかにしていました。
理化学研究所の広報担当者は昨夜、若山教授の指摘を受けて、論文を取り下げるかどうか、論文の著者の間で議論が続いているとして、論文を取り下げることを含めて検討していることを明らかにしています。
春闘の相場作りに大きな影響力を持つ、トヨタ自動車の労使交渉は、ベースアップを組合員平均で月額2700円とすることで、あすの回答日を前に事実上、決着しました。
ことしの春闘でトヨタ労組は従業員の基本給を引き上げるベースアップを平均で月額4000円要求し、経営側も理解を示す一方、高すぎる人件費が国際競争力を低下させるとして、調整が続けられてきました。
そして、きのうの大詰めの交渉で、経営側は今年度の業績見通しが過去最高となることなどを受けて、ベースアップを月額2700円とする方針を伝え、トヨタの労使交渉はあすの回答日を前に、事実上、決着しました。
トヨタがベースアップを実施するのは平成20年以来6年ぶりで、組合が要求の方式を変えた平成14年以降では、最も高い水準となります。
またボーナスは、月給6.8か月分の要求を受け入れて、4年連続の満額回答となり、去年の40%近く上回るおよそ244万円となります。
春闘の相場作りをリードするトヨタがベースアップに踏み切ることで、大詰めを迎えているほかの企業の労使交渉にも、大きく影響しそうです。
続いて気象情報です。
けさも真冬の冷え込みになっているんですね。
渡辺さん。
そうなんです。
けさは特別に全国的にかなりの厳しい寒さになりました。
もうぐぐぐっと気温が下がりまして、東京都心でも、けさの最低気温、なんと1度3分まで下がったんですよね。
もう真冬に思えるような気分です。
で、このあと日中も寒いのかと思いきや、きょうは西日本、東日本でぐぐっと気温が上がってきます。
昼間は寒さの和らぐ所が多いでしょう。
ではまず予想最高気温から見ていきます。
2014/03/11(火) 07:00〜07:45
NHK総合1・神戸
NHKニュース おはよう日本[字]

▽東日本大震災から3年 ▽時が壊した帰郷の夢…ふるさとを離れる決意 ▽絆はどこへ?格差拡大 ▽“復興”の意味を問う

詳細情報
番組内容
【キャスター】近田雄一,鈴木奈穂子,【スポーツキャスター】筒井亮太郎,【気象キャスター】渡辺蘭
出演者
【キャスター】近田雄一,鈴木奈穂子,【スポーツキャスター】筒井亮太郎,【気象キャスター】渡辺蘭

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ニュース/報道 – 定時・総合
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