先人たちの底力 知恵泉(ちえいず) 漱石先生の手紙「夏目漱石」(前編) 2014.02.25

ある町にちょっと風変わりな居酒屋がございます。
その名も「知恵泉」。
今日は何かすごい静かですね。
あれ?作家の島田さんじゃないですか?そのようです。
村上ではありません。
作家の島田さんでいらっしゃいますけど…。
今読んでいらっしゃったのが?「こころ」の初版の復刻版みたいなんですけどね。
何かこれ装丁も漱石自身のものらしいんですけど。
漱石の「こころ」は高校生の時代に教科書に載ってる関係でみんな一度は通るんですね。
しかし結構謎めいた作品ではありましてね。
いやほんとにねちょうどよかったですよ。
夏目漱石。
今日お出ししようと思っていたんです。
今日から2週にわたってのテーマがこちら「若者の能力を引き出せ」という事なんですね。
若者の能力と夏目漱石が関係あるんですか?ちょっと意外でしょ?
(はな)意外ですね。
漱石は漱石チルドレンというような人たち…教え子がいっぱいいて結構師匠キャラなんですよ。
そうなんですね。
はなさんは夏目漱石というとどんなイメージをお持ちですか?青い顔して…。
でも千円ですけどね。
ではですねまずこの読書の秋に合わせまして今日は夏目漱石の知恵たっぷりと味わって頂きます。
まずはその夏目漱石という人どんな人だったのか見ていきましょう。
「吾輩は猫である」「坊っちゃん」そして「三四郎」など日本の近代文学を代表する作品を生み出した夏目漱石。
誰からも一目置かれる近寄りがたい文豪のイメージですが実際の彼は気さくでユニーク。
本人は意図していないのになぜか笑いを誘ってしまう今でいう天然の人でした。
そんな漱石を慕って多くの若者が自宅にまで押しかけ弟子として教えを請いました。
集まったメンバーは後に日本の文学界を背負う事になるそうそうたる顔ぶれ。
哲学者で文部大臣も務めた…「児童文学の父」と言われる…更にはあの芥川龍之介も漱石を師と仰ぎました。
若者たちは漱石にさまざまな悩みを持ちかけました。
そんな彼らに漱石は頻繁に手紙を送りそれぞれの個性に合わせたきめ細かいアドバイスをしました。
その結果多くの若者が能力を開花させます。
そして…漱石はどのように若者たちの能力を引き出したのでしょうか?その知恵に迫ります。
ほんといろんな方たちに慕われていたんですね。
割と若い者が寄ってくる感じだったみたいですね。
自分から教えてやるよというんじゃなくて向こうから寄ってきちゃう。
そういうような雰囲気もあった。
いらっしゃいませ。
お待ちしておりました。
全日本女子バレー前監督の柳本晶一さんでございます。
どうぞお掛け下さいませ。
お酒が好きなのでのれんを見るとですね…。
似合いますもんね。
「柳本ジャパン」の名で知られる監督柳本さん。
監督に就任した当時チームはオリンピックへの出場を逃すなど低迷を続けていました。
柳本さんは若手からベテランまでメンバー一人一人の自主性を伸ばす事で能力を引き出します。
その結果チームは2大会ぶりにオリンピックに出場。
5位の成績を収め日本女子バレー復活のきっかけとなりました。
さまざまな個性をまとめ上げた柳本さん。
どのように漱石の知恵を読み解くのでしょうか?今日はですね夏目漱石の知恵を味わって頂こうというふうに思っているんですけれども。
柳本さんはチームの力を底上げするお仕事だったと思うんですが…。
バレーは団体競技みたいに言われますけどね基本的には個々なんです。
それをどう組み合わせるかなので。
非常に今日は楽しみにしてます。
試合を拝見していて女所帯というか監督も大きい方なんだけどそれより大きい娘たちのいる大家族のホームドラマ見てるような感じもあったんですよ。
関西のおっちゃんが大ファミリーの娘たちに指南をしてるという。
ではそんな皆さんに今日はとっておきの逸品を用意してます。
今日はですね「甘味処知恵泉」としましておだんごを用意してみたんです。
実はこのおだんごというのは「吾輩は猫である」に出てくるおだんご屋さんのおだんごなんです。
漱石ってすごい甘党だったんですよね。
ロンドン留学中の日記なんかを読むとほとんど毎日ビスケットで生きてる。
(はな)かわいらしいですね。
自身は胃潰瘍の持ち主だったんだけれどもあんまり胃潰瘍に甘いものよくないけれどそれでももう甘いものには目がなくって家族の目を盗んで食べてたらしいです。
是非召し上がってみて下さい。
いただきます。
多くの若者たちと接してきた夏目漱石。
この漱石がどういうふうに若者と関わっていったのか?まずそこら辺から見ていきましょうか。
夏目漱石が「吾輩は猫である」を発表したのは38歳の時。
それまでの漱石は松山の中学や熊本の高校で英語教師として生計を立てていました。
漱石は非常に厳格な教師でした。
予習をせず安易に単語の意味を聞いてくる生徒には「そんな事は辞書を引けば分かる」と言って応じません。
その一方でひょうきんなエピソードも数多く残しています。
漱石が第一高等学校で講師をしていた時の事。
ある日試験監督をしていた漱石先生。
ふと一人の生徒の答案用紙が目に留まります。
そして…。
試験中にもかかわらず間違っていると指摘してしまう漱石先生。
生徒は答えが分からないから間違えているのにと困惑するしかありませんでした。
厳しいながらもユーモアあふれる漱石は生徒たちの人気者になります。
しかし漱石は教師という職業に常に疑問を感じていました。
こんな言葉を残しています。
漱石は教師と生徒は対等であるべきだと感じていたのです。
そんな漱石教師生活の合間に小説を書き始めます。
処女作「吾輩は猫である」が発表されると漱石に教えを請おうと作家志望の若者が数多く自宅に押しかけるようになります。
面会に時間を取られて小説が書けない。
困った漱石に一人が提案します。
面会日は木曜日の午後3時に決めたらええんじゃないですかのう?こうして漱石に会いたい人は1週間に一度決められた時間に集まるようになります。
これが「木曜会」と呼ばれる事になる会合の始まりでした。
木曜会は誰もが自由に参加でき上下関係にとらわれず文学や政治などについて議論しました。
漱石は自分が話すというよりも若者たちの話を穏やかに聞いている事が多かったといいます。
しかしただ聞いていたのではありません。
彼らの話しぶり内容人との関わり方などを実に細かく観察していたのです。
そして悩みを持ちかけられるとそれぞれの個性に合った的確なアドバイスを与えました。
漱石にとって鋭い観察こそが若者の能力を引き出す第一歩だったのです。
試験中に「これ間違ってるよ」と生徒に指摘するってすごい親切な…。
なかなかいませんよね。
親切なのか天然なのかという感じですよね。
でも見回っててね明らかに間違ってると「違うよ」ってどうしても言いたくなるんです。
すごいよく分かります。
経験あるんですか?先生が生徒を教えるというのではなくていわゆる個人と個人の横のつながりの会だったんですかね木曜会というのは?漱石自身も若者とざっくばらんなつきあいをするという事が好きだったんですね。
先生が一段高い所にいて一方的に俺の話を聞けじゃなくて。
そこで自由な議論があって先生は黙ってニヤニヤしながら聞いていると。
議論が盛り上がっていくのが楽しいという感覚があって。
やっぱり生徒たちの方も先生をギャフンと言わせたいとか先生を驚かせたいというような事でいろんな意見練って持ち寄ってくるんですよね。
我々もチーム作る時ですね指導する時に子供たちは上にはなかなか上がれないけど逆に今言われたように…
(はな)どういうものが見えてくるんですか?やっぱりいろんな議論して聞いてたらね面倒くさい事言ってんなという事もあるんですけどね。
だから駄目なんだろうとか思ってるんだけどそれはちょっと抑えておけば結構自主性というかいろんな事出てきてまたその中で個性が出てきたりして面白い発見だなというのは教えられる事ありますよ。
木曜会というのも実にさまざまな個性が集まった集団だったわけなんですよね。
漱石はその人がどんなタイプだろうという事を見極めながら能力を引き出していったという事なんですよね。
今回はタイプ別に3人のケースを見ていきたいと思います。
まず初めにご紹介しますのは「心を開かない孤独屋タイプ」の場合です。
後に小説「煤煙」で人気作家となる…彼もまた漱石に教えを請うた一人です。
森田が初めて漱石の家を訪れたのは東京帝国大学の学生だった時。
森田は小説家を目指していました。
漱石に面会した森田は始終おどおどとした態度。
当時の彼は突然考え込んでは部屋に引きこもってしまうなど精神的に不安定な部分がありました。
森田は自分の作品を読んでほしいと漱石に頼みます。
その小説「病葉」を熟読した漱石は森田の文章力に感心しなんとかこの青年の才能を伸ばしてやりたいと考えます。
漱石は森田に丁寧な感想を送りました。
「文章などは随分骨を折ったでしょう。
趣向も面白い」。
漱石はまず森田を褒める事で自信をつけさせたのです。
漱石の手紙は森田に大きな衝撃を与えました。
(森田)私が漱石先生からこのような手紙を頂いたという事は私の一生にとって心の革命をもたらしたと言ってもいいほどの大事件であった。
更に漱石は手紙の中で小説の感想だけではなく森田自身の事についても指摘しています。
「君はロシア文学をたくさん読んでいるんでしょう」。
「君は既に細君がいるのではないですか」。
漱石は小説の内容から森田の嗜好やプライベートについての推測をしたのです。
森田は驚きました。
なぜなら彼は確かにドストエフスキーなどロシアの小説に傾倒しておりまた伴侶がいる事も事実だったからです。
漱石の言葉は森田の心を動かします。
漱石は森田の趣味やバックグラウンドを鋭く見抜く事で「自分は君のことを興味をもって見ているよ」というメッセージを伝えたのでした。
その後木曜会で交流を深めた漱石学生の一人にこんな言葉を漏らしています。
実は森田の孤独な性格は彼の生い立ちと深く関係していました。
10歳で父親を亡くした時母親から父が本当の親ではないという事実を告げられたのです。
それ以降自分は何者なのかという疑問が森田の中から消える事はありませんでした。
漱石はそんな森田と何度も手紙をやり取りしまるで本当の父親のように彼の支えになりました。
森田のような「心を開かない孤独屋タイプ」には…漱石という支柱を得て森田はその後小説家として生きる決意を固めていくのです。
漱石という人は人を見るという事に関しては非常にたけた人だったという事なんですかね?当然小説家である以上はですねいろんなキャラクターを描き分けるという事が仕事ですから。
そういう観点からも人間観察というのは仕事ですよね。
でも柳本さん見るとにかく見るというのは大事なんですか?見ておけば毎日ね例えばおはようと言ったらその事だけで体調が悪いのかとか見えてきますよやっぱり。
柳本さんコートに入ると携帯を?伸びた瞬間を「それだ!」と褒めてあげたいし見逃したくないんですよ一瞬一瞬をね。
それともう一つは背中を押してあげなきゃいけないんです。
そのために見ておかないかん。
特に女子の場合はこう不安になったり…。
選手はみんなそうですけどね。
その時に…例えで言いますとこうピースがあるでしょ。
選手が一生懸命頑張ってでも自分で一生懸命やってもこれだけしか開かないじゃないですか。
でも手をちょっと添えてやると開くでしょ。
これが指導者の仕事なんですよ。
何か言うたら伸びた瞬間見逃さずに褒めてやる事なんですよ。
「できた!それや!」という映し出してやる鏡でなかったらいかんのですね。
(はな)ほんとお父さんですよね。
実はねこのあと森田はとんでもない事を起こしてしまうんです。
その時に漱石は一体どんな対応をしたのでしょうか?明治41年3月。
27歳の森田草平は雪深い栃木県の塩原で心中未遂事件を起こします。
このスキャンダルで世間を騒がせた森田。
せっかく漱石が世話をした中学教師の職を失います。
窮地に立たされた森田に漱石はこの事件を小説に書く事を勧めます。
(漱石)書くがいい。
書く他に今後君が生きていく道はないのだからね。
しかしその事を聞いた相手の女性の母親が漱石にやめるよう訴えます。
漱石は森田のために…更に自ら朝日新聞と掛け合い森田の連載を決めてやります。
この時の小説「煤煙」は大好評を得森田は見事人気作家の仲間入りを果たしました。
大きな不祥事を起こした森田を漱石は決して見放さず最後まで辛抱強く味方で居続けたのでした。
いくら弟子とはいえ他人ですよね。
そこまで自分がその人の世話をするというのはどうしてそこまでできるんでしょう?でも小説というのはそういう立ち直りとか自分の心の病とか克服とかそういうものにも使えるという事は漱石自身が身をもって実践してきてもいるわけなので。
言うなれば小説書く事によって救われた人の最たるケースなんですよ。
自分自身も挫折を深く知っていたと。
柳本さんは一人一人を見つめている漱石の姿どういうふうに今日はご覧になりました?ほんとに褒める名人ですよね。
絶妙なタイミングで力で引っ張った。
それができた時にきちっといった。
それまたビジョンがこう行くよという事で示してますねみんな。
そういう意味ではほんと褒める天才的な人ですね。
挫折をした大きな失敗をした人間に再び活躍の場を与えてあげた漱石ですけど柳本さんはどうでしょう?最後は導いてやるのは我慢なんですよ。
辛抱です。
だからほんと選手が…僕ら12人ですけど一人一人辛抱したらそれだけでも足したら単純に言うと12回辛抱しないといけないわけだから。
力を引き出してあげるという事は指導者が辛抱して…。
それを忘れたら絶対結果出ませんね。
なるほど。
来週も引き続いて夏目漱石の「若者の能力の引き出し方」について見ていきたいと思います。
今日は甘味と言いましたよね。
更にまたおだんご用意してみたんですが今度はあんこバージョンで皆さん召し上がって頂きたいと思います。
だんごも甘いし弟子にも甘いっていう…。
2014/02/25(火) 05:30〜05:55
NHKEテレ1大阪
先人たちの底力 知恵泉(ちえいず) 漱石先生の手紙「夏目漱石」(前編)[解][字][再]

明治の文豪・夏目漱石。実は、後輩や教え子の能力を引き出す達人だった。相手の個性にあわせた絶妙なアドバイス。厳しくも温かい言葉。こんな先輩が隣にいてくれたら!

詳細情報
番組内容
こんな先輩がいてくれたら!と思わせるのが夏目漱石。近寄りがたい文豪のイメージだが、実は気さくでユニーク。芥川龍之介、森田草平、鈴木三重吉など多くの作家志望の若者が、漱石を慕って自宅へ押しかけ、教えを乞うた。悩みを打ち明ける者がいると、漱石は丁寧な手紙を送った。それぞれの個性にあわせたアドバイスをし、その結果、多くの若者が才能を開花させ、文壇にデビューした。漱石流「若者の能力の引き出し方」とは?
出演者
【出演】元バレーボール全日本女子監督…柳本晶一,作家…島田雅彦,モデル…はな,【司会】井上二郎

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
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