NHKスペシャル「被災地 こころの軌跡〜遺族たちの歳月〜」 2014.03.10

今から3年前。
私たちは変わり果てた町の中で1人の女性と出会いました。
佐藤美香さん。
亡くなった6歳の娘の遺品を探し続けていました。
2万人以上の命が奪われた東日本大震災。
直後から被災地に入った私たちは1,000人を超える遺族を取材してきました。
ひろ!ひろ!
(泣き声)NHKに保管されている映像記録。
これまでに1万時間を超えました。
失われたかけがえのない命と向き合う遺族たち。
祥子おめでとう。
私たちは震災の2週間後から半年1年2年と被災地でアンケートを行ってきました。
そして3年を迎える今年も649人の遺族から回答が寄せられました。
「祖父母が海に流され祖母はまだ冷たい海の中。
それを考えると皿洗いなどは温かいお湯は使えません」。
「テレビで東京オリンピック決定の騒ぎを見ていると悲しくなりました。
震災は終わったなと」。
あの日から3年。
遺族たちのこころの軌跡を見つめます。
死者行方不明者1,000人以上。
10mもの津波に襲われた岩手県釜石市です。
私たちは直後から現地に入り取材を始めました。
4日後の3月15日。
行方不明者の捜索が続いていました。
津波にのまれた家からよろけるように出てきた男性。
家族4人を捜していました。
そして小学5年生の…4人が見つかったのは自宅2階の理子ちゃんの部屋。
長男の健幸さんが家族を抱きかかえるようにして亡くなっていたといいます。
水門を閉めるため家を離れていた鈴木さんだけが助かりました。
家族4人を助けられなかった事を悔やんでいた鈴木さん。
家族との思い出が詰まったあの場所に自宅を再建したい。
鈴木さんはこの時自らに誓っていました。
震災から1か月。
被災地にいつもと違う春が訪れていました。
およそ4,000人が犠牲になった宮城県石巻市。
小学校の入学式が行われていました。
保護者の手には我が子の遺影がありました。
(子どもたち)よろしくお願いします。
当時6歳の娘を亡くした佐藤美香さんです。
誰とでもすぐに仲良くなる明るい子でした。
佐藤しきさん。
はい。
佐藤愛梨さん。
はい。
机には愛梨ちゃんが使うはずだった名札が置かれていました。
すいません。
当時佐藤さんが毎日のように訪れている所がありました。
愛梨ちゃんが見つかった場所で遺品を探していたのです。
幼稚園の送迎バスに乗っていて津波にのまれた愛梨ちゃん。
卒園の4日前の事でした。
通い続けてようやく見つけた愛梨ちゃんの面影です。
幼稚園で履いていた上履き。
粘土。
そして大好きだったお絵描きに使っていたクレヨンです。
佐藤さんは夫が単身赴任のため3歳だった次女珠莉ちゃんと暮らしていました。
震災から3か月。
佐藤さんは遺品探しをやめようと考えていました。
いつも家族の中心にいた愛梨ちゃん。
珠莉ちゃんは3つ年上の姉の後ろをいつもついて歩いていました。
残された家族でこれからの人生を歩んでいくために気持ちに区切りをつけようと思ったのです。
震災から100日を前にしたこの日。
最後の遺品探しでした。
失われたあまりにも多くの命。
残された人たちはどのように歩んでいくのか。
私たちは震災の2週間後から継続的にアンケートを行ってきました。
900人以上が犠牲になった宮城県名取市内の高校です。
私たちはアンケートの朗読をこの学校の生徒たちに依頼する事にしました。
生徒たちが震災後に演劇部を作り亡くなった仲間の事を伝え続けていると知ったからです。
「妻や生まれてこれなかった子どもたちの事を思うと今でも胸が張り裂けそうな気持ちになり町で小さな赤ちゃんをだっこした若い夫婦を見ると本当につらいです」。
生徒たちが最初に朗読したのは震災から1年のアンケート。
(お鈴の音)現実を受け止めきれないという声が多くつづられていました。
「震災前はとても平和で孫たちの成長を楽しみに毎日楽しく過ごしていました。
これから何を生きがいに生きていけばいいのか先が見えなくなってしまいました」。
「いまだに自分が置かれている状況が夢のような気がして亡くなった父がどこかで生きているような気がしてなりません」。
(サイレン)黙とう。
(サイレン)「『もう1年か。
まだ1年だ』という感覚です。
最初はただ生きる事で精一杯でそれだけで時間が過ぎていった感じでした。
今は多少考える時間が増え後悔の念が強くなり意欲が薄れてきたように感じます」。
亡くなった家族4人のために自宅を再建すると誓っていた鈴木堅一さんです。
震災から1年が過ぎて建てたお墓を毎日訪れていました。
墓石には4人の遺影が刻まれていました。
鈴木さんは元の場所に家を建てられるよう市の復興計画が進むのを待っていました。
1人になった鈴木さんが自宅の再建にこだわるのには理由がありました。
家族がいつでも帰ってこられる家を造り4人の無念に応えてあげたいと考えていたのです。
孫の理子ちゃんの部屋も作り唯一の遺品のランドセルを置いてあげたいと思っていました。
70歳を迎えようとしていた鈴木さんは震災後の慣れない生活で糖尿病を患いました。
家を建てるまでは倒れる訳にいかないと健康に人一倍気を配っていました。
(取材者)野菜がお嫌いではないとはいえ…震災から2年のアンケート。
遺族たちの暮らしは落ち着きを取り戻しつつありました。
しかし亡くなった家族への思いは強まるばかりでした。
「亡くなった主人と話がしたいです。
子どもたちを一緒に育てたかったしもっともっと一緒に生きたかった。
生活は落ち着いてきましたが気持ちはつらくなる一方です」。
「祥子ちゃんへ。
お父さんは泣いてばかりだったけどお母さんやお兄ちゃんたちとちゃんと一緒にいますか?会いたい話したい一度でもいいから」。
娘の祥子ちゃんへの思いをつづった今田芳槙さんです。
2年という月日が重くのしかかっていました。
両親と妻2人の息子と祥子ちゃん。
今田さんだけが残されました。
あの日今田さんは自宅の屋根の上で祥子ちゃんを抱きしめたまま津波にのまれました。
気が付いた時祥子ちゃんの姿はありませんでした。
祥子ちゃんの同級生たちの卒業式。
はいおめでとう。
今田さんも祥子ちゃんの卒業証書を受け取りに来ました。
娘が学ぶはずだった6年生の教室。
これ妻です。
長男です。
平成24年度卒業証書を授与される者今田祥子。
はい。
「卒業証書今田祥子。
小学校の全課程を修了した事を証する。
平成25年3月22日」。
おめでとうございます。
ありがとうございます。
祥子おめでとう。
(今田)すいませんありがとうございました。
震災から2年が過ぎて出会った遺族の中には新たな悩みに直面している人もいました。
岩手県釜石市の菊池辰弥さん。
娘の風音ちゃんです。
保育園にいた風音ちゃんは助かりましたが妻の琴美さんと息子の涼斗君は亡くなりました。
これは?風音って言ってるよ。
おっおっ。
いい顔は?その口…。
いつも笑顔で子育てを生きがいに感じていた琴美さん。
風音ちゃんはそんな優しいお母さんが大好きでした。
吹いちゃって。
そうそう。
(一同)お〜!菊池さんと風音ちゃんは月命日には必ず2人が亡くなった場所を訪れていました。
震災の時3歳だった風音ちゃん。
それから2年がたって母親と兄が亡くなった事をどこまで理解しているのか菊池さんには分かりませんでした。
菊池さんはあの日の事を話すべきなのか迷っていました。
震災から3年。
今年のアンケートには649人の遺族から回答が寄せられました。
「最愛の息子を失い遺骨も墓に入れたくなくてまだ家に安置しています。
気持ちの整理もつきません。
時間と共にどんどん心が苦しくなっていきます」。
「どんなに懐かしんでも恋しくてもあの日には戻れない。
亡き人たちの分まで生きる力はないけれどまず自分の今を精いっぱい生きる事が供養であり何より大切だと思っています」。
「千明へ私たちの所に生まれてきてくれてありがとう」。
「親には憎まれ口をたたきお願い事の時にはしっかりおねだり」。
「だんだん大きくなってくるにつれ母親に似てきて私は妻と娘に同じように叱られる事が多くなっていたのを思い出します」。
「今年は成人式だぞ。
晴れ着姿見たかったなあ」。
「私はまだ君を探しています。
定年後は毎日探します。
迎えに行くまで待っててけろな」。
「お母さんへあの日から3年も過ぎたよ」。
「一つだけ後悔しているのが『行ってきます』だけ言って『ただいま』って言えてない事だよ」。
「帰る時はいつも『ただいま』って思うんだけどどうしても届いていない感じがしてさびしいです」。
無事合格おめでとうございます!「報告が遅くなったけど大学合格しました!1人暮らしになるけど頑張ってみせるから応援してて」。
「いつかはふるさとの陸前高田に帰って復興させるよ!絶対!」。
「15年間育ててくれてありがとう」。
「あなたと対面した時これでお母さんの人生は終わったと思いました」。
「お姉ちゃんが泣きました。
おじいちゃんとおばあちゃんが泣きました。
皆で泣きました」。
(2人)こんにちは〜。
「3年間大勢の人たちに支えてもらいながら自分なりによく頑張ってこられたと思います」。
「お母さんは新しい人生をスタートします」。
「地域にゆっくりくつろげる場所がなくなってしまったので建て直す自宅の一角にみんなを癒やせる場所を作りたいと考えています」。
いまだに先の見通しが立たない人も大勢いるのであまり浮かれないで地道に生きていきたいと思っています」。
遺族たちそれぞれの3年。
妻と息子を亡くした菊池辰弥さんと6歳になった娘の風音ちゃんです。
菊池さんは風音ちゃんに2人が亡くなった事をどう伝えていったらいいのか迷い続けていました。
いつも明るく落ち込みがちな家族を元気づけてきた風音ちゃん。
何〜?風音ちゃんは2人が映ったDVDを見るのが大好きでした。
懐かしいなって見るんだけども家族そろって写真撮ったとこだね。
涼斗が5歳かな。
しかし近頃はこれまでにない表情を見せるようになっています。
(DVD・琴美)「いいね〜風音。
誰と行ってきたの?さっきチョウチョウ捕ったんだよね兄ちゃんね。
眠くないか〜?私にこう力を貸してくれればいいんだけどさ…」。
この冬風音ちゃんのひいおばあちゃんが亡くなりました。
葬儀場の片隅で風音ちゃんが絵を描いていました。
ひいおばあちゃんと並んで立つお母さんとお兄ちゃんでした。
菊池さんは風音ちゃんが自分一人で母や兄の死を受け止め始めている事に気付かされました。
菊池さんが今年アンケートにつづったのは娘への感謝の気持ちでした。
「風音はまだ6歳だけどきっと分かっているはず。
いっぱい悲しい想い淋しい想いをしたけど風音の笑顔成長していく姿で止まろうとしていた時間を進ませてくれたよ。
ありがとう。
一緒に成長していこうね」。
亡くなった家族4人のため家の再建を誓っていた…13年間やめていたタバコを手にするようになっていました。
もうず〜っと…。
鈴木さんの自宅があった場所です。
去年9月に行政の手続きが終わりかさ上げ工事が始まるはずでした。
しかしこの地域では手続きが遅れ自宅再建のめどは立っていません。
ふるさとでの暮らしを諦める人も出てきました。
この日出会った幼なじみ。
自宅の再建を共に目指してきましたが町を離れる事にしたと打ち明けられました。
鈴木さんの今年のアンケート。
そこには復興が思うように進まない事へのもどかしさがつづられていました。
家族のために家を再建する事だけを支えに生きてきた鈴木さん。
その誓いを果たせぬまま月日だけが流れていきます。
娘の愛梨ちゃんの遺品を探していた宮城県石巻市の佐藤美香さんです。
3年前佐藤さんは次女の珠莉ちゃんのために気持ちに区切りをつけたいと話していました。
最近佐藤さんはある事に気付きました。
愛梨ちゃんと同じ6歳になった珠莉ちゃんが心の中でいつも姉と一緒にいる事です。
珠莉ちゃんの会話の中には愛梨ちゃんの名前が自然に出てきます。
愛梨ちゃんと一緒に通った駄菓子屋。
手にするお菓子はいつも2つずつです。
(珠莉)オレンジ〜全部外れ。
あら〜みんな外れちゃった?家に帰るといつも真っ先に向かう場所があります。
(お鈴の音)来月珠莉ちゃんは愛梨ちゃんが通うはずだった小学校に入学します。
何を描いてもいいんだよ〜。
お花上手〜。
この日は体験入学でした。
お絵描きの時間珠莉ちゃんが描いたのは水色の服を着た女の子。
愛梨ちゃんでした。
悲しみに区切りをつける必要はないと佐藤さんは気付かされました。
「私たちと愛梨はいつも一緒です。
どこへ行くのも何をするのも一緒です。
もう姿は見えませんが今もそしてこれから先も死ぬまでずっと私の中で生き続けます。
私たちはいつまでたっても家族なのです」。
2014/03/10(月) 22:00〜22:50
NHK総合1・神戸
NHKスペシャル「被災地 こころの軌跡〜遺族たちの歳月〜」[字]

東日本大震災から3年。NHKはこれまで、のべ2000人の遺族の方々を継続的に取材してきた。大切な家族を突然の災害で失った遺族たちの3年を映像と手記で見つめていく

詳細情報
番組内容
2万人ものかけがえのない命が奪われた東日本大震災から3年。NHKは、これまで1000人を超える遺族を継続的にたずね、一人一人の暮らしを記録し続けてきた。妻と息子夫婦、孫を失った消防団の男性。6歳の娘を亡くした女性。母親を亡くした高校生。夫と父、一人息子を失った女性…。そこには、それぞれに異なる3年の歩みがあった。被災者1200人へのアンケートも交え、遺族たちの歳月を見つめる。

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ニュース/報道 – 報道特番

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音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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