ニュースウオッチ9▽STAP細胞に疑義▽福島県飯舘から大越キャスター生中継 2014.03.10

小保方晴子さんたちの研究グループが発表したSTAP細胞。
イギリスの科学雑誌、ネイチャーが、論文を掲載。
体のさまざまな組織になる万能細胞を、これまでよりも簡単な方法で作り出すことに成功したとして、世界中の注目を集めました。
ところが。
共同研究者の一人が、論文の取り下げに同意するよう、小保方さんを含むほかの著者に呼びかけたことを明らかにしました。
論文の取り下げを呼びかけたのは、山梨大学の若山照彦教授。
STAP細胞が万能細胞かどうかを調べる、重要な実験を担当しました。
論文が発表されたことし1月には。
しかし、これまでのところ、新たなSTAP細胞の作製に成功したという報告はなく、論文の記述やデータに不自然なところがあるという指摘が相次いでいます。
これについて、小保方さんが所属する理化学研究所では、調査を進めるとともに、先週、STAP細胞を作製するうえでのポイントなどをまとめた文書を、ネット上に公開しました。
しかし、この文書にも、これまで受けていた報告とは異なる点があると、若山教授は話しています。
若山教授によりますと、研究チーム内では、論文の発表前、STAP細胞ができた重要な証拠の一つである、特定の遺伝子の変化が報告されたということです。
これに対し、先週発表された文書の中には、変化はなかったとの記述が。
さらに、研究チーム内の会議に提出された過去の実験データを検証したところ、論文と同様に不自然な画像が見つかったということです。
若山教授は、論文を取り下げたうえで、外部の専門家に検証を依頼したい考えで、保管している細胞のサンプルや、当時の詳細な実験データなどを提供する用意があると話しています。
こんばんは。
共同研究者が論文の取り下げを呼びかけた異例の事態。
理化学研究所では、研究の本質部分については、揺るぎないものと考えているが、調査中のため、現時点では、コメントできないとしています。
東日本大震災からあすで3年です。
東京電力福島第一原発の事故によって、今もすべての住民が避難したままの福島県飯舘村に大越キャスターがいます。
村を雪が多い尽くしています。
先ほどこの場所で、2頭のイノシシに遭遇しました。
住民が去ったのと入れ代わるようにして、野生動物が頻繁に姿を現すようになったといいます。
こんばんは。
飯舘村の長泥地区という所に来ています。
この長泥地区、放射線量が高いために、村では唯一、帰還困難区域に指定されています。
入るには許可が必要なんですが、きょうは特別に許可を得て、こちらに来ています。
お邪魔しているのは、区長の鴫原良友さんのお宅です。
中に入れてもらうことにします。
こんばんは。
はい、おばんです。
失礼します。
区長の鴫原さんです。
きょうは後ほどまたしっかりお話を聞きたいと思いますので、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
鴫原さんは普段、福島市内で避難生活を送ってらっしゃいますが、きょうは無理を言って、ここに来ていただきました。
お子さんやお孫さんを養った鴫原さんのお宅。
お父さんの代から続いているそうです。
こちら、お孫さんの七五三の写真ですね。
そしてこちら、ちょっと見ていただきたいんですが、カレンダー、2011年3月のままです。
鴫原さん、このお宅を出たのは、6月だったということなんですが、震災のあとは、カレンダーをめくるのも、そういえば忘れていたと話していらっしゃいました。
今も13万5000人が避難生活を送っているのが、ここ福島県です。
避難という非日常が、日常となってしまっている。
そうした中で、住民の中には、ふるさとへの思いに、一区切りをつけようという人たちが増えています。
山あいにある飯舘村。
静かな村に、高い濃度の放射性物質が流れ込みました。
南部にある長泥地区は、特に放射線量が高いため、村の中で唯一、帰還困難区域に指定されています。
地区に通じる道にはゲートが設けられ、村のほかの地域とも隔てられているのです。
原発事故に翻弄され続けた3年。
つらい選択を迫られる住民は少なくありません。
おはようございます。
建設業を営む菅野一廣さん。
長泥地区の副区長です。
原発事故から4か月後、福島市内の知り合いの土地を借り、仕事を再開しました。
菅野さんに偶然お会いしたのは、去年の11月。
長泥での取材中でした。
すでに福島市内に定住する決意をしていました。
復興需要もあって、福島市での仕事は軌道に乗っているといいます。
請け負う仕事の量は、震災前と同じくらいにまで回復しました。
そして、福島市内に住む2人の孫の存在。
飯舘村では、遊ばせてやることができない。
福島市に定住を決めた大きな理由の一つです。
しかし、ふるさとへの思いが消えることはありません。
福島市からおよそ1時間半、以前の仕事場に案内してもらいました。
30年以上働いた愛着のある仕事場。
建物は3年という歳月で荒れ果てていました。
すぐ近くには、子どもたちを育てた思い出の家もそのままです。
しかし、あるじを失った家は、玄関にたどりつこうという気力もうせる大雪の中でした。
近くて遠いふるさと。
先は見えなくとも、いずれ長泥に集える日が来ると信じながら、菅野さんは日々を生きていこうと考えています。
その長泥の区長を務めていらっしゃいます、鴫原良友さんです。
鴫原さん、よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
今、VTRでご紹介した菅野さんは、相方の副区長でらっしゃって、福島にもう定住を決めたんだという話でした。
そのお話伺って、胸中、いかがですか?
いやー、本当に長泥の地区がね、そういう定住するって人が多くなってる。
今の長泥地区、65戸ぐらいか、住んでたんだけど、ほとんど今、20戸くらいは土地を買ったり、新築をしたり、休耕物件を買ったりして、…に定住するのかなと。
バラバラになってくっていうか、このふるさとっていうか、長泥を去っていくのかなというと、ちょっと寂しいと思ってます。
山あいのね、その集落で、長泥というのはどういう土地柄っていうんでしょうか、人柄なんですか?
去年のおおとりであった研修会というのか、まあ、懇親会というんですが、それで見てると、本当に270名のうち、120名が参加してきてると。
それでつながり、まとまりのある、そして長泥の人たちは本当にいい人ばかりで、長泥地区をどうしようと、こっちを向いているので、本当に私たちとしては今、まとまっているのかなと、今のところ。
先ほど公民館にお邪魔して、お借りしてきたんですが、こちらのね、おもしろいなと思って、この写真なんですけれども、この行事、これ、どういう行事の写真ですか?これは。
これは長泥地区で、先祖代々というか、前からやってた、田植え踊りというもので、豊年満作と、あと身体堅固というかお正月に、旧正月に、昔は各戸を回ってお祝いっていうんだか、そうしたところの写真です。
これ分かりますかね?こちら、これは鴫原さんですよね?ひげをつけてらっしゃる、これ。
私はこれ、たいこうぶつ歌い上げとさおとめと、いろいろ、総勢11人のね、私が今、これ、たいこうぶつやったので、勇ましい姿をしていると。
こちら、やっぱり男の方ばっかり、女装もしてらっしゃるけど。
ええ、長泥地区では、田植え踊りは男の人だけと。
女の人が入ると、…。
そういう、わりと、言い伝えとかありますよね。
ありがとうございます。
今のこの写真でもあるように、やっぱり地域の皆さんが肩を寄せ合うようにして、やっぱりその暮らしを大事にしてきたところ。
だけど今、残念ながら、いろんなところで散り散りになって、鴫原さん、その人たちをつなぎとめる活動を一生懸命やってらっしゃるということなんですけども、どんなことを努力されているんですか?
今、さっき言ったように、研修会といって、懇親会をみんなでやると。
それと、もう一つは、長泥住民を安心させるために…と。
伝達というか、コミュニケーションをとると。
その大学の先生にお世話になって、安心というか、この今、長泥どうなってんだかと、伝えたいなと思って、今、やってます。
しかしそうやって離れていく方が増えている中で、ぎりぎり、危機感の中でやってらっしゃるというところでしょうか?
それはもう、正直言って、なかなかもとには戻れないのかなと考えながらやってるので、本当に今、思う、苦しい中で努力してるっていうのが、本当じゃないですか。
放射能被害というのは、目に見えないだけに、原発が憎いって思われることもしばしばじゃないかと思いますが。
本当にこれ、思いがけないっていうんだか、本当にふるさとを追われているので、本当に悲しいっていうか、悔しいっていうか、今の状況が私としてはどうにもできないから、情けないなと、申し訳ないと、そういう気持ちが今、いっぱいです。
なるほど。
原発の恩恵は、私たち等しく受けてきて、これからも原発の安全なものは、運転再開ということになっているんですが、こうした気持ちを持ってらっしゃる方が、今も福島にたくさんいらっしゃる、そのことは決して忘れてはいけないというふうに思います。
その福島の中で、この放射能というものに対して、非常に敏感な気持ちを抱いていらっしゃるのが、小さなお子さんを持ったお母さんたちではないかと思います。
この番組の中でも、何度か、そのリポートは伝えてきましたけれども、3年という月日がたって、決してそれは薄らいでいるわけではありません。
むしろ価値観や考え方のすれ違いによって、事態はより複雑になっている面もあるようです。
郡山市に住む渡邉純子さんです。
原発事故直後、宮城県にある実家に避難。
その半年後、親子3人で暮らしたいと、郡山市に戻ってきました。
放射線の影響が心配だった渡邉さん。
帰ってきた当初、食事を作るときにはペットボトルの水を使い、食品も福島産ではないものを選んでいました。
戻ってから半年。
福島産の野菜や肉も購入するようになりました。
食品検査で、放射性物質の量が国の基準血を下回り続けたためです。
やがて、近所の母親たちも、放射線への不安を口にすることが少なくなり、渡邉さんも、その気持ちを打ち消すようになったといいます。
生活していくために不安を抑えてきた渡邉さん。
県外の友人などから放射線の影響を尋ねられると。
いわき市の公園で、放射線量を測る母親たち。
0.18。
子どもの健康を守りたいと、震災直後から活動を続けてきました。
この公園では3年がたった今も、除染が行われていません。
モニタリングポストでは、国が示す除染の基準値を下回っていますが、母親たちの調査では、場所によってはその値を超えている所があるのです。
ところが、月日の経過とともに、放射線への不安を声を上げていくことが難しくなってきていると感じています。
こうした中、今、一つの懸案が持ち上がっています。
いただきます。
原発事故以降、いわき市内の学校給食は、北海道産の米を使っています。
しかし、厳しい安全基準をクリアしたとして、早ければことしの秋にも、福島産の米に切り替える方針が打ち出されました。
これに対し、本当に大丈夫なのかと、切り替えへの不安が母親たちの間に広がったのです。
鈴木さおりさんもその一人です。
いただきます。
中学生の娘と小学生の息子を育てています。
原発事故以降、子どもが食べるものに特に注意を払ってきました。
それだけに、給食の米の切り替えを認める気持ちにはなれないといいます。
東京都内のスタジオには、根本匠復興大臣に来ていただいています。
根本大臣、よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
今、リポートご覧になっていただいたと思うんですけれども、非常に複雑な問題をはらんでいると思います。
人によって、この放射能の受け止めって、それぞれ違ってですね、しかも、なかなか復興のかけ声の中ではものが言いにくい状態もあるというお母さんのリポートだったんですが、こうした方々に、どんなふうに大臣、声をかけてあげたいというふうにお考えですか?
放射線に対する考え方、感じ方、確かにこれは、人によって異なるんですね。
やはり大事なのは、私は、正確な情報を専門的、客観的な情報提供をするということと、やはり丁寧な対応だと思います。
例えば今、食品の問題が出ました。
日本は世界一の厳しい基準を導入しております。
そして福島県のお米は、全量全袋検査。
そして市場に流通している野菜や果物も、しっかりと検査をして、しかも、栽培にも非常に農家の皆さん、工夫をされておりますので、そこは、食品については安全性はきちんと担保される措置を講じてるということであります。
それからやはり、リスクコミュニケーションというのが大事だと思うんですね。
特に…。
リスクコミュニケーションですね?
リスクコミュニケーションです。
特に大勢の中で講師の方がしゃべられてそれを聞くということよりは、例えばお医者さん、臨床心理士の皆さん、専門家の皆さんが、私も実際にやっている皆様からお聞きしましたが、やはり1対1、あるいは少人数で、話し合いのしやすい雰囲気の中で、丁寧に対話を重ねる、これが、私は一番いい取り組みではないかと思います。
少人数できめ細かく対応していくのは、確かに大事だと思います。
それぞれ被災者が抱えてらっしゃる考え方も複雑に細分化していらっしゃいますので、ただ、一方で、そこに対応するには、それなりのやっぱり、要員、陣容が必要ですし、行政の人の数にはやっぱり限りがあります。
その限界とどのように戦っていくべきだとお考えですか?
その意味では、われわれも福島の復興、しっかり取り組んでまいりました。
特にことし、福島再生加速化交付金という、新たな支援策、これを打ち出しました。
その中では、今、お話のリスクコミュニケーション、要は、例えば川内村では保健師さんが1対1の対話、あるいは少人数の対話、丁寧に対応していっていただいております。
そして難しい専門的な話は専門家の話は、聞いて答える。
そういう身近な相談できる皆さん、その相談していただける皆さんを要請し、そして後押しをする。
新たにリスクコミュニケーションを中心に相談員の、身近な相談員をたくさん支援できるように、そういう新たな施策も今、打ち出しております。
決してスピーディーに映るかどうかは疑問だけれども、政府としては着々と確実に手は打っていくということと捉えてよろしいですか?
具体的な課題に的確に応じるための予算、これは支援措置で次々に講じてますから、しっかり取り組んでいきたいと思います。
根本大臣にはまた後ほど伺いたいと思います。
さて、この福島第一原発の事故ですが、周囲の住民に放射性物質との長い闘いを強いています。
しかもその長さに耐えなければならないだけではなくて、新たな形の負担を背負う、あるいは厳しい現実の受け入れを迫るということにも、そういったケースも出てきています。
福島県沖で続けられている試験的な漁。
見てください、けさ、皆さん、帰ってきました。
どれくらい取れたんでしょう。
これ、なに入ってるんですか?
放射性物質の検査を徹底し、出荷する魚の種類を少しずつ増やしてきました。
しかし先週、国と東京電力が示した計画が、漁業者に不安を広げました。
地下水は建屋などに流れ込むことで汚染されてしまいます。
その前にくみ上げて、海に放出することで、増え続ける汚染水を少しでも減らす計画です。
海での暮らしを取り戻したい漁業者。
計画の必要性は理解していても、汚染水への不安を払拭できないでいます。
ここは福島市です。
私の背丈以上にうずたかく積まれているのが、この地区の除染で出た土です。
除染が進められる一方で、こうした仮置き場での保管がずっと続いています。
こうした仮置き場。
福島県内にはおよそ600か所もあります。
さらに。
仮置き場すらない地区もあります。
こうした地区ではこのように、自宅の庭や敷地などでの保管を余儀なくされています。
除染出た大量の土などの廃棄物をふるさとに受け入れるよう、迫られている人たちがいます。
去年12月、政府は大熊町など、原発周辺の自治体に、廃棄物を集中的に保管する中間貯蔵施設の建設を受け入れるよう要請しました。
廃棄物を保管するのは、最長で30年。
その後は福島県外に持ち出して、最終処分するとしています。
大熊町から避難している鎌田清衛さんです。
この辺ですね。
父親から受け継いだ梨畑、自宅、それに墓まで施設の候補地に入りました。
先週、鎌田さんは候補地が示されてから初めて一時帰宅しました。
自宅の庭には草木が生い茂り。
17.3です。
放射線量は依然として高いままでした。
地域の氏神として、住民が長年、大切に守ってきた神社も、施設の候補地に含まれました。
ことし1月、鎌田さんはこの神社についてまとめた本を出版しました。
毎年、夏には盆踊りが開かれ、住民たちの心のよりどころだった神社。
せめてこの神社だけでも残してほしいと考えたからです。
いったん施設を受け入れたら、ふるさとは永久に失われてしまうかもしれない。
しかし、福島全体の復興を進めるためには、受け入れるべきではないか。
鎌田さんは今、重い決断を迫られています。
再び、根本復興大臣に聞こうと思います。
根本大臣、原発事故によって、福島の方には、本当に大変なことを強いてきているわけですけれども、あるいは、さらにこれから、さらなる負担までお願いしなければならない。
しかし、そのことは、やむをえないことだというふうに言ってしまっては、私はいけないように思うんですけれども、大臣、いかがでしょうか?
確かに中間貯蔵施設の地元の皆様には、心苦しいんですが、中間貯蔵施設の受け入れをお願いいたしました。
福島の全体の復興を加速する、われわれ今、懸命に取り組んでおりますが、その大前提として、汚染水対策、これは東電任せから、国が前面に乗り出して、しっかりやる。
そして除染も進めなければなりません。
その意味では、中間貯蔵施設は非常に重要な意味合いを持ってまいります。
そして一方で、賠償も十分なしっかりとした賠償、これらの全体の対策は、昨年の12月に新たな指針を決めて、そしてきょう、減災本部復興推進委員会を開いて、改めて全体の政策体系の進捗を確認しながら、さらなる復興を進めていきたいという方針を固めました。
特に復興については、私は飯舘村というのは、本当に美しい村で、人情がこまやかで、そして…の精神、本当に地域の皆さんの結び付きが強い、包み込むような優しさがある村なんですね。
ですからぜひ私は、飯舘村を再生したいと思います。
そして先ほど、リスクコミュニケーションにも触れましたけれども、飯舘村ではかわら版というものを作りながら、あるいは専門家の先生方と村民の方々がリスクコミュニケーション研究委員会というのを作って、非常に取り組みをなされておられる。
そして飯舘村は酪農畜産、豊かな村でした。
そして今、飯舘村の方がかあちゃんの力プロジェクト、私も直接、いただきました。
さまざまに努力をされているんで、われわれは飯舘村を中心に、福島の復興、要は全体の推進のための道具だては整えましたので。
分かりました。
この福島の一年は大きく動く年にしたいなと思います。
その、まさにこの長泥の区長さんの鴫原さんがここにいらっしゃるんで、その鴫原さん、今、国に対して、どんなことを今、訴えたいですか?
今の大臣さんは、本当に福島県出身なので、よく分かってると思うんですが、まず飯舘村地区で長泥だけが帰還困難区域と。
5年、それも除染もまたままならない、いつ帰村できるかできないか分からない。
それでできるだけ早く本当に帰村できるんなら、できる、除染できるならできると、早く国に決断してもらいたい。
この1年で決断してもらいたいなと思っております。
大臣、やっぱり先が見えるようにしていただきたいというご要望なんですけど、この点についてはいかがでしょうか?
まさしく、先が見えるっていうことが大事なんですね。
飯舘村についても除染、確かに遅れていたんですよ。
それをしっかりと見直して、そして除染とインフラの復旧と。
菅野町長さんも大変努力されておられますし、鴫原さんのお気持ち、私も同じ地元として、痛いほどよく分かります。
その意味では、飯舘村も具体的なスケジュールに沿って、復興をしていきますから、そしてそのための応援する手だて、福島再生加速化交付金も新たに講じました。
飯舘の村が、再び魅力ある村として再生、新生できるように、われわれ、鴫原さん、そして菅野村長さん、飯舘村の皆さんと一緒にスクラムを組んで、全力を挙げて、復興に取り組んでいきたいと思います。
まだまだ伺いたいことは、鴫原さん、あると思うんですけれども、大臣、きょう大臣にお出になっていただいたのは、根本大臣が福島の方でもいらっしゃるということです。
まあもちろん、被災の復興、被災地の復興全般を司る大臣ではありますけれども、今、鴫原さんおっしゃったように、福島の大臣として、福島を分かる人として、これからの復興を一つ、心を込めてやっていただきたいということで、これからの大方針、ここで宣言をしていただけますか?
私も福島で3・11、福島で体験をいたしました。
そのあと、飯舘村にもお伺いをいたしました。
その意味では、私は、飯舘村の皆さんのお気持ちは、私も同じ被災者の一人でしたから、痛いほどよく分かります。
そのために一日でも早く、ふるさとを取り戻す、一日でも早く復興を成し遂げる。
その一念で、私も復興大臣として、取り組んでまいりました。
私の頭は常に復興があります。
しっかりと福島県民の立場に立ったうえで、福島の再生、福島の再生なくして日本の再生はありません。
しっかり心を込めて、魂を据えて取り組んでまいります。
大臣、きょうはどうもありがとうございました。
はい、ありがとうございました。
鴫原さん、この機会です。
全国の皆さん、ご覧になっていると思うので、全国の皆さんに、どんなことを訴えたいですか?
いや、本当に全国の皆さんっていうか、本当に飯舘村、また長泥のこと、本当に考えてもらったり、今は本当に訴えたいことは、この震災、また飯舘村、長泥のこと、まだ震災は終わっていないんだということを、皆さんにぜひ福島に足を運んでもらって、風評被害なり、今の現状を肌で感じてもらいたいというのを訴えたいです。
ありがとうございました。
きょうはここまで、長泥区長の鴫原さんと共にお伝えしました。
外はまだ雪が降っていまして、氷点下、先ほど測ったら、5度ぐらいの温度でした。
3年前にちょうどこの寒さの中を、行き場を失って逃げ惑った方がいらっしゃるということを、私たちは決して忘れてはいけないと思います。
今まさに、経済再生のかけ声の中ではありますけれども、今を生きることに必死な人たちがいるということを忘れないことが、この3年という月日、この経過の中で、私たちが思い出すべきことだと思います。
あす、3月11日は、岩手県宮古市の田老地区から、復興の町づくりについて考えます。
福島県飯舘村から、大越キャスターでした。
安倍総理大臣は、震災の発生から3年を前に記者会見し、被災地の復興を加速させていく決意を強調しました。
また被災地の復興の在り方については。
NHKは、今月7日から3日間、ご覧の方法で世論調査を行いました。
復興について、安倍内閣の対応を聞いたところ。
国の原子力規制委員会が安全性を確認した原発の運転再開を進めるという政府の方針に、賛成かどうか聞きました。
賛成が21%、反対が37%、どちらともいえないが38%でした。
安倍内閣の支持率です。
支持すると答えた人は先月より1ポイント下がって、51%、支持しないと答えた人は3ポイント下がって30%でした。
おととい、南シナ海の上空で消息を絶ったマレーシア航空の旅客機。
機体の発見につながる手がかりは依然、つかめておらず、捜索は難航しています。
マレーシアの運輸当局はきょうの記者会見で、旅客機の位置情報を自動的に知らせる信号が受信できていないことを明らかにしました。
さらに、消息を絶った現場近くで、きのう、ベトナム軍の航空機が見つけた、扉のような形をした白い浮遊物について、旅客機のものとは確認できていないとしています。
油が漏れたような海上の痕跡についても、航空機の燃料かどうかは分からず、機体の発見につながる手がかりは依然、つかめていないとしています。
では気象情報、井田さんです。
こんばんは。
こちらは国の天然記念物に指定されています、福島県三春町のベニシダレザクラです。
例年4月に見頃を迎えます。
東日本大震災からの復興を目指すシンボルにしたいと、各地でこの三春町の桜を植樹する動きが広がっています。
佐賀県伊万里市の高校です。
きょう、正門の近くに、福島県三春町の桜の苗が植樹されました。
この桜、2、3年後には花を咲かせそうだということです。
元気に根付いてくれるといいですよね。
そうですね。
この桜の季節が待ち遠しいですけれども、なかなか暖かくならないですよね。
そうですね、きょうも寒かったですよね。
あしたは被災地も含めまして、あしたの朝、特に全国的に冷え込みが厳しくなりそうなんです。
では、天気図を見ていきましょう。
あすは西から高気圧が移動して、冬型の気圧配置は緩んできます。
日本海側の雪のピークは超えそうです。
ただ、真冬の寒気が、あしたの朝にかけて居座ります。
特に晴れて、風が弱い日の夜から朝にかけては、放射冷却現象も強まります。
あしたの朝は特に冷えそうです。
では、気温の変化を見ていきましょう。
朝の6時です。
西日本にかけて白で、氷点下に下がりそうです。
霜が降りるくらいの冷え込みとなりそうです。
そして、日中は西日本では緑で、15前後に上がって、きょうよりは日中は気温の上がる所が多くなりそうです。
そして夜です。
夜は西から寒気は緩んできます。
ただ北日本では白で氷点下。
北海道では紫で、氷点下5度を下回る所が多くなりそうです。
各地の天気と気温を詳しく見ていきましょう。
冬将軍が居座って、厳しい寒さとなりそうです。
ただ、あさって以降、冬将軍は北上していきます。
次第に春ちゃんがやって来て、春の暖かさが戻ってきそうです。
予想最高気温を見ていきましょう。
あすはまだ気温が低いです。
赤いところは平年の気温を下回る気温ですけれども、あすは東京や大阪では、あさっては16度、そして仙台でも日曜日は12度まで上がって…。
例年の気温を上回る所が、この赤い所です。
あさっては東京や大阪では16度、仙台では日曜日は12度まで上がってきそうです。
寒さの出口が見えてきています。
気象情報でした。
スポーツ、廣瀬さんです。
こんばんは。
大相撲春場所は2日目です。
こちら、注目の遠藤。
初日は大関・鶴竜をあと一歩のところまで追い詰めました。
きょうは初めての横綱戦、日馬富士に挑みました。
遠藤は初めての結びの一番。
日馬富士に正面からぶつかろうと決めていました。
遠藤は横綱の速い突き押しにたまらず後ろへ。
右を差されると、間を置かず、すくい投げを決められました。
横綱は強かったと遠藤。
あすは白鵬との一番です。
綱取りに挑む大関・鶴竜。
きのうは勝ちはしましたが、苦しい相撲でした。
2日目、横綱昇進へはずみをつけたい一番です。
鶴竜、落ち着いた相撲を取れるかが綱取りのポイントです。
松鳳山は過去7勝負けなしと、圧倒している相手です。
余裕がありました。
鶴竜は、立ち合いから力強い突き押しで、松鳳山を上回ります。
最後は冷静にタイミングを図ってはたき込みました。
自分の相撲に集中できていると、手応えを感じた一勝です。
中入り後の勝敗です。
ソチパラリンピックです。
5大会連続出場の新田佳浩選手。
クロスカントリースキーの第一人者がメダルを目指しました。
33歳の新田。
ソチで最初の種目は、得意の20キロクラシカルです。
雪が固い午前のスタート。
スピードに乗りやすい前半のリードが鍵と見て飛ばします。
最初の4キロはトップと10秒余りの差で2位。
しかし先にスタートした選手との差を思ったほど詰められません。
新田は後半、ペースを落として4位。
メダルには届かず、次のレースに雪辱をかけます。
アルペンスキーの森井大輝選手。
日本選手団の主将を務め、きのう、スーパー大回転で銀メダルを獲得しました。
その森井選手を目標に、パラリンピック出場を目指す中学生を取材しました。
佐藤林平くんは14歳。
小学4年生でチェアスキーを始めました。
進行性の難病で、小学校に入るころには歩くことができなくなりました。
森井選手との出会いは、小学5年生のとき。
トップ選手との交流が始まり、パラリンピック出場が目標になりました。
スーパー大回転。
森井選手は前の日の競技で転倒し、痛みを抱えたまま、メダルへの再挑戦です。
やってくれると思います。
難しいコースと荒れた雪面で、転倒が相次ぎましたが、森井選手は攻めの滑りを貫きました。
いける、うまい!
森井選手は銀メダルを獲得し、佐藤君との約束を果たしました。
うまい!
どうだった?
すごいですね。
とってくれたね!
かっこいい!
佐藤君の心を動かす森井選手。
ほかのトップ選手からも敬意を集めるほど、多くの人を引きつけるアスリート。
このあと、まだ3種目に出場する予定なので、活躍がさらに期待されます。
プロ野球は、ことし誕生80周年。
その草創期を支えた名投手をたたえる試合が、三重県伊勢市で行われました。
どうぞ!
戦前に活躍した2人のピッチャー。
巨人は沢村栄治。
そのライバル、阪神の西村幸生。
2人の出身地で伝統の一戦です。
巨人は永久欠番になっている沢村の14。
阪神も、西村の19をつけて先輩をたたえました。
試合は8回。
巨人のルーキー、小林。
場外まで飛ぶ逆転の満塁ホームランでした。
ニュースウオッチ9、あす、3月11日は岩手県宮古市田老地区からの中継です。
きょうお伝えした福島県の飯舘村では、復興の兆しが感じられる、こんな施設が、先週完成しました。
2014/03/10(月) 21:00〜22:00
NHK総合1・神戸
ニュースウオッチ9▽STAP細胞に疑義▽福島県飯舘から大越キャスター生中継[二][字]

STAP細胞に疑義 共同研究者が問題指摘▽日本勢メダル相次ぐパラリンピック結果▽福島原発事故3年…分断される住民たちは苦悩が続く母親たちは 大越キャスター生中継

詳細情報
番組内容
【キャスター】大越健介,井上あさひ,【スポーツキャスター】廣瀬智美,【気象キャスター】井田寛子
出演者
【キャスター】大越健介,井上あさひ,【スポーツキャスター】廣瀬智美,【気象キャスター】井田寛子

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