夜6時57分スタートの2時間スペシャルでお会いしましょう。
なるほどだからか。
まず2時間お届けします。
まず2時間か。
どうぞご期待ください。
ご期待ください。
はいせ〜の。
(2人)『Youは何しに日本へ?』。
おもしろ外国人はいるかな?おっ!あ〜。
手を振って近づいてきたぞ!こんにちは。
長旅ご苦労さまです。
そんな彼女実はこれが彼女が異常な顔のバランスに人間とは思えないほどの大きすぎる目。
そんな彼女はヨーロッパのテレビでも引っ張りだこの超人気ぶり!更には…。
今世界的に大注目されている人物だったのです。
これはもうついていくしかない!そんな彼女は今世界中から注目されているあのウクライナからやってきたという。
そしてこの奇想天外な顔なんとそれにしても彼女はまずやってきたのはすると…。
あちらこちらから褒め言葉が!すぐに注目の的となり次々とカメラを向けられるほどの大人気。
気づけば彼女のまわりには人が集まり浅草寺は一時騒然。
それにしてもう〜ん…なんとも特徴のない普通の顔に見えますが。
ひとたびメイクをすると…。
こんなにも目が大きくなってしまうんです!それを毎日やっているというから驚きです。
続いてやってきたのはご存じここではなんとこんな人まで!アナスタシアさんに憧れる女性ファンは日本にもたくさんいるのです。
やばい…やばい!ありがとうございます。
そんなアナスタシアさんが今回実は彼女本当はこのままそう思っているんだといいます。
いまだ混乱が続いているのです。
そんなウクライナでアナスタシアさんが暮らしているのは国の南に位置する港町更に…。
すれ違う人たちのこれはカメラのせいではなく地元のニュース番組で何度も取り上げられているのは事実ですがそのほとんどがイロモノ扱いされたもの。
アナスタシアさんはそう思っておりだからこそ温かく受け入れてくれる場所を求めて日本に向かったのだといいます。
しかしいったいなぜ彼女はイロモノ扱いされてまでこんなメイクをし続けるのでしょうか?その裏にはひと言では語りつくせない…。
母は仕事で家をあけることが多くいつもひとりぼっち。
そんな彼女を学校が終わるといちもくさんに家へ帰る日々。
まさに人生のどん底。
そんな絶望に覆われていたときそのアニメ番組とは…。
月にかわってお仕置きよ。
日本でも大ブームを巻き起こした「セーラームーン」。
悪者をこらしめる強いセーラームーンに魅せられ私もあんなふうに強くなりたい…。
そんな憧れからそしてそのメイクを始めて以来悲しみの底から立ち上がり前向きに生きていくことができるようになったのです。
そう彼女はこうしてたどり着いたそんなアナスタシアさんのまずは目じりからその下にかけ白いアイシャドーを塗り…。
目より外枠にアイラインを引きます。
そこへつけるのが黒くて長いつけまつげ。
そうこうすることで本来目ではなかったはずの目じりやその下の部分までもが本物の目に見えるようになりアニメのような大きな目が出来上がっていたのです。
え〜!遠く離れたウクライナで奇想天外な日本の寿司がウクライナにあると聞き向かったのは首都のキエフ。
美人大国と言われるウクライナはあの美しすぎる政治家元首相のティモシェンコやハリウッド女優のミラ・ジョヴォヴィッチなど多くの美人を輩出した国。
そんなウクライナで日本の寿司がはやっているらしいのですがそれは早速行ってみると…。
こんにちは。
え何ですか?あ〜いらっしゃいませって言ってるすごいすごい。
日本語でお出迎えその名もずばりこちらは普通では決して手が出ない値段の高い寿司や和食を千円以下という手ごろな値段で提供してくれるウクライナっ子に大人気のお店。
現在そんな大人気のお店でお寿司をおいしそうにほおばる人たちのなかに…。
日本語ができる方を発見。
すると…。
(スタッフ)すご〜い!更にサーモンの巻物を注文したこちらのお客さんは…。
なんと寿司の上に直接わさび。
しかもこぼれ落ちるほど大量。
これを躊躇せずにぱくり。
こんな日本ツウが多く通うお店でその料理を食べた反応は…。
このあと間違い日本食なのにこの店で人気No.1その正体が明らかに。
そこに暮らすのはその裏にはその秘められたよっ!さあなんと今日はテレビ東京開局50周年特別企画ドラマスペシャル『刑事』から高橋克典さん風間俊介さんにお越しいただきました!
(拍手)ピッタリだったんですよねほんとはいろんな各地でね。
それこそあのえぇ気になる。
どういうことを…?入れますピーは。
入れますもちろん。
(一同)えぇ〜!はいはいはい。
それでダメでしょ?
(笑い声)ウクライナで大人気の食感最高!子供も大好きメニュー。
その大人気の作っていただけるのは8年間和食を勉強したというまずは日本の巻き寿司と同じように海苔の上に酢飯をのせその上へ何やら黄色いものをちらしていきます。
実はこれ日本の寿司には絶対に入れないチーズ。
更にこちらも絶対に入れないスライスしたアーモンドをトッピング。
これをクルクルッと巻いていきます。
具材は日本と異なりますが見た目は確かに海苔巻き。
そう思っていたなんと小麦粉をまぶしその上から衣をつけていきます。
ということはまさか!?あっ!カラッと揚げれば…。
熱を加えたことで溶けたチーズとアーモンドが絶妙にマッチ。
揚げた海苔の食感もプラスされ外はサクッ中はトロットロの仕上がりに。
しょう油の代わりにウクライナではこれが日本の寿司だと思われているんですね。
驚きの間違い温か寿司ロール。
そう言うと早速パイナップルを半分に。
すると次の瞬間またもや小麦粉をまぶし更に天ぷら粉も。
ということはまさか…。
こんがりきつね色のそこにキーンと冷えた更にパイナップルの上になぜか同じ味のスシヤ人気No.1デザートアイスクリームを添えることで温かさと冷たさが同時に楽しめ更にかけられたパイナップルソースによりさわやかな味わいに。
怖がらずにいってください。
みんないきましたね。
おいしい?似てる。
克典さんのリアクション違うんだよ。
全然違いますね。
いきますよ私もね。
あら。
確かに。
ざびえる食ってねえからだよ俺はざびえる大好きだから。
うわっでっかい大学。
首都キエフにある国立大学に日本のことが大好きな天才少年がいるという。
すると…。
あっすげえ!やってるやってる。
そこにはテレビカメラが。
全部で3台。
ウクライナのということで地元のカメラマンが撮っている先をよく見てみると。
そこには確かに小さな男の子の姿が。
実はこの少年日本のあるものを大学生に教えているまぎれもない国立大学の先生。
日本のあるものを教えることでわずか果たしてウクライナのウクライナのマスコミまでもが注目しているデニス君に教わっている大学生に聞いてみると…。
すみませんすみません。
そうデニス君が国立大学で教えていたのはこちらのデニス君5歳の時にはオリジナルの作品を生み出すほどに腕をあげたのです。
その頃の作品がこちら戦車。
切ったり貼ったりせず1枚の紙から作り出した作品。
5歳が作ったとは思えません。
そんな才能を高く評価し目をつけたのがウクライナの教育機関。
おととしデニス君に折り紙を教えるウクライナの大学でそのニュースは国内で話題となり授業にはそうデニス君はウクライナでそんなデニス君の日本の折り紙の授業を大学生の皆さんは食い入るような真剣なまなざしで見つめています。
こうして日本の折り紙を折ることで平面から立体に変わる10歳のデニス君の折り紙の授業は国立大学の学生さんたちにとってとってもためになる授業だったのです。
いったい何を作るのでしょうか?細かくしかも正確な手さばきです。
折り目の数はおよそ100。
聞けばこの折り目があとあと役に立つそうで。
今度はその折り目に沿ってそう先ほどていねいにつけていた折り目のおかげで立体感が生み出されていくのです。
続いて迷いのない素早い動きでしかも正確。
これを先ほどのピンクの折り紙とくっつけ出来上がったのが…。
ピンクと緑の紙をうまく使い分けた作品。
ピンクの紙は折り重なったバラの花びらをきれいに立体化。
更に驚くべきは葉っぱ。
葉の繊維までわかるように再現されていました。
しかし当のデニス君は…。
そんな日本の伝統文化折り紙。
実はウクライナではとてもポピュラー。
みんな物心がついたころから親しんできているといいます。
しかしいったいなぜ日本の折り紙がウクライナで知れわたることになったのか?そのきっかけを知るナタリアさんに話を聞いてみると。
その映画とは原爆で被爆した実在する佐々木禎子さんをモデルに彼女が白血病の療養のために旧ソビエト連邦に移住。
そこで知り合った友達が禎子さんの命が尽きるまでそれは…。
そのため3年前の日本の原発事故をきっかけにお互いの復興を願うシンボルとして日本の折り鶴がありえない形で飾られることになったという。
しかしその折り鶴があるのは30年ほど経った今でも放射線が残っている可能性があるため軍の今回はガイドとともに中へ入らせてもらうことに。
果たして果たしてそこにあったのは…。
確かに日本の折り鶴の形をした巨大な物体。
なぜチェルノブイリの危険地帯に踏み入ってまで建てられたのでしょうか?その答えは折り鶴のすぐそばに掲げられていた文字にありました。
ともに復興を願うウクライナと日本。
遠く離れたチェルノブイリでコスタリカへは直行便がないためまずは経由地アメリカ到着後ようやく中米の秘境コスタリカに到着。
なんと到着は真夜中の12時。
秘境コスタリカは中米の南に位置する共和制国家。
北はニカラグア南東はパナマと接しており太平洋とカリブ海の2つの海に面しています。
かつてスペインの統治下にあったためそしてここコスタリカ最大の特徴は…。
街角に目をやれば…。
しかし美人大国だけあってこの下着姿の女性たちなんと芸能人ではなく普通の主婦や学生さんなんだとか。
皆さんは恥ずかしくないんでしょうか?と思っていたら…。
そんな日本とは恥じらいの感覚がまったく違う…。
首都サン・ホセから車で1時間ほどの所に住んでいるという。
着いたのはアテナスという小さな町。
アテナスここですね。
実はここアテナスは避暑地として有名な高原都市の一つで年間を通して夏の軽井沢のような気候。
他の中米諸国に比べるととても快適だと言われています。
そのため第2の人生を送っているそう。
そして我々が捜しているワケありすると…。
新聞記者さんに教えてもらった地区へ行き壁がある家。
目指す日本人の営む壁だ。
ここ。
すると…。
は〜い!すみません!すみません日本人の方ですか?はい。
よろしくお願いします。
何なんでしょうね…。
と思いきや…。
そうなんです。
じゃあちょっと今…。
なんと5年前からお母さんと一緒に暮らしているというのです。
いったいどんな方なんでしょうか。
あぁ!母です。
お母様よしいさん。
はい。
はいえぇ。
ありがとうございます。
はい。
どうしたの?そうなんですか?実は母よしいさんはそれゆえこんなことも。
ではそれなのにいったいなぜ母よしいさんはすでに86歳だった5年前に住み慣れた何不自由ない便利な日本を捨ててまで言葉も通じない不便な秘境の国コスタリカにやってくる決意をしたのでしょうか?親子の朝食は毎日…。
毎朝これを飲むのが母よしいさんにとっての健康法。
その横で朝から手の込んだ民宿で働く従業員のまかない用の朝食を作り始めた娘ひさのさん。
従業員にもそんな思いが詰まった朝早くからの朝食作り。
こちらは庭の掃除を担当する庭師ウンベルトさん。
ここで働き始めてもう3年になります。
早速まかないをいただきます。
そしてもう1人この民宿で働いているのが娘ひさのさんが営むこの民宿カサグランデは自宅の一部を宿として開放していて…。
そうこの素晴らしい景色と気候を求めこの民宿にはアメリカなど欧米諸国からたくさんの人々が訪れるのです。
そして今度はお客さんに提供するため娘ひさのさんは再び料理を作っています。
作っていたのはなんとこちらは塩と醤油だけで味付けした日本風の野菜炒め。
そしてこれは更に食卓に並ぶのはお茶碗に入った日本のご飯。
実はこの民宿は基本素泊まりのみで本来朝食などは出していないのですが…。
そんな思いから娘ひさのさんはこうしてたびたびなんと無料で日本食を振る舞っているのです。
一方こちらは言葉もわからずその様子をずっと遠くから1人で見つめている92歳の母よしいさん。
そのことを娘ひさのさんに伝えてみると。
たとえ儲けがなくてもひさのさんはそんなふうに思っているのです。
オッケーこれから私しかしこれほどまでに仕事をテキパキとこなしているということはひさのさんやはりと思いきやなんとこれまで宿の経営など一度もやったことがなかったのだといいます。
女手一つで宿を管理するのは大変ですがなんとか続けているのです。
言葉も話せずお友達もいないので母よしいさんにとってはひさのさん以外母よしいさんは自分で作ったという家庭菜園へ。
栽培するのはかつて日本でも育てていたという更に栄養価が高いといわれるコスタリカの太陽をいっぱい浴びた野菜は気候がいいからか大きく育つのだといいます。
昨年はこんなに大きなインゲン豆とナスも採れました。
大きく育ったからし菜も今が食べごろ。
仕事で忙しい娘ひさのさんに負担をかけたくないという思いからそんな思いで作り上げたのがこちら。
よしいさん特製92歳になるよしいさんのご飯はいつもそのおかゆに合わせるおかずは…。
それ何ですか?慣れない異国の地で暮らす母を少しでも喜ばせたいと思い娘のひさのさんが特別にわざわざ遠くにある魚のまずはサーモンの燻製から。
よしいさんサーモンの燻製はお気に召したご様子。
コスタリカの普通のお店には刺身は売っていないため久々のごちそうにありつけました。
娘ひさのさんの頑張りで母よしいさんにとって刺身と呼べるものではなかったようです。
ひさのさんが向かったのは自宅から1時間首都サン・ホセでも数少ない日本食を売っている貴重なお店。
その名も店内には見慣れた日本の食材が数多く置いてあるのですが…。
これは高い!娘ひさのさんは町に来たついでに寄る所があるというのでついていくとやってきたのはコスタリカの国立病院。
毎月一度母よしいさんの薬をここに取りに来ているそうです。
自分の部屋で何やら熱心に作業中。
絵を描いているようです。
実はこれここコスタリカに来てからよしいさんが始めた新たな趣味なんだとか。
英語もスペイン語も話せないよしいさんにとって真剣なまなざしでとても集中しています。
大切なことって別に…。
描くのは遠く離れたそれはよしいさんの心に今なお残る日本への望郷の思いなのかもしれません。
いったいこんなにたくさん絵を描いてどうするつもりなんですかね?なんと海へ。
わざわざ海まで来たのです。
それが…。
以前は亡くなった旦那さんと一緒に週末にはよく釣りに出かけていたという娘ひさのさん。
オーマイゴッド!ここまでやってきたのです。
船の上でただひたすら竿を振り次々に魚を釣り上げて本日の釣果はその日の夜。
キッチンには釣った魚を早速料理する娘ひさのさんの姿が。
新鮮な魚を醤油と砂糖みりんなどで煮詰める煮付け。
そして大きめのカワハギはお刺身に。
張り切って調理する娘の横で母よしいさんも久々に見る生の魚に大興奮。
とれたて新鮮冷凍されていない生のカワハギのお刺身。
いただいてもいいんですか?はいどうぞ。
やっぱりおいしいよね。
新鮮な魚は全然違うようです。
食べっぷりも昨日とはまるで違います。
マル?うん。
違うね。
あっという間によかったわね。
よかったほんとにこれは…。
母の喜ぶ姿を見て娘ひさのさんも大満足。
娘ひさのさんそして母よしいさんは2人揃ってお出かけするようです。
実はこれから到着したのはアテナス市内の町なかにある小さなカフェ。
元気ですか?って言ってます。
実は今日このカフェの店内をお借りして母よしいさんが描きためた絵を販売するというのです。
準備するのは娘のひさのさん。
会場はすぐに噂を聞きつけた皆さん思い思いの絵を手に取って母よしいさんの絵は飛ぶように売れていきます。
大人気ぶりです。
こうして誰からも慕われ生き生きとしているように見える母よしいさんですがその裏には違うんですか?雪とか…。
それこそ寂しかった。
そう母よしいさんはありがとうございます。
しかしそもそもいったいナゼ92歳の母よしいさんそして娘ひさのさんはこの中米の秘境コスタリカに来ることになったのか?その裏には何かを得るために何かを失った親子の…。
地主の娘として生まれ何不自由なく育った母よしいさん。
19歳で同じ町の裕福な農家に嫁入り。
そこで5人の子宝にも恵まれました。
しかしそれは彼女が9歳のときに一転突如まだ51歳という若さでした。
大黒柱を失いそうこのときから女手一つで5人の子供を育てるべく母よしいさんは病院で栄養士として朝から晩まで働きづめの日々。
そんな生活のなか娘ひさのさんの心のよりどころとなったのは高校に入るとまるで亡くなった高校卒業と同時に母よしいさんのもとを離れ一人上京したのです。
働きながら通えるお金を稼ぐため…。
アルバイトをいくつも掛け持ちしながら夜にようやく大学へ通う生活。
更に憧れていた海外への留学費を捻出しようと会社の仕事やアルバイトに加えなんと週末は東京のスナックでも働き始めました。
3年かけようやく貯めた留学資金。
ひさのさんはついに夢にまで見たアメリカの大学へ留学。
卒業後日本に帰国し念願の通訳の仕事を始めたのです。
日本を拠点にそんななか28歳のとき日本で当時日本企業に勤めていた22歳年上のアメリカ人後に夫となるロンさんとの出会いでした。
出会ってから6年後2人は結婚。
東京に家を構え長女も誕生。
やっと家族の幸せを手に入れた。
そうひさのさんは思いました。
しかし家を空けることが増え思うように家族との時間がとれなくなっていったのです。
年金暮らしになったのをきっかけにひさのさん一家は家族揃ってロンさんの生まれ故郷アメリカへ移住。
今まで以上に働きました。
そして55歳になったそれはいつもどおり仕事で日本へ向かおうと準備をしていたときのことでした。
当時中学に上がったばかりの息子マイクル君がそれは…。
初めて聞いた我が子の本音でした。
ひさのさんに迷いはありませんでした。
とはいえこのアメリカで押し寄せる不安。
先行きを案じていたまさにそのときひさのさんはかつての仕事仲間が教えてくれたある言葉をまるで運命の歯車が回りだすかのように思い出したのです。
実はコスタリカはアメリカでリタイアした人たちが多く暮らす国。
夢の国といわれていた場所なのです。
今までできなかった思い立ったら猪突猛進は昔から。
そのとき偶然コスタリカの不動産屋に連れていかれたのが当時売り出し中だった現在彼女が経営する民宿カサグランデ。
そこでひさのさんはひさのさんはすぐにこの民宿の購入を決めました。
こうして通訳を辞めた娘のひさのさんは…。
そう覚悟していました。
そのきっかけは86歳のとき一度は医師さえも諦めたよしいさんの命。
移住のきっかけは86歳のときそれは…。
よしいさんはしかしそのときよしいさんはこれまで感じたことのなかった不安に初めて襲われたのです。
そんなとき…。
そう声をかけてくれたのが遠い異国コスタリカで暮らし始めていた娘のひさのさんだったのです。
しかし…。
すでに86歳だったよしいさんにとっては最初は…。
(スタッフ)3ヵ月考えました?考えた考えた…ほんと私ももう。
こうして86歳という高齢でありながらよしいさんは海を渡ったのです。
92歳の母と61歳の娘家族との不思議なコスタリカ生活はここから始まりました。
ひさのさん親子が家を離れたたった2時間の間にロンさんは帰らぬ人となってしまったのです。
移住を後押ししてくれたありがとうのひと言も言えないままにポッカリと開いた心の穴。
そんなひさのさんの話す相手はアメリカでホームステイ中の現在は離れて暮らしていますがロンさんが亡くなってから2人そろって出かける場所そこは92歳のよしいさんにとってそう思えるようにしてくれた場所だといいます。
2人そろって出かける場所そこは92歳のよしいさんにとってそう思えるようにしてくれた場所だといいます。
やってきたのはアテナス市内にあるとある場所。
出迎えの人が来てくれたようです。
(英語)どうぞいらっしゃいませって。
実はここコスタリカ国内で…。
その答えはすぐにわかりました。
実はよしいさん自分の
(拍手)コスタリカに来たらそう思っていた母よしいさんの現実は違いました。
遠い異国でもそれは今よしいさんの生きがいとなり日々こう実感しています。
日本で暮らしていたときに比べて体調もずいぶんよくなりました。
あっそうなんですか。
92歳の今それもすべて娘がこの地に呼んでくれたおかげ。
このあとこれまで言えなかった母よしいさんはここコスタリカに来たことを本当はどう思っているのでしょうか?今初めての告白です。
コスタリカへ来て早5年。
今まで一度も語ることのなかったひと文字ひと文字に心を込めて。
日本から遠く離れた異国の地で新たな生きがいを見つけ支えあいながらたくましく生きる日本人親子がいました。
すごい言葉ですよね。
ほんとそうですよね。
それは大丈夫ですか皆さん。
すごい楽しんでる。
『刑事』という作品をやらせていただいて。
タイトルがねありそうでないっていうかもう…。
これどういった話なんですか?目の前で妻を殺されて殺した犯人を瞬時に射殺するんですね。
事故か事件かわからずずっといるというトラウマを抱えながら事件解決すると同時にその自分のトラウマも解決されていくというそういうドラマなんですけど。
テレビ東京開局50周年特別企画ドラマスペシャル『刑事』。
ぜひご覧ください。
2014/03/24(月) 21:00〜22:48
テレビ大阪1
世界ナゼそこに?日本人SP「美女大国・中米コスタリカで暮らす母92歳・娘61歳」[字]
美女大国、中米コスタリカに二人だけで暮らす母92歳、娘61歳の日本人親子がいた!一体ナゼそこに?さらに旧ソ連の秘境ウクライナで奇想天外なものが続々登場!
詳細情報
告知
今回は夜6時30分から放送の「YOUは何しに日本へ?」とコラボレーション!“外国人美女直撃SP”としてお届けします。お楽しみに!
番組内容
ナゼそんなところに日本人が?世界の秘境で活躍する知られざる日本人を紹介!
◆美女大国・中米コスタリカに母娘二人だけで暮らす日本人親子がいた!聞けば母92歳、娘61歳で、なんと母は86歳のときに移住してきたという。一体ナゼそこに?その裏側には波瀾万丈の人生ドラマが…。さらに旧ソ連の秘境ウクライナには、日本とゆかりが深いもののどこか奇想天外な物事が続々と登場します!
出演者
【MC】
ユースケ・サンタマリア、杉崎美香
【ゲスト】
高橋克典、風間俊介、木本武宏(TKO)、中村アン、渡部陽一、たかのてるこ
番組概要
◆「世界ナゼそこに?日本人〜知られざる波瀾万丈伝」は世界の果てで暮らす、知られざる日本人の活躍に密着!そこから元気や勇気をもらい、日本人としての誇りが持てるドキュメントバラエティ!
お知らせ
◆ゲストの高橋克典、風間俊介が出演!あの名作ドラマが新たなストーリーで甦る。
3月26日(水)夜9時から放送!開局50周年特別企画 ドラマスペシャル「刑事」
目の前で妻を殺され、その犯人を射殺した過去を持つ刑事の秋庭(高橋克典)。ある日かつての部下が殺され拳銃が奪われた。やがて彼はある事件を捜査していたとわかるが…。
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ジャンル :
バラエティ – 旅バラエティ
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
情報/ワイドショー – 暮らし・住まい
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