皆さんこんばんは。
真相報道バンキシャ!です。
まずはきょう午後、JR名古屋駅前で、乗用車が歩道に突っ込み、歩いていた人など合わせて12人がけがをしました。
警察は、運転をしていた男を殺人未遂の疑いで現行犯逮捕しました。
では、現場から中継で伝えてもらいましょう、佐藤さん。
事件を起こした車は、名古屋駅を西側から東方向に向かって走っていました。
このささしまと呼ばれる交差点を左折しようとしたところ、そのまま歩道に乗り上げ、そこにいた人々を次々にはねました。
そして今、見えていますこの木にぶつかって、車はようやく止まったということです。
名古屋市消防局や愛知県警によりますと、事件があったのは、名古屋市中村区の名古屋駅前で、きょう午後2時15分ごろ、歩道に乗用車が突っ込んだと通報がありました。
消防によると、12人がけがをし、24歳の男性が重傷です。
警察は車を運転していた30代の運転手を、殺人未遂の疑いで現行犯逮捕しましたが、わざと突っ込んだ。
殺すつもりでやったと、供述しているということです。
歩道側のほうを、セダンの車が思いっきり走っていって、もう、すごい音とかが、すごくして。
鼻から血、流してたのは記憶にあります。
もう本当に車内で、下向いて、警察が来るまで動かない状況だった。
現場は名古屋駅前の繁華街です。
JR名鉄、地下鉄、近鉄などの駅、それから待ち合わせ場所などがありまして、ふだんから多くの通行人でにぎわう場所でして、今もなお通行の規制は続いています。
事件当時は騒然としていました。
また現場にブレーキの跡はなく、警察で男から詳しく事情を聴いています。
以上、中継でした。
現場から佐藤さんでした。
さて、きょう未明、JR京浜東北線の川崎駅で、回送中の列車が、作業用の車両に衝突し、脱線、横転する事故がありました。
乗客がいれば、大惨事になったおそれもあるこの事故。
なぜ起きたのでしょうか。
きょう、神奈川県川崎市のタワーマンション。
高層階の住人が、未明にある物音を聞いた。
夜中の1時過ぎぐらいに、雷が落ちるようなものすごい大きな音がしまして、ドーン、バリバリバリってすごい音がして、家が揺れたんですね、マンション自体が。
で、地震か雷か、なんだろうと思って。
音の原因はきょう午前1時過ぎに起きた列車事故。
神奈川県のJR川崎駅で、京浜東北線の回送電車が、同じ線路で作業中の車両と正面衝突。
停止していた作業車両に回送車両が時速60キロで突っ込み脱線。
先頭車両は横倒しに。
これはきょう正午、並走する東海道線の電車内から撮影された映像。
多くの関係者が作業や調査に当たっていた。
この事故で、34歳の運転士と25歳の車掌の2人が、頭などに軽いけがを負った。
2人はこのフロントガラスに開けられた穴から救出されたと見られる。
一体なぜ、事故は起きたのか。
事故車両は、最終電車として、桜木町駅まで乗客を運び、回送電車として車庫がある蒲田駅を目指していた。
事故当時、運転士と車掌は、1両目の運転席にいたという。
これは京浜東北線上り電車内から撮影した映像。
事故現場は、川崎駅を出て、すぐこの辺り。
運転士は作業車両に気がつくことはできなかったのだろうか。
鉄道システムに詳しい専門家は、事故現場の映像を見て、ある指摘をした。
右のほうに、こうカーブをしていく。
線路が駅のホームから緩やかに曲がっている。
そのカーブの先に車両が置いてあったということで、プラットホームに先頭車がいる間には、この車両は見えないか、かなり見えにくかったのではないかというふうに想像されます。
さらに、事故が起きた時間帯は真夜中。
現場近くの住民が事故直後に撮影した写真を見ると、街灯は車が通る道路側を照らしているが、線路側を照らす街灯は見当たらない。
線路内は暗く、見通しが悪いようだ。
今回、運転士はおよそ100メートルから200メートルほど手前で、線路に作業車両がいるのに気付き、ブレーキをかけたが、間に合わなかったという。
一方、作業車両は線路の上を通る通路を作る工事のため、線路内に進入していた。
作業の開始予定時間は、午前1時13分だったが、その2分前の午前1時11分ごろ、事故は起きた。
線路閉鎖の着手時刻を確認してから入るというのが、これが保守作業のルールになってございます。
JR東日本によると、線路閉鎖の責任者が、必ず最後の列車が通過し終わるのを確認したうえで、レールに立ち入る承認を受けるが。
今回については、その線路閉鎖の手続きがなされていなかったと。
なんらかの手違いがございまして、この線路閉鎖が取れていない線路に、この工事用の車両を進入をさせてしまったと。
同じような事故は、15年前にも。
東京都目黒区のJR山手貨物線で、資材運搬中の作業員が、回送列車にはねられ、5人が死亡。
この事故をもとに徹底されたのが、線路閉鎖手続きの仕組みだった。
京浜東北線は鶴見・蒲田の見合わせております。
京浜東北線は現在も、蒲田駅と鶴見駅の間で、運転を見合わせており、それ以外の区間で折り返し運転を行っている。
さあ、続いてはソチオリンピックです。
日本中が涙した4分間でした。
日本時間のおととい、フィギュアスケート女子シングルのフリーに臨んだ浅田真央選手。
8回もの3回転ジャンプに挑み、自己ベストとなる演技でした。
終えた瞬間、涙が込み上げ、そして笑顔がはじけました。
前日の悔しい演技からの復活。
支えとなったのは、コーチからのあることばでした。
日本時間きょう未明。
フィギュアスケートのエキシビション。
そこには、試合とは打って変わって、終始笑顔の浅田真央選手がいた。
くじけそうなときも、つらいことがあっても、笑顔ってすばらしいんだよっていうのを伝えたいなと思いました。
日本時間の21日金曜日、前日のショートプログラムを、まさかの16位で終えて迎えたフリーの演技。
トリプルアクセル。
降りた!そしてバンクーバーで跳べなかった3回転3回転です。
トリプルフリップ、トリプルループ。
終わった瞬間、涙が込み上げた。
ようやく納得できる演技ができた。
浅田選手の笑顔がはじけた。
今回のこのフリーは、しっかり自分のやってきたことを、4年間やってきたことを、そして、たくさんの方に支えてもらったので、それの恩返しもできたのではないかなというふうに思っています。
その姿を万感の思いで見つめた男性。
佐藤信夫コーチ72歳。
バンキシャは佐藤コーチと浅田選手が、二人三脚で歩んだ日々に注目。
フリーの直前、復活に導いたあることばとは。
木曜日、バンキシャは、横浜市のスケートリンクへ。
たくさんの女の子たちが、スケートの練習をしています。
去年の関東ジュニア選手権にも出場した、中学2年生の榊原恵さん。
フィギュアスケートを始めたきっかけは。
これです。
真央ちゃんをテレビて見て、なんか、自分もああやって、ジャンプ、跳んでみたいなと思って。
2002年の全日本選手権。
3回転3回転、もう一つ、うーん、決まった!笑顔。
すごいですね!
12歳で3回転ジャンプを3連続で決め、天才少女と呼ばれた。
今は3×3だけれども、目標は?
3×4、頑張りたいです。
将来の夢は?
オリンピックに出たいです。
その夢のオリンピックに初めて挑んだのは19歳。
トリプルアクセルを3回決めた。
だが。
おっと!失敗した。
ほかのジャンプでミスが重なり、金メダルには届かなかった。
長かったというか、あっという間でした。
長かった、あっという間、そのように感じたのはどの辺りですか?
バンクーバーの涙のあと、自身のスケートを見直すため、浅田選手が頼ったのが、佐藤信夫コーチだった。
押して、押して、押して、押して。
全日本選手権を10連覇。
コーチとしても、全日本選手権で5度優勝の村主章枝選手や、元世界女王の安藤美姫さんらを育てた。
佐藤コーチの指導にこだわったのが、2011年に亡くなった浅田選手の母、匡子さん。
バンクーバーのあと、何度も頼み込んだという。
浅田選手を9年間取材してきた、スポーツジャーナリストの野口美恵さん。
2人の関係は、当初、しっくりいっていなかったという。
最初の一年とかは言い合うというよりも、無視し合う、もうほとんど。
リンクサイドでも、信夫先生が水のね、ふた、キャップ取って、持って待ってるわけですよ。
真央ちゃん、無視してツーっと行っちゃう。
このころ、浅田選手は代名詞のトリプルアクセルにこだわっていた。
だが、佐藤コーチはスケートを基礎から見直すため、トリプルアクセルをいったん封印したいと考えていた。
師弟関係を結んで最初のシーズン。
ジャンプの改造を優先したため、結果はついてこなかった。
迎えた2年目のシーズン。
NHK杯で浅田選手は、佐藤コーチの指示どおり、トリプルアクセルを封印。
すると。
この大会で3年ぶりの表彰台に。
佐藤コーチを信じれば、結果はついてくる。
そう思えるようになった。
ことしは真央ちゃんが何か落ち込んだり、悩んだりしてるときに、信夫先生にことばを求めるっていうシーンは、結構、練習見ていても多くあります。
浅田選手の練習場に近い愛知県豊田市の食堂では、信頼関係で結ばれた2人の様子が。
おかずなんか選ぶときにコーチにはね、リードしてアドバイスしてますよ。
先生、これ、このシャケおいしいよとか。
年も結構離れていて、やっぱり、なんかな、先生というか、尊敬してる感じで。
そんな2人が目指すソチでの最高の演技。
フリーの構成は、3回転ジャンプを8回跳ぶ、通称、エイトトリプル。
これをスケート人生の集大成にするつもりだった。
ソチオリンピックを、自分の最後のシーズンにしようと考えているので。
そして迎えたソチオリンピック。
水曜日、ショートプログラム直前の公式練習で、トリプルアクセルに2度挑戦し、2度とも成功。
やるべきことはやったはずだった。
だが。
勝負のトリプルアクセル。
あっと、転倒!
まさかのミスで16位。
一体何が起きたのか。
自分でも、自分の気持ちと、自分の体がうまく動かすことができませんでした。
どうしてこうなったのか、どう思いますか?
分かりません。
翌日、現地午前8時35分からのフリー公式練習。
あっ、佐藤コーチがいますね。
浅田選手の姿がありません。
浅田選手は予定時刻よりも遅れて到着した。
前日、なかなか寝つけず、寝坊したのだという。
トリプルアクセルはまだ跳べてないですね。
練習でも、トリプルアクセルが決まらなくなっていた。
フリーの演技まであと10時間半。
どうやって立て直すのか。
すると、佐藤コーチが浅田選手を呼び止めた。
何か、声かけてますね。
身ぶりを交えて、何やら熱心に語りかける佐藤コーチ。
このとき、どんなことばをかけていたのか。
佐藤コーチがバンキシャに明かしてくれた。
トータルすると3分の2じゃないですか、フリーのほうは。
だから試合1回よくなかったからって終わってしまったわけじゃないんだから、ここで、もうひとふんばりしなきゃだめなんだということを言っただけなんです。
フリーの得点は、ショートのおよそ2倍。
だから、まだ半分も終わっていない。
そう言って浅田選手を励ました。
やっぱり、ちょっと最初の日のね、結果がまあ、後遺症みたいな形で、ちょっと残ってるように見えたんで、そうじゃないよっていう話を言って聞かせて、とにかくもう、思い残すことがないようにね、力を全部振り絞ってやるようにということ、そういう話をしたということです。
そして、過去に指導したある選手の話をした。
それは松村充さん。
1980年のレークプラシッドオリンピックに出場したものの、フリー演技の直前にかぜをひいて寝込んでしまった。
佐藤コーチは。
2日間、食べるものも食べられない、寝ているだけの状態だったから、本人はまあ、無理だっていうふうに思ってたわけですね。
だから、いや、そんなことないって、頑張ったら頑張れるから行けと。
本当にそうやって倒れちゃったら、リンクの中まで助けに行ってあげるから、心配するなって言って。
松村さんも当時のことを強く記憶にとどめていた。
もう、お前がぶっ倒れたら、俺が助けに行くから、安心してやってこいと。
愛というかね、信夫先生のその、私に対しての愛情というものを、そういうものをものすごく大きく感じました。
佐藤コーチのことばに励まされた松村さん。
フリーをほぼノーミスで乗り切り、8位入賞を果たした。
佐藤コーチは浅田選手に、34年前と同じことばをかけた。
何かあったら、先生が助けに行くよ。
そのことばを聞いた浅田選手は、自分は病気でもなんでもないのだから、できないわけがないと吹っ切れたという。
恩師のことばを胸に刻み、臨んだフリー本番。
自信を持って、自分にとって何も思い残すことがないように、ね、頑張れ。
行ってきます。
はい、行ってらっしゃい。
こだわってきたトリプルアクセル。
トリプルアクセル。
降りた!
そして。
自分が思い描く最高の演技だった。
共に歩んできた2人の集大成。
自分のやってきたことは出せたと思いますし、今まで支えてくださった方にも、恩返しの演技ができたなというふうに思っています。
この4年間、支えになったものっていうのは、どういうものでしたか?
うーん、まあすべてですね。
もちろんスケートのコーチとして、ずっと3年間、指導してくださった信夫先生も含めて、家族も、周りのスタッフの方も、
ではここで、こよいのご意見バンをご紹介いたします。
まずは直木賞作家の山本一力さんです。
こんばんは。
こんばんは。
そして漫画家の倉田真由美さんです。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
よろしくお願いします。
こちらは今回のフリーの得点です。
フリーの得点に限りますと、浅田選手は、金メダルのソトニコワ選手、そして銀メダルのキム・ヨナ選手に次いで、3番目でした。
上位6人のうち、浅田選手以外は、最終グループの演技だったんです。
この得点について、国際スケート連盟技術審判の岡崎信さんは、こんな見方をされています。
もし最終グループにいて、同じ演技ができていたら、もう少し高い演技構成点が望めてたかもしれないんですけれども、ここでじゃあ、10点を出してしまったら、もしかして、浅田選手よりもさらにいい演技をした選手のときに何点を出せばいいんだろうということになってしまうので、やっぱりジャッジの方も、出すに出し切れない部分があるんですね。
その中で、この点数をたたき出せたということはすばらしいことだと思います。
そんな中での自己ベストということですからね、とにもかくにも胸を打った、この浅田真央選手の演技でしたが、山本さんはどうご覧になりましたか?
彼女はね、2つの大事なことを、みんなに教えてくれたと思うんです。
1つはね、言い訳いらないよっていうことね。
だって、あれだけのことのあとに、みごとにやって、みんなが本当に感動したのは、言い訳ではなしに、結果を出したことじゃないですか。
もう1つは、人生、急ぎなさんなということでしょうね。
早いうちに何かつまみ食いして、その余韻で生きるんじゃなしに、しくじりから始まったり、だって彼女はオリンピックに何か月か足りなくて、出られなかったと。
すべてね、そういうことをしょいながら、でも、全部、着実にやってきてるじゃないですか。
まだ23でしょ、靴を脱いでも、そのあとが長いんだから、楽しみです。
そうですね。
倉田さんには、ひとコマ描いていただきました。
本番でね、泣かないように、何回も私、あのシーン見たんですけど、もうだめですね、何回見ても、泣けてしまって。
もう、なんですかね、神は細部に宿るという言い方ありますけど、もうね、彼女の…一つ一つにね、本当に神が宿ってるというかね、どのシーン見てもなんか泣けるんですよね、この映像もなんか。
だから、なんて言うのかな、もう採点はね、人間がやることだから、もう誰もが満足する採点っていうことはもうそもそも最初からない競技ですからね。
ただ本当になんか、こう国と国との代理戦争みたいにね、なってしまうのは、本当に彼女も本意じゃないと思うので、ただ本当に、感動をありがとうって言いたいですね。
なお、浅田選手は今月25日に帰国し、来月26日からさいたま市で行われます、世界選手権に出場する予定だということです。
大雪で道路が寸断され、孤立した集落。
1週間以上たったきょうも、いまだ解消されていない地域も。
バンキシャは、孤立集落での生活を取材。
今月14日からの記録的な大雪で、寸断された道路。
その影響で孤立した集落は、関東と山梨の1都3県だけでも、最大35市町村、5000世帯以上に上ります。
一部では、1週間以上たった今でも、孤立状態が続いています。
バンキシャは、雪に閉ざされた集落に徒歩で入りました。
水を断たれ、救援物資に頼る住民の生活。
そして、孤立がここまで長引いた訳とは。
水曜日、バンキシャが向かったのは、埼玉県秩父市。
孤立集落を目指して県道を走っていると。
あっ、トンネルの出口が雪で完全に覆われてしまっています。
高さ4.5メートルあるトンネルが、雪の壁で塞がれ、これ以上、先に進むことができなかった。
埼玉県西部の秩父市。
その集落の一つ、三峰地区は、県道278号線が大雪で寸断され、孤立していた。
木曜日、バンキシャは山岳ガイドと共に三峰地区へ向かった。
持ってきたスノーシューを、ここからみんなで履いて、それから行きましょうか。
西洋式のかんじきを履いて、県道を行く。
それでも。
本当にゆっくりしか、前に進めないです。
標識があんなに雪に埋もれてる。
途中、雪の盛り上がる場所があった。
雪崩の跡だ。
およそ4キロの道のりで、少なくとも5か所確認した。
歩き始めておよそ4時間。
ようやく集落が見えてきました。
今月14日の大雪で、道路が寸断され、関東と山梨の1都3県だけでも、5000世帯以上が孤立状態となった問題。
1週間以上たったきょうも一部は孤立状態のままだ。
なぜ、これほどまで長期化したのか。
あっ、タイヤがスリップしています。
おととい、バンキシャは山梨県早川町へ。
人口およそ1200人のうち、半数近くが65歳以上という町だ。
南アルプスの入り口に位置する早川町。
塩ノ上地区は、県道からの道が雪で埋まり、孤立していた。
雪が80センチ近くも積もった道。
自衛隊の姿が見えました。
最前線で雪を手でかいています。
自衛隊員が手作業で、人が通れる道を作っていた。
後方の隊員たちが踏み固めていく。
山梨県は大雪の翌日の今月15日、自衛隊に災害派遣を要請した。
歩くことおよそ1時間半。
ようやく塩ノ上地区に到着した。
この地区では、ある問題が持ち上がっていた。
85歳の望月ツネゑさんの自宅では。
止まっています。
全く出ない?
ええ。
この地区は火曜日から断水していた。
飲めるのは、鍋にためておいた水と、救援物資として届けられた水だけ。
すると、望月さんは積もった雪を鍋に入れ、温め始めた。
この水は?
水は、洗い物に使ってる。
洗いもんね。
茶わんとかね。
住民たちは、入浴や洗濯もままならない生活を送っていた。
雪の重みで給水設備が破損したのが、断水の原因と見られている。
雪がとけたらね、直さなきゃならんだろうと思うんだけどね、今の状態では、とてもできんじゃろね、これだけの雪だと。
1週間以上続く孤立状態。
なぜ、ここまで長期化したのか。
水曜日、バンキシャは早川町での除雪作業に密着した。
すると。
あっ、タイヤがスリップしています。
雪を押しのける重機のタイヤが空回りしていた。
なぜなのか。
1週間前だったかね、そんときは雪がうんと軽かったから除雪も楽だったし。
今回のは?
今回のは大変ですよね、重いから。
水分を多く含んだ重い雪。
重機をもってしてもなかなか押すことができず、タイヤが空回りしていたのだ。
通常なら、4時間で1キロほど除雪できるが、この日は150メートルしか進まなかった。
一方、埼玉県秩父市。
バンキシャが雪で埋もれた県道を4時間歩いてたどりついた三峰地区。
ここで妻と2人で暮らす、千島恒夫さん83歳、ある問題に直面していた。
うちの姉さんが今遺体でうちで寝てるんだけど、14日に亡くなって。
できれば、すぐに葬式とかあげたいっていう思いはありますか?やっぱり。
そうなんです、すぐやりたい。
雪が降り始めた14日に、病院で亡くなった姉の遺体を自宅に引き取ったが、業者が来られず、自宅に安置したままだという。
30世帯66人が暮らしている三峰地区。
こちらは、1人暮らしの山中資治さん63歳。
冷蔵庫はもう、何も入ってないよ。
空っぽだよ、ほとんど。
僅かな食料と調味料だけ。
米と救援物資のレトルトのおかゆでしのいでいるが、おかずはない。
買い置きのものを食べているところなんだけど、もうでも、そろそろ限界だよね。
山中さんは、行政の対応に不満を漏らしていた。
早めに行動してもらえば、その分ね、うちらも助かるわけだけどね、住民がね。
実は、埼玉県への自衛隊派遣はほかの県に比べて遅れていた。
原因は要請するタイミング。
埼玉県は山梨県より2日遅かったのだ。
なぜ要請が遅れたのか。
バンキシャの取材に、秩父市の久喜邦康市長は。
15日の土曜日になりますけれども、17時20分に県のほうにお願いしたと。
市長によると、土曜日の夕方、埼玉県の担当者に電話をかけ、市民の生命が脅かされるとして、自衛隊の派遣を要請したという。
だが翌日、埼玉県からの返事は、県で対応するので、自衛隊の派遣は要請しないというものだった。
市長はその後も県に要請。
ようやく県が要請したのは、17日月曜日の夕方だった。
なぜ15日の時点で派遣要請をしなかったのか。
埼玉県の上田清司知事は。
基本的には、人命救助、緊急かつ切迫な危険があるかどうかというのが、一番の判断になっており、そこには至っていなかったという。
緊急かつ切迫な危険が生じるような状況に、この秩父地域があったという認識ではないということですかね?
そういうことです。
そういうことです。
はい。
県は、自衛隊を災害派遣する条件となる、人命の救助の必要性について、秩父市から報告を受けていないと主張。
そのため、県は要請しなかったというのだ。
秩父市はそういう状況ではなかったと思っているって言ってるんですけれども、そこに?
いや、お伝えしています。
単に除雪目的で、この地域は自衛隊派遣をお願いしてるんじゃないですよと、秩父地域が取り残されてるんですよと、市民の生命に関わることなんです。
秩父市から要請があった15日と翌16日、上田知事は、県が主催するクイズ大会への出席など、予定されていた公務をこなしていた。
今回に関しては、どれだけ危機的な状況が、県のほうに伝わっていたかというとこ。
それをまず感じましたね。
おととい、1週間ぶりに孤立状態が解消した、秩父市三峰地区のこの集落。
米とおかゆでしのいできたあの山中さんの自宅に、自衛隊が灯油とカップ麺を届けた。
どうもありがとうございます。
久しぶりに口にする温かいカップ麺。
おいしいよ。
どうですか?
最高ですね、うん。
姉の遺体を自宅に安置したままだった千島さんの家にも、葬儀業者が到着。
遺体を斎場へと搬送することができた。
よかったです。
皆さんの世話になってね。
無事に納棺ができて。
埼玉県の上田知事は、きのう、秩父市を訪れ、市長や市民に迷惑をおかけしたなどと伝えたということなんですが、初動の段階で対応が分かれたトップという見方もできましょうが、山本さん、どうご覧になりますか?
もうね、リーダーに必要なのは、肯定的な想像力なんですよ。
つまりこういうことになったら、こんなふうになっていくだろうなっていうのをね、言われたら、いや、それはないよって言ったら、こういう結果、引き起こしますから、これはもう本当に、わびのことばではなしに、気持ちであの人は反省すべきですね。
倉田さんもわれわれ東京でも、慣れぬ雪で混乱しましたね。
本当ですよね、私、福岡育ちなんで、雪かきっていうのを、ことし初めて人生でやってみて、雪って意外とお湯なんかでは全然どうしようもないんですね。
階段の雪をお湯でザーッと流したらいいんじゃないかと思って、大きい鍋にぐらぐらお湯沸かして、ザーッとしたんですけど、そしたらもう、かえってぐちゃぐちゃになっちゃって、もう大変なことになったんで、知識って大事ですよね。
雪の重みを今回痛感いたしましたけれどもね。
さあ、こうした孤立状態が解消に向かう、その一方で、気温の上昇に伴いまして、山梨県の道志村全域には、避難準備情報が出されるなど、雪崩への懸念が強まっております。
山間部にお住まいの方は、
続いては、上田さんのニュースコーナーです。
先ほどもお伝えしましたが、きょう午後、名古屋市の名古屋駅前で、乗用車が歩道に突っ込み、12人がけがをしました。
現場から最新情報を伝えてもらいます、佐藤さん。
事件の発生から4時間半がたちましたが、現場周辺の通行の規制は今もなお、続いています。
そして、その事件を起こした車なんですが、名古屋駅の西側から東方面に走っていまして、この今映っている交差点を左折しようとしたところ、そのまま歩道に乗り上げ、その場にいた人々を次々とはねました。
そして今、画面の真ん中に映っているこの木にぶつかってようやく車は止まったということです。
愛知県警などによりますと、事件があったのは、名古屋市中村区の名古屋駅前で、きょうの午後2時15分ごろ、歩道に乗用車が突っ込んだと通報がありました。
消防によると12人がけがをし、24歳の男性が重傷です。
警察は、車を運転していた30代の運転手を、殺人未遂の疑いで現行犯逮捕しましたが、男は、わざと突っ込んだ。
殺すつもりでやったと供述しているということです。
警察で、男から詳しく事情を聴いています。
次に、原発事故があったら、あなたはどう逃げるのか。
児童74人が津波の犠牲に。
あのとき、大川小学校で何が。
バンキシャ、被災地1000人の声。
3月9日午後3時。
大統領の退陣を求めるデモ隊と、治安部隊との衝突で混乱が続いていたウクライナで、政権崩壊の可能性が高まっています。
首都キエフでは、デモ隊が大統領府などを管理下に置いていて、23日は、新たな衝突などは起きていません。
議会は22日、ヤヌコビッチ大統領を解任し、5月に大統領選挙を行うことを決めました。
こうした中、大統領の政敵で、職権乱用の罪で収監されていたティモシェンコ元首相が釈放され、首都に戻り、大統領選への出馬を表明しました。
一方、ヤヌコビッチ大統領は、支持基盤の東部の街で、辞任の意思がないことを明言しましたが、インターファクス通信は、大統領が載ったチャーター機が22日夜、出国しようとしたが、認められなかったと伝えています。
2014/02/23(日) 18:00〜18:55
読売テレビ1
真相報道 バンキシャ![字]
バンキシャ!は毎週、注目を集めている事件・出来事について、他にない切り口で検証を加える番組です。今週もスタッフは各地に飛び、ただいま取材中。ご期待ください。
詳細情報
番組内容
真相報道バンキシャ!は福澤朗と夏目三久がお伝えする〈新型〉報道番組。日曜の夜、その1週間の起きた出来事について視聴者の方に「なるほど、そういうことだったのか」と言っていただける番組づくりを目指しています。取り上げるのは、事件・事故・政治・経済からスポーツまで、硬軟とりまぜ幅広く。ニュースの新しい見方をご提供いたします。番組への情報、ご意見は番組HPまでお寄せください。
出演者
【MC】
福澤朗
夏目三久
【ゲスト】
河上和雄(元東京地検特捜部長)ほか
番組ホームページ
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