中米の秘境コスタリカ。
コスタリカの首都サン・ホセ。
街行く人もこのとおり美人ばかり。
そんなコスタリカの女性たちの中には婚約すると…。
そこでめでたく婚約したタティアーナさんの悲鳴とともに現れたのはと思いきや。
驚きの風習があるコスタリカ。
最近では日本語にも興味を持っているそうです。
しかし行われていたのはそして本題へ。
すると…。
知らないですか?食堂?サン・ホセで一番人気があるさあたどり着くのか日本食堂。
こちらが早速中に入ってみるとそこは現地の方々で大盛況。
そんな中お寿司につけているのはそうですねああなるほど。
ええ。
そう甘いものが大好きなコスタリカの人々はお寿司にウナギのタレをつけて食べるんです。
更にお寿司と一緒に飲んでいるのはそしてこちらはざるそばなんですがなんと4人で1つ。
他にも五路では餃子やカレーなど実にしかしいったいこれらの料理を厨房を覗くと…。
鉢巻きを巻いた職人さんがずらり。
根性鉢巻きを締め一生懸命寿司を作っているんです。
ちなみに必勝さんが握っているのはしかし店内を見回していると…。
カウンターで一人寂しくご飯を食べる少女を発見。
あ〜どうも。
日本語しゃべれるんだ。
食べてます。
渋いですね。
あっそうなんだ。
はい。
聞けばこの子はお店のオーナーのお孫さんだそう。
果たしておじいちゃん。
はい。
あっどうもこんにちは。
こんにちは。
どうもいらっしゃいませ。
彼こそ10人の大家族を養いながら日本食堂を営むオーナーの木原武義さん69歳。
なんと木原さん本格的な料理経験はゼロ。
素人さんだったんです。
料理はお店を始める際に独学で研究したんだそう。
そんな木原さんを献身的に支えているのが…。
マリッツァマリッツァ。
コスタリカ人の奥様マリッツァさんは54歳。
そんな子だくさんの夫婦はしかし休日には…。
おばあちゃんどうもこんにちは。
90歳のおばあちゃん。
マリッツァさんのお母さん名前は何ですか?ジェシカです。
ジェシカさん。
ハートのマークのアメなめて。
日本語が堪能。
しかし実はこの家族には実は7人のうち木原さんはコスタリカに移住してすぐにその後妻マリッツァさんとの間にも木原さんは合計そして更になぜ木原さんはこの日木原さんはたどり着いたのはすると突然バッグから取り出したのはななんと大丈夫かな。
痛い。
ここ痛いんですよ45口径は。
練習?なんでも木原さんの営む万が一に備えて射撃の練習をしているそう。
強盗対策として日本食堂五路も鉄格子で囲まれています。
ちなみに五路では週末に給料を手渡しで配るのですがこのときが最も強盗が襲撃してくる可能性が高いそう。
ですから給料日には木原さんのポケットに必ず拳銃が忍ばせてあるのです。
木原さんはこれまでにそんななか翌日息子のケン君は翌日五男のナルミ君を連れどこかに行くようですが。
(スタッフ)木原さん!はい。
SONYといえば電気製品メーカーだと思うんですがとやってきたのはそう木原さんにはそしてその料理こそが現在日本食堂五路で大人気となっているメニューだったのです。
しかしそもそもいったいなぜ木原さんはコスタリカで10人の大家族を養いながら日本食堂を営んでいるのか?そこには木原さんと大家族に起きたそんな異国の地で。
野菜炒めだよ野菜炒め!愛する妻の死を乗り越えた実はその裏にこそ克典さんスペシャルゲストとしてよろしくお願いいたします。
海外とかよく行かれると思いますけど。
そうですね。
向こうの食に慣れます?え〜っ!興味本位で。
え〜っ。
いろんなことを。
違うよね。
生クリームとかな。
皆さん気になってると思いますけども木原さんはなぜ日本からねコスタリカに行ったのか。
朋ちゃんどう思う?初めは単純に。
理由にはなる。
なるほどね。
男としてはね。
わかるわかる36で?そうなんです。
でもそれあるよ。
住むようになり。
初めは単純なのかもわからへんよね。
ですよね。
わざわざ。
中米の秘境コスタリカで日本食堂を営むしかしいったいなぜ彼は10人もの大家族を養いながら日本食堂を営んでいるのでしょうか?実はその裏には何かを得るために何かを失った…。
1945年戦時中の日本。
その直後一家の大黒柱を失った家族は食べるものにも困りまさにそしてそのなかに木原さんと家族の思い出が詰まったある日本食がありました。
実はその料理こそが日本食堂五路で大人気となっているメニューで…。
時は流れ高校生になった頃。
そのような思いから17歳で高校卒業後は平穏な人生を歩んでいました。
突然知り合いから…。
念願の海外へ行けるとあって木原さんは快諾。
しかし移住して3年後木原さんの前にいったいその訳は?しかし当時の奥さんはワガママな意地にはつきあいきれないと木原さんは遠いコスタリカでひとりぼっちの無職に。
そんな時現在の奥様マリッツァさんだったのです。
友人の紹介で知り合った2人はたちまち恋に落ちました。
しかしマリッツァさんにはかわいいその顔からは想像もつかないそしてその秘密により木原さんの人生は思ってもみなかった方向へと転がっていったのです。
29年前木原さんは友人の紹介で現在の奥様マリッツァさんと出会いました。
しかし彼女には想像もつかない合計5人を育てることを決意し…。
しかしコスタリカでは外国人。
というのをよく聞いてたんですよ。
という教え。
しかしどんなに希望があっても現実は無職で7人の子どもが養えるほど甘くはありません。
そんなある日友人たちに日本料理が食べたいとねだられすると。
そしてその時木原さんはあることを思いついたのです。
それを稼ぐためにタクシー運転手として働き始めたのです。
慣れない東京の道で…。
来る日も来る日も更にそれに追い打ちをかけるように自宅で夕食を食べている時のこと。
やってきたのは…。
なんと拳銃を持ったそして奥さんが頭に拳銃を突きつけられた次の瞬間!そんな木原さんはそんな中更に追い打ちをかけるように大家族を恐ろしい出来事が襲ったのです。
やってきたのは…。
なんと拳銃を持った強盗団。
強盗たちは夫妻が日本で出稼ぎした噂を聞きつけ家に隠しておいた食堂の運営資金を強奪しにきたのです。
そして奥さんの頭に拳銃を突きつけた次の瞬間…。
なんとぬいぐるみまで強奪。
お金のみならず子どもの服もすべて盗まれたといいます。
人生最大の窮地に追い込まれた木原さん。
父の教えを信じ妻のためそして子どもたちのために前向きに生きていくことを誓いました。
ある日五路にふらりと一人の客がやってきました。
なんと木原さんがお母さんから教わった料理が大手新聞の2面にわたり大絶賛されていたのです。
実はふらりとやってきたあのお客は…。
するとこの記事が載った日からお客が押し寄せ一躍人気店に。
それから14年今では五路はなんと4店舗に拡大。
そこでは子どもたちが力を合わせて働いているのです。
そしてどんな時も木原さんを支え続けてくれたおばあちゃん。
90歳になった現在もタバコを欲しがるほど元気なのですが…。
最近は足が悪くなり歩くのにひと苦労。
それでは今は亡き母から教わり日本食堂五路を一躍人気店に押し上げた思い出の日本食を大公開。
それでは今は亡き母から教わり日本食堂五路を一躍人気店に押し上げた思い出の日本食を大公開。
まずはひき肉とタマネギを炒めます。
そしてふかしたジャガイモをすりつぶしてマッシュポテトに。
そこに先ほど炒めたお肉を混ぜ合わせます。
次にこれを俵型に丸めてパン粉をまぶします。
この形はお母さんが幼い木原さんに教えたやり方。
皆さんもうおわかりですね。
そう木原さんの母の味コスタリカで授かった7人の子供を育ててくれたふるさと日本の味です。
中米コスタリカには決して希望を捨てない破天荒な父が営む大家族の日本食堂がありました。
さあコスタリカの日本食堂五路のこだわりの一品コロッケを再現いたしました。
いただきます。
すごい柔らかいですね。
ほんとだ。
昔のコロッケ。
昔のコロッケうまい。
もうそれで終わりですもんね。
本人はね。
そうなんですよ。
全部辞めて…。
て思ってたんだ。
思ってたから。
だからそうやって女性から見てどう?ああいう人と結婚するとなんやねんこいつ。
何回事業やっても失敗するやんけって途中で別れる選択もあるわけじゃない。
優しいよね。
そんな中…。
セブ島に到着直後いきなり巨大生物に遭遇。
体長10m。
魚類では世界最大のジンベエザメに遭遇したのです。
大自然に囲まれた神秘的な楽園そして近年のフィリピンはかつてないほどの好景気。
しかしその目と鼻の先には貧困層が暮らす国民の4割その象徴ともいえるのが大量のゴミでできたスモーキーマウンテンと呼ばれるゴミ山。
ただその日を生き延びるためだけに一日中お金にかえられそうなリサイクル品を探す子どもたち。
集めたゴミを売って得たわずかな収入で生活しているのです。
地元の方に話を聞くとということで早速さあたどり着くのか?日本食堂。
ついにセブ島の日本食堂神楽に到着。
いったいどんなお店なんでしょうか?ということで早速コイも泳いでるよコイも。
すみません。
お客さんすごいいっぱいいますよ。
広々とした店内はほぼ満席。
大人気店のようです。
それにしてもへぇ〜お箸もちゃんと使えるんですね。
と思いきや彼女のスプーンへパス。
で落とさないようにお口の中へ。
こちらのお母さんは箸ではなくちゃんぽんをまるで洋食のようにスプーンとフォークで取り分けてなんだかあの細かくより分け始めました。
でひと口サイズに切ってからあらごはんと麺を一緒にして食べちゃうんですか?食べ方はだいぶ変わってますがどれも本格的な日本食が出されているようです。
ということで厨房におじゃまさせていただくことに。
すると…。
そこには大声で怒鳴り散らす日本人らしき男性が。
どんな小さなミスも見逃さない。
職人オーラ全開の彼こそ貴様らおい。
ところが…。
あらプロの方でも素人みたいなミスしちゃうことあるんですね。
と思っていたら…。
直紀さんがこのところが本格的な料理経験はゼロ。
それどころか調理師免許すら持っていない素人だったのです。
聞けばそこでメニューのレシピはなんとインターネットを参考にして作れるようになったんだとか。
しかしなぜ直紀さんは素人にもかかわらずセブ島で日本食堂を営むことになったのでしょうか?その謎は彼が毎朝必ず訪れるという厨房のすぐ隣にあるこちらの部屋に隠されていました。
写真が貼り巡らされた部屋。
こうして仏壇に手を合わせるのが日課だといいます。
はい。
うちの亡くなった妻で。
女房が寂しがりやだったのでいっぱい写真ベタベタ…。
聞けば4年前までセブ島で家族3人ごく平穏に暮らしていたという直紀さん。
言われたときはもうほんとに…。
すると翌日のこと。
あっ娘さんですか?すみませんこんにちは。
こんにちは。
彼女こそちょっと見せてください。
実はこの日はバレンタインデー。
みゆきちゃんはお父さんのために手作りのチョコレートを渡しに来たというのです。
お父さん思いのみゆきちゃん。
シングルファーザーの直紀さんは自分一人でもかわいい一人娘を立派に育てあげるために…。
一見何不自由なく元気そうに見える直紀さんですが実は体に以前ある出来事がきっかけでそして現在も左目しか見えない状態で料理を作り続けているというのです。
しかしなぜオーナーが素人さんにもかかわらずとにかく店じゅうを動き回る直紀さん。
こうして手際よく料理を作りお客様を待たせることなく次々と運びます。
先ほども言ったように直紀さんは素人にもかかわらずこれらすべての日本食をインターネットで研究。
こうして誕生した神楽のメニューはオープンから9年間毎年増え続けいろいろな日本食を食べてほしい。
直紀さんの努力があるからこそそんな日本食堂を支えているのは実は彼らのほとんどが地方出身の故郷で貧しい生活を送る家族のためにほんとに。
そんな思いでスタッフには徹底的にそしてこの厳しさの裏にはそんなスタッフの幸せを思う直紀さんの優しさだったのです。
まるで自分のことのようにスタッフの家族まで助けている直紀さん。
しかし実はその裏にも33歳という若さでこの世を去った…。
すると翌日のこと。
ハハハハハ!お店の前にはなぜか便器が。
そしてその便器を車に積みスタッフとどこかへ出かけるようです。
(スタッフ)お名前何ていうんですか?アイビーです。
アイビー。
従業員?従業員。
たどり着いたのはなにやら直紀さんの到着を待ちわびていたかのように集まっていた大勢の人。
そうそう。
昨年の11月フィリピンで…。
直紀さんはたびたびこの地を訪れています。
実はこの日被災した子どもたちを元気づけようとハッピーバレンタインデー。
これもサイズとかわからないでしょ。
だからこれ今の…。
更に着るものに困っている人たちのために衣服まで持ってきてあげました。
実はこの被災地は一緒に来たうわすごい!これ見たときにここに配ろうと思ったんですよ。
彼女の家です。
そんななかにアイビーさんのご自宅がありました。
屋根も全部飛んじゃったんだ?そうです。
いやここは屋根どころじゃない。
実はそんな彼には開店当時からこだわり続けてきた今は亡きそして実はその料理こそが日本食堂神楽で絶大な人気を誇るみゆきちゃんどう?おいしいですか?果たして直紀さんにとって今は亡き最愛の妻イメルダさんとの思い出が詰まったそしてそもそもいったいなぜ直紀さんはセブ島で日本食堂を営むことになったのでしょうか?そう実はその裏にこそ何かを得るために何かを失った…。
高校を卒業し家族のために少しでも多く稼ぎたい。
そんな志のもとまともに休みもとらず働きづめ慣れない接客でそんななかでそれは突然起きたのです。
深夜仕事を終えバイクでの帰宅途中。
雨で濡れた路面にスリップ。
大事故でした。
幸い命は助かったものの直紀さんは体に大きなハンデを背負ってしまったのです。
一時はもう死にたい。
そんな思いになるまで落ち込みました。
しかし下を向いてばかりはいられない。
直紀さんは家族を養っていくために…。
もう大丈夫だ。
直紀さんはそう確信していました。
それまで順調に営んでいたBarの客足がパタリと止まりその総額…。
借金の肩代わりになったのは家族のために購入したマイホームでした。
直紀さんは苦渋の決断をしました。
離婚という道を選びひとり借金を抱え生きていくことを決めたのです。
それが父親としての義務だと思っていました。
自分へのふがいなさでいっぱいでした。
ところがそんなとき願ってもない話が舞い込んできました。
初めての海外生活に不安を感じましたが子どもたちの養育費を稼ぐためにフィリピン行きを決断。
しかしこの決断こそがとんでもないもうダメだって諦めて。
完全に行き場をなくしていた直紀さん。
しかしそんな彼に仕事に就くことができたのです。
これを機にそんななか人生を大きく変える直紀さんが暮らすそれはミンダナオ島の山奥から出てきたイメルダさんという女性でした。
実際イメルダさんもその島で貧しい生活を送る10人家族の娘だったのです。
そしてまたしても直紀さんに不幸が襲いかかったのはイメルダさんと出会ってからのことでした。
勤めていた直紀さんは仕事を失いそのときすでに41歳。
何か月も無職が続いた結果貯金は底をつき気づけば…。
しかしそんな時でした。
無一文の彼をそうその人こそ大学を卒業し空港のお土産屋さんで働いていたミンダナオ島出身のあのイメルダさんだったのです。
当時の彼女はしかし自分の生活すら厳しい状況にもかかわらずイメルダさんがこんな言葉をかけてくれたのです。
イメルダさんはまさに彼女は…。
仕事が見つからず収入がないときは生活費のすべてを工面してくれました。
またある時は落ち込んでいた彼を励まし…。
そしてまたある時は直紀さんをそうその時作ってくれた料理こそが…。
2人はいつしか恋人関係になっていました。
そして7年間順調に愛を育んだ末…。
こうして直紀さんは再び家族を持つことができました。
そしてその時彼はこう固く誓ったのです。
そう直紀さんはそんな決意のもと家族を幸せにするために…。
お店は直紀さんの明るい人柄と当時はまだ珍しかった日本食で大盛況。
そして娘のみゆきもいい学校に通わせることができる。
やっとつかんだ幸せでした。
がしかし…。
それは4年前のことでした。
イメルダさんがお腹に痛みを訴え倒れたのです。
軽い疲労だろう…直紀さんは最初そう思っていました。
しかしその痛みは日を追うごとに強くなり…。
すると医師の口から信じられない病名を告げられたのです。
愛する妻の死を乗り越え貧しい子どもたちを救うシングルファーザーが営む日本食堂。
直紀さんの妻イメルダさんがお腹に痛みを訴え倒れたのです。
そしてその痛みは日を追うごとに強くなり…。
すると医師の口から信じられない病名を告げられたのです。
それは…。
ガンはすでに全身に転移。
手の施しようがない末期状態でした。
起きている間は針で刺されたような…。
そう…イメルダさんにとってはガンの激痛よりも薬の副作用で意識が飛び家族のことを忘れてしまうほうがその何百倍…いや何千倍も辛いことだったのです。
必死で痛みと闘うその姿は家族への愛そのものでした。
って言われたときはもうほんとに…。
あまりにも短すぎる人生。
妻に思うような恩返しはできませんでした。
だからこそ直紀さんは毎日誓います。
「みゆきは俺が必ず幸せにする」。
その約束を守るためにシングルファーザーとして必死で日本食堂を営んできました。
天ぷらうどんオーケーか?天ぷらうどん。
しかし頑張れば頑張るほどその思いとは逆に娘と過ごす時間が少なくなり寂しい思いをさせてしまったに違いない。
父親として本当にこれでよかったのか。
いつもそんな不安に駆られています。
味噌ラーメン…。
しかしその答えがわかる時がきました。
必死で日本食堂を営んできた直紀さん。
しかし頑張れば頑張るほどその思いとは逆に娘と過ごす時間が少なくなりました。
父親として本当にこれでよかったのか。
直紀さんはいつもそんな不安に駆られているそうです。
しかしその答えがわかる時がきました。
この日は直紀さん「ハッピーバースデートゥーユー」娘のみゆきちゃんイメルダさんの姉アンさんが中心となり親戚一同でパーティーをすることになったのです。
はいありがとうございます。
ありがとう。
みゆきちゃんが17年間一度も口に出して言えなかった気持を手紙につづりました。
ありがとう。
〜ありがとうございます。
イエーイみゆき子どもだねほんとに。
おいお前ちゃんと勉強してねえだろ。
勉強しろよちゃんと。
実はイメルダさんが亡くなったあともこうして仲よく食べそれではいよいよ亡き妻との思い出がいっぱい詰まった神楽人気No.1メニューを大公開です。
それではいよいよ亡き妻との思い出がいっぱい詰まった神楽人気No.1メニューを大公開です。
こちらはイメルダさんが昔その料理をよく焼いていたという形見の鉄板。
その鉄板でブタ肉ひと口サイズに切ったイカ更にキャベツモヤシなど7種類の野菜をしゃきしゃきの歯応えが残る程度に炒めます。
そこに投入するのはさっと湯通しした麺。
って皆さんこれもうおわかりですよね。
仕上げに味の決め手神楽特製の甘辛ソースをかけてよく絡めたら完成。
まさに夫婦の愛が詰まった思い出の味。
そして今直紀さんはこんな活動もしています。
台風で被災し仮設住宅で暮らす人々。
彼は元気をなくしたそんな人たちに夫婦の思い出が詰まった愛情たっぷりの焼きそばを無償で振る舞い明るい未来への希望を与えているのです。
そして直紀さんは言います。
もしイメルダが生きていたらきっと同じことをしただろうと。
幾度となく人生のどん底を経験した波瀾万丈男。
そんな男が異国の地で出会った天使のような女性。
彼女は直紀さんと貧しい人々に多くの幸せを運んでくれました。
しかし4年前その天使は天国へ。
フィリピンセブ島にはそんな天使の意志を引き継ぎ貧しい人たちを救う日本食堂がありました。
焼きそばを再現いたしました。
あぁその感覚もある女の人はその感覚もあるよね。
気持がね。
うん。
よく話を聞くと…。
泣いちゃいますよね。
ありがとうございます。
スペシャルゲスト高橋克典さん主演テレビ東京開局50周年特別企画ドラマ『刑事』。
この主人公の刑事をやっている男がですね目の前でかつて逮捕した犯人に妻を殺されてその犯人を射殺してるっていうトラウマを抱えてまぁちょっと意外な展開になっていくんですけども。
まぁそういう2時間ドラマです。
そして朋ちゃんからもお知らせが。
すみませんごめんなさい私あの…。
いやいいですよ。
ごめんなさいって言わんでええよ。
カバー・アルバムなんですけれども『MEMORIESKaharaCovers』と言いましていろんな90年代の曲だったりとかglobeの『DEPARTURES』とかあいいね!今の私で届けさせていただこうというお話になりまして歌わせていただいてます。
もうぜひ聴いてくださいよろしくお願いします。
聴きましょう。
見ます聴きます。
見ます聴きます買います。
2014/03/23(日) 19:54〜21:48
テレビ大阪1
日曜ビッグバラエティ「世界の秘境で大発見!日本食堂13」[字]
好評企画第13弾!コスタリカの日本食堂のオーナーは69歳の男性。料理経験はなく、独学で料理を覚えたという。なぜ異国で日本食堂を営む?衝撃の人生ドラマ、必見です!
詳細情報
番組内容 1
好評企画の第13弾。日本から遠く離れた日本食堂を捜索。「どんな日本食を出しているのか?」「なぜ世界の果てで日本食堂を開くのか?」という謎を解明し、そこにある人生ドラマに迫る!
番組内容 2
中米、コスタリカ・サンホゼの日本食堂「五路」。現在69歳のオーナーは、独学で料理を覚え、現在オーナーを務めている。なぜ異国の地で日本食堂を営むのか?衝撃の人生ドラマをお届けします
その他、フィリピン・セブ島の日本食堂も紹介します。
出演者
【MC】
名倉潤(ネプチューン)
【ゲスト】
華原朋美、河本準一(次長課長)、杉原杏璃、高橋克典、桃華絵里 (※50音順)
番組概要
今、世界中の人を虜にしている「日本食」。番組では、日本から遠く離れた日本食堂を捜索。その地で「どんな日本食を出しているのか?」「なぜそんな世界の果てで日本食堂を開くのか!?」という謎を解明しつつ、そこにある日本人の人生ドラマに迫ります!
ホームページ
http://www.tv-tokyo.co.jp/sun/
お知らせ
ゲストの高橋克典さんが出演!
◆3月26日(水)夜9時から放送
テレビ東京開局50周年特別企画 ドラマスペシャル「刑事」
<あらすじ>目の前で妻を殺され、その犯人を射殺した過去を持つ刑事の秋庭(高橋克典)。ある日かつての部下が殺され拳銃が奪われた。やがて彼はある事件を捜査していたとわかるが…。
<HP>http://www.tv-tokyo.co.jp/keiji/
ジャンル :
バラエティ – その他
情報/ワイドショー – グルメ・料理
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
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