追悼!やしきたかじん 追悼ってなめとんか!やしきたかじんを全部しゃべり倒した… 2014.02.08

たかじんさんが天国に旅立って1か月。
もっともっとやしきたかじんが見たい!そんな皆さんの要望にお答えすべく、たかじんの下積み時代から、夢のコラボレーションまで、秘蔵映像大放出!
味の素はどこやー!
そして総勢21名のゲストが、やしきたかじんをしゃべり倒す。
アホ!
さらに、天童よしみがあの名曲を熱唱。
追悼ってなめとんか!やしきたかじんの全部しゃべり倒したらぁースペシャル!
たかじんさんが逝ってしまってから1か月がたちました。
天国に行ってるか、地獄に行ってるか分かりませんけども、恐らく天国には行っていないと思います。
今、入れてくれって頼んでると思います。
頼んでると思います。
暴れてる。
で、暴れてキレてると思います。
いろんな局でも追悼番組っていうのはね、放送されてきましたけれども、まだまだたかじんさん見たい!まだまだたかじんさんの姿、心の中に留めときたいという皆さんのご要望にお答えしまして、きょうは関西テレビ秘蔵のVTR、たくさんありますんで、そのVTRを皆さんにご覧いただきながら、まあ、下積み時代から、大阪の宝になったたかじんさんの人生を振り返っていきたいと思います。
ということで、きょうは、たかじんさん、ゆかりの皆様、総勢21名の方にお越しいただきました。
でもなんか、いまだにほんまはどっかにいてん違うって気しません?
ダメ出ししそうな感じありますよ。
長いどっきりやっているみたいやね。
そうそうそう、だから、こうやってしゃべってたら、お前ら!って出てきそうな。
ね。
空気感があんのよね。
なんか新地かどっかで飲んでるか、北海道にまだいそうな気がして、なかなか実感が湧かないんですけれども。
でも、宮根さんね、これみんなね、ふだん会わないんですね、ふだんはほとんど会わない人たち。
仕事でね。
でも、こうやってみんなこれだけの人たちが、たかじんとつきあいがあったっていうのは。
ただ皆さんに共通しているのは、濃い!爽やかな感じない。
1人ぐらい華もないと。
華?
華、胡蝶蘭。
すみません、ちょっと遠くからなんで、声が聞こえないんですよ。
すみませんー!
ざこば師匠、改めてたかじんさんのすごさというか、なんか感じません?
さあ、ということで、きょうは東京から、研ナオコさんもお越しいただいていますが、研ナオコさんは他局ですけれども、一緒に司会を。
そうです、しゃべたりーのという番組で、たかじん・ナオコのしゃべたりーのを大阪から全国ネットでやったんです。
改めて番組をご紹介しますと。
八木さん、よろしくお願いします。
八木さん入りました。
よろしくお願いします。
すごいでしょ?関西テレビで追悼番組で、朝日出身、毎日出身。
これが仕切りや。
関西テレビのアナウンサーつかわな角立つんちゃうかなと。
まあ、これもたかじんさんが引き合わせてくれたんですけど、
本当そうなんですよね。
改めましてシャベタリーノ!なんですが94年から97年3月までそうされました。
第一印象ってどんなん?
ああ、この人がたかじんなんだと。
うわさの?
すごいシャイな方だなと思いましたね。
すごいシャイで。
あんまり目、合わさないんですよ。
大体人見知りですからね。
それで番組をどっちでやるかっていうね、東京でやるのか、大阪でやるのかっていうときに、私は東京は嫌いだっていうのを伺っていたので、私は大阪来るほうが、じんちゃんがやりやすいだろうから私が来ますっていうことになって、大阪でやりやすいようにやってもらって。
見守ってたってことですね?暴れないように。
そう。
東京行くと大暴れしますから。
そうなんです。
さあ、そして中山秀征さん、よろしくお願いします。
お願いします。
もう秀ちゃんは有名なあの味の素事件の共犯者。
共犯者じゃないです。
共犯者じゃなくて、僕は目撃者です。
今、研さんからお話があったように、関西で撮ってればこんなことはなかったんです。
だからよせばいいのに、たかじんさんが東京で撮ったるわっていうところから、あの事件が始まって、生放送で、まさかのあんなことでMCがいなくなるという。
帰っちゃったんだよね。
後ほどたっぷりお話させてもらいますけれども、
きょうはこれ、たかじんさんゆかりの品々を、ちょっとご自宅からも一部持ってこさしていただいたんです。
この帽子はようかぶってはりましたね。
それからたばこ、パイプ、眼鏡もようけ持ってはりましたね。
おしゃれなんだよね。
おしゃれ。
これね、胸いっぱいでは、これこれ。
指し棒。
これ、なんぼつこうたんやろう、消費したん。
1本の収録で5本ぐらい?
何本も折ったもんね。
だからこの会社は大丈夫なんかなってめっちゃ心配や。
あんな簡単に折れて。
もう今、折る人がおれへんから。
なるほどね、ほんまやわ。
だってこんな会議の席で使うことはあっても、折る人おれへんやん。
普通につこうたら、3、4年もちますわね。
もちます、もちます。
そう、消費量が減ってる可能性が。
減ってるから危ないで。
それ、指し棒やで。
たかじんはたたき棒やから。
さあ、ということで、まずはこちらからご覧ください。
大阪を代表する存在として、テレビ界、音楽界、また政界にまで大きな影響を与えてきた人物、やしきたかじんしかし、そんなたかじんも、売れ始めたのは40歳のころ。
ブレイク前は、歌手として活動するかたわら、タレントとしてラジオ番組やテレビ番組にも出演するが、どちらもブレイクには至らず、そんな中、東京へ進出するものの、結果が出ず、失意のまま、再び大阪へ。
それから浪速の視聴率男と呼ばれるようになるまで、やしきたかじ
はい、ということで、たかじんさんが売れ始めたのは40になってからということなんですが、まあ、ブレイク前とさせていただきましたが、そのときのレギュラー番組の一覧なんですけれども、こっちがラジオ、こっちがテレビなんですが、やっぱりラジオ、かなりやってらっしゃるんですよね。
きょうの出演者と関わりがありますのは、ヤングタウン・火曜日、MBSということで、オール阪神・巨人さんと共演されました。
一緒にね。
その前からね、実は76年ぐらいからしっとるんですよ。
そうなんですよ。
その76年ぐらい前にお会いになったときは、どんな印象やったんですか?
全然僕らも知らんかって、僕らは1年目でね、僕ら、京都の京都会館でなんと生意気に1年で巨人・阪神のリサイタルをやったんですよ。
デビュー1年。
そう。
当時、三枝師匠、三枝師匠がね、僕ら、ヤングタウンとかヤングおうで一緒になってましたもんで、ほんで、名前を付けていただきましたから、三枝師匠がたかじんを連れてきたんです。
連れてきたんです。
普通のほんまにきったない。
ギター提げて、そのときたかじんはね、三枝さんのかばん持ちやっとんたんです。
らしいね。
付き人みたいな感じ。
いやいややったと思うけどね。
たぶんな。
ほんで、リサイタル三枝師匠がしゃべらんと、ちょっと連れてきたから、ちょっと阪神さん、ちょっと歌わせてやってくれやと。
突然ですか?
そう。
全然予定に入ってへんで、京都会館で彼がうとうてくれて、ギターで。
そっからずっと、おつきあいですね。
それでそのあと77年ぐらいに、78年か、KBSでラジオをね。
曜日ちがかったのにやってたんです。
日本列島ズバリ・リクエストね。
それを僕らと曜日別でやってたんです。
これは別のある事情があって、一応、京都、出入り禁止なりはりましたけどね。
聞こう。
それは事情を聞こう。
どんなん?
言うたらいかんので、いっぱい言ったんですよ。
部長もろとも皆もう、やめさせられた。
恐らくテレビで使えないと思いますが、何を言うたんですか?
まあ、あのー、×××が×××。
そう?
生放送で?
生で?
言うてた。
言うてました。
すみません、僕、ひと言言わせてもらっていいですか?アホ!アホ!それは絶対言うたらあかん!ほんで実は、そのヤンタンのラジオの音源が。
あるの?
あるんですって。
ちょっと聞いてみましょう。
岩崎宏美さん。
ひろりん。
頑張ってやりたいと思います。
MBSヤングタウン!
懐かしい。
ヤングジャパンの窓際族から離れたやしきたかじんと。
はい、そしてついこの間、東京音楽祭で賞を頂きました岩崎宏美です。
そして。
何も言えへんぞ。
ちょっとなんか言うてえな。
もうええわ。
若い!
勢いがありますね。
しゃべりにね。
30歳?
30歳のとき。
このころのたかじんさん、どうやったんですか?
いや、あんまり変われへんかったですよ。
本番始まる1分前に来るからね。
そうそう。
来て、誰も来てへんがなって言って、ぱっと入ってきて。
入ってきてスッと座ってやるから。
どっかで隠れてたんか知らんけど、それ…。
ほんで、もう終わってからもね、みんな仲よくね、1時に終わるんですよ、終わったら飲みに行ったりね。
それで南港行って、海見ようかって。
船やな、船やなって、当たり前やって。
病んでへん?
雀々さんはマンションの上下で一緒に住んでた時代があったって?
そうなんですよ。
あの日とは僕、違うところに住んでたのに、遊びにきたときにほんな、こんなマンション住むなと、いきなりや。
家賃なんぼ、はろうてんねんって言うから、もっとええマンション住め、とりあえず俺、今引っ越して北から5階におると。
4階空いてると、家主にちょっと交渉するから、あくる日、交渉して家賃、みな、まけさすから、とりあえず来い言うて、行ったんですよ。
それで入っていって、5階と4階に住んだんですよ。
こっち新婚ですよ。
新婚でいつも毎日、あの人、5階なんですよ。
あれ、4階、寄らんでもええのに、毎日、ただいま!帰ったぞ、おい!もう、これはいかんなと。
いつかこれだと出なあかんと思いながら2年弱ですよ。
ほんで、毎日来るんですよ。
毎日それでとりあえず呼び出されるんですよ。
ほんで、毎日、お水のお姉ちゃん来るんですよ。
それで飲んでるわけですよ。
飲んでるけど、とりあえず飲まないときは、猫みたいにもうおとなしい人なのに、飲んだらトラになるんですよ、ほえるんですよ。
やしきたかじんが野生のたかじんになるんですよ。
これがもう嫌で、毎日。
そんなん、まだええよ。
何?
私ら、一番初め、やしきたかじんさんが大阪で拠点を持つというときに、阪神ちゃん、ふーん言うて。
マンション探してーって言うから、ほんで、私もそうや、上と下や、4階と5階や。
一緒や、一緒や。
あの人、4と5好きやねん。
私、4階や、あんた5階やろ?
あの人が5階。
5階や。
5階空いてるやなか。
空いてますけど?そこでやーやー言うて、ヤンタン始まるときに、だから僕は全部布団から何から、全部用意して、ほんで先に家賃も全部はろうて、3か月分、はろうてね、それで部屋ね、お水の姉ちゃんが来ます。
ほんで、もしもし、えらいこっちゃ言うて、今、お姉ちゃん来てんねんけど、もう1人くんねん、どないしよう。
知らんがな。
ほんならダブルブッキングや。
同じマンションですわ、たかじんさんとそのころはピンポンなるやつが電池ですねん。
電池抜きなはれと、とりあえず。
電池、本なら押したかてなりまへんやろ、それで私が夜中に紙にやしきです。
お通夜で京都へ帰りますと、マンションの扉に貼ります。
ええ考えやな、朝、姉ちゃん帰るとき、これ見たらと、また夜中っていうか、朝の5時に起きて、それ、外し来ますねん。
ほんまにやったんですか?
やってましたよ、上と下で。
だからこの人、だいぶ世話かけてはるんですよ、いろんな人にね。
世話好きは世話好きなんですよ。
ほんで、そのたかじんさんなんですけれども。
当時の記事がございまして、ラジオ界では全国的な人気があったということですが。
ということで、東京進出時代のたかじんさんの自宅写真もついて、貴重な記事なんですよね。
いろんなことが分かりますね。
下北沢に住んでたときなんですが、まずはこの丁寧なシャツの畳み方。
これ。
几帳面。
几帳面。
こんな、この辺とかもきれいにしてますよ。
ごみ1つ落ちてないです。
マンションでも、たばこ吸いながらごみ拾うてるもんな、こうやって。
ほとんどね、テーブル拭いてる。
テーブル拭いてる。
きれい好きなん。
バイトの癖ちゃうか。
絶対あかんわ。
僕、家呼ばれたときに、お前、飲んどけって言われて、お好み焼き作って待ってたんですよ。
お前、飲んどけ言うて、缶ビールもらって、それでちょっと飲んでたんですよ、こうやって飲んでて、テレビ見てたら、5分置きぐらいにこうやって来るんですよ、こうやって。
で、ビール持って、またこうやって帰るんですよ。
何回もこうやって繰り返すの。
あの、たかじんさん、なんなんですか。
俺、空いてる缶缶がテーブルにあるの嫌いやねん。
空いた瞬間に持っていくわけ、所定のごみ袋に持っていって捨てな気ぃすまへん。
バイトの癖や。
昔の。
この下の記事がね、ちょっと笑うんですけど。
なんて?
デビューしても歌は一向に売れなかったが、ラジオの仕事が増えた。
ことしの3月までラジオの生番組は4本。
川内、東京、名古屋、大阪を毎週、駆けずり回る生活だった。
ね、週2000キロ以上の旅をしてた。
顔はいかついが、心は温かい。
本当でしょうか?
誰が言うてんねん?
記者の人が言ってるんですよ。
関西人特有の柔らかな人当たりで、人のよさ丸出しって感じ。
いやいやいや。
そうでしょうか?本当に。
いかつかった。
サブローさん、そうでしょうか?
いや、ただ、弱いとこありはる人やから、その弱いところが柔らかく感じたかもわからへんよね。
それか、このときは猫かぶってたかですよ。
まあね。
仕事欲しさに。
まだね。
まだ。
仕事欲しさに。
当時32歳。
さあ、ということで、続いては、たかじんさんの売れないころっていうのは、ある意味、ロケ、ロケ芸人のようなこともたくさんされておりまして、その下積み時代のVTRございますんで、ご覧いただきましょう。
今のイメージからは想像もできない、ロケリポーター時代のやしきたかじん。
十八番、津軽海峡冬景色。
わたすもひとりー、連絡線にのーりー。
なんや?社長、約束違う。
ここ入れるのちゃうの?…のほうで。
もう一回?アハハハ!本当に香港っていい所ですね。
なんか形が残ってる。
ちょっと…みたいになっちゃって。
生きてるわ、生きてるわ、まだ。
われにカエルよ、これ。
われにカエル?おもしれえシャレですね。
なかなかいいですけど。
あった、あった。
これかな?
これこれ。
これ、なんか。
昔はね。
えっ?
昔はええ塩梅になっとったんですけどね。
あっ、ここに人間が入れるようになっとった?
なんか露天風呂のような。
なんだせっかく露天風呂あるいうから来たいうのに。
あっ!おじいちゃん、これ深さ3メートルぐらいあるで。
ロープ…。
ロープ?温泉入るのに俺、ロープつけられて、川口浩の探検隊ちやうから。
いい湯だな。
まあ、でも、乙なもんですわ。
ほとんどね、水に近い!また、かぜひくわ。
いわや温泉、ケツが見えましたけど。
打撲いたしましてね。
ここから先は安全地帯。
はい、ということでございまして、今、愛知県豊橋市におります。
以上、ロケリポーター、やしきたかじんの秘蔵VTR集でした。
中山さん。
ロケリポーターとしてはいかがでしょうか?
いやぁ、あんなずうずうしいレポーターいないですよ。
しかしでも体張ってるというか、そのまんまを見せてたんですね、だから。
なんかきれいごとはなしですよね。
あれですよね、こういうのもやってらっしゃったんですね、改めて見るとね。
あれ、あれだけを見たら、この人に未来とか将来、出世しそうな気配はないですよね。
ないない。
でも私は、ほかの番組でね、局で、温泉のをやってて、冠番組ですけど、たかじんが出たときに、ものすごいおもしろくて、なんてこのべしゃり、おもしろいんだろうって思って。
でもどうなんですかね、歌手、本来歌手であって、こういうロケもたくさんやってらっしゃったっていうのは、これはたかじんさんにとっては、ある程度、自分ではステップアップする一つの手段だったのか。
あの視聴率男といわれた、たかじんさん、計算、人生の計算の中に入ってたのか、どういう思いであれをやってらっしゃったのかと。
生きるためなのかね。
そうそうそう。
でもやっぱりあのシーンを見てると、僕はすごく前向きだなと思うんですよ。
安全地帯1つあっても、あれたぶん、始まる前に考えたはずなんですよね。
そういうことですよね。
ここから先は安全地帯っていう歌を、一応考えて臨んでるわけですよね。
ということはこのコーナーを絶対におもしろくしようという。
マジで一生懸命、はい上がろうなり、生きようなりしていた時代なんじゃないかな。
前向きですよね。
実はそのたかじんさんの一生懸命さというのがございまして。
まさにこちら、手元にあるんですが、この40年間一度もテレビに出たことのないものなんです。
これなんですが、やしきたかじん愛しのガールタカジン2と書かれています。
セカンドアルバムの売り込むための冊子、プロフィール冊子っていうのを当時作ってらっしゃったんですよね。
作ったんですか?
これ恐らく、本邦初公開だと思うんですけど、当時のキングレコードさんとたかじんさんが、共同で自分を売り込むために作ったという。
そこへ持っていくわけ?
そうです。
まず最初、見ましょうか。
1ページ目、これです。
うわー。
ジョン・レノンや。
そうですね。
ジョン・レノンや。
かなり気持ちはありますよね。
気持ちはありますね。
あとね、すごいのはね、上にね、プロフィールが書いてあるんですけど、びっくりしたのは、自分のその当時の住所を載せている。
えっ?個人情報?
個人情報なんですよ。
昔はね、そうだったんですよ。
電話番号も書いてた。
すごかった。
週刊誌がね、普通に書いてあって。
ファンレターがさ、もう、マンション管理人が入らないっていうぐらい。
一番大事なセカンドアルバムの愛しのガールって、ここから説明に入るんですけど。
これ、ちょっと巨人師匠、読んでもらっていいですか?一番大事ですよ、ここ、ここ。
やしきたかじんの…。
やしきたかじんって書いてないんですよ。
やしきたかんじ…。
やしきたかんじって。
間違えてる。
やしきたかんじ。
一番大事なところ、やしきたかんじになってる。
私と同じ。
私と変わらない。
たかじん。
ホンマや。
読んでしまうけど。
作る人も売る気がないですよね。
これ、これはだめでしょ。
名前は間違えてるんですが、こんな情報までいるのかなという情報まで載っていまして。
宮根さん、右下に書いてあるところが。
よくたかじんの好みのタイプの女性。
これがいるのか、これちょっと大きくしました。
30年前のプロフィール写真に載っていたたかじん好みの女性像。
これ、たかじんさんが自分でプロフィールに書いていらっしゃいます。
ヤセ型できゃしゃな体つきであること。
目がパッチリと大きいこと。
背があまり低くないこと。
でかい女、好きだった。
もち肌といわれる白い肌の女性はだめ。
一般的な価値観がどこか常識的でない女性がよい。
ワンピースの似合う女性であること。
あと、一押しすれば感情が爆発するといった、キレそうな精神状態の女性が好ましいと。
これどうなんですか?
これ、プロモーションになりますかね。
大体、これでレコード売れると思わないんですけど。
さあ、青田さん。
まあ、たかじんさんよくご存じだと思いますが、好み、この当時と最近と変わってる、変わってない、どう思います?
いや、あまり変わってないんじゃないですかね。
だからあれですね、でも、そのもち肌の、白い肌の女性はだめなんですか?
だめみたいですね。
普通、逆ですよね。
ちょっと偏屈なところも見え隠れして、また。
もち肌と白い肌、大好きだよ。
ですよね?
私たちの記憶だと、もち肌か、白い肌じゃないとだめっていうイメージなんですけど。
この当時はね。
この当時は。
そこはちょっと変わったという。
昔からこのタイプの人、好きでしたよね。
堀ちえみさん、どうですか?
私はたかじんさんの好きな女性像って聞いたことがなくて、一緒に飲みに連れていってもらっても、女性をくどいてるっていう現場を見たことがない。
私もそうなの。
ないですよね。
いっぱい集まってくるんだけど、どれが本命かっていうのは、全然分からなかった。
そう。
1対1に極端に弱い。
弱いです。
弱い人です。
本当に弱いです。
スナックをやってるお姉ちゃんがいて、奥さんやったんかな?そこの店、よう行った。
それでその子のマンションも一緒に行ったことあるし。
こういうタイプでしたね。
そうですね。
あと、遙さん、ワンピースの似合う女性、これ。
私はこれはご本人の肉声で聞いたことがあります。
まだ大学のホール、大学校のホールでコンサートとかされてる時代に、私、楽屋待ちをしたことがあるんです。
まだ私も学生時代だったんですけど、そうしたら楽屋から出てこられたたかじんさんに、どんなタイプの女性が好きですか?って、きゃぴってしたミニスカートで質問したときに、俺はなぁ、俺はワンピースの似合う女が好きやねんっていって、おっしゃったんですよ。
それで、私あかんわと思って、一緒に駅まで引っ付いて帰ったの覚えてます。
たかじんさん、八木さんのこと大好きでしたよね。
そうそう、大好き。
ええ、うち、お父さんみたいな感じで。
バージンロードも一緒に歩いていただきましたが。
たかじんと1対1はめちゃくちゃ弱いでしょ。
弱い、弱いな。
先ほどから男性陣がおっしゃってる、暴れた様子っていうのは、たぶん女性は見たことないんだと思います。
見たことないです。
常に優しいイメージ。
女性の前ではそうしはる、まあ北新地でどなたかといい雰囲気になって、どっかね、阪急のインターナショナルのホテルなんか行ったことあるんですって、僕、本人に聞いたんですけど。
だから1対1じゃないですか。
その子もたかじんさんやなって来てるじゃないですか。
2人で座って、ベッドで、ずーっとこうやって座って、無言で、太陽がずっと昇ってきてもなんにもせんと。
だめなんです。
2人きりはだめなの?
だめなの。
ということは複数プレイは好きだった?
いやいやいやいや。
いやいや。
そういうことじゃない?
そういうことじゃない。
リリアンさんが、なんか通い妻だったんじゃないかと。
そうです、私がね、だから、一緒に住んでたときあるんですよ。
マンション、隣どうしで。
隣どうし。
毎日放送の向かいのマンション。
何階ですか?
9階です。
隣どうしで住んでて、だから一緒に暮らしてるように思われて、阪神ちゃんのマンションから私のとこ、電話かかってきて。
ちょっと、マンション相手のなんて言うたら、毎日ね、五寸くぎで、ドアにお前、地獄へ落ちてって、知らんがな。
これ、ホンマの話。
だから恨みを買うてる。
そやから鉢合わせになるでしょ、僕、あれ、どんだけ、殺したる、死ね、そんだけ…で消しにいったことか。
ホンマに、ホンマに書かれてましたよね。
地獄へ落ちろって。
だからもう、家のマンションの前にたかじんさん、自分のポスター貼ってあるんですよ。
ほんで、なんでですかって言ったら、いや、見たら死ねとか掘られてんねんって。
だからそれがあるから、マンションを転々としてた。
そうそう。
逃げなしゃあない。
保証人で、なんにも持たんで来たから、洗濯してるって、毎日洗濯。
毎日洗濯せなあかん。
あの人、洗濯、私がして。
でもね、パンツをね、アイロン当ててる。
1000枚アイロン当てる。
それはあたしできへんかった。
せんでええねや。
せんでええねん。
できへんかったって。
せんでええねん。
あれはちょっと。
肉じゃがとかね、ごはんを届けてたんです。
大体、ごはんを食べへん、おかずばっかり、肉じゃが好きやねん。
肉じゃが作って。
あの、各局でたかじんさん、追悼番組やってますけど、にぎやかににぎやかにって言いながら、どっかしんみりしたとこあったりとか、やっぱりたかじんさん、こういうええところあったなっていう番組がほとんどだったんですけど、これ、行き過ぎちゃいます?こんなにボロカス言うて、亡くなった人を。
でもね。
女性といいますと、実はたかじんさんと深いつながりのある女性からメッセージが届いておりますんで、ご覧ください。
やしきたかじんと深いつながりがある女性とは。
ハワイでの結婚式で、たかじんと一緒にバージンロードを歩いたハイヒールモモコ。
当時のことをこう振り返る。
父がいなかったんで、兄貴と一緒に歩こうかなと思ってたんですけど、兄貴がアホみたいなTシャツ着てたんですよ。
そうなんですよ。
だから兄さんが唯一スーツ着てらしたんでじゃあ、俺がやったるわって言ってくれはって。
お兄さんが一緒にお父さん役で。
本当に新人のときからすごいかわいがってもらって、独身、そして結婚したてのころは、もう、1週間に5回ぐらい遊んでるんちゃうかって感じで。
お兄さんのマンションで、朝までまた飲むっていう感じで、肌がぼろぼろになるから、もうある日、化粧水と化粧品とかを置いて帰ったんですよ。
こんだけしょっちゅう、ここで寝んのやったら、もう置いとくわって言うたら、置いてたんですけど、そのとき、お兄さん、酔うてたみたいであとでなんかその当時の彼女が来て、なんなん?この化粧品って、けんかになったやないけって言うてはったな。
その置いてる化粧品ボトルにモモコって書いて帰ったんですけど。
すごい旦那のこともかわいがってくれて、お前はな、素人の女と結婚したんちゃうぞ。
お前はハイヒールモモコと結婚してんから、モモコを自由にさしたれよって言ってて、で、これ、ティファニーのこの男もんの時計なんですけど、裏にやしきたかじんって彫ってる時計を兄さんが時計してはったのを外して、うちの旦那にあげて、ちゃんとモモコかわいがれよって言ってくれたんですよ。
私今回、お兄さんの時計、貸してくれる?って言ったたら、うちの旦那がえっ、どれ?言ったんですよ。
えっ、どういうこと?言うたら、いや、俺3つもらってんねんって初めて知って。
えっ?3つ?いつのまにって思ったんですけど、私、持てへんわって言ったんですけど。
私たちが漫才すすめて、復帰の漫才を書いてくれるって言ってたんですよ。
その約束を果たしてないんで、私とリンゴが書いてるときにちゃんと降りてきてくれて、すらすらすらっとこう、お兄さんのスピリッツが入ったネタを書かせてほしいなって思います。
私もずっとずっと本当に忘れないから、お兄さんもいっぱい覚えとかなあかん人が多いと思うけど、覚えててください。
えっ、八木さんも結婚式のときに?
はい、うちも父がいなかったので、バージンロード歩く人がいなかったんで、そしたら、たかじんさんが俺があるいたるって言ってくださって。
ただ、門が開く前はやっぱり本当のお父さんみたいに緊張されて、もうずっとあかんあかん言うて、ワインがぶ飲みされてたんですよ。
うちとこもそうです。
ハワイで、結婚式、全部俺がプロデュースすると。
結婚式?
ほんで同じ。
2回目の?
ほんで、同じようにバージンロード歩いて、それで公開でサインしますやんか。
だから旦那が2人いてるんです。
新婦さんがおー、なぜ?って。
なんでもええ。
たかじん、歩き好きやな。
そう。
…。
なんでもええて、俺もかく言うて名前を書いて、俺も旦那やからないうて、
僕、よう、たかじんさんからお前、飲みに来いってよう電話かかってきて、クラブも連れて行ってもらいましたけど。
ある時期、ほぼ阪神さんの奥様、いらっしゃいましたもんね。
そうでしょ?4時ぐらいにおい!よしみ電話かかってきて、どないしました?このタクシーの運転手、俺の家知らんねんって。
ようもめてた。
もめてた、もめてた。
まっとき、今から車で行くから、車で行って、それでこっちの車に乗っていうたら、アホ、最後までこのタクシー乗って帰るんじゃ、ボケ!言うて、ほんで、家の前まで送っていって、ほんで、ある日からずっと住所書いて、ぶら提げて。
それやったんや。
おじいちゃん。
僕はね、たかじんのこのじょうしきのよさっちゅうのがあったんやけど、それでむかついたことがあるねん。
ざこびっち、ゴルフ行こうや。
あしたでええの?言うたらうん、あした、ほんなら、取るわ言うて、…を取ったんや。
ほんで、僕はぶーっと言ったんや。
もうたかじん、前の晩からのんどるわな。
朝まで飲んでたんやろうな。
もう、行かれへんわけや、もうゴルフ来るときには。
電話一本でええねん、飲み過ぎで行かれへん、それでええやん、な?謝りに来てるわけや。
ゴルフ場まで。
それもホステス5人連れて。
えっ?ほんで。
名門で?
名門で。
うそやん。
ぐんとパーンと開いた瞬間に、その5人が入ってきたんや。
フロントびっくりしてるがな、こんな女の子が。
で、俺バーッといったら、たかじんが、こっちにいてるわけや。
えらいすみまへん、もう、きょうは回れまへんねんって。
そんな電話でかまへんのに。
いやもう、朝までつきあいして来たんや!迷惑やなぁ、これはと思いながら、フロントで名前書いて。
みんな、朝はよからちゃんと来てはるがな。
それでほんなら、おおきに、おおきに、もう帰ったらええでいったら、一発だけ打たしてくれ言うて。
それでボール置いて、力抜けとるわ、パーン、打ったら、シューッと。
たかじんさん?
たかじんが。
それで俺もそれとフロントのことで、イライラッときとるから、ピンが刺されへん。
手、震えて。
バカたれが!ほんまに。
かーって、やっと刺して、ほんで、ボール載せようと思ったら、ボールも乗れへんがな。
手震えて、いらいら、いらいらして。
ほんで、こうしようと思っても、それでバーン打ったら、ちょちょちょちょ…。
たかじん、ハハハー、
数々の名曲を世に残した歌手、やしきたかじん。
その裏には、挫折と魂の叫びがあった。
さあ、たかじんを全部しゃべり倒したらぁースペシャル、続いては歌手、やしきたかじんさんに迫りたいと思います。
さあ、ゲストの方は。
まずは歌手の尾崎亜美さん。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
続いては、東京をはじめ、たかじんさんの数々の曲の作詞を手がけられました及川眠子さん。
よろしくお願いします。
そして浪速のモーツァルト、キダ・タローさんです。
よろしくお願いします。
こちらにたかじんさんの70年代から90年代のレコード、CDのジャケットをご用意させていただきましたけれども、今、オール阪神・巨人の師匠がおっしゃったのは、京都会館で歌ったのはこのゆめいらんかねですよね。
これですよね。
研さんは、たかじんさんの歌声って、一番最初聴かれたのはいつ?
えっと、ライブを見に行ったときですね。
あっ、ライブを?
はい、仕事一緒にするようになって、東京でコンサートをやられたときに、初めて行きました。
そんとき、歌聴いたとき、どういう?
いや、もうなんかね、聴いたことないような声なんですよ。
しゃべっている声と全然違うし、なんだろう、優しさ?自分が女になっちゃったみたいな、女心を本当にもう切なく歌い上げる。
もう、体をちっちゃくしちゃうんですよ。
こんななって歌って、あと、しゃべればサルのようにあっち行ったり、こっち行ったり、動物園のね、おりの前わーって。
ずっと動いてはりますよ。
そうです、このギャップ。
わー、すごいなと思いましたね。
中でもお好きな歌って?
私は東京が大好き。
東京ね。
なんであんな暴れん坊がこんな声で歌えるのか。
あのね、本当はこういう人なんですよ。
本当はこういう人なんですよ。
さあ、そしてきょうは、まず、尾崎亜美さんは、どういうご関係で?
そうなんですよね。
こんなやつと。
言うても故人ですから、こういう荒れた場にね。
荒れ場に。
ここにいて大丈夫かなみたいな感じでいたんですけど。
尾崎亜美さんとたかじんさんの関係って意外と皆さん、ご存じないと思います。
僕らも知らないと。
だと思います。
私が高校生のときに、音楽仲間が結構共通した人がいたんですね。
それでコンサートでバックやってくれない?って言われて、たった1日だけだったんですけど、バックバンドというか、そういうのをさせていただきました。
えっ?じゃあ、どの時代になんですか?
ゆめいらんかねよりも前ですかね。
前?
えっ、たかじんさんのバックで?
やりました。
だからまずデビュー前ですね。
尾崎さんはそのときコーラスとか楽器って?
ピアノを弾きました。
ピアノ?
はい、でも、すごく曲数、たくさん必要なんだろうなと思ったんですけど、ワンマンだから。
お話がすごく長いので。
それは変わってないんや。
そう、だから曲数はすごく少なかったので、負担はそんなになかったんですけど。
でも、どっちかっていうと、そういうなんかリハーサルでもね、切れたりとか、うるさい注文出したりとか、そんなんなかったですか?
わりと低姿勢でした。
高校生の私にも、教えてくれとか、どこの音を取ったらいいかなとか、例えば。
で、まあ、高校生なんですけど、飲みに行く席によく連れていってくださって、で、これ、法律的に大丈夫ですよね?
行くのは。
その席に行きました。
それで酔っ払いの介抱のしかたとかを教えていただいて。
高校生に?
そうなんですよ、それで。
それは、その当時のたかじんさんが、尾崎亜美さんをタイプやったんか、もしくは、あの人はプロデューサー能力ありますから、この子は行くと。
世に出ると。
それだと、うれしいんですけどね。
結局、たかじんさんを介抱したことが何回もあるんですけど、それはすごい役に立ったんですけど、わりと初めのデモテープは素朴で、たかじんさんが全部大体、全部だったかな、ほとんどだったかな、ご自分で作ってらした曲だったんですね。
それを聴かせてもらう機会もたくさんあって、もう普通、音楽ってわりと私たち、テンポがこうあって、で、音符ってそのテンポに沿って並んでたりすることが多いんですけど、ものすごい自由なんですね。
それはどうなんですか?うまいんですか?どうなんですか?僕ら、分からないんですけど。
すごい衝撃的でした。
衝撃的?音符無視してるってことですか?
あのね、リズムがカーンカンカンカンカンとか、好き勝手に歌われたりするんです。
カンカンカンカンじゃなくて。
いかがなものですか?
譜面どおりにいかない歌い方ですよね。
食って入ったり。
間を取ったり、遅れたり。
そういうのはあります。

でももう、本当にそういうふうに出来上がってる曲みたいだったので、すごくその曲はふみきりっていう歌だったと思うんですけど。
ふみきり?
ちょっとふみきりっていう歌、ちょっと用意させていただきました。
これも今偶然、出たんですけど、スタッフもこれを探し出して、衝撃を受けたと。
まず詞から流していただきますが、ふみきり、いきますよ。
雨の日のふみきりで、ポツンとあなたは言った。
だからもうだからもう、お別れしましょうね。
踏切の前で別れ話切り出してるんです。
あまりの突然に僕は度肝を抜かれた。
何も言えず、何も言えず、ポカンとしていた。
電車が走る、ダディダディダディ。
郷ひろみ。
赤いランプがカンカンカン。
それだ、きっと。
僕に何が起こったんだ?こっから振られたあと、どうなったかというと、雨の日の踏切であなたはかさも捨てて、泣きながら泣きながら踏切を越えていった。
すぐに後を追いかけて僕は飛び出して行った。
そのときにそのときに電車がやって来た。
僕の手足はバラバラバラバラ、赤い血潮がドクドクドクドク。
僕に何が起こったんだ?死んでるわ!
すごい。
ホラー作品ですよ。
彼女に振られて走っていったら電車がドーン来たっていう。
これ、これも?
これもたぶんやらせていただきました。
天下の尾崎亜美さん、
たぶんさせていただきました。
これ、聴いてみます?
聴きたいです。
ちょっと聞いてみたいと思います。
やしきたかじんさんで、ふみきり。
すげぇ。
私が演奏したときよりもリズムに沿ってました。
もっともっとすごい世界だったので。
ちなみに、バラバラバラのあたりって、どんな感じか聴いてもいいですか?
これも聴けるの?
大丈夫なんですね。
怖い。
こっちが聞きたいよ。
これ、ちゃんとリズム刻んで。
ちゃんと正しくなってます。
だからデモテープの段階は、本当にすごかったんです。
でも、なんとなく今聴くと、あのたかじんさんの歌声で聴くと、なんとなく世界観はありますよね。
なんかミュージカルのワンシーンみたいですよね。
ホンマや。
さあそして、もう一方、きょうゲストがいらっしゃっていますが、及川眠子さんは作詞家でいらっしゃいましてやしきたかじんさんの東京の作詞を手がけられました。
たかじんさんの代表曲の一つなんですが、及川さんは、及川さんって、ウインクとか。
やってらっしゃいますよね。
そうです、そうです。
それがたかじんさんの曲を書くっていうのは、なんで、こういうことになったんですか?
えっとですね、ずっと仲よかった、もともとは作曲家なんですが、実はその作曲家、中山君の曲を書いたんです。
えっ?
たなかさんと。
たなかさん。
中山君の曲を書いて、私、中山君のほぼデビュー作をやってるんです。
そうなんです。
そのときに一緒にアルバムで、その作曲家知って、すごくいい曲書く人で、彼がディレクターになったんです、ポリスターレコードの。
それで、中山君のディレクターだったのね。
そうです、僕のディレクターでもあって、実は僕の同期のいとう君っていうもう1人ディレクターがいるんですけど。
それが僕と同期でもともとタレントやってたんです。
会社を、渡辺プロを辞めて、ポリスターに就職して、それでたかじんさんの担当ディレクターだったんです。
そうなんですよ。
中山君の仕事、ディレクターとして一緒に行って、そのときに彼も関西の人で、眠子ちゃん、今度、たかじんっていうのやるんやけど、知ってるか?みたいな。
ああ、やしきたかじん?書いてほしいんやけどっていう、そういういきさつです。
そうなんです。
そこで中山さん、つながってて、味の素につながっていくわけですね。
こっから。
そうですね。
これはですね、味の素は多少前後するんですけど、僕もともと、歌をやってて、眠子さんになつだっていう歌を書いてもらって、その担当ディレクターもそのたなかさんと、いとうさんっていう人。
で、たかじんさんとチームが同じだったんですね。
で、ものすごく親しくしてて。
そうなんです。
だから、それで及川眠子さんっていうすばらしい方を今度、その東京というのを書かれるんだということで、僕、最初のデモテープで、もう、カラオケもそれもらって、家で歌ったの、今でも覚えてます。
そうなんだ。
デモテープのときに。
デモテープのときに。
で、その東京が実はそのあとで聞いたんですけど、その担当ディレクターに聞くと、この東京はレコーディングを大阪でたかじんさんはいつも撮る人なんで、普通、レコーディングは何回も何回も歌うじゃないですか、それでいろいろ音をつなぐじゃないですか、この東京はきょうは一回しか歌わないぞって言ってきて、本当に1回しか歌わずにじゃあ、新地に行ってくるわっていって帰っていったらしいです。
そのとき及川さんはレコーディングの?
私、レコーディング1回も行ったことないです。
私が行くって言うと、レコーディング飛ばしましたから。
それは…なんですか?
嫌なんです。
あっ、その作詞の人とか。
歌いにくい。
93年ですね。
とにかくこれを1回しか歌っていないのを録音してそのまま発売したそうです。
これ、本来、誠さん、こういう使い方をするんですよね、指し棒って。
そうそうそう。
たたくもんじゃない。
そうそうそう、そういうやり方。
そんなんしてたら壊れへん。
絶対壊れませんよね。
一生もんや。
おいかわさんはあえてたかじんさん、あれだけ、大阪の色というか、関西の色の強いたかじんさんに、東京という歌を歌わせようと思ったのは、どういう?
えっとですね、やしきたかじんというのがやっぱり、関西中心っていうのがあって、やっぱ好きやねんとか、なめとんかとかもそうなんですけど、わりとコテコテの関西っていうイメージがあったんですね、で、実は私も関西出身なんですよ。
和歌山なんですけど、関西出身の人間にとったら、気恥ずかしいんです。
コテコテの大阪好きやねんみたいな曲は。
で、やっぱり自分がやるからには、全国区にしたいっていう気持ちがすごくあって、でもやしきたかじんっていう、その大阪のイメージを崩したくないなっていうのが、どうしよう、どうしようっていうのがあったときに、コンサート見に来てくれって言われて、そのコンサート見に行って、一番最後のMCのときに、ちょうど味の素事件があった、番組が決まったときで、東京の。
つながっていきますね。
その番組決まって、もう1回、俺は東京で勝負をしたいと、東京でやるんやということを話されたんで、で、そこであっと思って、そのまま楽屋に行って、これ、ディレクターになんですが、東京というタイトルで大阪弁の歌を作りたいと。
誰もやってないから、やりたい。
そっからです。
そこにはやっぱり、たかじんさんの一つ、思いがあったっていうことですね。
そうですね、彼が言ったことがヒントになってるんで。
だから僕らからすると、東京なんか行くかっていうたかじんさんのイメージがどうしてもあるんですけど、やっぱり1回東京にガツンとなんか言わしてやるということがあったんですかね。
そうですね。
それで、その東京っていうタイトルの歌で、東京なんて嫌いや、もう汚いわみたいな、そういう歌を作ったら、やっぱりやしきたかじんは関西の人っていうか、関西ローカル、終わるなと思ったから、東京は悪いとこちゃうかったんやということをやっぱり言わせたかったんですよ。
ただあれ、誠さん、東京の人って、この東京をよく歌いますよね。
東京の人が。
一番たぶん歌われてるのは、たぶん東京の人が東京を一番歌いはると思いますね。
すごいおしゃれなんですよ。
とってもおしゃれな歌なんです。
やしきたかじんさんは東京嫌いなんですけど、東京の人はやしきたかじんさん、好きなんですかね?
好きです、大好きです。
東京、僕、たかじんさんよりもしかしたら、歌っているかもしれないですね。
東京で。
やめてほしいんだけど。
すみません、恐らくカラオケでもうかなり歌ってますね。
さあ、ということで、歌手、やしきたかじん誕生秘話なんですが、実はこのたかじんさん、誰よりも知ってらっしゃるというか、発掘をしたという方から、お話を聞くことができました。
歌手、やしきたかじん誕生秘話、そして貴重なVTRとともに、ご覧いただきます。
一途に歌を愛し続けた男、やしきたかじん。
彼を26年前に発掘し、共に数々のレコードを世に送り出してきたのが、竹中さん。
今でもですね、俺は歌手なんだってよく言うでしょ。
あれはなんか笑いを取るために言ってるようですが、僕は絶対、あれ、本心から、あいつ、お前ら分からんか、俺は歌手なんだと。
決して笑いを取ることばじゃないと、僕はいつも思ってますよね。
歌手、やしきたかじん。
彼がどうやって歌手になるという夢を、現実にしていったのか。
父親からは勘当同然で京都に移り住んだたかじん。
祇園という夜の世界で流しをして生計を立てていた。
このころ、キングレコードの宣伝マンだった竹中さんと出会うことになる。
けねすとうきょうさん、当時はきんきん放送のプロデューサーから、祇園にすごい歌のうまいやつがおるぞと言われて、2、3回言われたもんで、気になって、祇園のお店にいきなり聴きに行ったっていうか、見にいったというか、そこで懸命に歌っておるわけですね、やっぱり歌、めちゃくちゃうまかったし、その当時の歌っていうのが、自分の人生を歌った歌とか、あるいはマイ・ウェイとか外国の曲も歌ってましたけども。
そんなたかじんのエピソードが。
卵攻撃というのがあって、生卵を持ってて、お客さんに投げつけるというね。
一体どういうことなのか?そのときのことをたかじん本人が胸いっぱいでしゃべっている。
祇園でずっと弾き語りしながら、客はきけへんがな。
ようとるし、ほんなもん、クラブおっとったら、女の子目的で来てるから、俺の歌なんてどうでもええやんか。
な?バーうとうとって、全然聴けへん、全然聴けへんねん、お前ら、どんな気持ちになるか分かるか?
それはつらいですよ。
聴いてもらへんで。
俺もう、こう持って歩きながらな。
ここのへんべちゃべちゃしてますよね。
そう、サンタールチーア!
うっとうしいわ!
びっくりするわ!
そんな客にじゃかましいわ!
それは。
そりゃびっくりするわ。
じゃかましいわ言う、お客さん、今、じゃかましいわって言いました?じゃかましいわって言いました?言うたわ、ボケ!ぼ蹴って言いました?蹴って言いました?って言うて、4つ生卵を。
やだ!本当?
お客さんちょっと、下向きながら、頭でパーン割ったった。
生卵バーって。
何すんねん、こらー!もう、生卵で、すみません、ちょっとカーッとなりまして、あらわさせてもらいますって、トイレ連れていって、チェリーナで頭洗ったった。
チェリーナ?でもね、僕はそのとき、やしきの悔しさっていうかね、なんで俺が歌を分かってくれへんのかなと。
その分かってほしいがために、なお懸命に歌ってたと思うんです。
繰り返し、繰り返して。
そのなんか、純粋さっていうか、ひたむき、ストレートしか投げないみたいなね、なんか説得力があるっていうか、伝わってくるんですね、やしきの心情が。
で、レコード出しませんかっていう話をしたら、大きいレコードやったら出すと。
大きい、LPですね。
LPをいきなり出してくれるんやったら、出すって言われて。
やしきたかじん27歳。
メジャーデビューとなった。
LPのタイトルもそのまま、タカジン。
この中からゆめいらんかねがシングルカットされ同時発売。
デビュー曲となった。
この曲を怪傑えみちゃんねるでたかじん本人が歌っている。
彼の魂の叫びをお聴きください。
皆さんは、東京をカラオケで歌ったり、リクエストしたりされている。
僕はずっと歩いてても、車乗ってても、ぐるぐるぐるぐる回るんです。
やっぱり生き様を叫んでるみたいな、聴いてくれっていう歌ですね。
やっぱりたかじんって、夢ある、これ、夢持ってて、夢売り男ですね。
しかし。
ゆめいらんかねでデビューは飾ったものの、いくらレコードを出しても全く売れなかった。
世間が俺を求めていない、そんなことを考えていたのか、ある日、たかじんはとんでもないことを言い出した。
祇園にね、店を見つけてね、飲み屋のおやじになるって言い出したんですよ。
えっ?ってなって、周りも一生懸命やってくれてるっていうのもある、これ以上迷惑をかけられないっていうのが。
歌手になるんやと信じて疑わなかったたかじん。
初めての挫折だった。
しかし、やめるとは言ったものの、やり残したことが1つあった。
歌手やったら、いっぺんフェスティバルホールで歌いたいなってぽつっと言ったんですね。
大阪大衆音楽祭というのがありまして、テープ審査があって、そのテープ審査に通れば、10人が本選でフェスティバルホールで歌えるという。
悔いを残さないために応募した、そして、最終の10人にまで残り、フェスティバルホールの舞台に立つ。
一分でも長く、舞台に立ち続けたいと思い、ながばなしという10分近い曲を作り、歌った。
そして結果は、なんとグランプリ。
ちなみに、このときのチラシが残っていた。
たかじんは、怖すぎるやん。
歌手になるという夢に、幕を閉じようと考えた最後の舞台が、くしくも歌手としての再スタートの場となった。
歌手、やしきたかじんの歌、いや、魂の叫びは、今もわれわれの心に響いている。
雀々さんね、たかじんさん、生卵事件って、ようネタにして、しゃべってらっしゃいましたけど、竹中さんの話聞くと、やっぱりすっごく悔しかったんでしょうね。
ですね、すごい蜜になってましたんで、キャンペーンで竹中さんと一緒に放送局行くでしょ。
渡すわけでしょ、ほんで、いろんなところの局で分かって、ポイっと捨てる、もう、キャンペーンで来てんのに、その受け取って。
ディレクターが見んとね。
知らん顔して、ポンと放ったときに、それでまた、ぐわーっともう、切れますわね。
そのとき、竹中さんが間に入って、まあまあまあって止めてはったらしいです、その話をようしてはりましたよ。
そして、そのたかじんさんがもう歌手やめて、祇園で飲み屋のおやじになるわって言って、最後にフェスティバルホールの舞台で歌いたいなと。
そこでキダ先生が、審査委員長をやってらっしゃった。
それで歌ってらしたのがその長話という。
10分近い歌なんですが。
俺はこれであかんかったら歌手やめるって。
それを俺、知らんやん。
知らんと彼はただ応募してきた、普通の人やと思って、聴いたら、今みたいにびっくりして、で、グランプリにしたの。
それで、なんでや言うたら、皆、反対しよって。
アカン言うて。
俺はもう全員が賛成すると思ってたのに、反対言うのがようけ出てきて、審査員で。
なんでや言うたら、不愉快や言うて。
不愉快?
なんで不愉快?
サングラスかけて、うろうろ歩き回って、それ昔、俺の時代、不良や、サングラスイコール不良やったんや。
前例がなかったんですね。
それでものすごい反対やって、これ、多数決やったらやばいと思って、ほれで俺がスピーチやったんや。
審査員っちゅうのは、そういうサングラスかけるとか、歩き回るとか、そういうことで審査するものと違うって、歌唱力だけやって。
今、この人逃がしたら、もうないぞ言うて、ほんで、グランプリ、そのときだけ、ただ1回だけ、審査委員長の権限を振るうたんや。
ここだけや言うて。
キダ先生がそこで審査委員長の権限を振らなければ、歌手、やしきたかじんもなければ、今の関西の視聴率男と言われたやしきたかじんもなかった?
この番組もあらへんわ。
そりゃそうや。
もともとのルーツは、キダ先生がそこでグランプリにしたことで、こうやって僕らも番組させていただいてるってことですか?
ほとんど全部そうやぞ。
ほとんど全部?
先生はたかじんさんに曲を書かれたとかされたんですか?
言うてきいへんねん。
たかじんは、どんなふうに歌っているのか。
どんな姿なのか。
テレビ局にも残っていない貴重な映像です。
1978年大阪大衆音楽祭。
ラジオのディスクジョッキーとしても活躍中の、若者に人気のあるフォークシンガー。
ふだんはコメディアンのようにおもしろい人ですが、歌は真面目そのもの。
荒木十しょう作詞、やしきたかじん作曲、歌、やしきたかじん。
ながばなし。
いよいよ審査の結果が発表されます。
グランプリ、エントリナンバー7番。
ながばなしをお歌いになりましたやしきたかじんさん。
おめでとうございます。
関西の大衆音楽振興会杯がまず贈られることになっております。
さあ、お願いいたします。
うれしいやろうな。
ホンマかいな言うてますが。
どうもありがとうございます。
おめでとうございます。
うわ、すごい。
このときにキダ先生が審査委員長でグランプリ。
改めて今、ご覧になっていかがですか?先生。
ほんと懐かしい。
ごっつ懐かしい、ほんで、帽子、とんの遅すぎやろ。
その部分が芸人やとか。
このあと、上方お笑い大賞特別賞まで賞なかったんですよね。
そうですね。
お笑いやないねん。
ないんですけどね。
天童さん、当時28歳のたかじんさんの歌をお聴きになっていかがですか?
もうなんか切々と語るあの歌い方は、すごいと思いました。
改めてその竹中さんのお話を聞いて分かるんですけど、巨人師匠、ここでやめようと思ってる人なんですよね、これ、歌っている人がね。
やっぱりやめたらいかん人間って、その時代時代、そこでなんか救いの手というか、出るんです。
ちょっと僕らで悪いんですが、辞めようかいうことはあったんですが、もう絶対辞めよういうときに、漫才大賞もらったり、そんなら、もうちょっとしようかとか、そんなことがありましたね。
たかじんにはそういうきっかけが、何回もあったと思います。
でしょうね。
ざこば師匠、歌のときはものすごい緊張してね、もう体調も崩してね。
ホンマに1人になって、そういう現場見てないけど、えずいてるって聞いてますわ。
そんなんで歌えるんかいな思えるぐらい一人でくーっと苦しんで、舞台へだーんと、勢いで出て行くんやろうけど、もう、それは人、近寄れなんだって、マネージャーから聞いてますね。
だから歌い終わったあとの深いおじぎが、いわゆるあそこに出てるんでしょうね。
この1曲を歌えたということに対して、こう。
すごく深くて長いんですよね。
1曲終わって。
あの低姿勢のたかじんさんを見る機会ってないんですよ。
コンサートのあとのおじぎのしかたぐらいしか。
あのおじぎの長さと低姿勢見たときに、ああ、この方のアイデンティティーって、歌手なんだなって。
でもなんでこんなに深く長いんだろうの謎が、今の話で全部、解けました。
先ほど僕が1回、東京を1回しか歌ってないというふうに言われましたけども、それはかなりの完成度を家で作ってきてる。
いわゆる、俺は1回しか歌わねぇぞっていうのは、ポーズであって、ところが、来たときに、それが誰もがこれ以上の曲はないだろうと、これ以上の歌い方ないだろうと、相当仕上げてる、その部分を見せないそうなんですね。
ひばりさんと一緒よ。
ひばりさんもそうなんですね。
なんかたかじんさんのあのおじぎって、僕も1回考えたことあるんですけど、ものすごい、歌で自分である程度のレベルまでいかないと、絶対ライブをやらなければ、コンサートないしディナーショーもやらなくて、いける、これでお金が取れる歌が歌えるっていうところまで持っていかないといけないじゃないですか。
そこでやっぱり、ちゃんとお金を取れる歌を歌った、それを聴いてくれたお客様にありがとうございますっていう気持ちと、なんか、あのおじぎしたときに、1曲ちゃんと歌えたっていう自分の安心感みたいなところで、あれがずっとあの長いおじぎになってんのかなと。
ほんだけ長いおじぎして、なめとんかなんか歌って、顔上げたら、阪神のふみきり長いやねんって、あのトークの緩め方が、もうすごい。
だから、汚いですよね。
そうそう。
ほんま緊張の顔やね。
そら、絶対笑うもんって、ほんでそれでまた歌ったらめっちゃかっこいいじゃないですか。
鳥肌立つしね、こっちも。
それでうまってなって、またおもろい話して。
僕言いましたもん、汚いって。
やっぱり、私らは分からないんですけど、歌手の方にとってその流しからフェスティバルホールまではい上がるっていうのって、すごいことなんでしょ。
流しって、どれぐらいつらいことなんですか?
聞いてもくれへんしな。
天童さんも長い間、大阪で頑張ってらっしゃって、やっぱり天童さんは紅白のトリまで登りつめられたわけですけれども。
やっぱりどうですか?たかじんさんがキャバレーで歌ってて、聴いてくれない、生卵投げるっていう、その悔しさみたいなものは。
いやもう、ものすごいありますね。
やっぱみんな持ってるかなって、ナオコちゃんともデビューが同じなので。
そういう気持ちになるっていうこと、でも実際はできないんだけれど、たかじんさんはそれをやってるから、そこにものすごいものが感じられるんですけど。
でも俺は絶対にはい上がったんねんっていう、そういう根性、ど根性ですかね。
備わってるのかなと。
実はきょうは、天童さんにたかじんさんの曲を歌っていただこうと。
えー?
天童さん、どの歌で?きょうは。
やっぱりたかじんさんが、俺の歌、全部カバーしてくれやって、言われたことがあって、アルバムですか?って言ったら、それはぁ、俺がプロデュースしてやるって。
せやから俺の歌、全部カバーしたら?って。
どの歌好きや?って言われたときに、全部好きなんですよ。
きょうは天童よしみさんに歌っていただきます。
なめとんか。
この歌をたかじんさんにささげます。
続いてはたかじんさんがブレイクしてからの時代、こちらを追いかけていきたいと思いますが、こっからのゲストです。
ますだおかだの増田さん。
お願いします。
島崎和歌子さん。
よろしくお願いします。
そして、中井雅之さんにも入っていただきます。
よろしくお願いします。
さあ、たかじんさんの、ここから番組なんですが、全部が長寿番組、人気番組なんですが、やっぱりざこば師匠、晴れ時々たかじんですかね、たかじんさんがドーンと人気者になったのは。
あれ、新聞によう書かれてましたもんな、視聴率なんぼなんぼって。
昼の帯ね。
ABCね。
2時から。
このときにVTR、おもしろなかったら、止め!言うて。
僕は週1回出させてもらったんですけど。
生、止めんの?
止めます。
おもろんない、こんなん止め!言うて、そこからホワイトボードに書くっていうのが、やがて始まっていくんです。
なるほど、なるほど。
自分で書いて。
そうそうそう。
相関図を作ってはった。
それで、そっからワイン飲みながら、スタッフに説教すると。
この中からたかじんさんの夢のコラボって結構あるんですよね。
ちょっと夢のコラボ、ご覧いただきましょうか。
数々の大物ゲストと、夢のコラボをしてきたやしきたかじん。
アイーン!
まずは、この方とコラボ。
日本を代表するコメディアン、志村けん。
東京から大物ゲストを招くということで、大阪名物の串カツをふるまうことに。
これをつけて。
これはもうびっくりするで、エビ、エビ、エビ。
エビ?
エビ、ちょっと食べて。
どう?
うまいじゃないですか、これ。
ここ、ソース、うまい。
ふーん。
ちょっと!2回つけたらアカンの、この店は。
ソースは1回だけ。
この半分どうするの?これ。
えっ?塩かなんかかけて食べて。
ちょっと待って、2度づけしようとしてんの?
そう。
はよ言え、はよ言え、気持ち悪いよ、ばかやろう。
ためるな、そんなとこで。
続いての大物ゲストとのコラボ。
登場のしかたからして超大物。
ビートたけし。
この方にはじんちゃん考案メニューの鉄板焼きでおもてなし。
じゃあお姉ちゃん、ちょっと。
このソースは俺が作ったソースだから。
いいねぇ、ちょっと…持ってこい。
そして大満足したビートたけしは、なんと得意とするタップダンスを披露してくれたんです。
俺、テレビで初めてやるんだよ。
格好がハチャメチャだよ。
快傑えみちゃんねるのハワイロケで、あの上沼恵美子さんと夢のコラボ。
上沼さんの番組に普通に出てもおもろないやんけと意気込むたかじん。
あっ!
出演前にハワイで散髪、髪を染めての登場。
これにはさすがの上沼さんもびっくら仰天。
南の島の鳥みたいな頭。
いつでもお止まり!
さらにスタジオで共演したときには、鳳蘭のリサイタルで男性として初めて宝塚の舞台に立ったエピソードを披露。
びっくりしたんですけど。
初め、歌だけ、1曲だけ作っておわっとったんですよ、ね?ほんならじゃあもう1曲、もう1曲、5曲なって、それでこの人おもしろいから、舞台出そうみたいなことがまた決まってもうて、連れて行かれて、こんなん、引きずられて。
それあるんですね、映像。
映像はないねん。
それでは、その貴重な映像をご覧ください。
ねえ、ねえ、レコードって高いんだけど、僕のレコード買ってくれた?
うるさいわね!
おっきなお目目なこと。
隠れてはる。
よう見んわ。
さらに、この方とはなんとコンビを組んで、漫才をしていました。
おい、お前、全く一緒ちゃうか?
ちょっと、考えや。
考えや、自分。
これ、この格好やで。
俺はこれ、自由に着てきたんや、朝。
何をやんねん、自分。
こんなん世間の皆さん、見てみな、ことしこそは2人で漫才、真剣にやるんやと。
そういう意思表示と取られんぞ。
意気込みやないか、かなわんな。
眼鏡も変えて。
え?
この番組、漫才やコントなど笑いを追求したさまざまなコーナーがあったんですが。
なんといっても一番の名物といえば、2人の音曲漫談。
本日、夢のコラボの復活です。
きょうはやってもうた、漫才。
やってもうた、思いっ切りやってもうたがな、漫才。
歌と違う、違う。
ここへくんのとちゃうの。
離れていくがな、ほんまに。
いつになったら真面目な歌、歌わすの。
ギター持って歌歌うの、ことしになって初めてちゃうの?
ことしで最初で最後っちゅうことにならんように。
そやのにもう漫才2回もしてもうた。
ことし。
ちゃうの。
そういうたら。
なんやのあんた?
ちょっとぐらい…。
なんやの。
ちょっとぐらい。
なんや、力抜いてやったらどやねん。
1人でちょっと張り切りすぎ違うか?2人。
そんなことないよ、…なかったら大きい声でやんのよ。
そしてたかじんが尊敬してやまない、星野仙一との夢のコラボ。
ボール、ピュッと、投げっこ、キャッチボールですか?
うん。
ちょっと監督、記念に。
こんなことやらす番組…。
プライベートでも深くつきあっていた2人が、初めてのキャッチボールで心を通わせ合いました。
ちゃんときちっと投げるから。
僕、キャッチャーやったんです。
キャッチャー?
はい。
ストライク入らんかったら、怒ったんちゃうか?
そりゃそうです。
じんちゃん、じんちゃんと、時にはたかじん!とたかじんはあんまり、呼び捨てするやつ、あんまりいなかったもんだから、じんちゃん、じんちゃんって。
向こうは仙ちゃん、仙ちゃん。
で、こうずっと長い間、もうかれこれ20年ぐらいになるんじゃないかな、もっとかな。
僕が監督時代でキャンプに、沖縄に来てもね、もうカラオケで貸し切って、誰も入れるな言うて僕が言って、歌、歌いまくりましたしね、そのころ、もう僕も結構、歌に自信があって、きょうは俺が歌教えてやるから、カラオケ行こうやとかね、そんなバカな話をしてましたね。
監督はたかじんさんの曲も歌われたりされたんですか?
歌いましたよ、あいつの歌、難しいんや。
お前の歌はな、暗いし、それから女に甘えるような歌ばっかりやないかと、お前の人生そのものやというようなね、バカ話しながらね、酒飲みながら、歌いながらという。
毎春、やってたね。
まあ、もったいないな、あんな男はもう、あんまり出てこないんじゃないかな。
まあ、湿っぽくなるのもねいけないし、お前は大体ね、もう本当に、自虐的な生き方をしてたからね、でも、まだちょっと早いかなと思うけどもまあ天国でもうね、みんな集めて、また例の調子で、わーっといって、そして、またドンと変わって、だらしのない男の歌を、みんなに聴かせてやるのもいいんじゃないかな。
そのギャップがお前はすてきだったよ。
改めて見ると、ますださん、たかじんさんと円さんしかできない音曲漫才ですよね。
あんなんちゃんと、しっかり練習されてはったんですかね。
アドリブですか?
あれ、基本アドリブです。
アドリブ?
完全にアドリブ。
アドリブです。
すごい貴重だなと思って。
プロの遊びですよね、その場で、技術があるからできる遊びですよね。
あとやっぱり、今のVTR見て、関西のテレビ局的に言うと、ドリーム感と緊張感っていうのは、サブローさん、やっぱり上沼さんとあのたかじんさんが、しゃべってるっていうのは、なんか見てるほうも、ドリーム感もあるけど、何が起こるんじゃないかなみたいなその緊張感みたいなのが。
ドキドキしましたけどね。
赤い髪にされたっていうのは、たかじんさんの中で、なんかちょっと、てれみたいのもあったんですかね?
なんかつかんでやろう、びっくりさせてやろうみたいな、だから直前まで会わされへん、僕には。
ほんでグッチのスーツ買うたんや、26万や、どないしてくれはんねんみたいに、入ってきた。
知らんやん、勝手に買うて。
まあ照れもあったし。
宝塚のときも本当、もう、あーあー言い出して、でないと、途中で帰るわけにもいけへんから、あの後ろへ回り込んでほんまに恥ずかしかったって。
実は宝塚、うちの家内が宝塚なんですけど、実はたかじんさんに曲を書いてもらってまして、これは結婚する前なんですけれども、また偶然がそろうんですよ。
やしきたかじん伝説、味の素事件。
それは、たかじんがMCを務めたM10という番組で起きた。
メインは僕で、ほんでその中に男の夜食っていうコーナーがあって、ほんで、毎週つくんねん、魚みたいな、チャチャッと。
なんか簡単にできるやつ。
さあ、始まって言うて、えー、まずコンニャクをこの鉄板に置きまして、あっ、あれ?
最初に言うた。
あ行からいくから、そこは俺も自分見失った。
もう生もくそも。
上がサブやんか、ディレクターおんねん。
どこ見てんねん?
おい言うた?
人なめとんか?下りてこい、降りてこい!できへんやないか!なんじゃ、こらぁ、お前。
俺、フレームアウトよ。
このあと、暴れるたかじんさんを体を張って止めに入ったのが、中山秀征さんだったって本当?
さあ、中山さん、改めて確認しますが、生放送ですね?
生放送、M10っていうテレビ朝日の番組で、たかじんさん、やっぱり東京進出っていう、当時、鳴り物入りで始まった深夜番組なんですよね。
それで、たかじんさんが料理の先ほどあった男の料理っていうコーナーをやってまして。
その日のゲストが、僕と大竹まことさん。
で、事件はそこで起きるんです。
概要を今話してるほぼ同じなんですけれども。
もっと穏やかに、もともと始まってるんですよ。
ところがたかじんさんは、そのいわゆる、まず、フロアに言ったんですね。
料理を、たぶん作るということで、東京進出だから、すごくね、レシピをもともと細かく書いて、なんべんもやりあって。
当時1枚のファックスがないから、もうずっとトイレットペーパーみたいなやつを。
長いの?
延々書いて。
果たし状みたいに書いてた。
それぐらいきっちりで。
果たし状みたい。
行って帰ってくる、行って、何回もやって、完璧にレシピをそろえて、いざ、本番ということで、早々に、おい、最初はこのフロアの子に言ったんですよ。
おい、味の素ないんかい?このぐらいの感じですよ。
そうしたら、フロアの子が、きょとんみたいな顔して。
味の素ないかきいてんねんって始まったんですよ。
で、フロアの子が、味の素、味の素ってなんなのこの人はみたいな感じで、サブに、すみません、味の素ないか、お前に言うてんや。
味の素、味の素、持ってこい!うわー!味の素持ってこい!それで上になめとんのかって始まって、そっからドドドッて、言って、まず、そのフロアやっつけて。
かわいそうに。
そのフロアやっつけて、たかじんさん、だめですよって、フレームアウトしたけど、僕もフレームアウトした。
ゲストなのに。
でもたかじんさん、カメラもう追えなくて、生放送だから。
これ、事件現場ですから。
そのまま帰っていったんですか?
そのまま、パッパッパッて、帰っていって、そのフロアの子の後ろにいたバニーガールの女の子がフロアに落ちたんですよ。
それで、俺、前…!って言って、バニーガールはピョンピョンピョンピョンって。
堀に落ちて、たかじんさんそのままキャットウォークで上がってった。
上に上がった?
確か上にガンガンガンッて上がって。
サブに上がって。
それでどうしようかってことになって、事はガチャガチャになって、いったん、コマーシャルみたいな感じになって、ところが、コマーシャル明けたら、僕と大竹さんしか残ってなかった。
ということで、結局、その残った僕ら2人ゲストが、レシピを見ながら、料理を作った。
えー?
ゲストが作った?
作ったことないですよ、僕、初めて、初見ですから。
大竹さんとなんかチャーハンっぽいものだったんですけど。
何作ったの?それ。
こっからはオリジナルですよ。
一応、試食まで、試食まで2人で。
まあ、味の素、あったらあったでよかったけど、なきゃないでって言いながら、食べたんですよ。
ほんで、その番組は、そのままごきげんよう、さようならって言って。
生放送な?
そのままたかじんさん、おそらくそのあとすうかいやったかやらないか分かりませんけど、降りられましたね。
もう、終わったんや。
でもそのあと、いわゆる全国ネットで味の素を連呼したということで、たかじんさんのところに後日、味の素がドーン届くんでしょ?
それで粋な計らいといいますか、当時、上岡龍太郎にはだまされないぞっていう番組がありまして、上岡さんがやってらして、僕もそのとき、レギュラーでやらしてもらってて、翌週がたかじんさん、ゲストだったんですけど、これまた、上岡さんの計らいで、セットが全部、味の素。
それも粋やな。
これもテレビ朝日で起きた事件をフジテレビで解決するという。
それ、粋やな。
全部置いてお前、これなら帰らんやろみたいな。
島崎さんは、よう飲みに連れて行ってもらった?
そうですね、大阪の新地で、本当に申し訳ないぐらい飲ませてもらったんです。
あの、オーパスワン、お写真ありますけど、あんまり価値が分かんないじゃないですか。
本当に気前よくお酒を開けてくださるんで、開ければ開けるほど飲めちゃうんですね、高級なワイン。
そういうせこいところは見たことない。
ワインを、高いワインとか、売れてないとき、高いワインを教えたの私なんですよ。
そうなんですか。
それでね、あるときね、岩城滉一を連れて、はーっと来て、ババアしかいない店なのね、そしたら、姉さん、お姉さんよう、ここせっかく岩城こういち連れてきたのに、ババアしかいないから、若いの呼べって言うからね、あっ、知ってるかわいがってる新地の高級のクラブの女の子いるから、若いの連れて来いって言ったら、3人ぐらい来たんですよ、店の途中ですよ。
来て、ワーッと騒いで、ウワーッと飲んで、その子、ひもパンはやってるころ、はさみって、はさみできっちゃって。
私もね、ちょっとおい、何するんやと言って、お前、ちゃんとしろよって言って、
やしきたかじん伝説。
恐怖の楽屋。
ワインとかね、なんていうんですか、チーズとか置いてますけど、これはこのとおりです。
収録終わりは楽屋でワインを飲むたかじんさん。
そこでは。
ADなんか、中に入られへん。
まだ入るような身分ちゃう。
廊下に立ってる。
ほんで俺がたばこ、肺に一応穴開いてんねんけど、バンバンたばこ吸うわけや。
ほんなん…、はよ買えや、行儀見習いの場所にもなってる。
まあ一番、僕の最高は、過去では夜中の3時までかな。
ほんなら、守衛の人が来て、ものすごい…。
守衛泣かせ。
たかじんさんに散々、説教されてきた宮根さん。
説教は楽屋だけで終わらず、テレビ局を出て、新地のクラブに行ってからも、朝まで続いたって本当?
まあ僕はもちろん、何回も楽屋で説教されて、朝になってそのまま新地、祇園、連れて行かれたことありますけど、中井さんもね。
もう今、ちょっと、軽く気分悪くなった。
トラウマが?
トラウマです。
大事なことはもう、早い段階で言われてて、お前みたいなな、なんにもない、腕もない、名前もない人間が、ざこば兄さんとか俺とか、上沼さんに勝てるかもしれへんもんが1つある。
お前、何か分かるか?情熱や。
おしゃれだな。
この情熱を胸いっぱいで情熱を燃やすのが、世間とか、仕事に対する誠意や。
これは今でもバイブルになってますね。
楽屋で仕事の話なんですよね。
ずっと、すっごく真面目でテレビとはとか、司会者とはっていう話なんですよ。
だから僕らも酔えないんですよ。
ずっとこうやって、はい、はいって、聞いとかなきゃいけないんですよね。
で、ちょっとでも気を許すと、うわっと怒るんですよね。
お前、よく聞いてんのかみたいなってってなるんですよ。
だから僕は晩年は、わざと何十分か聞いといて、わざと聞いてないふりするんですよ。
相手してないふりするんですよ。
すると、うわーってマックスになって、ガーンッて殴るんですよ。
もう、とにかく最初に殴られたほうが楽なんですよ。
殴られるの?
はい。
マックス作るんですよ。
ほんで、ふわーってなって僕らも飲めるようになる。
早いうちに殴られてるほうが楽なんですよ。
何を一番怒られたの?何で怒られた?
司会はどうのこうのとか、こういうふうにしゃべれ、ああいうふうにしゃべれっていう司会論はあるんですけど、なんですかね、ちょっと聞いてないとか。
お行儀?お行儀だ。
お行儀ですね。
僕だから、ハワイで、あれですよ。
殴られたん、あれですよ。
たかじんさんが歌、歌ってるときに、横のホステスさんが、指切れたって言って、それで僕、フンッて言ったんですよ。
それ、しゃあないじゃないですか、指切れたって言うねんから。
フンッて言ったら、バーンってマイク投げて、こっち来いって言われて。
そのへんですよ、ゴーンって。
歌きかへんのかって。
歌を聴けへんのが一番いけないのね。
ほんでもう、すみませんでしたって謝ってんのに、表でぇなって。
お前、表でぇってなって。
で、もう、僕、そのときに、クソって思って、これだけ謝ってんのに許してくれへんのやったら、俺はもう殴ると、たかじんさんを。
もうええと、テレビ干されても。
で、ガーッて出ていって、もうこう、つかもうと思ったんですよ。
そうしたら、俺の別荘来るか?ってなって、えっ?って。
僕の…どうなんの?みたいな。
もう殴ろうと思ってるのに、えっ?って。
で、なんか2人で肩抱いて別送行ったんですよ。
何それ。
気迫が分かったんかな?
そう。
気迫?
気迫が分かった。
こいつ、もう来るって。
もう来るって。
僕そんとき、ほんまに殴ろうと、今度は。
最初で最後。
思いっきりどついたるこのおっさんって。
ピンポーン!
(インターホンの音)
(さんま)さあ今日は久しぶりか成海璃子ちゃんが来てくれてます。
あぁこれはこれはどうもご無沙汰しております。
2014/02/08(土) 12:00〜13:56
関西テレビ1
追悼!やしきたかじん 追悼ってなめとんか!やしきたかじんを全部しゃべり倒した…[字]

やしきたかじん伝説のすべてをMC宮根誠司、中山秀征、研ナオコら総勢21人のゲストが爆笑証言!秘蔵映像大放出!天童よしみがあの名曲を熱唱!

詳細情報
正式タイトル
追悼!やしきたかじん 追悼ってなめとんか!やしきたかじんを全部しゃべり倒したらぁ〜SP!!
出演者
宮根誠司 
八木早希
【ゲスト】
桂ざこば 
オール阪神・巨人 
大平サブロー 
天童よしみ 
研ナオコ 
中山秀征 
青田典子 
桂雀々
堀ちえみ
北野誠 
遙洋子 
リリアン 
カルーセル麻紀 
尾崎亜美 
キダ・タロー 
及川眠子 
島崎和歌子 
増田英彦(ますだおかだ) 
中井雅之
番組内容
やしきたかじんが天国に旅立って1ヶ月。番組では、もっともっとたかじんが見たいという要望にお応えして、秘蔵VTRをふんだんに使いながら、たかじんの下積み時代からブレイク時代まで全部しゃべり倒します!

●1部 下積み時代
ラジオの人気パーソナリティーとして全国を渡り歩いていた頃
爆笑ロケリポート映像
番組内容2
●2部 歌手やしきたかじんにスポット
人生を変えたコンクールでの受賞マル秘話
超秘蔵映像を解禁
天童よしみがあの名曲を熱唱!

●3部 ブレイク時代
あの味の素事件の全貌を目撃者、中山秀征が語る!
宮根が体験したハワイ説教事件

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ニュース/報道 – 討論・会談
情報/ワイドショー – 芸能・ワイドショー

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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