NHK映像ファイル あの人に会いたい「島秀雄(鉄道技術者)」 2014.02.08

(テーマ音楽)鉄道技術者島秀雄さん。
東海道新幹線の生みの親として知られ戦前戦後にかけて日本の鉄道の高速化を推し進めました。
島秀雄さんは明治34年大阪府に生まれました。
父安次郎さんは明治末期の鉄道国有化に腕を振るった鉄道技術者でした。
長男の秀雄さんも大学を卒業すると父と同じ鉄道の道に進む事になります。
大正14年鉄道省に入った島さんは戦後の国鉄時代に至るまで数多くの蒸気機関車の設計に携ります。
中でも代表作はD51型蒸気機関車。
国産として最も多い1,115両が製造され「デゴイチ」の愛称は蒸気機関車の代名詞にもなりました。
時代は蒸気機関から電気に移りつつありました。
延べ2年4か月に及ぶ海外視察など世界の鉄道事情に通じていた島さんは早い時期から電気車両の研究を始めていました。
昭和15年島さんはある巨大プロジェクトに参加します。
それは「弾丸列車計画」と呼ばれる高速鉄道の建設です。
日本に高速鉄道を造る事。
それは父安次郎さんにとっても長年の夢でした。
車両の設計を担当した島さんは電気機関車を使った画期的な設計を提案します。
昭和29年の完成を目指し鉄道の建設が急ピッチで進められました。
しかし戦争の激化とともに計画は中止に追い込まれ父安次郎さんも終戦後まもなく世を去ります。
戦後鉄道省から生まれ変わった国鉄で島さんは電気車両の開発に取り組み復興の一翼を担います。
ところが昭和26年横浜の桜木町駅で電車の火災事故が発生。
島さんは責任を取る形で国鉄を去ります。
4年後当時の国鉄総裁に要請されて復帰。
さまざまな鉄道の近代化を推進します。
最大の仕事となったのが東海道新幹線の建設です。
昭和34年東海道新幹線の建設が始まりました。
かつて「弾丸列車計画」のために建設が進められていたトンネル買収されていた土地そして島さんらが当時から続けてきた研究の成果が新幹線の建設でも大いに役立ちました。
時速200kmを超える今まで経験のない高速の世界。
いかに早くしかも安全を確保するか。
島さんを中心とする技術スタッフは試運転を繰り返し改良を加えていきました。
そして着工から僅か5年昭和39年10月東海道新幹線は開業しました。
「夢の超特急」が誕生したのです。
平成6年島さんは高速鉄道の発展に貢献したとして文化勲章を受章しました。
鉄道技術者島秀雄さん。
人々の生活の役に立ちたいという若き日の志を貫きました。
2014/02/08(土) 05:40〜05:50
NHK総合1・神戸
NHK映像ファイル あの人に会いたい「島秀雄(鉄道技術者)」[字]

鉄道技術者で東海道新幹線の生みの親としても知られる島秀雄さん。戦前から戦後にかけて日本の鉄道の高速化に力を注いだ。鉄道一筋に歩んだ人生が語られる。

詳細情報
番組内容
鉄道技術者で東海道新幹線の生みの親としても知られる島秀雄さん。戦前から戦後にかけて日本の鉄道の高速化に力を注いだ。明治34年生まれ。父親も戦前の鉄道省で辣腕(らつわん)を振るった技術者。島さんも鉄道省では蒸気機関車の設計に携わり、中でもD51型蒸気機関車は「デゴイチ」の愛称で親しまれた。戦後、国鉄になってからは東海道新幹線の建設に力を注いだ。鉄道一筋に歩んだ人生が語られる。
出演者
【出演】島秀雄

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
情報/ワイドショー – 芸能・ワイドショー

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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