日曜美術館「世紀末 祈りの理想郷〜ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ〜」 2014.02.23

初めて見た時から忘れられない一枚の絵。
それは自分自身の内面を映し出すようだといいます。
(姜尚中)この画家は何かしらやっぱり孤独の影みたいなものを僕自身は感じるんですね。
でもそれは決して単なる暗さではない。
やっぱりそこに何か知らないんだけど薄明かりのように光がともされてるんですね。
貧しい暮らしの中で静かに祈りを捧げる漁師。
その姿はまるでキリストのような静謐さをたたえています。
19世紀フランスの画家…この時代フランスは戦争に敗れかつてない危機に見舞われました。
シャヴァンヌはフランス各地に数々の壁画を描きます。
淡い色彩に包まれた理想郷。
傷ついた人々の心を癒やしたいと伝統にとらわれない独自の表現を模索しました。
深い静けさをたたえたその作品は後の画家たちにも大きな影響を与えます。
生涯自らの内面を見つめ続けたゴッホはシャヴァンヌの絵を見てこう言いました。
暗闇の中に光をともす理想郷。
シャヴァンヌの世界を見つめます。
「日曜美術館」です。
今日は19世紀フランスの画家ピュヴィス・ド・シャヴァンヌです。
壁画の画家でしてパリでもソルボンヌ大学やパンテオンパリ市庁舎と誰もが知っている著名な建物に壁画の大作を残しているフランスでは国民的画家だそうです。
シャヴァンヌの壁画。
いわゆる圧倒的に見せる壁画とはまたちょっと異なってとても静かな印象を受けますよね。
今日はシャヴァンヌの静の魅力というものを探っていきたいなと。
シャヴァンヌは多くの画家にも影響を与えてるんですよね。
ゴッホをはじめピカソゴーギャンマティスそうそうたるメンバー。
そんな刺激を与え続けたシャヴァンヌどのような画家なのか見ていきましょう。
東京渋谷の美術館で日本で初めてとなるシャヴァンヌの展覧会が開かれています。
壁画の元となった油絵の大作などおよそ60点。
ヨーロッパやアメリカからシャヴァンヌの生涯を一望できる作品が集まりました。
シャヴァンヌから大きな刺激を受けたという人がいます。
展覧会を企画するキュレーターでもある原田さん。
10歳の時初めてシャヴァンヌと出会ったのがこの一枚です。
見た瞬間にハッとすごく風が吹いてくるようなすごい強い衝撃を覚えた事もはっきり覚えてますね。
青い画面ですよね。
非常に大気の粒子が見えるような湿気とそれから空気感みたいなものが全部感じられるような緻密な画面でそれが子供心に見てもふっと感じたというのはあると思いますね。
原田さんは3年前美術をテーマにした小説に挑みました。
実在の画家アンリ・ルソーの幻の作品を巡るミステリー。
冒頭のシーンにシャヴァンヌの絵を登場させました。
「ここにしらじらと青い空気をまとった一枚の絵がある。
画面に広がるのは翼を広げて飛び立とうとするペガサスその首に植物の蔦を投げる裸婦彼女の足もとで花をつむ裸の少年」。
その絵を美術館の監視員をしている主人公の女性が眺めています。
シャヴァンヌ42歳の作品「幻想」。
森の中で精霊がブドウの蔓を使ってペガサスを捕らえようとしている場面です。
淡い青を基調とした色彩が古代の神話のような世界へといざないます。
原田さんは絵画の世界そして物語の世界に読者を誘い込む仕掛けとしてシャヴァンヌの絵を使いました。
私の美術をテーマとした最初の本として読者にファースト・インパクトを与えたいという事でどんなふうにしたら読んでる方が目の前に絵が現れてくるようなそういうものとして受け止めてくれるかなという事でだいぶいろいろ考えまして。
例えばピカソとかルソーある程度日本の方が知ってる画家であったら割と容易に想像してくれるかもしれないけどそうじゃなくて知られざる名画としてこの「幻想」という作品が自分の印象にも強く残ってたものですから自分が受けた印象のその強い印象のそのままに読者の方とそれを共有したいなと思ったので大きな挑戦だったんですけど思い切ってやってみたという感じです。
見る者の想像力をかきたてるシャヴァンヌの世界。
その秘密はどこにあるのでしょうか。
パリからおよそ150km北にある町アミアン。
シャヴァンヌの作品が数多く収蔵されているピカルディ美術館です。
シャヴァンヌの作品を展示する部屋。
ここに画家として認められるきっかけとなった作品があります。
1861年37歳。
サロンで高く評価された「戦争」。
殺戮や略奪に嘆き悲しむ人々の姿です。
神話や歴史の物語に着想を得て戦争の残酷さ悲惨さを伝えようとしています。
「戦争」と対をなす作品「平和」。
豊かな実りを謳歌する人々。
戦争さえなければ穏やかな暮らしを営む事ができる。
平和への願いが込められています。
そして46歳の時画家としての人生に大きく影響する出来事が起こります。
(砲撃音)1870年母国フランスとプロイセンの戦争が勃発。
プロイセンの圧倒的な軍事力にフランスは屈辱的な敗北を味わいます。
パリは壊滅的な打撃を受けがれきの街へと一変。
国の威信も失われました。
終戦から3年ある国家プロジェクトが立ち上がります。
多くの市民が集うパンテオン。
国の再建と平和を願うためフランスを代表する画家たちが選ばれ数々の壁画を制作しました。
正統派の歴史画家ジャン・ポール・ロランス。
パリを侵略の危機から救った伝説の女性聖ジュヌヴィエーヴが亡くなる場面を描きました。
悲しみに暮れる人々。
ロランスは写実を極めた伝統的な手法で一人一人の表情まで細かく表現しています。
それに対してシャヴァンヌの壁画は同じ聖ジュヌヴィエーヴを題材にしながら全く異なるものでした。
シャヴァンヌは聖ジュヌヴィエーヴが生まれてから聖なる存在となるまでを描きました。
聖人になる運命を背負って生まれてきたジュヌヴィエーヴ。
子羊は将来人々の犠牲となる事の暗示です。
やがてジュヌヴィエーヴは少女へと成長します。
一心に祈り続ける姿。
その神々しさは幼くして人々に畏敬の念を抱かせるほどでした。
そしてクライマックス。
一人の司祭がジュヌヴィエーヴと出会い特別な力に気づきます。
こうして少女はパリを侵略から守る救世主となるのです。
この壁画に心を奪われた青年がいました。
若き日のピカソです。
20歳の頃スペインからパリにやって来たばかりのピカソは何度もこの場所に通い模写を重ねました。
ピカソが惹かれたのは色使い。
油絵の具でありながら淡い色彩で薄く霞がかっているかのように幻想的な空気が漂っています。
人物も独特。
立体感を強調せず表情も細かく描き込んでいません。
当時は人物をどこまでもリアルに表現するのが絵画の常識。
それに逆らうものでした。
伝統にとらわれず自らが信じるものを描く。
その信念をピカソは見抜いていたのかもしれません。
その頃のピカソの作品…「青の時代」と呼ばれる淡い色彩。
単純化された人物。
ピカソはここから絵画の歴史を変える前衛の世界へと踏み出していくのです。
シャヴァンヌの絵を小説に登場させた原田マハさん。
その革新性は今なお色あせないと言います。
古くない。
古くないです。
それが重要ですねほんとに。
確かにこの「幻想」なんかを見るとわりと奥行きもなくて平面的に見えるんだけれどもそれなのにものすごく奥行きを感じてしまう。
すっと入っていくような。
というのはやっぱり非常に不思議な感性を持ってシャヴァンヌが描いたんだなというのが分かりますしやはり新しい絵画の到来を予告する作品だったんじゃないかなと思いますね。
戦争そして平和への祈り。
そこから生まれたシャヴァンヌの世界は時代を超えて人々の心を捉えています。
今日のゲストは作家の島田雅彦さんです。
どうぞよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
島田さんにとってはシャヴァンヌの魅力どんなところにあるんですか?19世紀がどういう時代でどういう精神的なダメージを被ったかというような事は想像するのは難しいんですけれどもいくつかの戦争とか革命とか産業革命も進行しています。
そんな時代の中で絵画にできる事は何かという事をどの画家も考えたと思いますが恐らくこのシャヴァンヌも自分は絵画でどういう事ができるのかと。
社会的にどういう影響を与えうるのかという事を考えた結果ああいう画風になったんだろうなとは想像しております。
特に人物像顔がちょっと曖昧になってたりしてあるいは肌も白っぽくて粘土でできてるようなイメージがあって。
だから写実絶対みたいな同時代にあってはかなり抽象的に見えるところがあるんですよね。
当時の時代背景の中でも相当革新的な事にチャレンジをしている画家。
一見革新的に見えないところが。
見えづらいんですけどね。
壁画の歴史というのはある意味すごく長くてそれこそラスコーとかアルタミラの洞窟壁画。
そこまで遡る…。
遡ってもいいと思うんですけど基本古代人が描いた絵というのは抽象的なんですね。
それで今でも2万年前に描かれた牛とか馬の絵を見て我々現代人はある想像力をかきたてられるところがあるわけです。
これが写真的な写実に徹した絵だと「あリアルだな」で終わっちゃうかもしれない。
それだけになってしまう。
見る者の想像力をかきたてるのはむしろ抽象化されたものの方なんじゃないかというところがあって。
そういうふうに思い直して壁画を改めて見るとちょっとぼやけたような色調の絵というのは写真を見ているのではなくて一種の蜃気楼みたいなものあるいは今朝見た夢を思い出す感じ。
そちらの方に似ていてそれ故に見る者の想像力を働かせる。
そういう作用があると思うんですよね。
ピカソが実際に何度も通って模写をした。
足しげくあのピカソをあそこまで足を運ばせたその力魅力というのはどこにあったんでしょうか?具体的な人物を描くのではなくその人物に仮託して何か別の見えないものビジュアルには見えない何かを表現しようとしてたという事になるんじゃないでしょうか。
実際擬人化したかたちで理念を人物に仮託して描いてもいるわけであくまでも描きたいのは目に見えない理念なので。
それを擬人化した時にこういう抽象的な人物像になっていったのかなとも思います。
まさにシャヴァンヌがどのように模索しながらシャヴァンヌらしさを見いだしていったのかそこをご覧下さい。
フランス第二の都市リヨン。
今も残る…1824年シャヴァンヌは父親が鉱山を経営する裕福な家庭に生まれました。
20代。
パリに出て画家を目指していた頃の作品です。
プロテスタントの若き指導者が死を間近にした母のために音楽を奏でる場面。
美術学校には通わずひたすら独学で絵を描き続けました。
建築宗教文学三つのジャンルの偉人たち。
一つ一つ細工の異なる宝石。
柔らかそうなヒゲや骨格の微妙な凹凸肌の質感まで細密に表現しようとしています。
この頃は西洋絵画の伝統にのっとってデッサンを重ね写実の技術を磨いていました。
そんなシャヴァンヌに壁画への情熱を抱かせたもの。
その一つがイタリア旅行です。
フィレンツェの大聖堂。
こうした場所に足を運び数多くの壁画を目にしたといわれています。
13世紀から14世紀にかけて活躍した巨匠ジョットが描いたカトリックの聖人の生涯です。
漆喰に直接絵の具を塗るフレスコ画特有の淡い色合いが崇高さを与えています。
この体験が創作の源となりました。
シャヴァンヌの故郷リヨンの美術館に最高傑作と名高い壁画があります。
縦4.6m横22m。
三つの壁を飾る大作。
中央の壁には聖なる森。
女神たちが集う水辺の理想郷です。
夕暮れに染まる静寂の湖。
フレスコ画のような淡い色彩が森を包みます。
古代ギリシャを思わせる建物の前には…三つの芸術の化身たち。
その周りで神話に登場する女神たちが穏やかな時を過ごしています。
シャヴァンヌは古代の神話に着想を得る事で人々の心の奥深いところにある理想郷を描こうとしました。
左の壁には海辺の断崖。
古代ギリシャの生活を理想化した光景です。
ゆったりと流れる時間の中でさまざまな思いにふける人々。
笛を吹くヤギ飼いの少年。
響き渡る音楽が見る者を果てしない空想の世界に誘います。
三つめの壁は信仰と芸術がテーマです。
壁の前に立つのは修道士のような装いをした画家。
そこには壁画に思いの全てを託すシャヴァンヌ自身の姿が重ねられているのかもしれません。
シャヴァンヌ研究の第一人者美術史家のエメ・ブラウン・プライスさんです。
シャヴァンヌの特徴は古代への回帰だけではないと言います。
彼が独自の表現方法を手にする事ができたのは正式な美術の教育や訓練を受けていなかったのが大きな理由だと思います。
自分で課題を克服したからこそオリジナルになったのです。
彼がたどりついた境地とはいかに余計なものをそぎ落とすかという事です。
まず絵を構成する要素を極力減らします。
そして奥行きをなくして平面的に描きます。
そうすると一見単純なように見えますが画家自身のメッセージがとても伝わりやすくなるのです。
15世紀に活躍したルネサンスの巨匠ラファエロの「アテネの学堂」。
この壁画と比べるとシャヴァンヌの特徴が見えてきます。
まずは人体の描き方です。
ラファエロはリアルな人体表現で議論を戦わせる哲学者の白熱した様子を捉えています。
一方シャヴァンヌの女神はまるで静止画のようです。
表情もぼかされています。
ラファエロは遠近法を使って巨大な建物の奥行きを表し…。
更に人物が折り重なるように描く事でうごめくような臨場感を生み出しています。
それに対してシャヴァンヌの絵は遠近感がほとんど強調されていません。
人物を眺めてみても奥行きを感じさせずどこまでも平板な印象を抱かせます。
習作を見ると意図的に奥行きをなくそうとしている事が分かります。
人物が重ならないようにしながら画面全体に心地よい秩序が生まれるよう絶妙の配置を探っているのです。
この平板な空間にこそ最大のねらいが隠されていると言います。
シャヴァンヌはあえて動きのないむしろ止まっているように描く事で絵に静謐さをもたらしました。
それはこの夢のような世界が永遠に続くんだという安心感を与えてくれるものなんです。
イタリアでの体験をきっかけに独学で追い求めた自らの道。
多くの人々に安らぎを与えたいと願ったシャヴァンヌの理想郷です。
高い技術を持ちながらラファエロのような奥行きや立体感とかではなくどちらかというとその技術を放棄して構成力の方に重きを置いたというのがとても興味深いなと思ったんですけども。
ラファエロの壁画との比較ですけれどもああいうルネサンス期の絵というのはとても動的です。
ですからあれは確かに一枚の画面なんですけど静止画なんですけども本当は動画なんですよね。
ムービー映画のような…。
映画のようなものなんですね。
ですからどの登場人物たちも見えきってるというかまさに一連の動きの中にあるプロセスにあるわけです。
それに対してシャヴァンヌの場合というのはそうした動画というよりはむしろ化石…。
ある種の理想郷を描いてるんですけれども化石化すると時間の束縛から解放されますよね。
ある種の永遠というものになるわけです。
化石になれば。
あともう変質しませんし。
なるほど…。
移ろいやすい時代のいろんな変化とかもう既に産業革命とか進んでいる時代なんで…。
でもシャヴァンヌの方はむしろ産業革命で変わっていく移ろいやすいライフスタイルとは全く逆の方向に。
人として生きていく上で最も基本的というかどんな人間の生活も一番古い規範とか模範というのは古代の生活にあるわけで。
そこに暮らしていた時代に一種の理想郷というのを見いだすとなれば同時代では産業革命が進んでるけれども自分の絵の世界の中では古き良き古代の暮らしぶりをこのように化石化して保存するという部分があるのかなと。
当時19世紀伝統というものに対してオリジナリティーを出していこうという事はとても困難な事だと思うんですけども…。
ちょっと意地悪な言い方をするとシャヴァンヌというのは同時代の中において極めてニッチをついてくるという…。
誰も行かない道を…。
ただもっとこういう画風にこだわった画家のモチベーションという事から考えてみた場合やっぱり戦争で疲弊しているという状況かなり人々が迷っている…。
「さあこのあとこの社会どうしてったらいいのかな」と。
「どういう暮らしになっていっちゃうんだろうか」という事の大いなる不安こういう不安を抱いた時。
大体戦争に負けた時とか日本の場合だったら大きな震災のあとですとか…。
そういう時に人はどこに立ち返ろうとするかっていうと一番古い原則。
人々が助け合ったり一種の原始共同体的な助け合いの中でそして自然と共生していくというような一番古い原則に回帰するという。
そういうところに立ち返るという事これは非常に普遍的なスタンスだと思うんです。
ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ通り。
パリ近郊の街にあるこの通りにシャヴァンヌのアトリエがありました。
建物は今も当時の面影を残しています。
50代後半このアトリエで壁画とは趣の異なる一枚の絵を描きました。
小さな船の上で痩せこけた漁師が祈るように頭を垂れています。
妻を亡くし残された二人の子供。
貧しい暮らし。
手を交差させたその姿は運命を受け入れたキリストを思わせます。
初めてこの絵を見た時強く惹きつけられたと言います。
こういうような静謐な絵そしてどこか孤独でしかし何かしら少し光が見えている。
彼はこういう小さな作品に何かを託したんじゃないかなと。
だから何となくちょっと胸がきゅっとしますね。
シャヴァンヌがこの絵を発表した当時パリは敗戦から復興を果たし活気にあふれていました。
美術の世界にも変革の波が押し寄せていました。
ルノワールやモネをはじめとする印象派の画家たちが繁栄を謳歌する人々や近代化するパリの姿を描きます。
そうした中シャヴァンヌが描いたのが「貧しき漁夫」だったのです。
シャヴァンヌはなぜこの絵を描いたのか。
(砲撃音)姜さんはあの戦争の記憶が強く刻まれていたと考えています。
(姜)これは殺戮戦でヨーロッパ中がどよめいたわけですよね。
しかもフランスが後進国ドイツに敗戦をなめたというねそういう時代のあとにやはり多分それまで信じていたどこかにあるヒューマニズムとかそれからある種キリスト教的な一つの伝統的なよりどころとかこういうものが粉砕されたんではないかなと。
そういう中で一体何にすがったらいいのか結局祈るしかないようなそういう現実を彼は見てしまったんじゃないか。
もう一つ姜さんが心惹かれる作品がパンテオンに収められています。
かつて敗戦からの復興を願って描いた壁画のすぐ隣…。
74歳最晩年の作…月明かりの下パンテオンのバルコニーに佇む老女はかつて少女時代を描いた聖ジュヌヴィエーヴです。
パリの街を一人静かに見下ろしながら何を思っているのでしょうか。
僕はこの絵を見て恐らくシャヴァンヌ自体のある意味では自画像と言ってもいいと思うんですけど。
ここでは桃源郷や理想郷を目指してというのではない一つ時代が終わっていくそういうものを淡々と受け入れていくようなそういうものすら感じますよね。
だから決してこれは絶望してるとか何か非常にただ孤独であるとかあるいは寂寥感が漂っているとかではなくてそういうものの彼岸にあるそういうものの中である静けさを表してる…そういう感じがします。
結局シャヴァンヌは一体何を求めて絵を描き続けたのかなと思ったんです。
それはもしかしたら人間の純粋さというものをシャヴァンヌは描き続けていたのかなと。
この晩年のジュヌヴィエーヴを描いた絵はですね先ほど姜さんがおっしゃってたように老境の孤独とかいう事ではなくてある種の満足感というのか悟りというのが描き込まれてるような気がします。
なぜならばとても肯定的な姿勢をしている。
背筋がピンと伸びて…。
ピンと伸びて老婆なんだけどどこかに自信がみなぎっているというところがありますね。
だからある種の満足感と共に眠るパリを眺めているというふうに受け止めます。
あと先ほどの「貧しき漁夫」ですか。
こちらも貧しいながらも家族と共に暮らしてそして人間がやれる事というのを突き詰めて考えていくと結局は祈る事かなと。
絶望したり貧困にあえいだりとかいろいろな苦労を重ねていった人でもあるいは苦労を重ねていったからこそ祈りというものが持つ意味というものを誰よりも深く認識すると。
こうして今日いろいろ深くお話を伺って改めて島田さんにとっては今響くシャヴァンヌの魅力ってどこにあるでしょう?そうですね…。
結局何もやる事がなくなった人がやる事が祈る事だとするならばそこの最後の人の最も重要な営みのところにいつも立ち返ってこれるようなそういう事を思い出させてくれる画家というふうに再評価したいと思います。
今日はありがとうございました。
ありがとうございました。
2014/02/23(日) 01:45〜02:30
NHKEテレ1大阪
日曜美術館「世紀末 祈りの理想郷〜ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ〜」[字][再]

ピカソやゴッホも影響を受けたというシャヴァンヌ。戦争で大きな危機に見舞われたフランスで、平和への祈りを込めた壁画を描き続けた。革新に満ちた“理想郷”の秘密とは。

詳細情報
番組内容
ピカソが模写を重ね、ゴッホが日記に感銘の言葉を記した画家がいる。19世紀フランスのピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ。パンテオンやパリ市庁舎など、名だたる建築に壁画を描き続けた国民的画家。普仏戦争で母国が大きな危機に見舞われたのを受け、永遠の平和を願う“理想郷”を追い求めた。深い精神性をたたえた作品は、後に現代絵画の扉を開く巨匠たちに多大な影響を与えた。政治学者・姜尚中が、心に残る傑作を語る。
出演者
【出演】聖学院大学全学教授・東京大学教授…姜尚中,作家・キュレーター…原田マハ,【司会】井浦新,伊東敏恵

ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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