(フリース)1901年にこの破片が見つからなければ古代にこれほど高度な技術が存在した事を誰も信じなかったでしょう。
(ジョーンズ)ここまで精巧に作れたとはまさに驚きです。
2,000年の時を経て私たちの前に現れた古代ギリシャの遺物。
腐食した金属の塊が精密な機械の一部だった事が分かってきました。
(ビツァキス)古代ギリシャの時代に誰かがどこかで作ったアナログのコンピューターなのです。
今から100年余り前。
エーゲ海の海綿採りの漁師が海底に沈む難破船の残骸を発見。
彫像や美術品など大量の財宝が引き揚げられました。
財宝と共に発見された青銅の小さな物体は「アンティキテラ島の機械」と呼ばれ研究者たちを長年とりこにしてきました。
そして今最先端の技術を使った研究によってこの物体に秘められた謎が明かされようとしています。
古代文明の計り知れない英知。
小さな機械に隠された驚くべき真実とは。
古代ギリシャ人はすごい事をやってのけました。
歯車を組み合わせて天体の複雑な動きを再現したのです。
これは間違いなく類いまれな天才による創造です。
ギリシャエーゲ海に浮かぶアンティキテラ島。
岩に覆われた島の沿岸に100年余り前一隻の小さな船が流れ着きました。
船に乗っていたのはスポンジの材料となる海綿を採る漁師たちでした。
一行は嵐を避けて偶然たどりついた海で海綿を探してみる事にしました。
漁師は海底で青銅の彫像や大理石の美術品など古代ギリシャの財宝を発見しました。
2,000年前ローマが地中海におけるギリシャの覇権を脅かし始めた頃船と共に沈んだものです。
古代ギリシャの栄光を伝える傑作の数々は2,000年の眠りから奇跡的によみがえりました。
海底から引き揚げられた彫像や美術品は現在アテネ国立考古学博物館に収蔵されています。
その中に海水で腐食し複数に割れた一見何という事のない金属の塊があります。
しかし塊の内部には複数の歯車が重なっています。
研究者たちが「アンティキテラ島の機械」と呼んだこの物体は2,000年前に生まれた世界最古のコンピューターだったのです。
息をのむほどの精密さです。
ここを見ると金属部分に細かいギリシャ文字が刻まれているのが分かります。
古代ギリシャでは水車などに木製の歯車が使われる事はありましたが金属の歯車でここまで精巧な機械が作れたとは衝撃的です。
この機械は誰が何の目的で作ったのか。
謎を解明するため天文学者のマイク・エドマンズが数学や科学史などの専門家に呼びかけ2000年に国際的な研究チームを立ち上げました。
数学者のトニー・フリースはいくつかの重要な調査で責任者を務めました。
まずは基本的な情報を整理しました。
沈没船の跡から回収された品々はこの機械がいつどこで作られたのかを知る重要な手がかりでした。
最初の発見から75年。
フランスの海洋学者ジャック=イヴ・クストーによる海底調査で新たな積み荷が発見されました。
「アンフォラ」と呼ばれるワインの運搬に使われた壺や船体の一部と思われる木材そして青銅の小さな立像。
クストーは沈没船がローマのガレー船つまり軍艦だったと考えました。
最大の功績は古いコインの発見でした。
年代を特定する大きな手がかりとなりました。
(エドマンズ)カゴが描かれていますね。
(ツェレカス)ペルガモンの王が伝えたカゴです。
ほとんどのコインはペルガモンで造られました。
一部エフェソスのものもあります。
この事から何が言えますか?
(ツェレカス)この船が小アジアの港に寄った事が分かります。
年代は?
(ツェレカス)紀元前70年から60年の間の10年間です。
コインは船がたどった最後の航路と年代を知る最初の手がかりでした。
引き揚げられた積み荷を更に調べてみると船が必ずしも軍艦ではなかった事が分かってきました。
かなり大型の貿易船でした。
この時代としては巨大と言ってもいいでしょう。
最大級の貿易船でした。
これほど大型になると立ち寄れる港は僅かです。
デロス島ペルガモンエフェソスそしてロードス島くらいです。
船は小アジアにあるギリシャの植民地を出発したと考えます。
ペルガモンやエフェソスといったこの沿岸地帯の港です。
船は南下しコス島に立ち寄ったあとロードス島で更に多くのアンフォラを積み込みました。
大量の積み荷を載せてローマに戻る途中アンティキテラ島沖で嵐に遭い遭難したのです。
一部の積み荷については年代を紀元前70年から50年と特定する事ができました。
船が沈没したのはこのころだと考えられます。
しかしこの金属の物体については疑問が残りました。
ずっと後に作られたまたまこの海域を通った別の船から落下したとも考えられるからです。
研究チームは過去の研究を洗い直していきました。
注目したのはイギリスの物理学者デレク・デ・ソラ・プライスの研究です。
プライスは1950年代に初めてこの金属の物体を本格的に調べました。
そしてX線写真を使い合計で27個の歯車が組み込まれている事を突き止めました。
実に複雑な構造です。
プライスは初めて歯車の歯の数を数えた人なんだよな。
手作業で歯車の輪郭をなぞって数えたんだ。
だから正確さに欠けたのもしかたがない。
X線写真では歯車が重なって見えてしまうため作業は難航しました。
それでもプライスは歯の数に謎を解くヒントがあるはずだと考えました。
そしてとうとうある歯車に127枚の歯がある事を突き止めたんだ。
235という数も発見した。
いずれも古代の天文学に関係する数字だ。
127の歯がある歯車は月の動きを再現するためのものだという説をプライスは立てました。
プライスは発見の重大さに夜も眠れなかった事でしょう。
2,000年前にこの機械が本当に存在したならば西洋の科学技術の歴史そのものを書き換えなければならないからです。
最も創造性に満ちた文明の一つを生み出した古代ギリシャ。
今から2,500年前人々の思想に大きな変化をもたらし後の18世紀の産業革命に匹敵するほどの技術革新を成し遂げました。
紀元前5世紀絶頂期を迎えた都市国家アテネはその輝かしい栄光を美しい彫像や建造物によって表しました。
アテネを見下ろすアクロポリスの丘に築かれた巨大なパルテノン神殿。
守護神アテナに捧げられたものです。
古代ギリシャ人が好んだ公開の場での討論や演説は民衆を対象にした演劇文化に発展しました。
1万4,000人を収容するエピダウロスの古代劇場。
音響に優れ舞台上のかすかな音でも最後列まで響きます。
(コインの落ちる音)古代ギリシャ人は天文学を数学の一部として発展させました。
天体までの距離を計算しその軌道を幾何学的に把握していたのです。
フリースたちの研究チームは古代ギリシャの人々が天文学と数学を融合させ歯車で天体の動きを再現したと考えました。
更にその目的は月の動きの解明にあったと推測しました。
月は重要で宗教行事の日取りも月の満ち欠けで決めていました。
後ろのパルテノン神殿でもそうでした。
プライスが発見した「235」という数字が重要な意味を持ち始めます。
(ジョーンズ)古代の人は1朔望月つまり新月から次の新月までの周期がおよそ29.5日だと知っていました。
ところが1年は12か月なのでこれを12倍にすると354日です。
つまり月を基準にした1年は太陽年太陽を基準にした1年よりも11日短いのです。
しかし古代の人は同時に19太陽年が235朔望月とほぼ等しい事も知っていました。
つまり19年を一つの周期と考えれば月の暦と太陽の暦はぴったり一致するのです。
プライスにとってこれは最初の突破口でした。
機械の背面上部には235個の目盛りが刻まれた文字盤の跡がありました。
19太陽年を一つのサイクルと捉える「メトン周期」です。
ここにメトン周期の目盛りが刻まれている事は何を意味するのでしょうか。
古代の人々は月の満ち欠けを頼りに暮らしていました。
穀物を植えたり宗教行事を行ったりする時期そして戦争のタイミングまで月の満ち欠けから判断していました。
「127」という歯車の歯の数も重要な手がかりでした。
新月から新月までの1朔望月はおよそ29.5日。
一方月の公転つまり月の満ち欠けを考えず月が地球の周りを単純に1周する周期は27.3日です。
古代の人はメトン周期でいう1周期すなわち19年の間に月が254回公転する事を知っていました。
しかしそれだけの歯を刻むのは大変です。
そこで254の半分127枚の歯を他の歯車と連動させる事にしたのです。
プライスは127枚の歯が月の公転を表すための工夫だったと確信しました。
127と19。
2つの素数がいずれも重要な意味を持つ事が分かりました。
20年間にわたる研究の末プライスは機械の全容を明らかにしたと考えました。
しかし大きな謎が残されていました。
背面にある歯車です。
歯の数は222か223でその役割は分からないままでした。
何としてでも内部を見たいと思いました。
ある日科学専門誌を見ていると金魚を写した3次元のX線写真がありました。
別の写真ではイナゴが体内の細部まで写し出されていました。
この撮影技術を使って機械の内部を3次元で見る事はできないものか考えました。
フリースは立体的なX線撮影の技術を持つ会社に協力を仰ぎました。
撮影には被写体をゆっくり回転させX線を3,000回ほど照射します。
その結果をコンピューターで3次元に変換します。
こうして立体的な画像が得られるのです。
最初の画像が現れた時誰もが息をのみました。
見た事もない光景です。
まるで歯車が海の底から次々と浮かび上がってくるようでした。
この画像を手がかりにより本格的な研究に乗り出す事ができました。
内部の構造を把握するため私はまずコンピューター・グラフィックスで再現してみました。
ほんの僅かな空間にこれだけのものが詰まっているとは驚きでした。
歯車はお互い触れそうな距離にあり見事な層を成しています。
その数は27個。
本来は恐らく50個以上あったと思われます。
最大の謎はこれまで見落とされていた背面の歯車の役割です。
歯の数は222か223のどちらかです。
223といえばプライスが既に発見した19と127と並ぶ新たな素数です。
研究チームはこれらの奇妙な数を糸口にいよいよこの難題に取り組もうとしていました。
(ラッパ)フリースたちの研究チームには一人のライバルがいました。
ロンドンで25年間独自にこの装置の研究に取り組んできたマイケル・ライトです。
ロンドン科学博物館の学芸員だったライトは楽器から機械仕掛けの古時計まであらゆる機械の仕組みを研究しています。
「アンティキテラ島の機械」も作り手の視点から徹底的に調べてきました。
これまでの研究で「アンティキテラ島の機械」は全体が木製の箱に収まっていた事が分かっています。
そこでライトは箱型の模型を作り側面のハンドルで歯車を回せるようにしました。
この模型にはライト独自の考察が加えられています。
箱の前面に天体の軌道を表示する複雑な天体観測器を設置したのです。
(ライト)古代の人は天動説を信じていました。
中央のこの円い部分が地球を表し全てが周りを回っていました。
動きが最も速いのは月で一番手前の針で表しました。
昔の人は毎晩夜空をテレビのように見ていたのでしょう。
彼らは私たちよりもずっと天界を理解していたのです。
古代の人々は月を基準に暮らしていました。
そのため月に支配される1か月と太陽に支配される1年とをうまく調和させる暦が必要でした。
それがこの装置に組み込まれていたのです。
ライトは更に53の歯を持つ歯車にも注目しました。
古代の人はどのようにしてこの半端な数の歯を刻んだのでしょうか。
53が54よりも難しいという事は決してありません。
古代ギリシャの職人はまずこうした金属の薄い板を金づちとのみで円に切り取りました。
まず円を6等分し印を付けます。
次に6つの区分を9等分すると54になってしまうので8とという半端な数字で分けていきます。
53枚の歯が出来ました。
このまま模型に使えます。
古代の職人はこの作業を30分ほどでこなしていたでしょう。
一方CGを使って機械を再現したフリースはライトがこだわる53という数字に納得できずにいました。
53…。
なぜ53なのか。
この半端な素数は何の意味もないように思えました。
一方54は2で割る事ができ3でも複数回割れてはるかに扱いやすい数です。
私は54が正しいと思いました。
しかしそれは大きな誤りだったのです。
この間違った判断が後々までフリースを悩ませる事になります。
研究者たちの前には更に切迫した課題が立ちはだかっていました。
背面にある大きな歯車。
その歯の数がなぜ222または223なのかを解明できずにいたのです。
新たな手がかりを求めていました。
そこで注目したのが表面に刻まれた銘文です。
肉眼では読み取れないこれらの文字は一体何を伝えているのか。
そんな時新たな撮影技術の存在を知りました。
それは高度な画像処理によって表面の細部を映し出す最新鋭の技術です。
ロンドンのナショナル・ギャラリーではこの技術が絵画の研究に使われていました。
フランス・ハルツの作品です。
コンピューター上で仮想の照明を当てると作者がどのように筆を動かしたのかがはっきりと浮かび上がります。
これはまさに我々が必要とする技術でした。
撮影装置の開発者が「さまざまな角度から光を当てながら写真を連続して撮ってはどうか」と提案してくれました。
50個ほどのフラッシュを並べたドーム型の装置に「アンティキテラ島の機械」を入れて撮影しました。
その後画像処理を施して色や質感など余計な要素を取り除き表面の本来の姿を浮き上がらせたのです。
それは言うならば古代の文字がこちらに向かって飛び出してくるような感覚でした。
研究は新たな局面を迎えました。
(ムサス)「シグマカッパガンマ」ほらここだ。
どういう意味だい?223だよ。
223だって?そうだ。
あの下の行だよ。
間違いないか?
(ムサス)ああ間違いない。
223とは歯車の歯の数なのでしょうか。
そこに新たな情報が飛び込んできました。
今まで見落とされていた破片が博物館の倉庫で発見されたのです。
研究者たちはこれを「破片F」と呼び背面の目盛り盤の一部だったと推定しX線写真を撮影しました。
破片Fが背面にある目盛り盤の一部だったと分かった時は胸が高鳴りました。
そして4重の螺旋になっている目盛りの正確な数を知りたいと思いました。
最新のプログラムに全てのデータを入力してみると目盛りは220から225だという結果が得られました。
私は223に違いないと確信しました。
223という数の意味を求めて大英博物館に向かいました。
古代ギリシャの黄金期より300年前の紀元前7世紀古代バビロニアは既に高度な天文学を確立していました。
当時の銘板に答えが記されていました。
223とは古代バビロニアで考え出された18年周期を意味していたのです。
バビロニア人は食の周期を18年周期つまり223か月と捉えました。
今日「サロス周期」と呼ばれる暦で日食や月食が223か月置きに繰り返すというものです。
ではバビロンの王は食を事前に知ってどうしたんでしょうか?食は不吉な前兆でしたので王は退位し代わりに犯罪者やそれに類する者を王座につかせました。
この銘板には代理王が王座につく儀式が刻まれています。
ここに「代理王は不吉なものを一身に背負った」とあります。
最悪の時期が過ぎると代理王は殺され本物の王が再び王座に戻ったとされています。
代理王が死んだならば前兆は正しかったという事ですね。
そういう事です。
ようやく明らかになった背面の歯車の秘密。
歯の数は食の周期を表す223。
つまりこの機械は日食や月食を予測する機能を持ち合わせていたのです。
この機械の目的は未来の食を予測する事だったのです。
なんと優れた発想でしょう。
時間の概念を具体的な運動に変換して数十年後の結果を予測し表示するのです。
要するにこれは人類が初めて創作したコンピューターなのです。
歯車はコンピューターを動かすいわば「プログラム」でした。
では出力データはどこに表示されたのでしょうか?ヒントは破片Fにありました。
破片FのX線写真は一見大した情報がないように見えました。
しかし深い層に下りていくと目盛りが浮かび上がり更にかすかな文字が見えました。
古代エジプトのヒエログリフに似た文字で私はこれを「グリフ」と呼びました。
グリフは食の予測に違いありません。
私はまず最初の文字が「シグマ」だと気付きました。
英語の「S」に当たり「セレーネ」つまり月の女神の略です。
これは月食を意味していると思いました。
次に「エータ」の文字に気付きました。
英語で言う「H」で太陽の神「ヘリオス」の事です。
つまりこれは日食です。
次の記号には苦労しました。
いかりの形をしたこの記号です。
ギリシャ占星術に関する本を調べてみると膨大な量の記号がありました。
そこにたまたまこの記号を見つけたのです。
それは「オラ」つまり「時間」の略でした。
つまりこの機械は食の日付を予測するだけでなくその時間まで計算したのです。
針が目盛りに沿って動くとここでちょうど月食になります。
この月には日食次の月には月食というようにね。
我々はインターネット上で情報を共有し研究を続けました。
するとアテネにいたヤニス・ビツァキスが「色は黒」という文字を見つけました。
トロントのアレクサンダー・ジョーンズは更に「色は炎のような赤」という言葉を発見しました。
この機械は数十年後の食とその日時を予測するだけではありませんでした。
影が進む方向や光の色までをも予測する極めて高度なものだったのです。
(ジョーンズ)アテネで見る皆既月食です。
月食や日食は古代の天文学者を魅了しました。
しかしほとんどの人にとってそれはおそろしく不吉なものでした。
食の周期は機械の背面にあるサロス周期目盛り盤に表示されました。
針を動かすのは食の周期を表す223の歯を持つ歯車でした。
しかし新たな疑問が浮かび上がりました。
月の軌道は楕円です。
速度は地球に接近するほど速く遠くなるほど遅くなります。
この動きをどのように再現していたのでしょうか。
ライトの発見は見事でした。
223枚の歯を持つ大きな歯車の上に別の小さな歯車がありそこに一本のピンが刺さっていたのです。
からくりはこうです。
装置の背面近くに歯車があってここに細長い溝のようなスロットが見えます。
次にここです。
スロットの中に見える円い影。
ピンの跡です。
ライトは更に決定的な発見をしました。
ピンのついた歯車とスロットのある歯車の軸がほんの僅かずれているのです。
片方の歯車が一定の速度で回るともう片方は速くなったり遅くなったり速度を周期的に変化させます。
変化を繰り返す月の運行は小さなピンとスロットによって再現されていました。
私の模型でお見せしましょう。
今ピンは歯車の中心に近い方にありますので歯車は速く動きます。
そして今見て下さい。
ピンはスロットの外側に移動しました。
すると歯車の回転は遅くなります。
月の運行速度の変化がこれで表せるのです。
月の軌道についてもう一つ問題がありました。
月の軌道は完璧な円ではなく楕円です。
しかも軌道そのものが9年周期でゆっくり回転しています。
私はメトン周期とサロス周期を取り入れる事で古代ギリシャ人は月の軌道が一年間でどれくらい回転するのかをはじき出していたのではないかと考えました。
答えは一年に0.112579655回転ですがこれほど細かい数値をこの機械は割り出す事ができたのでしょうか。
月の軌道の回転をどのように歯車で再現したのか私は考え続けました。
そこで27枚の歯を持つ歯車が基点になっていると考えました。
27の2倍は54。
以前ライトが53にこだわり私が54に修正したあの数字です。
そしてある時一瞬にして目の前が開けたのです。
アテネに向かう機内であれこれ計算していました。
歯車の歯は27枚だと分かっていたので27を入力してみました。
結果は大きすぎました。
26ではどうかと思い入力すると今度は小さすぎました。
私は数学者でして数学者というのはおかしな発想をするものです。
私は26.5を入力してみました。
すると結果はどんぴしゃり!0.112579655。
小数点第9位まで一致します。
稲妻にうたれたかのようでした。
26.5の2倍は53。
ライトが53にこだわったのは正しかったのです。
ようやく53枚の歯を持つ歯車の謎が解けました。
背面にある223枚の歯の歯車を9年周期で回転させ更にピンとスロットで月の速度の変化を再現するのです。
私たちはこれまでの研究で19127223そして53といった素数を手がかりに突き進んできました。
そしてようやく全てが一つにつながりました。
長年厚いベールに覆われ誰にも分からなかった歯車の謎を解明する事ができたのです。
とても信じられない事です。
ようやく全容を現した古代ギリシャのコンピューター。
では一体誰が2,000年前にこの機械を作ったのでしょうか。
(エドマンズ)作者については機械自体にヒントがあるはずだと考えました。
イギリスにいるフリースとカナダのジョーンズは背面の文字盤に刻まれた月の名前に注目しました。
(ジョーンズ)ギリシャの都市国家はそれぞれが独自の暦を持ち月の名前も都市によって違いました。
ここにはまず「ラノトロピオス」。
「ドデカテウス」。
3つ目に「プシドレウス」。
そして「フィオニケオス」。
暦の最初の月です。
これらの名称はいずれも古代コリントスの暦で使われていたものです。
つまりこの機械はコリントスまたはその植民地例えばシチリア島のシラクサから来たに違いありません。
シチリア島のシラクサはギリシャのコリントスからの移住者が築いた都市国家です。
ギリシャの植民地で紀元前3世紀から4世紀にかけて繁栄しました。
注目すべきはシラクサがある人物のゆかりの地だった事です。
古代ギリシャが誇る偉大な科学者アルキメデスです。
アルキメデスは天文学の分野では月までの距離を計算し数学では円周率や球体の体積の計算法を編み出しました。
アルキメデスほどの頭脳がなければ「アンティキテラ島の機械」は作れません。
アルキメデスはスクリューを使って船の底から水をかき出す装置や敵の船を巨大な鉤でつかんで転覆させる兵器を発明しました。
紀元前3世紀アルキメデスはシラクサで暮らしていました。
そのころローマがイタリア南部に勢力を伸ばしていたためシチリア島の要衝シラクサはローマ軍との戦いに備えていました。
紀元前214年マルケルス将軍率いるローマ艦隊がシラクサを包囲します。
シラクサはアルキメデスが考えた兵器でローマの船を転覆させるなど抵抗を続けました。
しかし2年後ついに陥落。
マルケルス将軍は兵士たちに「決してアルキメデスを殺してはならない」と命じました。
しかしローマの兵士は地面に図形を描く老人がアルキメデスである事に気付かず連行を拒んだためアルキメデスを刺し殺してしまいました。
シラクサは略奪され戦利品はローマに運ばれました。
この時マルケルス将軍はアルキメデスが持っていた2つの機械を自ら持ち帰ったとされています。
これが「アンティキテラ島の機械」の原型ではないかと考えられています。
150年後。
ローマの政治家キケロはマルケルス将軍の孫の家を訪れた際アルキメデスの作った機械を目にしたと書き記しています。
「アルキメデスは異なる速さで動く5つの惑星の運行を一つの装置で正確に表す方法を編み出していた。
現実の日食がこの装置で計算したとおりに起きたのだ」。
更に大きな疑問が浮かびます。
世界最古のコンピューターを生み出した古代ギリシャの技術はなぜ継承される事なく歴史の舞台から消えたのでしょう。
多くの歴史家は古代ギリシャの衰退とローマ帝国の崩壊によってギリシャの知識や技術は東方に流れ後にイスラムの世界に受け継がれたと考えています。
マイケル・ライトも「アンティキテラ島の機械」の技術を継承したのはイスラムの科学者だったと考えています。
1983年博物館に天体観測用の装置が持ち込まれました。
レバノンあたりのもので年代は紀元520年ごろ。
我々が知るかぎり「アンティキテラ島の機械」に次いで2番目に古い歯車付き装置です。
背面の歯車はこの円盤と連動して月の満ち欠けを表示します。
これが新月。
歯車の技術はイスラムの世界に伝わったあと北アフリカのムーア人によるスペイン征服を経て13世紀ごろ再びヨーロッパに紹介されたのです。
そして14世紀に始まるルネサンス時代新たな装置が登場しました。
時計です。
時計は「アンティキテラ島の機械」で使われた歯車の技術を基にしたと考えられます。
「アンティキテラ島の機械」はもともとずっと大きなものだったはずです。
古代ギリシャの技術者たちはそれを数世代かけて小型化し最後は小さな箱に収まるほどのサイズにする事ができたのだと考えられています。
この機械は小さく軽量で持ち運びが簡単でした。
天文学の知識のほぼ全てが凝縮されていました。
万物の理論が収まったこの小さな箱は古代のノートパソコンだったのです。
2,000年前古代の科学者が作った「アンティキテラ島の機械」は見事に完成されたものでした。
機械の背面には月の軌道を追い食を予測する暦が取り入れられました。
そして前面には宇宙が再現されていました。
太陽と月と5つの惑星が複雑に調和しながら天空を舞うのです。
その洗練された造りはまるで古代の科学者が自分たちの才能の前に立ちはだかるものなどはないと主張しているかのようです。
これこそ古代ギリシャの知の極致と言えましょう。
ギリシャは現代の基礎となる美術や建築文化を生み出しました。
それだけでなく先端技術の発祥の地でもあったのです。
2,000年の時を隔てて起きた2つの嵐。
1つ目は紀元前70年ごろ古代ローマの巨大な船を襲い財宝ごと海の底に沈めました。
2つ目は1900年。
強い風が海綿採りの漁師の小舟を人けのない島の沖合へと導きました。
2つの偶然が重ならなければ「アンティキテラ島の機械」は永遠に発見されなかったかもしれません。
この発見によって私たちは古代文明で花開いた驚くべき英知を知る事ができたのです。
糸電話を使ってお姫様に声を届けよう。
その距離136m。
2014/03/08(土) 19:00〜19:45
NHKEテレ1大阪
地球ドラマチック▽世界最古の“コンピューター”〜宇宙を再現!古代ギリシャの技術[字]
海底で見つかった古代ギリシャの財宝の中に謎の金属塊が…。X線撮影すると27もの歯車が組み込まれていた!何の目的で作られたのか?研究によって驚きの事実が明らかに。
詳細情報
番組内容
エーゲ海で偶然見つかった古代ギリシャの小さな金属片は「アンティキテラ島の機械」と呼ばれ、長年、研究者が解明に挑んできた。機械には27の歯車が組み込まれ、それぞれ歯の数が異なる。歯の数は何を意味するのか? 最近の研究により、太陽や月の周期、さらに日食や月食をも予測する機械だったことが判明。この小さな機械で、宇宙を再現していたのだ! 2000年前の驚きの技術に迫る。(2012年 国際共同制作)
出演者
【語り】渡辺徹
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 自然・動物・環境
ドキュメンタリー/教養 – 宇宙・科学・医学
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
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