新世代が解く!ニッポンのジレンマ「今読者はどこに?2014編集者の挑戦」 2014.02.23

今編集者が熱い。
世界では編集者がジャンルを超えて活躍するメディア界のキーパーソンとなっているのだ。
グローバル情報誌のブランディング力を生かしビジネスを展開する者。
雑誌の編集者を経てロボットメーカーを起業する者。
単なる本作りの黒子ではなく時代を読むその編集力をさまざまなフィールドで発揮するイノベーターたち。
翻って日本出版を取り巻く状況が急速な変化を迎えている。
電子書籍の登場ネット販売の隆盛。
だが新刊本の売り上げは右肩下がり。
先人たちが築き上げた出版文化は今大きく形を変えつつある。
今宵注目の若き編集者たちがスタジオに集結した。
今東京でベンチャーをやるって最もワクワクする仕事なんじゃないか。
100年ぶりのチャンスですよね。
新しいエコシステムをつくれるのは。
もし何もない状態で自分が一から雑誌を作るとしたら…。
コンテンツの力でその壁を打ち破れるんじゃないかなと思うんです。
四者四様の言葉から従来の編集者の概念は更新されるのか。
更に思想家が問う理想の編集者像とは。
力のある編集者というのは聞き上手なんですよ。
聞き上手で話しを引き出し上手で自分が思ってもいなかったアイデアを彼がいたおかげで出てくる。
そういうすごく生産生成的な対話をしてくれるエディターが非常にいいエディターですね。
今宵の対話からいかなるビジョンが生成されるのか。
出版大国日本が迎える変化。
その先にあるのは文化の危機かはたまた希望か。
新世代の編集者たちの頭の中をのぞいてみれば新たなニッポンのジレンマが見えてくる…か?「新世代が解く!ニッポンのジレンマ」。
今回は4人の編集者の方にお集まり頂きました。
テーマが「今読者はどこに?」という事ですけど古市さん珍しくないですか?そうですね。
編集者の方だけで集まるって…。
いつも裏方というか著者と違って表に出てこない方も多いので編集者だけで集まって頂いて地味な暗い回になるのかな〜と。
いやいやそんな事ないですよ。
明るい回ですから今日もね。
でも一つの職業に絞ってというのはかなり珍しい「ジレンマ」の回かなと。
そうですね。
楽しみにしたいと思います。
それでは皆さんにそれぞれ自己紹介をして頂きます。
まずは佐々木さんから。
はい。
「東洋経済オンライン」というビジネス系のオンラインメディアをやっております佐々木と申します。
今編集長を務めております。
よろしくお願いします。
もともとは?もともとは紙の方の雑誌の記者をしておりましてそのあと2年間ぐらい留学をして帰ってきたあとにデジタルメディアをやってます。
なのでもともとは紙の人間です。
老舗ビジネス系出版社に所属する佐々木紀彦。
経済誌の記者経験の後スタンフォード大学大学院で国際政治学を修めた。
帰国後自社オンラインメディアの編集長に就任。
僅か4か月でビジネス誌系サイトの月間ページビュー数1位に躍り出た。
社内ベンチャーの精神で出版界の変革を目指す。
この中では一番ビジネスマンっぽいですよね。
格好がですね。
失礼しました。
紙なのかウェブなのかという話もいろいろ出てくると思うのでその辺りをよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
そしてお隣は丹所さん。
自己紹介をお願いいたします。
PHP研究所という所で編集をしております丹所と申します。
よろしくお願いします。
丹所さんは今京都にいらっしゃるという事で。
そうなんです。
東京で3年間ほど新書の書籍の編集をしたあとに京都に移りまして今は雑誌の編集をしてます。
5年前京都へ異動した丹所千佳。
昨年末新たにユニークな雑誌を立ち上げた。
編集宣伝をほとんど一人で担当。
40人にも及ぶ作家たちのテキストとビジュアルを自らの感性で編み上げた一冊で新たな文芸誌のスタイルを問いかける。
これはどういう雑誌なんですか?これは…ひと言で言えよって感じなんですけど。
PHPってもっとおじさんが読む経済誌が多いじゃないですか。
それっぽくはないですよね。
そうですね。
イメージする読者層としては従来のとは違うところに向けて作りました。
しかもそれをお一人で作られたという事で。
その辺も含めて今日はいろいろお話を伺えればと思います。
よろしくお願いします。
そしてこちら側お隣ですね。
佐渡島さん。
作家のエージェント会社コルクの代表の佐渡島です。
もともとは出版社に勤めてたんですよね。
そうですね。
講談社という出版社の「モーニング」編集部というサラリーマン向けの漫画雑誌の編集部で10年間近く漫画の編集をやったあとにこれからの時代日本ってあまりエージェント会社というものが存在しないんですけれどもそれがあった方が日本のエンターテインメント業界がうまく回るんじゃないかなと思ってそれで作家のエージェント会社を立ち上げました。
10年間勤務した大手出版社で数々のヒット作を世に送り出した佐渡島庸平。
おととし独立し作家のためのエージェント会社を設立した。
作家が生むコンテンツをより自由により多くの人々に届けたい。
新たなビジネススキームに挑戦する出版界の冒険者だ。
すごいヒットを飛ばしてたわけですよね。
そうですね…何をもって「すごいヒット」と言うかですけど青年誌にしては売れてるという感じですけど。
「エージェント」って何ですか?エージェントというのは職業的にはしっかり日本ではなくて作家の人が作品を作ったあとにそれをどういうふうにして世に出していくかというところのビジネス面を全部プロデュースするのが仕事かなと思ってやっています。
今あった「何をもってヒットなのか」というのも今日話してみたい事でもあるので皆さんがどう考えているのか後ほどいろいろ伺っていきたいと思います。
そしてお隣武田さん。
カイユウという…説明が難しいんですけどメディアプロダクションと名乗っているんですがという会社をやっております武田と申します。
主にやっているのは自社の媒体で「KAI−YOU.net」という日本のポップカルチャーをジャンルを超えてお届けするようなメディアを運用しながらいろんな仕事編集だったりデザインの仕事をやらせて頂いてます。
「世界と遊ぶ」をテーマとして学生時代からミニコミ誌を制作してきた武田俊。
現在仲間と共に運営するポータルサイトが扱うのは…コンテンツにジャンルの壁は存在しない。
ネットとリアル双方で島宇宙化した人々をつなぎ直す。
いわゆる編集者という方があんまりいないですよね。
僕のイメージと全然違いました。
どうなんですか?これってやっぱり特殊なのかそれとも今ってこういう編集者ばかりなのかどうなんですか?特殊なとこもあると思うんですけど編集者の重要性とかそういうものが高まってる感じはしますよね。
今まではどちらかというと黒子という感じでしたけど編集者がコンテンツ作りの最先端というか一番主役になってきてるってところは感じるとこがあります。
編集者っていった時にすぐひとくくりにされるんですが雑誌を作ってる編集者と作家と一緒に作品を作ってる編集者だと全く職業が違うと思うんですね。
雑誌を作ってる人たちっていうのは自らメディアを作る人たちなんです。
それに比べて作家と一緒に仕事してる編集者はコンテンツを作るところをサポートしてる仕事なんですよ。
その2つの職業っていうのは全く違う職種ぐらい違いますね。
今日ここにいらっしゃる方はメディアを作る編集者の立場の方が多いんですかね。
佐々木さんはそうですし丹所さんもそうですよね。
武田さんもそうだ。
僕だけが…。
佐渡島さんだけ作家さんと一緒にという…。
「今読者はどこに?」というテーマでやっておりますがこちらのグラフをまずご覧頂きましょうか。
これは日本の出版物の推定販売額の推移を示したものです。
9年連続で前年を下回っている。
右肩下がりになってきています。
とはいえ80年代後半ぐらいのレベルに落ちただけとも言えるわけで90年代が異常だったという考え方もできますよね。
95〜96年が一番すごいんですけどね。
(佐々木)これ本はさほど落ちてないですよね。
雑誌の落ちが急激なので出版不況というより雑誌不況ですよね。
雑誌が落ちちゃったのはウェブと性質が似てるからだと思うんです。
雑誌って2つ需要があると思うんですけど大ファンの人の需要と暇潰し需要だったと思うんですけどスマホができてしかも地下鉄で見られるようになって暇潰し需要が全部スマホにいっちゃったなという気はします。
(丹所)昔の雑誌の方が面白かったような気がして…。
どこが違う?う〜んと…どうなのかな。
古本屋さんに行くのが好きなんですけど古書も好きなんですが昔の雑誌とかも見てると今より冒険してるというか遊んでるというか。
逆に新鮮だったり。
(佐々木)反骨精神とかありますよね。
今はサラリーマンっぽいですもんね。
確かに。
今じゃ絶対できないようなデザインワークとかもありますよね。
そうですよね。
デザイン的にもそうですし。
それを周りのみんなもしてるとそれはそれで当たり前の事なのかなという気もしててほんとに反骨精神があったりとかって意外と僕分からないなと思うんですよ。
(丹所)当時の人からすると…。
今から見るとそう感じるという。
でも昔の雑誌は分かりやすく夢を売れましたよね。
東京ってこんなすごいんだよとかハワイってこんなすごいんだよとか。
憧れを売ってれば商売になった時代があったと思うんです。
でも今ってもはやそうではないから雑誌って一体何を伝えるものなんでしょうね。
今おっしゃった「夢を売る」みたいなそれってもっと端的に言うと物を買わせる事だったと思うんですけどそれが無理というかださいって逆に思われちゃったりとか。
体感的に思うのは特に僕らの世代だとコンテンツ消費じゃなくてコミュニケーションの消費の方に気持ちがガンガン移ってるので例えばウェブ上で見た面白い情報とかっていうのを媒介にコミュニケーション…例えばLINEでこんなのがあったよとかtwitterでニュースのURLを貼って「これマジうけるんですけど」みたいなコメントをし合うって事で活字自体に触れてる量というのはさほど減ってないどころか増えてる可能性すらあると思うんですけどそれが例えば作家さんがまとまって書いた一つの単著であったり書籍や雑誌という形ではないコミュニケーションのネタとしていろいろなニュースとかコンテンツが消費されてるんじゃないかなというのはふだんいろいろな人の話を見たりそれこそウェブ上を見てても思いますね。
何で雑誌を作ったんですか?そんな中。
え〜っと…ずっと月刊誌をしばらく4年くらい作り続けていて今も作ってるんですけど。
それは何ていう雑誌ですか?それは「PHPスペシャル」っていう女性向けの雑誌で。
それは既にあって。
フォーマットなり想定読者層がきっちりいてそこに合わせて作っていくという部分が非常に強くて。
それはそれでもちろん面白さとかあるんですけどもし何もない状態で自分が一から雑誌を作るとしたら作れるとしたらどんなものを作るだろうって素朴なところからスタートしました。
マーケットありきではなくて自分が作りたいものを作ってしまった?そうですね。
セグメントとかって特に年齢や属性で切るのってもう意味がない…。
難しい部分があると思って。
それは逆に私自身が読者の立場になった時も例えば30代女性で仕事をしていて独身でというのを…向けに作りましたと言われるのを見ても全然ピンとこなかったりするし。
そうじゃなくてもうちょっと個々人の感性とか好きなものとかそういう部分でつながれる雑誌があってもいいんじゃないかなと。
じゃああんまりこの雑誌はヒットしなくてもいいって事ですか?そこがジレンマです。
多分編集者で自分が作ったものが売れなくていいって思ってる人は一人もいないと思っていて。
それは自分のためとか自分がいる組織のためという事ももちろんあるんですけど書いてくれた作家の方のためにもあとは続けていく事とかも考えるとそれは絶対売れてほしいし少しでも売れるための努力を編集者も今しないといけないと思っていて。
いい本と売れる本。
一見相反するようにも見える2つの概念。
最適解はどこにあるのか。
そもそも「いい本」ってそれぞれ皆さんどのように考えてるのかなと思って。
(佐々木)いい本ですよね…。
長く読まれる本じゃないですかね。
期間が?期間がですね。
例えば私福沢諭吉の本とか大好きですけど100年たっても200年たってもずっと読まれてるわけですよね。
そういう本が私はいい本だと思うんですけど。
よく著者目線では何年読まれるかは考えますよね。
1年なのか5年なのか10年なのか100年なのか。
なかなか一人の著者がどんなにたくさん本を出してる人でも多分10年以上読まれる本は何冊も生まれないんですよ。
古市さんも書かれてる時長く読まれたいな〜なんて…。
そもそも売れないですからね。
長く読まれるためにはまず売れなきゃいけなくてそこのハードルさえも越えるのが多くの人にとっては難しいわけで。
いい本の定義って僕は長く読まれる本だけじゃなくて基本は売れてる本だと思うんですよ。
たくさんの人に読まれてる本だと思うんです。
それが時間軸で見た時に100年間読まれる事によって多くの人に読まれるのか今年1年だけで多くの人に読まれるのかどちらでもいいんじゃないかなと思っていて。
どっちの本にも価値はあって僕はどっちを作りたいのかというと長く読まれる本を仕事とした方が面白いなと思うというか。
僕からしてみると短期間でしか売れない本を作るのって自転車操業ですごい難しいというか時代をちょっと先読んでないといけないから年取ったりするとできないんじゃないかなと思ってしまって。
そうじゃない本だと自分にも可能性があるんじゃないかと思って。
売れてる本っていうのもすごく同感なんですけど中でも年齢層とか趣味嗜好が違う人がいろんな角度から手を伸ばして「これっていいよね」って言ってその本について話し合えるような場が出来上がる。
その場を作っちゃうような作品というのがいい本なんじゃないかなと思います。
いい本売れる本というのが二項対立的に語られがちですが必ずしもそうじゃないはずでやっぱり売れる本はいい本だっていうのは当然言えますしいい本だから売れたっていう事もシンプルにできると思うんですね。
何をもっていい本とするかですよね。
いい本か?というのも多いと思うんですよ。
皆さんもそういうふうに思う時はあるんですね。
僕ほとんどの本にそう思いますよ。
どう判断します?いい本って。
いい本はやっぱり自分がとっておきたいなと思う本ですね。
あとこれ将来読むかもしれないなとか息子が大きくなったら読ませたいから本棚に入れておくかみたいな。
(武田)本棚に入れておきたいというのは能動的にいい本。
それ自分の基準ですよね。
(武田)そうですね。
個人的な基準はそこかもしれないです。
(佐々木)表紙とか装丁に出ますよね。
編集者と著者が本当に力を入れてたらデザインからやっぱりいいですから。
ですので外見大事だと思いますね本も。
ここでいろんなヒントになるかもしれません。
近年注目を集める2つの出版社を取材しましたのでこちらをご覧頂きましょう。
東京・千代田区のビジネス街にオフィスを構える出版社。
年間に刊行する書籍はおよそ100点。
時流に乗ってコンスタントにヒット作を生み出してきた。
毎月の新刊本のプレゼン会議。
要するにマーケットがないんだ…。
社員50名のうち編集担当が10名に対し営業担当は30名に及ぶ。
企画装丁PRのアイデアを生むマーケティングの力。
データ解析によって書店への効率的な出荷数を割り出すスタッフも。
どの本をどこにどのぐらいの量を置いたらいいだろうかみたいな事が重要になってくるんですね。
ここにはあってほしいのに足りないという時にここが足りないですよというアラートを出したりだとか。
プログラミングを書いて最適化の計算をしてというところをやってます。
25年前人材マネジメント会社の経営者と共に現社長の干場弓子が設立したこの出版社。
出版界の常識にとらわれないビジネスモデルを目指す。
本当に欲しいものってどんな業界でも普通分からないものじゃないですか。
示されて「それが欲しかったんだ」という事になりますよね。
ですから読者の事とか自分も読者として自分ならびに人を見るのは大事なんですけどそれに従うっていうのでは駄目だと思います。
その先を見ないと。
すごいとんがった人はすごい先を見るんですよ。
恐らく優秀な人は未来を分かった上で今と結びつける。
で形にしなさいって言ってます。
所変わって京都。
とあるマンションの一室に小さな出版社のオフィスがある。
2つの出版社で編集者として働いた後7年前に単身で起業した…現在は社員7名で年間およそ10点の書籍を刊行する。
一冊入魂。
出版の原点回帰を理念とする。
確かに売り上げとかを見ていったら出版というのは産業的には伸びている産業ではないと思うので。
ですけどもその一点をもって出版というものが危機に陥ってると捉えるというのは非常に一面しか見ずにそれを全面と捉えているような話でしかないなというふうに僕は思っていまして。
今時代を超えて読み継がれている古典と呼ばれているものは100部とか400部とかいっぱいあるんですね。
そういうのがある時代を動かすものになっていったりと。
その時はこれをベストセラーにしてやろうというものでもないですし。
出版社のウェブマガジン。
運営を支えるのは年間2万円の出資をするおよそ300人のサポーターたち。
特典としてウェブマガジンが一冊の本になって毎月手元に届く。
あくまで紙の本という形にこだわる三島。
サポーターとの交流から新たな企画が生まれた。
この2冊今出まして…。
「シリーズ22世紀を生きる」。
100年先にも読み継がれるような本作り。
その真意とは。
世の中いっぱいあふれていて記号的に広まっている流行を何かすごく大きな形で伝えるという事は出版じゃなくてもできる他のメディアでもできる事だと思うんですが全く記号的でもない埋もれてしまうような声の中に真理があったりだとか。
そういう他では拾われないような言葉なんかをしっかりと感知しそれを形にしていくという。
それが僕たち編集者に課された役割だろうなと思ってるんです。
三島が一人で出版社を立ち上げた頃心の支えとなっていた作家が神戸にいる。
思想家にして武道家の…フランス現代思想の研究をベースとして日本の諸問題を批評してきた。
独立する三島の背中を押したのはなぜなのか。
成長モデルというのは無理だろうと。
どう考えても日本の経済日本の社会システムは成長モデルではこれ以上やっていけないからむしろ定常型というか同じ状態で淡々と続いていくと。
だからそれでいいんじゃないのかな。
一定数の読者が数千人の読者が出版社を信頼して支持してくれていればそういう安定的な読者をきちんと確保していれば好きな本これだけは出したいという本を年に何点か出し続けていって数人の出版社の社員を何とか食わせていく事ができればそれが今の日本で一番やりたい事ができる本作りの形じゃないかなと思って。
彼もそういう意志だったし僕もビジネスはそうあるべきだと思っていたのでそれでいきなさいという感じで励ました記憶がありますけど。
小さなサイズでロングテールな出版文化を目指すのか。
マーケティング力を強みに大きな市場に打って出るのか。
それぞれの戦い方を四者四様の立場にある若き編集者たちはどう見たのか。
先ほどからいい本と売れる本二項対立だとみんな思うけどという話を丹所さんもされてたじゃないですか。
マーケティングをする事とこの本100年後も残したいと思って一生懸命作る事って対立する事じゃなくてこの本100年後も残したいと思って一生懸命作ったあとに一生懸命マーケティングするとかセットになった方がお互いハッピーじゃないかなと思いました。
一生懸命頑張ろうとする時にこの一つが正しいんだという議論に陥る時もあるかとは思うんですけどどっちも正しい事言ってるなと思いましたけどね。
先ほどの三島さんの話でありましたけど例えばプルーストの「失われた時を求めて」というのも初めは自費出版でそれから…。
でもどこでも一回も爆発的に売れてないんですよね。
現代においても一回も爆発的に売られてないけれども生き残ってしまう…そういう本の運命もありますし。
ただ面白いなと思うのが大学では英文学でいろんな作品を読んでたんですけどその時に過去のヒット作を読む授業とかもあるわけですよね。
50年前のヒット作とかを読むと読めないんですよ。
読めない?分からない単語がいっぱいある。
英語でも。
英語で。
それが古典の中でも名作と呼ばれるものを読むと結構スラスラ読めるんですよ。
言葉の耐久性みたいなのがあって生き残る作品って耐久力のある言葉を作家が無意識に選んでますよね。
(武田)はやり廃りでなくならないものみたいな。
書き手からしてみると例えばもしも専業の作家だった場合1万部しか売れなかった場合本が1,000円だったら印税率大体10%だから100万円にしかならないわけです。
すごく頑張って書いた本が100万にしかならない。
これでやっていけるかって話になっちゃう気もするんですけど。
確かにそうですね。
飯を食わなきゃいけないわけで。
食べていくそれを商売にするっていう事といいものを作るってどうしてもジレンマがあると思うんです。
そのジレンマってどうしたら超えられるんですかね。
その作者がいいものを作った時にそれが多くの人に伝わるような書き方を最後の最後まで考えると結構硬い本でも売れると思うんですよ。
例えば「嫌われる勇気」という本が今あるんですね。
それはアドラー心理学のアドラーについて書いている本なんですよ。
アドラー心理学ってフロイトとユングとアドラーで3人がすごい心理学者だってされてるんだけども日本ではアドラーは忘れ去られてしまっていて研究者もほとんどいない。
それを古賀さんというライターの人が岸見先生という研究者にずっと取材して10年前からやりたいと思ってたんだけど10年間かけてずっとアドラー勉強してやっと今書いたんですよ。
それも1年近くかけて書き直して書き直してというふうにして何度もやってでもこれ硬いから1万部とか1万5,000部しか売れないかもな〜と古賀さんも思ってたし僕が編集したわけじゃないけど僕もそうかもしれないなと思ってたけれども実際世に出してみたら今8万部ぐらいでもっともっと売れそうな雰囲気なんですよ。
じゃそれぐらい自分の研究した事とかを伝えるために努力してる本ってどれぐらいあるんだろう。
世の中で大ヒットしてるものって結構そういうふうな努力の詰まってるものの確率の方が高い気はしますね。
丹所さんもやった努力と売り上げがつながってるなって感触はありますか?本ってある程度以上の部数を超えるとあとは作り手側のコントロールも外れるというか特にメディアミックスとかされて漫画とかはきっとそうなのかなって想像するんですけど。
そこまでいけるものといけないものの違いは何だろう。
僕も著者として出版社とつきあってて思うのは一人の編集者の担当書籍数を減らして営業まで全部してほしいとはすごく思うんですよ。
だって僕の本の事を一番分かってるのはずっと見てくれてた編集者なわけでその人が一番本の事を分かってるから売る事もできると思うんですね。
(武田)思い入れもありますもんね。
でも実際はそうじゃない読んだか読んでないかも分からないような営業の人がふわっと書店に対して売ってくれるだけなわけじゃないですか。
ここはもっとできる事あるなとは思いますね。
そういう意味じゃミシマ社がやってた事を大手がやってもいいわけですよね。
僕らがやるこういうコンテンツを作るって9努力した時と10努力した時で結果が1しか違わないわけじゃなくてそれが9の時には1しか売れなかったのが10の時は100いっちゃうみたいなそういうタイプのビジネスだと思います。
ここの9から10の努力の直前に出版されてる本が多いなと思います。
ここで4人の編集者たちの「座右の書」をご紹介。
佐々木の一冊は…佐渡島は井上雄彦の国民的漫画を。
武田は高橋源一郎によるポップ文学の傑作を。
丹所は…座右の書に見るそれぞれが目指す道。
ここで古市の著書を肴にタイトル談義が始まる。
古市さんの本についてさっき佐々木さんが言及した時に「絶望の…」とかって言っててタイトル全部言えなかったですよね。
「絶望…」のやつは何万部売れました?「絶望の国の幸福な若者たち」言えました。
言葉が時代の空気をぴったり捉えてないんだと思うんですよ。
例えば「下流社会」とか今出てこない…女性についてのやつ。
「女性の品格」?「女性の品格」。
「国家の品格」というのも「品格」って言葉がすごいみんなの今までのイメージと違ったりとかそういうふうな形で古市さんが伝えようとしてる事って何度か説明しないと分からない事のレベルからキャッチコピーにできるところとか読者へのフックがあるはずでそのフックが社会で現象になるところまでずっとここで議論してたりすると落ちていく可能性があってその議論というのを僕は作者と編集者がやる仕事だと思ってます。
すごい売れてる作品のタイトルって結構偶然によるところもあったりはするんだけどもやっぱり考えてる量はすごいんですよね。
タイトルありきみたいなところもあったりする時も…?多分逆だと思いますよ。
タイトルありきとかだと中身が薄っぺらいからほんとの本当は広がりきらなくて中身がしっかりしてるやつにこれをしっかり今の世間に伝える言葉って何だろうと。
今僕の会社に合流した人間でもともと光文社にいて星海社にいて今コルクにいる柿内ってやつは何度も売れるヒット出してますからね。
「嫌われる勇気」も柿内の仕事なんですけどあいつのタイトルへのこだわりとか著者との打ち合わせのこだわりとかスッポンみたいですよね。
「さおだけ屋」とかですよね。
デジタル社会になると更にタイトル大事になりますよね。
私なんか紙の時代よりタイトルに10倍ぐらい凝ってますからね。
東洋経済はよく「炎上」というか。
「炎上」しますね。
タイトルが話題になってますけど。
すみません。
けどそうなんです。
タイトルが駄目だと読まれないので。
まず読んでもらえないとどうしようもならないので。
時代に合わせてそのタイトルも変えていくというか。
タイトルが最も時代と寝てるものだと思いますね。
ちなみに今日「ジレンマ」「今読者はどこに?2014編集者の挑戦」というタイトルですが。
あんまり?
(笑い声)タイトルっていったら「ニッポンのジレンマ」ですよね。
こっちは結構記憶に残りますよね。
「ジレンマ」って確かに分かりやすいというか。
(武田)どの業界にもいろんなジレンマが今起こっちゃって現に今話してる中でも「…というジレンマがあるんですよ」って話が出てくるぐらいの事ではあるので分かりやすいんじゃないかなと。
時代が求める言葉は移ろいゆく。
インターネットの登場以降読者の細分化コンテンツの断片化も指摘される現代。
今読者はどこに?時代と格闘してきた書き手の目には出版の現在はどのように映るのか。
読者のレベルをすごく低く見積もってるというのを感じます。
出版物見てると。
全体にすごく分かりやすくというのと挑発的に書くとか断定的に書くとかですね。
あと非常に派手な構成で本を作っていく。
そういう目くらましというか目の前で分かりやすい話を大げさにしてやらないとこいつら分からないからというそういう種類の読者を見下した感覚というのがあるんですよね。
読者の知性を信じていればかなり込み入った話でも丁寧にきちんとエビデンスを上げながらロジカルに語ればきっと通じるに違いないと思っていたらこういうような本作りにならないという気がする本が9割ぐらい。
やっぱりどこかの段階で読者の側からしっぺ返しを食らうと思いますね。
そこまで俺らをバカにするのかと。
更に内田が見る日本社会の変化とは。
大新聞って世界で日本しかないんですよ。
あんなものって…当たり前ですけどね。
1,000万部超える新聞なんてありえないわけですよね。
クオリティーペーパーじゃないとみんな怒りますけどね。
「ル・モンド」って30万部ですからね。
「ガーディアン」25万部ですからね。
6,000万のうちの30万人のエリートのための新聞なわけです。
だからクオリティーペーパーなわけですよ。
そのぐらいのものなんですよ。
日本はその何倍もあるわけです。
なんでそれが可能かというと非常に分厚い中間層がいたわけですよね。
高い識字率があってそれなりの見識があって政治にも経済にも文化にも興味があるというですね。
巨大な中間層がいたわけですよね。
こんなの世界で日本だけなんですよね。
これだけ知的な好奇心の高い中間層がいたところって。
それが崩壊していって他の国と同じようなものになっていくと。
発行部数30万ぐらいのクオリティーペーパーというのは残る。
これから作られるかもしれないけど。
今みたいな中間中産階級知的な中間層それを対象にしたビジネスというのはこれからは成立しないと思います。
それが日本の安定要因だったのにこれが解体するわけですから非常に危険な状態になってきますよね。
そもそも我々は一体どういう社会を共有してるのかについて認識が共有できないという事態が今後出現してくるだろうと思う。
避けられないですねこれは。
日本では明治から大正にかけ多くの出版社が誕生しこの国の文化を形づくってきた。
一部のインテリだけのものであった教養を広く人々に広める役割を果たした出版人たちの時代的役割。
啓蒙の時代大衆文化の時代を経て今や出版大国となった日本。
編集者たちの目線の先には出版文化更新のシナリオは見えているのか。
読者が変わってきていると。
中間層の崩壊なんて話もありましたけどその辺り皆さん読者って変わってきてるなと思われます?よく言われる形ですけど読者の二極化っていうかすごい読者も出てきたりそうでもない読者も出てきてる中ですごい読者に対してコンテンツを作れる編集者の数が減ってる気はします。
編集者の全体レベルは私は落ちてる気がしますけどね。
読者のレベルというよりも編集者のレベルがいいコンテンツを作れなくなってきてるかもしれない。
そうですね。
それは相対的にこの業界の魅力が落ちてるんじゃないですかね。
優秀な人がそもそも編集業界に集まらなくなってきている。
そうですね。
そこの問題絶対あると思います。
作品を作る時にすごく深くまで伝わるところとでもこれってみんなに伝わらないかもしれなくてみんなが伝わるところの面白さも用意した方がいいよねとか。
例えば僕自身も中学生の時と今だと本の理解って違うんですよね。
それって読者を信じてるとかいうよりもその作品を何回目に読んでるかによっても全然違ってすごく丁寧に作った本ってそういうふうな形で読む時によって感じるものが違うっていう作り方が可能でそれで作者の人はそういう作り方をしますよね。
僕はちょっと憧れがあるんですよ。
優秀な中間層がいてその人たちに向けていい本を作れば届けてそれでビジネスとして流通してた古き良き時代みたいのが多分あったと聞かされていてそのころに例えば今よりもより文学的な作品が売れていたりとかそういう事ってきっとあったと思うんですよね。
ただ今ない時にそのエッセンスを違うもので届ける事ができてもいいと思うんですよ。
それも編集の役割でしょうし例えば佐渡島さんが言った読む時によって価値が変わる本とかって価値のレイヤーがいくつか層になっていてすごいライトな人も第1層で楽しめるんだけど深く読み込んでいくとすごく哲学的な問いが詰まっているとか。
でも逆に哲学的な問いって人間が生きてる普遍的な問いで実は誰でもつかめたら感じる事もあるんでしょうし。
昔って別に読者のレベルが高かったかどうか分からないですけど高いレベルの本を出してもそれを背伸びしても買ってくれる人それを受容したい人がたくさんいたわけですよね。
日本で1960年代の統計とかを見てみても「最近経験した趣味やレジャーは何ですか?」って聞くと大抵トップが「読書」だったりするんですね。
60年代の貧しい時代日本がまだ貧しかった時代に旅行とか飲酒とかじゃなくて読書をした人がすごく多かった。
だから日本で中間層なるものと読書がすごい長い間結びついてきた国だと思うんですね。
でもそれがどうやらそううまくいかなくなってきている。
その中でいくつか方策はあると思うんです。
それでも崩れていくというふうにされる中間層に作品を売って出すのかそれとも内田さんが言うようにもっと上の層を狙うのか。
でも今の話を聞いてると単純な二項対立でもないみたいですね。
僕は作品が読まれなくなってきてるって感覚はなくて見つけてもらいにくくなってるなっていう感覚を持ってるからいろんな事をしてどうやったら気付いてもらえるかなってやってるって感じなんですよ。
それで例えば「宇宙兄弟」ってアニメ化される事によって小学生とかの読者がすごい増えたんですよね。
なんだけれどもその作者の小山さんとかは漢字を使う量を減らしたりはしなかったわけですよ。
「ここルビふります?」とかって言っても「ふらなくていい」と。
これは分かんなくても何となく読めちゃったりとかそれで後で分かったりとか全部が分かってないと面白くないわけじゃないんだよっていう話をしてて全くそのとおりだと思うんですよ。
僕自身も背伸びして本を読んだりしてた事があったから。
ただ今ネット上で何か背伸びをしてトライしてる人を見つけるとそういう人をたたいたり揶揄する風潮っていうのはあって背伸びをする行為がやりづらい雰囲気っていうのが社会全体にはあるかもしれないなとは思うんですよ。
昔いましたもん。
サッカー部でしたけど中学の時サッカー部のバッグの上に太宰治の「人間失格」が入っているやつがいたんですよ。
「何だろうな?」と思いながらかっこよく見えましたもん。
やっぱりそういう意味では。
(佐々木)モテてました?その人。
いや男子校だったんでモテてないと思いますけど。
背伸びするより右に倣え…。
そんな今の時代の空気に対するオルタナティブはどこにあるのか?全国各地から人々が訪れる書店が京都にある。
ここの本の並びはアルファベット順でも作家順でもない。
書店員たちのセンスで作られた書棚が未知の本との出会いをいざなう。
現代にこそ問われる書籍本来の役割とは?消費という考え方であれば「等価交換」こんだけ自分が努力したらこんだけのものがもらえるっていう事なんですけど本っていうのはそもそも読む段階でそれが自分にとって必要なのか何の役に立つのかっていうのが分からないものなんですよね。
それを例えば1時間2時間1週間半年なりかけて読む事で何か答えを得るのではなくて本と経験を共にするというか。
情報と知識の違いですかね。
情報っていうのは買い物で手に入るものですけど知識っていうのはやっぱり時間を伴う。
時間と経験を伴って初めて自分のものになる。
それが本の役割じゃないかなと僕は思ってますね。
読む者の思考を促す事。
そこにこそ編集の知恵が結実するのか。
平易でありながら深い。
古市がある作品の名を挙げる。
僕は藤子・F・不二雄の短編集なんですよ。
すごい哲学的な事言ってるんだけどほんとに20ページ30ページの短編の中でそのメッセージをそれこそ小学生でも分かるように伝えられる。
あのブリッジってすごいなと思うんですけどでもそれって一番難しい事ですよね。
(佐渡島)そうですね。
それにしっかり挑戦できてるものっていうのはいい本だし長く読まれるし短期間でも多くの人が読むしっていう全部ができて今世の中に出てる多くの本はその不完全な形がいっぱい出てるんだと思ってます。
世の中に出てる本どんな分野で失敗してる本が多い気がしますか?
(佐々木)やっぱ学術書だと思いますよ。
皆さんいろいろ博士課程とか行ってすごい深い事調べてるのに見せ方があんまりにも下手で読む気がしないです。
あれもアメリカの例ばっかりで申し訳ないですけどアメリカの学者とかって見せ方がむちゃくちゃうまくてサンデル教授もその典型ですけど難しい事をどう分かってもらうかそこの意識が日本の学者の方々はもうなさすぎる。
しかも日本語も上手じゃないしね。
(佐々木)そうなんですよ。
「ヤバい経済学」とかすごい面白いじゃないですか。
あれがいいかげんな研究かっていうと別にそういうわけでもなくてだから難しい事も分かりやすく伝えられると。
分かりやすくっていうのもうそをついちゃうとか何かを削減するってわけじゃなくてそのレイヤーをしっかりつくるっていう事だと思うんですよ。
先ほど内田さんが批判してた分かりやすくってうそついっちゃってもいいから分かりやすくしちゃえよっていう事だと思うんだけどそれをやらない誠実な態度でかみ砕いていって演出方法を考える。
テレビでも編集作業ってこのあと今日するわけじゃないですか。
それって初めて見る人はどれぐらい情報を持ってないから一番初めに与える情報としてはこれぐらいじゃないと駄目ですよと。
でもその情報を持った次はこの情報を話せますよってしていく事だと思うんですよ。
僕は最近思っているのは情報自体には価値はなくてどういう順番で伝えるかによって届く範囲と深さが変わって情報の順番っていうものをどこまでも深く考えている。
情報の順番工学っていう学問ってないですけどそういうものを考えるのが編集という力だと思ってるんですよね。
この世界の情報はいかに編集されてきたか。
今から500年以上前グーテンベルクによって活字による印刷技術が発明された。
大量の情報の複製を可能にした本というメディア。
いつの時代も技術がメディアを更新してきた。
近代科学の成立情報の伝播が近代文明発展の原動力となり人々の世界観を変えたのだ。
そして今編集という方法で世界を捉え直す事を試みる松岡正剛は言う。
このインターネット時代に新世代の編集者たちはいかに新たな文脈を生み出すのか。
最近僕すごい面白いなと思ったのが「サラリーマン金太郎」の漫画のアプリ。
あれがすごいランキングでも一時期ずっと1位だったんですけどあれ全巻無料なんですよ。
全巻無料で30分だけ毎日無料で読めるんですよ。
もう少し読みたければ時間を買わないといけないんですね。
それで次の日まで待てばまた30分読めるんですよっていう形で時間を買うっていう事にはみんな抵抗なく買ったんですね。
でデータを買う1話ずつ買うっていうのはみんななかなか買わなかったわけですよ。
ネットにおいて時間を買うって実はすごく納得感のある支払い方かもしれないんですよ。
なんか文明の変化って全部お金が便利になる時にすごく起きてるんですよ。
もともと物々交換しかなかった所でお米とかお金的なものが現れて横の町とも交流できるようになって文化が発展してお金って何なのっていったらコミュニケーションなんですよね。
言葉が通じない人とのコミュニケーションをするための道具でお金と文化って二項対立のように思われるけれども文化もお金もコミュニケーションで深さが違うだけなんですよ。
本のコミュニケーションって深いコミュニケーションでお金のコミュニケーションって瞬間的に終わる浅いコミュニケーションなんですよ。
このネット上での課金ってボタン一個でお金支払った事になるとかっていうのって今までにないコミュニケーションのしかたが生まれようとしていて今たまたまこの時代に生まれてる僕らこの10年間ぐらいビジネスマンをやれてるってこれをデザインできる可能性があるっていう事で。
更に僕が面白いなと思ってるのがアメリカとかってこういうインフラをつくるIT系が全部シリコンバレーにいるじゃないですか。
映画とか作ってるのがロスの方だったりして出版はニューヨークでって全部分かれてるんですよ。
日本だけが世界レベルのコンテンツがあってしかもITの方も世界レベルであってっていうのが東京っていうちっちゃい街に集約してるって世界中でここだけなんですよ。
今東京でベンチャーをやるって最もワクワクする仕事なんじゃないかっていうのが僕が感じている事なんですよ。
(佐々木)100年ぶりのチャンスですよね。
新しいエコシステムをつくれるのは。
それこそ今日出版をテーマにいろいろお話してましたけど日本の近代以降の出版文化とか近代文学みたいなのが異様な速度で発展を遂げたっていうのも東京のちっちゃい更に山手線の内側の東大近辺にいろんな作家が住んでて終始集まりながらすごい濃縮したコミュニケーションを短期的にとってたからという事をよく言われたりするんですけどそう考えてみると確かに今エンジニアもデザイナーもクリエイターもしかもいろいろなイベントがいろんな所で起こっていてその話題が更にウェブ上で交わされていてっていう状況が東京だと結構普通にあるじゃないですか。
それはすごいチャンスだらけなんだなと思いますし何か新しい事が始まる機運は個人的にはすごい感じます。
佐渡島さんがおっしゃった時間や利便性を買うというのはよく分かってニコニコ動画なんかその典型ですよね。
お金を払えばきれいな動画で快適に見れるっていうその利便性を売ってるわけじゃないですか。
クックパッドもそうですよね。
会員になれば検索結果が人気順にレシピを見れるようになるって事で。
コンテンツを売るって発想我々捨てるべきなのかもしれないですね。
インターネット上ってまだ道路しかなかった状況みたいなところに高速道路とかある種グリーン車とか…。
ニコニコ動画とかグリーン車に近い。
(佐々木)確かにグリーン車だ。
グリーン車って電車が出来た時ないはずなんですよ。
でも文明が進んでいくとそれが出来る可能性があると。
ネット上ってまだそのグリーン車が存在しなかったから誰も課金なんかできなかったんですよ。
でもじゃあだからといって一生課金できないかっていうと違う可能性があってそれが時間なのか利便性なのか何なのかっていうのはまだ誰も答えを見つけてなくてこの仮説を必死にいくつも考えるべきだと思うんですよ。
どういうものがグリーン車に成り得るかっていう付加価値。
編集者って作る方ばっかり考えてきましたけど流通というかそっちの方がほんと大事になってるって事ですよね。
そうですよね。
ほとんどのビジネスの人たちって流通を一番初めに考えるわけじゃないですか。
我々それを考えなくてよかったわけですもんね。
ほとんど先人たちがやった事によって考えずに済んでたわけで。
(丹所)ごめんなさい。
ちょっと戻っちゃうんですけどさっき今この東京で新しい事をやるのが面白いとおっしゃてた。
京都にいらっしゃいますからね。
そう。
全然反論とかじゃないんですけど私は逆に一編集者としては一旦東京を離れた事は自分はよかったなと思っていてさっきのミシマ社さんも京都にオフィスをつくってされてるわけで東京の文脈とは少しまた違うところで私はできる事があるんじゃないかなと思っていて例えばそれこそ自分で1人で雑誌を…って思ったきっかけにもう一つあって京都だと結構私と同年代とかもっと年下の人でも1人で自分のお店を持ってるって人が普通にいるんですね。
自分でお店をやるってすごいなと素直に思うんですけどでもそれが実際できてしまっているわけで全然もちろん出版と小売りとか飲食って違うんですけど自分で何かやるっていうのが組織の中にいても思ったっていうところはあります。
(佐々木)どうしたんですか?皆さんと違うタッチだなと思って。
僕出版社で編集者と聞くとまさに丹所さんみたいなイメージが強いんですけど逆にいうと皆さんの話を聞くとIT企業の人なのかなっていうぐらいに聞こえてくるんですよね。
だから面白いなと思うのはグラフを出しましたけどやっぱり出版業界ってすごいシュリンクしててそんないい業界じゃないって思われてるのにそんだけ希望を見いだして新しい事を始めようとしてる人がいてこんなけ皆さんガツガツしてるって面白いなと思ったんですけど。
出版に限らずメディア業界すごい面白いと思ってまして最近まで学生にメディア業界入りたいと言ったら反対してたんですが今なら絶対入った方がいいって勧めるように変わりましたね。
対話を経て改めて問う4人の編集者たちのビジョンとは?編集という仕事で皆さん何をしたいとかそういう思いっていうのはどう思われてるんですか?まさしくさっき佐渡島さんと話したように新しい時代のメディアの稼ぎ方とかエコシステムを設計したいですね。
それ自体を編集したいですよね。
作品づくりっていうよりもその全体のシステムですよね。
そういうモデルをつくっていくのが編集の仕事というか…。
すごい広い意味で言うとですね。
そっちの方が今興味あります。
だからいわゆる昔ながらの著者と一緒に作品を作っていくっていう編集者とはちょっと違うって事ですよね。
作品づくりよりシステムづくりですね。
皆さんうなずいていらっしゃいますがその辺りは?私自身は紙の本でできる事をまだしばらくは…。
模索したいなと思っていて。
皆さんと少し違うタッチですよね。
何かを生み出せる人ってすごいなと思うんです。
物語を書いたりとか絵を描いたり写真を撮ったりとかそれを私自身も一読者として読ませて見せてもらってすごく楽しませてもらってるのでそれを媒介する一編集者としてより多くの人にあるいはより長く本の形で届けていける事を模索したいと思っています。
僕なんかは著者と1対1で向き合って朝から晩までずっと著者の家に居て打ち合わせしてお互いに「この作品いいよね」って読み合って感想を言い合って作品をつくるっていう事を本当はしたいんですよ。
それをしたくて昨年エージェント会社をつくったんだけれども時代的にそれができない状態で今の作家に関係する人たちで今の時代に対応した新しいのをいっぱい試してる人いるかっていうと見渡していないなと思って。
気付いたんだったら誰かやるべきだって愚痴を言うんじゃなくて自分がいろいろ挑戦してみようっていうふうに思ったんですね。
新しい仕組みをつくる時って何が一番大変ですか?お金取ってくる事なのかそれとも既得権益というか昔の業界との対立なのか何が一番苦労されてますか?自分が答えを知らないって事だと思いますね。
新しいものだから?そうです。
こうじゃないかなって思うんだけど次の日にはやっぱり違うかもしれないと思って試してみて反応を見てほんとはこの反応を5年間続けてたら大成功かもしれなくてもその前にこっちの心が折れるかもしれないしとにかく自分で正解が分かってないって事が…。
あんまり外部が敵だって事はなくてやっぱり自分の中に問題が一番あると思いますけどね僕は。
1つ大成功例作れば雪崩が起きるように変わると思いますけどね。
アメリカとか見ててもやっぱそうでしたよね。
ニューヨーク・タイムズやああいう新聞社が課金に成功した瞬間みんなまねしてすぐワーッと同じシステムを取り入れたんですよね。
武田さんは編集者としてどうでしょう?思い。
メディアって何だろうって根本的に考えるんですね。
それって何か人と人をつないだり情報を届けたりものを届けたりその媒介だと思うんですけれどという事は紙であってもウェブであっても例えばこういう放送であってもあるいはイベント事であってもそれはメディアとして編集が可能だと思うんですね。
その時にやりたいなと思っているのがやっぱり世代的にずっと言われてきた事として「特定の趣味嗜好の人たちが集まったコミュニティ−が乱立しててすごく閉鎖的だよね」。
世の中大局的に見れるような出来事とかってもはやオリンピックとかワールドカップとか大災害ぐらいしかなくてみんなで今一つの社会に生きてるみたいな実感がない時にコンテンツの力でその壁打ち破れるんじゃないかなと思うんですよ。
それこそ「『宇宙兄弟』いいよね」って言う人って全然育った環境とか所得とかも関係なく面白いと思えるものそれがつながる事で世の中面白くなると思うんですね。
僕らの場合主戦場は今ウェブですが紙の本も出したいですしイベントの企画とかもいろいろやってるので誰でも何かそこに行ったら面白いものを見つけて帰ってこれる。
でそれを人に伝えたくなるような場をつくりたいっていうのがすごくありましてインターネットってそれこそ偶発性も生みやすいのかなと思うんですよ。
タイトルがさっき重要だって言ったのも自分に興味関心のないものでもタイトルに惹かれて入ってみたとかそれこそ路上みたいにいろんな人があふれている中で一つアイ・キャッチャーになるものを出すと自分が興味なかったものでもそこに寄り添っていけるような部分っていうのがあるんじゃないかなという気はしてます。
私やっぱ近代最強の編集者って福沢諭吉だと思うんですけど彼にいろいろヒントがあるなと思ってまして「学問のすゝめ」で本を書いたじゃないですか。
それ以外に彼時事新報っていう新聞社を立ち上げてそれも成功させ更に慶應をつくって人と人をつなげて更に交詢社っていう実業家の社交クラブをつくってビジネスとビジネスをつなげていったんですよね。
なので文字にこだわる必要はなくして教育とかいろんな手段で人と人をつなげていくそれが編集者に今求められる事なんだろうなと思うんですよね。
(佐渡島)編集ってつなげるのが重要視されるんですね。
だから先ほどの東京っていう街にいていろんな人のビジネスをどういうふうにつなげて新しい価値を生み出すかっていう形で自分でやるっていう事じゃないと思うんですよ。
それぞれの人に仕事を任せてそこの配分をしたりするのが実はすごい難しくてそこが編集の力かなとも思いますしね。
日本ってすごい人がいっぱいいるのにその人たちがあんまり触れ合わないがゆえに生まれてない価値ってすごく大きいと思いますよね。
面白いですね。
皆さんの話聞いていると。
だからいわゆる書籍での出版って話とは全然違うところにいきましたね。
今日題名が「読者はどこに?」って事だったんですけど読者は絶対いる。
その届け方がかつては別に書籍とか雑誌でよかったものが今それに加えてウェブだとかいろんな形で届け方を考えなきゃいけない。
その社会の変化に対してちゃんと今の時代なりの在り方を模索している方々の話を今日は聞けたのでそれはすごい面白かったです。
だから既存の編集者というイメージは僕自身も変わったというかこういうのが現代の編集者。
何かいい名前ないですかね?「編集者」っていうとどうしてもやっぱり書籍とか…。
結構そういう話題出ます。
ワーディングも含めて今後また考えていきたいと思いますが今日はいろいろな貴重な意見を聞かせて頂きましてありがとうございました。
「今読者はどこに?2014編集者の挑戦」。
人は言葉によって世界を理解し他者とコミュニケーションする生き物だ。
ともすれば分断し分裂に陥る社会に新たな文脈を編み出し力を結集させる言葉というメディア。
編集の力があらゆる分断の懸け橋になる事を信じて言葉によるニッポンバージョンアップの試みは終わらない。
2014/02/23(日) 00:00〜01:00
NHKEテレ1大阪
新世代が解く!ニッポンのジレンマ「今読者はどこに?2014編集者の挑戦」[字]

出版・編集なんてもう古い?しかし世界を見ると編集者はジャンルを超えて活躍するメディア界のスターになりつつある。日本の新エディターの挑戦から情報新時代の未来を見る

詳細情報
番組内容
出版・編集なんて、時代から取り残された「古い業界」なのでは?と思ったあなた! 実は、世界を見ると、編集者はジャンルを越えて活躍するメディア界のスターになりつつある。それは日本も同じ。まったく新しいタイプの若手編集者が次々と登場し、メディアを根底から変えようとしている。若き編集者たちの挑戦を通して、情報新時代の未来を考える。
出演者
【出演】編集者…佐々木紀彦,佐渡島庸平,武田俊,丹所千佳,【司会】古市憲寿,青井実

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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