報道特集【震災3年 2020 それぞれの未来図】 2014.03.08

東日本大震災から3年、そして6年後に東京オリンピックを控えた今、被災地では果たして、どのような未来が描かれているのか。
私たちは被災地の2020年を見つめた。
あの東日本大震災から間もなく3年を迎えようとしています。
私がおりますのは福島県双葉郡楢葉町と広野町にまたがるところにあるJヴィレッジです。
福島第一原発の過酷事故の直後から事故対策の拠点として使われてきた、もともとはサッカーのトレーニング施設だった場所です。
観客席に取り付けたカメラが遠くにとらえておりますのは福島第二原発の排気塔です。
その先に第一原発があります。
私たち「報道特集」は震災事故から3年を迎えるに当たって1つの問いを立てました。
日本が官民を挙げて招致した東京オリンピックが行われるのは2020年。
あとわずか6年後のことですけれども、この2020年に被災地の人々は復興の進みぐあいは、そして福島第一原発は一体どのような状態になっているのだろうかと。
そのために各地の今現在のありようを直視しながら、2020年を見通したいと思います。
この問題は言うまでもなく被災地だけの問題ではありません。
私たち日本に暮らす人間が今後、どのような生き方を選択するのかという、より大きな問題につながっていくことになります。
まずはこちらのVTRからご覧ください。
2020年の東京オリンピックによる今後6年間の経済効果はおよそ20兆円と試算されている。
オリンピックに向けた選手強化費の目標額は380億円。
一方、被災地では…これ、当時の中村俊輔選手ですね。
大体概算で3万人ぐらいの方が、このときは集まったと言われています。
ここはJヴィレッジの中では唯一の人工芝のグラウンドで、子どもたちは毎日ここで学校が終わった後、集まってきて練習をしておりました。
東北大会の3位のメダルで、これは3年生の代の。
今までなら近いJヴィレッジのグラウンドでできてたんですけど、原発でこっちまで30分くらいかけて来てるんで、ちょっと厳しいと。
多くの資材置き場は大体撤去されて、以前に比べると、すっきりしたんじゃないかと思うんですよね。
今から、もう4年しかないんですよね。
芝生のグラウンドをもとに戻すためにはまだ表面自体も重機等も入っているので傷んでいますし、できるところから少しでも早く始めないといけないと思ってます。
震災前みたいに、サッカー選手が泊まったりして、サッカーが活発なJヴィレッジに戻ってほしいです。
再開して、また近くのいいグラウンドで2020年の東京オリンピックで新たに生まれる雇用は121万人。
一方、被災地では…3年間ほとんど何もしないでやってきたもんだから、働くことが幸せだなと、つくづく感じますね。
本当は今頃は収穫してるのが最初の予定だったんだけど。
我々は細かい情報はなかなか入ってこないもので。
40年間一緒にイチゴづくりしてきたもんで、それが一番のとむらいになるかなと思ってます。
早く自分でもつくって食べたいな、食べさせてあげたいなと、いつもそういうふうに思ってるんですよね。
東京オリンピックで日本を訪れる外国人旅行者は2000万人。
一方、被災地では…はまぎくは三陸の復興のホテルであるという自負を持ちながら、皆さんとともに出発したいと思っています。
新しい復興ホテル社員として東日本大震災後の岩手県の観光おもてなしと沿岸地域皆様のおもてなしに貢献することを誓います。
以前から、大槌町の方で地元に貢献したいという気持ちはあったんですけれども、震災があってその気持ちがより一層強くなりまして。
電話かかってきても、笑うことができるもん、余裕できてよく頑張ってますよ、偉いよ。
ありがとうございます。
震災直後は自分も生まれて初めて経験した出来事なので、一時期は海が怖いって思ったこともありますけど、生まれ育って何度も海水浴とかで遊んだりした海なので、どうしても嫌いにはなれないんですよね。
その中で津波にも、波はかぶってもはまぎくはまた咲くんですよ。
本当にこれからっていう、本当に本当にこれからですね。
あれから3年という歳月を経て絶望の淵から懸命に生きていこうとしている広野町のサッカー少年、鯨岡洋星君、気仙沼の佐藤信行さん大月町の三浦さんの姿に接して、私たちがなすべきこと、できることは何なのかということを虚心に、そして謙虚な気持ちになって考えたいと思いました。
東京のスタジオからニュースをお伝えします。
日本時間の今日未明、乗客・乗員239人を乗せたマレーシア航空機が消息を絶ち、現在も機体は発見されていません。
日本人の乗客はいなかったが、マレーシアと中国当局が捜索ための船を南シナ海に派遣しています。
マレーシア航空370便は日本時間の今日午前0時40分にマレーシアのクアラルンプールを出発。
AP通信によると、離陸2時間後の日本時間の午前3時40分にベトナム南部カマウ市の南西225kmの海上で信号を受信したのを最後に行方が途絶えたとのこと。
ロイター通信は、ベトナム海軍の関係者が取材に対し、370便が海に墜落した可能性があると話しているが、マレーシアの運輸担当大臣は、墜落との報道を否定しているとしている。
中国人と台湾人154人のほかアメリカ、ロシア、フランスなど13カ国73人が乗っていたが、日本人の乗客はいなかった。
マレーシア当局は捜索のため、現地に船を派遣し、中国中央テレビも中国当局が南シナ海に救助船2隻を派遣したと伝えている。
緊張の度合いを増しているウクライナでは、ロシア系住民の多い東部でも、ロシア編入の是非を問う住民投票を求める声が高まっている。
ドネツクの庁舎前に来ました。
多くの人が集まっています。
今のウクライナ政府は認めないと訴えています。
ウクライナ東部ドネツクの州庁舎は今月に入り、ロシア系住民が占拠し、ロシアの国旗が掲げられていた。
しかし7日は、警官隊が庁舎を厳重に警備し、旗もウクライナ国旗に戻っている。
ロシア系の住民は新政権への不満を訴え南部のクリミアと同じようにロシアへの編入の是非を問う住民投票の実施を求めている。
ロシア系の住民は、市内中心部のレーニン像が攻撃されないよう監視を続けていて、8日に大規模なデモを呼びかけていることから警官隊との衝突なども予想される。
一方、安倍総理は視察先の福島県で記者団に対し、NSC=国家安全保障会議の谷内局長を近くロシアに派遣し、日本とアメリカ、EUの統一的な考え方をロシア側に伝える意向を明らかにした。
安倍総理は、日、米、EUの統一的な考え方をプーチン大統領初め、ロシア側に伝えていきたいと述べた上で得にG7が共同歩調をとっていくことが重要だという認識を示した。
千葉県柏市で起きた通り魔事件で逮捕された男が事件後、インターネット上の知り合いに事件への関与をほのめかしていたことがわかった。
千葉県柏市の無職、竹井聖寿容疑者は今月3日、自宅近くの路上で会社員、池間博也さんを刃物で刺して札乗員し、現金などが入ったバッグを奪ったとして強盗殺人の疑いで逮捕された。
警察へのその後の取材で、竹井容疑者は事故後、インターネット上の知り合いに事件への関与をほのめかしていたことがわかった。
この知人からの情報提供を受け、警察は竹井容疑者に任意同行を求めたとのこと。
また竹井容疑者が取り調べの中で、悪をもって悪を制すなどと述べていることが、新たにわかった。
ネット上の竹井容疑者と見られる人物の自己紹介文にも同様の表現があり、警察は、竹井容疑者がネット上の言動も動機解明の手がかりになると見て調べている。
中国の王毅外相は今日、北京で記者会見し、悪化している日中関係について、歴史と領土の問題で妥協の余地はないと述べ、日本を強く牽制した。
王毅外相はこのように述べ、改めて中国の立場を主張し、日本を強く牽制した。
また、安倍総理を名指しこそしなかったが、最近の日本の指導者の一連の行動は中日国交回復の精神に違反し、中日関係の基盤を破壊したと批判した。
また、南シナ海での海洋進出など周辺国との領土問題についても、自分たちのものでなければ一切要求しないが、自分たちのものであれば、どんなに狭い土地でも必ず守るとして、一切妥協しない姿勢をアピールした。
大理石と見られる石材の中に、大量の覚せい剤を隠して密輸したとしてメキシコ国籍の男らが逮捕された事件で、警察は今朝から石材を解体し、覚せい剤を押収する作業を行っている。
この事件はメキシコから福岡県の博多港に大量の覚せい剤を密輸して相模原市内の倉庫などに隠し持っていたとしてメキシコ国籍のオルティス・ロペス・ダニエル容疑者と鹿児島県の石材会社経営者の男ら5人が逮捕されたもの。
オルティス容疑者らは大理石と見られる石材の中心部をくり抜き、その中に100kg以上の覚せい剤を隠していたと見られていて、警察は今朝から石材を解体し、覚せい剤を押収する作業を行っている。
警察によると、石材をL字型に切り取り、これまでにビニール袋に包まれた覚せい剤のかたまりを十数個取り出したが、まだ石材の中には大量の薬物が残されているとのこと。
去年4月、静岡県浜松市の茶畑で発生した大規模な地滑りの現場で昨日にかけて再び崩落していたことが確認された。
地滑り対策工事が進められていた斜面の上部に崩落が見られます。
去年4月、大規模な地滑りを起こし現在、対策工事が進められている浜松市天竜区にある茶畑下の斜面でおとといの朝、小規模な崩落が発見された。
崩落は幅40m程度、高さ30mほどに及びおよそ2.5mの段差ができている静岡県によると、斜面の亀裂の拡大が今回の崩落の原因で、今日も少しずつ、この亀裂は拡大しているとのこと。
現在、現場では工事を中止し、監視を続けている。
事故から14年。
当時の営団地下鉄日比谷線で起きた脱線・衝突事故から14年となった今日、現場近くの慰霊碑で東京メトロ社長らが献花を行い、犠牲者の冥福を祈った。
この事故は日比谷線の中目黒駅と恵比寿駅の間で下り列車が脱線して上り列車と衝突したもので、乗客5人が死亡、64人がケガをした。
今日は午後8時まで、遺族ら関係者の献花を受け付けるとのこと。
三重県の伊勢神宮には今が旬の新鮮なサバが奉納された。
地元の漁協が語呂合わせで今日3月8日をサバの日と定めたことにちなんだもの。
三重県の熊野灘沿岸は年間およそ6万トンのサバが水揚げされ海外にも出荷される有数の漁場になっている。
脂の乗ったゴマサバおよそ20kgが漁協の関係者30人によって神楽殿に運ばれ、神職に手渡された。
奉納を終えた一行は、去年、遷宮を終えたばかりの正宮に今年の漁の安全と豊漁を祈願した。
日本有数のカルスト台地として知られる福岡県北九州市の平尾台で春の訪れを告げる恒例の野焼きが行われた。
午前10時に山頂付近の枯れ草に火がつけられると、炎と煙が勢いよく広がっていった。
野焼きは、冬の間に枯れた草を燃やして春の新芽の成長を促すもので、今回私たちは、ご覧の3つの地域に注目しました。
いずれも困難と向かい合いながら、何とか復興を果たしたいと考えています。
ラグビーを通しての復興を模索する岩手県釜石市。
人口の減少に歯どめがかからない宮城県女川町。
そして、住民のおよそ96%が住んでいた地域が帰宅困難区域となっている福島県大熊町です。
大熊町では町のほぼ全員、およそ1万1000人の方が今も避難生活を余儀なくされています。
復興庁のアンケートでは、住民の7割近くの方が町には戻らないと答えている中、故郷をどう立て直していくのか取材しました。
事故を起こした福島第一原発がある大熊町。
震災後、町民が暮らす地域のおよそ96%が帰還困難区域に指定され、今も1万人以上が避難生活を余儀なくされている。
去年4月、町は具体的な復興計画を打ち出した。
大熊町復興まちづくりビジョン。
町土復興の第一歩として掲げられたこの計画は、町の西側で現在居住制限区域に当たる大川原地区を復興拠点に位置づけ、5年刻みで上下水道や電気・ガスといった生活インフラを整備する。
東京オリンピックが開かれる2020年には第1期がすでに完了していることになる。
国と民間シンクタンクが参入して始まったこの計画は、町内を居住ゾーン、事業所ゾーン、自然保全ゾーンの3つのゾーンに構成し、復興拠点には商業施設などが入るシンボルタワーを建設する予定だと言う。
将来的には原発事故をてこにして、除染や廃炉の研究所を誘致し、町民1000人と町外から2000人、合わせて3000人が住める町に復活させようという狙い。
この計画に立ち上げ当時から参加しているのが経済産業省から派遣されたキャリア官僚の市川博規さん。
去年4月から、大熊町が仮の役場を置く、会津若松市に単身赴任している。
ここに来る前に、被災地支援の関係を仕事を本省で担当していたということもありますので、少しでもお手伝いできることがあればということで来させていただいたわけです。
この日、役場では町民向けに行うアンケートの発送作業に追われていた。
なるべく返信が多いといいんですけどね。
2週間後、町民たちが避難する会津若松市内の仮設住宅を訪れた。
すると、いきなりこんな意見が飛び出した。
常々疑問に思ってるんですけど、もう町には戻らない、あるいは戻れないと思ってる人が7割近くいるわけですよね。
そういう人たちに対する支援っていうのかな、そういう方策というのが町として、何ら示されていないですよ。
そういう中でこういうビジョン掲げたとしても当然近い将来、復興するというのはまず無理だと思うんで。
復興庁が行ったアンケートでは、町民の7割近くが町には戻らないと答えている。
この仮設住宅でも、復興計画に否定的な意見が数多く聞かれた。
一方で、こんな声も耳にする。
復興拠点になる大川原地区で生まれ育った佐藤右吉さん。
会津若松市の仮設住宅での生活も既に2年半を超える。
テレビ見るしかないべ、何もないんだもの。
仮設とどちらか考えたらば、やっぱり故郷に戻って生活した方がいいよね。
この復興計画を打ち出した理由について、町長に聞いた。
こういうものを早く示さないといけないと思った理由というのは?将来、どうなるのかなという生活再建に向けた考えというのがなかなか出てこない中で、少しでも夢とか希望につながるものを町民の皆さんに提示して、自分たちの故郷っていうのは、そんなに簡単に捨てられないんだという思いもありますし。
現実の方を見ると、このプランと県民あるいは住民の方の意向というものの間に何かギャップがあるんじゃないかというね?計画そのものも現実に受け入れる喫緊の課題を並べるよりは将来、こういう町をつくりますという1つの方向性というか、目指すものを出していくというのが、今の役割だなと思ってます。
私はこれは実現できるプランという形で考えているんですよ。
先月、計画地を視察するため市川さんは町役場の職員とともに大熊町へ向かった。
視察するのは4回目。
前日降り積もった雪が辺り一面を覆う中、向かったのは、大川原地区の復興拠点が一望できる高台。
目の前に広がる平地が、復興住宅やシンボルタワーなどが建つという居住ゾーン。
仮置き場あったら邪魔ですよね。
どのタイミングで、ああいうのを撤去できるかっていうのもありますよね。
この辺りの除染は既に終わっているというが、周りには除染土などが入った黒い袋が大量に積まれたまま。
地権者との交渉も、まだ進んでいないと言う。
あくまで地権者の方との調整次第にはなるわけですけれども、ちゃんと調整ができれば、ここを復興拠点としてやっていきたいなと考えています。
この後、防護服を着て立ち入りが制限される帰還困難区域の中へと入った。
訪れたのは、かつて町で最も賑わいを見せていた大野地区。
駅の構内は、いまだ手つかずの状態JRの開通いつになるかというところによりますね。
整備ができてこれが使えるようになるかによりますね。
事業所ゾーンに当たる大野駅周辺は2023年までに生活インフラを整え、病院や事業所が再開できるようにすると言う。
線量は震災当時に比べると下がってきてはいるものの、それでも毎時6マイクロシーベルト近くはあった。
最後に向かったのは、津波で壊滅状態になった熊川の河口。
ゆくゆくは防潮堤を築き、公園などをつくる予定だと言う。
ここを津波対策のために植林をして熊川という川を保全していくことにもなりますんで。
復興拠点となる大川原地区は去年7月から除染作業を始め今月末までには終わる見込み。
町は今、復興に向けて動き始めている。
きれいなお墓を見て、あ、戻れるんじゃないか、そういう気持ちを持ってもらうのが一番じゃないかなと。
先月末、町民に配ったアンケートの回答が町役場に届いた。
比較的高齢な方なんですけれども、すごく関心が高くて、ここまでビッチリ書いてくださっているんですよね。
アンケートを配ったのはおよそ5000世帯。
うち5分の1以上が答えを出した。
その中で、復興計画に期待する意見がおよそ2割。
逆に否定的な意見が3割近くあった。
どちらとも言えないが5割以上を占めた。
これを受け、町は今月末までに最終報告書をまとめ、地権者との交渉などに進む構え。
町が新たな方向性を示す中、町民たちが落ち着いて暮らせる日はいつになるのか。
再びJヴィレッジです。
東電の作業員宿舎が建ち並んでいるグラウンドの方におりてきました。
私の後ろにスコアボードがありますけれども、時計がご覧になれますでしょうか。
あの時間で針が止まっています。
3年の歳月の間、時間が全く止まったままであるかのようです。
そうした中で、ご覧いただきました大熊町の現実と未来への町づくりのビジョン、皆さんはどのようにご覧になったでしょうか?復興庁による町民のアンケートで7割の人たちが戻れない、あるいは戻らないと答えている重たい現実がある中で、大熊町が示したビジョンは、非常に冷静に読んでみますと人口1万1000人あった大熊町が3000人規模の町になる。
しかも廃炉事業と共存していくという町づくりの計画のようにも見えます。
計画によれば、2020年には復興拠点の生活インフラが整備し終わっていることになっていますが、中間貯蔵施設の受け入れや廃炉作業の進みぐあいを考えるとき、これからも長い長い道のりが続くものと思われます。
国や経産省、そして行政当局に忘れてほしくないのは、復興の主人公はあくまでもそこに住んでいた住民たちだという原点です。
宮城県女川町では住民のほとんどが被災。
町にあった建物の73%が津波で全半壊しました。
住む場所、働く場所がなくなったため、住民は町の外へ出ていきました。
このため人口の減少率は被災地の中でも最悪レベルとなっています。
まさに、町が消える危機の中で立ち上がったのがこれまで町の未来なんて考えたこともなかったと語る若い世代の人たちでした。
平成の大合併の際、独立の道を選んだ宮城県女川町。
体験だから、一番最初にプログラム化した方がいいんじゃない?規模が小さいため、震災後は住民が直接町づくりに関わっている。
意見を出す住民、行政は脇役。
東京のコンサルタント主導でつくった案は修正され、住民が町の未来図をつくった。
テーマは、「コンパクトで持続可能な町」。
山を切り崩して真ん中に学校や駅、商業エリアを集約し、外側に住宅地もつくる。
避難ルートを複数つくる代わりに防潮堤で囲わない。
ハコモノ先行の活性化は考えない。
本当に困ったとき、本当に危ないときって、誰かに頼らないんですよ。
自分が何とかしなきゃ。
町の未来図を考える上で、大きな役目を担っているのが、30代を中心とした若い世代。
女川町は町にあった建物のほとんどが流された。
平地がわずかしかない地形だったから。
高橋正樹さん。
故郷のことはそのぐらいにしか思っていなかった。
震災の翌朝、その町が壊滅したのを見た。
これは、高橋さんが撮影した映像。
何もねぇ。
うわあ、すげえ、何もない。
生きている人と一緒に、ここを何とかしなきゃだべって、そういう思いでしたよね。
この町何とかしなきゃ、なくなるぞって思ったんですよ。
震災の10日後、避難所に揚げかまぼこが配られた。
届けたのは、高橋さんの父が社長を務める老舗かまぼこ店、高政。
先代の祖父と従業員1人が津波の犠牲となっていた。
高政は、震災前100人いた従業員を1人も解雇しなかった。
1社でも雇用を守り、人の流出を防ぎたいと思ったから。
しかし…震災後、町の人口は急減した。
町では、造成工事が続いている。
仮設住宅は用地を有効活用するため、2階建てや3階建てのものが建設された。
造成が終わるまで安全な平地がなく、住民が町を出ていってしまう。
高政の工場の一角に入る水産加工会社高橋さんの幼なじみ、阿部淳さんの会社。
高政は震災以降、被災した他社にいスペースの一部を提供している。
本当、場所なければ生きていけなかったからですからね。
水産加工業者にとっては死活問題のところで。
とにかく、一緒に立ち上がって女川にさらなる企業が雇用をつくらないとここで生きていけないですから、女川町の人々がね。
自分の会社だけが復旧しても、人口の流出は止まらない。
そう思った高橋さんら若い世代が動き始める。
集まったのは、様々な業種の経営者、後継者たち。
大半は30代。
震災で肉親や従業員、工場を失ったその彼らが、町をどうつくり直すかをともに考え始めた。
いかにして女川ブランドを確立するか、利益の出るビジネスをつくるか。
衰退していた水産業、過疎化が進む町には戻らないための方法を考えていった。
震災の1年半後には首都圏の企業の支援を得て、町づくり会社を設立。
まずは、女川産の商品を統一ブランドで全国に発売する。
収益は、町づくり資金としてプールする。
町の外から得た収入を町内で循環させる地域通貨も導入した。
最近すんげえ思うんだけど、魚と肉って、何でこんなに扱い違うかなって。
魚って天然物が珍重されて、養殖物ってどっちかというとその次じゃん。
養殖業の皆さん、頑張ってください何でそこ、他人事なんだ。
なぜ人に投げるみたいな。
僕養殖業じゃないから、かまぼこ屋だからさ。
ただ、やっぱ人って変わるんすよ。
俺の生まれたとこ、ここしかないぞっていう、その町なくなるぞって。
昔から知っている人たち、顔、この人たちどんどん外出てっちゃってるよ。
ああ、何とかしなきゃって。
女川町は水産業の町であると同時に、原発を抱える自治体でもある。
財政的に原発に支えられてきた面も強かった。
女川原発は今、再稼働に向け安全審査を申請中だが、高橋さんら若手が目指す町づくりは、交付金に依存したり、ハコモノをつくることではない。
どんなソフトをつくるかだ。
私たちの世代というのは、まず今を見て、未来を見るという、まず今をというのがどうしてもつきまとうんです。
でも、30代は私たちよりも一歩先というか、何年も先に照準を置いてるなと。
新しい町の完成予定は2018年。
2020年はもうあらかた完成してますよ。
女川のあり方というのを考えると、東京の逆を行くライフスタイルとか産業とか、我々のメンタル、そこに持つ部分とか多分全部逆、逆かもしれないですね岩手県釜石市では市内の家屋のおよそ3割が被災し、888人の方が亡くなり、以前、152人の方の行方がわかっていません。
釜石市はかつてラグビーのまちとして全国に知られました。
今、ラグビーのW杯を釜石に誘致しようという動きが広がっています。
一方で、仮設住宅にはいまだ5000人を超える方が入居しているという現実があります。
誘致活動と復興の歩みをどう両立させていけばいいのでしょうか。
毎週日曜日、男の子たちと混ざってラグビーをする佐藤優和ちゃん10歳。
釜石のラグビーチームシーウェイブスのジュニアの練習に通っている。
始めたきっかけは、父親の賢一さんかつて釜石でラグビーをしていた。
釜石といえば1980年代、ラグビー日本選手権で新日鉄釜石が7連覇を達成。
ラグビーの町として知られた。
3年前の東日本大震災で自宅を失った。
釜石市の隣、大槌町の仮設住宅で暮らしている。
もし、ラグビーW杯の試合来るということになったら見に行きたいと思いますか?当然見たいですね。
よその国の選手、直で見たいし。
その希望を実現する計画が動き出している。
震災の死者・行方不明者が1000人を超えた釜石。
市内の瓦礫およそ85万トンは、今月いっぱいで処理が終わる見通し。
復興の本格化に当たり、釜石市が挑むのがラグビーのW杯誘致。
ラグビーのW杯は東京オリンピックの前の年、2019年に日本での開催が決まっている。
観客動員数200万人と推定される世界の一大スポーツイベント。
国内の試合会場は来年3月頃に選ばれる見通し。
将来の大きな夢を持ちながら、市民の皆さんと一緒に取り組んでいくということも非常に大事ではないかなということから、手を挙げようと。
一番の課題は、スタジアム建設。
大会には1万5000人を収容できる規模が必要とされるが、釜石市にスタジアムはない。
釜石の住民は現在、およそ3万7000人。
人口減少が続く中、後々負担となる規模ではつくれない。
今も仮設住宅にはおよそ5300人が暮らす。
スタジアムに回せる財源は限られている。
仮設住宅の商店街で電器店を営む金野義男さん。
大会自体は歓迎する一方、気になるのはスタジアムの維持費。
被災地全体で本格化する復興工事。
資材の高騰、人手不足が続き、住宅建設にも影響が出ている。
当初計画でも、こちらが第1号で建設される予定でしたので、とにかくまず早く入居したいという方はこちらを待ち望んでたわけですね。
この場所には、復興公営住宅を建設する予定だが、入札が3度不調に終わった。
復興住宅ができなければ、仮設を出る時期も遅れていく。
設計の見直しは随時行っているんですが、それよりもやっぱり市場の上昇率、上昇スピードが速いというところで、追いついていないというところです。
東京オリンピック開催決定に伴い首都圏での工事も始まる。
被災地復興への影響を関係者は懸念している。
こうした中で町にふさわしい簡素なスタジアムのあり方を、市は模索している。
数千人規模のものを建設し、大会期間中、一部を仮設の観客席で補う案も出ている。
スタジアムの建設を検討している場所は市内の鵜住居地区。
鵜住居は釜石の奇跡で知られる。
地区の小中学生が自分たちで判断して、次々に高台を目指し、自らの命を守った。
一方、すぐ近くにあった地区の防災センターに住民248人が逃げ込んだが、建物は津波にのまれた。
いわば、奇跡と悲劇が隣り合わせとなった鵜住居。
ここでのラグビーW杯開催を望む有志のNPOが去年、カフェを開いた。
大会誘致の機運を盛り上げたいとしている。
W杯だから、まず生まれ育った町じゃないですけど、戻ってきてもらえれば。
鵜住居で生まれ育った沼崎優さん。
自宅は流され、防災センターに逃げた母親と妹、妹の子どもたちの合わせて4人を失った。
早く次にいかないと、みんななえてしまいます。
なえると本当に心が折れてしまう。
みんな折れかかってるんでしょうけど、必死に立てよう立てようと思って頑張っていると思うんですよ。
ラグビーによる復興に期待する。
少しでも上向き、少しでも一歩前に進めるような、本当に起爆剤じゃないですけども、なってほしいなというのがありますね。
先週、このカフェの2階でタウンミーティングが開かれ、住民や誘致関係者らおよそ70人が参加。
ラグビーW杯開催をめぐり意見を出し合う。
こうやって震災でバラバラになった人たちが、何か1つになって、目標になって向かっていくのが1つ欲しいなというのが、やっぱりラグビーがぴったりだと思いますね。
いつもいつも、この仮設にいて、しょぼんとしてばっかりいられないという気持ちはあるんですよね。
俺が仮設にいて、隣の人に、言える状況じゃないという現実ですよね、絶対タイミングがあると思うんで、タイミングづくりをまずしてほしいなと。
スタジアムができるというのがあるので、町の復興が加速されるんだったらいいわけですよね。
例えば今の国立競技場で廃棄するようになるような、例えばイスとかをもらってて、それをつくるような形でやるような、コストも抑えて、しかも臨場感があるような、選手と観客がすごく近くなるようなスタジアムができたらいいなとはちょっと思いますね。
震災を経験して、そして生き方も勉強する、そういうことが学べるスタジアムになればいいなと。
正式な立候補期限は今年10月。
それまでに具体的な計画が求められる。
弱ってちゃダメなんですね。
子どもたちに何を残せるか、将来に残す財産じゃないですけどね、残してやりたいなというのもありますね。
2019年ラグビーW杯、2020年、東京オリンピック。
女川町の高橋さんは東京とは逆をいく魅力をつくると語っていましたが、首都圏にしか住んだことがなくて故郷というものもない私にとっては、同じ30代として自分の町づくりに熱くなっている姿というのはある意味ではうらやましくさえ映りましたね。
ただ、一方で被災地の人たちは現実という厚い壁にもぶつかっていて、先日も被災地を私、取材したんですけれども、とにかく彼らが抱える問題の多くは1つの地域ではどうにもならない問題ばかりなんですね。
3年たって改めて思うのは、やはり復興というのは日本全体で考えていかなければいけない問題だということです。
続いては、廃炉作業まで30〜40年と言われる福島第一原発の今を金平キャスターが取材しています。
再びJヴィレッジです。
2020年、東京オリンピック開催の年、確実に言えることは、そのときであっても原発の廃炉作業はまだ緒についたばかりの段階だということです。
事故から3年を前に、廃炉作業は一体どのぐらい進んでいるのか、また、廃炉に向けて最も大きな障壁と言われている汚染水処理の現場をおととい取材しました。
福島第一原発、近づいてきました。
間もなく入り口ですよね。
おととい、福島第一原発に入った。
新しくカバーが設置された4号機建屋。
エレベーターでまず、5階に上がる事故当時、4号機の原子炉には核燃料はなく、燃料貯蔵プールで保管していた。
散乱した瓦礫は処理され、去年11月から核燃料の取り出し作業が始まっている。
プールには核燃料1533体が保管されているが、これまでにおよそ3割、462体の燃料取り出しを終えた。
作業工程は、こう。
燃料プールの中にキャスクと呼ばれる輸送容器を沈め、燃料を移す。
その後、燃料が入ったキャスクをクレーンで運び、トレーラーに乗せおよそ100m離れた共用プールで再び保管する。
4号機で核燃料の取り出しが進められる一方で、極めて困難な作業が予想されているのが、1号機から3号機。
メルトダウンを起こした1号機から3号機。
東京電力などによると、原子炉の今の状況はこのようになっていると見られている。
しかし、いまだに熱と高い放射線を出し続ける原子炉の中の詳しい様子は誰もわからない。
今年1月、私たちは福島第一原発から南におよそ10kmの福島第二原発を取材した。
線量計のアラームが鳴り響く。
ここは第二原発3号機の格納容器の中。
核燃料がおさまった圧力容器の真下。
放射線量は1時間当たり300マイクロシーベルトと極めて高い値を示す。
福島第一の原子炉の核燃料はどのように溶けていったのか聞いてみた。
この下にたまっているんではないかという推定になります。
ここの高さ関係は同じ。
東京オリンピック開催の2020年、国と東京電力は1号機と2号機から溶け落ちた核燃料の取り出しを始めたいとしている。
線量計がピーピー鳴り出したましたですけれども、ここは非常に線量が高いところです。
しかし、高い放射線を出し続ける原子炉に近づくことさえ困難で、核燃料がどのような状態にあるのか把握は難しい。
原子炉に近づけないなら離れた場所から核燃料の状態を把握できないか。
原子炉の内部を透視するレントゲンのような手法を高エネルギー加速器研究機構などの研究チームが開発した。
使うのは地球に降りそそぐ宇宙船。
コンテナの中には目には見えないが、絶えず地球に降り注ぐミュー粒子と呼ばれる計測する装置が据えつけてある。
透視の手法は、こう。
ミュー粒子は核燃料のような密度が高い物質ほど吸収されやすい。
この性質を利用して原発のどの部分に核燃料が存在するか測定できる。
実証試験は日本原子力発電、東海第二原発の屋外で行われた。
計測装置を置いたのは原子炉建屋周辺の3カ所。
核燃料器の周りをぐるっと回ったときにどういうふうに見えるかという絵なんですけれども、いろんな方向からここにこういったものがあるはずだというふうにして解析したわけです。
核燃料は原子炉上部脇の燃料プール脇に保管されているのが見てとれる。
福島第一原発でも、溶け落ちた核燃料が1カ所に固まり密度が高くなっていれば検出するのは容易だと言う。
新しい技術の開発が進む一方で、廃炉作業の最大の障壁となっているのが、汚染水問題。
核燃料の取り出しが進む4号機でさえ、原子炉建屋1階の中に入ると様相は一変する。
うわ、ここはすごいですね。
非常に狭くて、両脇には廃棄物が当時の状況のまま残って、3・11とのときと同じ、これが奥の方もずっと当時のままですね。
地下1階に下りる。
これは圧力抑制室の地下のところですけど、これは緑色に濁ったような汚染水が地下にたまっているのがわかります。
ここは圧力抑制室の上の足場。
隣の3号機から汚染水が流れ込んでいる。
周囲の放射線量も高い。
やっぱり汚染水がすぐに近くにあるんで。
一般人の年間被ばく量の上限、1ミリシーベルトにおよそ8時間で達する水準。
足場をさらに進んでいく。
汚染水は至るところにあった。
日々、僕らニュースで汚染水という言葉をよく聞くんですけれども、実際にどういうものかって見たのは、これが初めてです。
これは手がつけられないですか?いずれこれは手をつけるところだとは思いますけど、まずは燃料プールの取り出しですとか。
増え続ける汚染水タンクは既に1000基を超えた。
汚染水を貯蔵しているタンクが占める敷地の広さというんですか、それがものすごく大きな部分を占めているというのがわかって、いかに汚染水対策というのが大変かというのが非常によくわかります。
そもそも汚染水発生の原因は、こう現在も原子炉を冷やし続けるために一日400tの水が注水されているが、この水は直接核燃料に触れるため、激しく汚染される。
加えて、原子炉建屋には一日400tの地下水が流れ込み、合わせて800tの汚染水となる。
この800tのうち400tは処理され、再び原子炉に注水される。
しかし、残りの400tは処理し切れず汚染水としてタンクに保管される。
これまでで最も高い濃度の汚染水がタンクから漏れたのが17日前。
H6と呼ばれるエリアのこのタンクから。
漏れた量はおよそ100tで、β線を出す放射性物質が極めて高い濃度で検出された。
去年8月にはH4と呼ばれるエリアで300tの汚染水漏れが起きている。
その現場は今、どうなっているのか汚染水漏れを起こしたタンクは、既に撤去されていた。
構内では汚染水が漏れにくい溶接型のタンクをつくる作業が急ピッチで進められている。
敷地全体が見渡せる建物に上がる。
これが全部汚染水のタンクのための敷地です。
そこに4号機、3号機、2号機、1号機というふうにあって、そこの事故処理のための冷やす水で出た汚染水がずーっと、全部。
汚染水と格闘を続ける福島第一原発。
メルトダウンした原子炉の内部が見えないのと同様、未来を見通すことは困難。
あそこに見える1号機から2号機、3号機という炉心溶融を落とした原子炉の溶けた燃料がどうなっているのか全くわからないという、そういうのが今、実は、それが3年たった福島第一原発の事故現場の現状であるわけです。
2020年というのは、今から考えるとわずか6年後です。
6年後にこの今私たちが見ている風景っていうのがどういうふうに変わるのかということをしっかり心に刻んでおきたいと思いました。
おととい福島第一原発の建屋内に実際に入ってみて、考えさせられたことをお伝えしたいと思います。
それは、時間のスケールの違いということです。
事故から現在まで3年、廃炉作業は40年とか、数十年単位の作業です。
私たちの人間の一生はたかだか70〜80年です。
一方で、破損した原子炉から放出された、あるいは現在も放出され続けている放射性物質の中には半減期が40年から、中には2万4000年というような気の遠くなるような物質まであるわけです。
遠い未来の世代にまで及ぶ負の遺産の大きさを考えたときに、私たち現在の世代の人間はもう少し謙虚に自らの限界を見据えて、人間のコントロールの及ばない領域があるということを、今回の事故から学びとるべきではないのか、第一原発で溶け出た燃料が今、どうなっているのかということは、私たちは正確には今わかっていません。
このような時間軸のスケールの違いの中で、2020年の東京オリンピック開催の意味ということについて深く考えさせられました。
こうやって見てきますと、時間のスケールとともに改めて汚染水の量の膨大さというのがわかりましたけれども、汚染水をためるタンクの容量はおよそ1000tです。
一日400tの汚染水が出ますので、1つのタンクは2日半でいっぱいになってしまうわけですね。
東京電力は敷地の野球場や林などを切り開いてタンクの設置場所を確保しようとしているんですけれども、敷地は十分なのかですとか、伐採した枝や葉についた放射性物質の処理の問題などもあって一日も早い抜本的な対応策が求められますよね。
もう1つ忘れちゃいけないのは、福島第一原発では今も一日3000人以上の人がまさに身を挺して作業を行っていると。
福島の問題は現場の人たちのこうした努力によってなんとかしのいでいるのが現状だと思うんですね。
ところが事故から3年がたちまして、作業員の人たちの被ばく線量の問題が深刻化しています。
ベテラン作業員が現場を離れざるを得ない状況なんですね。
長引く作業の中で今後どうやって人材を確保していくかも大きな問題だと思います。
なかなか進まない復興、長期化する避難生活。
ともすれば沈みがちになってしまう被災地の人々の心の支えになっているもの、それは、大都会で忘れ去られてしまった地域の人々が昔から大切に受け継いできた心の絆でした。
岩手県に伝わる鵜鳥神楽。
時には勇壮に、時にはユーモラスに繰り広げられる舞いは、災いを除き人々に祝福をもたらす郷土芸能としてこの地で受け継がれてきた。
やっぱり、この神楽っていいです。
晴れる、気持ちが明るくなる。
県北部の普代村にある鵜鳥神社。
海の神様として三陸沿岸地域で厚い信仰を集めてきた。
神社の神を宿した獅子頭は神の精霊となって神楽とともに祈祷の旅に出る。
神が民衆のもとをめぐる。
全国手にも極めて珍しい形態を今に残している。
神楽の演じ手を神楽衆と呼ぶ。
笹山英幸さんは、神楽衆10人の中で最年少の19歳。
県南部の釜石市出身だが、去年、普代村の役場に就職した。
理由は、神楽衆になるため。
4歳のとき、地元で初めて神楽を見たという笹山さん。
小学生のときには、実家が神楽を迎える神楽宿と呼ばれる家になり、いつも間近で神楽に接してきた。
見たときからひかれて、ずっとついて歩いていたので、やっぱり理屈抜きで魅力がある。
魅力っていう言葉を、そのまま神楽にしたような。
鵜鳥神楽は毎年1月から3月にかけて普代村を拠点に南北100kmにわたって巡業を行ってきたが、津波で神楽宿の大半が被災し、一時中止に追い込まれた。
しかし、震災から3年目の今年、神楽衆たちは神楽で被災者を元気づけようと本格的に巡業を再開した。
この日の巡業先は、釜石市の箱崎半島にある集落。
被災した住民がようやく再建した家の中に入り、獅子頭で柱など隅々をかんで回る。
これは柱固めという神事。
神様のおかげさまだと思ってっから。
笹山さんの実家では、神楽を迎える準備に追われていた。
住民たちが次々と集まってきた。
仮設住宅から久しぶりに戻った人もいる。
神楽衆1年目の笹山さん。
実家で初めて舞を披露する。
笹山さんはこの日、場を清めて悪魔を払う「榊葉」という演目に挑戦した。
30分以上も激しく舞い続けなければならない過酷な演目。
演じ手と観衆が一体となった濃密な時間が流れる。
神楽を通じ、人々は互いに心を通わせてきた。
どうでした、久しぶり神楽。
最高でした。
つらいときもありますし、本当にやめたくなる気持ちもある場合もありますけど、やっぱり、そんなのに負けてちゃ、それこそ何百年の歴史を自分1つの気持ちでつぶすことはできないので、全力で続けていきたいと思ってます。
翌日、神楽は次の被災地を訪れていた。
人々の絆をつむいできた神楽は、6年後の2020年も、そしてその先も、この地で生き続けていく。
スポーツをお伝えします。
ソチオリンピックに続きパラリンピックが開幕した。
ソチオリンピックと同じ会場で行われたパラリンピック開会式。
大会には史上最多の45カ国から500人を超える選手が参加する。
日本選手団は最後から2番目に登場。
旗手の太田渉子を先頭に森井大輝主将など20人の選手が笑顔で行進した。
一方、ロシアの軍事展開に緊迫しているウクライナは1人だけの行進だった。
プーチン大統領の開会宣言とともに、式典は大きなトラブルもなく進められ、最後は聖火台に聖火が灯された。
再び開かれた冬の祭典。
16日までの10日間、阪神−日本ハムのオープン戦。
注目は藤浪と大谷の両先発。
2年前の選抜大会以来の投げ合いになった。
まず1回、大谷がみせる。
ツーアウトから鳥谷に対し、完璧な立ち上がりを見せる。
一方の藤浪は3回、2番・杉谷。
3番・西川に連続タイムリー。
ピンチで踏ん張り切れない今日の藤浪。
5回を投げ5失点、課題を残す。
大谷は変化球のコントロールが抜群。
5回をわずか2安打と開幕に向け、視界は良好。
注目の対決は大谷が2年前のリベンジを果たした。
続いて、サッカーのJ1第2節。
セレッソ大阪注目のフォルラン選手にのJ初のゴールは生まれたのでしょうか。
昨日、ウルグアイ代表から合流したフォルランはベンチスタート。
セレッソ大阪は前半10分、ザックジャパンの山口蛍。
技ありフリーキックで先制点を奪う。
追加点の欲しいセレッソは後半19分にフォルランを投入。
すると、この位置から狙う。
しかし、キーパー正面でゴールならず。
注目の柿谷とフォルランの今シーズンJリーグ初ゴールは次節に持ち越し。
それでもチームは勝利をおさめている。
日本人現役最速の桐生祥秀が世界室内陸上男子60mに登場。
自分の走りが半分しかできなかったと話したが、自身3度目の国際大会で初めて予選を突破。
明日の準決勝、決勝で日本記録更新を狙う。
国内女子ゴルフツアー開幕戦、ダイキンオーキッドレディス。
昨日36位と出遅れた横峯さくらが巻き返す。
16番ティーショット。
時折、風速10mを超える風を読みピンから4mにつける。
これをきっちりと沈め、この日5つ目のバーディー。
トップと2打差の6位タイに浮上した。
一方、2年連続の賞金女王を狙う森田理香子も負けていない。
終盤連続バーディーを奪うなど、3つスコアを伸ばし、首位タイに浮上。
明日の最終日も去年、賞金女王を争った森田と横峯から目が離せない。
再び、Jヴィレッジです。
今回の取材で私は福島第一原発の地下に緑色に濁ってたまっていた大量の汚染水の存在を目の当たりにして、ちょっと唐突なようですけれども、今の政治家の言葉の軽さ、軽さ、虚しさのようなものを思い知らされたような気がします。
2014/03/08(土) 17:00〜18:50
MBS毎日放送
報道特集[字]【震災3年 2020 それぞれの未来図】

2020、被災地と東京、それぞれの未来図。東京で五輪開催が予定されているが、その頃、福島、宮城、岩手はどうなっているか?

詳細情報
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番組内容
【2020被災地と東京〜それぞれの未来図】

2020年。東京では五輪の開催が予定されていますが、その頃、福島、宮城、岩手の被災地はどうなっているのか?被災地と東京を対比的に描きながら、それぞれの地域の「6年後」をシミュレーションしてゆきます。
福島・大熊町、宮城・女川町、岩手・釜石市からの報告・・。そして6年後の福島第一原発はどうなっているのか?汚染水は?廃炉作業は?など予測します。
出演者
【キャスター】
金平茂紀(TBSテレビ報道局)
日下部正樹(TBSテレビ報道局)
岡村仁美(TBSテレビアナウンサー)
佐藤渚(TBSテレビアナウンサー)

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