SWITCHインタビュー 達人達(たち)▽宮本亜門×北川悠仁(ゆず)part2 2014.02.22

ありがとう!2人の顔合わせは番組史上例のないほど白熱した。
本日は後半戦!現在放送中の連続テレビ小説「ごちそうさん」の主題歌「雨のち晴レルヤ」もここでレコーディングされた。
宮本が名曲誕生の舞台裏に鋭く迫る!やっぱり北川さんの中で何か変わってったの?ものの考え方って。
それまで…デビューから今年で16年目。
ゆずがヒットを飛ばし続ける秘密とは。
そういうものがだんだん出来始めて。
「虹」もそうでしたね。
何に勝てないと思ったの?言ってる言葉の世界観?音楽?自分では自発的に出たつもりなんだけど自分のテーマのデカさに圧倒されたみたいな。
・「愛するここが紛れもない」もう一回踏み出した時に生まれたのが「LAND」だったんですよね。
曲作り舞台作りの苦悩と葛藤とは。
超売れっ子演出家の宮本亜門。
今年だけで9本の作品を抱える。
この日は一日に3つの稽古場を渡り歩いていた。
フフフ…ありがとうございます。
はいどうぞ。
市川海老蔵主演の新作歌舞伎にも初めて挑んだ。
前回は北川悠仁が宮本の稽古場を見学。
日本初演のブロードウェイミュージカル。
主演は小池徹平だ。
「すると電話が。
トゥルルルル!」「彼がペチャクチャペチャクチャそうだジェローム違うジェローム電話の相手は弁護士ジェローム…」。
OKそこだけやりましょう。
「すると電話がトゥルルルル!彼がペチャクチャペチャクチャ!」
(小池)「ペチャクチャペチャクチャ!」「ペチャクチャペチャクチャ!そうだジェローム!」
(小池)「そうだジェローム!」「僕はハリウッドに飛んで」。
そこで彼に最後に「まるでパラリララジャン!」。
はい。
56どうぞ!北川が出演者を輝かせる亜門マジックに迫った!最初は僕も演出家になった時にはもう少しハッキリ演出家らしい態度をとんなきゃいけないかと思って…結局大間違いで目的は…出演者たちが自分たちの事として喜べたり楽しめてる事の方が大切だと思ったら変わってきたんですよねやり方がきっと。
宮本の台本をのぞいてみると…。
位置関係がいろいろあったりここのセリフを変えたりああだこうだ…細かい事がチョコチョコ…書いてあるんですよそうやって。
稽古をしながらセリフをどんどん変えていく理由とは?絶対に僕は音楽の神様がいたらホントにその音楽の神様を信じていてこのリズムとノリの中でまたセリフも入んなきゃいけないからその人たちの役柄の体内リズムってあるんですよね。
ここでどうして歌が入るの?何でリズムなの?って事を徹底的にやらないと気が済まない。
北川もまたゆずのライブの演出にこだわっている。
自ら歌い自ら演出する難しさとは。
演出の事もライブ中やるんですけど自分が作った曲で自分がよく分かってるので自分がそれをプレーヤーとしてもやってるんですけど…なので僕は本番の初日の幕が開くまで最後の最後まで客観的なとこにいます。
この秋「魔笛」の演出に挑んだ宮本。
世界で勝負する重圧とは。
何でモーツァルトでオーストリアで来ちゃったんだろう。
思い切ってロールプレーイングゲーム風の斬新な演出に挑もうとしたが…。
「うわ〜歓迎されてない」と思って。
そのあと周りがチョコチョコ…「何で?何で?」みたいな話してるのが分かって「か〜っ」って思って何をしたか。
そこまでですか?絶体絶命のピンチをどうやって乗り越えたのか。
モーツァルトの曲も聞きたくなくなっちゃったんだけど好きな曲が2曲ぐらいあってそれをちょっと聴いたんです。
そしたらねフワ〜ッと涙ぐむほど感動したんです。
誰に何言われようと関係ない。
苦闘の末に初日を迎えた「魔笛」は大成功を収めた。
一つのものを目指してる先輩がそんなにビビってでもそれを乗り越えてくっていうのは感動します。
きっと死ぬ瞬間まで何かを自分が作りたいんだったら僕は絶対何かやっぱり…すてきです。
さてお待ちかねの後半戦。
2人は車に乗り込みゆずのプライベートスタジオに向かう。
ゆずが作り上げる歌の世界に宮本が切り込んでいく。
コンサートの日って何か同じ事をするとかあるんですか?必ず食事制限をして…。
もうすっごいルーティン化するんですよ。
コンサートの日。
例えば朝起きますよね…それ毎日じゃなくて?そのコンサートの日。
当日?当日必ず決めてて…ライブ会場の周りを走る北川。
じゃあ行ってきます。
距離も毎回3〜4kmと決めている。
ランニングに出て……というのを毎回。
それいつから決まったんですか?その流れは。
それ6年前ぐらいです。
30になる時に。
これがいい!ってあったの?いろいろやってきてパンを食べてみたりとかボールをやってみたりとかいろいろこう…時間を変えてみたりとかやったんですけど同じクオリティーでショーを提供したいなという思いがあって。
本当?決めたんです。
でもふだんはやらないんですよね。
一切。
当日のみ?もちろん体は気を付けてるんですけど当日のそのルーティンだけは…。
じゃないと気分によっては「今日ちょっと調子悪いな」とか「盛り上がんないな」とか人間だからできちゃうのが嫌でもう…なるほど自分に押すためにも。
それがもう自分をも信じ込ませるぐらいの流れがあるんだ。
これは大丈夫だという。
臆病なんですよね多分。
いやそんな事ないですけど。
あえてコンサートの前にみんなでラジオ体操するのもそんな感じ?ミュージックスタート!123456…。
あれ理由があって急に会場のサイズがデカくなったんですよ。
それまでライブハウスだったのがいきなりホールになっていきなりアリーナになっちゃってスタッフ初めて会う人ばっかで…何かないかなと思って…それ自分の提案?僕のです…。
珍しい提案ですよね。
そうですね。
それ面白いからお客さんにもやってもらおうみたいな。
1234567…。
僕は…新しい作品やる前に部屋をウワ〜ッと2日間くらいかけて掃除する。
ていうか鉛筆なんですねまずは。
何でだろう?シャープペン駄目なんですよね。
何Bとかもあるんですか?自分がこんなに熱い思いで考えたプランがHだと許せない!もうポキポキ折っちゃいます先。
いらだちで。
絶対B!すげえ筆圧ですね。
一方北川が曲を作る時は?3時間で。
3時間なんですよ最近気付いた事は。
僕も。
最初に机の周りきれいにするんです。
で「よしやるぞ」と思うんだけどそんな簡単に…。
大海原の中に…何かいろんな「そういえばスケジュールやらなきゃいけなかったな」とか雑務やるんですよ1時間。
結局。
いろんな事が全部終わったあとにフッて内省する時間というかホントに余計な事全部なくなって自分と自分自身との対話になって。
多分人間がそんなに集中してる時間ってそんなにないんだろうなって思っていて。
ゆずの曲作りの拠点サクラスタジオに到着。
ここなんですけど。
ホントにマンションの一室なんで。
ホントだ!ここの中に?そうなんです。
あすみません。
一般の方どうぞ。
失礼します。
あどうぞスリッパ。
失礼します。
すごいきれいにしてる。
どうぞこちらです。
あ〜でもいいじゃないですかこういう木があって。
そうなんですよ。
あ〜いい環境。
こんな感じになってます。
いいじゃないですか!すごくリラックスできる感じ!ちょっとマスターみたいですけど。
ここでは全てが居心地よく整えられている。
いらっしゃいませ。
どっかのお店みたいになってますよ。
すごいねこの木。
これ松?何ですか?何でしょうか?何だろう?あえてこういうふうにしたかった?そうなんですよ。
何かスタジオって結構無機質で一番おっきいのは窓。
スタジオって窓が無いんですよ。
これ最高だね。
木があるだけで。
全然違うな。
風も入るし。
ちなみにここはいつも岩沢がたばこ吸う場所です。
喫煙所です。
へえ〜これが喫煙所。
ここがブースになっててここでこう…。
失礼します。
ほう〜。
向こうにいる人を見ながらここでいつも。
ちょっと驚いた。
あっどうぞどうぞ。
要するに「よしじゃあ何かやろう」って言ってもみんなスケジュール合わせてスタジオ押さえてみたいな。
えっそれ10周年の時?10周年ぐらいの時に。
何か…そういうふうに思ったんですよ。
なので事務所のすぐ下にここを作ってもらって例えばちょっと仕事が終わったあとでも「あっ思いついた」と思ったらすぐできるような音楽環境が欲しい。
1996年北川は同級生の岩沢厚治とゆずを結成。
地元横浜の路上で歌い始めた。
・「地下鉄の乗り場に続く長い長い階段降りてる」・「下へ下へと落ちるように一人」最初って何か聞いたら岩沢さんが先だったの?そうです。
後から参加した?後から。
後から俺いきました。
自分が「やりたい」って言ったの?そこは。
知り合いだったの?知り合いでバンドやってたんです一緒に。
あっ行っててそれを見て。
彼が一人自分で…。
へえ〜。
僕は歌いたくて。
でもバンドのボーカル…バンド作るの大変だなとか思った時に岩沢がやってて。
でそれまで真面目に音楽やりたいって言った事なかったんですよ。
何となく趣味ではやってたんですけど。
でもホントはずっと音楽やりたいって思いがあってでもどうやってやっていいか分かんないし何から初めていいか分かんなかった時にバンドをやりつつ…岩沢とバンドをやってたんですよ。
でも岩沢は別に路上でもやってて。
それやってるのを見て俺もあっ面白いじゃんっつって。
その時は人が集まってたんですか?岩沢さんの時も。
ええ〜!?本当。
でそれ見て普通ゼロだったらここでやらない方がいいなと思わなくてやりたいと思ったって事ですか?僕は思いました。
あっこれいいかもって思ったんですけどほら1人でやってるし邪魔しちゃ悪いじゃないですか。
楽しそうだしっていうか。
1人で…ごめんお客さんいなくて楽しそうに岩沢さんやってたの?寂しそうでしたすげえ。
俺行ったらうれしそうでした。
寂しかったと思うんですけど。
何か悪いかなとか思って1か月ぐらい悩んでたんですが…そこでやりたかった理由は何ですか?人の前で?人いなかったでしょ?人いなくても歌いたかったんですよ。
何か…ドラムだったんですけど最初バンドでは。
へえ。
ドラムたたきながらいつも思って。
俺ドラム向いてないなと思ってて。
でもこれは弾けた…ギターは弾けたんですか?ほとんど弾けなかったです。
へえそれも面白いね。
ほとんど弾けなくて…練習する場所ないから車の中で…駐車場に車止めて車をバ〜ンとなるべくフラットにして向き合って…。
あれ危ないですよね外から見たら。
何か車ギシギシしてるし曇ってるし何か…何やってんだろうみたいな夜中だし。
やったりとかテープも自分たちで表紙作ってスタジオに行ってしかもスタジオも金ないんでモーニングパックで入って一番安いやつで入ってテープ作って頑張って10本…12本ぐらいしか作れなかったんですけどそれを毎回売ってまたそのお金でテープを作るという循環をしたりとか面白かったですね。
僕もチラシ自分で書いたな手書きで。
やっぱり。
ひどいチラシだったけど裏側が何かラーメンの宣伝…唯一ラーメンの宣伝を取ってきたらそっちの方が派手で見に行ったら全部反対に置いてあった。
「こっちなんですよ僕が書いた演目は」とか言って。
ああそうなんだ。
そういうのは忘れないですね。
宮本が手作りしたというミュージカル「アイ・ガット・マーマン」のチラシ。
29歳の時脚本・振付・演出を1人でこなし貯金をはたいて上演にこぎつけた。
この作品で宮本は世に出た。
一方ゆずは1998年レコード会社の社長にスカウトされシングル「夏色」でメジャーデビューを果たす。
北川21歳。
ゆず伝説の始まりだった。
今の社長がたまたま通りかかって僕らに声をかけてくれてデビューが決まったんですけどでもうれしかったのは社長は…そこでコツコツ。
最初基本的には。
帰る人ですから。
じゃあつかまえたと。
つかまえたら…そういうこう…何か…それは何年間ぐらいですか?そういう時。
それやってたのは路上で。
それは半年ぐらい続けててCDが出て少しずつ路上にお客さんが実際来てくれるようになったんです。
それが1年ぐらいしたら最初50人100人1,000人最後7,000人までなってもうこのままだとちょっと混乱も多いしできない。
そこでやめてそこからですね何かちゃんとプロとしてスタートしたのは。
その時の体験って最高の宝物ですよね。
ああだったという原点になる。
原点ですね。
その年の8月30日。
最後の路上ライブが行われた。
定位置だった伊勢佐木町のデパート前。
台風が接近していたにもかかわらず全国から7,500人のファンが駆けつけた。
いろんな事で悩んだりする事があると思うけどどうか頑張って下さい。
僕らも頑張ります。
(一同)ありがとう。
頑張って!
(拍手)どんどんどんどんそのあとはもうあれよあれよって感じ?そうですねもうアリーナになって。
いつまであれよあれよなの?アリーナまで行ってそれに追いつくのに自分が必死ぐらい?毎回必死で…。
だから演出をライブの中でやり始めたのも要するにお客がどんどん遠くに行っちゃうんですよ。
はあそうか。
もともとこの辺で来た人たちみんな地べたに座って歌ってマイクも使わないで生で歌ってた。
それが全部感情ももう間近で伝わる。
お客さんのニュアンスを見ながらカウンターだけのレストランじゃないですけど今そろそろおなかすいたからこのぐらいのものを出そうかみたいな駆け引きでやってたものがだんだん遠くなっていって一番後ろの人なんかもう僕らはこれぐらいしか見れない。
じゃあそういう中で…飽きないんだろうというのを工夫し始めていろんな事をトライし始めたんです。
そうか〜。
僕がきっと演出やってるのもそれが理由かもしれないな。
やっぱり舞台というのは…だからロビーから最初いろいろ考えたし少しでも一体化したい。
何か舞台の上に立ってはい見て下さいとかそういう結界は絶対作りたくなくてもうまみれたいからきっと演出をもっとこうしたらどうだああしたらどうだってやってるっていうのはそれは理由があるだろうな自分の。
それは絶対そういうもんですよね。
だからその気持ちは全然変わってないって事ね。
路上の時とですよね。
最後の路上ライブから4か月。
ゆずは5,000席の会場を借りてライブを開く。
2年後には3万人収容の…ライブの規模はどんどん大きくなっていく。
12123!夢だった東京ドームでのステージ。
観客5万5,000人。
当時の動員記録を塗り替えた。
それでも北川はアコースティックギター片手に岩沢と2人でステージに立つスタイルを変えなかった。
例えば…これは俺歌いたくないとかそういう事はない?そこは信頼関係ですかね。
やっぱり一番いいのは2人とも物書きじゃないですか。
曲書くんでその曲を書く苦しみも知ってるしそれをどういう思いで作ったかというのがやっぱり分かるのでそれが自分の音楽的な好みじゃないとかそういうものはなくはないかもしれないですけどでも…そこだけは誠実です岩沢との関係で。
あとはまあいい加減なもんですけどその…そこは何か。
この瞬間だけはやっぱりお互いに。
あんまり言わないですね。
「この歌詞は何だ」とか「このメロはちょっとこうじゃないか」とかは言わないですね。
それに対して…北川が愛用のギターを手にレコーディングブースに向かった。
曲作りの工程を実際に見せてくれるという。
あの画面って映る?映ってますよ。
あ〜どうも宮本さん。
しっかり見えてますよ。
北川で〜す。
それでですね…。
北川は曲が浮かぶとすぐさまデモテープを作り岩沢はじめスタッフに聴いてもらうのだという。

(ギター)どう?ワンツースリー。
弾き始めたのは…「栄光の架橋」。
2004年アテネオリンピック・テーマソングとして書き下ろしたゆずを代表する一曲だ。
はい。
次じゃあ2本目のギター。
えっ?1個ずつこうやってやってくの?続いて岩沢のギターパートを弾く。
あ〜間違えた。
最後だけ。
はい。
はい。
みたいな事をやります。
これが最初の?
(大渕)これが最初の1本目のギターでこれが今新しく…。
今度これもやるの?…で今度タンバリン。
全部1人でやるんですか?このスタジオにはドラムセットがないため代わりにタンバリンでリズムを刻む。
はいはい。
ヘイヘイじゃあ歌いきま〜す。
これから歌?このくらいいつもペース速いんですか?結構速い。
ヘイヘイヘイヘイハッヘイヘイどうでしょうか?ヘイヘイハッヘイ。
はいどうぞ。
はいヘイヘイヘイ。
・「いくつもの日々を越えて」・「辿り着いた今がある」・「だからもう迷わずに進めばいい」・「栄光の架橋へと」はい。
上ずった?最初。
いやよかったよ。
はあ〜全部やっちゃうんだ自分で。
次はハモリパート。
メロディーより低い音程で歌う。
・「いくつもの日々を越えて」ハモリは毎回いくつかのパターンを試すという。
はい。
(大渕)はい。
こんな感じで作って…。
すごいね!面白いでしょこれ。
大渕さんいつもこんな落ち着きのなさ?ええまあ。
すごいね。
もう浮かんだとこからどんどんやらないとって感じ?気が済まないです。
例えばこのあとベース入れたりドラム入れたりストリングス入れたりエレキ入れたりするんですけど相手にニュアンスが伝わるように。
うまいとかいいとかじゃなくて雰囲気が…。
どういう事をこの人はしたいんだろうというのを読み取ってもらえるように作るように…。
へえ〜。
こういう感じで作って…。
ちょっとじゃあ軽くまとめて。
貴重なものを見せてもらったな。
ありがとうございます。
でしょう?スタジオに来た事はある人はいるんですけど。
ポッと浮かんだら行くよってここに来て?そうです。
曲が出来てもうやりたいじゃないですか。
すぐ連絡して?「来てよ」って?「時間空けといて」って言って下りてきていきなりガ〜っと曲やってテンポ測ってもらって。
もうマイペースで「これやってこれやって」って感じ?すばらしいですよもう。
すばらしい性格だそうです。
うそだ。
恨んでる。
恨んでると思う少し。
録音した全ての音を重ね合わせると…。
聴いてみますか?ちょっと音大きめで。
・「いくつもの日々を越えて」・「辿り着いた今がある」・「だからもう迷わずに進めばいい」・「栄光の架橋へと」みたいな。
ありがとうございます。
うれしいよ。
今日稽古見せて頂いたんで。
いや〜すごい!この瞬間って…全部こうなった録音は取ってある?一番最初のものが?最初のものも取ってあります。
すごい速い時間にできる事もあるし長い時もあるんですか?日にちも日数も3か月4か月半年かけて。
これを今度こねり始めるんですああだこうだ。
それは一緒に話し合いながら?そうですね。
あっ2人が。
僕と岩沢とプロデューサーと。
岩沢さんがいつもここにいる訳じゃなくて…。
最初出来た時は1人で来てまず作ります。
岩沢っぽいギターとか自分で弾いてみたりとか。
オリンピックで戦う選手の気持ちをどう表現すればいいのか。
北川は何人もの選手を取材し悩みながらこの曲を書き上げた。
栄光の陰にある苦しくつらい道のりとたどりついた今この時。
この歌がオリンピックの映像と重なった時北川は初めて自分の曲で泣いたという。
日本金メダル!曲が北川の手を離れ独り歩きを始めた瞬間だった。
それはやっぱり歌詞がすごく僕は自分自身も当てはまりましたしいろんな選手を見てていろんな選手に当てはまると思うので…曲は一番うれしいのは特に「栄光の架橋」とかはそうですけど作ってもう9年たつんですけどいまだに「栄光の架橋」でのメッセージが来るんですよ。
例えば病気をされてた方とかちょっと学校に行くのが嫌だった子だったりとか。
何か人生を一つ変えると言っちゃなんですけど…宮本が4年前に手がけた横浜開港150周年の記念式典。
ペリー来航から現代まで横浜の歴史を芝居仕立てでつづっていく。
宮本は未来への希望を込めたこのショーの締めくくりにゆずのある歌を選んだ。
「WONDERFULWORLD」。
「何があろうと未来に向けて進もう」と希望を歌う。
宮本はこのころからゆずの歌の世界観が変わってきたと感じていた。
当時は聞けなかったこの曲が生まれた背景を改めて尋ねた。
僕は「WONDERFULWORLD」も大好きなんだけども例えば…恋愛の「あなたが」「君が」という状況じゃなくて。
ものの考え方っていうのが。
それは基本的に変わってないの?変わってないですね。
基本的に…思っていた事を表現できるようになってきた。
本質的にそういうものを伝えたい思いがずっとあってでも邪魔するんですよね。
紛争地の少年兵の描写から始まる「WONDERFULWORLD」。
争いや憎しみの絶えない世界の現実を見つめる中で生まれた曲だ。
それでもなお希望をつなぎながら生きていこうというメッセージがつづられる。
「WONDERFULWORLD」も最初に銃を子供が持ってるっていうところからスタートするじゃないですかある意味容赦がないよね。
いい意味でね。
そうですね。
だから段階としてこう行くんじゃなくてスパ〜ンと最初にボールを投げつけるから最初おっと思うけどそれで最後は地球が回っていくというところまで行って我々は全てを飲み込んでいいものも悪いものも飲み込んで回っていくっていうところまで行くからはあ何が起こったのかなと思って。
じゃあそれはどっちかと言うと意図的にやっているというよりもそこにのめり込んだ時にもう出てきちゃう?「WONDERFULWORLD」の時は扱いきれなかったですね出来上がったけど。
「WONDERFULWORLD」という曲が自分の中から湧き上がってきて完成してライブでツアーをやりきったんですけどやりきって最終日まで自分は勝てないって感じがしました曲に。
でもここで作ったんでしょ?これも。
作った時はそうです。
自分はそう思わなかった。
思わなかったですね。
自分なりのいいものが出来たなと思ったんですけど。
それが何に勝てないと思ったの?その言っている言葉の世界観?音楽?何ですか?う〜ん。
テーマの深さ?そうですねテーマの大きさじゃなくてそこに…自分では自発的に出たつもりなんだけど…実は「WONDERFULWORLD」を書き上げる前北川はスランプに陥っていた。
どんな歌を作ればいいのか分からなくなってしまったのだ。
気付けばデビューから10年近くがたっていた。
10周年の時に何かが起こったんですか?そうじゃなくて…普通10周年といったら「やった!10周年」になりがちなのにそうではなくて気が重くなった理由は何なんですか?僕は何だろう…みんな…何かすごくこう…ツアーやって曲書いてまたツアーみたいな…ルーティン化するという事はいい事もあるんだけどでも…そういうふうに思っていてここまでいいものが出来たけど……が自分の中に襲ってきたんですよ。
周りのみんなは割と「10周年やれてよかったね」って言っている時に。
何で不安が襲ってきたんだろう。
そのルーティン…ルーティンが悪いと思った。
ずっと同じ事をこの繰り返しだけでは曲は生まれないなって思ってそこからですね変えようと思ってうん…何かゆでガエルじゃないんですけどこのままここにいたら…お水の中にカエル入れといて火をこうやっていくとそのままゆだっちゃうじゃないですか。
気が付かないうちにそうなってるんじゃないか。
なっているというふうにいろんな場面で思い始めたんですよね。
スタッフの動きとかレコーディングのやり方とかツアーの組み方とか。
北川はケニアにある2つの難民キャンプを訪れた。
その一つダダープにはソマリアの内戦から逃れてきた26万人が暮らしていた。
Hi,MynameisYujin.エドマ?
(少女の歌声)8歳の女の子が童謡を歌ってくれた。
彼女にとってはふるさとをしのぶ大切な歌だ。
ただ遠い所にいる難民の人たちという事だけじゃなくすごく人としてもっと近くに感じられる部分がありました。
・「アサンテアサンテアサンテ」スーダンからの難民5万人が暮らすカクマのキャンプ。
北川はありがとうを日本語とスワヒリ語で繰り返し伝え合う曲を作り歌った。
この旅で北川は歌の力を再確認する事になる。
アフリカへの旅を経て書き上げた曲。
「越えて」というリフレインが印象的な「虹」。
歌詞にはアフリカで見た風景がつづられている。
その詩が生まれたのはそこからどうやってあれが出てきたんですか?今の時代に対して言いたい何か出てきたという事?いや時代というよりは自分に…今までの自分を越えたい今までの自分たちを越えて…。
もっと楽な道もあったんですけどねそれなりに。
言い方が悪いかなでも何となくホントに自分たちの好きな事だけやってればいいじゃんみたいなスタイルもなくはないと思うし別にそれもやれたんですけどでもやっぱり…その反応はやっぱりよかった。
うんよかったです。
「夏色」なんか絶対そんなまさかそんなみんなが「ゆっくりゆっくり下っていく」とは思ってなかったんで「そうか」みたいな感じだったんですけど……というものがだんだん出来始めて「虹」もそうでしたね。
いろんな曲を書いて…最新アルバムのタイトル曲「LAND」。
この曲には現在の北川の思いが込められている。
ゆずというのはすごいグループとしてある程度成立してきたけど…それは意図的にじゃなくて?自然とどんどん離れていったんでしょうね自分たちの活動。
「あれ?何か自分たちって悪くないけど何かちょっと…時代を追いかけた事はないけどでも21の時やり始めた時ってみんなと一緒だったんですよ感覚が。
みんながいいと言っているものがああそれ確かにいいよねって理由なく言えた。
「何か分かんねえなこれ」っていうものが増えてきたんですよ。
えっ?それどういう事なの?音楽を聴いても例えばみんながいいと言っているものがあるとしてそれ聴いた時に…それを見過ごしちゃう事はできるんですよね。
要するにこんなんはやりもんだろうと。
だけどいやちょっと待てよと。
何かみんなが面白がってるこの曲には面白がる理由があるんじゃないか。
要するにそれまでJ−POPとかあんまり聴いてなかったんですけどJ−POPとかもう一度今どういうものがもう僕は30になったじゃあ…もう一回検証し直したんですよ。
「目から鱗」みたいな事があっここがいいんだとかいうのが少し分かってきてじゃあ…北川は「LAND」に東日本大震災を経てたどりついた覚悟を織り込んだ。
「LAND」僕はすっごい面白かったんだけどあえてあの曲に興味を持ったので聞きたいんだけどどちらかというとカラオケで歌いやすい曲じゃないじゃないですか。
テーマもそうじゃないかもしれない。
僕いっぱい曲作るんです。
ノートを広げながら…反復しながら。
ここまで…飽き性なんでしょうね。
ここまでやってこれちょっと煮詰まったとかこっち書こうとかいって2〜3曲うわ〜と書いてそういうのをひとしきり出し終わるんですよね。
やり終わったあとにもう一曲ぐらい書こうと思ってポロッと出来た時に出来る曲ってあってある程度…そういうもの…組曲ではあるんですけどその根源は多分いろんなものを作り終わったあとにポロッと…。
ポロッとじゃない…アルバムのアートワークを手がけたのはアーティストの村上隆。
シリアスな中身をあえてファンタジーでくるんで表現したいという北川に村上はゆずをサーカスが取り巻くイメージで応えた。
正直言うと「LAND」で初めて僕は北川さんもしくは…震災以降のいろいろなゆがみっていうのを明るく笑い飛ばすような事は全くできない状況だったんですがいよいよいつも笑い飛ばす北川さんの歌をしても笑い飛ばせない。
(村上)どうやったらオーディエンスに伝えるかって事を考えていくと……を作品の中に訴えないといけないのかなと思ってそれはもう僕の世界観にすごいぴったりだったのでとても思い入れが強いコラボレーションになりました。
あれをやるって決めたのは何で?やっぱり震災が大きな影響を及ぼしていて何か答えないじゃないですか。
どれだけ言ったって拭えない悲しみもあったりして痛みもあったりしてでも何かそういうものも全部ファンタジー…世界の中に入って…今までのファンがあの生々しさやあの現実味を持った事によって「う〜ん」っていう人もいるの?それはいないの?いるかもしれないですけどでも…それがうそを歌っているのであれば僕は信じられないと思うんです。
何となくこういう事をしたくてそのためにこの言葉をあてがってるとかこういう刺激だったら気を引くだろうみたいなそういうふうに作った場合はもしかしたら「う〜ん」と思うかもしれないけど…思われる事に関しては…ホントに本気になってきちゃったんですね。
もともと本気なんだろうけど…。
もっといい加減だったんですけどね。
もうちょっと楽に生きるつもりだったんですけど何か本気になっちゃって。
僕はミュージカルをやったりしてるんだけど…だって歌ったり踊ったりしちゃうんだもん。
街歩いてたらちょっとみんなに声かけられちゃうよね。
「ちょっと危ないです」って言われちゃうぐらいなんだけどそれはもう全部そんな事分かっていてそれはもうファンタジーだというかありえないんだよって。
そうですね。
ありえないからこそいろんなものがぶつかり合っててそこにこぼれてきたら面白いんだよっていう考え方で。
この秋宮本はモーツァルトのオペラ「魔笛」をロールプレ−イングゲーム仕立てにするという前代未聞の演出を行った。
主人公の冒険の旅を人生の旅に重ね合わせ生きる意味を力強く歌い上げた。
よくお芝居だと「じゃあリアルがいいんじゃないか」って。
リアルって例えば舞台の上でホントに役者たちがリアルに演技したとするとでも舞台なんだからリアルじゃないんですよ。
例えばあるドキュメンタリーを映像があったとしたらドキュメンタリー映像これリアルかってカメラがそこにあるともうリアルじゃないんだよね。
…といってもちろんドキュメンタリーが悪い訳じゃないしって思うけどそこら辺のバランスっていうのは僕にとって興味があってどうせならいろんなものがあってその中でハッキリこぼれ落ちた方が面白いんじゃないかっていうのは。
すごく分かりますね。
そういうのも踏まえて…。
なるほど。
やっぱりでもせっかく音楽をやっているからショーをやってるから…すごく思ったりはしましたね。
じゃあそれは今回のコンサートやこういうのにもなってるんですね。
あとその華やかなものの中にある狂気とか悲しみとか。
ピエロが持つ二面性道化てるその裏で泣いてるでも泣いても笑ってんだぞみたいなものとか童話とか昔の歌とかそういうものの中に潜んでる実はゾクッとするものとか何かそういうものをエンターテインメントに盛り込んでいけたら面白いなというのは思ってますね。
面白いですね。
大賛成です。
目に見えるものが事実でそれが正しいと思っちゃうとあれだけど想像力ってみんな思ってて舞台だったら何もないセットだったりするのにお客さんが何か急にそこで泣いてたら後ろが今度は違う世界になってるとか音楽も一つじゃないですか。
やっぱり聴いてたらバ〜ッと世界が広がってきて…僕たちはその振り幅がどんどん面白くてよくてリアルな事がイコール丸だけじゃない。
全く違う目に見えない世界がどんどん広がっていってお互いが想像力が広がったら人間ってそれができるすごい特権を持ってるから存分に使いたいですよね。
確かに。
使わない手はないですよね。
想像できるって我々だけですもんね。
連続テレビ小説「ごちそうさん」。
戦中戦後を生き抜いていくヒロインに寄り添い元気づける曲を。
北川は思いを込めて主題歌を書き上げた。
そんな曲作ってたら時間はあるんですか?寝る時間がない?いやいや寝ます。
どのぐらい?8時間ぐらい。
うわっ!僕も8時間。
8時間。
えっ絶対8時間ないと落ち着かないタイプ?駄目なんですよ。
やっぱり僕もなんですよ。
8時間いいよね。
でも笑われませんか?人に。
よく笑われる。
すっごい忙しくて「あ〜時間ないよ」って「えっ寝てんの?」「うん8時間」って言うと「忙しくないじゃん」って言われる。
そうなんです。
でも寝なきゃ駄目なんですよ。
寝てる間に僕たちは何かしてるんでしょうねきっと。
そういう事にしましょう。
そういう事にしましょう。
でも寝る前にあれはします。
寝る前にきっかけ作りしときます。
何それ?だから曲のちょっと少しだけやるんですよ何か作業。
えっ寝られなそう!ちょっと何て言った?今。
ココアココア。
ココア飲んだ方がいいですよ寝られない時は。
何それって言っちゃ怒られるけどココアがいい?ココアいいです。
それ子どもじゃないですか?そうなんですかね?それ有名なんですか?ココアで。
はい。
僕の中では。
それいつから?う〜んもうここ5〜6年緊張する前の日はココアを飲むと寝られるという。
お酒ですか?基本。
いや僕そんな…。
でもお酒は寝る前に飲むけど…。
あとは僕は旅行だな。
やっぱり旅行ですね。
うん。
旅行でいろんな知らない人に出会ったりそうしてるとわくわくしてきて知らない事が好き。
「一期一会」感が。
全く同感。
僕にとってはそれが一番ぜいたくでインドか何かのガンジス川の中入っちゃうんですよ僕。
入った?いや僕入った事ないです。
行った事ないですまだ。
インド。
いいんだ?だったらインド合ってると思う。
常識を必ず超えられるし何が大切か大切じゃないかもう分からなくなるからすごくもまれますよ全部が。
分かりました。
絶対行きます。
その時にもう…だからインドに行ったりすると「よっしゃ!何だよ自分がこんなちっちゃな世界で生きてんじゃないかよ」っていうか常識覆されるの全くいいですよ。
インドですか?インド行きましょうよだったら。
じゃ一緒に行きましょうインドに。
ガンジス川でこう…。
マジ?ぶっ倒れたりしませんか?そのあと。
絶対…もう全部下っちゃいますよ。
上も下も?全部OK。
もう全部出しきっちゃう。
新しい浄化。
デトックス!デトックス。
マジっすか?マジっすよ。
でも生きてるから大丈夫じゃない?3時間にわたって熱く語り続けてきた2人。
最後に宮本が真顔に戻ってこんな質問を…。
生きる喜びを伝えたいし感じたいです。
もう僕も全く同じです。
そんな気がします。
生きてるってすごいんだよね。
それを何か教えながら感じてほしいよね。
自分も感じたし感じてほしいっていうのはいつも思いますね。
なるほどね。
よかった今日は何かすごい僕聞きたかったんですよ。
あんまり触れたから心に歌が。
ホントですか。
「うお〜この人何考えてるんだろう」って興味があったしこれからもすごく楽しみです。
ホントに会えてよかったです。
ありがとうございます。
また。
もう僕も最高でした。
あっホントに。
今日はありがとうございました。
ありがとうございましたホントに。
また。
ありがとうございます。
ゆずの北川悠仁。
これからも生きる喜びを歌い上げていく。
オペラの本場ヨーロッパに単身乗り込み成功を収めた宮本亜門。
これからも海を越えジャンルを超えて挑戦を続ける。
2014/02/22(土) 22:00〜23:00
NHKEテレ1大阪
SWITCHインタビュー 達人達(たち)▽宮本亜門×北川悠仁(ゆず)part2[字]

演出家・宮本亜門とゆずの北川悠仁、大反響トークの後編。デビュー前の仰天エピソードから、10年目のスランプ、震災を経て生まれた新曲まで、今だから語れる創造の全軌跡

詳細情報
番組内容
宮本亜門の舞台稽古を目撃した北川悠仁は、曲作りの拠点であるプライベートスタジオへ。観客ゼロの路上ライブから出発し、今や1回のツアーで30万人を動員するゆず。デビューから17年、ヒットを飛ばし続ける秘密は? 「気がつけば浦島太郎になっていた」という北川の、「時代」との向き合い方、歌詞やライブの演出にこめた真意とは? 自らも壮絶な生みの苦しみを経験してきた宮本が鋭く迫る。デモテープの作り方も初公開!!
出演者
【出演】演出家…宮本亜門,ミュージシャン・ゆず…北川悠仁,現代美術家…村上隆,【語り】吉田羊,六角精児

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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