朝もやのなかおぼろげに現れたのは松の林。
墨の濃淡だけで描かれた枝の動き大気の流れ。
悲しげに儚げに。
描いたのは…。
桃山時代を駆け抜けた天才絵師です。
同じ頃その天才の筆はまったく対照的な屏風を生み出していたのです。
絢爛たる世界を。
黄金の橋です。
カラコロと水車が回ります。
漂う雲もまた金。
あっ盛り上がっている。
本日ご紹介する作品は兵庫県神戸市にあるこちらの美術館が所蔵しています。
今回特別に撮影させていただきました。
ひとたびその絵を見れば…。
ただ華やかな派手な絵ではなくて…。
あの中にはあるように思いますね。
優れていると思います。
今日の作品。
金地で埋め尽くされた六曲一双の屏風です。
画面を貫いて黄金の橋が架かっています。
その傍らでのたうつように生い茂るのは柳の木。
空にはメタリックな半月が妖しく浮かんでいます。
月明かりに照らされた橋はほのかに光を放っているようです。
では黄金の橋を渡って左隻を見てみましょう。
画面下を流れる川はうねる波の一つ一つが銀泥で丁寧に描かれています。
橋のたもとには黄金の水車。
単純化されたモチーフがすべて金でしつらえてあります。
緑青で描かれた柳の葉はよく見ると右隻と左隻で形が違います。
こちらが春の葉でこちらが夏や秋の葉。
つまりこの屏風では右隻から左隻へと季節がうつろっているのです。
なぜこれほどまでに絢爛たる絵を作り上げたのか?長谷川等伯の生きた時代は信長や秀吉が活躍する激動のさなかです。
そのあたりが歴史好きにはたまらないらしいのですが…。
冬休みに私たちは初めて2人旅をした。
偶然にも目的が一致したからだ。
私は歴史が好き。
友達には歴女と呼ばれている。
戦国時代の武将好きをひととおり卒業して今は千利休がお気に入り。
今日は利休さんの肖像を描いた長谷川等伯を追いかけている。
私は鉄道が好き。
友達には鉄子と呼ばれている。
私のイチオシは七尾線。
能登半島の名物ローカル線。
だって車両に等伯さんの絵がラッピングされているんだもん。
駅前には長谷川等伯の銅像が立っている。
まさに七尾の誇りだ。
はじめまして等伯さん。
これってどこを見ているのか知ってる?知らない。
その答えを言う前にまずは美術館に行っていい?うん行こう。
何?あの着ぐるみは!七尾市のゆるキャラとうはくんだよ。
とうはくくん?とうはくん!あっ!すごい。
しっかり絵筆を持ってる。
かわいいよね!もともと等伯は仏様の絵を描く絵仏師だったんだ。
きれいな色…。
描写も細かい!450年くらい前の作品だよ。
そんなに古いんだ。
あっ!自分の名前を書いちゃってる。
ダメなの?仏様の絵だからね。
自己主張強すぎ!私も主張していい?どうぞ。
バイバイ!とうはくん。
能登の松林を見てみたかったんだ。
等伯さんの『松林図屏風』みたいだね。
絵の中を旅してみたくなるってすごくない?私もさっき見つけたよ。
どんな絵?これ!この黄金の橋を渡ってみたい。
これどこだろう?わからない。
でもなんだかきれいな橋だから。
探してみようか。
うん。
墨一色の松林から黄金の橋へ。
権力と謀略が渦巻くその答えの一つが今日の作品だったのです。
果たしてこの橋はどこにあるのか?そこに長谷川等伯という絵師が込めたある思いが隠されていたのです。
それはいったい何か?おそらく日本美術史上最も火花を散らした2人です。
今日の作品『柳橋水車図屏風』もその戦いの果てに生まれたのです。
この黄金の屏風に等伯が託したものとは…。
狩野永徳は織田信長や豊臣秀吉の御用絵師として活躍しました。
天下人をうならせたのは豪快な筆づかいで主題を描き背景に金箔をしつらえるという金碧障壁画です。
特に秀吉は金色が大好きだったからね。
成金の人みたいね。
天皇にお茶を献じた禁中茶会のときに黄金の茶室をしつらえたぐらいだから。
キンキラキンだ。
じゃあ等伯のあの屏風は?確かに全部金だけど何かが違うよね。
『柳橋水車図屏風』は画面全体に金が施されています。
ではその細部を見てみましょう。
橋の板には金箔。
橋の欄干には金泥を用いています。
材質の違いが表面に変化を生み出したのです。
月明かりを浴びた柳の幹にはところどころに金泥を施しました。
金砂子と切り箔をまばらに散らしたのはたなびく雲です。
驚くべきは蛇籠とよばれる橋のおもり。
下地に胡粉を大量に塗って盛り上げその上に金泥を施すことで立体感が生まれています。
金を巧みに使い分けることで豊かな彩りと質感を生み出しているのです。
金をいろいろなかたちで使っています。
これだけ多彩なものを使うというのは数は少なかった。
水車であったりとか橋であったりとかそういう大きなモチーフの部分に使うということは少なかったようですね。
金を自在に操りその無限の可能性に挑んだ野心作。
ではこの黄金の橋はどこを描いたものなのか?これを描いたときすでに等伯は京都にいた。
ってことは…。
そうか。
この等伯さんは京都のほうを向いていたんだね。
そうだ京都に行こう!うん。
特急サンダーバードで3時間半だよ。
長谷川等伯は当時の都は風雲急を告げていました。
足利義昭織田信長豊臣秀吉とわずか10年で天下の覇権は次々と変わっていくのです。
30歳を過ぎていきなりの都会暮らし。
出世どころか生き抜くのも大変だ。
そんなとき等伯が最も頼りにしていたのが千利休なんだよね。
茶人として秀吉とも交流のあったその後ろ盾を得た等伯は京都で頭角を現していくのです。
狩野派では決して描けない独自の発想を武器に。
これは桐の文様を雪に見立てた山水画。
斬新なアイデアと鮮やかな筆致で等伯は絵師の頂点に君臨していた狩野永徳に挑んでいくのです。
江戸時代の狩野派の書いた『本朝画史』のなかにはふだんから狩野氏をよろしく思わない利休が等伯と心を合わせて狩野派をそしったという記録もありますのでバックの利休なども含めてだと思うんですけども技術的なことも含めて…。
そしてついに等伯のもとにしかしそれを聞きつけた天下の御用絵師は全力で等伯を潰しにかかったのです。
それでも等伯は狩野派を追い越そうとするんだよ。
負けず嫌いだよね。
日本で初めての画論書を出したり自分こそ雪舟の五代目だと名のったり。
とにかく長谷川派のブランド力をアップさせたいってことだよね。
でもやりすぎると相手も黙ってないと思う。
どういうこと?みんな命がけの時代だから。
1590年過労のため狩野永徳が死去。
翌年利休は秀吉の怒りを買い自刃。
そして等伯は秀吉の息子鶴松の菩提寺となる祥雲寺の障壁画を任されたのです。
ところが…。
障壁画完成の数か月後息子の久蔵が26歳で亡くなります。
等伯をしのぐ腕前とさえうたわれた期待の跡継ぎを失ったのです。
久蔵は暗殺されたのではないかというようなことが言われるんですけどもそれは確かな資料というのはまったく残っていません。
ただ時代的にはそういうことがあってもおかしくない時代であったかなと。
七尾から出てきた国宝『松林図屏風』はこの頃に描いたといわれています。
息子を失った悲しみ。
その鎮魂と寂寥。
都で絵師としてのぼり詰めようとする自分自身へこの絵で覚悟を決めたのかもしれません。
そして等伯は一族の存亡をかけて狩野派をこえるための絵画に挑んだのです。
流れる川に一本の黄金の橋が架かっています。
豪華なだけでもなく静謐なだけでもなく。
さまざまな金で彩られた景色の中で春から夏へと時間が流れていきます。
この黄金の橋は見る人にある土地を思わせました。
京都から少し離れた別荘地のようなところですのでそういう景観を愛でるということで宇治という場所が選択されたんじゃないでしょうか。
よし着いた!ここが宇治橋か!えっと川の流れを見るとこっち向きだから反転してこんな感じか。
水車があっち側だね。
うん行ってみようか。
でも怖いよね。
えっ何が?月夜に誰もいない橋を渡るのって怖くない?そりゃそうだけど。
誰もいない黄金の橋の先には何があるのか?それこそが等伯がこの屏風を描いた最大の理由かもしれないのです。
更にこの絵は時代をこえ新たな美を生んだのです。
それは何か?宇治川に架かる宇治橋は646年に初めて建造されたといわれる歴史ある橋です。
11世紀に『源氏物語』でこの地が舞台となると宇治の人気はいっそう高まりました。
すでにその頃から宇治橋が架かる両岸はこう呼ばれていました。
では『柳橋水車図屏風』の先彼岸には何があるのか?宇治という場所にこれは関係すると思うんですけども宇治が憂しというものに通じるということですので浄土に架かる橋。
というイメージがあるんではないかなと思います。
つまりこの屏風にはこの世からあの世極楽浄土へ続く橋という意味があるのです。
長谷川等伯は都でかけがえのない人たちに先立たれています。
皆彼岸へと行ってしまったのです。
此岸に残された等伯は彼らを弔うように黄金の橋をつくり上げたのかもしれません。
絵には本人の思いというものが自然に表れてくるというふうに言われますが何か儚さのようなものもあの絵からは伝わってくるように思います。
例えば亡くなった人たちとか誰かに対して思いを伝えたいというような絵であるといわれればそうなのかなと思ったりはします。
人間50年って言われた時代だからね。
長く生きた人は生きた分だけ多くの人との別れを味わうのか…。
辛いね。
静かに時間だけが流れていきます。
この橋には誰もいないのではありません。
人々の死者への思いが渡っているのです。
それは長谷川等伯という絵師が辿り着いた黄金の美です。
水車がカラコロと回っています。
まるで輪廻転生を信じるように。
等伯の死からおよそ100年後。
京都である傑作が誕生しました。
琳派芸術の最高峰です。
この2枚比べてみると…。
幹の部分のそのぼかし。
たらし込みのような表現などは非常に琳派的でありますし波の表現っていうのも銀泥を使って独特のデザイン的な意匠として描いてますので琳派が等伯の絵から展開していったとみてもおかしくはないかなと思います。
等伯が辿り着いた美意識は時代をこえて受け継がれました。
琳派という新たな花を咲かせて。
それは天才絵師が鎮魂と寂寥の果てに辿り着いた極楽浄土の夢です。
長谷川等伯作『柳橋水車図屏風』。
未来へかける黄金の橋。
2014/02/22(土) 22:00〜22:29
テレビ大阪1
美の巨人たち 長谷川等伯『柳橋水車図屏風』[字]
毎回一つの作品にスポットを当て、そこに秘められたドラマや謎を探る美術エンターテインメント番組。今日は激動の時代を生きた天才絵師、長谷川等伯の「柳橋水車図屏風」。
詳細情報
番組内容
今日の作品は、国宝「松林図屏風」で知られる天才絵師・長谷川等伯の「柳橋水車図屏風」。金地で埋め尽くされた六曲一双の屏風です。黄金の橋が画面を貫き、その傍らに柳の木が生い茂っています。金を巧みに使い分け豊かな彩りと質感を生み出しています。権力と謀略が渦巻く激動の時代に生きた等伯、今日の作品で目指したものとは?そもそも、この橋はどこにあるのか?そして、橋の先に何があるのか…?
番組内容つづき
そこに長谷川等伯という天才絵師が込めたある思いが隠されていました。
ナレーター
小林薫
音楽
<オープニング・テーマ曲>
「The Beauty of The Earth」
作曲:陳光榮(チャン・クォン・ウィン)
唄:ジョエル・タン
<エンディング・テーマ曲>
「終わらない旅」
西村由紀江
ホームページ
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/
ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
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音声 : 2/0モード(ステレオ)
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