茨城県日立市久慈町を襲った津波です。
高さ4mを超える津波が町をのみ込みました。
港のすぐ近くにあるコンビニエンスストア。
この店では弁当を手作りしています。
港で働く人や近所の人たちが多く訪れます。
店長の…震災発生翌日から店を開けできる限り多くの人に食料を販売しようとしました。
あの日大津波警報を聞いた師岡さんたちは車で高台に避難します。
全員無事でしたが津波が流れ込んだ店は泥だらけで停電も続いていました。
師岡さんと店の人たちは復旧を急ぎましたが水も使えず作業ははかどりません。
更に余震が続きます。
避難のために作業を中断する事の繰り返しでした。
そんな状況の中でも店には食料や水を求める多くの客がやって来ます。
何か提供できる食べ物はないか。
店の在庫を一つずつ確かめます。
師岡さんは弁当の材料にしていた無洗米も提供しました。
お勧めはできないんですけど…売り物になんないんで。
停電してふかせなかった中華まんは既に電気が復旧した所の人たちに配りました。
これはボクにあげる。
はい。
奮闘を続けた師岡さんですが忘れられない出来事があったといいます。
師岡さんは震災の時物資が滞った教訓から米の仕入れ先を変えています。
こちらは茨城県内の農家が作った米。
地元産のものを近所の米屋を通して買う事にしました。
店では平成24年12月弁当の売り上げがこれまでで最高を記録しました。
2014/03/08(土) 14:45〜14:50
NHK総合1・神戸
あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「茨城県日立市 師岡誠宏さん」[字]
日立市のコンビニエンスストア、店長の師岡さん。津波が店まで流れ込み、停電も続いていた。震災発生翌日から店を開け、できる限り多くの人に食料を提供しようとした。
詳細情報
番組内容
東日本大震災に遭遇した方々の「あの日」の証言。茨城県日立市、港のすぐ近くにあるコンビニエンスストアの店長・師岡さん。店は津波が流れ込み、店内は泥だらけで停電も続いていた。復旧を急いだものの余震が続き、避難のために作業を中断することの繰り返しだった。そんな状況の中でも、店には多くの客が訪れた。震災発生の翌日から店を開け、できる限り多くの人に食料を提供しようと対応にあたった。
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
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