日本の画家にとってこれほど日本らしいモチーフが他にあるでしょうか。
これまであまたの画家が表現を競ってきました。
十人十色。
とても同じ山を描いたとは思えません。
それほど富士は画家の創作意欲をかきたてる芸術の源なのです。
横山大観は生涯で1,000点以上の富士を描きましたが一時期絵筆を持てなかったことがありました。
ある画家の描いた富士に衝撃を受けて…。
その絵はこちらの屏風です。
えっこれも富士山?100軒ほどの店が軒を連ねる緩やかな参道を15分ものぼると平安の頃より続く古刹清荒神清澄寺に到着します。
境内の奥に建つたった1人のための美術館にその屏風絵はあります。
では改めて今日の一枚…。
高さ1m53センチ。
広げると7mあまりの六曲一双の屏風絵です。
右隻には威風堂々たる富士の眺望。
周囲をたなびく雲がどこか怪しげな雰囲気を漂わせています。
雲間からのぞく群青と緑青で塗り込められた鬱蒼とした樹海。
のぼるほどに樹木はまばらになり勾配を増し次第に山肌には幾筋もの線が現れ険しさを増していきます。
ジグザグと伸びるのは登山道でしょうか?一方の左隻は趣が一変します。
六曲の屏風いっぱいに描かれているのは雲海から突き出た山の近景です。
実はこれ富士山の頂上。
まるで筋肉のようにせり出した巨大な岩々に囲まれた火口。
富士の山頂だというのにあちこちに緑が配されています。
よく見ると右隻にはいない白装束の人物が4人。
この印象の異なる2つの富士はいったい何を意味しているのか?富岡鉄斎は幕末の世を駆け抜けた画家です。
87年の生涯で1万点以上の作品を残した鉄斎。
絵はほとんど独学です。
天衣無縫大胆不敵。
独自の世界を切り開いた人です。
鉄斎が画家としてライフワークにしていたのが富士山を描くこと。
生涯で描いた富士山の数は数百点にのぼります。
なかでも最高傑作と呼び声の高いのが数え年63で屏風絵に仕立てた『富士山図』。
他の富士に比べ明らかに筆の勢いが違います。
実は特別な思いを込めて鉄斎はこの富士を描いたのです。
この壁に富士山を頼むよ。
はいお任せください。
《銭湯画家の師匠に弟子入りして10年目。
ついに今日デビューします!》こんにちは。
あれ今日お休み?あっ外に臨時休業って貼り紙貼ってありませんでした?アンタ誰?ここに富士山を描きに来た銭湯画家です。
へぇ〜ついにこの銭湯で富士山を拝めるってわけか。
嬉しいな。
はい。
どうせ風呂には入れないんだしなんなら手伝おうか?え?ちょっちょっ…ちょっと見せてよこれ。
これ全部富士山?はい。
いろいろあるんだな。
あれ?これ富士山じゃねえだろ。
これも富士山ですよ。
こっちの絵とワンセットなんです。
え?こっちが全体でこっちが頂上ってわけか。
こっちだけで十分立派なのになんで2枚描いたんだろうなこの画家は。
確かにそうですよね。
向かって左側に重心を寄せ裾野を長く伸ばした富士。
雲海から突き出た頂上だけを屏風いっぱいに描いた富士。
美術史を見回してもこのような取り合わせで富士を描いた画家は鉄斎ただ1人です。
なぜ全景と山頂だったのか。
富士にこだわり続けた画家が表現したかった驚くべき世界とは…。
富岡鉄斎は文人画の人です。
生涯で1万点にも及ぶ作品を残しながら自らの絵を学者の余技と呼んでいました。
しかし今日の一枚『富士山図』から見てとれるのは余技とは到底思えない細やかな描写と圧倒的な画力。
異なる2つの富士を見事に描きわけています。
鉄斎はなぜこれほどまでに描けたのか。
天保8年富岡鉄斎は京都の商家に生まれました。
生まれつき聴覚にハンデがあった鉄斎は少年時代から商いではなく学問の道を志します。
その頃たしなみとして始めたのが絵でした。
20代の頃は血気盛んな勤皇派の志士として奔走しています。
しかし幕末の動乱のなかで次々と同士を失い鉄斎は時代から置き去りにされてしまったのです。
残されていたのは学問の道と独学で身につけた絵の心得。
一銭にもならない学問に対し絵は買い手がつきました。
ただ鉄斎にとって絵はあくまでも生活の手段でした。
ところが63歳で描いた霊峰富士。
そこには画家としての強い力量がうかがえます。
密かに抱き続けたある強い思いを鉄斎は2つの富士を描くことで成し遂げようとしていたのです。
銭湯っていうのはなこうガラッと入った瞬間湯気の向こうの世界にスッと入れる気持よさが大切なんだ。
富士山眺めて湯船に浸かったら嫌なことがあってもまぁいいか明日から頑張ろうってなもんよ。
まぁパワースポットみたいなもんさ。
確かに。
鉄斎の描いたこっちの富士山雄大でパワーいっぱいもらえそう。
これ参考に描いてみようかな。
でもさこれよ〜く見てみ。
この樹海の黒い点。
それとこの山の斜面の線の数半端ねえよな!ホントだ。
それでも鉄斎さんはさ自分は画家じゃねえって言ってんだろ?本職の画家だってここまでは描けねえだろう?では右隻からもう一度眺めてみましょう。
鬱蒼とした樹海の情景を鉄斎はおびただしい点で表現しています。
しかも墨群青そして緑青の顔料を重なり合うようにベタベタと打ちつけて。
そして富士山のこの構図。
どこかで見覚えはありませんか?葛飾北斎が赤富士を描いたこれを反転させると鉄斎の『富士山図』と構図がよく似ています。
更に樹海の細かな点描も鉄斎は北斎の表現を参考にしながら独自の描き方を模索していたと笠嶋さんは分析します。
何層にも塗り重ねられたおびただしい点で鉄斎が表現したかったのは光り輝く樹海の光景でした。
樹海が途切れると山頂まで続くのはむき出しの大地。
鉄斎は山肌の荒々しさを細く長い線を幾筋も描くことで表現しています。
気の遠くなるほどの手間と時間を費やして。
鉄斎の富士に漂う生々しい表現。
その秘密とは?おい姉ちゃん!この絵みたいに頂上を描いてみなよ。
これじゃ富士山ってわかんないでしょ。
ヘヘッ冗談冗談だよ!でもさこれが描かれたときって明治時代だろ。
富士登山なんてやってたのかな?さあ?なんで気になるんです?だって登んなきゃ頂上の絵なんか描けないもん。
なるほどそうですよね。
鉄斎は常々こう言っていたそうです。
今日の一枚『富士山図』の右隻に記された画賛を要約すると…。
池大雅とは江戸時代の文人画の大家で鉄斎が尊敬してやまない先駆者。
富士に三度登り富士を描き続けた人です。
実は鉄斎もまた数え年40で初めて富士に登ったのです。
偉大なる先人のあとを追うように。
その道のりは想像を絶するものでした。
夏だというのに疾風が顔を刺し口を塞ぐ。
水は雪水のごとく寒気骨に徹す。
宿泊の小屋は強風にあおられついに眠れず。
2日がかりで頂に立った鉄斎。
大雅のように自分も富士山を描きたい。
しかしすぐにこの作品が生まれたわけではありません。
理想の富士山を追い求め模索の日々が始まります。
鉄斎はひたすら富士に関する膨大な書物を読みあさり何度も何度も富士を描き続けます。
己の肉体に刻みつけた体験を絵筆で一つひとつ確かめていくかのように。
理想の富士の実現には結局23年の歳月がかかりました。
鉄斎が自分だけの富士を表現するために選んだのは六曲一双の屏風でした。
実際に登ったからこそキラキラと光り輝く樹海も怪しげな白い雲も強風が吹き荒れる頂上もあますところなく克明に描くことができたのです。
一方左隻に描いたのは雲海に浮かぶ富士の頂上。
右隻とは趣が違います。
筋骨隆々の岩肌。
富士の山頂なのに緑が多いような…。
更によく見ると頂上には人影が。
しかも4人も。
鉄斎が頂上を描いた謎を解く鍵はこの4人に…。
日本全国の銭湯に富士山を描いてきた銭湯画家の田中みずきさん。
これまで多くの富士山を描いてきた彼女に鉄斎の『富士山図』はどう映るのでしょう?田中さんが注目したのは左隻の色使い。
富士山の頂上に草木が生えていないことは登った鉄斎なら知っていたはず。
それなのになぜ画家は頂上に緑をちりばめたのか?鉄斎は文人画家池大雅に憧れて富士に登りました。
画賛から推測するに頂上に描かれた4人の人物のうち右側の3人は大雅と友人2人の一行。
ではその先を行く後ろ姿のこの人物は?鉄斎に心酔した文芸評論家の小林秀雄は4人の人物についてこう分析しています。
富士の頂上を描きながら鉄斎の胸中にあった思い。
それは偉大な先人を追いかけることでようやく理想の富士を描くことができたという喜びと感謝。
更に尊敬してやまない文人画の先駆者池大雅と肩を並べる域にまで達することができたという鉄斎の自負があったのでしょう。
だから左隻には富士の頂上を選びそこに大雅と自分自身を描いたのです。
ところでなぜ草木もない山頂に鉄斎はあえて緑をちりばめたのか?実際に登ったからこそ描くことができた富士の過酷さと美しさ。
理想の富士を追い求め文人画家として高い頂を目指した末に結実した大胆な組み合わせ。
他に類のない富士の逸品です。
よし決めた!ん?何を?やっぱり今日は描かない。
はぁ!?じゃあどうすんだよ。
まずは富士山を描く前に鉄斎にみたいに登らなきゃ。
はぁ!?あっよかったらおじさんも一緒にどう?バカヤロウ!富士山はな江戸っ子にとっちゃな登るもんじゃねえんだよ。
眺めて楽しむもんなんだよ。
まあせいぜい頑張ってな。
えぇ!?一緒に登りましょうよ。
やだやだやだ。
この山に登ったからこそ鉄斎は最高の富士を手にすることができました。
しかも23年という年月を経て。
富岡鉄斎作『富士山図』。
時空を超えた憧れが六曲一双の屏風に実らせた夢。
2014/03/22(土) 22:00〜22:30
テレビ大阪1
美の巨人たち 富岡鉄斎『富士山図』[字]
毎回一つの作品にスポットを当て、そこに秘められたドラマや謎を探る美術エンターテインメント番組。今日の作品は、富岡鉄斎『富士山図』。
詳細情報
番組内容
今日の作品は、文人画家・富岡鉄斎作『富士山図』。高さ1m53cm、広げると3m53cmあまりの六曲一双の屏風絵です。右隻には威風堂々たる富士の眺望に雲間からのぞく鬱蒼とした樹海、左隻は富士山の頂上…と印象の異なる二つの富士を見事に描き分け、数百点にも及ぶ彼の富士山画の中でも最高傑作との呼び声が高い作品です。鉄斎はこの絵に特別な思いを込めています。富士にこだわり続けた鉄斎が表現したかった、驚くべき世界とは…?
ナレーター
小林薫
音楽
<オープニング・テーマ曲>
「The Beauty of The Earth」
作曲:陳光榮(チャン・クォン・ウィン)
唄:ジョエル・タン
<エンディング・テーマ曲>
「終わらない旅」
西村由紀江
ホームページ
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/
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趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
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